Seed-NANOHA_543氏_第03話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 18:31:09

突きつけられた現実。それはあまりにも厳しくて……。

 しかし少女の復活を待たず、事件は動き出す。

 『stand by ready.set up.』

 時空管理局本部。時空管理局の中心にして、発見されている世界、全てを監視する監視網。
その一室―レティーの提督室に二人の少女が居た。
 フェイト・テスタロッサとその使い魔のアルフである。フェイトはいきなりの大物との
対面に緊張して俯いていた。まあ無理も無い。形式上のものとはいえ、自分は今から裁判を
受ける身なのだ。例え信用できる人の知り合いと言えども、提督という身分ともなると警戒
してしまう。フェイトのそんな様子を、レティは存外に優しい笑顔で迎えた。
「フェイト、テスタロッサさんね」
「は、はい」
「私はレティ・ロウラン。あなたのよく知ってる、リンディ提督と同じ、時空管理局提督よ」
「はぁ……」
レティは小さく苦笑した。正直、ファーストコンタクトとしては芳しくなかった。フェイトの
隣に凛と立つ使い魔―アルフなどはあからさまに警戒している。フェイトに何かしたら承知しないよ。
という雰囲気がひしひしと伝わってくるのだから苦しいったらありゃしなかった。ともかく、
そんな泣き言を言ってはいられない。事態は急を要する。さっさと話を進めねばならないのだった。
レティは気分を仕切りなおし、提督としての顔を前に出した。そうすれば不思議とフェイトの
戸惑いもアルフの威圧感も感じなくなる。
「……単刀直入に言うわ。まだ裁判前のあなた達を動かすのはこちら側としても
リスクが大きいのだけど。今はあなた達しか信用できる人がいないの。だから頼むわ」
フェイトとアルフは顔を見合わせた。レティの要求に、検討がつかなかった。
しかしレティの要請は二人の予想の斜め上をいっていた。
「至急、アースラに向かって欲しいの」

 ところ変わってアースラ艦内のトレーニングルーム。そこに二人の魔道師が己のデバイスを起動させて
立っていた。
「シン。久しぶりだな」
「クロノ君こそお元気で何より」
言い合って、どちらからともなく握手する。だが中々その手を離さない。徐々に赤くなってゆく二人の顔。
随分と必死そうだ。握り合った手がぶるぶると震えていた。見学しているエイミィは、二人の間に何か大きな
確執があるのではないかと不安になった。実際、確執というほどのものではない。昔の因縁というヤツである。
「……さてシン。僕に吹っ飛ばされた後、君はどれ位成長したのかな?」
「さぁてね。まあ君に負けないように血反吐吐いたのはまだ覚えてるよ」
言い合う二人の様子を呆れたように見ていたエイミィは、飽きたのか、溜息を吐いて部屋を後にした。後ろから
二人が魔法をぶつけ合う音が聞こえたが気にしない。どうせやるとは思っていたからだ。
「もう……レイジングハートの修理もまだだっていうのに……」
キラによって破壊されたレイジングハートは、僅かな破片を回収し、それを元に修復が進められていた。しかし、
ある意味でもっとも大事な部分―記憶中枢のようなものへのダメージが大きく、その修復は困難と思われていた。
エイミィも、ばらばらになったレイジングハートを目の辺りにし、大きな衝撃を受けた。現在は回収された
パーツを管理局本部のメンテナンスルームに送って、修理してもらっているということなのだが。
「どうなっちゃうのかな。なのはちゃんとレイジングハート」
 その頃、薄れゆく意識の中、レイジングハートが大きな決断を下していたことを、エイミィも誰も知らない。 

