Seed-NANOHA_547氏_第04話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 17:52:06

《Protection》
 レイジングハートの発する音声が、なのはの頭の中にだけ響く。――それと同時に。
 ラクスの周辺に発生した桜色の障壁が、彼女を襲う弾丸を弾いた。物理的に不可思議なその現象を誰も理解できず、迫る襲撃者達の事も忘れて呆けてしまう。
 だが、マユだけはなのはの方に目をやる。無言で頷くなのは。彼女は事前に、孤児院の人間をレイジングハートのオートガードの対象に設定しておいたのだ。
「みんな、急がないと!」
 なのはの声に、我へと帰る一同。慌ててシェルター内へと駆け込む。
 マリアは全員がシェルターの中に入っている事を確認すると、扉を閉じた。
 大きく息をつく者、その場に座り込む者。緊張の糸が途切れて泣き出す子供たちをカリダがあやしている。
「全員、無事か?」
「はい。でも、これって……?」
 全員の安否を確認するアンディに答えながらも、事態を把握できていないキラ。
「バルトフェルド隊長、マリューさん……狙われたのは、わたくしなのですね?」
「そ、そんな……」
 ラクスの言葉にキラは戸惑い、彼女から『バルトフェルド』と『マリュー』と呼ばれた二人は俯く。

 

 突如、轟音とともに一同がよろめく程の振動が起こった。子供たちは悲鳴を上げ、照明が明滅する。
「こいつは……『狙われた』というか……狙われてるな、まだ」
 バルトフェルドはそう言いながら、部屋の奥にある端末を叩く。やがて、壁面の大型モニターに外の様子が映し出される。
「こ、これは……モビルスーツ!?」
「D型装備のジンが二機と……ゲイツの強化型だな」
 驚くマリューにバルトフェルドが冷静に答える。
「ありったけの火力で撃たれたら……ここもおそらくもたん」
 このシェルターは並みの爆破ぐらいになら耐えれる強度を持っているが、モビルスーツ級の火力となると話が違ってくる。
「オーブ軍も間に合うまい……俺が出るしかないか」
「バルトフェルドさん!?」
 キラにはバルトフェルドの言っている意味が理解できなかった。
「このままこうしていても仕方なかろう? この奥にムラサメを一機隠してある。まさか、実際に使う羽目になるとは思っていなかったがな」
 バルトフェルドが格納庫の隔壁を開くパスワードを入力しながら言った。
「そんな……無茶です、その身体じゃ!」
 キラの言う通り、前大戦での傷跡を残すバルトフェルドの身体はモビルスーツの運用に耐えれる状態ではない。
「……刺し違えてでも、お前らは守ってやるさ」
 バルトフェルドは陽気な表情で言うが、その目だけは鋭かった。
 彼が端末のEnterキーを押すと、奥の壁が中央から開いた。壁が開ききると同時に、照明が点く。そこにあるのは、黄色くカラーリングされたムラサメ――戦闘機型への変形機構を有した、オーブの次世代モビルスーツ。
 姿を現したムラサメに向かってバルトフェルドは歩き出す。
「……待ってください」
 キラに右腕を引き止められ振り返るバルトフェルドは、キラの表情に戸惑う。
「……キラ?」
「僕が乗ります」
 静かに――だが、力強くキラはそう言った。

 

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 ノーマルスーツに身を包んだキラは、ムラサメのコックピット内でキーボードを叩く。凄まじい速さでOSを自分に合わせて書き換えていく。
「発進準備できました」
『了解! キラ、パイロットは殺すなよ? どこの組織か吐かせなきゃならんからな。』
「はい、わかりました」
 バルトフェルドからの指示に答えるキラ。ムラサメの頭上の多重隔壁が開いていく。
「キラ・ヤマト、ムラサメ、行きます!」
 バーニアを全開にして、キラはムラサメを飛び立たせた。外に躍り出ると、眼下にいる標的を確認する。
 突然現れた自機に戸惑っている敵機にビームライフルを撃つ。ジン二機は、成す術もなくメインカメラのある頭部を破壊される。
「残り、一機!」
 キラは機体の向きを変え、武器をビームサーベルに持ち替えながらゲイツへ肉薄する。しかし、キラの放った一撃はゲイツを捉えられず、空を切った。
 回避行動をとったゲイツは後退しながらビームライフルを撃ってくる。
「くっ!」
 なんとかそれを回避したキラは機体を上昇させる。
「あのパイロット!?……いや――」
 相手の技量以上に――自身の技量の低下に愕然とするキラ。二年間のブランクは、キラからパイロットとしての能力を奪っていた。それでも、並みのコーディネイターを凌駕しているのだが――本人の感覚とのズレは、その動きをぎこちなくさせる。
「――それでも!」
 だが、弱音を吐いている場合ではない。自分が落とされれば、大切な人達が全員殺されてしまうのだ。
「やられるわけには……いかないんだぁっ!」
 キラは頭の中で己が持つ力を弾けさせる。瞬間――高まる集中力と知覚。
「はあぁぁぁっ!」
 再度、キラはゲイツへと切りかかるが、横薙ぎに払った一撃は相手が後退する事でかわされる。
 ゲイツは左腕の盾に内臓されたビームサーベルを起動させ、振り上げる。
 キラはそれには構わず、シールドの先端でゲイツを弾き飛ばし、ビームサーベルを投げつけて頭部を破壊した。ゲイツはその勢いでその場に転倒する。
『ようし。中のパイロットを締め上げて――!?』
「なっ!?」
 突然――襲ってきた三機は全て自爆してしまった。
『……証拠は残さないってわけか』
 目の前の出来事に愕然とするキラには、バルトフェルドの声が遠くに聞こえた。 

