SRW-SEED_11 ◆Qq8FjfPj1w氏_第40話

Last-modified: 2014-01-03 (金) 01:03:19
 

スーパーロボット大戦OG's DESTINY
第40話「兄の想いと兄への想い」

 
 

 マイの素性が明らかにされ、幾許かの衝撃を各人に与えたのであるが、ダイテツが信じていたように徐々にハガネ・ヒリュウ改の面々はマイを受け入れるようになっていった。
 さらにその後、オペレーション・プランタジネットを実行すべく、サイバスターやアステリオンらの活躍によって両艦はアメリカ大陸への突入に成功する。
 だが、この突入作戦に参加していないパイロットが3人いた。ゼンガー・ゾンボルト、レーツェル・ファインシュメッカー、シン・アスカの3人である。
 とはいえ、作戦に参加していなかったのは、彼らやその機体に異常があったからではない。
 突入作戦時に艦内で待機していた彼らの機体は、現在ハガネとヒリュウに先行してアメリカの大地と空を駆け抜けている最中である。
 機動性と突破力に秀でた機体を駆る彼らは、テスラ研奪回という重大な任務のための先遣部隊として温存されていた。

 

 そして、異邦人であるシンにとってもテスラ・ライヒ研究所は因縁浅からぬ場所である。
 宿敵アスラン・ザラに敗れた後にギリアムとエルザムの手によってアメリカ大陸に連れてこられた折に、異星人インスペクターと戦い、必ず再び戦いを挑みテスラ・ライヒ研究所を取り戻すと誓った場所であり、また、兄のことを心の底から案じていた少々強気な妹、スレイ・プレスティと出合った場所でもある。

 

「兄を悲しませるようなことはしない」

 

 そう言い残して姿を消した彼女とその機体―緋色のカリオンであったが、先刻の突入作戦のときに確認することができたので、シンはその無事を知って幾らか安心した気分になっていた。
 ただ、かつて妹を持つ兄であった人間の1人としては、兄を持つスレイには無茶をしないで欲しいという強い気持ちを覚えざるにはいられなかった。
 そんなシンの想いを余所に、グルンガスト参式、ヒュッケバインMk-Ⅲの後に続いてアメリカの大空を行くヴァイサーガのレーダーが、テスラ・ライヒ研究所が近付いてきた辺りで同所の方向へ向かう1つの機体の反応を捉えた。
 機体のカメラを最大望遠にして反応があった方向をシンが見ると、先ほどその目で見たばかりの緋色のカリオンがテスラ・ライヒ研究所のある方角へ空をいく姿がモニターに映る。

 

「レーツェルさん、この機体…スレイさんのカリオンです」
「ああ、こちらでも捕捉した」
「あの方向、テスラ研に向かってるのは間違いないですよね」
「だが先ほどの作戦行動からさほど時間が経っていないことからすると、無補給のままと考えるのが妥当だろうな」
「俺が行って止めてきます」
「……作戦開始に遅れるなよ?」
「了解!」

 

 言うが早く、ヴァイサーガは緋色のカリオンの方向へ、背部のマントを風でなびかせながら向かっていった。
 そして、機体越しにではあるもののレーツェルのゴーグルの奥にある瞳は優しい微笑を浮かべていた。

 

「…何も言わないのか、ゼンガー」
「あいつにも歩んできた道はあろう。まだヒヨっ子な所もあるが、既に1人の戦士でもある」
「願わくばシンの思った通りになってほしいところだ。思うところは私も同じだろうからな」

 

 レーツェル自身、ライという弟を持つ1人の兄でもある。そのため、レーツェルにはシンがスレイ・プレスティのことを気にかける気持ちがわからなくもない。
 むしろ、妹を戦争で失ったという過去故にシンには、兄を持つ妹の1人であるスレイの無事が気懸かりなのであろう。
 テロからコロニーの住民を守るためとはいえ、妻を自らの手にかけて失った過去を持つレーツェルにはシンの想いがよくわかる気がしていた。

 

「スレイさん!聞こえるか!?一人で突っ込むなんて無茶だ。戻ってくれ」
「その声…あのときの男か」

 

 やや離れたところにあった3つの機体の反応のうちの1つが自分の方へと向かってきていたこと、時間的・場所的に考えてそれが連邦軍の機体であろうことはわかっていた。
 だが、それがかつてテスラ研がインスペクターの侵略を受けたときにほんの一時的にとはいえ、行動をともにした者であるとはスレイも予想はしていなかった。
 そして、そのときにやや強い口調で自分の行動を諌められたことがあったため、スレイとしてはシンに対して憎悪に基づく敵対心こそ抱かぬものの、
 こちらに接近して来る近接戦用とおぼしき特機を見ながらやや構えた表情を浮かべる。

