SRW-SEED_ビアンSEED氏_第53話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:15:09

 ビアンSEED 第五十三話 さあ、終わりへ向かい歩き出そう

 
 

 制圧したパナマ基地の象徴たるマスドライバーを見上げ、マサキはへえ~と呟いた。
 故郷である旧オーブにも、マスドライバー“カグヤ”があり、オーブの富の源泉の一つとして重宝されていた。
 だが少し基地から離れれば欝蒼とした密林が折り重なる他国の大地で見上げると、同じマスドライバーと言ってもまるで別物のように見えてしまうから不思議だった。
 たっぷりと木々の匂いが噎せ返るほど混ざった風は、時折破壊された機械から零れるオイルの匂いも運んでいた。
 時折硝煙の匂いも混じっているように、マサキには感じられた。
 制圧時の戦闘で破壊された数十のMSや、戦車、装甲車両、戦闘機の残骸が散らばり、それらを片づける手間さえ惜しんで、マスドライバーを使用する為の準備が進められていた。
 各地で蜂起した元南アメリカ合衆国の兵士達や市民も加わり始め、パナマ基地に残されていたMSの予備機などもそれなりの数があり、失った戦力を補充するのはそう難しい話ではなさそうだった。
 慌ただしく兵士達が行き交う中を、マサキは頭の後ろで腕を組みながらのんびり歩いていた。
 これから宇宙に上がると言う感慨が、わずかばかり地球の大地へのなごり惜しさを胸に抱かせたからである。
 初めて、自分の意志で明確に人を手に掛けてからほんの数日しか経っていない。
 これから先も、自分が殺した人々に苛まれる悪夢を見続けるのだろうと、マサキは目の下に出来た隈を気にしながらぼんやりと思った。
 幼さから若さへと脱皮し始める年頃の溌剌さは、わずかに憔悴の影に翳っていたが、マサキがここまで持ち直したのは、ひとえにテューディによる所が大きい。
 傷つき戸惑い、怯えていたマサキの心を守ったのは、まぎれもなくかつて世界の破滅を願った女のぬくもりだった。
 ほんの少しだけ逞しくなったマサキは、なんとはなしにサイバスターの様子を見る気になって、サイレント・ウルブズに宛がわれている港湾ドッグに足を向けた。
 行き交うジープや軍人のグループを傍目に見ながら、南米特有の蒸し暑さを感じながら歩き続ける。
 時折、DCや連合の軍服姿の中にザフトの軍服姿が混じっていた。南アフリカの中立地帯を監視していたザフトの部隊の内、南米への移住を決意して軍を抜けた者達である。
 プラントでも極一部のものしか知らないが、南米の密林の中にはコーディネイターとナチュラルが共存している小さな村が存在する。
 プラントに移住した第一世代コーディネイター達の親の世代のナチュラルや、原住のナチュラル達が造った共同体である。
 宇宙の真空に浮かぶプラントには、実の所コーディネイターだけではなくナチュラルも存在する。自分の子供をコーディネイターにした親世代のナチュラル達である。
 だが、子供らの為にプラントに移住した親世代の中の一部の人間は、人造の大地であるプラントでは無く、生まれ育った地球の大地の上で死にたいと願った。
 プラント最高評議会の極一部の議員と地球の心ある有力者たちの協力の元、親世代の願いは叶えられ子らであるコーディネイター達も、親の意志を尊重して地上に降り立った。
 新たな世代を重ね、ハーフコーディネイターや、クォーターコーディネイターも生まれた村の存在を知り、果ての見えぬ戦争に疲れた者達の一部がDCに、村への援助と保護を条件に今回の独立戦争に協力していたのだ。
 ナチュラルとコーディネイターが共に戦うと言う、珍しい光景にマサキも最初は驚きを覚えたが、今ではどちらも同じ人間なのだから、驚く事では無かったのかもしれないと考える余裕もあった。
 マサキ自身にはコーディネイターに対する偏見と言うものはあまりない。
 全く無いのか、と言われれば口を噤まざるを得ないが、マサキはナチュラルとコーディネイターの身体能力の前に諦めるよりもそれを覆そうとあがくタイプだった。
 マサキがジュニア・ハイスクールの時分に、ボクシングの大会で戦ったコーディネイターの選手は確かに圧倒的な技術と能力を持っていたが、マサキの気迫と人二倍ほど練習を重ね、裏打ちされたマサキの実力に押されて敗れた。
 そして、勝ち進んだマサキを倒したのは同じナチュラルの選手であった。
 この経験から必ずしもナチュラルの全てが、コーディネイターに劣る存在ではないと言う事を知っている事も大きかっただろう。
 やがて、魔装機神専用の格納庫の前にまで到着し、開かれた分厚い扉の向こうにリカルドを見つけた。
 出会って十日かそこらだが、一回りも二回りも年下のマサキにも気軽に接してくる兄貴分的な性格は、付き合いやすい相手だった。
 先客がいたようでリカルドと話しているのは、額の傷が特徴的な南米のエース“切り裂きエド”だ。
 マサキも南米への援軍に際して顔写真とプロフィールくらいには目を通させられたので覚えている。
 とことこと歩いてくるマサキに気付き、肩を組み合って馬鹿話に花を咲かせていたリカルドが声をかけてきた。

 

「よう、マサキ!」
「おう」
「サイバスターの調子でも見に来たのか?」
「そんなとこだ」
「へえ、君があのサイバスターのパイロットか! おれはエドワード・ハレルソン。よろしくな」
「ああ。あんたの話は聞いているぜ。今回も大活躍だったんだろ」
「はは、お前さんには負けるさ」

 

 随分生意気なマサキの口のきき方に目くじらを立てるわけでもなく、エドは軽く笑って手を振った。
 マサキをコーディネイターと判断したのか、十五かそこらの若さに疑問を抱いた様子は無い。

 

「リカルドの奴がサイレント・ウルブズだったか? 君らん所に行くってんでね。他の連中の分も一発殴りに来たんだ。南米の為に一緒に戦っているのに、薄情な野郎だってな」

 

 と言う割には、エドは肩をすくめて気軽な調子で言う。エド以外の仲間達もリカルドにそう不満を抱いているわけではないのだろう。
 お互いに離れた戦場を生き延び、戦争の終った世界での再会を約束しにきた――というのが本音だろうか。

 

