SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第08話

Last-modified: 2009-06-03 (水) 22:18:19
 

ディバインSEED DESTINY
第08話『撫子来臨』

 
 

 スペースノア級特有の広大な格納庫に着艦し、飛鳥シルエットを取り外して指定のメンテナンスベッドに機体を固定させたDCインパルスのコクピットハッチが開き、横付けされたクレーンにビアン・ゾルダークとステラ・ルーシェ、やや遅れてシン・アスカが降り立つ。
 整備士をはじめ、格納庫に居合わせた者達が敬礼するのに、手を挙げて軽く返礼してから、ビアンは鹵獲したランドグリーズやゲシュペンストMk-Ⅱの方角へと体を泳がせた。
 スカートの裾をひらひらとさせながらステラが続き、ヘルメットを小脇に抱えたシンも続く。ミニ丈のスカートから零れたステラの眩いばかりの生足に、ちらちらとシンの視線が吸い寄せられるのは、思春期の少年と思えば仕方のないことであろう。
 ステラのあまりの無防備さに、かつてはシンも鼻血の1リットルも吹き出しそうになったものだが、ロンド・ミナ・サハクやリルカーラ・ボーグナインらの教育によってステラがビギンズを履くようになっているから、後ろに続いても鼻を押さえる必要はない。ちょっと惜しい気がするのは内緒だ。
 レーザーカッターや、こればかりは数世紀を経ても形状の変わらぬバールを片手に鹵獲機のコクピットを開けようとしているメカニック達の傍らに降り立ち、ビアンが状況を聞いた。
 これらの機体を用いた者達の正体については察しがついていたが、それを確認する為にもコクピットの中がどうなっているか知らねばならない。
 何時だったかアメノミハシラでシン達がグルンガストなどを受領した時に立ち会っていた、筋骨隆々の肉体に白い歯が褐色の肌に眩しいツナギ姿のメカニックが、丁度ロックされていたコクピットをレーザーで焼き切り、中を覗き込んでいた。
 保安係がガス圧で太さ一ミクロンのタングステン針を射出するニードルガンや麻酔ガス銃の銃口を、コクピットに向ける。しかし、中を覗き込んだメカニックは怪訝そうな表情を浮かべた。
 頭からコクピットの中に潜り込み、すぐに何が起きたのかよく分からないと言う様な顔のメカニックがコクピットから出てきた。
 羆の一頭くらい片腕で絞殺しそうなごつい男が不思議そうな表情を浮かべているのはなかなか見ものだったが、近づいたビアンが状況を問うや、緊張に凝り固まった。

 

「パイロットはどうなっている?」
「は、こ、これは総帥。……それが、灰の様ななにか粉っぽいものがシートの上に蟠っているだけで。パイロットが居たのかどうかも判断がつかないという、か。無人機とも言い切れませんね」
「そうか、ではその残留物と機体の調査を急げ。結果を後で私にも報告せよ」

 

 メカニックの言う通りにコクピットを覗きこめばそこには人の姿はなく、では無人機かと言えば無人機には不要なコクピットをわざわざ設置する必要もないことから、パイロットはいた筈ではないのか。
 もっとも、この状態こそがビアンが確認したかった答えなのだ。あらかじめ提示されていた一番可能性の高い答えが、まさにその通りになった。その答えが、事態をより一層混迷に導くものであると分かるが故に、ビアンは厄介そうに眉間に深い皺を刻んだ。
 ビアンが珍しく顔に浮かべた苦々しげな表情に気づいたシンが、横顔を覗き込んだ。

 

「総帥、何か心当たりでもあるんですか?」
「すこしな。心に留めておけ、シン。今度は前の戦いの時よりもはるかに苦しく、長い戦いになるかもしれんぞ」
「……戦争、ですか。まだ二年も経っていないのに?」
「望む者がいるのだよ。地球連合にもザフトにも、そして……DCにもな」

 

 DCにも。それは地球圏の武力統一を標榜するDCの総帥であるビアンこそが、他のDCのメンバーの誰よりも再度の戦争を望んでいると、暗に告げているように聞こえて、シンは息を呑んだ。

 

「っ!」
「私はエペソと艦の進路について話をしてくる。お前達は十分に体を休めておけ。ステラ、護衛ご苦労だったな。もうここまでで良い」
「うん」

 

 新たな戦争の幕劇が開くと告げられて表情を強張らせたシンと、そのシンを不安げに見つめるステラを置き去りにして、ビアンはその場を後にした。

 

   *   *   *

 

