SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第25話

Last-modified: 2009-12-26 (土) 13:25:29
 

ディバインSEED DESTINY
第二十五話 とある天才の憂鬱

 
 

 大西洋連邦MSWADのエースパイロット、グラハム・エーカーの駆るオーバーフラッグと、ディバイン・クルセイダーズのバラック・ジニン大尉の乗るアヘッドとの戦いは、おおよそ互角の展開を続けていた。
 百年前、千年前と何ら変わらぬ青の色に染まる空に、漆黒と深紅の機械巨人が飽きることなく衝突を繰り返している。
 互いに絡み合うかの様にして描かれる軌跡は、二重螺旋を描きビームとGN粒子の光の矢が虚空を貫き、螺旋の交点では光の刃同士の鍔迫り合いと受け太刀によって青みがかった白と紅の火花が散る。

 

「ぐ、フラッグでこのパワーとスピードは!」

 

 ジニンの記憶の中にあるオーバーフラッグを確かに越えるこの性能、四年後の機体である筈のアヘッドに迫るものがある。
 長距離航行用の追加ブースターとプロペラントタンクを切り離し、身軽にしたアヘッドの機動に、オーバーフラッグは易々とはいかぬが、影のように張り付き追従して刃を振るい、銃を撃ち、刃を振るう。
 そして、よもやとは思うものの左利き用にチューンされたオーバーフラッグを前にしてジニンの心の片隅に引っ掛かるものがあった。
 二十四世紀で世界を三分していた三大国が、ソレスタルビーイング壊滅のために選抜した各国のMSパイロットトップ十――都合三十人の中の一人に選ばれたユニオンのフラッグファイター。
 基地での装備換装以外には、空中変形は不可能とされたフラッグで、その卓越した技術によって、見事人型から飛行形態への変形を実現させた空戦の貴公子。

 

「フラッグを熟知しきったこの操縦技術……まさか、ミスター・ブシドー、いや、グラハム・エーカーか!?」

 

 地球連邦独立治安維持部隊アロウズにおいて、独自行動権ライセンスを与えられていた仮面の武人の名を、ジニンは思わず口にしていた。
 黄色みがかったバイザーの奥でジニンがかすかな驚きと疑惑に表情を顰める一方で、オーバーフラッグを駆るグラハムは、ほぼ互角の戦いを演じるジニンのアヘッドを相手に、心中の覇気が高まるのを感じていた。

 

「よほどその機体に馴染んだパイロットと見抜いた! この私を相手のここまでの戦いぶり、まずは見事と言っておこう!!」

 

 交差させていたビームサーベルを引き、拮抗していた力のバランスが崩れて体勢を崩すアヘッドの頭部を、オーバーフラッグの右足でサッカーボールを蹴る様に思い切り蹴りあげる。
 フレームの耐久力の許容範囲か怪しい行為であったが、テストパイロット時代を含めフラッグという機体に惚れ抜き、その性能を一から十まで知るグラハムにそのような心配は欠片もなかった。
 咄嗟に首を傾けたアヘッドの傍らの空気を抉り抜きながら、オーバーフラッグの足が空を蹴り、ぶお、と抉られた大気が深い紅色の装甲を叩く。
 ジニンは前倒しに崩れたアヘッドの体勢を立て直すよりもそれを利用して機体を斜め下方に動かし、オーバーフラッグとの距離を開いた。後方警戒信号が鼓膜を叩くのとほぼ同時に、アヘッドをその場で旋回させて、左腕のGNシールドを機体前面に掲げる。
 右半身をずらしてシールドに身を隠し、シールド表面に展開したオレンジ色のGN粒子が光の盾となってオーバーフラッグの連射したビームの粒子を残さず遮断する。
 殺し切れぬ衝撃に機体が揺らされるが、ジニンは厳めしい視線を漆黒の空戦騎士から外す事は無かった。
 ほかのオーバーフラッグの相手を一手に引き受けているティエリアとガンダムヴァーチェも、いい加減フォローを入れなければ厳しい状況だろう。
 サキガケセブンソードとアヘッドスナイパーカスタムが攻撃を受けて、とても戦闘に使える状態ではない事も確認済みだ。この時点でロックオン達が機体に戻って参戦するという希望は潰えている。
 なんとか状況を硬直させて味方の到着を待つ事だけが選択肢か、とジニンが思考の片隅で議論を繰り返していた時であった。
 落着した地球連合の輸送機から二機の――ジニンにとってはあまりに因縁深い――ガンダムが姿を見せたのは。

