SRW-SEED_ビアンSEED氏_第72話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:31:08

ビアンSEED 第七十二話   創世の光、創り上げるは天国か地獄か

 “そこ”には無限のシン・アスカがいた。言葉通り限り無く存在する可能性、世界、運命、命、魂を――持ち、失い、失う、これから手に入れる――ありとあらゆるシン・アスカがいた。
 
 紅に染め上げた新たなる“運命”と共に怒りの翼を広げ飛び立つシン・アスカがいた。
 血涙を流し家族の命を奪った怨敵がたたずむ蒼穹の空を睨むシン・アスカがいた。
ほたほた、という擬音が似合う歩き方をする二足歩行のねずみと、柔和な顔立ちの青年の二つの姿を持つシン・アスカがいた。
 奈落の底の様な絶望に堕ちて世界の全てを羨み、妬み、ひそみ、憎み、嫌い、欲するシン・アスカがいた。
 乙女座で神に最も近い男と称される黄金聖闘士となったシン・アスカがいた。
 意思ある魔剣の主となって邪悪を討つ、御伽噺の中の勇者の様なシン・アスカがいた。 
 地球の防衛機構たる鋼の巨人達と共に立ち上がり滅びを望む魔星に挑むシン・アスカがいた。
 形成さぬ分子の塊にすぎぬシン・アスカがいた。
 誰にも手の届かぬ高みへと上り詰め、超越者の行き着く先に辿り着き、惰眠を貪るだけになったシン・アスカがいた。
 雨に打たれながら、薄暗い路地の片隅で誰にも看取られる事無く永遠の眠りにつく惨めなシン・アスカがいた。
 焼けた砂の星で、その右手に天使を宿す青年や巨大な十字架を背負った牧師と共に旅をするシン・アスカがいた。
 ただただ平凡な人生を歩み、ありふれた幸せを手に入れて幸福な人生を送るシン・アスカがいた。
 夢幻の心臓を持つ人造生命として生まれ、八つに分かたれた秘宝ユダの痛みを宿し、救世主の鎧たる竜戦士の操者となったシン・アスカがいた。
 無限の正義との戦いに敗れ月の大地に運命と共に堕ちるシン・アスカがいた。
 光の巨人の意志と力を受け継ぎ人と怪獣たちの命の双方を守れないのかと苦悩するシン・アスカがいた。
 平和と言う名の狂気を包み込んだうたかたの夢と、守るという呪いに縛られて心狂わせたシン・アスカがいた。
 大海賊時代に迷い込み後に海賊王となる麦わら帽子の少年と行動を共にするシン・アスカがいた。
 石持て追われ、誰にも受け入れられる事無く、救われる事無く、骨と皮だけになって飢えに苛まれて死んだシン・アスカがいた。
 世界との契約により反英霊へと堕落したシン・アスカがいた。
 アーモリーワンの戦闘であっけなく戦死し、何もなす事無く死んだシン・アスカがいた。
 錬金の秘術が生み出した人造の奇跡『核金』を手にいれ、非日常の戦いに身を投じるシン・アスカがいた。
 あらゆる世界のシン・アスカを憎悪するシン・アスカがいた。
 黒ウサギでお姉さんや年上美女との仲を茶ウサギに嫉妬される、三児の父親となったシン・アスカがいた。
太陽の様な黄金に輝くシン・アスカがいた。
あらゆる物質を分解再構築し、自らのエゴを具象化するアルター能力に目覚めたシン・アスカがいた。
 あらゆる可能性を見つめるこの自分に気づき、逆に見守っている高次元の存在となったシン・アスカがいた。
 もっとも新しき神“旧神”となったシン・アスカがいた。
 血に塗れた復讐の刃と化したシン・アスカがいた。
 体も魂も捧げて姿を変えた意思ある化け物器物スピア・オブ・ザ・ビーストを振るい、魂を食われて字名さえ伏せられた妖怪へと変わり果てたシン・アスカがいた。
 今まさに命の火が消えようとしているシン・アスカがいた。
 ラ・グースを斃したゲッターエンペラーと共に、大いなる宇宙を食らい尽くす新しきモノ時天空との戦いに挑む、進化を遂げたシン・アスカがいた。
 腕は千切れ足は膝から下が無く、腹からは腸が零れ落ち、目はすでに機能していないにも関わらず、闘志をより一層激しく燃やし、立ちあがらんとするシン・アスカがいた。
 銭湯の番をしていたら、墜落してきた戦女神の名を持つ宇宙人の所為で死に、生き返る代償に魂の半分を共有する事になったシン・アスカがいた。
 今まさに世界に産声を上げようとしている赤子のシン・アスカがいた。
 ミスターシュラドーと呼ばれ、仮面で顔を隠し、ガンダムと戦う乙女座でセンチメンタリズムな運命を感じているシン・アスカがいた。
 心を壊し、ただの人形と化したシン・アスカがいた。
 時空管理局に拾われ、その身に宿した魔導師の力を見込まれて、半ば流される様に局員となったシン・アスカがいた。
 男なのにアスカ姫と呼ばれるシン・アスカがいた。
 永遠神剣地位『刹那』の主となって宇宙開闢以来続くカオスとロウの永遠者、そして『盾』と呼ばれる者たちの戦いに、大きな役割を果たすシン・アスカがいた。
 生まれる事さえ許されなかったシン・アスカがいた。
 甲竜の鎧を纏いヴィルガストの世界で戦うシン・アスカがいた。
 象に踏み潰される蟻の様にあっけなく、オーブの海岸でMSに踏み潰されたシン・アスカが居た。
 体内のダイナモで周囲のアザトースを吸収し、変換し、変神の掛け声とともに黒き戦天使となるシン・アスカがいた。 

 そして今ここに、他の誰でもない、どのシン・アスカでもないこの世界の『シン・アスカ』がいた。

 全面モニターに映る地球連合の艦隊とそこから出撃したMS,そしてなにより核を装備したメビウスの群れが、シンの目を引いた。
 今のシンには、すでに次元の狭間で出会った少年の事も、そこで見たありとあらゆる世界の自分の可能性も記憶にはなかった。
生死の境を彷徨い、カルケリア・パルス・ティルゲムの暴走によって辿り着いた因果の道筋から外れたあの世界の出来事は、通常の世界に帰還する際に全て忘却の霧の彼方へと持ち去られていた。
だが、それでも憶えている事はある。あるいは、魂に刻んだ事と言うべきか。
自分が、自分の意思で、この世界を選んだと言う事。この煉獄の修羅道の様な戦いの続くこの世界で生きる事を選んだと言う事。
自分の意思で選んだ道といえど、所詮は人間。時にはそれを後悔する事もあるだろう。もしあの時、違う道を選んでいたならと悲嘆に暮れる事もあるだろう。
時に足を止め自分の歩んできた道の軌跡を悲しみと共に思い返す事もあるだろう。暗雲に閉ざされた未来に怯え、震える事もあるだろう。
だが――おれは行く。このおれが、シン・アスカが、自分の意思で選んだ道であるのなら、ここがおれの生きる場所であると決めたのなら、おれは行く。
どんなに道に迷っても、どんなに傷ついても、どんなに恐ろしくても、おれは歩き続ける。おれは生き続ける。この命を最後の最後まで燃やし続けてみせる。

