Seed-NANOHA_543氏_第02話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 18:30:14

 輝いて、死んでゆく星達。その中を、流星のように駆ける、自由の名を
持つ翼があった。

『それでも、護りたい世界があるんだぁ!!』
 僕は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。言葉じゃ勝てなかった。絶対に
勝てなかった。だから怖くなった。なら倒すしかないじゃないか。あの人は
僕の大切な人を殺した。僕を否定しようとした。嫌だ。僕は戦うことしか
出来ないんじゃない。戦わないといけないから戦った。それだけなんだ。
 思いもあった。力もあった。
 なのに……

 宇宙をただぷかりぷかりと浮かぶ僕の身体と心を、淡い光が包んでいった……

「キラ。私とアリシア、そしてあなたの幸せの為に……もう一度戦ってちょうだい」
 僕を助けてくれた人。僕を人として認めてくれた『僕の知らない人』。僕は
その人と、その人の家族の為に、戦うんだ。
「はい」
 『フリーダム』。君の名を、僕の新しい力に捧げるよ。

 外された世界。だけどそこには自由があった。笑顔があった。
 もっと笑っていて欲しい。この世界の中で。
 新たに手に入れたのは魔法の力。
 今度こそ、誰にも奪わせない。

 蒼い翼。
 金色の羽ばたき。
 ‘自由’を冠された天使の力。

 夕焼けに照らされた鳴海市海上にて、二人の魔道師が対峙していた。両者、ぴくりとも動かない。
先に口を開いたのは赤い瞳の少年―シン・アスカだった。
「アンタ……まだ殺そうっていうのか!」
眼をかっと開き、怒気を隠そうともしないシンの姿に、蒼い翼の魔道師―キラ・ヤマトは臆する。
「なにを、言ってるんだ君は!」
「さぁな!自分の胸に―」
シンは言うが早いか、剣型のデバイス―エクスカリバーを抜いてキラに斬りかかる。
「聞いてみろっ!」
神速の振りで下ろされたエクスカリバーが、キラの頭上を捉える。並みの魔道師ではとても避けれない
軌道だ。だがキラは、横にすり抜けるだけでそれをかわしてみせる。
「っこのぉ!!」
返す刀でキラを捉え、逆袈裟に切り上げる。キラはそれを、赤い光剣で止める。ぶつかり合い、
火花を散らしあう剣と剣。シンは押し切るようにキラに突進する。
「うおおぉぉっ!」
シンに浮力を与えている背中の青い魔法陣の輝きが増し、推力が跳ね上がる。鍔迫り合いしながら、
シンは海面に向かってキラを捕まえたまま落下していった。
「まさか!?」
キラが気づいた時にはもう遅い。海面すれすれでシンはエクスカリバーを横に払って、キラの光剣を
弾いてガードを外させた。がら空きになった胴体に、強烈な蹴りを叩き込む。そのままキラは海面に
叩きつけられて派手な水飛沫を上げて沈んでいった。
「はぁはぁ……これで」
シンは高度を取り直し、その様子を息を切らしながら見ていた。キラが浮上してこないのを確かめてから、
公園に寝かしておいた少女の下へと飛んでいった。

「う、うぅん……」
 なのはははっきりしない思考の中、眼を覚ました。白い天井が見える。何処かの病院らしかった。
特有の臭いがする。身体を起こしてみる。少し、節々が痛んだ。
「ここは」
ぼうっとする頭を振って、周りを見た。見覚えがある部屋だった。
「アースラ?」
「気がついた?なのは」
傍らには人間の姿をしたユーノがいた。どうやらここはアースラの病室らしい。懐かしい場所になのは
は安堵する。だが、安心すると同時に、言い様の無い喪失感が襲ってきた。
「ユーノ君。私……」
「レイジングハートのことだね……」
なのはとユーノは俯いた。なのはを今まで護り抜いてきた戦友―レイジングハートは謎の魔道師―キラの
攻撃で破壊されてしまった。強襲してきたあの魔道師の姿を思うと、忘れていた恐怖が再燃してきた。肩
を抱き、なのはは震えることしか出来なかった。そんななのはの辛そうな姿を見て、何も出来なかったユーノは
歯噛みした。
「大丈夫……。回収された破片から、レイジングハートは修復されているよ。でも……」
そこでユーノは言葉を切ってしまう。言うのが辛かった。けれど、言わなければならない。
「どうしたのユーノ君」
ユーノは意を決した。何にせよ、なのはが何れ知ることだった。躊躇いつつも、ユーノは決定的な事実を
告げた。
「修復されても……レイジングハートの記憶……なのはと一緒だった記憶は……修復出来ないだろうって……」
 なのはは自分の中で何か大切なものが粉々に砕け散るのを感じた。