 

 

 輸送機の天井を斬り抜き、蹴り飛ばしたガンダムエクシアとガンダムデュナメスが、いま、背の円錐状のパーツから夕暮れの日差しと同じ色の光の粒子を噴出させながら、ふわ、と重力の鎖から解き放たれる。
 かつて乗っていたガンダムデュナメスであるならば、背から燐粉のように風に散っている粒子は、透き通る様な緑色であるはずで、それとハロの収納スペースのない事が、ロックオンの不満点だった。
 逆に言えば、それはその二か所以外にはこの機体に不満はない、ということだ。ヘルメットの奥にある唇を、舌でぺろりと舐めて湿らす。かすかに強張っている体が、ほどよく解れた。

 

「ハロ、動かないように気を付けろよ」

 

 両足の間に挟んだハロに注意して、ロックオンは操縦桿を握る指を軽く開いて握り直す。幸いな事に操縦系統もロックオンの記憶の中のものと瓜二つであった。

 

「なんの因果かは知らないが、さあ、行こうぜハロ。ロックオン・ストラトスとガンダムデュナメスの、“二度目の”初陣だ」

 

 携行式の大型ランチャー並みの大型精密射撃用スコープをコックピット上部から引き出してセットし、小さな接眼用モニターがせりだす。GN粒子の碧よりも濃い色合いの瞳の向こうに、ロックオンは敵機の姿を照準内に捉える。
 デュナメスの額部分のV字型センサーが下方にスライドし、精密遠距離射撃用のセンサーが露わになる。長距離援護射撃用のGNスナイパーライフルを構え、デュナメスはパイロットと連動し、引き金に鋼鉄の指を添える。
 まずは、ティエリアのガンダムヴァーチェを抑え込んでいる五機のオーバーフラッグを――

 

「デュナメス、目標を狙い撃つ!」

 

 ロックオンとデュナメスの二本の指が二つの引き金を引き、GNスナイパーライフルから放たれた光線は、回避の暇を与えずに、照準を着けられたオーバーフラッグの翼を撃ち抜く。
 初弾からの命中に、自分の中で良いリズムが出来上がっている事を意識し、ロックオンはその人工の右目に次なる獲物を映し出す。 
 さらに放たれたビームがもう一機のオーバーフラッグの脚部を撃ち抜いた時、GNフィールドを展開し、巧な連携攻撃を耐え忍んでいたティエリアは、ヴァーチェのモニターが映し出した機体に目を奪われた。

 

(ガンダムエクシアに、ガンダムデュナメス!? 馬鹿な、どうしてあの二機が? まさか、あの輸送機に載せられていたのか!!)

 

 エクシアとデュナメスは、ティエリアのヴァーチェと同じくクリティックの率いるザ・データベースの所有する機動兵器である。と同時にクリティックの創造した人工存在イノベイターの専用機でもある。
 そしてイノベイター専用機には擬似太陽炉ことGNドライヴ[T]と同等以上に、他勢力に対して秘匿せねばならない動力機関が搭載されている
 プロトンドライヴである。異世界に存在した始原文明エスの技術によって製造された高出力動力機関で、現在はアリーのアルケーをはじめとしたザ・データベース機体にのみ搭載されているものだ。
 DCに派遣されたティエリアの場合は、民間軍事企業からの出向という形にし、機体は社の機密であり同じく派遣された事にされているメカニックが整備しているから、DCの人間は一切指を触れていない。
 しかし、エクシアとデュナメスはそうもゆくまい。敵軍の機動兵器を鹵獲したのだ。いちいちこちらに断りを入れずに運用し、プロトンドライヴの解析と研究を行うだろう。
 ザ・データベースが独占している技術のひとつを、そう易々と渡す事は出来ない。ティエリアは最悪の場合、この場でエクシアとデュナメスを破壊する事さえ考えた。
 デュナメスからの援護射撃で、ヴァーチェの周囲を取り囲んでいたオーバーフラッグが、被弾した味方のフォローや、回避行動に移った事でヴァーチェも反撃に映る余裕が生まれる。
自由になったGNバズーカの砲口を、エクシアとデュナメスに向けるべきか、判断に迷いを抱いたティエリアに、ロックオンから通信がつなげられた。

 

「無事か、ティエリア?」
「ロックオン……。ヴァーチェも私も問題はない。だが、その機体はどうした」
「連合の新型らしいぜ。輸送機の中にあったものを使わせてもらっている。アヘッドを壊されちまったからな、おあいこさ」