「それが、おれの生きると言う事だ!! 行くぞ、飛鳥!!」

 猛る魂の胎動をそのまま乗せ、シンが咆哮を挙げる。
帰還を果たした主に応えるかの如く、グルンガスト飛鳥もまた腰を落とした姿勢から、メインスラスターを爆発的な勢いで点火し、青く輝く一筋の流星となって宇宙を切り裂いて飛ぶ。
赤く血に濡れた様な瞳の奥に、強く輝く新たな光を宿した少年の目に映るのは、暴虐の破壊の炎を携えたメビウスの群れと、それを守る無数のMS達。

「核なんてものを持ち出して! そこまでして戦争に勝ちたいのか、そこまでしてコーディネイターを滅ぼしたいのか!? 戦争だからって、やっていい事と悪い事があるだろうが!! それでもお前ら、人間かああ!!!」 

ふつふつと精神の水面に、怒りが湧き立ち水面を大きく乱し始める。グルンガスト飛鳥に搭載された精神感応系統のセンサーやシステム、デバイスの類が反応し、飛鳥の出力を徐々に上昇させる。
右手に携えた獅子王の太刀からかすかに朱に染まった不可視の霧が立ち上りつつあった。シンの怒りに呼応して増幅された思念が、徐々に物質化するほどの濃度とエネルギーを持って顕現しようとしている。
怒る、怒る、怒る。
目の前で行われんとした人間の醜い行いに。
それをさせてしまう人間の業に。
そうしてしまう人間の愚かさに。
賢しげに言葉を振りかざしながらも、力を振るって他人を傷つける事しかできぬ自分に。
右下段、後方に切っ先を流した獅子王の太刀は斬艦刀を展開していないシシオウブレードの状態だ。
獅子王斬艦刀の柄と飛鳥の手の鋼の接触によって、橙色の火花が数片咲き零れる。
魂が飛び立ってしまいそうなほど果てしない虚空を一瞬彩った火花が、迅雷疾風の如く描かれた刹那の銀月に散らされた。
機械の挙動でありながら生身の達人のそれと等しい、グルンガスト飛鳥の振るった横薙ぎの一閃が、虚空に描かれた銀月の正体であった。
半弧を描いた獅子王の爪牙は、対艦刀シュベルトゲベールを右上段に振り上げて斬り掛かってきたソードダガーLの胴を、腰から上下に両断していた。
右手一刀で振るわれた無造作な動作に見えて、その実人間の目には捉えられぬ神速の斬撃――もはや魔刃と称し得る剣。
鋼と鋼が奏でる音を聞け。もしここが母なる地球の大地の上であったなら、打ち合う鋼の音ではなく、鋭く風を斬るかすかな音だけが君の耳に届くだろう。
断じて分厚い人型機動兵器の装甲を、実体を持った鋼の刃が切り裂く音ではなかった。レーザーや超振動、帯熱させた刃を持ってしても同じ現象を引き起こす事は出来まい。深淵無辺なる人の技なればこその一刀である。
斬られたソードダガーLの切断面を見よ。覗き込む君を、静夜の水面に映る満月のように映った君自身が見返しているだろう。
断じて機動兵器の戦闘で生じる現象ではなかった。達人・名人と謳われる、一つの道に人生のほとんどを捧げた求道者のみが成し得る奇跡の如き現象の領域だろう。
手の平には血が滲み、噛み締めた歯がことごとく砕けようとも、どれほど風雪や嵐が荒れ狂おうとも、愚直という言葉を越えて一つの道を進み続けた者が、ある日唐突に辿り着く境地。それが、コレを可能にする唯一の道ではないか。
斬り捨てたソードダガーLを振り返る事無く飛鳥は動いた。振るった獅子王斬艦刀の柄尻を左手で握りしめ、周囲で戦闘を行っているザフトの防衛部隊と連合のピースメーカー部隊の位置を瞬時に把握すべく、ぐるりと周囲を見回す。
DCの部隊が数機こちらに気付いて迎撃の為に向かってきているが、もう数分かかるだろう。核攻撃の動揺が収まらぬザフトの部隊は、決死の覚悟で猛攻を仕掛けるピースメーカーとその護衛部隊に苦戦している。
ならば、その元凶を叩く。グルンガスト飛鳥の緑の双眸が、主の赤い瞳に変わり核弾頭を装備したメビウス部隊を捉える。
グルンガスト飛鳥――この土壇場で姿を見せた特機という厄介な相手をしようと、量産型ガルムレイドが何機かこちらに集まってくる。
ザフト、DC、地球連合の三勢力で唯一量産化された特機だが、それでもその戦闘能力はMSでは二倍の数を用意してもただ蹴散らされるのみだ。
同数のMSと特機では対等に戦い得ない。すでにザフトや連合でも暗黙の了解となった戦場のセオリーに従い、特機の相手は特機で持って行う腹積もりなのであろう。
だが、ここに一つの大きな誤算があった。あるいは無知であったと言い換えても良い。確かに特機の戦闘能力は局所的な戦況を単独で変えるほどに凄まじいものだ。
だが、その特機の戦闘能力を完全に発揮し得る人間がどれだけいることか。そして特機とは、廻り合った操者次第によって性能が大きく上下する、兵器としては不安定な存在なのだ。
それは、逆を言えば操者次第で特機が本来の力を行くほども発揮出来ぬ愚物になる事と、途方もない力を持った味方からすれば武の神の如き、敵からすれば悪鬼羅刹の如き存在に化ける事も意味している。
そして、語るまでもないかもしれないがシン・アスカは、この世界では数少ない特機の性能を十全以上に引き出す事の出来る稀有な操者であった。
量産型ガルムレイドは、ヒューゴ・メディオの駆るオリジナルガルムレイドに比べ、出力は低いがTEエンジンの稼働がより安定し、どんなパイロットが乗っても一定以上の能力を発揮するよう改良されている。