「こいつらは、おれがいなきゃ駄目だからなあ。行かないでくれって泣きつきに来たんだよ」
「おいおい、リカルド。いくらなんでもそいつは言い過ぎだろう。マサキ、リカルドの言う事はあんまり信じるなよ? こいつは酒、女、博打好きの三拍子がそろったどうしようもない奴だからな」
「まあ参考にはしとくぜ」

 

 互いの悪口を言い合うリカルドとエドの様子は、戦友か悪友というのが一番しっくり来るなと、マサキは口に出さずに思った。
 口ではなんやかんやいいながら、互いの無事を祈る仲間なのだろう。
 ふと、リカルドがマサキの眼の下に出来たかなり濃い隈に気付いた。自分の眼の下を指さしながら、

 

「少しは眠れるようになった、ってわけでもなさそうだな。まあ、なんぼか前より逞しくはなった感じはするぜ」
「うっせえ。もう迷わねえ……とは言えねえけどよ。少しは考える切っ掛けにはなったさ。サイバスターの力でなにをするのか。その力の責任みたいなものをよ」
「ま、深く考えすぎるなよ。まずは生きてなきゃ考えるのも悩むのもできねえからな」

 

 ぽんぽんと軽く自分の肩を叩くリカルドに、苦笑を一つ零してマサキは二人と離れて、格納庫の奥のサイバスターに向かって歩きはじめた。
 その背を見て、エドがぽつりと呟く。

 

「ありゃあ、訓練も何も受けてないだろう? 正規の兵士じゃないな」
「ああ。オノゴロが襲われた時に、成り行きでサイバスターのパイロットになったらしい。その割によくやっているぜ、マサキはさ」
「たまらないな。子供を頼りにしなきゃならないってのはよ。何の為に軍人をやっているのか、情けなくなる」
「言うなよ。おれだって少しはそう思っているさ。ただ、マサキも今回の戦いで何かを決めたみたいだし、おれもおれなりにあいつをサポートするさ。新兵の面倒をみるのがベテランの仕事だ。マサキは新兵でもないけどよ」
「まったく、パナマ基地を制圧したこの後の方がキツイってのに抜けちまうんだからよ。中途半端に死ぬんじゃねえぞ、リカルド」
「お前らもな。ジェーンとの結婚式には呼べよ?」
「ははは、戦争が終わったらな」

 

 そう言うリカルドに笑って答えながら、エドは不意にシン・アスカの事を思い出した。
 マサキと一つしか違わないあの少年兵は、今も無事生き残り戦い続けているのだと聞いた。
 シンもまた、マサキと同じ様に悩み傷つきながら戦っているのだろう。

 

「元気にしているか、シン」

 

 一言一言、噛み締める様にエドは呟き、シンとマサキと二人の少年達がこの戦争を生き残れる事を切に願った。

 

 

 サイバスターの足元まで来たマサキは、何人かの整備士と話をしているテューディを見つけた。
 既存の技術とは全く異なる技術体系の元に生み出されたサイバスターやザムジードに興味を持った連中が押しかけて来たようだ。
 元々気の長いわけではないテューディの顔は露骨に不機嫌さを露にし、その怒りが怒髪天を突くまであまり時間はなさそうだった。
 ありゃ噴火する直前だな、とマサキが心の中で思ったのと同時に、整備士達もテューディの怒りの臨界点が近いのを悟った様子ですごすごと散っていった。
 人付き合いに対する経験値の少なさは、今後テューディの人生においてかなり長い事問題となる。
 ふん! と荒々しく息を吐いたテューディは噴飯やるかたない様子ではあったが、マサキの姿を見つけるとすぐに相好を崩す。
 恋する乙女の心が成し遂げる百面相であった。
 百八十度変貌したテューディの笑みは、やはり美しいが、雄の本能に訴えかける雌のフェロモンという名のスパイスが加えられているようだった。
 つい数日前までは無かった原始的な色香の様なものが美貌に加わっていた。
 元より妖艶と表すべき魅力の主ではあったが、そこには男を知らぬ乙女の無垢さがあった。
 今はそれを押しのけて匂い立つ雌の匂いがある。
 それをかぎ取ったマサキは、頬に血が昇るのを感じながら片手を上げて、よお、と声をかけた。やや内股で歩くテューディの姿が痛々しい。

 

「大丈夫か? あまり眠れていないのだろう、マサキ」
「大丈夫だ、ていう位には大丈夫だぜ。テューディの方こそ大丈夫かよ。サイバスターとかの整備で碌に寝てねえだろう?」
「……それを言ったらお前のせいも少しあるぞ?」
「う、いや、その。わるい、つい調子にのっちまって」
「まあ、私も望んだ事だからあまり言う気はないが……。もしもの時は責任を取ってくれるのか?」

 

 と、整備マニュアルを脇に抱えたテューディは殊更頬を赤くして、もじもじと指を突き合わせ、横を向きながらマサキの目を見て言った。
 どくどくと高鳴る心臓は、テューディの細い首筋を、ほんのりと桜色に染め上げていた。
 マサキは、テューディの言葉の意味する所に気付き、テューディに負けず劣らず顔を真っ赤にして、

 

「お、おお、おう」

 

 とかなり舌を絡ませながら、壊れた人形のように首を縦に振った。
 マサキ・アンドー、十五歳。古い言い回しを使えば、『一家の大黒柱』になる可能性に直面した少年であった。
 なお、マサキとテューディが親密になるのに比例するかの様に、宇宙に上がってもしばらくサイバスターの調子がやたらと悪かった事をここに追記しておく。

 

 

 南米の要であるマスドライバーが独立軍によって奪取された頃、軌道ステーション『アメノミハシラ』周辺の宙域では、DCの誇る超弩級機動兵器である特機や数機の新型が試験運用の為に母艦タマハガネと共に在った。
 ビアン・ゾルダークよりシンやステラ達に託された新型機達が星々の灯りを背景に、幾筋もの軌跡を描いて踊っていた。
 航空機のジェットエンジンの様な肩や星型の頭部に、青を中心とし金色のカラーリングが特徴の一際巨大な機体はグルンガスト飛鳥である。
 そのコックピットには、天才的な操縦センスを買われ、若干十四歳でDCのパイロットとなり驚異的な戦果をあげているコーディネイターの少年シン・アスカの姿があった。
 先日勃発したシン・アスカ女湯覗き事件における制裁の痕跡は既に消え、体力的にも精神的にも立ち直っていた。
 ステラ以外の女性陣から容赦のない制裁を全身の至る所に食らった直後は、目を向けるのも躊躇われる惨状であったが、若さとコーディネイター特有の高い治癒能力の恩恵もあり、既にMSの操縦にも支障の無い状態にまで立ち直っていた。