 

 ロックオンとの会話を進めながら、ティエリアは脳量子波を用いてDCの手に渡ってしまったエクシアとデュナメスの処遇に関して、イノベイターの首領であるリボンズ・アルマークとデュミナスに返答を求めていた。
 ティエリアの瞳に金色の色彩が瞳から目全体へ放射される様にして輝きを放つ。人間が持つ脳量子波を受信・送信できるイノベイターの異能が、発揮されている時の特徴である。
 脳量子波の通信に距離は意味を成さない。ティエリアの脳量子波は、地球からはるか遠く冥王星にいるリボンズと、ティエリアに取って神にも等しいデュナミスと思考を繋ぐ。
 時間にして一秒にも満たぬ三者のやりとりは、ティエリアに少なくない驚きと不満を与えた様であった。
 男というには細く嫋で、女というには固く強い印象を受ける冷たい美貌は、納得しきっていないと明らかに分かる表情を浮かべている。
 しかし、リボンズとデュナミスの指示に逆らうつもりはないようで、ティエリアはすぐさまオーバーフラッグの迎撃に、再びヴァーチェを動かし始めた。

 

「エクシアとデュナメスをDCにくれてやるというのか、リボンズ・アルマーク!」

 

 ティエリアの感情のささくれを代弁するかのようにして、ヴァーチェの胸部前に構えたGNバズーカに、圧縮された高濃度のGN粒子が充填されてゆく。
 一撃の破壊力ではこの場にあるMSの中で最大の砲撃が、南洋の海と空を無慈悲な桃色の光で染め上げる。

 

 

 ロックオンがティエリアの援護に動いていた時、刹那はエクシアの右腕にあるGNソードをライフルモードにセットし、隊長格と思しいオーバーフラッグへと挑みかかっていた。
 熟連のパイロットであるジニンの駆るアヘッドを相手にあれほど戦って見せるパイロットとなれば、連合でも名だたるエース格が搭乗しているに違いないだろう。
 GN粒子の集束率を下げ、やや拡散気味に連射したビームを、アヘッドと切り結んでいたオーバーフラッグは大きく後方に下がって回避する。
 その動作はイオンプラズマジェットの推進力が大きすぎるせいか、まるで手足の糸が切れた操り人形のように見える。
 オーバーフラッグはかわしただけでなく、左腕のビームライフルをエクシアに向けて連射し、楽しんでいた戦いに横槍を指された苛立ちを叩きつけてくる。
 刹那はエクシアを右方向にそのままスライドするかのような滑らかな回避機動を取らせて、放たれたビームに虚空を貫かせる。

 

「大尉、そのフラッグはおれが相手をする」
「セイエイか、しかし貴様では」
「ロックオンがティエリアの援護に向かっている。大尉もティエリアを頼む。その間抑える位ならできる」
「……分かった。死ぬなよ」
「了解」

 

 エクシアはGNソードの刀身を展開し、オーバーフラッグへと斬り掛かる。オレンジ色の粒子を奔流の如く放出しながら斬り掛かるエクシアの迫力に、グラハムはアヘッドへの追撃を中止する。

 

「私の戦いに横槍を入れるか。その意気やよし、しかし、私は私の戦いに水を差されるのをよしとはしない!」

 

 見栄を切るかの様に左手のビームサーベルを一振りし、オーバーフラッグは大上段に振り下ろされたGNソードを受け止めた。
 受け止めた青白いビームサーベルと、斬り込んだGNソードの刀身の接触面に激しいスパークが発生して、オーバーフラッグとエクシアのかんばせを煌々と照らす。

 

「流石に我が軍の最新鋭機、すさまじいパワーだ。が、しかし、機体の性能に頼るだけでは一流とはいえまい! ましてや盗んだ他人のモノでは!!」

 

 弩濤の迫力を持って叩きつけられたエクシアの一撃にオーバーフラッグの細腕は耐えられまいと見えたが、柳の木の様にしなやかな動きでGNソードをビームサーベルの光の刀身に沿って滑らせていなす。
 GNソードの刀身が流されたのにつられて機体の重心が崩れるのを、刹那はコックピットの中で敏感に感じ取った。
 刹那が少年兵としてゲリラのキャンプにいたころ、ナイフを使った体術の訓練で、同じようにして赤毛の男に敗北した記憶が刺激される。
 右半身が泳ぎ無防備な姿を晒すエクシア目掛け、グラハムは裂帛の気合いと共にビームサーベルを振り下ろす。
 無言の気合いひとつで樹木を揺らして木の葉を散らして見せるだろう。グラハムの心身に充溢した気迫は、それほどの強さであった。
 エクシアの左手が動く。刹那は肩口にあるGNビームサーベルや、腰後部のGNビームダガーでは間に合わないと判断し、オーバーフラッグの左手首を握り込んで斬撃を押さえ込んだ。