 アーモリーワンを揺るがす震動が収まった事に気づき、薄暗い地下施設の一角を合流予定地にして集まったティスとラリアーはそろって見上げていた天井から視線を戻し、天上に埋め込まれたライトに、幼い顔立ちをうっすらと照らされていた。
 コーディネイターの少年少女でも、滅多にはいないと見えるほど整った容姿をしていた。彼らを生み出した父母は天上の世界の方々に愛された二人だろう。絵に描いた様な愛らしい少年少女であったが、瞳には無垢さとは別の輝きがあった。
 地球のどこかの地方民族のモノの様な独特のデザインの二人の衣服は、どこか共通する意匠が見受けられる。DCに所属しているデスピニスも同様だ。
 言うまでもないがザ・データベースの勢力の中枢を担う生体コンピュータのデュミナスに命を受けて派遣された人ならざる子らだ。
 オルガ・サブナックらに同行してアーモリーワンに潜入し別行動を取ったティスは、ザフトに潜入したラリアーと連絡を取る事を目的としていたようだ。だが、それはひどく非効率的な行為だ。
 ティス達と共に各勢力に派遣されたイノベイター達は、GN粒子を媒介とした脳量子波による距離を無視した会話が可能だ。ラリアー達自身は脳量子波による交信能力を有さぬが、イノベイター達経由で連絡を行う事は出来る。
 また、脳量子波を用いずとも、デュミナスの能力や各勢力に食い込んだ情報網を利用すれば、極一部の例外を除いていかなる情報のやり取りも可能なはずだ。それは情報のみならず最新鋭のMSや物資のやり取りさえも含む。
 それはティスらも同じように考えているようで、二人ともささいではあるが困惑の色を顔に浮かべている。
 デュミナスからの指令で、大西洋連邦の最新鋭MSフラッグのみで構成された精鋭部隊や、ザフトがインパルスとは別にDCと共同で開発している機動兵器開発の極秘プロジェクトに関しての情報の交換を行っているのだが、腑に落ちぬ点が二人共にあるようだ。
 交換したROMを指先で弄びながら、ティスがデュミナスの意図が分からない様子で口を開いた。

 

「なんでデュミナス様はこんな事をさせたんだろうね? MSWADの事なんてリヴァイブやヒリングが報告しているだろうし、ザフトのプロジェクトも結局分かっていないままのはずでしょ」
「うん……。それにデヴァインさんやブリングさん達の同席も許していないんだ。まるで」
「まるで、なによ?」
「いや、その……クリティック様には内緒にしたいみたいだなって」
「はあ? なんでよ、クリティック様はデュミナス様の創造主じゃない。なにも隠し事する必要なんてないし、あんたの考えすぎでしょ。デュミナス様なりに考えがあるのよ」
「そう、かな?」
「案外、アンタがデスピニスやあたし達と離れ離れで寂しがっているんじゃないかって、心配してくれたのかもよ~?」
「さ、寂しがってなんかいないよ」
「本当に~~?」
「本当だって!」
「まあ、いいけどさ。あたしなんか碌に言う事聞かない馬鹿三人の面倒まで見なきゃいけないのよ。あんたなんかデュランダル議長のお稚児さんやってんでしょ」
「ち、稚児さんて。意味分かって使ってる?」
「遠まわしに馬鹿にしてんの。それ位分かるわよ。デヴァインとかブリングはFAITHとかいう立場で、色々やっているのにあんたはサボっているだけで楽よね。デスピニスだって前線に出て戦っているのにさ」
「ぼくだって許可さえ出れば戦って見せるよ!」
「どうだか~?」

 

 しばらくの間、言い様にラリアーはティスにからかわれ続けた。その二人の様子を見る者がいたならば、長く離れ離れになっていた兄妹が再会を喜び合ってじゃれあっているように見えただろう。
 ティスが冗談交じりで、寂しがっているのではないかとデュミナスが気を回したと言うのも、案外正鵠を射ているのかもしれなかった。

 

   *   *   *

 

 タマハガネ内のコンビニ“ボン・マルチェ”の勤務時刻を過ぎ、レジを交替したレントン・サーストンとエウレカと一緒に、レクリエーションルームで寛いでいたシン達は、艦内に広がったあるニュースに、飛びあがらんばかりに驚いていた。
 アーモリーワンを後にして数時間、アメノミハシラから緊急時に用いる最優先のホットラインを経由して、百年単位の安定軌道に位置していた筈のユニウスセブンの軌道に変化が見られるとの報が告げられたのだ。
 最悪な事に、ユニウスセブンの変化した軌道は地球への落下コースを描いていた。このまま何の手だても打たずにいれば、広大な宇宙に奇跡のようにポツンと浮かぶ青い星に落ちてしまう。
 血のバレンタインの悲劇で語り継がれる、核攻撃によって二十四万余名の命と共に崩壊したとはいえ、ユニウスセブンは最長幅が八キロメートル近くにもなる巨大な構造体だ。
 そんなものが地表を直撃すれば、最悪の場合地球滅亡などと言うSF映画の中の世界の言葉が現実のものとなる。もっとも、ヤキン・ドゥーエ戦役最終盤にも、AI1セカンド、真ナグツァートと、地球滅亡クラスの災厄は存在していたが。
 小さな口で咥え切れない大きさのフランクフルトを、少し頬を赤くして時折苦しそうな吐息を喘ぐように零しながらもぐもぐと一生懸命に頬ばっていたデスピニスも、この話題には手を止めて険しい顔をしている周囲の顔をおどおどと見回していた。
 先ほどまではデスピニスが戦線に出た事、これからも出る事に対する意見を交わしあっていて、自分の事を心配してくれているのは分かるが、気まずい思いをして困っていた。
 だが、これはこれで居心地が良いとはいえない状態だ。地球にはティスやヒリング・ケア、リヴァイブ・リバイバル、アニュー・リターナーと顔見知りだっているし、たくさんの人が死ぬと言う事態それそのものがデスピニスには生理的に受け入れがたいことだった。
 かつてのステラ同様に過度に死や痛みと言ったものに恐怖を覚えるデスピニスにとっては、顔も知らぬ他者の生死のことであっても素知らぬ顔をする事は簡単な事ではなかった。
 それは戦争に関わる者としては甘さをいくらも残したクライ・ウルブズのMSパイロット達も同じで、それまで動かしていた手や口を止めてユニウスセブン落下の危機と言う事態をそれぞれが受け止めようとしている。
 一番早く驚愕の事態から立ち直ったのは、すでに一度ユニウスセブン落下を経験しているデンゼル・ハマーとトビー・ワトソンだった。かつての多元世界で、ユニウスセブンの落下を阻止できなかったと思っているデンゼルとトビーは、今度こそ落下を阻止すると密かに誓っている。