 シンとの戦いに敗走したキラは、一先ず‘今の主’の元へと帰っていた。巨大な研究室の様なその部屋には、
何に使うか分からない器具や機材が沢山置かれており、その中心に人一人が丸々納まりそうな大きさの試験管が緑色の液体を湛えて安置されていた。
 その試験管を前に、キラと一人の魔道師がいた。
 彼女は‘魔女’だった。紫色の髪を艶やかに流した、妙齢の女性であった。
「そう。管理局の連中は現れなかったのね」
「すいません。例の彼女を追い詰めたんですが、邪魔が入りました」
「いいのよ。あなたが居てくれてさえいれば」
女性はキラの頭に手を置いた。愛しそうな手つきでその頭を撫でてやる。キラはされるがままだった。
「……今度こそ必ず、手に入れてみせます」
「焦らなくていいのよ。時間はたっぷりあるんだもの」
女性はそう言うと踵を返して部屋を後にした。残されたキラは切なげに試験管の中で今も眠る少女の残影
を想う。
「分かってるよアリシアちゃん。君をこのままにしやしないから」
キラは自らに与えられたデバイスを握り締めた。空恐ろしいまでの力。かつて、自らの翼となったMS、
フリーダムを思い起こさせた。だけど所詮それも『力だけ』だったのだろう。『世界の為に戦う』。
それはキラにとって、大きすぎる重石だった。『大切な人を護る』。それだけで十分だったのだ。それに
気づいた時、キラの本当に大切な人は炎に焼かれて果てた。目の前で、手を伸ばせば届くというのに。
だけど届かなかった。延々と続くジレンマが、キラの心を未だに焼いていた。
「だから今度こそ、護ってみせる。プレシアさんを。そしてアリシアちゃんを」

キラの持つデバイス、『アークシエル』はプレシア・テスタロッサが新たに製作していたインテリ
ジェントデバイスを、キラの意見を尊重して改良したデバイスである。元々は伝説のユニゾンデバイス
の研究の副産物で生まれた技術をインテリジェントデバイスに継ぎ込んだという些か反則的な経緯を
辿ったデバイスでもある。それをキラのスタイルに合わせて大幅に仕様変更を施したわけだからその
戦闘力は推して知るべきだろう。
「開発に‘二年'もかかってしまったけど……」
『どうしたんですかマスター』
キラの呟きに、アークシエルが反応した。優しい、恭しい口調で尋ねる。だがキラは顔を顰めると
きつく言い切った。
「君は僕に話しかけないでくれ。‘決意'が、鈍る」
『それは……』
「君は人間じゃないんだ。なのになんで……!」
『……すいませんマスター』
 自分でも理不尽だと分かっている。機械相手に憤ったって、無意味なんだ。だけど……。定まらない考え故に、
キラは深く苦悩し続ける。その苦痛を背負ったまま、キラは退出した。