 

「ガームリオンやエムリオンとはパワーが段違いだけど、その分扱いづらいな」

 

 密かに搭載されたカルケリア・パルス・ティルゲムによって、格段の操縦性や追従性を得ているのだが、これまでシンが扱ってきたMSとはまるでコンセプトの違う仕様に、シンもまだ新たな相棒の手綱を上手く捌けずにいた。
 機体の各所にあるアポジモーターから推進剤を消費して何とか姿勢を保ちつつ、スロットルをキープする。

 

「そいつを使いこなすのはまだまだ時間が要りそうだな」
「スティング」

 

 飛鳥のコックピットのモニターに、金色のMSに乗るスティングの顔が映し出される。
 ガンダムタイプに似たディテールに、金とこれ以上ない派手な色彩のアカツキだ。
 動力をバッテリーから核融合ジェネレーターに換装し、機体出力が格段に向上したアカツキは、渡された時には何も背負っていなかった背中にドラム状の装備を八つ搭載していた。
 モビルアーマーメビウス・ゼロに装備されていた有線制御式のガンバレルを、DCの技術で改良したもので、搭載されている推進剤の量や火砲の火力が強化されており連合のガンバレルダガーのものより、性能は一段上と保証されている。
 エールストライカーを改良した装備が検討されていたが、スティングが保有していた高い空間認識能力が着目され、以前から開発が行われていた装備を急遽アカツキのコネクターにあう仕様に変えたのだ。
 メビウス・ゼロのガンバレルよりも一回り小型のガンバレルパック“ヤサカニ”。日本の影響を色濃く受けたオーブの技術者が、玉祖命が天照大御神の岩戸隠れの際に作った八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)から付けた名であるが、いささか語呂が悪いと評判はいま一つだ。
 連合のストライクと同時期に開発が進められていたというアカツキの基本的なスペックは、ストライクとそう大した違いはないものだが、動力以外にも様々な改修が加えられ、DCの新型機として申し分ないスペックを誇る。
 アカツキは、オーブの前首長であったウズミ・ナラ・アスハがモルゲンレーテ社に密かに造らせていた機体であったらしい。
 ストライクなどのXナンバーと時期をほぼ同じくして開発が進められていたのだが、ヤタノカガミを始めとしたミラーコーティング装甲などの開発が困難を極め、機体が一応の完成を見たのはつい最近の事だ。
 しかもその製造コストがM1二十機分に匹敵すると言う馬鹿げた話もあり、プロトタイプのロールアウトを持って生産は中止されている。
 コストで言えば特機タイプも負けず劣らずではあるけれど。
 アカツキは他国を侵略せず、侵略を許さず、戦争に介入しないというオーブの提唱した理念を体現した機体であると言うが、兵器と言う形で体現された理念と言うのもいかがなものかとシンは思う。
 平和を謳う国の象徴がMSというのは、いささか矛盾しているのではないか、と思うからだ。
 しかも今は、平和の国と謳われたオーブの象徴が、連合が戦争の為に造り出したエクステンデッドであるスティングの愛機となっているのだ。
 皮肉と言えばこれ以上皮肉な事も無い。

 

「スティングはもうアカツキに慣れてすごいよな」
「褒めても何も出ないぜ。それにアカツキも派手さじゃ負けていないが、特機の方が何かと目立つ。戦場じゃお前の方が狙われるんだ。速くグルンガストを使いこなせよ」
「言われなくたってわかって……」
『イイィィィーーーヤッフウウゥゥゥーーーーー!!!』
「……る。アウル、元気だな」
「…………ああ」

 

 スティングの忠告に、ややムキになって言い返そうとしたシンの台詞を遮ったのは、アウルのこれ以上ないと言うほど機嫌の良い声であった。
 耳鳴りがするほど馬鹿でかいアウルの歓喜の叫びに目を顰めつつ、まあ仕方ないかとシンは嘆息した。スティングも同じような溜息を吐いた音が聞こえた。
 おれがエムリオンだ。エムリオンマイスターなどと口走る程に崩壊したアウルの人格であったが、ちゃんとアウルの分の機体も用意していたビアンが後日きちんと機体を引き渡した事で持ち直していた。
 しかし、それまでの間のアウルは、かなりまずい状態であった。
 シンやステラに向ける視線に込められた羨望と怨念のすさまじい事。
 自らの愛機である限界までチューンしたエムリオンに頬ずりをして、おれのエムリオン……など呟きながらどこか遠い世界に飛んでいる姿が度々見受けられていたのである。
 何かの薬物漬の人間の末路としか見えない末期の状態であった。
 今のアウルの最高にハイテンションな状態は、その反動に違いない。
 後三日もすれば普段の調子に戻るだろう。
 腫れ物には触れない方がいい、そんな認識をアウル以外のメンバーは共有していた。
 飛鳥の隣にステラのビルトシュバインが来て、彼方で自由自在に飛ぶアウルの新たな相棒をぼ~と見つめる。
 機体越しにもそんな雰囲気が伝わるのだから不思議なものである。

 

「アウル、元気になったね。シン」
「うん、まあ確かに元気にはなったなあ。でもあれは、ちょっと元気になりすぎだよ」

 

