ディバインSEED DESTINY 予告編
『マリオネット・メサイア / 揺れる心の錬金術師 / ORIGINAL SIN』
ゆらゆらと、穏やかな波間を漂っているような感覚だった。暖かい何かに包まれ、ぼう、と意識が霞んで、集中する事が出来ない。いや、集中しようと言う意思さえわき起こらない。
――私は?
私は、誰だ? 私は、何だ?
――レ……ビ。レビ・トーラー。
なんだ、これは? これは、名前か? これが、私の名前なのか?
――違う。私は、マイ。マイ・コバヤシだ。……レビではない。
そうだと理解する私がいる。そうではないと否定する私がいる。どちらが正しいのか分からず当惑する私がいる。レビとマイと、どちらが本当の私だ? どちらも私か? それともどちらも私ではないのか?
なぜ私は自分のなぜ自分の名前さえ知らない? ここは、どこで、私は何者なのだ?
風に揺らぐ霧のように定まらぬ私の意識は、唐突に溢れだした白い光に気づいた。誰かが私を呼んでいる。この己のことさえ分からず迷う私を導こうと言うのか?
私は眼を開いた。何かの液体の中で私は眠りについていたようだ。先ほどよりも意識ははっきりとしている。透明な液体の中であったが、呼吸は苦しくなかった。私はこの液体の中に、一糸纏わぬ姿でいたらしいが、羞恥の心はわかなかった。
それよりも、私は、私を見つめている視線に意識を向けていたからだ。液体を遮るガラス越しに無機質のレンズの様な瞳で私を見つめる者達がいた。三人。頭をすっぽりと仮面で隠した一人と、顔の上半分を仮面で隠した男女が二人。
雰囲気からして、顔を全て隠した者がこの三人の中で上位に位置する存在なのだろう。男が手に持った平たい板の様なものにあるスイッチの一つを押すのが見えた。途端に私の頭に電流を流されたような痛みが走る。
――っ!! 貴様、何をした!?
がは、と私の口から零れた空気が気泡となったごぼごぼと私の視界を遮る。おそらくは苦痛に染まっているであろう私の顔を、仮面の者達は変わらぬ無表情で見つめていた。
左手で頭を押さえ、仮面の者達に向かって右手を伸ばす私は、絶えず頭を襲う痛み故に仮面の者達の会話は聞こえなかった。
「お前はレビ、レビ・トーラーだ。お前もまた我らの因縁の糸に縛られた存在。今生はマイ・コバヤシではなくレビ・トーラーとして在るのだ。我が繰り糸に操られる者としてな」
どこかで見た様な既視感を覚える仮面が、私が意識を失う最後の瞬間に見たものだった。
▽ ▽ ▽
私は私の創造主が作り出した静かな世界で、後は朽ち果てるだけだった。生物の持つ感情をノイズと言い切り、理想の生命にはそぐわないとして、現状のあらゆる生命を滅ぼし、自分が真に理想的な生命を生み出そうとした創造主は遂に倒れた。
あとは、この壊れゆく世界で、失敗作と呼ばれた私が運命を供にすれば終わりだ。それでも、そんな私を呼ぶ声がする。この空間に穿った穴から元の世界へ帰ろうとする彼らが、私を呼んでくれている。
けれど、私は行く事は出来ない。私は想像主と運命を共にする存在なのだから。でも、でも、誰かが小さな私の愚かなわがままを許してくれるのなら
「さよなら。今度生まれてきたら、その時は……きっとふたりの子供に……」
彼らが行く。さようなら。もう二度と会えない貴方達の未来が、素敵なものであると信じています。最後まで自分の名前を呼ぶ二人に、ありったけの感謝の想いが届く事を祈って、私は眼を閉じた。
けれど、私に終わりは訪れなかった。私が目を閉じてからどれほどの時が過ぎたのかは分からないが、私は消えてはいなかった。
自分が今も存在している事に疑問を抱きながら、私は状況を確認した。私の半身でもあるペルゼイン・リヒカイトが、何者かに囚われている。
場所は世界は変わらず生命の息吹の無い静寂な世界だった。でもそれもおかしい。あの世界は確かに消えていったはずなのに。
「なにが、起きたんですの?」
水晶の塊がぽつんぽつんと浮き、岩が円環状にいくつか配置されている以外には何もない世界で、ぺルゼインは元通りに修復を終えた姿を取り戻していた。
ぺルゼインには自分の損傷を治す力はあったけれど、創造主の消滅と運命を共にするのは私と同様で、このように完璧な形を取り戻す事はないはず。
「……あ、ああ」
そして私は見てしまった。ゆっくりと、私とぺルゼインに向かって迫ってくる巨大な影を。それは、彼らによって倒された筈の私の創造主。
確かに倒された筈の彼が、どうして傷一つない姿なのか、私には分からなかったけれど、一つだけはっきりとしている事があった。
創造主から延びた触手が、ぺルゼインと私を絡め取ってゆく。私は再び彼の操り人形となってしまうのだ。
「エクセレン、キョウスケ……」