 ブリッジでは、魔道師キラとの戦闘に備え、その能力の検証が始められていた。レティからもたらされた
極僅かな情報を元に、リンディ達は対策を練っていた。
「とにかく……この機動力と火力が厄介なのよね」
 スクリーンに映し出される映像を見て、リンディは溜息を吐いた。こんな挙動をする魔道師を、彼女を含め、
アースラクルーは今まで見たことが無かった。とにかく無茶苦茶にも程がある動きであった。人間の身体の限界を
全く考慮していない。しかし現にキラは、そんな機動を平気で行っていた。リンディが今まで会った中で、もっとも
機動力に優れた魔道師は、フェイト・テスタロッサであった。しかし彼女の力を以ってしても、この魔道師に
着いて行けるかは疑問であった。
 さらに火力の面。キラの魔法は全て、シールド貫通力が異常だった。いや、貫通というのも生ぬるい。
 完全な破壊である。なのはの強固なプロテクションを、苦も無く破壊するその破壊力は、通常の魔法とは
一線を画していた。レティが戦うなと言ったのも、それが大きな要因だった。
 詰まる所、現状ではキラを止める術は無いということだった。攻撃を当てるのもままならず、さらには
こちらの防御を無視する力。一対一で勝てる相手ではなかった。
「確かこの子、シン君はキラって呼んでたわよね」
リンディが呟く。リンディは疑問に思っていた。何故、シンはあそこまでこのキラという魔道師に詳しいのだろう。
何故、シンだけがキラを探知することが出来るのだろう。疑問は尽きないが、まず、対応策が無いというのが
辛かった。たった一人の魔道師相手に、管理局が手も足も出ないとは、信じたくなかった。
「どうしたものかしら……」

 クロノとシンの模擬戦の見学をあっさり切り上げたエイミィはレイジングハートの修理の状況を知るため、
メンテナンスルームに直接通信を入れていた。
「うぃい、マリー。調子はどうかな?」
「あ、エイミィさん。お久しぶりです」
 マリーはレティの部下の一人で、主にデバイスのメンテナンスを担当している職員だ。今回、レイジングハートの
修理を担当したのも彼女だった。
「で、レイジングハートのことなんだけど……」
「あっ……」
急に空気が重くなった。エイミィは聞いたことを少し後悔した。
「そうか……。やっぱりあの子、修理できなかったんだ」
エイミィは最悪の結果を予想した。傷付いたなのはにはレイジングハートが必要と思ったのだが、こんなことに
なってしまえば、どう彼女に言えばいいのだろう。エイミィの気持ちが深く沈んでいった。だが、
「修理は……出来ました」
「へっ!?」
 エイミィは顔を上げた。そしてモニターに抱きついて頬擦りしだした。
「もぉっ!さっすがマリーちゃん!ありがと~!」
感極まって、モニターに移る相手に頬擦り始めてしまったエイミィにマリーは一瞬退いてしまったが、まあ
この反応も当然と言えば当然と思いなおす。しかし、マリーはエイミィのそんな喜んだ顔を見れば見るほど
至らなかった自分に歯がゆくなった。まだエイミィに伝えていないことがあった。絶対に伝えておかねばならない
ことを。
「あ、あの、エイミィさん」
「ん?何々?」
「実は、一つお話が……」

「要するに、3対1ぐらいで相手をするのが丁度良いってことか」
「ああ」
 突発的に勃発したクロノとシンの模擬戦は、引き分けという形で幕を下ろした。お互い、かなりの高速戦闘の中、
それぞれブレイズキャノンとケルベロスを撃ち合い、派手に吹っ飛んだ末のはっきりしない決着だった。その時の
名残か、二人の顔には幾らか擦り傷があった。
「二人がキラの捕縛に回って、攻めるのは一人。それぐらいが丁度いいはずだ」
「そうは言うが、あの弾幕の中をどう抜ける。僕も見せてもらったが、あれだけの魔法の中を掻い潜れる魔道師は
限られてくるぞ」
「そうなんだよなぁ……」
シンは頭を掻いた。とにかくキラの魔法の質と量は異常なのである。シン自身、十回戦って優勢だったのは先の
海での小競り合いだけだった。
「近付こうにも近付き難いし、近付いてもあのスピードで下がられるし……」
シンにとって一番良いのは押し切りの戦法だった。海で試してみたが、意外とキラは接近戦での力のぶつけ合い
に弱い傾向にあった。それに言葉による簡単な揺さぶりにも弱かった。あれだけの魔道師なのにあの精神的な弱さ。
シンには何か引っ掛かったが、まあそれはよい。それよりも、何故あの時自分は『また殺すのか!』と言ったのか。
戦闘中、無意識に飛び出した言葉だったが、妙に引っ掛かる。そもそも、あの姿を見る度に脳裏を掠めるC.Eの記憶。
キラという存在が、シンを刺激して止まないのはそのためだった。しばしの沈黙。シンは自分を貫く違和感の正体に
思いを馳せた。