グリーンに塗装された巨体は製造コストとスペックの両方を高い水準で維持し、量産型としては申し分ない性能を誇る量産型ガルムレイドだったが、出会った相手が悪かった。
相手はオンリーワン特機であり、そしてそれを駆るのに最も相応しい者の一人が操者として、そのコックピットに座っていたからだ。
しかもその胸の内に、遥かなる距離と時間を超えて宇宙に輝く太陽よりも熱く燃える闘志を抱いていた。
量産型ガルムレイドの内の一機が両肩のファングパーツを右手に装着し、グルンガスト飛鳥めがけて射出する。
ターミナス・エナジーの灼熱の光を纏い、がちがちと牙を打ち鳴らしながら迫ってくる拳は、縦一文字に描かれた獅子王の太刀の軌跡に呆気なく両断される。ファングナックルが纏っていたTEも歯牙に掛けぬ、凄絶な一刀であった。
低く唸る様に、飛鳥の瞳が鈍く輝く。翡翠の双眸に映すは冥府の魔犬の名を冠した緑の巨人達。
ひゅっ、とシンの喉の奥で小さな音が一つ鳴る。戦の始まりを告げる戦神の笛の音が、短く吹かれたような音であった。
虚空さえも踏み抜くと見えた飛鳥の渾身の一歩は、背のメインスラスターとテスラ・ドライブの助けを得て、見えない翼で飛ぶかのように、先程ファングナックルを斬り裂かれた量産型ガルムレイドの懐へと飛鳥を運んでいた。
迫りくる飛鳥の姿が、気づけばモニター一杯に映し出されている事に気づいた量産型ガルムレイドのパイロットは、その事実に気付くのと機体の額に在るブラッディ・レイのトリガーに指を伸ばすのを同時にやってのけた。
そのわずか一秒にも満たぬ時の間に、シンは目の前の敵を斬り捨てていた。
右腕を突き出した姿勢だった量産型ガルムレイドの首は、飛鳥の右腕から伸びた銀蛇が触れるのと同時に呆気なく胴体と別れ、弧を描いて戻った銀の蛇は真っ向から残る胴体を縦に割っていた。
量産型ガルムレイドの首から股間までを縦一文字に割った銀の蛇――獅子王の太刀が描いた銀の軌跡は、わずかに・一秒の停滞の後に再び動いた。
振り下ろした刃が、地上であったなら大きく大地を割っている位置から、足首、膝、腰、背、肩、腕を通じた螺旋の動きが生むエネルギーを余す事無く刃に伝え、上半身と共に旋回する。
飛鳥の背後から膝にある鋸――サンダースピンエッジを叩きつけようとしていた量産型ガルムレイドの左腰から銀刃がずるりと滑り込み、水を断つ様な手応えと共に右胸部上方から獅子王の刃が抜け出る。
斬られた衝撃で上下に分かれ、飛鳥の左右を通り過ぎて行く量産型ガルムレイドの胴体二つ。
核動力MSの高出力ビームを受けても一撃で撃墜される事はない重装甲を誇る特機の、その装甲が何ら意味を成さぬ一刀。魔性のモノが憑りついたかのような一刀は、まさしく妖刀・魔剣の呼び名こそが似合う。
二機を斬り伏せるのに要した一秒の間に、残る量産型ガルムレイドと周囲のバスターダガー、ダガーLの銃口が飛鳥を捉えている事を、シンは肌を突き刺す殺意から認識していた。
装甲越しにも殺気を感じるほどに鋭敏になった知覚能力は、増幅された念能力やゼオルートとは別の師から学んだ武道が培った第六感に加え、幾度も戦場に身を晒し死線をくぐった戦士として蓄積した経験が生んだものだ。
言葉や文章によるイメージよりも早く、危険、敵、攻撃――と言った散逸した思考が、シンの四肢の末端にまで行き渡り、飛鳥の巨躯を軽やかに操っていた。
飛鳥から見て右下方四〇〇メートルにいるバスターダガー目掛けて左のブーストナックルを放つ。同時に直上方向へテスラ・ドライブの、静止状態から最高速まで瞬時に加速する特性を最大限に生かし、跳躍に似た飛翔を行う。
コンマ数秒遅れて飛鳥の居た空間を穿つブラッディ・レイや、ビームの矢。それを眼下に納めるよりも早く、獅子王斬艦刀を握ったままの右手の袖口から特殊成型炸薬を仕込んだ十字手裏剣“ブレイククロス”で周囲を薙ぎ払う。
DC謹製の特殊成型炸薬を、目一杯に仕込んだブレイククロスが突き刺さったダガーLや105ダガーのシールドが、掲げていた腕ごと爆発の中に飲み込まれ戦闘不能の状態まで追い込まれるのが数機分確認できた。
ブレイククロスの直撃を受けつつも、胴体を庇った左腕を損傷しただけで済んでいた量産型ガルムレイドを、最も早く片付けるべき敵としてシンは飛鳥の正面に深緑の色に変わった冥府の魔犬を捉えた。
量産型ガルムレイドの挙動に、こちらの存在に気づいた節が見られた時には、飛鳥の金色の星が、その瞬きを無慈悲なまでに強めていた。音声による武装選択システムの補助もあり、シンは武装名とトリガーを引くだけで攻撃を実行に移せた。

「こいつでえっ! オメガレーザー!」

 一瞬網膜を焦がすほどに爆発的に増した星が、光の洪水をまっすぐに量産がガルムレイドに向けて解き放つ。
煌々と飛鳥の巨体を照らしあげた金色の光は、両腕で機体前面を庇った量産型ガルムレイドの機体を丸々と飲み込み、やがて黄金の奇跡の中に大きな火の玉が生じるのと、バスターダガーを粉砕した左手のブーストナックルが再装着されるのは同時だった。
その時、気を緩める事無く周囲へ警戒の意思を放つシンの意識に、ほんの数日離れていただけだと言うのに、思わず胸が熱くなるほど懐かしい気配が触れた。
全天周囲モニターの片隅で、高出力のビームの帯が小隊規模で行動していたストライクダガーを丸々薙ぎ払い、金色に輝くドラム状のポッドが敵を翻弄する様に飛び回ってはオレンジの火の球を幾つも生むのがシンの目に映る。