 

「ここでおれ達が騒いでも、ユニウスの落下は止まらん。信じ難い事だが、受け入れるしかあるまい」

 

 手に持っていたカップをゴミ箱に捨てて、両腕を組んで険しい顔のまま諭すように告げるデンゼルに、皆の視線が集中した。デンゼル達が体験したユニウス落下には異星人であるガイゾックの介入などがあったが、今回はそのような事態はないだろうと考えていた。

 

「で、でも、どーするんですか? 半分に割れちゃったと言ってもプラントですよ。いくらクライ・ウルブズの装備でも、なんとかできる範囲を超えちゃっていると思うンすけど……」

 

 レントンがおずおずと訊いてきたのに、デンゼルが重々しく頷いた。答えたのはデンゼルの隣のトビーだ。軍人と言うにはフランクで明るいトビーらしからぬシリアスな表情に、レントンがごくりと息を呑む。

 

「砕くしかないな」
「く、砕くってあんなに大きいんすよ!? さっきも言いましたけど、コロニーを砕くって、そんな無茶な」
「だが、あの質量で地球の引力に引かれているとあっちゃ、今から軌道の変更は不可能だ。だったら、衝突を回避するための手段は一つだけだろ?」
「それは……」

 

 多元世界では、ザフトの艦隊が用意したメテオブレイカーでユニウスセブンを砕こうとした。しかしテロリストやガイゾックの介入、ティターンズとの戦闘などによって完全には行かず、艦と機動兵器で少しでも砕こうと言う事になった。
 結果は失敗に終わったが、今回はザフト以外にもDCの艦隊が動いているし成功の算段は高いはずだ。
 それでも、地球に住まう大小無数の命が失われる未来の可能性が万に一つでも存在する限り、その場にいる全員の心に重苦しいものがのしかかっていた。
 今回ばかりは、いつも年長として全員に気遣った言葉を掛けるロックオン・ストラトスも、表情を引き締めている。刹那・F・セイエイはいつもと変わらぬ無表情のように見えるが、一人故郷の光景を瞼の裏に思い描いていた。
 刹那の故国クルジスは、汎ムスリム会議の一角を担う隣国アザディスタン王国に周辺地域の治安安定のためと言う名目で武力併合され、地球の地図からその名前を消して久しい。
 機関銃を手に、神の戦士として戦場を駆け巡って銃弾や砲弾の雨の下を這いずりまわって生き足掻いた日々の記憶が蘇る。そして、冷たい拳銃を片手に両親の待つ家へと戻り、二発の銃声と引き換えに、自分は神の戦士たる資格を得た夜の鮮明な記憶も。
 閉ざした瞼の裏に一瞬の煌めきの速さで、忘れてはならぬ己が罪の記憶が映し出される。
 住み慣れた家の床を濡らす血は両親のもの。炎に染められたようにオレンジに染まった空は、戦場の空だ。肩に食い込むベルトが伝える鈍い痛み。鼻腔の奥にへばりついた様にいつも嗅ぐ事の出来た硝煙の匂い。
 そして、自分以外のすべてが死に絶えたあの場所で見上げた空に赤い光の翼を広げていた戦争を断つ者、世界の歪みを正す者――ガンダム。
 それらすべての、胸を掻き毟りたい衝動に駆られる苦しみや罪の意識を伴う記憶の中の光景も、すべてが無くなる? 
 たとえユニウスセブンが落下して、地球が荒野の世界になろうとも刹那の罪や歪みは消えない。その記憶や感情を、罪を忘れぬ為にもユニウスセブンを落としてはならない。
 刹那はそれだけを考えていた。具体的に自分達がどうするかを提示したのは、スティング・オークレーだった。

 

「一度、ドック艦のラビアンローズで補給を受けてから、おれ達もユニウスセブンに急行するらしいぜ。先行している部隊やザフトの艦隊が破砕用のメテオブレイカーを持って行っているから、設置作業の護衛とかだな。
 隕石の衝突とかで軌道が変化した見込みは少ないらしいからな。人為的なものかもしれねえ」
「そんな、ユニウスセブンを落としてだれが得するって言うのさ。プラントだって、まだ地球の資源がなきゃやっていけないんだろ?」

 

 特に海洋国家であるオーブなど、ユニウスセブン落下の影響をもろに受けると思い至ったシンが、口から唾を飛ばしかねない口調で言い募った。

 