『(大丈夫です。マスターは私がお守りします)』
 拒絶され、否定されても、機械である‘彼女'の決意は揺るがなかった。

「まさかレティの‘秘蔵っ子'があなただったなんてねぇ」
「はぁ……」
ここはアースラのブリッジ。艦長の座にあるのは年齢不詳の、失礼。青髪が美しい美女であった。そう美女。
「でも助かったわ。何故かこっちからじゃあ感知出来なかったんだもの。あなたが気付いて駆けつけてくれなきゃ、
なのはさんどうなってたか」
 美女―リンディ・ハラオウンはこよなく愛する飲み物である緑茶に、それを冒涜するかのようにミルクと砂糖を
入れながら、シンとの会話を楽しんでいた。なお、ミルクに砂糖とは、彼女の流儀であったりする。流儀なら
仕方が無い。半ば呆れながらもシンは突っ込みたくなるのを必死に抑えていた。
「(うわぁ凄い量)」
「ところでシン君だったかしら」
「は、はい!」
シンは慌てて姿勢を正した。リンディは微笑みながら、楽にしてと促すと、シンも少しだが姿勢を楽にした。
「あなた、アースラからも感知できないような反応を、どうして感じることが出来たのかしら」
アースラの探査能力は絶大である。特殊な結界でも張られない限り、そう簡単に誤魔化せるものではない。それを
掻い潜るような相手を、この少年一人が探り出すことが出来たというのは信じられなかった。
「ああそれは……」
シンは頬を掻きながら、言葉を選んで答える。
「元々僕は‘奴'を見つける為にレティさ、いえ、レティ提督の特命を受けて鳴海市にやって来ていたんです。
現地に最初からいたってのも強みでしたね。それと、あの男の‘気配'が、僕には分かるらしくて……」
「気配?」
「あ、はい。それはまあおいおい……」
シンは困った。正直、結構その辺りはレティ提督に口止めされていたりする。下手に喋ったらどんな‘お仕置き'が
待っているか……。
「ああ心配しないで。私もあなたが‘こちらの世界'の人間じゃないってことは知ってるから」
躊躇うシンの様子をリンディは勘違いしたらしく、少し見当外れなことを言ってしまった。シンはその真摯な様子に
引かれそうになるが、でもレティ提督も怖いからなぁとか思いながら、勝手に悶え苦しみだした。
「う、うごぉっ……」
「ど、どうかしたの?」
リンディが額に大きな汗を貼り付けてシンの奇行を見ていた時、唐突に通信が入った。
「艦長。レティ提督から通信です」
アースラの通信士にしてアースラの‘お姉さん'。エイミィがにこにこしながら言った。
「え、レティから?」
リンディの声が旧友の突然の連絡に少し弾んだ。
 ギクッ!シンの肩が跳ね上がった。それはもう思いっきり。
 来る。絶望が、来る。

「なんでも‘明日香 真'への通信らしいんですが」
シンはエイミィのにこにこが少し恨めしかった。レティの真実を、現実を知らない人間は何時もこうだった。
「え?‘明日香 真'?」
リンディはシンを見た。ブリッジに設置された転送機に向かって何故か抜き足差し足で向かっていた。
「シン君?‘明日香 真'って、あなたのことなんじゃない?」
シンの肩が、さらに大きく跳ね上がった。
「な、何言うんですか!僕の名前は‘シン・アスカ'。‘明日香 真'なんかじゃありませんにょ!断じて
違いますから!」
「(ありません‘にょ'って……)」
リンディはその様子を怪訝に見つつ、通信を開くかどうか悩んだ。だが遅かった。強引に通信に割り込みをかけたのか、
アースラのメインスクリーンにレティ提督のお顔がドアップで表示された。
 かなり、起こっている様子だった。
「(逃げろ!唯一の生存の道に逃げるんだ!)」
シンは生存の道に駆け出した。だが後ろから言い知れぬ殺気を感じ、脚が動かない。悲しいかな。シンの脚は
レティに従順だった。生存の道は、あえなく閉ざされた。
「アスカ……」
地獄の声が響いた。シンだけでなく、リンディ達アースラクルーも震え上がらせるデスボイス。レティの声の
破壊力は絶大だった。親友であるリンディですら、こんなレティは見たことが無かった。
「あんた、今逃げようとしたでしょう」
「いえ、滅相もございま―」
「嘘吐きは私、嫌いなんだけど」
「……はい逃げました」
「へぇ、私から逃げようとしたのね。ずっと養ってあげて、あまつさえ手取り足取り指導してあげたこの私から、逃げようとしたのね」
「いえ、あれは不可抗力と言うか抗えぬ運命と言うかですね―」
「黙りなさい」
「……はい」
勝手に二人だけの世界(甘い意味は無い。むしろ、グロい)に入ってしまったシンとレティ。慌ててリンディは
シンにフォローを入れる。
「あ、あのレティ?一体なんでそんなに怒ってるの?」
「あら、リンディ。あなたには関係の無いことよ」
リンディは絶句した。まさかレティから関係の無いことなどと言われるとは思わなかった。だが付き合いの長い
リンディは、それ程にレティを怒らせることをシンがしたのか、ならば何をしたのだろうという方向で考えを
巡らした。

