私は、もう嫌だった。泣き虫で、弱い自分が。
だからもう決めた。もう今までの自分とは決別するって。
こうして進んだ魔道士への道。
入学式は不安と、期待。いろんな感情が体中を駆け巡っている。
そんな時、訓練校で出会ったのは、これからルームメイトになる、シン・アスカ。
私よりも4つか5つくらい年上の、黒い髪に赤い目をした、少し変わった男の人。
最初は、ちょっと目が怖い人って思ったけど、いろいろと世話をしてくれて、いろいろとお世話になることが多くって。
私にはお姉ちゃんがいるけど、お兄ちゃんがいたらこういう感じなのかな?
「ギン姉へ。
訓練校にはいってもう1週間がたちますが、なかなかメールを送る機会がなかったので、遅れてごめんなさい。
こっちは何とかうまくやっています。
最初は力をうまく使うことができなくて、怒られてばっかりだったけど、パートナーのシンと一緒に朝や放課後に練習をして、
やっとコツをつかんだように思えます。
パートナーのシンですが、最初は目がまっかってこともあって、ちょっと怖い男の人って思ったけど、
一緒にいるうちに、意外と優しい人っていうのがわかって、今ではよく話をしています。
なんか、お兄ちゃんっていう感じがして、とても頼りになる人です。
それでは、またメールを送ります。
スバル」
スバルは、自室で家族宛に送るメールの内容をチェックする。
「よし、送信」
ピ、と送信ボタンを押し、モニターから「送信しました」という文字が浮かび上がってくる。
この訓練校に入って、初めて送るメールだ。
それまでは、送ろうと思っても、先に疲れが勝り、結局送れずじまいだった。
そのとき、ふあぁ~~っと大きな悪事をして時計を見る。
今は午前9時半。
日はとっくの昔に暮れており、子供はそろそろ眠る時間帯だ。
「はぁ、参った。混みだすとえらい目にあうな」
丁度、メールを送信し終わった同時に、シンも部屋に入ってきた。
その姿はシャツとハーフパンツというラフな格好で、首にタオルを巻いている。
ようやくシャワーから戻ってきたのだろう。
「遅くまで作業をするからだよ、ある程度はシャワー浴びてからしないと」
「ああ、まったくだ」
ふぅ、とシンはベッドに座り込み、手に持っていたスポーツドリンクを飲む。
風呂あがりのぬくもった体に、冷たいドリンクが体中に染み渡った。
「で、お前は何をしてたんだ?」
シンはドリンクを飲みながら、スバルが出したままのモニターを見る。
「あ、これ、ギン姉にメール送ってたんだ」
えへへ、と笑うスバルにシンはああとうなずく。
そういえば、少し前に言っていた。
スバルには父親と姉がいることを。
姉妹がいるということに、シンは昔を思い出した。
それは、かつての自分に両親が、妹が、家族がいたときのことを。
だが、それはもうすでに縁遠い世界だった。
家族を既に失っている自分には……
「なにぃ!男だぁ!!」
家に帰ってきたばかりの自宅の居間で、ゲンヤはギンガの言葉に絶叫を上げた。
「と、父さん、声が大きい」
突然の大声に、ギンガは突然の声の大声で耳をふさぐ。
だが、父が叫ぶのも分かる。
ついさっき、スバルからメールが来た。
向こうに行って初めてのメールだったのでどうだったのだろうとギンガも楽しみに呼んでいたのだが、
そのメールにこのような文章が……
「パートナーのシンですが、最初は目がまっかってこともあって、ちょっと怖い男の人って思った
けど……」
この部分を見て、ギンガは固まった……
お……と……こ?