「へ、やっぱり来たなあ、シン! 待ちくたびれたぜ」 
「スティング! 悪い、遅くなった。その分は働くさ」
「ま、当然だな」

 星と太陽の輝きをその黄金の鎧に映しながら、飛鳥の周囲の敵機を牽制し駆け付けたスティングのアカツキだ。その名に相応しく黒い天を払拭する金色が、飛鳥を囲もうとしていた連合のMSを追い払う。
 そして、暁の訪れとともに彼方に消えゆく暗闇の如く、追い払われたMS達は猛然と襲い掛かって来た流星に、その存在を抹消された。
 テスラ・ドライブの翡翠の輝きを月光で編んだ紗幕の様に纏い、右手に握ったインパクトランスを突き出した姿勢で猛チャージを駆けた、中世の騎士の様な機体はガーリオン・テストベッドことナイトガーリオン。
 主兵装であるインパクトランスを展開し、ブレイクフィールドを形成しながら敵機に突撃するブレイクチャージを敢行。目にも鮮やかな翡翠の道筋には撃墜されたMSの爆光が宝石の様に煌めいた。
 ブレイクチャージの解除と共に、臀部のミサイルランチャーと胸部のマシンキャノンで敵機を牽制しているナイトガーリオンのパイロットの名前をシンが呼ぶ。小さい頃からの悪友を呼ぶような、親しげな声であった。

「アウルか!」
「へっへ~、お前が寝ている間に活躍させてもらったぜ! ていうか今さら目を覚ましても遅いっつーの!」
「何言ってんだ。おれが間に合わなかったらやばかったじゃないか、プラント!」
「それはザフトの連中の仕事。おれらの仕事じゃないって」

 交わし合う軽口には三人共隠しきれぬ喜色の色が浮かぶ。気を抜けば即座に死につながる戦場に置いて尚、その存在が健在である事を喜ばずにはいられないのだろう。シン・アスカとは、アウルとスティングにとってそんな存在になっていた。
 そしてシンは、やはりここが自分の居るべき場所なのだと言う事を強く感じていた。
人の命の価値があまりにも軽い、命令次第で人を殺せる・殺さなければならない兵士という人種が集うような場所であっても、そこに自分を必要としているモノ、自分が必要としている人がいれば、そこには言葉では表しきれぬ価値と意味が生まれる。
それが幸か不幸かは分からぬが、シンの心に充足の感情が広がっていたのは確かだ。
飛鳥やアカツキ、ナイトガーリオン他コスモリオンやガームリオン部隊の援護が間に合い、隊列を乱していたザフトの部隊はかろうじて連合の核メビウス部隊を抑え込む事に成功していた。
互角に盛り返したこの局所の戦況を、DC・ザフト側に傾けさせたのは、シンらの元にさらに一人、誰よりもシンの心と体を案じていた少女が駆けつけたからに他ならない。
すなわち、凶津事を告げる災厄の鳥“ヒュッケバイン”のパイロットたるステラ・ルーシェである。
ステラは飛鳥の反応をヒュッケバインの中で確認し、心の中で何度もシンの名を呼んだ。
シンが戻ってきた。また、ステラの名前を呼んでくれる。きっと、ステラの事を見てくれる。シンが、シンが、シンが、帰ってきた!
だから、一刻も早くシンにあの言葉を言う為に、ステラはヒュッケバインを黒い魔風の如く操り、立ち塞がる地球連合の機体全てを容赦なく破壊しながら飛鳥の元へと向かった。
ヒュッケバインのマイクロミサイルによって敵機を大きく散開させ、そのど真ん中を大胆に飛び、集中砲火を浴びせようとする敵機に、マイクロミサイルと同時に放っていたリープスラッシャーが襲いかかっては、光の鋸の餌食にする。

「わたしは、シンの所に行く! その邪魔をするなぁあ!!」

 ヒュッケバインの右手に握らせたオクスタンライフルの銃口からは絶え間なくビームと実弾が放たれ、左手のロシュセイバーはブラックホールエンジンの産む莫大なエネルギーによって稲妻の如く迸り、テスラ・ドライブの翼は鋼の機体に神速を約束していた。
 思考よりも先に動く肉体が操縦桿を操作し、ヒュッケバイン目掛けて四方から降り注ぐ光から逃れる。ふわりと宙に舞った羽毛を力任せでは掴めないように、ヒュッケバインはテスラ・ドライブの恩恵によって縦横無尽の動きで虚空に踊る。
 重なり連なる銃声、銃声、銃声。幾度も描かれる翡翠の弧月は斬撃、斬撃、斬撃。
 一メートルが何百倍に、一秒が何千倍にも感じられる中、ステラの思考は戦闘とシンの元へ行くという行為を並列して処理し、ヒュッケバインは番いとなる飛鳥の元へ向かう道筋に無数の凶事――MSの鋼の骸を生んでいた。

「シン! シン、シン、シン!」
「ステラ?」
「シン!!」

 もし飛鳥やヒュッケバインに乗っていなかったら、そのままシンに抱きついていたに違いない勢いで、ステラはシンの元へと、ようやく辿り着いた。
 決して見間違える筈もない、シンの愛機グルンガスト飛鳥。先ほどから通信で拾っていたシンの咆哮。機体越しにも確かに見えるシンの怒りの顔。
シンの顔に浮かぶのが笑顔でなくても、怒りでも良かった。シンが、そこに、いる!

「シンだ。シン、シン!!」

 シンの名前しか知らないように、ステラは何度ものシンの名前を呼ぶ。呼ぶ事を止めてしまったら、目の前にいるシンが儚い幻のように消えてしまうのだと言うように。
 シンもまた、ずいぶんと懐かしく感じられるステラの声と変わらぬどこか妖精めいた無垢な顔に、口元を綻ばせた。シンが心惹かれた大粒の宝石の様な瞳も、何の代償も求めぬ純真な笑みも、目の前に在る。
 落日に染まる夕闇の空の様な赤い怒りに染まったシンの心を、穏やかな風が吹き抜けていた。ステラと一緒にシンの心に吹いた風は、シンの昂った心を優しく慰め、荒ぶっていた感情の波が静まる。
 ただそこに居る。それだけでこんなにも心の在り方を変える大切な人。ステラにとってシンとは、そしてシンにとってステラとはそんな存在だった。

「シン」
「なに?」
「お帰りなさい」

 モニターの中に映し出されたステラの笑顔がより一層愛おしく変わる。かすかに潤んだ瞳はまっすぐにシンを見つめ、ほのかに桜色に染まった頬はステラの抱く感情の強さを物語り、シンの胸にこの上ない喜びと幸福の感情を抱かせた。
 そして、シンはこう答えた。それ以外の答えなどありはしなかった。

「ただいま、ステラ」

「え、何? シンが戻って来たの!?」
「そのようだ! アウルとスティングにステラが接触した。連合の核部隊と接敵したようだ」

 荷電粒子砲のチャージ中をカーラに護衛されながら、ユウがシンの復帰をカーラに伝える。弟分の復活に、カーラは輝くような笑みを浮かべるが、シンの容態を思い出してすぐに心配の仮面を被って気遣う声を出す。