「シン君の言う通りの筈です。プラントはまだ食料の完全自給に成功したって話は聞きませんし、その、第三世代以降の出生率問題も未解決の筈です。地球側で戦争を望む誰かが居たとしても、ユニウスセブンの落下なんて実行するわけがないじゃないですか」

 

 シンに追従して、やや青褪めた顔のセツコ・オハラが確認するように言った。まだグローリースターに配属されて一カ月も経っていないのに遭遇した事態は、新兵であるセツコの許容範囲を超えた衝撃を与えつつあるのだろう。
 セツコに答える様に口を開いたのは、意外な事にデスピニスだった。小動物の様に恐る恐る手を上げて、発言する事を主張してから口を開く。

 

「あの、ひょっとしたらプラントで問題が解決したとか?」

 

 デスピニスの言葉に、デンゼルは小さく首を左右に振った。たとえそうだとしても、プラントがユニウスセブン落下を強行するとは思い難いのだろう。

 

「だとしてもデュランダル議長は穏健派よりの人物と聞いているが……。あるいはザフトの、極一部の人間の暴走と言う可能性も捨てきれん。たとえば前大戦時の休戦条約に納得がいかずザフトを脱走した兵の仕業とかな」
「デンゼル大尉の言うとおり脱走兵の暴走って言う線もありそうですけど、ユニウスセブンの軌道を動かして、なおかつDCの監視部隊を壊滅させるなんて、脱走兵程度の集団に簡単にできる事じゃないですよ」
「ま、シンの言う通りだな。すでに前大戦から飛躍的に軍事技術は進歩している。何しろ核動力機が当たり前になっているくらいだからな。
 いずれにせよ、おれ達のやる事は変わらん。ユニウスセブンの落下を阻止する事だ。現場に着いた時満足に動ける様、今は休む事が優先だ」

 

 そう、デンゼルが締めくくり、名々私室に戻るかレクルームに留まるかなどして、ドック艦と合流するまで一時解散となった。アメノミハシラで建造されていたドック艦ラビアンローズと合流したのは、それから三時間後の事だ。

 

   *   *   *

 

 前大戦中からアメノミハシラで建造されていたラビアンローズ級ドック艦は、正面から見るとオレンジの花弁を広げた薔薇の様な形をしている。花弁の中心に艦首を向けて接舷し、十数本の作業用クレーンアームが艦の固定作業や、修理箇所の補修を行う。
 直径三百~四百メートルほどのサイズを誇る巨大な施設だ。従来の補給基地や宇宙ステーションなどよりは規模は小さいが、ラビアンローズそれ自体が移動可能な船であり場合によっては戦略的な価値を帯びる事もある。
 ラビアンローズ級のネームドシップである一番艦に、タマハガネが接舷して、ここでビアンを始めとした高級官僚らがタマハガネから降りる事になる。流石にユニウスセブン落下の現場に、自国のVIPを連れてゆくわけがない。
 ビアンはこのままアメノミハシラ経由でヤラファス島へ帰還し、ユニウスセブン落下の事態に対して幕僚と対策を講じる手はずになっているようだ。それには、落下が阻止されるにせよ、落ちるにせよ地球側の取る対応がある程度推測出来ていることも大きい。
 おそらく、シン達が落下任務を終えた後に告げられるのは、戦火の再燃という最悪の報告になるに違いない。
 しかし、そのような運命を知るわけもないシン達は、ラビアンローズから運び込まれた装備の確認などをする為に、ブリーフィングルームに集められてそれぞれ確認作業を行っていた。
 アルベロ・エストが新型装備などの割り振りを告げる中で、一人アウル・ニーダがどんよりと暗い影をその肩に背負っていた。その理由が分かるシン達は苦笑し、セツコやデスピニス、ロックオンなどの新参組はわけが分からず、はて、と首と捻っている。
 ぽつりと、アウルが呟いた。一言一言、噛みしめるように、血反吐を吐くようにして言葉にして呟く。

 

「なんで、また、エムリオン?」

 

 アウルが座る席の机に映し出されたホロ・ディスプレイには、ヤキン・ドゥーエ戦役でDCの主力機動兵器として大いに活躍したエムリオンの機体が映し出されていた。
 当時、生産ルートが確定していたM1アストレイと、ビアンが提示したリオンを組み合わせて作った急ごしらえのMSだったが、基本的に空戦能力を有していた事やOSの優位性、テスラ・ドライヴ内蔵による高い運動性で他の量産型MSとは一線を画していた機体だ。
 アウルは、前大戦時に周囲が次々とエムリオンとは異なる新型を受領する中で長くこの機体を愛用し、コンプレックスに近い劣等感を抱いていた事がある。今は最新の主力機であるエルアインスを乗りこなし、すっかり忘れていたのだが。

 

「エムリオンの開発チームの一人が、次期主力機トライアルの時に提出した機体だな。エルアインスやリオンタイプが今のDCの主力だが、エムリオンもコストパフォーマンスを改善すれば主力を担うに吝かな機体ではない。
 今回のはコストは変わらんが更なる性能向上を図った機体だ。アウル、エムリオンとの相性はお前が一番いい。これは適正テストでもはっきりとした事だ。全力で当たり、与えられた任務を果たせ」
「……はいよ」

 