 

「ほう、目はいいようだな」
「く、エクシアの性能を活かしきれれば」

 

 下弦の月を描いてGNソードがオーバーフラッグの腰を狙って風を切る。GN粒子のコーティングによって切断力を強化された刃は、オーバーフラッグの装甲を容易く切り裂く。
 むろん、当たればの話ではあるが。
 左手と左手で結ばれている事を利用して、グラハムはエクシアに掴まれている左手首を支点に、後ろ向きに振り子の動きで機体をはね上げる。時計で表すと、六時を指していた針を、十二時に動かした時の動きだ。
 そのアクロバティックな動きに思わず刹那の目が見開かれる。しかし腕を休めはしなかった。
 戦場で動きを止めれば死が待っている事を、刹那は多くの戦友たちの死と死に晒された自分自身の体験によって、骨身に思い知らされていた。

 

「うおおおっ!」

 

 振り切る前にGNソードの刀身を翻して、オーバーフラッグへと銀の切っ先を突きこむ。グラハムの瞳は迫りくるGNソードの鋭利な切っ先の先端を睨みつけていた。
 思わず映像の切っ先に、そのまま瞳を貫かれるような錯覚を覚える迫力。脳から分泌されるアドレナリンの量が増し、我知らずグラハムの口元が吊り上がる。
 どこかあどけなささえ残すこの青年にはおよそ似つかわしくない、闘争の本能に身を委ねた者の浮かべる笑みである。
 これだ、毛の一本から指先まですべて燃やしつくす事の出来るこの高揚感。この刹那の一瞬に訪れるこの世ならぬ生と死の狭間でのみ、感じられる快楽にも似た死の混じる快楽――恐悦! 
 この私の胸を焦がし、体を内から焼く事が出来るか、ガンダム!
 グラハムは本来大西洋連邦のモノであるはずの目の前の機体を、ガンダムと呼称した。
 地球連合側で前大戦の活躍から、なかば伝説と化したストライクの事を、民間人であったというパイロットが、OSの頭文字を取ってガンダムと呼んでいたことは、軍部や傭兵稼業の者達の間で知られている。
 グラハムもその事を知る者の一人で、GAT-Xナンバータイプの頭部を持つ機体を、ガンダムと好んで呼称している。ひとえに、そのガンダムという響きの持つ頑健さと気高さを気に入ったからだ。
 彼自身もエールストライクやイージス、制式仕様のレイダーに乗った事があり、その戦闘能力を認めている。
 それ故に、いま、自分の目の前で刃を振るい立ち塞がるガンダムの実力が、生半可なものであれば決して許す事が出来ないと、強く思っていた。
 グラハムの腕と足がそれぞれ別の生き物のように動き、オーバーフラッグに新たな動きを与えた。

 

「ふん!」
「これも躱す!?」

 

 グラハムは更にオーバーフラッグに身を捻らせてエクシアの刺突をかわして見せたのである。エクシアの描いた銀の軌跡は漆黒の装甲にかすりもしない。

 

「いつまでも手を繋いではいられまい、ガンダム!」

 

 ダンスのパートナーは互いのテクニックが拮抗するからこそ、美を思わせる芸術となる。ならば釣り合わぬパートナーとのダンスは不格好な芸術への冒とくにしかならない。ならばこちらから手を離すのが良策。
 グラハムは、自らの技量に追いつけぬパートナーを見下ろす孤高の天才ダンサーの瞳で、エクシアを見つめていた。

 

「ぐっ」

 