 

「ああ、そうだ。これから俺達が先行してテスラ研を奪還する。だからスレイさんは退いてくれ、一機じゃ死ににいくようなもんだ」
「断る!以前、お前は兄様を助けるチャンスは必ずあると言ったな。覚えているか!?」
「あ…あぁ。覚えている」
「お前達が突っ込んで行くなら、兄様を助けるまたとないチャンスだ!見逃すわけにはいかない」
「だからってそんな機体の状態で何ができるんだ!?」

 

 アメリカ大陸突入作戦の時刻からまだほとんど間がない今、スレイのカリオンが先ほどの戦闘を終えた後に整備や補給を受けたものと考えることは難しい。
 同作戦行動での戦闘では、インスペクター側に幹部クラスの機体はなかったものの、その分鹵獲等により異星人の手先となった地球側兵器が数多く現れたため、弾薬等の消費も相当なものとなってことは想像に難くない。
 そうであるとすれば、そのような消耗した状態でインスペクターが占拠するテスラ研に突っ込んでいくことが賢明な判断であるとは言い難い。
 それ故、かつて妹を持つ兄であったシン・アスカには、このままカリオンを放って置いてスレイを危険に晒すようなことはできない。
 しかし、スレイとしては、表面上でこそ兄フィリオ・プレスティに反発するような言動をするものの心の中では兄への深い情愛を抱いている妹として、また、その兄の夢の結晶であると同時に兄が作り上げたプロジェクトTDの機体パイロットの誇り高きナンバー1として、相手の言うがままに後退して兄の行く末を委ねることは到底できなかった。

 

「私をお前達と群れている負け犬と一緒にするな!どうしても邪魔をするというのなら………ここで貴様を排除するまでだ!」
「くっ!やめてくれ、スレイさんっ!」

 

 カリオンは機体の先端をヴァイサーガに向けるとともに、機体左右の砲門が開いてGドライバーが放たれる。
 シンは機体を左方向へ流すことでこれを回避するが、カリオンはさらにGドライバーを放ちながら接近してくるとともに、機体をしきりにロールさせながらミサイルをばら撒いていく。
 ヴァイサーガは左右に移動させながら回避行動を取りつつ、その妨げとなるコース上に来るミサイルを排除すべく列火刃を投げ放つ。
 クナイに貫かれたミサイルは爆発へと姿を変えてヴァイサーガの全身を覆ってしまいシンの視界が奪われてしまう。
 これではシンだけでなくスレイも相手の機体の居場所を把握することが出来ず、有効な攻撃をすることができないはずである。
 シンは機体各部のカメラを操作しながらコックピット内のモニターを見渡してカリオンの手掛かりを探すものの、影も形も見つけることができなかった。
 だがシンの努力を嘲笑うかのようにヴァイサーガのすぐ近くを1発の弾丸が通り過ぎていく。

 

「!?」

 

 しかも、さらに数発の弾丸がヴァイサーガの傍を通過していっただけにとどまらず、スレイとカリオンの射撃精度は徐々にではあるが確実にあがってきている。
 こちらから相手の機体が見えない以上相手からもこちらの姿は見えないはず、ならばどうやってスレイはヴァイサーガの居場所を推測しているのか―シンが自問自答している最中にも、次なるGドライバーの弾丸がヴァイサーガの顔面すぐ近くを通過していった。このとき、シンはスレイが精度を高めていくカラクリの正体に気が付いた。

 

「くそっ!やってくれるな、スレイさんっ!」

 

 スレイにとっては、ばら撒いたミサイルが迎撃されることなどとっくに織り込み済みなのである。
 その上で、迎撃されたミサイルが生じさせた爆煙の中から一定の範囲内に予測をつけて、修正を繰り返しながらヴァイサーガの居場所を突き止めようとしていた。
 スレイの意図した通りにならぬよう、シンは急いで爆煙の中からヴァイサーガを脱出させるのだが、この行動もスレイの想定の範囲内であった。

 

「温いぞ、シン・アスカッ!」

 

 空を見上げたシンの目に、モニターを通じて上空からヴァイサーガに真っ直ぐに向かってくるカリオンの姿が映る。
 ブレイク・フィールドを纏いながら猛スピードで相手に突っ込んでいくカリオンの攻防が一体となったソニックカッターを回避しきることができない、シンはそう判断すると、これを迎え撃つ決意を固めた。