そして、そのことをゲンヤに報告したのだ。
「しかし、スバルの相方が男とはなあ……大丈夫なのか?」
「さ、さあ……わかんない……」
う~~ん、と頭を悩ませる父と姉。
まあ、それも無理はない。
まだ年幅もいかない12歳の女の子の相部屋が男。
それは心配もしたくなる。
もしも、その相方が危ない人種だったら……
最近その手の事件も増えてきている……
「ま、まあ管理局に入局しようとする人たちだし……な、なにより教官もいてくれてるし……」
ギンガも昔は同じ訓練校に入っていたが、あそこの教官はちゃんとできている人のはずだ。
そういう事件には敏感なはず。
だが、なぜ男女混合で同じ部屋になったのか……
少々娘思いと妹思いが強すぎるこの家族。
結局、この夜はあまり眠ることができなかったとか……
「ふぅ」
その数日後の早朝、二人はいつものようにトレーニングにいそしんでいた。
二人は魔法を教わってまだ日が浅く、うまくコントロールができないでいたからだ。
しかし、ここ数日の訓練で、だいぶそれもさまになってきた、とシンは思っている。
ついでに予習を含めての練習もでき、一石二鳥だ。
「今日はこれぐらいにするか」
「そうだね~」
ふぃ~~~っとスバルは汗をかきながら訓練場にある休憩用のいすに座りこむ。
「けどすごいねー、あんなに動いたのに、シンってばあんまり疲れてないんだもん」
はぁっ、と息を切らしている自分とは違い、シンはあまり疲れた様子もなく平然としている。
ランニングでも、スバルはシンにあわせるのに精一杯だった。
「無理に人にあわせないで自分のペースでやんないと、体が持たないぞ」
そ、そうだね……とスバルは立ち上がる。
考えても見れば、自分はまだ12歳。
シンはもう17歳で、男である。体力や力に差が出るのは当たり前だ。
「じゃあ、朝ごはんが始まる前にさっさとシャワー浴びちゃおう」
スバルの提案に、そうだなと、シンも男のシャワー室へと向かう。
この学校は早朝訓練をする人のために、朝早くからシャワー室が使えるようになっている。
スバルは更衣室でよいしょっと身に着けている衣服を脱ぎ、一紙まとわぬ姿となる。
幼児体型、とまでとはいかないが、やはりその体は幼く、見事は寸胴体型で、まだまだ発展が必要な体つきであった。
「ん?」
そのとき、スバルは隣に別の人の衣服があることに気づいた。
「私以外に誰かいるのかな?」
そう思いながら、がちゃり、とシャワー室の扉を開ける。
「ん?」
すると、シャワー室からも声が聞こえ、スバルのほうをみる。
そこに見えたのは顔だけだが……
(きれい……)
年は自分よりも少し年上だろうか。
顔は見えないが、長いオレンジの髪をしているその女性は、女の自分名kら見ても綺麗だと思った。
「あんたって確か……」
突然、その女性に呼ばれ、スバルはあ……と女性の姿をもう一度見る。
自分を知っているのだろうか……
「あ、はい。32班のスバル・ナカジマです」
「やっぱり、あの凸凹コンビの片割れ?」
女性の言葉にあはは……と苦笑いを浮かべるスバル。
でこぼこ32班。
それはスバルにも、シンにも伝わっている自分たちの周りの呼び名である。
ここ数日は怒られることもなく、それとなくやっていけているが、いまだにその愛称で呼ばれている。
スバルはその女性の近くのシャワーを使い、お湯を出す。
「ふいぃ~~」
疲れた体を温かいお湯が洗い流していくような感じがする。
やっぱり、シャワー浴びるのは気持ちいい。
本当ならお風呂につかるのがいいけど、さすがに訓練校にはそこまで設備はないらしい。
「ところで……えっと……」
「ん?どうしたの?」
女性はスバルを見て、ああと思い出す。
そういえば、まだ名乗っていなかった。
「私は、39班のティアナ・ランスター」
ティアナさんっていうんだ、とスバルは彼女を見る。
「えっと、ランスターさんも朝練ですか?」
「まあね、予習とかはやっておきたいし。あんたは?」
「私たちもです。私、要領悪いですから、朝や放課後に練習しないとなかなか難しくて……」