 オーバーフラッグは身を捻った反動を利用して、エクシアの機体を大きく放り投げる。ぐんと揺れる視界の中で、刹那は眉根を顰めながらGN粒子とテスラ・ドライヴの特性を利用しすぐさま機体の体勢を立て直した。
 現在第一線で活躍しているMS同様、このエクシアにもまたテスラ・ドライヴは搭載されている。
 左手にGNビームサーベルを握らせて光刃を煌めかせるも、すでにエクシアの目の前にはオーバーフラッグの華奢な姿が迫っていた。パイロットの判断と思い切りの良さは並ではない。
 斬る為に振るう筈だったGNソードを眼前に横一文字に構えて振り下ろされたビームサーベルを受けた。さらに刹那の瞳に映るもう一本の、稲妻が変じた様な青白い光を放つビームサーベル!
 グラハムはオーバーフラッグに二刀を抜かせていたのである。刹那がエクシアに二刀を握らせたのを見て同じ事をしたのか、あるいは、単に二人の思考が重なったのか。刹那にとっては後者であって欲しくない所だろう。
 オーバーフラッグが圧し掛かる様にしてエクシアと二刃を交差させる態勢だ。本来、イノベイター専用機としてザ・データベースの技術の粋を凝らしたエクシアの方が、オーバーフラッグの性能を上回る。
 しかし、まだ搭乗して一時間と経っていない刹那は、エクシアに対して強い親愛の情と慣れ親しんだ感覚を覚えてはいても、まだその性能を完全に引き出せてはおらず、グラハムを魅了するほどの力を発露しきれていない。

 

「くっ!」
『ふ、機体の動きが素直すぎる。まだ若いパイロットの様だな、ガンダム』
「な、接触通信!? フラッグのパイロットか」
『これは、私の勘通り年若いパイロットか。だからといって手加減はしないが』
「何のつもりで通信など繋げる!」

 

 言葉で嬲るつもりか!? 一見冷めているようで、その実、心中には火のように熱い激情を持つ刹那は声を荒げていた。
 グラハムはその反応に、年長者としての感覚ゆえか、微苦笑を口の端に浮かべる。彼にも感情に流されて声を荒げた少年の時期があったのだろうか。この青年にしては珍しい反応といえよう。

 

『知りたいか、ならば答えよう。ガンダムの名を冠する機体に乗りながら、稚拙な技術で操る事しかできぬ君に腹立たしさを覚えている!』
「おれが、ガンダムに、エクシアに相応しくないと言うつもりか!?」
『ならば問い返そう。君は、自分がガンダムに相応しいと思っているのか!』
「それ、は」

 

 刹那がグラハムの言葉に動揺した一瞬、グラハムはコンマ秒単位の素早さでビームサーベルの動力をカットにし、刃を消失させる。
 受け止められていた刃が無くなり、空になったビームサーベルの柄が、GNソードとGNビームサーベルを素通りする。
 そして、GNソードとGNビームサーベルを通過すると同時に、再びビーム刃が顕現した。ABC済みの実体剣やシールドに受け止められた際に、ごく稀に使用される接近戦での高等技術である。
 これを訓練でできる者も、実戦で行う事はまずあり得ない。瞬きひとつのあいだに、ビームサーベルの動力のオン・オフを判断する冷静さを保ち、判断を過てば逆にこちらが斬られる恐怖に打ち勝たねばならない。
 恐怖が判断を鈍らせ狂わせるのは改めて語るまでもない。日常生活の中でいくらでも経験する事の一つだろう。恐怖に震える己に克つ事のできる人間は数少ない。
 ましてやそれを戦場で行うとなれば尚更の事。そしてグラハム・エーカーは、恐怖に打ち克つ事の出来る人間だった。諦めが悪くてしつこくって、自己顕示欲には忠実な人物ではあるが。
 オーバーフラッグのビームサーベル二本がエクシアの装甲を切り裂くその寸前、刹那の闘争本能と生存本能が指を動かしていた。

 

「ぐうぅっ!!」

 

 ビームサーベルが振り下ろされきる前に、前進したエクシアの額がオーバーフラッグのオレンジのマスクを強かに打って砕く。下がるのではなく前に出る事で活路を開いたのだ。
 エクシアがオーバーフラッグめがけて頭突きを敢行した為に、振り下ろしきれなかったオーバーフラッグの両腕は、肘の箇所がエクシアの両肩に激突して万歳の姿勢で大きく後方に弾かれる。
 ぱらぱらと砕かれた顔面保護のマスクの破片が剥がれ落ち、歯を食い縛って機体を揺さぶる衝撃に耐えるグラハムは、機体を傷付けられた屈辱に喉の奥で苦鳴を噛み殺す。

 

「いまはまだ相応しくなくとも、おれは、ガンダムになる! ガンダムにっ!!」

 