 

「水流…双牙っ!」

 

 両腕のカギ爪を伸ばし、ヴァイサーガは右腕の爪をカリオンに向けて振り上げた。
 だが、機体の機動力と地球の重力で勢いを増したブレイク・フィールドと、ヴァイサーガが咄嗟に繰り出した攻撃とでは運動エネルギーの大きさの違いは相当なものがある。
 正面からのブレイク・フィールドの直撃は避けることができたが、エネルギーの差とカリオンの突撃により吹き荒れた突風にヴァイサーガは嫌が応にも巻き込まれてしまい、弾かれ吹き飛ばされてしまった。
 激しく揺れるコックピットの中でシンは歯を喰いしばって衝撃をこらえながら、スレイが次の攻撃行動を開始する前に素早く機体の態勢を整え直す。
 ヴァイサーガは、カリオンが旋回を完了する前にその姿を機体正面に捉えると同時にシンは1つの決意を固めた。

 

「スレイさん…アンタの気持ちはよくわかった……けどそれなら俺だって力ずくでアンタを止めてみせる!」
「貴様にそれができるならやってみろ!ナンバー1の実力というものを教えてやる!!」

 

 シンがスレイを実力で捻じ伏せてでもテスラ研に行かせないと決めたのは、彼のエゴ以外の何者でもない。
 少し冷静に思考する余力が残っていればテスラ研まで供に行動する、という選択もあったのかもしれない。
 にもかかわらずそれがシンのオプションになりえなかったのは、かつて妹を持つ兄であったシン・アスカが、妹が兄のためにその身を危険に晒す、ということが断じて許しえなかったからであった。
 これは、相手の意思を完全に無視した、父権的・強権的な保護といっても誤りではない。
 だが、妹を戦争で亡くして心に深い傷を負ったシン・アスカという人間にとっては、妹が兄のために危険な行動に出ることは最も忌避すべきものなのである。
 シンが真紅の両眼で鋭くカリオンの姿を捉えるのと同時に、これと呼応したかのように顔を上げたヴァイサーガのツイン・アイも残光を引きながら赤い輝きを放った。
 続いてヴァイサーガは五大剣の柄に手をかけ、正面にカリオンを捉えながら左方向へ回り込む。だが当然ながらカリオンもそうやすやすとシンの思い通りに動き回ってはくれなかった。
 逆にカリオンもヴァイサーガの横を、そして背後を取るべく同じ方向へ回り込むべくスピードを上げる。
 これに対しヴァイサーガはカリオンが加速を開始したところを見計らって既にエネルギーのチャージを終えていた剣を鞘から勢いよく引き抜く。

 

「地斬疾空刀ッ!」

 

 鞘の内部で蓄積されていたエネルギーは、剣を伝って放たれることにより斬撃へと姿を変えてカリオンへと向かっていく。
 だが既に機体のスピードが相当程度上昇していたこと、また、距離が離れていたこともあって、最低限機体をロールさせるだけでカリオンはこれを回避した。
 続いてヴァイサーガは回避行動中のカリオンに向けて列火刃に投げ放つのだが、ほとんどのクナイは相手の機体をかすることすらできない。
 辛うじて戦場を我が物といわんばかりに駆け回る緋色の彗星を捉えることができた数本も、ソニックカッターのために展開されたブレイク・フィールドに全て弾き飛ばされてしまい有効打にはなりえていない。

 

 対するカリオンは再びGドライバーを撃ちながらヴァイサーガへ接近するのと同時に、またもミサイルをヴァイサーガを取り囲むようにばら撒いていく。
 そして今度は回避軌道を予想しながらミサイルが発射されたらしく、ヴァイサーガの回避方向から多くのミサイルが迫ってきていた。
 しかも数発のGドライバーが上空から放たれてヴァイサーガの手前を連続して通過していくと、ヴァイサーガの動きが一瞬止まってスピードが殺されてしまった。さらにそこへミサイルが大挙して押し寄せてくる。
 これはもう回避しきれない、今までの戦いの経験から直感でシンは判断した。
 パイロットの思考を機体に伝えるダイレクト・フィードバック・システムによりシンの判断を反映させたヴァイサーガは鞘から剣を引き抜き、その刃をミサイルへと向ける。

 