あはは……と苦笑するスバルだが、ティアナは「いいことだと思うわよ」とスバルとシンが思っていることを肯定する。
このような、さりげない会話をしつつシャワーを浴びる二人。
「ところで、相方の人は?男女混合は私たちだけって聞きましたけど?」
確か、男と女で組んでいる恩は自分たちだけのはず。
いったい、ティアナの相方はどうしてるのだろうか……
「ああ、あと一人はまだ寝ているわ。放課後は一緒にしてるんだけどね。
無理やりにでも朝の練習に参加させようとしたけど、あいつ朝に弱いから、無理に起こして練習中にミスされても困るしね」
だから、放課後は二人でしているが、朝はこうして一人だけで行っている。
それに一人のほうが自分のペースででき、メニューによっては一人のほうがやりやすいときもある。
「あんたのほうは相方も一緒なの?」
「はい、シンも今はシャワーを浴びてると思います」
そっ、とディアナはキュっとシャワーのノズルを閉め、シャワー室から出て行く。
「ま、お互いがんばりましょ」
「そうですね」
そんな会話も追え、先にティアナがシャワーからあがる。
そんなティアナを、スバルは見つめている。
(お友達になれたらいいなあ)
そんなことを思いながら。
「ふぅ……さっぱりした」
ティアナは着替えを終えて。ドライヤーで髪を乾かす。
意外な客によって、思ったよりも時間を費やしてしまった。
(ま、たまにはこういうのもいいかもね)
ほかの班との意見交換や雑談。
こういうのも度が過ぎなければ、たまには気分転換にはいいのかもしれない。
彼女にとって、それはその程度のレベルだった。
たとえ一緒に訓練の受けるルームメイトだろうが、一緒に学ぶ同級生だろうが、必要以上に馴れ合うつもりはあまりない。
だから、ルームメイトのこともあまり知らない。
彼女自身、そんな自分を嫌なやつと思っているが、こんな性分だし、仕方ないとも思っている。
ディアナはそんなことを考えながら更衣室から出る。
「ん?」
それと同時に、男性用のシャワー室からも誰か出てきた。
それは、自分よりも年上の男性だった。
「あれ、お前は……」
その片割れ、シン・アスカは女子更衣室から意外な人物が出てきたことに少し驚いているのか、自分を見つめる。
「あんたは、あのでこぼこコンビの片割れ……」
でこぼこコンビといわれ、シンはむっとするが、皆から言われているのでぐっと堪える。
これぐらい、気をつければ今後は呼ばれなくなるはず……たぶん。
それに、アカデミーの時もそういうことをずけずけというやつはいくらだっていた。
「まあ、こっちは魔法を習って間がないもんでね」
そう軽く言って、シンはその場を後にし、自分の部屋へ向かう。
ティアナは、そんなシンを少し邪険に見送るが、ふと思い返す。
「変わったやつね……」
自分は、あまり彼の面識はない。
32班のシン・アスカという名前は良く効くが、面と向かったのはこれがはじめてだ。
彼の黒い髪に赤い目。
特に赤い目というのは、正直珍しいと思った。
その燃えるような赤い目が……
「あ、ランスターさん」
思案にめぐっていると、背後に声が聞こえてティアナは振り返った。
そこには、既にシャワーを終えたスバルの姿があった。
「何をしていたんですか?」
おそらく、自分よりもかなり先に上がったのに、何でいまだに更衣室の前でたっているのかが不思議だったのだろう。
ティアナはなんでもないわ、といって自分も部屋へ戻ろうとする。
ただ、32班と39班の部屋は大まかに言えばおなじみとぉと折るので、二人は同じ方向へ向かう。
二人は、ただ黙りながら部屋へと向かう。
そのあいだ、 何もお互いしゃべらずに。
「あ、あの……ランスターさん」
そのなか、スバルは意を決してティアナに話しかけようとするが……
「ナカジマさん」
ティアナの他人行儀な言い方に、スバルは少しびっくりした。
「そりゃ、私たちは同じ教室や訓練場で学ぶ身だから、多少の世間話はするけど、あんまり馴れ合う気はないから」