 時空の狭間を航行しているアースラの影に張り付く蒼い光が、アースラの艦内へ消えた。

それから数分も立たないうちに、アースラの全警報が何者かの侵入を告げた。

「クロノ、シン君!至急アースラの居住区に向かって!」
珍しくリンディが声を荒げていた。その様子に、ただ事ではないとシンとクロノは悟った。
 ‘ヤツ'が、来た。

 なのはは未だに暗闇の中に居た。レイジングハートの喪失が、なのはをそこまで追い詰めていた。ユーノは
そんななのはにずっと付き添っていたが、突然の警戒警報に、いてもたってもいられなくなった。立ち上がり、
眠るなのはにそっと布団をかけてやる。今は行くしかなかった。
「僕なんかに何が出来るか分からないけど……行ってくるよ」

 居住区に突如として現れたキラは、迎撃するべく現れた武装局員を前に、バリアジャケットも纏わず立っていた。
キラの能力を十分承知している局員達は、距離を空け、様子を窺っていた。
「退いてください。あなた達と、戦うつもりはありません」
あからさまな挑発、と受け取られかねない言葉を、キラは本気で言った。キラは最初から、このアースラにいる
どんな魔道師も相手にしていなかった。他者を寄せ付けない力。それを得る為に、キラは‘甘んじて'、アークシエルを
手にしているのだ。人間性を持った武器など、使いたくなかった。アークシエルが話しかけてくるだけで、
全てが狂ってしまいそうだった。だが、それでも今のキラにはアークシエルの‘力'が必要だった。
 ‘強いから使う'。ただそれだけだった。
「くっ、ふざけるな!」
局員は、ただ無言で歩み寄るキラに慄いていた。デバイスも出していない今のキラだが、それでもその威圧感が
辺りを戦慄させていた。
「これ以上、近付くな!こちらは貴様を排除する権限を持っている!」
実際は確保を優先するべきなのだが、キラの発するオーラに当てられた局員全員が浮き足立っていた。キラは
冷たい眼差しで一瞥すると、歩を少しだけ速めて迫る。
「ちぃっ!撃て!撃てぇっ!」
アースラ艦内で使われる強力な砲撃魔法。限られた空間の中を、眩い閃光がキラに向かって殺到する。瞬間、
キラを蒼い光が包んだ。
 キラのデバイス、アークシエルが自らの意志で張った強力なプロテクションだった。その壁を前に、放たれた
全ての砲撃魔法がキラの目の前で停止する。キラは命令も何も下していない。アークシエルの力の前に、正規職員の
力が屈したのだ。愕然とする職員達。キラは表情一つ変えない。
『この人に……』
澄んだ女性の声。アークシエルの声だった。しかしその声は今は苦痛に歪んでいた。
『手を出さないでくださいっ!』
そのままの威力で返されてゆく砲撃魔法。それらが全て、バリケードを組んでいた職員達の手前で炸裂した。
衝撃に弾き飛ばされる職員達。アースラを響かせる悲鳴と爆音。倒れ伏す彼らの中を、キラは鬼神の如く進んでいった。
『大丈夫ですか。お怪我は?』
キラの身を案じたアークシエルが語りかけた。
「何とも無いから黙っていてくれ」
だがそんな彼女の心遣いも、今のキラには届かない。アークシエルはそこまで無下にされても何も言わなかった。
『……お怪我が無ければ、それで良いのです』