 事情は知っているが個人のわがままを許すつもりはないと言外に告げるアルベロの厳しい声音に、アウルはしぶしぶ了承の返事をする事しかできなかった。
 アウルに新たに任されたエムリオンは、エムリオンRC(リターンズカスタム)。外見に関しては、相変わらずM1にリオンの上半身を被せて、腰の両脇にリオンの離着陸用のジェットエンジン内臓の脚部を装着した様なままだ。
 外部の装甲は細かく見れば変わってはいたが、大きな変更点はない。となると内部の方を相当弄くった機体なのだろう。総帥であるビアンを筆頭に、機体開発に私情や趣味を持ちこむ傾向がDCの技術陣にはあるから見た目で騙されると後で痛い目にあう。
 つづいて、刹那のサキガケとロックオンのアヘッドSC用の装備の説明に移った。

 

「刹那には、接近専用の刀剣の追加装備が回ってきている。元からあった大型GNビームサーベルとGNショートビームサーベルに加え、実体剣のGNモノホシザオ、GNドウタヌキ、GNライキリ、更にGNビームコヅカ二本が追加される。
 併せてサキガケの開発コードネームであったセブンソードを冠し、サキガケセブンソード(7S)と機体名が変わる。装備の選択は、刹那、お前に一任する」
「了解」
「次はロックオン、お前のアヘッドSCだが、かねてから要請のあったGNフルシールドが完成した。今突貫で実装作業を行っている所だ。次の戦闘からは使用可能になる」
「ようやくできたか。これで狙い撃ちやすくなる。ところで少佐、新型装備はありがたいが、作業に相当時間を使っているだろうにユニウスセブンに間に合うのかい?」
「大気圏離脱や非常時に用いるブースターを使う。それにアメノミハシラにはこう言う時の為に、ジャンク屋の連中や工作部隊を待機させている。そいつらが時間を稼いでいる筈だ。おれ達も十分に間に合う手筈になっている」
「ならいいがな。指を咥えて地球に墜ちてゆくのを眺めているだけなんてのはまっぴらだ」

 

 ロックオンの苦々しげな呟きは、この場にいる誰もが同じ気持ちだったろう。ただ一人、デュミナスにアクセスし、今回のユニウスセブン落下が、ザ・データベースが望んで引き起こした事態ではないと確認しているティエリア・アーデを除いて。

 

(アーモリーワンとは違い、これはデュミナスが望んだ事ではないか、デュミナスにも予測できない事態が起こり始めていると言うのか。ぼく達やヒリング達が派遣されたのもその事態に対応するため? いずれにせよユニウスセブン落下阻止に動く事に問題はないか)

 

 ヴァーチェには特に追加装備が無く、話題が振られる事もなかった為デュミナスとのリンクに集中する事が出来ていた。
 グローリースターの面々も、試験運用しているガナリー・カーバーのデータの引き渡しなどを行ったきりで、特にバルゴラの仕様変更などがあったわけではない。
 インパルスも変わらぬ運用を行うらしい事に肩の力を抜いていたシンが、前の席のスティングに話しかけていた。
 前大戦から使われていたアカツキは、中身の方をいじりながら使用し続けていたが、恐竜的進化を遂げる昨今の機動兵器群を相手に、あまりにもコストのかかるヤタノカガミ装甲の見直しなどが図られ、たびたび改修案が提出されている。
 現在、アカツキに装備されているシラヌイも、苦心の末に入手・開発した量子通信技術を応用して開発したドラグーン兵器だ。DC所属パイロットの中では高い空間認識能力の適性を見せたスティングが使用している。

 

「スティングは何か新しい装備は使わないのか?」
「とりあえずはシラヌイで充分だろ。おれが多数を相手にすれば手の空いた連中が破砕作業に集中できるしよ。そう言う意味じゃ、お前の飛鳥インパルスは一対一に特化しまくっているから、MS戦以外の作業には向いてねえよな」
「その分、邪魔する連中はおれが全部片付けるよ」
「ま、時間との戦いになるだろうから忙しい事になるぜ。熱くなり過ぎるなよ、一歩間違えれば大気との摩擦で跡形も残らないからな」

 

 どこか余裕を持って笑うスティングだが、決して余裕があるわけではなく、体を強張らせる緊張を紛らわす為に軽口をたたき、笑っているのだとシンには分かっていた。だから、揶揄する様な真似はせず、頷き返した。

 

「ああ、分かってる」

 

   *   *   *

 