 見つめる先では、アウルの機体とジャン・キャリーが乗っているヒュッケバインMkⅡが模擬戦を始めていた。後方のタマハガネからの指示だろう。
 DC製MSの基本装備に採用されたオクスタンライフルを装備したヒュッケバインMkⅡと対峙するアウルの機体は、ガームリオンではなく、その原型となったガーリオンのカスタム機であった。
 頭部は西洋の騎士甲冑のフルフェイス型の兜を模し、機体全体も騎士甲冑を模した意匠が凝らされていた。
 足は鋏の様な形に変わり、大型の推進機が内蔵され従来よりも三十パーセント増しの推力を誇る。
 左手には防御フィールド発生機構を装備した円形のシールドを持ち、右手にはメインウェポンであるインパクトランスを持つ。
 騎士が馬上で振った突撃槍を巨大化したものだがランスの外装を外す事で、ブレイクフィールドを展開する事が可能となる。
 胸部にマシンキャノン二門、腰には蜂の臀部を思わせるミサイルランチャーがある。
 アウルの希望で他にも腰側面にビームガンとハンドドリルを備え付けている。
 ガーリオン及びガームリオンシリーズでは何も装備していなかった背には、インパクトランスをマウントする為のバックパックを装備している。
 これはイザナミ海岸で大破した機体と共に倒れていた所を発見されたストラングウィック&アルウィック兄弟が乗っていた機体を、ビアンやエリカ・シモンズ監修の元リファインした機体である。
 開発者兼パイロットであったストラングウィック兄弟らがビアンと同じ世界の出身である事は所持品などから判明したが、肝仁の当人らがCE世界への転移の影響か、あるいは死亡した際の恐怖からか精神崩壊を起こしており、話を聞く事は不可能と医師も判断しており、今もヤラファス島にある精神病院で療養中である。
 本来理論先行し過ぎの設計により、ガーリオン・テストベッドはガーリオンと大差ない機体性能ではあったが、改修を施した技術陣が優秀であった為、総合性能に置いてはシンの愛機であったガームリオン・カスタム飛鳥と互角以上の性能を誇る高性能機に仕上がっている。
 ガームリオン・カスタム飛鳥が武者ガームリオンと言われる事もあるが、それでいえばさしずめナイトガーリオンと呼称すべき機体であろう。
 実際アウルの方からもテストベッドという名前よりも、メカニックが冗談交じりで呟いたナイトガーリオンという呼称の方が良いと希望も出され、もっぱらナイトガーリオンと呼称されている。
 どこぞのガンプラ好きの緑色の生物と同じ歓喜の叫びを上げつつ、アウルは全天周囲モニターに映るヒュッケバインMkⅡめがけて機体を突撃させていた。
 次期量産試作機としてバランス良く仕上げられたヒュッケバインMkⅡと違い、加速性能や接近戦で爆発的な能力を発揮するナイトガーリオンは、瞬き一つの間にジャン・キャリーの懐に飛び込んでいた。
 インパクトランスを、紫電を散らすかの如き速度で突き出すナイトガーリオン。
 右肩の装甲を掠めて、ランスの一撃を回避したヒュッケバインMkⅡは左手手甲部に装備されているチャクラムシューターを起動し、電磁ケーブルの先で高速回転するチャクラムをナイトガーリオンに叩きつける。
 パイロットの能力は、ジャン・キャリーがややアウルを上回るが、年齢的な問題から長時間の戦闘となれば体力のあるアウルの方が有利だ。
 機体性能ではヒュッケバインMkⅡの方が上だが、特定の能力に突出しているナイトガーリオンの性能を活かせる間合いを作り出せれば勝負の行く末は分からないモノになる。
 生き生きと機体を操作するアウルと、苦笑しながらアウルの相手を務めるジャン・キャリーの姿が容易に想像できてシンは小さく笑った。
 元気があるのは良い事だ。それは間違いあるまい。
 しばらく二人の模擬戦を見物していると程無くしてガームリオン・フルアーマーに乗ったアルベロから艦に戻るよう指示が出た。
 本来ヒュッケバインの試験運用を行うはずだったのだが、アメノミハシラに届いてからブラックホールエンジンの調子がすこぶる悪く、迂闊に起動させれば暴走しかねない事が判明しパイロット登録も行っていない状態のままだ。
 その為、ガームリオンやエムリオンのオプション装備のテストを代わりに行っている。
 以前に連合のWRXチームとの交戦時にレオナが搭乗していたトライブースターなどもそれにあたる。
 ガームリオンTBやジガンスクードも、タマハガネに随伴した輸送艦に着艦している。
 予定されていたスケジュールを消化し、アメノミハシラにデータを届ける為に一度帰投する為だ。
 これまでの機体とは全く別物の新たな相棒と上手くやっていけるか、いや、上手くやっていくしかないか、と気合を入れながらシンは新たな『飛鳥』をタマハガネの看板に着艦させた。今だこの機体のポテンシャルを完全に引き出せていない事実に、歯痒い思いを抱きながら。

 

 

 DCの若者達が、新たな力を得て意気揚々としていた頃、天上に燦々と輝く月の大地の中で、彼らはやかましく元気であった。
 まだ二十歳をいくらも超えていない若い女性が、くびれた腰に両手をあてて、美人と言うのに何の躊躇いも無い顔立ちに怒りの仮面を被っていた。
 薄くルージュの引かれた唇は、立て板に水を流すかの如くはきはきと動く。

 

「リュウにオルガも、機体の残弾には気を付けなさいって何度も言っているでしょう!」
「わりい、アヤ」
「……うるさいのが増えやがった」
「ば~か、怒られてやんの」
「へっ」

 

 しょぼんと項垂れるリュウセイとオルガに、左隣のシャニとクロトが茶々を入れるが、彼らは自分達の置かれている状況に対する認識が足りていなかった。
 視線をリュウセイ達に向けていた二人の頭に、硬く握り締められた拳骨が激突したのである。

 

「~~~~!!」

 

 言葉も無く悶絶する二人に、口髭を生やした男性の怒声が津波のように襲いかかった。アークエンジェル級三番艦ゲヴェルMS隊隊長カイ・キタムラ少佐だ。

 

「お前達もだ。馬鹿者! 相変わらず連携を軽視しおって、何度言えば分る!」
「……」

 

 与えられたブリーフィングルームで、とびっきり苦いモノを噛み締めた表情で怒鳴られているのは、リュウセイ・ダテ、オルガ・サブナック、クロト・ブエル、シャニ・アンドラスの四人だ。
 元からカイ・キタムラにやたらめったらと怒鳴られていた四人であったが、前回の戦闘以来合流したギリアム・イェーガー少佐の部下だったアヤ・コバヤシ大尉が加わった事で、怒鳴られる量は倍増していた。
 基本的に温厚で姉めいた態度を取る事の多いアヤであったが、男勝りな勝ち気な面も備えており、一度怒らせると手が付けられない。
 殊にリュウセイは宇宙に上がる以前からアヤに怒られていた為、条件反射的にアヤに怒られると何も言えなくなってしまうらしい。
 何の反抗も見せずに項垂れている様子は、どことなく犬の躾を思わせた。

 

「この風景も見飽きたな」
「キタムラ少佐やコバヤシ大尉が言うほど彼らも悪くはないと思いますが」
「あれも愛の鞭なんじゃないの?」

 