「シン。私ね、何事も限度ってものがあると思うの」
「はい。その通りです」
「ならさ、まだまだ調整の済んでないエクスカリバー、結界の外で使ったりする?」
「いえしません」
「あんたってば私の命令無視していきなり戦ったわよね。あなた、正規の職員でも無いし民間協力者でも
無いのよ。言うなれば見習い。言い方を変えると下っ端。分かる?」
「分かります」
「あんた、あそこでヤツが落ちてくれなかったら、ケルベロスまで使う気だったでしょ」
「いえ、流石にあれは使いま―」
「使う気だったでしょ」
「……はい」
リンディは、何となく話が読めてきた。
「ああ、二人とも良いかしら」
「何よ」
レティは不服そうだったがシンへの追求を止めた。リンディはここまで感情むき出しのレティを見るのは始めただった。
「話の流れからすると、シン君はレティの命令でここに来たのよね」
「はい……」
シンはまだレティの絶対零度の恐怖に怯えていたが、何とか首肯した。そんな様子を不憫に思いながらも
リンディは話を続ける。
「その命令って詳しくは?」
「あの魔道師の監視よ」
シンが答えなかったのでスクリーンのレティが答えた。
「あの魔道師、少し前からミッドチルダ界隈を騒がしてたのよ。一度時空管理局本部付近にまでやってきたような
ヤツなの。その時もシンが真っ先に気付いてくれたから助かったけど。何故か管理局の網にも引っ掛からないのよ。
お陰でアイツ相手にはシンに頼りっぱなし。腹立たしいったらありゃしないわ」
「そ、そうだったの」
レティはシンとの会話でまだ熱が冷め切っていないのか、何時ものクールビューティとしたところが全く無かった。
リンディは彼女の意外な一面を垣間見た気がした。

「でもね、シンは確かに私の‘秘蔵っ子'だけど、まだ正規の職員じゃないの。
立ち位置も中途半端だから、民間協力者って訳にも行かないし。身分だって私が
あの手この手で作り出したのよ」
「だからって‘明日香 真'はないんじゃ……」
「シン、あんたは黙ってて」
「はい」
ところどころで挟まれる、レティとシンの地のやり取りに閉口しつつ、リンディには大体の話が読めてきていた。
「要するに、シン君じゃないとあの相手を見つけることは出来ない。そういうことなの?」
「信じられないけどそういうことなのよ。シン自身、何で自分がアイツを感じれるのか、分からないらしいし。
管理局としてはシンの感覚に頼らざる終えなかったの。だけど……」
そこでレティは言葉を切り、シンを睨んだ。シンは蛇に睨まれた蛙のように小さくなって固まった。
「見つけ次第、こちらに連絡入れてって言ったわよね」
「はい……」
「まだあんたのデバイスは調整終わってないんだから、戦っちゃダメって言ってたのにねぇ」
「はい……」
リンディはやっと察しがついた。シンはどうやらこの厄介な提督の命令に背きに背きまくったらしい。何となく
そんな無茶なところがなのは達に似ているなと思いつつ、リンディはシンに助け舟を出してやった。
「でもレティ。シン君がやってくれなきゃ、なのはさんはどうなっていたか。今回は良かったんじゃない?」
「まあねぇ。でももうシン一人だけじゃやれることにも限りがあるのよ。大体が、今回の戦闘でもう十回目よ。
その度にシンの魔力が切れて逃げられちゃう始末だし。三回目なんてあんた、やられてたのよ。あの時どれだけ
私が心配したか……」
「はあ、なるほどね」
リンディは納得した。命令のこともさることながら、シンに対する親心のようなものもあったのだろう。
けれどシンはそのことに気付いていないらしく、ただ小さくなるばかり。何となくこの二人の掛け合いが
ずれているとリンディは感じた。
「でもシン、今回は許してあげるわ。あんたが戦ってくれたお陰で、やっとあの魔道師の特徴が分かってきたから」
レティの言葉に、シンは急に元気を取り戻した。あの魔道師を倒すきっかけが得られるかもしれないのだ。
リンディも、先程までの会話は置いて、指揮官としての顔を見せた。
「それで、あの魔道師の特徴というのは?」
「まあ分かったところで面白くも何とも無いんだけどね……」
レティはそう前置きをして、口を開いた。

