Seed-NANOHA_543氏_第01話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 18:27:58

 他国を侵略せず、他国の侵略を許さない。それが僕らの国、オーブの理念だった。だけど、
「うっ……ああぁっ!」
 国の理念が……僕の家族を殺した。ちっぽけな……それでも大切な何か。それがぽっかり抜けてしまった。残されたのは妹の大切にしていた携帯と……妹の小さな手。絆と一緒に、マユの身体は粉々に砕かれてしまった……。
 あの蒼い翼を持つ、一機のMSに……。
 潰したい。あのMSを。
 家族を奪ったあのMSを。
 だけど僕はどうしようもなく非力で、
 ちっぽけだった。
 
 それが現実。

 僕の両手はあのソラには届かない……。
 
 震える僕の身体を、あのMSのビームが照らした……

 外された世界。運命は歪み、狂い、しかしそれでも確かに在る。
 代わりに手に入れたのは魔法の力。
 今度こそ、運命のソラに届いてみせる。

 赤い翼。
 蒼い剣。
 ‘運命’を冠された鬼神の力。

ある晴れた昼下がり。小学三年三年生の少女、高町なのはは何時もの通学路をとぼとぼ歩いていた。
彼女はこの春、数奇な運命から‘ジュエルシード’と呼ばれる文明の遺産、‘ロストロギア’を巡る事
件に巻き込まれた。そこで彼女は数々の人と出会い、時には戦い、友情を育んでいった……のだが。
「はぁ……」
 その事件―P・T事件の終結と共に、彼らとも暫くのお別れと相成った。ちゃんとお別れの言葉も言え
たし、また会うと約束もした……。でも寂しいものは寂しいのだった。
「リンディさんにクロノ君……フェイトちゃん元気かなぁ」
 ねぇなのは!僕は!僕はどうしたの!?と、何処からか邪悪フェレットもどきの声が聞こえてきた気
がするが気にしない。えてして、近すぎる人間というものは逆に心配にならない……訳でもないが。と
もかく今はそんなことはどうでもいい。魔道師として、抜群の才能を持つ彼女も、まだ小学校三年生。
精神的には脆い部分を持っているのも当然だった。むしろ、なのはは歳の割りにかなり成長していると
言える。幼少の頃からの経験と、先の事件。否応なく強くならざる終えなかった。それでも彼女はまだ
まだ幼い少女なのだ。
「うん、くよくよしてても仕方ない!」
自分に言い聞かせるように彼女は言った。張り切って陽気な気分で駆け出す。ふとその時、曲がり角か
ら誰かがひょいと出てきた。

「あわわっ!」
勢い余ってなのははその人に突っ込んでしまう。彼女はぽふっとその人のお腹に頭をぶつけてしまった
。相手は咄嗟になのはを抱きとめた。
「あいてて……ど、どうもすいませ―」
謝ろうとして見上げた時、なのはは相手の顔を見た。真っ先に目に付いたのは瞳だった。
 赤い瞳。顔立ちは日本人らしく、つやつやの黒髪を長めに伸ばした少年だった。そこまでは普通。
だが、その赤い瞳だけが妙になのはの頭に貼り付いて離れなくなっていた。思わず口篭ってしまう。
そのまま十秒ほど固まってから、やっとなのはは再起動した。
「あ、あわわ!ご、ごめんなさい!」
全力で謝った。深くお辞儀する。すると赤眼の少年は逆に恐縮してしまった。
「あ、いや、僕こそいきなり飛び出して悪かったよ。君、怪我は無い?」
「は、はい」
「そうか。よかった」
彼は優しく微笑むと、なのはの肩にかけていた手を離した。なのはは少しだけ彼から離れた。
「あ、あの、本当に大丈夫なんで、はい……」
しかしなのははまだ慌てていた。あの赤眼が妙になのはを刺激していた。その様子に、少年は苦笑した。
「ああ。この眼かい?」
「え!?」
「生まれつきなんだよ。驚かしてごめんね」
そんなに恐縮されるとこっちも恐縮してしまう。なのはは少しばつが悪そうに俯いた。
「ははは。別にそんなに気にしなくてもいいよ。結構慣れてるからさ」
「い、いえ、そうじゃないんです、けど……」
どうにも歯切れが悪かった。なのはは不思議に思った。ただ眼が赤いだけならこんなにも気にならない。
別に眼が何色でもいいじゃないかと彼女は思う。だけれど、それでも目の前の優しそうな少年の赤眼が、
気になってしょうがないのだ。なのはは戸惑った。
「あ、それじゃあ僕、急ぐんで」
少年は最後ににっこり微笑むと、なのはの横を通って言ってしまった。慌ててなのはは呼び止める。
「あ、あの!」
「ん?」
「お名前は」
「ああ」
少年の顔にふと影が射した。けれどそれも一瞬。すぐに笑顔に戻った。
彼は先の表情が嘘の様に普通の調子で言った。

「シン……シン・アスカだよ」
 あれから二年。少年は確かに‘ここ’に居た。

翌日の朝。なのはは海沿いの公園で最近続けている魔法の鍛錬をしていた。
ここはなのはがP・T事件の折に出会った少女―フェイト・テスタロッサと
最後に戦った場所でもある。今は無二の親友となった彼女のことを想いながら、
なのはは誘導系の魔法の練習を続けていた。
 放り投げた空き缶に、小さく収束させた魔力弾を連続して当てる。
落下するまでに、何回当てられるかの練習だった。威力の加減と誘導の
正確さが求められるこの練習を続けることによって、なのはの腕は格段に
上がっていた。もはや百発百中と言ってもいいだろう。彼女はその腕を、
さらに上げるべく日夜励んでいた。大した向上心である。
「……ふぅ」
一通り済ませ、ハンカチで汗を拭く。潮風が優しく吹いて、心地良かった。
何だかんだ言って、順風満帆である気もする。なのははふとそう思った。