 これは同席しているWRXチームの面々だ。イングラムがアズラエルに手を回したのか、正式に母艦のシルバラードと合わせて、レフィーナの指揮下に加わるよう辞令が下り、第一艦隊特務分遣艦隊として編成される事になった。
 微々たる速度ではあるが成長しているリュウセイらに対し愛の鞭が絶える事の無い光景も、流石に何十回となく見ていると新鮮味が欠けてくると言うもので、ドリンクを飲みながら眺めているムジカ達も特別珍しいものではないと言う反応しか示さない。 
 腰の辺りまで伸ばされた濃緑の髪をかきあげる艶めいた動作でアヤが溜息をついて、説教を切り上げる。カイもそれに習い、強化人間の三人とリュウセイを解放する。

 

「お疲れ、リュウセイくん」
「ああ、サンキュ」

 

 ムジカから受け取ったドリンクを一口飲んで喉を潤し、リュウセイも一息吐いた。
 隣ではあー、疲れた、とオルガもリュウセイ同様に溜息を吐き、クロトとシャニは自分達の頭のてっぺんを抑えていた。
 カイが振るったキタムラ印の拳骨の結果である。
 どの程度まで反抗的な態度なら殴られずに済むか、という匙加減がこの二人には苦手なようで、オルガやリュウセイが殴られずに済む所を良く殴られている事が多い。

 

「成長しないなあ、お前らは」
「うるせえ、お前に言われる筋合いはないね」
「そういう言い方がキタムラ少佐の血圧を上げてんだろ。自覚位しろよ」

 

 ほとほとあきれた調子のグレンに噛みつく元気位はあったらしく、眦を吊り上げてクロトが言い返した。
 胸元に掴みかからない分だけ、以前よりは対応が丸くなっていると評価すべきだろうか。
 同じ殴られ仲間のシャニはジョージーから手渡されたドリンクのチューブを口に咥えて無心で飲んでいた。
 さっさと痛みを忘れる為にドリンクを飲む作業に没頭しているらしい。

 

「にしても慌ただしくなったよな。あっちこっちからどんどん戦力が集まっているみたいだし。この間もダガーLとか105ダガーなんかがじゃんじゃん搬入されていたものなあ」

 

 今自分達がいるプトレマイオス・クレーターを中心に、地上や宇宙の戦力がかき集められている現状を思い出し、深い意味はなくリュウセイが呟き、ジョージーとムジカがそれに便乗する。

 

「ヤキン・ドゥーエかボアズへの侵攻作戦の準備が進められていると言う噂は本当でしたのね」
「DCの動きも気になる所だよね。この間もユーラシア連邦のアルテミスが落とされたんでしょ? しかもそれ以来行方不明だって言うし、ミラージュコロイドか何かで隠しているのかな?」
「アルテミスをか? あんな馬鹿でかいもんを隠したって仕方ないだろう。もともとあれには対して軍事的な価値が無かったんだろう? それ位はおれだって知っているぜ」
「リュウセイの言う事も分るが、まあ、現場のおれらがあれこれ考えても決定するのは上層部だしな。考えてもしょうがないっちゃしょうがないんだけどさ」

 

 肩をすくめるグレンだが、自分で言うほど納得はしていないようでスッキリしない、と顔に書いてある。
 末端である自分達の意見などさしたる影響力も無い事は分っているが、せめて納得した状態で戦いたいものだ。

 

「敵は全部抹殺! すればいいだけだろ?」
「全部落とす。そんだけ」
「お? シャニとクロトの意見が一致するのは珍しいな。しかしお前らは本当にシンプルだよな~」
「リュウセイ、テメエ、僕らを馬鹿にしてんのか?」
「ばっか、クロト達を褒めてんだよ」
「嘘臭い……」
「なんだか戦争をしているのが嘘みたい」
「そうねえ」

 

 クロトとリュウセイのやり取りを聞いていたムジカが、小さくアヤに笑いかけた。
 確かに、あまり戦争に対する緊張感の様なものが欠けてはいるだろう。
 だがそれを、嫌う気にはなれなかった。少なくとも居心地が良いと感じている自分に気付いていたからだ。

 

「誰も死なせたくないわね」

 

 無意識に呟いたアヤの言葉にその場にいる誰もが同意しただろう。
 オルガ達でさえ、この場にいる皆の事を、決して口にはしないが仲間だと思い始めていたのだから。

 

 アズラエルの呼び出しを受け、WRXの進捗状況に対する報告を終えたイングラムは帰りの途中で、強化ガラス越しに月基地を発進する艦隊に気付き一時視線を向けた。
 各地から戦力を集結させているこの状況で、何をするのかいささか気になったからだ。
 アガメムノン級、ネルソン級、ドレイク級に随伴する輸送艦や工作艦を合わせて三十隻ほどの艦隊だ。
 ほぼ正規艦隊の規模に値する。いくら膨大な戦力を誇る地球連合と言えどおいそれと動かせる戦力ではあるまい。

 

「ジーベル・ミステル大佐の部隊だ」
「ギリアム少佐か」

 

 イングラムの疑問に答えたのは、近くの部屋から姿を見せたギリアムだった。
 後ろには連合製特機ガルムレイドのパイロットであるヒューゴ・メディオ少尉の姿もある。
 イングラムに気付いて敬礼するヒューゴに一瞥だけを向け、イングラムはギリアムの端正な顔立ちに向き直った。

 

「少尉が第一分遣艦隊に配属になったのでね。その手続きを済ませていた所だ」
「そうか、ではよろしく頼む。少尉」
「はっ」
「それで、ミステル大佐の部隊がなぜ動く?」

 

 ジーベル・ミステル。言うまでも無くかつてコロニー統合軍でマイヤーの下で指揮を取っていた男である。
 上昇志向と自己保身の傾向が強く、目的の為には手段を選ばない非情さを持っているが、策を弄しすぎて詰めを誤り自滅する事の多い男だ。
 オーブ戦にも参加していたが、その後無事生き残りそれなりに戦果を上げたのか昇進したようだ。

 

「ブルーコスモスに取り入ってそれなりの地位を確保したようだが、そのパトロンからの指示らしい」
「アズラエルか。先程会った時にはそんな話は匂わせる事さえしなかったが」
「余程少佐にも隠しておきたい事なのか、あるいは」
「捨て駒、か」
「おそらくというよりは十中八九な」

 