 補修や装備の受領を終えたクライ・ウルブズがユニウスセブンに向かい、ガーティ・ルーの追撃が失敗に終わり、プラント本国からの連絡によりユニウスセブンにミネルバ隊が向かっていた時、ユニウスセブンでは熾烈な砲火が交差していた。
 ザフト・DCから発せられたユニウスセブン落下の報に、地球連合は艦隊を動かすも間に合わず、事前に落下の危機を知っていたDCが新たに派遣した艦隊と付近に駐留していたザフト艦隊、また少数のジャンク屋の姿があった。
 それぞれが用意したユニウスセブン破砕用のメテオブレイカーを守る様に展開する部隊が交戦しているのは、ウィンダムやゲイツR、ダガーLにエムリオンと各勢力のMSの混成部隊だった。
 DC宇宙軍の正式採用艦ペレグリン級から出撃したアヘッドを小隊長とした、とある小隊が、部隊の戦闘に立って特に際立った戦果を上げている。
 紅のボディの胸部に黄金の逆三角形を持ち、両腕には戦艦の突撃さえも凌ぎ切る重厚な盾を携えた、人型と言うにはいささか武骨な造りの、70m超の巨躯を誇るジガンスクード。
 コアMSをガームリオンからガーリオンに変更し、大気圏間近での任務とあって、大気圏内からの離脱再突入を行い目標地点へ迎撃不可能な速度で進行する事を目的としたTR-5“ファイバー”を装備したガーリオンファイバー。
 何らかのアクシデントで地球の重力に捕まっても生存の見込みが高いと言う、保険も兼ねての装備だ。
 そして小隊長を務めるのはスタンダードなアヘッドだ。一応大気圏突入用のバリュートと呼ばれるパラシュートに似た専用装備を機体の胸部と背部に背負っている。
 上記三機のパイロット達はクライ・ウルブズに所属する隊員たちだ。しばらくの間本隊から離れアメノミハシラで新型機や装備のテストに駆り出され別行動をとっていたのだが、今回の大事件に際し最前線へと駆り出されたようだ。
 ジガンスクードにはタスク・シングウジ少尉、ガーリオンファイバーにはレオナ・ガーシュタイン少尉、そしてアヘッドには新しく配属になる予定だったバラック・ジニン大尉が搭乗している。
 メテオブレイカー設置中のザフトのゲイツRや、DCのエルアインスを守る様にタスクがジガンスクードを動かし、それをレオナとジニンが援護、場合によっては突出してきた敵機を撃墜して数を減らしている。
 ユニウスセブン落下を目論む者が何者かは分からないが、地球圏に存在する主だった勢力の使用するMSを運用しているあたり、かなりの組織力を持った相手である事は確かだ。
 それぞれの勢力からの脱走兵が集まった、というには個々の動きにそつがなく連携に乱れやムラが無い。機械的なまでに正確な動きだ。こちらの兵士達も、監視部隊を壊滅させた相手とあって相応の腕の持ち主を見繕って来た筈だが、苦戦している事は明らかだ。
 救いは謎の敵の使っている機体が旧世代の機体がほとんどである事だろう。ただし、その中に紛れている亡霊の名を冠した青いゲシュペンストMk-Ⅱだけは別格だ。
 DC謹製のエルアインスには及ばぬがそれに迫る性能は、脅威に値する。特機や極端に性能が偏った機体であるガーリオンファイバーの指揮には、これまでの経験とは違うものが要求され、ジニンはいささか戸惑いながらも迫り来る敵の迎撃に神経を尖らせていた。
 DCに擬似GNドライヴをもたらした男――それがジニンであった。彼は、ロックオンやアリー・アル・サーシェスと同じ世界から訪れた死人だ。
 故郷である新西暦の世界で世界を統一し恒久和平を築く為に、妻をテロによって失った自分の様な人間を新しく作り出さない為に戦ったジニンには、世界を統一する為に戦火を広げたDCは認め難くもあり、また可能性でもあった。
 かの世界で成しえなかった統一世界による恒久和平の実現。だが、本来自分が生まれたわけでもないこの世界で他者を――時には罪もない人間を――犠牲にしてまで、その理想へ向けて邁進する事は許される事のなのか。
 現実的にはジニンと共にDCが手に入れたアヘッドと搭載していた特殊駆動機関擬似GNドライヴの問題もあり、ジニンに許された時間も、選択肢もそうありはしなかった。
 出すべきと分かっている答えを先延ばしにし、世界の実情を知るにつれて出した答えはDCへの協力だ。
 少なくとも恒久和平の実現という理想それ自体は誰の目から見ても崇高な理念であるのは間違いなく、ジニンの胸の奥には何も成せぬままに朽ち果ててゆくのをよしとしないだけの何かがあった。
 またDCが世界を統一するに十分と思えるだけの技術や軍事力、国力を有しているのはジニンの目からしても見込みがある様に見えたし、自分同様に異世界で死んだ者達が複数身を置いていると言う話にも心を動かされた。
 別世界で死んだ者達が何を思い、何を知ってこの世界で戦う事を選んだのか……それらを聞き、見、その果てに今、ジニンはDCの機動兵器パイロットとしてユニウスセブンに居た。
 ジガンスクードの巨腕で不用意に接近してきたソードダガーLを殴り飛ばしたタスクが、ユニウスセブンの地表を掘削しながら潜り込んでゆくメテオブレイカーを確認して、ジニンのアヘッドへ通信を繋げる。

 

『ジニン大尉、メテオブレイカー四番機稼働確認ッス』
「よし、五番機、六番機に移れ。クライ・ウルブズ本隊とザフトのミネルバ隊が間もなく着く。それまでにメテオブレイカーの設置を終えるつもりで任務にあたれ」
『了解!』

 