 刹那の心の底からの宣言と宣誓に応えるかの様に、エクシアの背部から放出されているGN粒子の量が瞬間的に増す。爆発にも等しい勢いでGN粒子を放出し、エクシアは弾いたオーバーフラッグめがけてGNソードの切っ先を向けて突進した。
 まだ若いがそれゆえの勢いがある猛獣を連想させるエクシアの姿を前に、グラハムの胸中に黒い恐怖の一点と、それを塗り潰して有り余る赤い高揚感が津波のように溢れた。
 窮鼠猫を噛む――いや、これは追い詰められた幼い獅子が、その牙を剥いたのだ。追い詰めた相手が鼠ではなく獅子であった事、それはグラハムにとって喜ばしい誤算であった。

 

「ならば、真正面から受けて立つのが、このグラハム・エーカー! なぜならば、この世に生まれ落ちてから、私が男児でなかった瞬間はただの一時もありはしないからだ!!」

 

 右腕のビームサーベルを放り投げ、左手のビームサーベルを左八双に構えて、オーバーフラッグは亜音速で迫りくるエクシアへと真っ向から斬り掛かる。
 相討ちを前提とした古代の剣術の試合が現代に蘇ったかの様な、あまりに無謀な両者の激突。第三者がいたならば無残に散る二つの命と機体の姿を幻視して息を飲むだろう。
 しかし、グラハムと刹那が互いに放つ気迫のすさまじさに、開きかけた唇は固く凍り、伸ばそうとした指は石と変わって動かなくなるにちがいない。

 

「御首頂戴!!」
「おおおお!!」

 

 時代がかったグラハムの叫びと共に振り下ろした一刀は、エクシアの右頸動脈を狙い、降り抜けば左脇腹まで一閃を描いてエクシアのボディを両断するだろう。
 野獣も怯む刹那の咆哮の尾を引きながら突き出された一刀は、オーバーフラッグの胸部を何の抵抗もなく、水を貫くような感触でオーバーフラッグを串刺しにするだろう。
 しかし刀身に巻き付く風を貫くGNソードは、その切っ先をオーバーフラッグの胸部から、左八双のビームサーベルへと向きを変える。
 さらに刺突は斬撃へと変わる。慣性制御機能を最大に生かし、突き込みに合わせて乗せていた加速の方向をかえ、上段への切り上げへと変貌する。
 オーバーフラッグの左一刀をGNソードが受け止めた。わざわざ刺突を斬撃へ変えたと言うのに、結果が平凡な太刀筋では何の意味がある?
 エクシアの――刹那の意図が読めず、グラハムは眉根を寄せ、すぐさま目の前で起きている変化に気づき寄せた眉を大きく跳ねあげた。
 わずかずつ、それでも確かに、GNソードの刀身がビームサーベルを切り裂いている。相討ち覚悟と思わせる吶喊行為それ自体がフェイクか!

 

「アンチビームコーティングした実体剣か!?」

 

 実際にはABCではないが、刀身に纏うGN粒子が刃状に形作られたビームを遂に斬り裂きぬき、遮るものを排除したGNソードはオーバーフラッグの胸部に縦一文字の傷を浅くではあるが刻みこむ。

 

「私のフラッグに傷を!」

 

 一瞬で脳天まで上り詰めた怒りを込めて、グラハムはオーバーフラッグの左拳で思い切りエクシアの顔面を殴りつけた。ヘビー級王者のストレートを貰ったストロー級のボクサーのように、エクシアは大きく後方へと弾かれる。
 海面すれすれで体勢を立て直すエクシアを、オーバーフラッグが滞空したまま見下ろす。左手には再びミラージュコロイドによって刃を形成したビームサーベルが、だらりと下げられている。
 無言のまま見下ろすものと見上げるものとに分かれた両者は、張り詰めた糸の上に立っているように、いつ破れるとも分からぬ緊張で周囲の大気を凝固させていた。
 期せずして操縦桿を握る二人の手にさらに力が込められた時、敵機の接近を告げる警戒信号が、“エクシア”のコックピットに鳴り響く。

 

「連合の援軍、イナクト? ユーラシアの部隊か」
「ええい、今度はこちら側からの横槍か」

 