ゆっくりと進むキラの前に、再び魔道師が立ち塞がった。シンとクロノである。
「君がキラ・ヤマトか。今ならまだ弁護の機会がある。大人しく投降しろ」
クロノが言った。もっとも、今のキラが投降しないことぐらい、クロノも分かっていた。絶対に退かない。キラの
姿勢が無言の内に語っていた。シンはまたあのムシャクシャする衝動に駆られた。だがそれを抑えつけて何とか
だんまりを決め込む。このままだと、クロノの作戦を無視して突っ込んでしまいそうだった。
「そこを退いて下さい。リンディ提督に話があります」
リンディの名前を出され、クロノの眉が吊り上がった。シンはクロノの様子を見て、交渉人の代わりを引き受けることにした。
「キラ。ここからは絶対に通さない。リンディ提督の前には絶対に通さない!」
元からここで引き下がる相手ならこうも難しくは無い。ただ相手の出方を窺う時間が欲しいだけだった。
「(シン。キラはまだデバイスを起動させていない。何故だ?)」
「(知るかよ。俺達を油断させるつもりかもしれないが、もう先のバリケード突破されてる時点で油断も何も
あったもんじゃないよ。多分、俺と同じ理由だと思う)」
クロノとシンは念話で会話していた。
 シンはアークシエルは狭い空間ではその性能を発揮できないどころか羽根が邪魔になって動き難い。だから
起動させていないのだろうと考えた。何度かの戦闘で、シンはキラが極度に空中戦を好むことに気付いた。
自分自身も空戦主体だから気にしていなかったが、確かに艦内では動き難いだろう。逆に言えば、シン自身も
この空間内ではフォース・インパルスの機動力を活かしきれないということになる。シンは考えた。この状況で
どうすればキラを退けることができるかを。だがキラは、攻めあぐねるシンとクロノを無視するかのように再び
歩き出した。
「どうやら止まる気は無いようだな」
クロノの低く殺した声が響いた。その声に会わせるように、シンはフォース・インパルスとエクスカリバーを起動させた。
『setup.』
『どうやら私の力が必要になったらしいな』
起動して早々、早速軽口を叩くフォース・インパルスを無視して、シンはクロノの前に出た。
「クロノ。俺がヤツの動きを鈍らせる。隙が出来たら俺に構わず大きな一発ぶちかませ」
「ちょ、ちょっと待て。君を無視してってどういうことだ」
「どうせあいつには甘い攻撃は通らないさ。俺が撹乱しているうちに当てるしかない」
シンはそう言うと、キラに飛び掛っていった。仕方なくシンの作戦に乗るクロノ。ストレージデバイス、『S2U』を
起動させ、砲撃の準備をする。
「シン、無理はするな!」
「言ってる場合かよ!」

シンはエクスカリバーを大上段から振り下ろした。キラはすり抜けるように鮮やかな挙動でそれをかわす。魔法を
使ったのか、存外に機敏な動きだった。デバイスを起動させずとも、その機動力はかなりのものらしい。シンは
舌打ちすると、強引に機動を変え、エクスカリバーを後ろに回りこんだキラに向かって振り切った。殺さず、捕縛する
為に、エクスカリバーの腹で殴るように振った。キラはそれを、突然出した光剣で受け止めた。その形はかつて
C.Eでキラが振るっていた凶刃、『ラケルタ』に酷似していた。鍔迫り合う二人の魔道師。パワーではややシンが
圧していた。それをすぐに理解したキラは、鍔迫り合いを解き、シンを自らの懐に招き入れた。
「なっ!」
驚くシンの鳩尾に、強烈な膝蹴りをかまし、吹っ飛ばす。シンは何とか踏鞴を踏んで耐えた。口から鉄の味がするが、
泣き言は言ってられない。シンがキラの動きを殺すのを、クロノがまだかまだかと待っているのだった。すぐさま自分に
渇をいれ、キラに再び迫り寄る。キラは刺突の構えをとっていた。狙うは一つ。シンの握るエクスカリバー。
シンが踏み込んでくるのと同時に、キラも素早く突きを放った。踏み込みはキラのほうが強く、速かった。
「おっと!」
シンは身体を僅かに逸らし、キラの突きの軌道から身体を外した。すり抜け様にキラに当て身を入れる。無論、
その程度でキラは揺るがない。距離をとりつつ、ラケルタを逆手に構えてシンの次の攻撃を待ち構える。
 キラと間合いを取り、注意を完全に引き付けつつ、自らはクロノが撃つであろう砲撃の圏外に出ようとする。
シンにしては恐ろしいほどに冷静な対応だった。いける。シンの中で勝利の可能性が出来上がりつつあった。
「(後は、どうやってキラにクロノの砲撃を当てるかだ)」
冷静に、出来る限り冷静に分析する。キラの機動力は高い。だが、ここでは何時もほどではない。それは自分も
同じだが、キラが全力を出せないということが大きなカードだった。キラは艦内へのダメージを極力避けるため、
自分から砲撃魔法は使わない。敵ながら、こちらの艦を気にしてくれるとはありがたい。シンはそんなことを
思う自分を哂った。だが、そんなキラの中途半端な甘さを吐き捨てたくもなる。またそういう変な甘さを戦場に持ち出して―
「(また?)」
シンははっとした。そもそもまたとはどういうことなのだろうか。自分は、キラの何を知っている?こちらの世界で
出会った、敵である魔道師。ただそれだけのはずだ。なのになんだろうこの不快感は。ただの敵には到底向ける必要の無い
憎しみが、何処からか沸々と湧いてくる。そんな躊躇いが、シンの動きを止めた。そこを見逃すキラではない。
一気に距離を詰め、ラケルタを振り上げた。