 数条の光が煌いた後には迫ってきていたミサイルの全てが斬り落とされていて、ヴァイサーガはミサイル包囲網に開いた穴から即座に離脱していく。
 だがスレイとしてもこれをむざむざと逃がすほどお人好しでもなければ、迂闊でもない。カリオンのソニックカッターがミサイルの包囲網から離脱しようとするヴァイサーガへと襲いかかる。
 他方のヴァイサーガも今度は不安定な姿勢ではなく、それなりの状態で迎え撃つ程度のゆとりくらいはある。
 迫り来るソニックカッターに対してヴァイサーガは五大剣を振り下ろす。ブレイクフィールドと斬撃の両者がぶつかり合うと、周囲にエネルギーを分散させながら両機の力比べが始まった。
 スペック上の機体データからすれば特機であるヴァイサーガのパワーの方が勝るのであるが、いま繰り出されたヴァイサーガの斬撃はやや態勢を崩しながらのものである。
 そのため十分に加速を付けた上でのソニックカッターのエネルギー量であっても、ヴァイサーガの斬撃に劣ることはなく、五大剣とブレイクフィールド先端が交わる部分はかすかに前後することはあってもどちらかが大きく押されるということはなかった。
 ほぼ互角となった両機の攻撃をこれ以上続けることはエネルギーと精神力の無駄であると考えたスレイは、機体の先端をずらして態勢を整えなおそうとひとまずそこから離脱する。
 対するシンもその場に留まっていてはまたカリオンの集中砲火を受けかねないので、そこから離れながら態勢を整えてカリオンを正面に捉える。

 

 そしてヴァイサーガは剣を構えなおしてカリオンへと向かっていくが、そこへカリオンから数発のGドライバー、続けてミサイルから放たれる。
 ヴァイサーガは1、2発目のG・ドライバーを上昇して回避し、3、4発目のものを五大剣で斬り捨てるとともに、空いている左手で列火刃を取り出して命中コースを辿ってきていたミサイルに向けて投げ放った。
 再び爆煙がヴァイサーガを覆い隠すが、カリオンは既に始めた加速をやめることはしない。G・ドライバーを爆煙の中に打ち込みながら、煙の中に隠れたヴァイサーガのいる場所を絞り込んでいく。
 そして、幸運にも発射された弾丸が作った爆煙の切れ目からヴァイサーガの赤いマントのかすかな影がスレイの目に飛び込んできた。

 

「もらったぞ、シン・アスカ!」

 

 勝利を確信したスレイは、テスラドライブの出力を最大にして作り出したブレイクフィールドを纏わせて爆煙の中に突っ込んでいき、爆煙を抜けたその先にヴァイサーガを捉えた。
 そして、カリオンの機体両端のソニックカッターがヴァイサーガのボディを貫こうとした瞬間であった。
 ヴァイサーガはその体をほんのわずかだけ反らして、ソニックカッターの刃が空を切った。それと同時にスレイはあまりに想定外の出来事に声を失い、その薄紫色の瞳が驚きを纏って大きく広がる。
 向かってくる軌道がわかるのであれば、その軌道から最低限の動きをすることで回避することも不可能ではない。
 そんなことをできるパイロットも、そんな俊敏又は柔軟な機体も多くは存在しないが、今回は可能なパイロットと機体が存在した、ということであった。
 さらに、最低限のモーションで回避したヴァイサーガとシンにとっては、攻撃を失敗したばかりのカリオンは隙だらけである。バックががら空きになったカリオンに向けてヴァイサーガが最大戦速で迫っていく。

 

「しまった!?」

 

 スレイの表情が驚きと後悔によって歪んだ。後方の敵機に向けてカリオンがミサイルをばらまいて障壁にしようとするのだが、ミサイル自身の速度では現在のヴァイサーガを捉えることは敵わず、ミサイル同士はヴァイサーガの後方でぶつかり合って自爆する。
 そして、そうこうする間にヴァイサーガが自らの間合いの中にカリオンを捉えた。

 

「はあぁぁっ!」

 

 構えられた五大剣が緋色の軌跡を描く機体に向けて振り下ろされた。輝く銀色の刃が煌いて、カリオンの背部のウイングの一部が本体から切り落とされて吹き飛んでいく。
 これによってカリオンは機体バランスを崩し、スレイがなんとかして機体の制御を取り戻したときには、カリオンのコックピットには太陽光を反射して銀に輝く刀身の先を突きつけるヴァイサーガの姿が彼女の視界のほとんどを占めていた。

 

もはや勝負はついた、スレイがそのように認識するにはあまりに十分な結果であった。

 