 モニターに拡大された飛行群は、モスグリーンのカラーリングがなされた機体だ。フラッグとよく似たひょろりとしたスタイルだが、こちらの方がより曲線を帯びていて、どことなくお国柄の違いみたいなものが見て取れる。
 全機が人型から戦闘機形態へと変形済みで、高速でこの戦闘空域へと接近してくる。接触まで一分とかかるまい。
 分類上は友軍の登場ではあったが、大西洋連邦に属するグラハムにとっては、絶対に味方とは言い切れぬ陣営だ。
 先の大戦でアークエンジェルがユーラシア連邦のアルテミス基地に寄港した際、同じ連合陣営ながらクルーが拘束されストライクを接収されそうになったように、潜在的には敵なのである。
 対ザフト、DCとの戦争が終結すれば次なる敵は、同じ地球連合軍として戦ったユーラシア連邦と東アジア共和国なのだ。
 そのユーラシア軍が姿をあらわしたことを、諸手を上げて喜ぶ神経をグラハムはただの一本足りとて有してはいなかったし、二度目の横槍に腹腔に苛立ちを溜め込んでさえいた。
 グラハムがイナクトに目をやっていた隙に、ジニンから撤退の指示を受けた刹那は、後ろ髪を引かれる者を感じながら、エクシアに背を向けさせていた。

 

「大尉、サキガケとロックオンのアヘッドが残っている。被弾はしているが、GNドライヴがまだ生きている」
「リモートコントロールでの自爆はすでに試みたが、失敗している。今からではどうしようもない。そのガンダム二機と引き換えという事になるか」
「……すまない」
「言うな。責任はおれにある」

 

 滅多には耳にする事の出来ない刹那の謝罪の言葉であったが、それに驚く余裕はジニンにはなかった。
 アヘッドに迫る性能を持ったこの世界のオーバーフラッグに、どういった運命の皮肉なのか、二十四世紀の世界で恒久平和実現の壁となって立ちはだかったソレスタルビーイングのガンダムの出現。
 しかもそのガンダムが、どういうわけでかジニンの味方陣営の手に渡っているのである。特に刹那の乗っているエクシアなど、ジニン自らがアヘッドを操って片腕を斬りおとし、大破させた機体なのである。
 エクシアとデュナメスが出現し、それに乗っているのが自軍のパイロットであると分かった瞬間、戦場にありながら、ジニンは思わずめまいを覚えたほどである。
 軍人として鍛え上げた強固な精神力の壁に罅が入る音を、ジニンは鼓膜の奥から聞いた。かようにジニンの精神は敵と味方によって打ちのめされてはいたが、エクシアとデュナメスの出現で状況が好転したのは事実だ。
 ジニン、ティエリア、ロックオンの三人による反撃は、彼らを包囲していたオーバーフラッグ五機に大きくダメージを与え、撃墜にまでは至らなかったものの追撃の出来ない状態にはしてある。
 とはいえ、こちらも推進剤や弾薬、またパイロット自身の体力が疲弊しており、そこをイナクトの部隊に襲われてはひとたまりもない。
 ジニンはアヘッドの手首内側やリアアーマーに内蔵してあるスモークと各種チャフをばら撒き、最後尾に位置して撤退を促す。
 エクシアが相手をしていたオーバーフラッグは、同部隊のオーバーフラッグのフォローに回っているようで、追撃の姿勢を見せてはいない。
 刃を交えたジニンの感想としては、感情の変動が激しいがそれに流されない鉄の理性を保持しているように思われた。
 もう一度ユーラシアのイナクト部隊を見れば、空を行くイナクトの他に海面をホバー走行で疾駆する巨大な機影があった。頭頂高までで通常のMSの倍はある。巨大な山を大雑把に人型に整えた様な、異様なシルエットであった。
 戦艦の砲塔なみの巨大なライフルを持ち、MS運搬用のトレーラーの上に巨大なMSの上半身を乗せたかの様で、胸部には二連装の砲塔が一門あり、ザフト系列と同じモノアイタイプの頭部だ。

 

「なんだ、あの機体は、MAなのか?」

 

 ジニンの疑問に答える者は無かったが、山の様に巨大な機体の猛威をDCが知ることになるのは、わずか数日後の事である。

 

 

 孤島の海辺にMS形態のイナクトが着陸し、ドラムフレーム状のコックピットが勢い良く開いて、赤茶色の髪を持った青年パイロットがヘルメットを小脇に抱えて顔を出した。
 口を黙ってシリアスな表情を浮かべ、窓際に立っていたら、声を駆けてくる美女には困らないハンサムであったが、大人になりきれていない子供みたいな表情を浮かべていて、やんちゃなガキ大将のようだ。

 

「おいおいおい、ユーラシア連邦の“ザ・エース”、パトリック・コーラサワー様のご登場だってのに、DCの連中の影も形もねえじゃねえか! あるのは撃墜された大西洋連邦の輸送機と、あちこち壊れたオーバーフラッグばっかりかよ」

 