「でもシンは怪我していたじゃない。こんなにすぐ戦闘なんかできるの?」
「さて、な。いずれにせよ、こちらに合流する筈だ。それにスティング達も一緒なら大抵の事はどうとでもなる。それに!」

 咄嗟に回避行動に映るランドグリーズ・レイブンとラーズアングリフ・レイブン。ロングダガー二機とカラミティで構成された小隊とエールダガーL一個中隊が、カーラとユウに砲火を集中させてきたのだ。
 レイブンユニットの搭載で機動性や運動性が増したとはいえ、元来鈍重な部類に属する両機は、特に火力の高いカラミティのシュラークやケーファー・ツヴァイを回避し、通常のビームライフルは、機体に施された対ビームコーティングと厚い装甲を頼りに耐え凌ぐ。
 
「わっと、あたしたちもシンの事を気にする余裕はないって?」
「そう言う事だ!!」

 再チャージを終えた荷電粒子砲の咆哮を轟かせ、ユウのラーズアングリフ・レイブンが一気にエールダガーL三機をまとめて吹き飛ばし、カーラはマトリクスミサイルとリニアライフルで弾幕を形成する。
 これに連携して後方のタマハガネとアカハガネの連装衝撃砲の光条が突き刺さり、蜘蛛の子の様に散った機体へは、DC最強の剣戟技能者“剣皇”の異名を持つゼオルートのM1カスタムの刃の露と消え果てた。
 一機目のM1カスタムに蓄積されたデータを反映し、各関節部の柔軟性と可動範囲や耐久性を強化し、よりゼオルートの技量を活かす事が出来る仕様に変わっている。携帯しているロングソードも、錬金術による加工を施した業物だ。
 ダガーLののっぺりとした顔が縦に二つに割れ、左右に散らばっていたロングダガーに右肩、両膝への斬撃のフェイントの後、稲光の様な刺突が機体中央部を深々と貫く。光の速さで貫いた刃は等しい速度で血振りの動作と共に引き抜かれる。
 シンの復帰を耳にし、その口元に常よりも幾分柔らかな笑みを浮かべ、ゼオルートは愛弟子の復活を喜んだ。

「さて、弟子が頑張っている以上、師匠が情けない所は見せられませんね」

 イーゲルシュテルンにビームサーベル、ロングソードのみの武装のM1カスタムを、遠距離から仕留めようと遠巻きにビームライフルを撃ちかけてくるエールダガーLの残りを見つめ、ゼオルートは浮かべた微笑を冷たいものに変えた。
 右八双に構えたロングソードが、冷たく輝いていた。引き絞られる引き金を視界の内に認め、ゼオルートの肉体が瞬時に反応する。向けられた銃口からビームの軌跡を予測し、発射される前に回避行動を終わらせる。
 近接戦闘に偏重したM1カスタムの特性を最大限に発揮するため、フライトユニットや機体各所のアポジモーターをはじめ、推進力が徹底的に強化されている。
強化された機体性能に加え敵のパイロットの呼吸さえも機体越しに見抜く洞察力とが、彼方の敵機の攻撃のタイミングをゼオルートに手に取る様に把握させる。
エールダガーLがビームサーベルの柄に手を伸ばすよりも早く、懐に飛び込んだM1カスタムの右手が動き、その回数だけエールダガーLの機体に斬痕が深々と残る。
また一つ、剣皇の伝説を彩る命の散華の花が咲いた。

 核搭載メビウスによる“ピースメーカー”隊の苦戦に、アズライガー専用の輸送艦で待機していたアズラエルは、意外にもさほど怒りを感じていなかった。

「おやおや、せっかくの核を撃つ間もなく撃墜されちゃあ、何の為のNJCなんだか。アレ、結構なレアメタルが必要なんですけどネ?」

 体に馴染んだ専用のパイロットスーツ越しに両手の指を組んで、こきこきと小気味よく音を鳴らす。商人としての自分が、せっかくのNJCが何の成果も生まずに宇宙の藻屑になる事に悲鳴に近いものを挙げていたが、それは簡単に黙殺する事が出来た。
 経営者でもブルーコスモスの盟主でもない自分が心の中にいる事を、アズラエルは理解していた。何よりも今自分の心の中で猛っているモノ、喉が破れて血が溢れるほどに咆哮を挙げようとしているモノが、いまかいまかと牙を打ち鳴らして爪を研いでいる。

「それにしても、はやく、ああ、はやくコロしたいなァ……」

 うっとりと一方的な殺戮が齎す恍惚の記憶に、アズラエルは頬を淡く朱に染めて笑む。アズラエルに残された記憶はボアズにおける圧倒的な虐殺だ。
サイバスターやイスマイル、ジャスティスやフリーダムに一矢を報いられた事と、リュウセイのヴァイクルに攻撃を仕掛けた際の記憶は過度の負担になりかねないとアギラに判断され、抹消されていた。
今のアズラエルに残っているのは、思い出すだけでも股ぐらをいきり立たせる性的快楽を伴った、圧倒的優位に立った者が弱者を嬲る際に得る残虐な優越感だ。
コーディネイターに対するコンプレックスと相まったそれらの感覚は、麻薬など及びもつかぬ危険な魅惑でアズラエルの精神を侵食し、魅了していた。一度知ってしまったらもう離れる事は出来ない甘美な毒。
そしてその毒は他者の命を奪う事でのみ得られるおぞましい毒であった。指先、爪先、心臓、網膜、五臓六腑と体中に見えない根を張り巡らす樹木の様に、アズラエルの心体に溶け込んだ毒が、腐りかけの果実の様に過度に甘い匂いを放ち、思考を曇らせる。
核であの遺伝子操作の果てに生まれた化け物どもを一掃するのもいいが、このアズライガーとぼくの手で二千万の害虫共をじかに皆殺しにするのはもっとイイ。
精一杯の抵抗を見せているザフトの鉄屑どもを蹴散らして、あの不細工な要塞を微塵に砕いて、何も守る者がいなくなった忌々しい砂時計を一つ一つ、ゆっくりと時間をかけて壊してやろうか。
それとも自分達の死の足音が聞こえる様に、生命維持機構を破壊するか、毒ガスをプラント一基ずつに流し込もうか、あるいは食糧の輸入を完全に停止させて、緩慢にプラントの全住民が飢え死にするのを待つのもいい。
即刻皆殺しにするか、じわじわと嬲り殺しにするか。どちらもひどく魅力的な考えであった。