 ギリアムとイングラムに噂されたからか、この時アガメムノン級の艦橋にいたジーベルが盛大なくしゃみをして、ブリッジクルーから盛大に顰蹙を買ったのだが、流石のイングラムとギリアムも知る由も無かった。
 そして当のジーベルが座乗するアガメムノン級『ヒュプノシス』でも、自分達の上司に対する文句を垂れる男女がいた。
 食堂でドリンクを片手に、一方的に女性の方が向かいの席の男性に話しかけていた。
 二人ともまだ二十前後の若いMSパイロットだった。女性はおっとりとした顔立ちにピンク色の髪をしていて、間延びした特徴的な話し方で目の前の男性にしきりに話しかけている。
 男性の方は、オレンジ色の髪にファッションモデル並に整った長身とすらりとした体格の持ち主だ。
 話しかけると言うよりは一方的な女性の言葉を聞いているのかいないのか、黙って手に持った文庫に目を通していた。

 

「ちょっとぉ、ちゃんと聞いてますう?」
「ああ、聞いているさ。ミステル大佐のもみあげが気に入らないだの、あのデコが何時後退しきって輝くようになるのか楽しみだの、到底本人には聞かせられないような話だな」
「そこまでひどい事は言ってません~。でもお、ミステル大佐ったらこの前、私の事タヌキ顔なんて言ったんですよ~。いくらなんでもひどいですう。ねえ、そう思うでしょう?」

 

 見つめていた文庫の紙面から視線を引きはがし、男性は隣でグイッと顔を突き出している女性に目を向けた。男性の答えに期待しているのか、星でも輝いているように大きな瞳は一心にこちらを見つめている。

 

「そうだな。確かにお前はタヌキ顔だ」
「ええ~~! そんなあ、ひどいですぅ。もうちょっとまともに励ましてくれるかと思ったのに~」
「なかなか愛嬌があると言う事だ」
「あ、そう言う意味なんですか? やっぱりウィンは素敵ですう」
「ぬあ、こらグレース! 人前で抱きつくなと何度言えば……」

 

 ウィンと呼ばれた男性の言葉に、わざとらしい位感激した様子で、グレースはウィンの首筋にかじりついた。
 自分の胸に当たるグレースのたわわな胸の弾力と、周囲のクルーに目撃されていると言う羞恥心が、ウィン――アーウィン・ドースティンの顔を赤に染めるが、アーウィンの声を聞いているのか聞いていないのか、もうしばらくグレースはアーウィンに抱きついたままだった。

 

 

 いくつものジャンクやスペースデブリが散乱する宙域にそれはあった。
 プラント防衛の要であるボアズとヤキン・ドゥーエの二つの要塞と等距離にあるそこには、明らかに人の手が加わったと見える巨大なジャンクの塊の様な施設があった。
 数十隻を数える艦艇が係留され、作業用MAやMSが行き交い、発電衛星や生産施設が休む事無く稼働している。
 半壊した密閉型の旧式コロニーの内側に蜘蛛の巣のように張り巡らされた施設が、この基地の中枢に当たる。
 プラントを裏切ったとされる歌姫ラクス・クラインを筆頭とするラクス派が建造した、『ノバラノソノ』と呼ばれる基地である。
 本来ボアズ、ヤキン・ドゥーエに続くプラント第三の守りとして建造が予定されていた要塞であったが、宇宙での圧倒的な勝利がもたらした連合の宇宙戦力の低下と、地上での迅速な戦勝がザフト上層部に資金と資源を食いつぶす要塞の新たな建造の必要性を感じなくさせ、建造途中で計画は白紙とされている。
 それを極秘裏に引き継ぐ形で生産施設などをある程度備える程度に完成させている。
 コロニー・メンデルでの戦いで拠点を失った旧オーブ艦隊やラクス派の兵らが現在本拠地として活用し、来るべき決戦に備え力を蓄えていた。
 マリュー・ラミアスが艦長を務めるアークエンジェルをはじめ、イズモ級スサノオ、クサナギ、エターナル級一番艦エターナルなど、国籍を問わぬ艦艇が所狭しと並んでいる様子は、ある種DCと似通った光景であった。
 ノバラノソノ内部に設けられたシミュレータールームで、トップエースの一人として知られるキラ・ヤマトがシミュレーターから降りて一息吐いていた。 
 ナチュラル、コーディネイターと言う垣根を超えて戦争を終わらせると言う想いの下に集った者達の中でも、ずば抜けた戦闘能力を誇る少年だが、華奢な印象とやや頼りない顔立ちはまだ少年のもので、とてもエースの素顔とは信じられないだろう。
 隣のシミュレーターからは、全身のほとんどを金属で隠した男が姿を見せる。
 カーウァイ・ラウ大佐だ。CE世界に転移してきた死人であり、実質的にMS部隊の元締めみたいな位置にある男だ。
 元はオーブに所属していた国籍不明の男で、外見の異様さもあってなかなか信用を得られずにいたが、人柄と確かな実力に裏打ちされた技量から今では一定の敬意と信望を得ている。

 

「腕を上げたな。キラ」
「ありがとうございます」

 

 純粋な賞賛をまっすぐに受け止めるだけの感受性はあるので、キラはややはにかむようにして笑った。
 実際ここ最近のキラの技量の上達は目を見張るものがあった。すでにカーウァイでさえ同じ条件ではキラに勝つ事は困難になってきている。

 

(いや、キラだけでは……ないな。アスラン、ムウ、ディアッカ、アサギ、ジュリ、マユラの腕前が異常なほど上達している。おれも……うかうかは、していられん)

 

 カーウァイ自身不可思議に思うほどにキラ達の実力は急激に跳ね上がっている。
 これは、かつて新たな因果律の番人が夢の中でキラ達に託した、別世界での戦いの記憶がようやく体に馴染み始めたことに起因する。
 蘇った異次元の竜“竜魔帝王”が率いる地底世界からの侵略者『邪魔大王国』。
 ズ・ザンジバルと女帝ジャネラが手を結んだ別星系からの侵略者『ボアザン・キャンベル星間連合』。
 エビルと呼ばれた生体兵器に寄生し人々のスピリチアを吸収する異次元生命『プロトデビルン』。
 宇宙の全文明を機械化すべく猛威を振るった紫の星の忌まわしき遺産『機界31原種』。
 かつて滅びた三重連太陽系復活の為、現行の宇宙を消滅の危機に追いやった『ソール11遊星主』。
 異次元からの侵略者であるムゲ・ゾルバトスが支配する『ムゲ・ゾルバトス帝国』。
 銀河一つをまるまる支配していた別銀河の軍勢『バッフ・クラン』。
 もう一つのガンエデンを有し、銀河の覇者となるべく再び地球に魔の手を伸ばした『ゼ・バルマリィ帝国』。
 銀河中心から出現しすべての知的生命体根絶の為に暴威を振う、百億を超す破滅の使者『宇宙怪獣』。
 そして……全並行世界の因果律を捻じ曲げ、運命たるアカシックレコード、そして無限力に反旗を翻さんとしたまつろわぬものたちの王『ケイサル・エフェス』。
 言ってしまえばたかが星一つの中の戦いに終始しているCE世界とは、質も量も比較にならぬ圧倒的な戦闘経験。
 魂に託されたそれらが、徐々にキラ達の体に馴染み始めその真価を発揮しつつあるのだ。
 いかにサイボーグ化され、強化されたカーウァイと言えど機動兵器での戦闘経験に置いては既にキラに大きく溝を開けられる形になっている。