 

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 なのはは目の前の大型モニターに映し出される戦闘に釘付けになっていた。キラの無事を願うばかりだったが、どうやら戦闘はキラの勝利に終わった様だ。戦闘終了直後の襲撃者の自爆はやるせないが、キラだけでも生き残ってくれて良かったと思う。
 その事に安堵した途端――今度は現状に対しての疑問が膨らむ。
「あの~……これって……え~と、アンディさん?」
「ああ――すまない、僕達にも色々と事情があってね。改めまして、アンドリュー・バルトフェルドだ。で、彼女はマリュー・ラミアス」
 やたら芝居がかったバルトフェルドに示されたマリューがなのは達に謝罪する。
「ごめんなさい、なのはちゃん、マユちゃん」
「……偽名ですか?」
「ええ、そういう事になるわね。あ――でも、それは私たち二人だけで、他の人は本名だから」
 マリューが偽名を名乗らざるをえない事情――自分達が脱走兵である事を説明する。
「そうだったんですか」
「騙すような形になってしまって、ごめんなさい」
「事情が事情ですし、それはもういいんですけど――あっちの方がビックリしました」
 なのはは、モニターに映るムラサメを見つめる。その視線に気づくマリュー。
「ああ、キラ君の事? そうよね、驚くのも無理ないわね」
「……なんか、キラ君がああいう事するのって……似合ってないです」
「……そうですわね。キラは優しい人ですから」
 なのはに同意を示すラクス。

 

「お疲れさん、キラ。とりあえず、戻って来い」
『……分かりました』
 そんなバルトフェルドとキラのやり取りをなのはが耳にしていた時だった。
 ――キィィン
「!?」
 この世界に来てから、なのはがずっと感じていた魔力反応の力が唐突に増大した。
(これって……すぐ近く!?)
 明確となった反応が極めて近い位置からである事になのはは驚く。
『バ、バルトフェルドさん!』
 明らかに動揺しているキラの声色。
「どうした、キラ!?」
『なんで……自爆したんじゃなかったの!?』

 

 モニターには――爆炎の中を歩み出る頭部を失ったゲイツの姿があった。

 

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 キラは動揺を抑えつつ、ゲイツが撃ってくるビームを回避する。
「まだ、やるっていうのなら!」
 ライフルでゲイツの両腕と両腰のレールガンを狙い撃つ。狙い澄まされたそのビームは――しかし、ゲイツへは到達しなかった。
「ビームが通らない!? なら!」
 サーベルで切りかかるが、これもゲイツの手前で弾かれる。
「くっ、これもだめなの!?」
 キラは堪らず上空に逃れ、ゲイツとの距離を開ける。
 だが――ゲイツはキラにとって予想外の行動をとった。
「な……!?」
 ゲイツはサーベルを起動すると猛スピードで切りかかってきた。キラのムラサメはシールドごと左腕を切り裂かれる。
 それは――ありえない事だった。自分がいた位置は、飛行能力を有していないゲイツが届く高度ではなかったはずだ。また、その速度も尋常ではない。二年前、キラが駆っていたフリーダムと同等かそれ以上の速度だった。
「くそっ!」
 ゲイツに向かってサーベルを突き入れようとするが、やはり届かない。
「なんで……なんで、こんな!?」
 こちらの攻撃は無効化され、機動力も相手の方が上。それはパイロットの腕で覆せるような戦力差ではなかった。

 

「なんなの、あれは!?」
 マリューが叫ぶ。
「鉄壁の防御に、圧倒的な機動力……強化するにも程がある。もはや化け物だな」
 そして――あれだけの行動をとってなお、いまだ動き続けているゲイツ。その動力は――核動力でしか有り得ない。
 バルトフェルドは絶望感すら感じはじめていた。モニターに映し出される映像に、ラクスの顔はどんどん青ざめていく。

 

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「なのはちゃん、あれって……。」
「うん、分かってはいるんだけど――」
 マユに言われるまでもなく、なのはは理解していた。キラが戦っている機体は魔力を帯びている。障壁と飛行は魔法によるもの。先程の魔力反応の影響で傀儡兵化したとでもいうのだろうか。
 このままでは、キラは堕とされてしまう。
 だが――
「アースラと……クロノ君たちと連絡がとれないの!」
「えぇっ!?」
 魔法の概念がないこの世界の住人の前で魔法を使う事は、余程の非常事態でない限り避けなければならない。だが、結界さえ張ってもらえれば、なのははその力を存分に振るえる。
 しかし、何度やってもアースラチームからの返事は返ってこない。