「くっ…!」
「…もうその状態じゃ満足に戦えない。それに今の戦いでもう弾だってもう少ないだろ。ここは退いてくれ、スレイさん」

 

 今の一撃でカリオンの翼の何枚かが失われたため、機動力が命綱のカリオンは機体バランスを大きく失ったことは明らかである。
 高速での戦闘が強く求められる機体にとって機体バランスの喪失は致命的ともいうべき損傷に等しい。
 また、アメリカ大陸突入の際の戦闘からあまり時間が経っていないことからすれば、その戦闘後に補給したとは考え難く、今の戦闘も併せて考えれば弾薬や推進剤の残りも十分ではない。

 

「今の戦闘だって機体の状態が十分だったら俺が負けてたかもしれない」
「……」
「テスラ研は俺達がきっと奪回する。頼む、俺達に任せてくれ」

 

 スレイは何も言わずにコックピット内のディスプレイに映る弾薬等の残量表示に視線だけを向けた。確かに連続の戦闘で弾薬の残りは心許ないし、機体自体のエネルギー残量も少ない。
 シンの言うとおり、先の戦闘でアイビスに競り合って弾薬の多くを使ってしまい、自分でも無意識のうちに使う弾を節約していた結果として、戦い方がワンパターンになり、相手に付け入る隙を与えてしまったのかもしれない。
 スレイはこのように思いながらそれと同時に、シンに自分と自分の機体の状態を見透かされていたことは彼女のナンバー1としてのプライドを大きく傷つけていた。

 

「黙れ!」
「っ!」
「私にフォローをいれたつもりか!?ここまで馬鹿にされたことは初めてだ!」
「そ、そんなつもりじゃない。ただ俺はスレイさんが…」

 

 スレイをスレイたらしめているもの、それがプロジェクトTDのパイロットのナンバー1としてのプライドに他ならない。
 スレイ自身は本気で勝つために全力を尽くして戦った以上、理由はどうあれ敗れた相手から気遣いをされたなどということはスレイにとって屈辱そのものであり、彼女の誇りやプライドが小さからず打ち砕かれたことは否めなかった。

 

「そうやって私を辱めて楽しいか!」
「違う!そうじゃない」
「なら一体何が違うというんだ!?」
「俺はただ、アンタに死んで欲しくないだけだ!」
「……え?」

 

 シンの突然の言葉によって毒気の全てを抜き取られてしまったスレイから、一言、否、一文字の言葉が意図せず、ポロリと漏れ出した。
 当然ながらシンが言った言葉は、かつて妹を失った兄として、大げさな言い方をするのであれば、妹を持つ全銀河の兄の気持ちを代弁してのものである。
 その他にはハガネ・ヒリュウ改でともに戦う仲間であるアイビスやツグミの仲間であったスレイが傷付くことが容認し難いという心境以外に他意はない。
 流れと勢いと当時の心理的緊張からの逃避願望からルナマリアとの距離を縮めたことはあったが、基本的には男女の機微には疎い方であるシンが女性の歓心を買うようなことを意図的に言えるものではない。
 だが、このようなことは当然ながらスレイの知るところではない。
 また男というものに対する免疫は兄以外にほとんどない上に、負けたショックで精神的に動揺があったスレイにとっては、突然出てきた(ように聞こえた)今の一言は、シンの本意とはやや異なった意味を有しているように思えてしまっていた。

 

「?……スレイさん?」
「………う、五月蝿い、黙れ変態!」
「っ!へ、変態…?」

 

 突然の大声、そして生まれて初めて言われた変態という言葉にシンは驚きながらも浅からぬ心の傷を負ってしまった。
 確かに自分のいた世界でも、この世界に来てからも、ラッキースケベと評されるような予期せぬ幸運な出来事に遭遇することは幾度かあったものの、それらは故意にやったものではない。
 「変態」という言葉が持つニュアンスとシンが持つ自分自身のイメージの位置付けの間には小さからぬ隔たりがあったため、スレイの言葉は鋭いナイフとなってシンの心に深く突き刺さった。
 そしてシンが心理的なショックによって胸に手を当てながら硬直していたわずかな隙に、カリオンはいきなり浮上すると、わずかに揺れながらその場を急速に離脱していった。
 オートパイロットでノイエDC本隊の集結場所への帰還を始めたカリオンのコックピットの中で、スレイは兄の身を深く案じつつ、それと同時に生涯で初めて顔を真っ赤にしながら両手を頬に当ててその火照りを必死に覚まそうとしていたのであった。

 
 

《つづく》

 
 

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