「シン、退け!」
クロノの叫びが、シンを思考の渦から解き放った。ともかく今はやるべきことをやる。シンは決断した。
 もしかしたら艦内を傷つけてしまうかもしれないが、多少の損傷は仕方が無い。始末書の一つだろうが何だろうが書いてやる。
「―!」
シンはエクスカリバーを捨てると、瞬時にケルベロスを起動させた。シンの耳に付けられた三角錐形のイヤリングが輝き、
シンを護るように前面に緑の魔法陣が現れる。迫りくるキラを迎え撃つべく、シンの魔力を火薬庫とした一斉射撃が
牙を剥く。
「うおおぉぉぉっ!」
魔法陣から放たれる無数の赤い流星。シンのストレージデバイス、ケルベロスによって増幅された魔力を小型の
魔力弾にして放つ、『ファイヤービー』である。怒涛の勢いで放たれた赤い弾丸が、キラを襲う。
「う、わっ!」
キラはプロテクションを展開してそれを受け止める。武装職員達の一斉射撃を受け止めたアークシエルのプロテクションだったが、
しかし、何故か今のキラにはその時ほどの力が発揮できていない。シンの勢いに圧され、反撃することもできない。
どころか身動き一つとれない。戸惑うキラに、追い討ちをかけるかのようにクロノが非殺傷設定にした状態で、
渾身の一撃を放った。
『ブレイズキャノン』
青白い光芒が、キラに向かって飛んだ。キラはシンのファイヤービーを止めるだけで精一杯だ。クロノの相手までは
出来ない。緊迫するキラ。自分達の勝利を確信したシン達。だが、キラは‘彼女'には見放されていなかった。
『手を出すなと……』
 声が聴こえた。女の子の声だった。シンは怪訝に思ったが、次の瞬間そうも言っていられなくなった。
『言ってるんです!』
 キラの身体を護るようにして、蒼い光が輝いた。その輝きが、シンのファイヤービーを、クロノのブレイズキャノンを押し戻した。
「「なにっ!?」」
シンとクロノが気づいた時、視界は光に奪われていた……。

「ぐっ……」
崩れた壁に寄りかかって何とか身を立たせているシンは、自分の前を悠然と歩いて行くキラを追いかけることが出来なかった。
身体が少しも動かない。跳ね返されたファイヤービーの直撃を受け、シンの身体は悲鳴を上げていた。
「く、そ……」
返されたブレイズキャノンの直撃を受け、クロノは倒れ伏していた。胸に痛烈な痛みが走った。歩き去るキラの
脚に、手を伸ばすが届かない。二人の魔道師を下し、歩き去るキラ。その姿を、二人は見ていることしか出来なかった。
「(シン……動けるか?)」
「(冗談……言うなよ)」
 薄れゆく意識の中、シンはこの世界に来て最初にあった人のことを思い出していた……。