 レオナの凛とした返事を耳にしながら、ジニンはメガビームライフルを撃ちこんできたゲシュペンストMk-Ⅱを振り返り、アヘッドのGNビームライフルの銃口を向けた。両機の間で行く度かビームが交差する。
 歴戦の勇士と呼ぶに値する力量と経験を持つジニンが操るアヘッドは、オレンジがかったGN粒子をまき散らし、鮮やかな機動でゲシュペンストMk-Ⅱを翻弄しながら接近し、擦れ違い様にその首を刎ねた。
 電子機器が集中する頭部を失い、一瞬機動が止まったゲシュペンストMk-Ⅱの隙を見逃さず、そのコクピットへと躊躇なくジニンはGNビームサーベルを突き込んだ。
 ジニンは撃墜した敵には目もくれず、周囲をメインカメラで見渡す。敵は、まだ多い。

 

   *   *   *

 

 ユーラシア連邦から東アジア共和国、さらに大西洋連邦へと渡り各国の軍事基地を襲撃していたアリーは、リボンズからユニウスセブン落下の知らせを受け、巻き込まれるわけには行かんと地球からの脱出を図っていたが、幸運の女神に突き放されたようだった。
 現在MSとしては最高レベルの性能を持つスーパーアルケーガンダムを駆るアリーは、運悪く遭遇した大西洋連邦の精鋭部隊MSWADと交戦していたのだ。
 MSWADに配備されている機体は、パイロット毎に合わせた整備やチューンが成され、フルカスタマイズされた“オーバーフラッグ”と呼ばれるフラッグの上位機で構成されている。
 機体の外見は通常のフラッグと大きな変化はないが、機体出力や各関節部が強化され、外部装甲には対ビームコーティングが施されて、薄い青紫色のフラッグは漆黒の装いを纏っている。
 ドラム状の胴体中央部のコクピットやか細い手足など、ユーラシア連邦のイナクトと似た外見だ。大西洋連邦の開発陣からすればイナクトの方がフラッグを真似たものだ、と主張する事だろう。
 パイロットに合わせて乗機もまた左利き仕様でビームライフルやディフェンスロッドを備えた隊長機が、特に果敢にアリーへと挑んでくる。アリーをしても簡単にはあしらえぬ優れた技量の持ち主だ。
 フラッグもまたアリーが生まれ死んだ新西暦世界のものよりかなり性能が高いが、それしてもこうまで手古摺るとは。
 スーパーアルケーのコクピットに特別に設置した専用の場所に収まったMISAEに、機体制御のサポートを行わせながら、アリーはGNバスターソードに仕込んだビームライフルを連射し、オーバーフラッグを牽制する。
 隊長機以外も手錬が乗っているが、数を頼みに襲われても切り抜ける自信はある。だがこの隊長機は別だ。

 

「てめぇっ!」

 

 スーパーアルケーの爪先に生じた真紅の刃が、オーバーフラッグの右肩をかすめアーマーを削ぐ。削り取られたアーマーが火花となって舞散る中、すかさず距離を置いた隊長機を援護すべく周囲のオーバーフラッグからビームの雨がスーパーアルケーに降り注いだ。
 本数の多い格子の様に形成されるビームの雨を被弾なしでかわし切るアリーの技術は、やはり凄まじい。何よりもその技術を称賛していたのは、オーバーフラッグ隊長機のパイロットであるグラハム・エーカー大尉その人であったろう。
 大西洋連邦軍第一航空戦術飛行隊――通称MSWADに所属し、隊長を務める若いフラッグファイターだ。
 フラッグが次期主力採用機のトライアル時にフラッグのテストパイロットを務めて、卓越した操縦技術によって見事成果を上げてトップファイターの仲間入りを果たした逸材だ。
 グラハムがまだ二十七歳と言う若さながら、精鋭部隊の隊長を任されたのは前大戦時に多くのベテランパイロットが戦死していた事や、MSという全く新しい兵器の扱いにたけた者が少なかったという事情もあるが、やはりグラハム自身の力量に依る所も大きいだろう。
 癖っ気のある金髪に、まだ少年の様なあどけなさを残す面立ちはMSパイロットと言うよりも、青年実業家と言う方が似合いだろう。
 だが、性能に置いて確たる差が存在するスーパーアルケーを前に、グラハムはその容貌には似合わぬ烈々たる戦士の表情を浮かべ、心の奥の戦意をいっそう猛々しく変えて、オーバーフラッグを操った。

 

「むざむざと見逃すわけにいかぬのだよ。エイリアンヘッド!」

 

 『エイリアンヘッド』とは、アルケーの形状から大西洋連邦内で名付けたコードネームだ。すでにスーパーアルケーによって、大西洋連邦では五つの基地が襲撃を受け、五百名以上の人員が死亡している。
 まだMSWADに死傷者は出ていないが、同朋を討たれた無念は同じ大西洋連邦の軍人として感じている。何より、グラハムが幼い頃から憧れた無窮の青く濡れた様な空を汚す、紅の粒子が許せなかった。

 

「この空は貴様のものではないと、この私、グラハム・エーカーが教授しよう!」
「鬱陶しいぜ、黒塗りぃ!」
「代償はその命で払うがいい!」

 