『アズラエル理事』
「ああ、コッホ博士ですか。どうかしましたか?」
『なあに、そろそろお前さんの出番じゃと伝えにの。露払いはお前さんが用意したω特務艦隊がやってくれておるぞ』
「はは、そうですか。この戦闘が終わったら彼らに特別ボーナスでも出してあげますかね。ああ、でも、そうですかぼくの出番ですか。アハハハ……待ちくたびれましたヨ? くくっ」
『スポンサーに死なれては困るでな。あまり無茶はしてくれるなよ』
「無茶? ぼくが? はは、何を言うんです。このアズライガーで無茶の仕様などありませんよ。さあ、早く出撃させてください。一刻も早く、あいつらを踏み潰したいんですよ。ええ、もうさっきからそうする事を思うと、体の震えが止まらないのですよ」

血走った目でこちらを睨み殺さんばかりの勢いで見るアズラエルの様子に、アードラーはいかにも悪の科学者然とした、醜い欲望に塗れた顔に笑みを浮かべ、アズラエルの欲望を解き放つ事を許した。

『じゃったら、好きにしてくると良い。世界はお前さんを中心に回っておるぞ』

 アズラエルの口の両端が、三日月の形に吊り上がった。空に浮かぶソレを見た誰もが、自分の体を思わず抱きしめてしまうような、不気味な笑みであった。

 正面から大物量を持ってザフトの防衛部隊と戦闘を繰り広げている地球連合艦隊の中に、連合艦隊最強戦力にして、現地球人類最強の機動部隊の称号をウルブズと争う一大戦力ω特務艦隊の艦影があった。
 旗艦ゲヴェルをはじめアークンエンジェル級三隻にシルバラード級輸送艦といった新型艦に、MSの搭載と整備用の施設を増設した旧地球連合艦艇で構成されている。
 独自に配備された試作機や実験機、最新鋭機に軍の最高峰の腕を持つパイロット達を組み合わせた部隊は、核動力機とメディウス・ロクスやゲイツといった量産機に、ザフト側のトップエース部隊WRXチームで構成されたザフトの精鋭部隊と正面から激突していた。
 艦隊司令を務めるレフィーナ・エンフィールド中佐と副長を務めるテツヤ・オノデラの指示が矢次早に飛ぶ中、オペレーターのユン・ヒョジンが送られてきた通信の内容に、一瞬表情を曇らせた。

「旗艦シンマニフェルより通達、アズライガーを護衛しつつ敵戦線を突破せよとの指示です。アズライガー、ベルゲルミル、ヴァルシオンの出撃を確認」
「っ、分かりました。スクイッド小隊を呼び戻してアズライガーの直衛に着かせます。ωナンバーズはダンディライオンに合流しこのまま正面から突破を図ります。コンキスタドールとロンド・ベルは左翼に展開し、敵部隊を包囲してください」

 自軍の核兵器の使用直後は信じられないとばかりに開いた口をそのままにしていたレフィーナも、今自分がしている事が戦争である事を自覚しなおしていた。
そして自分の座っている席が艦長席である事、この艦の乗員の命を預かる立場にある事を思い出し、普段の明晰さを取り戻して指揮に当たっていた。
 ボアズでの話半分にしても信じられない戦果を挙げたアズライガーの出撃は、少なくとも眉をひそめる様な報告ではない筈だったが、リュウセイを通じて伝えられたアズライガーの暴走が、かすかに疑念と不安を抱かせた。
 あの機体はなにかよくないものだと、明確に言葉にはできない、悪い予感の様なものがレフィーナの慎ましい胸の内に湧いていた。
 それらの疑念をレフィーナは細い頤をかすかに左右に振って打ち消した。今目の前で砲火を交えている敵は、何度となく激突してきた因縁の相手だ。その実力も、嫌というほど知っている。
 余計な事を考えて失われるのは自分の部下、いや仲間の命だ。

「ゴッドフリート、一番、二番、右方へ扇状に十秒間隔で二斉射。機動部隊を援護します。対空砲火は密に!」

 レフィーナからの指示を受け、ω特務艦隊機動部隊の面々は素早く行動に移った。カイのデュエルカスタム、オルガのカラミティ、シャニのフォビドゥン、クロトのレイダーが後方から高速で接近してくるアズライガーの左右を固める。
 アズライガーの僚機役を務める量産型ベルゲルミルとヴァルシオン改から、カイのデュエルカスタムに通信が入った。映し出されたのは、言うまでも無くグレース・ウリジンとアーウィン・ドースティンである。

「シンマニフェルMS部隊、アーウィン・ドースティン少尉です」
「同じくグレース・ウリジン少尉ですぅ」
「ゲヴェル機動部隊隊長のカイ・キタムラだ。これからおれ達スクイッド小隊がお前達の護衛につく。アズライガーのパイロット、聞いているか!」
「……」

 アズライガーのコックピットの中で、蹂躙・虐殺・殺戮への渇望に飢えた笑みを浮かべた口の端から涎を垂らすアズラエルが、カイの声に応えるわけもない。
 苛立たしげに眉間に皺を刻むカイだったが、上層部からアズライガーのパイロットへの干渉は過剰なまでに禁じられている。本来なら怒鳴りつける所を思い止まったのは、その命令を忘れていなかったからだ。

「申し訳ありません。少佐。我々にもアズライガーのパイロットに関しては機密事項として何も知らされてはいないのです」
「気にするな、アーウィン。だが、背後から味方に撃たれるのは簡便だぞ」

 リュウセイがヴァイクルで援護に駆けつけたと言うのに、その助けに入った対象であるアズライガーに執拗なまでに攻撃を受けた事を揶揄しているのだろう。とはいえ、この問題はアーウィンとグレースに正しい答えを告げられるわけもない。
 短く了解ですと答えるのが妥当な所だった。
 今まで問題を抱えた連中ばかりを部下にしてきたが、この最後の最後の戦いに来てまで、また新しい問題児を抱える羽目になろうとは。しかもその問題児がこれまででも最悪の手合い。問題児などというレベルでは済まない相手かもしれない。
 戦闘中の緊張を忘れ、カイは小さく溜息を吐いた。吐き出した小さな息一つで気分を切り替え、高速で飛翔を続けるアズライガーの援護へと向かおうとし、

「遅せえぞ、少佐ぁ。早く指示出せよ!」
「好きにやっていいの?」
「はははは、ほらほら滅殺、必殺、絶殺!!」
「……お前達」

 もとから抱えていた問題児達の景気の良い声に、もう一度溜息を吐かされた。三人が三人共核動力を搭載した愛機の特性を最大限に活かし、拙いなりに連携らしい行動も見せている。