 
二人を蹴散らしたキラは、しかし空虚な眼差しで、アースラの艦内を歩いていた。残された武装職員達が
決死の想いでキラを止めようと立ち塞がる。
『大丈夫ですか。お怪我は?』
 だが、
「ないよ……。何とも無い」
 キラに触れることなく、‘アークシエル'が全ての攻撃を止めてしまう。
『私が非力なばかりに……あなたを危険な目に合わせてしまう』
 あらゆる攻撃が、彼には通らない。
「……」
 アークシエルの力は正にキラの求めた力そのもの。
「……僕は」
 なのに何だというのだろうこの虚しさは。誰にも脅かされない、誰も‘自分を否定したり出来ない'力。
現に今も、アークシエルは主人であるキラを護る為に、その力を行使し続けている。
『あなた達に、邪魔はさせない!』
 プレシアの願いを叶える為の、絶対的な力。
『私が、マスターを!護る!』
 それを行使するのに躊躇いは無かった。自分は自分の、‘今やりたいことをしている'。それなのにこの空虚さだけが
胸に残る。
 

 戦争を止める。それはやらねばならないことだった。そうしなければ、世界はさらに歪んで崩壊の道を辿っていただろう。
 そして大切な人を護る為に戦った。自分が戦って、勝って、戦争を終わらせれば彼女も救われると。苦しまなくて済むと、
本気で考えていた。
 自分に力を与えてくれたラクス。感謝している。それが無ければ戦えなかった。
 自分に戦う意味、大義を与えてくれたラクス。感謝している。それが無ければ戦えなかった。
 自分を愛していると言ってくれたラクス。……それに答えた。だが、

 その結果がこれか。戦い、仮面の狂気に存在を否定され、否定し返した結末に、キラは愕然とした。なら何故ここまで
自分は追い詰められた。自分が何をした?何をしてここまで来てしまった?!定まらない思考が、キラをますます
追い詰める。キラはこの世界に来たことを後悔していた。ここは自分の生きるべき世界ではない。けれどキラは、
この世界でプレシアと出会えたことを後悔してはいなかった。彼女は、キラを癒した。キラの生い立ちなど関係なく
接してくれた。この世界にコーディネイターもナチュラルも無い。それを知ったとき、キラはどんなに嬉しかったことか。
一度は崩れかけた自己の存在を、キラは優しく、ただ優しく接してくれるプレシアに母にも似た感情を向けることで
癒していった。
 その内に知ったのはプレシアの過去。そして今は無き、一人娘のアリシア。プレシアはキラに優しく接しながらも
悲しみを抱いていた。つらい過去。もういないアリシアの影を追い続け、蘇生の研究を続けるプレシアの姿を見て、キラは決意した。
 『この人の夢の為に戦おう。必要なものがあるなら、僕が手に入れてきてあげる。それが僕の、やるべき、いや……』
「やりたいことなんだぁっ!」
 沈痛な叫びを上げたキラの頬を、金色の一閃が掠めた。
『マスター!?』
アークシエルが驚きの声を上げる。キラは無言で頬を撫でた。切られた頬から、血が滲んでいた。
「……」
キラは振り向いた。そこには二人の魔道師と一匹の狼が立っていた。
 橙の毛を逆立たせ、キラを睨む狼と、金髪の少年。そして、その二人をまるで従がえるかのように立つ
一人の少女。漆黒のマントを靡かせ、戦斧の様でもあり鎌のようでもあるデバイスを持つその姿は、まるで
悪魔であった。
 美しく、凛々しい悪魔は、艶やかな金髪に隠された瞳から鋭い眼光をキラに向けた。奥から覗く、紅い瞳。
それがキラの心を刺激した。いや、彼女の容姿全てが、キラに大きな衝撃を与えた。
「そんな……まさか」
キラは震えた。震えが止まらなかった。
 まさかこんなにも早く、‘ターゲット'が現れるとは。キラは歓喜に震えて、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「君が……アリシア、いや」
キラは零れそうになる笑いを抑えながら、デバイスを起動した。キラの背中に、あの蒼い八枚の羽根が輝いた。
キラの動きを見て、少女も本気になる。デバイスをサイズフォームに変えて、一人と一匹―ユーノとアルフの
前に出る。キラはそんな勇ましい少女の姿を見て、満足そうに言った。
「来たんだね。フェイト・テスタロッサ」
 少女―フェイト・テスタロッサは、キラの言葉など聞く耳持たず、ただキラを鋭く睨みつけていた。