「シンさんって、凄く強かったんだね」
「うん」
「わたし、お父さんより強い人って、始めて見たよ」
「うん」
「あれもロストロギアの影響なのかな?」
「うん」
「フェイトちゃん、どうしたの?」
「うん」
「………」
アースラの医務室。
隣り合ったベッドに横たわる二人は、全くかみ合わない言葉を交わしあっていた。
強固な障壁越しとは言え、幾十幾百の砲撃を受けたなのはと、手練の二人相手に延々体力と精神力とをすり減らしたフェイト――大きな負傷こそないものの消耗の酷い二人――は、戦闘終了後即座に医務室に移送されている。
とは言え、彼女達は緊急を要するような怪我はなく、アースラの医療班は簡単な診察の後に、負傷の激しい敵魔導士部隊の治療に専心していた。
詳細な診察は後回しにされ、消耗していると言っても負傷があるわけでもなし、更に言えば、フェイトとなのはは未だ回復力旺盛な年齢。
やる事もなく、かといって、ここを動く事もできず、ベットの上で暇を持て余したなのはは、隣のフェイトとお喋りでもしようと声を掛けた……のだが、どうも返事がおかしい。
暖簾に腕押しと言うか、ぬかに釘と言うか、上の空なのだ。
無口ではあるが誠実で、頭の回転も速い。
彼女の知るフェイトにはまずありえない反応に、なのはは慌てベットを降りるとフェイトのベットへ駆け寄った。
打ち所でも悪くて、先の戦闘の後遺症が出たのではないだろうか?
「フェイトちゃん!」
なのはは幾分控えめに――しかし先程よりは確実に力を込めて――フェイトにそう呼びかけた。同時にその肩に手をかけ、軽く揺さぶる。
「……え、なのは、どうしたの?」
しかし、フェイトは、そんななのはに初めて気付いたように向き直り……友人のそんな姿になのははがくりと頭を落とした。
「どうしたのもなにも、さっきからずっと声をかけてたのに、受け答えが変だったから。
……さっきの戦闘で頭で打ったのかと思って、心配したんだよ」
わかっていない様子のフェイトにそう説明すると、なのはは大きな溜息を吐く。
「……ごめんなさい、なのは」
そんななのはに、心底すまなさそうに頭を下げて、フェイトもまた大きく息を吐いた。
「うん、さっきの戦闘の後遺症といえば後遺症なんだけどね」
なのはにそう答えながら、フェイトは何処か切なげな表情で、虚空に視線を泳がせる。
そう、シン・アスカに抱きとめられた時から、フェイトはどこか体の調子がおかしくて、胸の奥にも大きなもやもやが残っていた。
アレからずっと考えていても、それが何なのかわからず……だからフェイトは、ずっと上の空だったのだ。
「フェイトちゃん!
何でさっきお医者様に……」
やはり、どこか本調子ではないのだろう。
フェイトは、慌てて医者を呼びにいこうとしたなのはを、苦笑いしながら止めると、
「ううん、そう言うのじゃないから……」
そんな言葉では納得してくれなさそうななのはに、ポツリポツリと語り始めた。
「さっきの戦いの時、三人、分断されたでしょう」
「うん」
「シンさんの助けで敵を倒した後、なのはを助けに行こうとしたんだ。
そうしたら、止められて……それで、あの人過保護なところがあるでしょう?
わたし、自分あそこまで疲れていると自覚していなかったから、シンさんを思わず睨みつけてしまって……」
そう言って言葉を切ると、フェイトは迷うように言い淀む。
「それで、どうしたの?」
だが、促すように問いかけるなのはに、結局言葉を続けたる事にした。
フェイトは、なのはと出会ったジュエルシードの一件で、こうなった時の彼女は絶対引かないという事をその身をもって知っている。
「そしたらシンさん、少しだけ困った顔をして……けれどすぐ真剣な顔になって私の目を見返したの。
……なのはちゃん、邪眼って知ってる?」
そして、そう問いかけるフェイトに、なのはは首を捻った。
「ええと、漫画とかで、目がピカピカ光ったりすると相手が動かなくなったりする?」
兄の持っている漫画を思い出しながら、自信なさげに答えるなのはに、フェイトが頷く。
「うん、大きくは間違っていない。
……あの時、シンさんに私の目を見返されてから、ちょっと体が変なんだ。
それで、あの時シンさんが私をとめるために邪眼をつかったんじゃないか……って。
シンさんって、色素が薄いわけでもないのに、瞳が赤いでしょう?