 グラハムは、風切る音も豪快に振り下ろされたGNバスターソードを、オーバーフラッグのビームサーベルで受け流しスーパーアルケーの腹部へと、脛部分に収納されたミサイルを撃ち込んだ。
 GNバスターソードが振り下ろされ、ミサイルによる反撃を加えるまで、思考を言語に在らす間もない一瞬の世界で起きた。
 両者の機体間でミサイルの爆炎が生じる中、炎の不自然な揺らぎを目に取りグラハムが反応する。コクピットめがけて容赦なく飛来したファングを、右手のディフェンスロッドが受け止め、しかし、そのロッドごと右腕にファングが突き刺さる。

 

「なんとぉっ」

 

 グラハムの驚きの声に続き、爆炎をぐるりと迂回してGNディフェンサーから射出されたGNミサイルがオーバーフラッグの周囲から同時に迫っていた。
 ミサイル弾頭内に充填されていたGN粒子が着弾と同時に解放され、オーバーフラッグを紅色の霧が覆い尽くす。まるで漆黒の鎧を纏った空飛ぶ騎士が、血飛沫を上げながら大地に堕ちるかの様に紅の尾を引いてオーバーフラッグが、ゆるやかに地表に落下してゆく。
 咄嗟にライフルの恐るべき連射とディフェンスロッドごと右腕を犠牲にして直撃を極力回避したのは見えたが、到底パイロットは着弾の衝撃に耐えきれまい。残った連中を片付けるのは少し時間をかければ問題はないと、アリーが凶悪な笑みを浮かべたその時……。
 地表へと落下していたオーバーフラッグが人型から飛行型へと変形し、機体を起こしU字を描いて再び空へと舞い上がる。

 

「人呼んで、グラハムスペシャル……&リバース!!!」

 

 ヘルメットの奥の顔に、脂汗を浮かべつつも体に掛かる負荷を歯を食い縛って耐えながらグラハムが今一度スーパーアルケーへと襲いかかる。もはや執念と言っていいグラハムの気迫だ。
 アリーの一瞬の気の隙を突いて放たれたビームライフルの一射が、スーパーアルケーの左肩に接続されていたGNディフェンサーのアーマー部分が吹き飛ばされた。
 流石にMSの機体性能の限界を超えているような気がしないでもないグラハムの猛追に、さしものアリーも舌打ちを隠さなかった。オーバーフラッグの右腕に突き刺さったままのファングを除いた残る九基のファングで片付けるか、トランザムで切り刻むか。
 ここで生かして帰すと面倒な事になる相手に違いない。ユニウスセブン落下前にさっさと地球を脱出する事も忘れて、目の前のグラハムを抹殺する事に思考を集中しようとし、MISAEの声に邪魔された。

 

『チョット、迎エガ来タワヨ。迎エヨ、迎エヨ!!』
「は、人形め、ようやく来やがったか」
「質量の増大? いや、重力異常か!?」
「運が良かったなあ、大西洋連邦。命拾いってやつだ」

 

 飛行形態へと姿を変えたグラハムのオーバーフラッグとスーパーアルケーとの間を、無色の波の様なものが薙ぎ払った。オーバーフラッグの計器類を一時的に狂わせた反応は、今なおDCのみが有する重力兵器によるものだ。
 ローエングリンの射程と同等かそれ以上の広範囲を薙ぎ払った砲撃の源を探り、グラハムのみならずMSWAD各隊員が息を呑む。
 地球連合各国や、ザフト、オーブなどで採用されている戦艦とは異なる外見の戦艦が、宙に浮いていた。全長はおよそ300メートルほどだろうか。五角形に近い艦橋らしいブロックが船体から伸び、また船体の左右と下部から前方に向かって三本のブレードが伸びている。
 ザ・データベース及びデュミナスが有していた知識や技術から再現した異世界の戦艦、ナデシコCだ。空間歪曲による防御フィールド“ディストーションフィールド”や、先程はなったグラビティブラスト、相転位砲を備えた強力な戦艦である。
 ボゾンジャンプと呼ばれる時空間跳躍機能も有していたが、その根幹をなす火星に残された遺跡と称された演算ユニットが、こちら側には存在していない為ボゾンジャンプが行えず、別のワープ機関を搭載している。
 外見こそナデシコCを完璧に模倣しているが、その中身には大きく変更がなされているのだ。
 ザ・データベース製ナデシコCに乗っているのは、ザ・データベースを統べるクリティックが生み出した人造兵士ディセイバーを電子戦特化型に調整した、ホシノ・ルリ型ディセイバーだ。
 クリティックが収集したデータから、国連事務総長直属の部隊であったノイ・ヴェルターの一員ホシノルリの個人データや遺伝子操作の記録などから再現し、強化した個体で、ナデシコCの操舵から火器管制、MS管制まで一切を担っている。
 ゆっくりと降下してくるナデシコCを睨み据え、グラハムが歯を軋らせる。

 

「おのれ、奇怪なMSだけでなくあのような戦船まで隠し持っていたとは」
『隊長、敵が退いてゆきます。追撃を!』
「追うな。エイリアンヘッドの戦力があれだけとは限らん」
『しかし』
「私に同じセリフを言わせるな。全機帰投する」

 

 スーパーアルケーの着艦を確認したナデシコCが、徐々に速度を上げながら大気圏離脱の為に上昇してゆく様子を見つめ、グラハムは七度生まれ変わろうとも、この屈辱を魂魄に刻み決して忘れはしないと、自らの矜持に掛けて誓っていた。

 
 

 ―――つづく。