Seed-NANOHA_449氏_第02話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 18:09:00

 その時、アースラ艦長、クロノ・ハラオウンは彼にしては珍しく取り乱していた。

「なのは達にはまだ連絡が取れないのか?」

 彼の母親であるリンディ・ハラオウンと、保護観察対象である八神はやて、そして、二人の護衛(と称して)はやての守護騎士の中からシャマルとヴィータが本局へと出向いた、
 そのタイミングを狙ったように、所属不明の魔法使い集団がアースラを襲撃したのはおおよそ十五分ほど前の事だ。
 クロノは、そんな敵の戦力と動きに、陽動の可能性有りと判断。
 艦の予備兵力としてアルフ、ザフィーラ、シグナムを残し、高町なのはとフェイト・テスタロッサ……そして、本人の強い意向により、艦で保護されている民間人、シン・アスカを迎撃の為に出撃させている。

「はい、ジャミングは依然継続中です」

 その後、アースラ一隻には過剰ともいえるAAA級の二人と、それには劣るものの暫定A級のシン・アスカに圧倒された敵集団は、徐々に後退を開始。
 敵がリンディ達の不在をを狙い、襲撃をかけてきた事実を重く見たクロノは、三人に追跡を命令した……のだが。

『くそ、なのはとフェイトの戦力を過信しすぎたか?』

 三人が艦を離れて暫くした頃、アースラは突然のジャミングと傀儡兵達の襲撃を受けた。
 現れた傀儡兵達は、以前時の庭園で確認されたものほど強力ではなかったが、数が多く、非常に連携が取れている上に、道具としての自分達の利点を生かした行動を取ると言う点で、以前の傀儡兵等より余程性質が悪い。
 おかげで、一見作動停止したように見えても、完全破壊に至る迄全く気が抜けないソレに、迎撃に当たっているアルフ達は非常な消耗を強いられており、恐らくは誘い出されたのだろうなのは達に応援を出す余裕が無い。
 そして、自らもAAA+――なのは達を超える――等級の魔術師であるクロノは、艦を統括する立場にある以上出撃するわけにも行かず、自席でただストレスを溜めていた。
 管理すべき範囲が広すぎ、相対的に人員が少なすぎる管理局では、その所属艦に徹底した省力化を行っており、その結果、一隻頭の配属人数は極めて少ない物となっている。
 逆に言えば、それは一人が艦機能に占める割合が極大化しているという事であり、その歪さは、特に艦機能に影響しない執務官時代のクロノが(執務官補佐のエイミィの存在があるとは言え)、艦のNo2でありながら度々前線に出ていたことでも見て取れる。
 更に言えば、その比率も多くの歪みを抱えており、何らかの権限を持たされた士官級が非常に多い癖に、本来兵卒に位置する一般の武装局員はその殆どが本局に配属されていると言う――本末転倒と言うか、そもそも戦争のできる組織構造にはなっていなかった。
 そしてそれは、なのはたちも同じだ。
 なのはもフェイトも、魔導士として、戦士としては破格の能力を持ってはいたが、兵士、軍人としてはそうではない。
 あの魔導士集団が、目の前の傀儡兵達が、ただの個人の集合であれば、なのは達、アルフ達は楽に圧倒できただろう、できるだろう。
 だが、もしそれが、集団としての従前に備えているのなら……その答えは、今、クロノ達の目の前にある。
 いや、それどころか、これがなのは達を誘い出す策である可能性が高い事を考え合わせれば、それ以上の苦境に陥っている可能性が高かった。
 そして、それらの予測と、現状を呼び込んだ自らの判断ミス、高い戦闘能力を持つ自分が、この席を離れられないと言う事実が、真面目なクロノを必要以上にいらだたせる。

「せめて、シンをこの艦に残してれば……」

 軍人であり、戦士である、暫定A級の魔導士、シン・アスカ。
 こう書くと酷く有能そうに見えるが、クロノから見た彼は、体内にはロストロギアが寄生しているわ、その影響で魔力は酷く安定しないわ、魔導士としてはまだ新人だわ、なのは達とは知り合ってそれほど間がなく連携など取れそうにないわ、その上デバイスは癖強すぎだわ……と、不安要素ばかりが大きく、戦力としてはまともに評価できるものではない。
 シンの特質、ロストロギアの影響、それに、デバイスの特性から、防御力はなのは級、機動力はフェイト以上と、シン自身の安全には不安がないのが一抹の救いだが、正直、クロノは彼が二人の足手まといになっていないかが不安だった。
 だが、そんなシンでも、艦からのフォローが可能なアースラの近辺であれば、それなりの戦力に数えられるし、であればフェイトとの連携に長けたアルフを彼女達との連絡に向かわせる事もできただろう。