 大西洋連邦籍の輸送機の周りはオーバーフラッグで固められ、こちらを煙たがっている様子が明らかに分かるが、コーラサワーは特に気にしなかった。
 彼にとって重要なのは自分がスペシャルな活躍のできる舞台が整っているかどうか、その舞台で自分がどれだけ崇め称えられるスペシャルな活躍が出来るかであって、すでに幕の下りたこの場には興味がないからだ。
 コーラサワーは自機のイナクトの後ろに止まっている巨大な機体に目をやってから、通信機に唾を飛ばす。自分のイナクトより目立つ機体が気に食わないという気持ちが、ちょっぴり心の中にあった。

 

「おうおう、てめえの機体が鈍いせいだぞ、シロップ!」
「誰が炭酸水に入れる甘いのだ。貴様こそ甘ったるい名前だろう、パトリック・コーラサワー。なにより上官への口の利き方には気を付けろ」
「んん~な鈍亀に乗っている奴が偉そうにすんなっつの」
「……貴様には言葉を理解する知性が無いのか、品性が欠乏しているのか。いや、両方か」

 

 こめかみに指を当てつつ、力の無い息を吐いたのはシロップことパプティマス・シロッコ大尉である。何の皮肉かコーラサワーと同じ部隊に配属され、似たような漫才を強要され、失望する気力さえ残っていないらしい。
 自らを天才と認ずるこの男の天敵は、コーラサワーのように我が道をマイペースに貫くタイプなのかもしれない。天才の言葉も相手に伝わらなければ馬の耳に念仏だろう。

 

「見た目に囚われてこのジ・OⅡの本質を見極められぬとは、貴様の目も節穴だな」
「へん。いまはMSの時代なんだぜ。MAモドキのMSなんぞ流行らねえって」

 

 とはいうものの、地球連合軍は全体的にMAへの回帰傾向が見られていて、MSよりもMAの開発に力が入れられているのが現状である。
 MAを用いて敵戦線に楔を撃ちこみ、そこに多数のMSや航空機、戦闘車両などを投入して一気に敵戦線を崩壊させるのが、現在地球連合で構築されている基本戦術だ。
 楔役には高性能なMSよりも頑健で大火力を持ったMAの方が適任なのは事実だ。そういった意味では、いまシロッコが搭乗しているジ・OⅡは通常のMS五機分に及ぶ火力を持ち、最新のMAに匹敵する火力を持つ。
 巨体故に運動性には問題を抱えるものの、シロッコの技量が加われば敵対者にとっては、ハリネズミのように武装したうえに分厚い装甲を持ち、巨体ながら軽やかに動いて攻撃をかわす強敵となるだろう。
 ともあれ、ジ・OⅡのスペックをいちいち口で説明するつもりなどシロッコには露ほどもなく、自己肯定にかけては天下一品のコーラサワーに対し、不愉快なものをみる瞳を向けるきりだ。
 シロッコの興味はもっぱら墜落している大西洋連邦の輸送機へと向けられている。
 内側から切り裂かれた天井や、その周囲に転がっている深紅色のMS――たしかDCのアヘッドだ――を見れば、機体が強奪されたのだと想像する事は簡単だった。
 大西洋連邦がわざわざこのタイミングで戦場に運び込もうとした機体にも興味は惹かれたが、それよりも中破判定を受ける程度に破壊されたアヘッドの動力機関に、シロッコは注目していた。
 地球連合軍の基地を次々と襲撃していたという謎のガンダム。シロッコもメッサーラで戦ったガンダムの背から噴き出ていた赤い粒子。
 電波障害の他に慣性制御や重力制御をおこなうと思しい特性を持つそれらと、酷似したものがDCの新型機に搭載されている事は耳にしている。
 テスラ・ドライヴにも同様の機能はあるが、フォトンの崩壊現象と思しい光の粒子を伴いはしない。いまだ地球連合が手にしていない技術が、DCが破棄せざるを得なかった機体から入手できるかもしれないのだ。
 自分の中の技術者としての部分が、むくむくと鎌首をもたげるのを感じ、シロッコはナイフで切り裂いた様に薄い笑みを浮かべた。

 

「混迷の時代か。まさしく今のこの世界に相応しい言葉だ」
「なにぶつぶつ言ってんだぁ、モロッコ?」
「誰がジブラルタル海峡を挟んでヨーロッパと眼の鼻の先にありアトラス山脈の跨るイスラムアフリカの国だ!」
「おお、息継ぎなしでよく言えたな」
「……貴様は」

 

 シロッコの苦労は、コーラサワーと共に居る限り尽きる事はなさそうだった。

 
 

―――つづく。

 
 

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