ロストロギアのユニゾンデバイスが融合しているそうだし、その影響で目が赤くなったんじゃないかな?」
あの赤い目に覗き込まれた時の怯みと、その直後から感じている奇妙な胸の高鳴り……それを思い出しながら、フェイトはそう説明を終えた。
当然、フェイトの変調の原因は、シンと目が合ったことではなく、直後の悩 殺!ブラボーキッスはぁとなのだが、直前の赤い瞳があまりにも印象的だったせいか、彼女はその後の出来事をそれほど重要視していない。
「あれ、けど確かそのユニゾンデバイスって、銀の鍵って名前じゃなかったっけ?」
しかし、色々と初体験な感情に翻弄されているフェイトとは異なり、比較的平静ななのはは、そんな穴だらけな結論には納得できなかった。
「……え?」
そして、本気で驚くフェイトに、なのはは困ったような表情を作る。
「それに、その時、フェイトちゃんはバルディッシュを起動していたんだよ。
幾らロストロギアでも、魔力を使っている事には変わりないんだし、だったら、バルディッシュも警告くらいはできるんじゃないかと思うんだけど……」
そう、なのはが気付いた結論の穴は、普段のフェイトなら確実気付く物ばかりだったからだ。
……そんなに調子がおかしいのだろうか?
「ねえフェイトちゃん。
まずは落ち着いて、その時あった事を初めから話してみて」
なのはは心配そうな目でフェイトを見ると、咬んで含めるように尋ねかける。
「まず、追い詰められかけたところを、シンさんが助けてくれて」
そしてフェイトは、なのはの言葉に頷き、俯き、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
シンの事を思い出すと、妙に高鳴ったりする心臓と、無限に横にそれていく思考と、突然熱くなったりする顔と戦いながら、フェイトは一つ一つあった事だけを言葉にしていく。
「なのはを助けに行こうとして……シンさんに止められて……睨んだら真剣な目で私の目を見つめて、それで……」
そんな、雨垂れの様なフェイトの言葉が、先程と同じところで突然止まった。
しかし、今のフェイトの顔に浮かぶ表情は、先程とは異なる『どうやって説明したらいいのかわからない』と言うような、当惑。
「たしか……」
そう言いながら口元に掌を当てるフェイトに、なのはは向ける注意を深め、そして……
「悩 殺! ブラボーキッス はぁと」
不意打ちで食らった悩殺!フェイトキッスはぁとに、それはそれは盛大に爆笑した。
「ご(くすくす)ごめん(くすくす)ね(くす)フェイト(くす)ちゃん」
なのはのいきなりの大爆笑にフェイトは不満交じりの当惑を見せ……なのはの方は、笑いをこらえようとしながら謝るが、どこかツボに入ってしまったらしく中々止まらない。
「けど、それ本当にシンさんがやった事なの?」
暫し後、何とか爆笑を押さえ込みながら問いかけるなのはに、フェイトは無言で頷いた。
見るからに人付き合いが苦手そうで、なのは達を避けている節がある癖に妙に過保護……ついでに言えば、時々悲しそうな顔で彼女達を見ている事があるあのシン・アスカが、何でそんな面白すぎることを?
シンがさっきのフェイトと同じ仕草をするところをなのはは想像……浮かんだ笑いを今度はかみ殺し、はたと気付いた。
「ああ、そうか、シンさんはフェイトちゃんを笑わせようとしたんだ」
なのはにも、戦闘後緊張の糸が切れたところで自分の疲労に気づいた経験はある。
人付き合いが苦手そうなシン・アスカが、余り交流のない――それも、頑固な――フェイトを持ち前の過保護さから何とか止めようとして、思いついた手段が捨て身のギャグで緊張の糸をぶったぎると言う荒業だったのではないだろうか?