私の頬を冷たい何かが流れたが、それが何なのか、名前さえ私は知らなかった。
▽ ▽ ▽
私は自分でも知らないうちに吐いた溜息に、小さく驚いて口元に手をやった。私を生み出したデュミナス様の命令で、今私はディバイン・クルセイダーズの本拠地ヤラファス島の執政庁にいる。
ここには、地球圏を三分する巨大勢力の一つ、DCの総帥ビアン・ゾルダークがいて、その彼に遭うのが私の目的の一つなのです。デュミナス様は、そのビアンという人に接触し、彼に協力するようにと仰せになられました。
より厳密に言えば、私だけではなく、私の妹や弟の様な存在であるティスやラリアー達にも同様の命令が下されています。
ティスは地球連合を牛耳るブルーコスモスの新たな盟主ロード・ジブリールの下へ。
ラリアーはプラントの新たな最高評議会議長に就任したギルバート・デュランダルの下へ。
デュミナス様、いえ、デュミナス様の創造主であるクリティック様のご命令によるものなのですが、それぞれの勢力に私達を潜り込ませる事で地球圏の騒乱をコントロールするおつもりなのだと思います。
私は、本当の事を言えば戦いは好きではありません。誰かを傷つけるのは嫌だし、傷つけられるのも嫌。戦いになればティスやラリアーだって傷つくかもしれない。
けれどそんな事を言えるわけもないのです。デュミナス様は私を作ってくださった方で、クリティック様はそのデュミナス様をおつくりになられた方なのだから。私をこの世に産んでくださった方のご命令は命に代えても果たさなければならない。
私は、何十人目かになる護衛の兵士の人の首筋に向かって、ジャンプするのと同時に手刀を叩きこんだ。痛みは残るかもしれないが気絶するだけで済むはずなのですが……。
「あの……ごめんなさい」
そう謝りながら私はその部屋に足を踏み入れた。大きなデスクに、目標としていた人物、ビアン・ゾルダークが座っている。傍らにはDC副総帥ロンド・ミナ・サハクと、その護衛であるソキウスと呼ばれる人たち。
ビアン・ゾルダークは侵入者が私みたいな小さな子供の外見である事に驚いた様子だったけれど、すぐに私が何者なのか聞いてきました。
「何の目的で私に会いに来たのかな?」
びく、と私は体が震えるのが分かった。データで見た時も思ったけれど、とても威圧的、というのでしょうか、戦闘能力で言えば私の方が上なのに、その迫力を前にして私の体は私の言う事を聞いてくれません。
ビアン総帥の隣にいるミナ副総帥の視線がまるでナイフの刃の様に私を刺し貫いているせいもあったでしょう。
すると、私が緊張に震えているのが分かったのか、ビアン総帥は目元を柔らかなものにして、語意を穏やかなものにして話しかけてきてくださいました。
「少し、言い方がきつかったかな? 安心しなさい。むやみに危害は加えないよ」
改めてビアン総帥のお顔を見ると、私の中の恐怖が嘘の様に消えていました。
臆病な私でも、この人は自分にひどいことをしないと一目で分かる様な、安心させてくれる雰囲気だったのです。
といっても、私がここまでDCの警備の方々に手荒な真似をしてきたのは確かな事ですし、ここではっきりと私が敵ではないとお伝えしないと、きっとひどい目にあってしまうと思ったので、私はつっかえそうになりながら一生懸命お話ししました。
「あの、私の主人から、ビアン総帥のお役に立つようにと言われて……」
「ふむ。ここまではどうやって来たのだね。警備の者達がいた筈だ」
「その、ごめんなさい。どうしても通していただけなかったので、乱暴な事をしてしまいました」
「ほう。鍛え抜いた兵士達だったのだがな。ここまで来られたと言う事が君と君の主人の能力を示す証拠でもあるか。それで、私にあってから何かするようにと指示は受けているのかね?」
「は、はい。あの、私も機動兵器を持っていますので、ビアン総帥の指示に従うようにと、あと、このデータを渡しなさいと言われています」
私は、ここに来る前に渡されたデータスティックをポケットから取り出して、ソキウスさんの一人に手渡しました。その中には、今の地球圏には未知の多くの技術が入力されています。
ラリアーやティスも私が持ち込んだものとは別のデータを、地球連合とプラントにもたらしているのです。クリティック様は、このデータをもとに彼らがどのようなモノを生み出し、戦争を起こし、どう発展させてゆくのかを知りたいそうなのです。
コンピューターウィルスの類が仕込まれていないか注意しているようで、すぐさまお確かめになる様な事はしませんでしたが、ビアン総帥は私に笑いかけて(それでもちょっと怖かったです)、私の協力を受け入れて下さいました。
これで、いいんですよね? デュミナス様……。