「結論から言うわ。あの魔道師とは戦わないで」
 レティから語られたのは、‘限りなく厳しい壁'の存在だった

シンはこちらの世界に飛ばされて、巡り巡ってレティの下に引き取られた。シンがレティの下にやってくる
までには色々と波乱万丈な激動の攻防が繰り広げられたりしたのだが、それはまたの機会としておこう。
 ともかくその後が大変だった。レティは異世界の住人であったシンに、大きな才能を見出すと、自らの手で
一流の魔道師にするべく鍛え上げだした。管理局ですら見つけられない時空からやってきた人間を、提督である
レティがそこまでするというのに反対の意見も上がった。事実、他の訓練生とは軋轢が耐えなかったという。
そんな中でシンは魔道師としての力を開花させていったのだった。だが、
「力はともかく、あんた本当に頭無いわね」
「すいません」
 戦術論というのがシンには全く無かった。訓練中も半ば、暴れまわるように他者を吹き飛ばしていったのだが、
いざ団体戦になってみると持ち前の血の気の多さと後先考えずに突っ込む性格が空回りし、全然話しにならなかった。
なので試験に落ちも落ち、彼は管理局職員になれなかった。まだ割りと簡単な(それでも大変である)
嘱託魔道師にすらなれなかったことを考えると、相当なものである。なのでシンはレティの‘養子'という立場以外、
何の肩書きも持たないただの‘民間人'ということになった。のだが、
「あんた、腕は確かなんでしょ。そう落ち込むことないわよ」
「別に落ち込んじゃいませんよ」
「その腕、私が買ってあげる」
「へ?」
 それが全ての始まりだった。レティは手続きも無しにシンを非合法で使うことにした。管理局の人間として、
何の立場も持たず、民間人としての立場も危うい。そんな人間を民間協力者とは到底呼べないが、それでもまあ
協力者であるところの彼。というよく分からないにも程がある立場。
 『特命魔道師只の馬鹿野郎』の誕生であった。ちなみに只の馬鹿野郎とはレティの言葉である。さらにそこから
シンの‘持ち物'を固める為にレティは奔走した。開発中でその‘性格'から、放棄されていたインテリジェントデバイス、
『フォース・インパルス』を強引に開発を再開させ、シン用に完成させたり。さらにはそれに付随させる形で
ストレージデバイス、『エクスカリバー』と『ケルベロス』を完成させた(この開発経緯にも恐ろしい激闘
があった)。それを受け、シンは早速それらのデバイスを使いこなすための特訓が開始されたのだが、
「まさか一度に全部使って魔力使い果たす馬鹿が本当にいたとはね」
「ぜぇぜぇ……」
 ともかくこうして、魔道師シン・アスカは誕生した。明日香 真というのも、シンが向かう先、地球の日本での
生活をより良くする為の偽名だったりするのだが、理解力が少し足りないシンには、ただレティが遊んでいるだけと
勘違いされている辺り、かみ合ってなかった……。

アースラの休憩室にて、シンはエイミィと談笑していた。これから暫くお世話になる艦のことを、少しでも
知っておきたいということもあった。
「へぇ。じゃあシン君は艦長とは顔見知りだったんだ」
「ええ。僕がこっちの世界に来た折に、お世話になったんです」
 シンは思い返す。いやぁアレはお世話になったとかそんなレベルではなかった。とシンは改めて思った。
 こちらの世界に渡って初めてのころは右も左も分からない。それに家族を失った苦しみの所為で情緒不安定
になりがちだったシンをリンディは優しく接してくれた。今思うと結構酷いことも言った気もする。だけど
それでもリンディは嫌な顔せず、シンに接していたのだった。そのことが、シンにリンディに対する忠義にも
似た感情を抱かせていた。ちなみにレティに対しては畏怖と服従に近かったりする。何にせよ、今のシンが
あるのはそれぞれ違う優しさを持った大人の女性のお陰だった。
「じゃあクロノ君とは?」
「クロノ君とは……訓練生時代にお世話になりました」
シンの中に過去の恐怖が蘇ってきた。知らず知らずのうちに身体が震えだす。止めろ、止まれ俺の震え!と
自分に訴えてみるが止まらなかった。エイミィはシンの様子を見て、どうやら踏んではいけない地雷を
踏んでしまったようだと気の毒に思った。
「クロノのヤツ……包囲して一斉射は無いだろう……」
憑かれたように小声でぶつくさ言うシンの姿に、エイミィは一抹の不安を抱いた。