元々悪い人だと思っていたわけではない。
だが、そう思うと、今迄それほど親しくなかったシンが途端に可愛く思えてきて、なのははすこしだけ笑った。
でも、そうするとフェイトの不調の原因は何なのだろう。
「そう言えばフェイトちゃん。
体が変って、どう変なの?」
そう言えば肝心な事を聞いていなかった、となのはが尋ねると、フェイトは妙に艶っぽく自分の体を抱きしめた。
なんとなく、彼女の母親、高町桃子がのろけている時に似ている、そうなのはは思う。
フェイトの目元がほんのり朱に染まっていた。
「その、体がゾクゾクする……けれど、それが変に気持ちいい」
そして、シンの事を考えると思考が脱線し、妙に胸が高鳴って顔が熱くなる。
そう、たどたどしく説明するフェイトに、なのはは余り性質の良ろしくない微笑を浮かべた。
「……なるほどね。
フェイトちゃんは、シンさんが好きなんだ」
なのは自身に恋愛経験はないが、ここまでステロな答えを返されれば誰でもわかる。
そもそも、フェイトはシンに邪眼を使われた=危害を加えられたと考えていたのに、彼のことは酷く好意的な言い方をしていた。
その時点で、フェイトがシンに好意を抱いたことには気付いていたなのはだが、まさか、一足飛びでそこまで言っていようとは……。
「………え?」
そして、そうぶっちゃけたなのはに、フェイトの顔が真っ赤に染まる。
まずその言葉を否定しようと考えて、全く否定できない自分に気付いたのだ。
「そうか、わたし、シンさんのことが好きになったんだ」
そしてフェイトはそう呟く。
だが、その言葉は決して幸せそうではなかった。
母を慕い、愚直に従い、しかし、死んだ娘の代用にすらなれなかった人造生命体(フェイト)……闇の書の一件で吹っ切ったとは言え、受け入れてもらえないのでは?という不安と恐怖は、彼女の中にまだ確かに息づいている。
その上、彼女はまだ小学四年生で、シンは十七歳の青年なのだ。
あと十年も時が過ぎれば殆ど無と化すこの年齢差は、しかし、成長の早い十代の少年少女にとっては限りなく大きい……と言うか、もしシンが今のフェイトの求愛を受け入れたとしたら、それはそれで大きな問題だろう。
更に言えば、シンはいつか、彼の故郷に故郷に帰って行く人間でもある。
フェイト自身にも、彼女の初恋が幸せに実る事は殆ど有り得ないだろうと思えた。
恋を得た幸せに浸るには彼女の今迄は不幸に過ぎ、障害に目を瞑るには聡明に過ぎる。
目の前の壁は限りなく高く、以前であれば、戦う前に諦めていたかもしれない……だが、なのはとの出会いが作り出した今の彼女は、何もせずに諦めるには不屈に過ぎた。
だからフェイトは、もう少しだけ貪欲になってみようと思う。
母の時の様に、盲目的に従い続けるのではなく、真正面からぶつかって見よう。
仮に、それで砕けてもいいじゃないか……フェイトはそう思い切ってなのはを見る。
かつて過酷な運命(フェイト)に砕けた彼女を拾い集め、打ち直してくれた親友は、今、彼女の決意を寿ぐようにその傍らで笑っていた。
オマケ
「よう、久しぶりだなァ、防人」
「……俺をその名で呼ぶな、火渡」
「チッ、一線を退いたってのに、テメェも変わらねぇな。
……まあいい、今日は喧嘩しに来たわけじゃねぇ。
ちぃとばっかし、テメェに頼みごとがあってな」
「お前が、俺にか?」
「ああ、死体卿のところでちょっとばかり手間の掛かる馬鹿を拾ったんでな。
ソイツにテメェの不条理を叩き込んで欲しい」
「……死体卿?
確か、使命手配中のアルケミストだったな?
しかし、ブラボー技は俺にしか使えんぞ」
「ハッ、そんなの関係ねぇな。
テメェの不条理を憶えられるかどうかは、コイツの問題。
憶えられなかったら、別の不条理にコイツが潰されるだけの話だ」
「…………」
「……おい、シン!
テメェもさっさとこっちに来やがれ!!」
Q:何故ブラボーが?
A:意外に部下思いな火渡に頼まれました(半分は嫌がらせかもしれませんが……)。
Q:何故技を教えてくれたの?
A:近い動機を持つシンに共感したからです。なお、シンの迷走は彼が叩き直しました。
Q:どうして憶えられたの?
A:ロストロギアの影響で原作カズキ状態+コーディネータ補正+SEED補正
Q:シンに何があったんだ
A:
1.ロストロギア・超小型次元移動装置『銀の鍵』、管理局に破れ別世界に逃亡
2.『銀の鍵』、自己修復の為に宿主を探す→潜在魔力の高い少年シン・アスカを発見
3.『銀の鍵』、シンに融合成功、ただし、そのショックでシンは気絶
4.状況・最終戦の敗北直後、シンは破壊されたディスティニーの中
5.消耗激しい銀の鍵、残った力でシンを別世界に移動→武装錬金世界へ
6.ホムンクルスの錬金術士、死体卿、奇妙なエネルギーを感知→シンを拾う
7.色々会って、錬金戦団入り、キャプテンブラボーの弟子に
8.怪現象の調査中、時空管理局に接触