 

「おれが、教える事は……もう無いかも知れんな」

 

 弟子の成長を喜ぶ師匠の心境そのままに、カーウァイは微笑した。
 和やかな雰囲気が漂う二人に、新たな入室者の声が掛けられた。青春の只中に居る年頃の女の子の声だ。

 

「キラ、大佐、マリューさんが話があるからって呼んでます」

 

 連合の士官候補生のピンク色の軍服に身を包んだフレイだ。後頭部で結わえた赤い髪が、無重力に数本乱れてふわふわと漂っている。
 メンデルでの戦いで救出されて以来、率先して洗濯や掃除、炊事などの雑事を行い、今では以前よりも幾分肩の重荷が取れたような明るさが表に出ている。
 それがフレイの魅力を内面から輝かせているようで、キラには何となく嬉しく思えていた。
 かつての様な傷を傷で舐め合うのとは違う関係が築けている事も大きい。
 キラとサイの関係が前とはまた違った形で修復された様に、フレイもまた新たな関係をヘリオポリスの学友達と築いていた。

 

「うん、すぐに行くよ」

 

 フレイに答えるキラの声もまた、年頃の少年らしい朗らかなものだった。
 今の自分達の状況が決して良いものではないと分っている。
 だが、それに押し潰されぬだけの希望と強さが、今のキラの心にあった。

 

 キラとカーウァイがフレイに呼び集められたころ、記憶無き武人ウォーダン・ユミルは一人スレードゲルミルのコックピットで機体の調整を続けていた。
 これまでスレードゲルミルの調整を引き受けていたイーグレット・フェフがメンデルでの戦い以来、姿を消した為、本格的な調整を行う事が困難にあり、特機である事も含め他の機体に比べて極めて整備が難しいものになっている。
 本来スレードゲルミルが有していたマシンセルの再生能力があればどうと言う事も無かったろうが、アースクレイドルでの戦いでウォーダンの宿敵によってマシンセルの制御ユニットが破壊されて以来、スレードゲルミルの再生能力は失われたままだ。

 

「やはり、スレードゲルミルの本来の力を発揮する事は出来んか」

 

 元よりかなりのダメージを追っていた機体ではあったが、メンデルでのジャスティス・トロンベ、更にガームリオン・カスタム飛鳥との連戦でさらにダメージが蓄積され、そのパフォーマンスは著しく低下していた。

 

「おれの技量でカバーするしかないが、エルザム・V・ブランシュタイン、そしてシン・アスカ……。彼奴等を相手にする事を考えればこれ以上の損害は受けられんな」

 

 スレードゲルミルのコックピットから身を乗り出し、とん、と小さく装甲を蹴りその反動で前に進むウォーダンは、ジャスティスとフリーダムの所に蟠った人影に気づき、途中でそちらに方向を転じた。
 メンデルでの戦いで中破に近い損傷を負った両機の改修が終わったようで、パイロットであるアスラン、それにムウやディアッカなども顔を出していた。

 

「お、ウォーダンの旦那か。どうだい、スレードの調子は?」
「良いとは言えんな。ジャスティスの改修は終わったようだな」

 

 ウォーダンに気付いたムウに片手を上げて挨拶を返し、ウォーダンはシフトダウンし灰色の装甲に変わったジャスティスを見上げた。
 シン・アスカのガームリオン・カスタム無明によって斬り飛ばされた首も元通りになり、五体無事な姿に戻っている。

 

「あまり大きな変更点は無いのだな」
「もともと接近戦に特化した機体で装備も偏ってましたから、下手にいじると折角の特性が無駄になってしまいますからね」

 

 これはジャスティスの改修を担当したコジロー・マードックだ。アークエンジェルをしつこく狙ったイージスのパイロットの機体を、自分の手で回収すると言うのはいささか抵抗感があったが、今はそれを押し込めていた。
 基本的な改修案はパイロットであるアスランとザフトのコーディネイター技師達によるもので、マードックはそれを形にするのが役目だった。

 

「こいつには量産型のジャスティスのデータも流用してますから、前よか信頼できる機体になってますぜ。後はザラとの相性次第ですわな」
「あ~あ、おれのバスターも核動力にしてくれねえか、おっさん」
「目上の人間をおっさん呼ばわりすんじゃねえ! 第一、バスターに積む核分裂炉もNJCもありゃしねえだろうが。ケーニッヒのエムリオンに搭載されていた核融合炉ジェネレーターを移植する設備もここにゃありゃしねえんだ。第一、おれ達ん所には核融合炉はあれ一個しかねえしな」

 

 正確に言えば、オウカのラピエサージュのプラズマ・ジェンレーターとスレードゲルミルのプラズマ・リクアターもあるにはあるが、そもそも搭載する機体の仕様がCE世界のものとは違い過ぎる為に最初から数には入れられていない。
 プラントのあちこちに根を張るラクス派ではあったが、シーゲル・クラインがクライン派にラクスへの協力を自制するよう呼びかけた影響で、流石にNJCのデータや実物が手に入るような事はない。それでも補給はきっちりと受けている状況が、ラクスの影響力の凄まじさを物語っている。
 まあ、核動力そのものは旧世紀から存在する代物ではあったが。機動兵器に搭載する事の出来るサイズと安全性を持たせたものとなると、ノバラノソノの設備で用意するのは難しい。
 ディアッカもそれは分かっていたのでそれ以上食い下がる事はなく、アスランの新たなジャスティスをやや羨ましげに見上げるきりだった。
 コックピットに乗り込んで機体の使用をチェックしていたアスランも、とりあえずは満足した様子で機体を降りてマードックに礼を言った。