『……考えろ、今の僕にできる事はなんだ』

 勿論、クロノの抱いた不安は杞憂――むしろ、シンの存在がなのは達の突破口――となったわけだが、ジャミングの影響下にある彼に、それを知る術はない。
 故にクロノは、自分の失策の数々と周囲の戦況とを目と艦機能とで把握……挽回点を探して頭を高速回転させながら、アルフたちに情報と必要最小限の指示とを送る。

『この傀儡兵達は、恐らくなのは達を孤立させるためのもの……だが、敵の目的がなんであれ、この場から戦力を割けば、敵はその気に乗じてアースラを落とそうとするだろう。
 いっそ、アースラごとなのはとフェイトの元へと向かうか?
 巧くいけば、なのは達の罠を咬み破った上で合流を果たせるが……』

 局地的な戦闘の指揮を取りながら、この襲撃全体が描き出す盤面を読み取ろうと苦戦を続けるクロノ……しかし、この敵の勝利で固まりかけていた盤面をひっくり返したのは彼ではなく、彼――そして、恐らく敵――が、最小の戦力と見積もっていた一人のイレギュラーだった。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 センサー感知範囲外からの砲撃に、支援型傀儡兵の幾体が崩れ落ちる。
 敵陣の最後尾に開いた穴を、轟く豪雷が押し広げ……そして、開いた空隙に撃ち込まれたのは、紅い矢羽を曳く一矢。
 シンは、背に赤い光翼を羽ばたかせながら、その心をクリアにした。
 少年の瞳から光が失われ、頭の中に浮かぶ銀色の鍵の表象(イメージ)。
 増えていく知覚情報と遅くなっていく時間の流れに、シンは歯を食いしばり、光翼と両の足とで加速加速加速……音よりも速く傀儡兵の群れに飛び込んだ。

「……粉砕!ブラボラッシュ!!」

 なのはとフェイトとが、文字通り最後の魔力で乱した敵陣形……それが修復せぬ内に飛び込んで掻き回し、アルフたちの反撃を助ける。
 シンが立てたその作戦は、単純すぎるくらい単純な代物だったが、相手が気付かない内に殴りつけて、体勢を立て直す暇を与えずに殴り続けると言うのは、どんな世界にも共通の必勝パターンだ。
 それを体現したかのようなシンの双拳連撃は、その一撃一撃が破城槌をも超える破壊力。
 打撃点を陥没させて吹き飛ぶ傀儡兵が、突進の衝撃波で姿勢を崩した他の傀儡兵をも巻き込み弾け……ほとんど怪獣映画の様な勢いで敵陣を蹂躙するシンに、アースラの艦橋は沈黙に包まれた。
 信じられないと言うか、信じたくない。
 だが、卓越した魔導師であるクロノには、一目見て判ってしまっていた。
 アレは魔法ではない。
 背の光翼と、身体保護及び機動補助用の障壁を除けば、シンは何一つ魔法を使ってはいない。
 そう、シン・アスカは、ただ純粋な身体能力だけで、傀儡兵を圧倒しているのだと。

「……なんて非常識な」

 クロノがこぼしたそんな一言は、艦橋にいる全員の総意だっただろう。
 人間を凌駕する身体能力を持つアルフやザフィーラといった使い魔達の、魔力を込めた拳撃をも上回る威力を、シンはただの技と力のみで撃ち出しているのだ。
 我に返って周囲を見れば、突如崩れた敵に本格的な反撃を始めるアルフ達の姿……シン達の乱入で盤面は既に変わっている、そして更にひっくり返る事はないだろう。

「……はぁ」

 クロノは酷く疲れたような溜息を突くと、今の自分にできる仕事を再開することにした。
 まず手始めに、医務室に連絡を入れると、エイミィには医療班の転送準備をさせる。
 なのはとフェイトが最初の一撃以降動きを見せない事に、疑問を感じたのだ。
 ……保険にと出したクロノの指示が、結局役立ったのは、それから十分後の事だった。