「まあ、こちらも癖のある連中を抱えているのは同じか。……グレース、アーウィン、おれに続け! 一気に敵の部隊を突破するぞ」
「了解!」
「ラジャ、ですよ~」

 ヴァルシオン改と量産型ベルゲルミルを引き連れて、アズライガーの前方を塞ぐ敵機と改めて交戦に入ったスクイッド小隊と、イングラムのWRXチームを見ながら、アズラエルは気分良く歌っていた鼻歌を止めた。

「さぁて、露払いばかり任せておくのも心苦しいですし、そろそろぼくも働くとしましょうかねネェ? アズライガー、皆殺しにしますヨオォオ!!!」

 アズラエルが吠えるや否や、傷一つ残さず完璧に修復されたアズライガーが背部の推進機関の出力を最大にし、一気にザフトの防衛部隊のど真ん中めがけて踊り込む。
その進路上にいる友軍機が慌てて左右に退いて出来た道を、アズライガーは悠々と、しかし誰よりも早く飛んだ。

いくつもの武装を積載したコンテナ“デス・ホーラー”側面部から計八発のミサイルをばら撒き、周囲を囲んでいたダガーL六機を仕留めたイザークは、接近する巨大な熱源を捉え、わずかに息を呑んでヴィレッタやシホらに強敵の出現を告げた。

「隊長、ルナマリア、レイ、シホ、アクア、アズライガーが来たぞ!」

 イザークの警告に耳を傾けるのと同時に、ザフトWRXチームの各人がボアズで猛威を振るった破壊王の姿を認める。周囲の友軍も、ついに姿を見せた地球連合の切り札的存在を前にして、恐怖と怒りとを混ぜた感情を胸の内に沸き立たせていた。
 ふざけた名前同様にふざけた戦闘能力を持つ敵を前に萎縮する様子が見えない味方は数えても少ない。WRXチームと同チーム預かりになっているアクア・ケントルム他、実戦経験豊富な少数のベテランくらいだろう。
 現状でさえ落として落としても一向に数の減らない連合の部隊と、地球連合最強戦力と名高いω特務艦隊の異常戦力を相手にして、相応の被害と疲弊を強制されていると言うのに、アズライガーの出現はこの戦況を傾けるものだろう。

「隊長、こうなればWRXで!」
「まだよ。WRXの使い所は慎重に見極めなければならないわ。それに、まだ司令部が切り札を残している状況でしょう」
「しかし、あのアズライガーを我々が足止めしても、他の連合の特機やあちらのWRXがいます。フリーダムやジャスティスを持ってしても、どこまで相手が出来るかどうか!!」
「分かっている。けれど、あちらもWRXを出してきた場合、互いに潰し合うだけになるわ。それにこう言う時の為の味方もいるでしょう?」
「DCですか。しかし!」
「言い合っている暇はないわ。各機散開、数の差は連携でカバーするわよ!」

 ヴィレッタのR-SWORDパワードがツイン・マグナライフルを発射するのと同時に、イザークもまたR-1の両手に三つ首の魔犬の左右の首を握らせ、フレーム越しにコックピットにまで伝わる重々しい銃撃の反動を連続させた。
 戯れに開発者が装弾数十億発と称した魔銃ケルベロスシリーズのライト・レフトヘッドは、流石にそれほどの装弾数ではあるまいが、無尽かと思えるほどの弾丸を放ち続ける。その合間にもデス・ホーラーに内蔵された大型ミサイルやバズーカが火を噴く。
 デス・ホーラーの火力を得たR-1に、レイのR-3パワードやルナマリアのR-2パワード、シホのR-GUNパワードも、極めて高い火力とパイロットの能力があいまって多数で攻める連合軍相手に善戦していた。
 新兵であるルナマリアとレイも、度重なる実戦を経て今や何処の勢力に居てもエースと称されるだけの実力を身に着けている。
 マイクロミサイルをばら撒き、加速を生かしてレールガンを浴びせてきたメビウスの編隊を無数の爆発に変えたレイがルナマリアよりも一足早くその存在に気づいた。

「ルナマリア、回避しろ!」
「え!? きゃあっ!」

 レイの警告に反射的に操縦桿を傾け、R-2パワードに咄嗟に回避行動を取らせたルナマリアがつい先ほどまで居た空間を貫き、そのまま直線状に在るデブリもMSも戦艦もまとめて吹き飛ばしてゆく高出力などという言葉では足りぬビーム。
 カイの率いるスクイッド小隊とヴァルシオン改、量産型ベルゲルミルを着き従えたアズライガーの威容よ。暗黒の宇宙の只中に在ってなお色濃く浮かび上がる漆黒の巨躯。アズラエルの狂気を立ち上る陽炎の如く纏い、死と破壊を振りまくか。
 これまで散々にザフトを手古摺らせてきた連合のWRXチームに、アークエンジェル級からなる艦隊だけでも厄介極まりない敵だが、ここに加えてアズライガーとそれに従う深青の魔王と氷雪の土地の巨人もいる。
 いかにイザークといえども純粋なザフトの戦力だけでは、立ち向かう事が難しいのは理解できる。不平を告げるプライドをかろうじて抑え込み、イザークは目の前の敵に集中する。
 過程がどうあれ、ザフトを、ひいてはプラントを守れればそれでいいのではないか。そうやって自分を納得させ、イザークの目は生来の気性通り激しく戦意に燃えながら、迫る破壊王を睨み据えていた。

「いたいたいたいたいたいたあーーー!! ザフトの屑ども!コーディネイターの虫けらども!! さあさあさあああ、お前らみんな、この世にお別れさせてやるぞおおお!!」

 かろうじて保たれていた最後の理性をかなぐり捨て露わになるアズラエルの腐敗し増幅され、歪み切った狂気と兇気と凶気。
護衛を務めるカイやグレースらの存在を思考の彼方に追いやり、アズラエルはアズライガーの火器管制を務めるソキウス達に敵の殲滅を命じた。