 

「ありがとうございます。良い機体に仕上がっている」
「なに、あんたらの引いた図面の出来が良かったからさ」

 

 ウォーダンが言った様にジャスティス自体の装備に大きな変更はない。エルザムはファトゥムを嫌って半固定型のバックパックに変更したがアスランはそのままファトゥムを採用している。
 ファトゥムの機関砲の類は全てレーザー砲塔に変え、予備のビームライフルを腰に一つ追加する程度に抑えている。
 大幅な改修を行うだけの資源や余裕が無いというのも理由の一つだが、もともと試作機であるだけに、下手にいじるとうんともすんとも言わなくなる恐れがあるからだ。
 どうにも、プラントの技術陣というのは、とりあえず思いついたら実行してみて、結果がどうなるかは二の次な傾向がある。
 その影響で、試作機であったアスランとキラのフリーダムとジャスティスはしょっちゅう故障や不具合を起こしているのだ。

 

「キラのフリーダムも、修理は終わっているんですか?」
「ああ、坊主は今はいないが、ちょっと前にどんな具合か見には来たな。坊主のフリーダムもジャスティス同様に量産型のデータを真似て機体の信頼性を上げた位だから大きな変更はねえな」

 

 ジャスティスの傍らに並べられたフリーダムも、ほぼ元通りの外見に戻っていた。
 かつては核動力機である秘密を守る為に、マードック達にも機体を触らせまいとしていたキラだったが、既に連合にNJCが渡った現状を鑑みれば、核動力を秘匿することに意味はないと判断し、隠すような真似はせずにいる。

 

「さて、と見物も終わったし、おれはククルの所に顔を出してくるか」
「ディアッカ、お前がか?」

 

 と小さく驚いた声を出したのアスランだ。ディアッカはその反応を面白がるように片方の唇を吊り上げている。

 

「何期待してんのさ? おれの趣味が日本舞踊だって言ったことあったけ? 戦争が始まる前は師匠の所に通ってたんだけど、ククルもそういうのやってるらしくってさ。今じゃインスタント弟子をやってんの」
「そうなのか、いや、てっきりミリアリアに振られてククルに走ったのかと」
「お前ねえ、そう言う事サラっと言う? 普通はもうちょっと気を遣うもんじゃないの? それにククルが気にしてんのはおれじゃないって」
「ん? ああ、そうか。そう言えばそうだな」

 

 ここでつい、とアスランの姿勢はウォーダンに向けられたのだが、この寡黙な男はそれが何を意味するのか読み取ることはできず、

 

「おれの顔に何か着いているのか?」

 

 と生真面目な顔で言い返した。これはククルは前途多難だな、と自分の事を棚に上げてアスランは溜息を吐いた。
 アスランの様子に苦笑交じりで分かっただろ? とアイコンタクトを飛ばしたディアッカはそのままウォーダンに声をかけた。

 

「何でもねえよ、ウォーダンのおっさん。良かったらあんたもククルの所に顔を出さないか? あの人、アンタがいると気合が入るんだよな」
「その理屈は分からんが、よかろう」

 

 こりゃアスラン以上の鈍感だな、そう小さく呟いたディアッカの言葉は、幸か不幸かウォーダンの耳には届かなかった。

 

 

 一方、ラクスの私室では、アンドリュー・バルトフェルトとマーチン・ダコスタ、それにアイシャとある一人の男の姿が在った。
 色の入った丸いサングラスを鼻の上にちょこんと乗せた、緑色の髪の三十代半ばほどの男である。
 彫りが深い、と言うよりは猛禽の嘴みたいに盛り上がった鼻や細くとがった顎が印象的だ。
 物腰は柔らかく、落ち着いた知的な風貌ではあったが、ラクスは本能的に目の前の男に対して警戒心を抱いていた。
 珍しく険しい表情を浮かべるラクスを見て、バルトフェルドは目の前の男がもたらした情報に対する嫌悪の表れだろうと判断し、代わりに口を開く事にした。

 

「では、連合がボアズ侵攻の前に大規模な作戦行動に移ると君は言うのかね?」
「ええ。私が昔から使っているアンダーグラウンド筋の情報でしてね。確実にボアズを落とす為に月からの侵攻ルートに存在するザフトの基地と言う基地を壊滅させる気なのですよ」
「ケド、いくら連合でもそれだけの事をすれば、余分に戦力を消耗してしまうのではないかしら?」

 

 特徴的なイントネーションで男に聞き返したのはアイシャだ。今はバルトフェルドがMSから降りた事もあって、エターナルの砲撃手を務めている。

 

「それは貴方方の連合に対する認識の甘さですよ。すでに彼らの保有するMSは二千を超える数に上ります。ボアズに配備されたMSはざっと六百前後。ヤキン・ドゥーエや基地、要塞の部隊をかき集めても千を超えれば良い方でしょう。
 その間にも連合はその生産能力で次々とMSを作り出し、対してザフトは失った戦力を回復するのにどれだけの時間が要りますか? ましてやMSは作ればよいが、それを操るパイロットや指揮官の補充など、プラントには望むべくも無いでしょう。消耗戦になれば、ザフトの敗北は決定的ですからね」
「私達にそれを教えて貴方は何を望むのです?」

 

 それまで男の言葉を黙って聞いていたラクスが、静かに問いただした。
 思わずバルトフェルドとダコスタがラクスを振り返るほどに冷たい、氷でできた人形の唇から吐かれたかの如き声音である。
 感情が丸ごと失われたような奈落を思わせる響きに、男は目の前の少女がただの理想主義者ではない事を認識し、唇を愉快そうに歪めた。

 

「いえいえ、ラクス・クラインの思うがままにふるまって頂ければそれでよいのですよ。私としても、今のナチュラルとコーディネイターの歪んだ関係は望ましくありませんのでね」
「それだけではなさそうですね。アーチボルド・グリムズ少佐」
「さあ? 私には他意は一切ありませんが……」

 

 ラクスにアーチボルドと呼ばれた男は、悪魔ならば浮かべるにふさわしい嘲笑を、心の中でのみ浮かべていた。

 

 ガーリオン・テストベッド(ナイトガーリオン)を入手しました。  
 アーウィン・ドースティンが地球連合に参加しました。
 グレース・ウリジンが地球連合に参加しました。
 アーチボルド・グリムズが登場しました。