 そんななのはを注視する影が、海上にあった。
「……」
 蒼い八枚の翼を広げ、それはやってきた……。

『Caution. Emergency. 』
突然、信頼できる相棒であり友である魔法杖、『レイジングハート』が警戒を
促した。首からかけたそれが、警告を告げたとき、同時に海の向こうから緑の閃光が煌めいた。
「えっ!?」
咄嗟にプロテクションを出して受け止めた。だが、レイジングハートを
起動させていない状態での魔法ではとても防ぎきれる威力ではなかった。
赤く輝く魔法陣の盾は容易く砕かれ、突き抜けた光がなのはの肩を掠めた。
「う、あぁっ!」
反動で吹き飛ばされ、芝生の上を転がらされる。凄まじい威力だった。
もう少し行動が遅ければ、確実にやられていた。なのはは攻撃がきた方を
向いた。物凄い勢いで、海上を突き抜けてくる敵影があった。
 なのはは覚悟を決めた。
「何だか分かんないけど……やるしかない!お願い!レイジングハート!」
なのはの意志を受け、赤い宝玉―レイジングハートが瞬いた。
『Standby, ready, setup』
 レイジングハート起動を告げる声。次の瞬間、なのはは淡い光に包まれ、
戦闘用装束―バリアジャケットを纏っていた。光を突きぬけ、戦う準備を
整えたなのはが飛び出してゆく。
「行くよ!レイジングハート!」
その手には、デバイスモードに変化したレイジングハートが握られている。
迫り来る敵を迎え撃つべく、なのははレイジングハートを振りかぶった。
瞬間、なのはを中心に六つの赤い光弾が現れた。なのはの十八番、
『ディバインシューター』である。なのはは目標に狙いを定め、一気に放つ。
「シュートっ!」
気合と共に振り切った杖の勢いにあわせ、光弾が目標に殺到する。
直撃確実の軌道だ。だが、
「フリーダム」
『OK,Full burst,』
 刹那、閃光が空を覆い尽くした。

「え、えぇっ!?」
蒼い翼を広げた魔道師は、ディバインシューターを全弾打ち落として見せた。
なのはから見れば、何が起こったか分からない。魔道師の周りが光ったかと
思うと、赤い光弾は全て散らされていたのだ。さらに魔道師は、追い討ち
とばかりに猛烈な砲撃をなのはに向けて一斉に飛ばした。なのはは靴から
フライアーフィンを羽ばたかせ、猛撃をかわす。青白い閃光が次々と
迫ってくるのを、ぎりぎりのところで避け、徐々に後退してゆく。だが、
かわすのが精一杯で、あの魔道師の姿を捉えられない。
「ど、どこっ!?」
『 It approaches at a high speed. 』
なのはが戸惑っている隙をついて魔道師は、なのはの真上から光る剣を抜いて
飛び込んできた。すれ違い様に眼にも留まらぬ速さで剣を振るってすり抜ける。
なのはが気づいた時にはレイジングハートが真っ二つに斬られていた。
「えぇっ!?」
驚愕するなのは。だがその隙を見逃す相手ではなかった。真下へと抜けた
魔道師は、再びあの閃光の渦を放った。今度は避けられない。なのはは
その中の一発を腹にまともに受けて吹っ飛ばされた。
「あああぁっ!」
爆発の瞬間、リアクターバージしてダメージの相殺をはかったが、それでも
苛烈な衝撃がなのはを打ちのめした。意識が飛びそうになり、手から折られた
レイジングハートがすり落ちそうになる。そのままなのはは海面に向かって
真っ逆さまに落下していく。それでもと、折れたレイジングハートを自分を
見下ろす魔道師に向け、抵抗しようとする。だが、
「もう止めて」
こともなさ気に撃たれた一筋の光が、レイジングハートの中心部を砕いた。
愕然とするなのは。ショックで、頭がおかしくなりそうだった。
 壊れたのではない。‘死んだ’のだった。
「いやあぁぁぁっ!!」
レイジングハートの消失により、バリアジャケットが崩壊する。
フライアーフィンも失い、なのはを支えるものは無くなった。
海面に急降下してゆく少女の身体。その様子を淡々と、魔道師は
傍観していた。

「(私、こんなところで……)」
 家族の顔が浮かんだ。その次に友人の笑顔。傍らにいてくれた少年。
ともに戦ってくれた年上の男の子。魔道師としてのなのはの良き理解者
である彼の母。そして、フェイト。なのはの瞼を、目まぐるしく人々の
笑顔が駆け巡っていた。だけどもうその人たちにも会えない。絶対的絶望が、
なのはを襲った。
 そんな時、
『setup,Forcemode』
 青い影が空を舞った。

 気付いたら、誰かに助けられていた。その人の腕の中で、私は眼を覚ました。
「……誰?」
 だけどその人は答えてくれない。ただ‘赤い瞳’を空に向けて、怒っていた。
「くそっ、なんでこんな……」
凄く、怒っていた。その眼差しの先にはあの魔道師がいた。怖い。そう思った。
今まで、こんなに怖いと思ったことは無かった。でも、
「‘まだ殺し足りないのか!アンタは!’」
 この人の声を聞いていると、怖くなるより……悲しくなった……。

 交わった運命と運命。時空(とき)を超え、新たな戦いが刻まれる……