「来るか、バケモノが!!」

 アズライガーを前にして怯む様子の無いイザークを、果たして勇敢と称すべきか蛮勇と言うべきか、それはこの戦いの結末次第だろう。

 ステラ、スティング、アウルと合流し、腹に巻いた止血帯に新たな血を滲ませながら、すべての核メビウスを殲滅したシンは、プラントの後方にかすかに移った星の光とは違う光を見つけた。
 止血帯にプリントされた痛み止めのお陰で一時的に苦痛は感じずに済んでいたが、モニター上に拡大したその光の先に在るものに、頭を鈍器で殴られたような鈍い痛みと衝撃が走った。
 モニターに映っていたのはいずれも巨大なミサイルを携行したメビウスの編隊とそれを吐き出す地球連合の艦隊。シン達が今殲滅したばかりの核メビウスの別動隊が、戦場を大きく迂回する形でプラントの後方に姿を見せたのだ。
 いくらグルンガスト飛鳥やヒュッケバインの機体性能が頭一つも二つも頭抜けているとはいえ、この位置からでは到底間に合わない。考えるまでも無い結論が、シンの脳裏に核の炎に飲み込まれ、崩壊するプラント群のイメージを鮮明に描いた。
 本隊とは別に動かしていた核メビウス隊。さらに正面から姿を見せたボアズ陥落の最大の切り札アズライガー。この二枚を囮にした上での三枚目の切り札が、核メビウスの別動隊だったのだ。
 くそっという短い叫びと、コンソールを叩く音が聞こえた。スティングが事態に気づき、シンと同じく間に合わないという事実の苦い味を噛み締めたのだろう。
 プラント付近に敷設された砲台や衛星の砲火をかいくぐった先頭のメビウスから、ついに一発の核ミサイルが放たれた。たった一発、しかし数万、数十万の人間を死の淵へと叩き落とす一発であった。
 たとえ間に合わなくとも、そんな思いに駆られて飛鳥を動かさんとしたシンの視界の中で、地球連合の別動隊が姿を見せたのとは別の方角から飛来した、無数のビームが数十発の核ミサイルの全てを撃墜した。
 ビームに貫かれるのと同時に発生した白い光はさらに核ミサイルの誘爆を促して、巨大な閃光の球体を無数に生みだす。思わぬ――歓迎すべきではあるだろう――事態に瞳を見開くシンが、核ミサイルを防いだ者達の姿を捉えた。
 シンにとってもなじみ深く、また、切っても切れぬ因縁を繋いだ者達。
 地球連合、DC、ザフトの入り乱れる戦場に、戦乱を導く歌姫の声が、凛と木霊した。

<地球軍は直ちに攻撃を中止してください。あなたがたは何を撃とうとしているのか、本当にお分かりですか?>

 全周波通信に乗った歌姫の声は鋭く地球連合の行為を糾弾し、その声が耳に良く馴染んだザフト兵達にも少なからぬ衝撃を与えていた。
 無論、プラントの歌姫の言葉などで地球連合の艦隊が動きを止める筈もない。ザフトWRXチームと核動力機部隊と熾烈な戦いを始めたアズライガーも、プラントの後方に姿を見せた別動艦隊も、変わらず戦闘を行っている。
 それでもラクスは言葉を止めない。歌で何もできなかった自分が、言葉で何かを成す事などできないのではないか? そんな不安や迷いは一切感じさせぬ凛々しい顔と声で。

<繰り返します。地球軍は直ちに攻撃を中止してください。あなたがたが撃とうとしているものは、本当に滅ぼさなければならない相手なのですか?>

 ラクスの声と共に、姿を見せた三十を超えるノバラノソノの艦隊から無数の機動兵器が出撃する。その中には、スレードゲルミル、ゲシュペンスト・タイプS、マガルガ、ラピエサージュ、ガーリオン・カスタム無明、フリーダム、ジャスティスの姿もあった。
 発射された核ミサイルを一挙に撃墜して見せたのは、ミーティアを装備したキラのフリーダムとアスランのジャスティスだった。
 核メビウスの大本たる連合の艦隊へと一挙に襲いかかり、ラクス・クライン一派とアスハ派旧オーブ軍からなるノバラノソノ軍は、最後の戦いへと遂に姿を見せたのだった。

 ヤキン・ドゥーエの管制室でパトリック・ザラとその傍らに控えたシーゲル・クラインは、自分達の子供らが選びとった道と手段を黙して見つめていた。
 地球連合が再び核を使用した事に対して激高した様子を見せぬ事が、かえってシーゲルの胸中に不安の焔を呷ったが、パトリックは表面上は平静を保っているように見えた。

「パトリック……」
「撃たねばならぬか」
「撃つのか?」
 重々しく吐きだされたパトリックの言葉が意図するものを理解し、シーゲルはかすかに目を開いたが、静かに聞き返した。撃った後では遅い。撃てば、想像もできぬほど取り返しのつかない事態になる。
パトリックがこれから使わんとするものはそう言うものなのだ。管制室のオペレーター達が通信機に向かって警告を発し始めた。ザフトの事実上最後のカードとなる決戦兵器の使用。使わずに済めば越した事の無い存在を使わなければならぬ時であった。
軍事衛星にいるエザリアに部隊を下がらせるよう指示を出し、パトリックはプラント後方に姿を見せた巨大な物体を悲しげに見つめていた。
本来、人類が残された無限のフロンティア――外宇宙に進出されるために開発された装置を、自分達は同じ人類に対して使用しようとしている。それも、一撃で無数の命を奪う事の出来る兵器として。

「新人類などと、我らの驕りだと言うのか……」

 ビアン・ゾルダークは、DC艦隊旗艦マハトの艦橋で、雲に隠れた月が姿を覗かせるようにして表れた巨大な物体に、険しい目線を送っていた。巨大な円形の物体。いや、円錐形だろうか?
 これまでセンサーに反応せず、肉眼などで視認できなかったのはミラージュコロイドで姿を隠していたからだろう。その周囲には何か鋭い針の様な物体がいくつも規則正しく並んでいた。
 針と円形の物体の二つで構成される構造物なのだろう。傍らのシュウも興味深げにそれを見つめる。
 やがて、ザフトから射線上からの退避勧告と射線のデータが通達され、その射程にオペレーターやマイヤーが目を見張る。

「これが、ザフトの切り札か」
「さしずめコロニー・レーザーのこちら版といったところでしょうか」

 唸る様に呟くビアンに、シュウが元いた世界で耳にした決戦兵器を思い出し呟いた。このような状況で使用される以上、地球連合の核と同等に近い威力を秘めている事は間違いあるまい。
 そして、見守るビアンとシュウとシンの目の前で、暗い鉄灰色から、フェイズシフトによってミラー部分が磨き抜かれた銀に、基部が白に変色する。PS装甲、ミラージュコロイド。かつて強奪した連合のMSから手に入れた技術の粋を持って建造されたのだろう。
その名を“ジェネシス”。
やがて、NJCの効果によって筒状になっている基部の奥に在るカートリッジがはじけ巨大な核のエネルギーと放射線が発せられる。それらは一度基部の前面に移動した一時反射ミラーに集められ、次に巨大な二次反射ミラーに跳ね返る。
そして、戦場に一筋の光が描かれた。

「この一撃が、我らコーディネイターの創世の光とならんことを――発射!」

――続く。