『いい加減にしろ。貴様の奇行を前にして、ご婦人が驚かれておるぞ』
 ふと、声がした。エイミィはぎょっとして振り返ってみた。しかし誰もいない。それに、その声は前から
聞こえた気がする。エイミィは前を見た。当たり前だがシンしかいなかった。シンは呆れたように溜息を
吐いて、右手に付けた鳥の羽を模したブレスレットを突っついた。するとそのブレスレットは不服そうに
喋った。
『何をする』
「人前ではあまり喋るなって言っただろ。お前、珍しいから目立つんだから」
ブレスレットが喋る。それは普通である。何しろインテリジェントデバイス、『フォース・インパルス』の
スタンバイモードなのだから。だが、
「えと、シン君。それって……」
「一応、インテリジェントデバイスです」
『一応とは失敬な。ここまで優れたインテリジェントデバイスは、この世には他に無いぞ』
 『インテリジェントデバイス』は、人格を持っているというのが最大の特徴である。使用者との対話も
可能だし、個々によってかなりその性格は変わってくる。のだが、
「普通、インテリジェントデバイスはそんなに口が達者じゃ無いって」
 通常、インテリジェントデバイスは英語で意志を伝える。使用者には直接その意志が伝わるので、言語を
選ぶ必要は無いのだが、フォース・インパルスはシンに合わせ、‘日本語で喋っている'。シンにだけでなく、
エイミィにも日本語として伝わるのだからその言語能力は本物だった。

『痴れ者が。それこそ私が優れたデバイスである証拠だろう』
しかもやたらと偉そうである。シンは呆れ果てた様子で首を振った。
「優れたデバイスって……。言わせてもらうが、お前ほど使いにくいデバイスは他に無いと思うぞ。空飛ぶ以外に
機能が無いなんて、一体なんなんだお前」
『その分、空戦能力は随一だろうが。案ずるな。私を使う限り、貴様は制空権を握っているといっても過言ではない』
「確かにお前が空飛ぶには優れてるってのは認めるけどさ。エクスカリバーとか使わないと戦闘出来ないっていう
根本的欠陥にはどう言い訳するんだ?」
『ふっ。大した問題ではない』
「いや、問題だから」
勝手に盛り上がってる二人(?)を前に、エイミィは言葉を失っていた。とにかく喋るのである。デバイスの方が。
「あ、あの……シン君。この子って……」
「くどいようですが……一応インテリジェントデバイスです」
『ご婦人、私はれっきとしたインテリジェントデバイスである。こやつに騙されぬ様、注意するのだ』
 さよう。フォース・インパルスはれっきとしたインテリジェントデバイスである。のだが、何故か極度に
発達した人間性を持ち、他のデバイスとは全く違う理念を持つ。普通のデバイスが極端な話、マスターに
従順であるようになっているのに対し、フォース・インパルスは‘マスターを強くする'という基本理念の
元に成り立っている。その‘強くする'という選択の中には、当然のようにスパルタという古典的な選択が
入っていたりする。つまり、
「訓練中にいきなり全開で相手に突っ込まされたり……」
「うわぁ……」
「いきなりプロテクションを消したり……」
「いやぁ……」
『他にはわざと重いバリアジャケットを着せたりしてだな』
「酷い……」
エイミィはシンに心の底から同情した。下手をすれば、命に関わるやり方だった。
「クロノとの模擬戦で、いきなりプロテクション消された時は本気で死ぬと思ったよ」
『あの小童のブレイズキャノンの前にあえなく下される貴様の醜態は見物だったわ』
容赦がなさすぎるとエイミィはジト眼でフォース・インパルスを見た。意に介した様子も無く、フォース・インパルスは
笑い続けていた。
「終いには起動しなかったときもあるんですよ。だから起動の時だけは
強引に強制稼働させてます」
「本当に酷いね、この子」
『何を言うかご婦人。私ほど優れたデバイスはこの世に存在せぬ』
 エイミィは返す言葉が見つからなかった。

 意識を取り戻したなのははベッドの上で膝を抱えていた。
 レイジングハートの破壊。それは彼女にとって、友の死と等しかった。そして友を殺めた魔道師に
対する言い知れぬ恐怖が、なのはの心を蝕んでいた。今まで戦ってきて、怖いと思ったことはあまり
無かった。レイジングハートと、仲間と一緒で居られれば、不思議と恐れは無く、自然と勇気が湧いてきた。
けれど今は叩きのめされ、立ち上がる気力さえ奪われてしまった。もはや傷つけられ、震えることしか
出来なかった。そんななのはの姿を、ユーノは直視することが出来なかった。
 だが、

 運命は彼女に眠ることを許さない。
 再臨の刻はもうすぐそこまで来ていたのだった……

『……my master.』
 そう。すぐそばまで……