そんな自分の言葉で、またもや二人に空間が無言に落ちてしまう。
ほんと、やなやつ、と自分でも少々嫌に感じてしまうティアナ。
「わかった。以後は気をつける」
「悪いわね」
その後、二人はずっと黙りこみ、心なしか重い空気が漂った。
そんなやり取りをしていると、二人はお互いの部屋へとつく。
「それじゃあね」
「う、うん」
少々事務的な挨拶が最後となり、お互いはお互いの部屋に入る。
その中、ティアナは部屋の扉を閉め、部屋を見てはぁっとため息をつく。
「まだ寝てたのね……」
ティアナは二つあるベッドのうち、まだ膨らみあのあるベッドを見る。
ティアナはそのベッドの近くにいくと、そこには布団にくるみながら、いまだに幸せそうに眠っている少女を見る。
年は自分と同じか、それとも少し下くらい、調度さっきあったスバルくらいだろうか。
「とっとと起きなさい!!」
ティアナは少女の名前を叫びながら、少女が包まっている布団をひったくった。
その衝撃で、証書はゆっくりだがそのつぶらな目を開ける。
「う~~ん……あ、ランスターさん、おはようございます」
その、ティアナによって無理やり起こされた、栗色の髪を短く切っている少女は、
まだ朧けな瞳をこすり、ふぁ~~~っと大きなあくびをする。
彼女の名はアカス・ユマ。ティアナと同じ39班のルームメイトだ。
「早く着替えないと。もうすぐ朝食よ」
「わかったぁ~~」
幸せなやつ……と思いながら、ティアナも自分の準備をする。
てきぱきと訓練儀に着替えすでにデバイスのチェックも済ませ、さっさと部屋の外へ出る。
まあ、いつものことだし大丈夫でしょう……と思いながら、先に食堂へ向かっていった。
そういえば……とティアナは思い浮かべる。
「あいつ、なんでいつも長袖のものを着てるのかしら?」
ふと考えれば、もう5月にも差し掛かるころである。
部屋着はまだいいとして、訓練のときまでまだ長い訓練着を着ている。
教官も何も言わないことを見ると、何か理由があるのだろう。
(ま、聞くのも野暮ってもんね)
そう思いつつ、ティアナは食堂へと向かう。
自分には関係のないことだ……
「あれ……あれってランスターさん?」
その時、ちょうどスバルたちも部屋から出てきた。
二人とも訓練着に着替え、朝食前から訓練のやる気は万全である。
「何してるんだスバル、速く行くぞ」
「う、うん」
シンに誘われ、スバルもそれに従うように後に続く。
そのとき、遠くから叫び声が聞こえた。
「ら、ランスターさ~~ん!!ちょっと待ってくださぁ~~~い!!」
「「ん?」」
食堂へ向かおうとすると誰かの声が聞こえ、それにつられて足りはその声のほうへ振り向く。
そこには、今となっては季節はずれとなっている長袖の訓練着を身に包んだ女の子が、せっせと走ってきているのだ。
走るたびに、栗茶色の短い髪がふんわりとゆれる。
少女は、そのまま二人を通り過ぎ、食堂へと全速力で突っ走る。
「ランスターさんってことは、あの人の相方さんかなあ?」
スバルは通り過ぎていった少女が走っていった言葉をう~~ん、と考える。
そんなスバルを尻目にシンはその少女に、どこか見覚えがあることに気づいた。
あの栗色の髪が似ていたのだ……
「……マユ?」
その姿が、死んだはずの妹、マユ・アスカに似ていたのだ。
(いや、そんなはずないよな。マユは死んだんだから……)
思い返すのは、自分がザフトに入ったきっかけになったある出来事。
地球軍による、もうシンにとってはかつての故郷、オーブへの進行。
シンはそれで家族を失った。
だから、自分は力を欲したのだ。
似ている人なんて世界中にいくらでもいる。
異世界なんてものがあればなお更だ。
彼女は、ただマユに似ている人だろう。
「シン、どうしたの?」
考え込んでいるシンに、スバルの声ではっと気づいて彼女を見る。
「いや、何でもない、はやくいくぞ」
「う、うん」
シンにせかされスバルは黙ってそれについていく。
そうだ、マユが……家族がこんなところにいるはずがない。
そう思って……