 

「まずいな……オーブ軍はまだか!?」
「駄目だわ……まだ……!」
 バルトフェルドにもマリューにも分かってはいた。並のMSが何機援軍にきたところで、キラが戦っている『アレ』はどうにもならないと。
「キラ!」
 ラクスの悲鳴がシェルター内に響く。
 モニターに映るキラのムラサメは右腕を切り飛ばされていた。

 

 予期せぬ現状に、焦燥だけが募っていくなのは
 アースラチームとは連絡がつかない。あの傀儡兵もどきに対抗できるのは自分だけ。自分一人では、その存在を隠したまま魔法を使う事はできない。このままでは、おそらくキラは負ける――
(――殺される!? 駄目、これ以上は! ……クロノ君、ごめんなさい!)
「高町なのは、独断で行動します!」
 おそらくは声の届いていない相手に宣言しておく。後で責任をとるのは自分だけでいい。キラが飛び立っていった場所へと駆け出す。
「レイジングハート、お願い!」
《stand by ready. set up》
 なのはの声にレイジングハートが応える。なのはの身を白の防護服が包み、その左手に収まるのは杖へと姿を変えたレイジングハート。
《Accel fin》
 見上げた夜空に向かって飛び立つなのは。
「キラ君、すぐ助けにいくから!」

 

 シェルター内。
 バルトフェルド、マリュー、ラクス、カリダの四名は呆然としていた。
 なのはが意味の分からない事を言ったかと思うと、走りだした。彼女の身体が一瞬発光したかと思うと、着ていた服が変わっていた。そして――靴から羽を生やして飛んでいった。
 たった今、目の前で起きた出来事を反芻するが――全く理解できなかった。盲目のマルキオには、なのはの行動が見えておらず、こちらもそういった意味で事態から取り残されていた。ただ、子供たちは目を輝かせてはしゃいでいる。
「なのはお姉ちゃんって天使だったの?」
「そうだよ。きっと、わたし達を助けてくれるから。もう大丈夫だよ」
 女の子の頭を撫でながら、マユはそう信じていた。

 

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 キラは必死にゲイツの攻撃をかわしていたが、その体力も精神も共に限界だった。
「うわっ!」
 ムラサメの右腕を切り落とされてしまう。なんとか離れようと後ろに下がるが、左足を打ち抜かれて、尻餅をついた体勢になってしまう。衝撃に身体を揺さぶられながらも、正面を見据える。
「――っ!」
 キラの背筋は凍りついた。ゲイツがライフルとレールガンをこちらに向けている。回避が間に合うタイミングではない。
 ――キラは死を覚悟した。

 

 なのははキラの所へと全力で飛ぶ。
「あっ!」
 キラの乗った機体が撃たれようとしているのが見える。
「レイジングハート!」
《Load Cartridge》
 なのはの意を汲み取り、レイジングハートがカートリッジを一発ロードする。
「アクセルシューター――」
 なのはは自身の動きにブレーキをかけながら、レイジングハートを構えて発射態勢をとる。
《Accel Shooter》
「シューート!」
 レイジングハートから九つの高速誘導弾が撃ち出され、目標へと降りそそぐ。

 

 ゲイツから放たれた三発の砲撃が、キラの乗るムラサメへと吸い込まれていく。
 キラは死への恐怖から目を閉じてしまう。
 直後に響く爆発音と衝撃。
「……あれ?」
 目を開けると、機体のコックピットも自分の身体も崩壊していない。
「助かった……の?」
 だが、コックピットのモニターには天使が映し出されていて――自分はやっぱり死んだのだとキラは思った。

 

 なのはが放ったアクセルシューターは、ゲイツの障壁と三つの砲身――さらには、その砲身から撃ち出された砲撃をも打ち抜き砕いた。
 なのはは、後退するゲイツとキラのムラサメの間に割って入り滞空する。
「ここまではいいとして……あれって人が乗ってるんだよね?」
 アレが傀儡兵と似た性質だとしたら――レイジングハートの非殺傷設定を解除して、物理的ダメージも与えなければ倒せないかもしれない。だが、傀儡兵と違ってアレには人が乗っているはずである。その為、なのはは攻撃を躊躇ってしまう。
「どうしよう……」
《No problem》
「えっ?」
《(目標からの生命反応はありません)》
 レイジングハートは主の危惧を払拭する。
「……そっか。ありがとう、レイジングハート!」
 なのはは相棒に礼を言って構えるが、ゲイツがサーベルを振り上げて迫ってきていた。
 なのはは振り下ろされてくる斬撃に右手をかざす。障壁の魔法陣が現れ、ゲイツのサーベルを受け止める。
《Barrier Burst》
 なのはが展開していた障壁が爆散した。ゲイツを吹き飛ばし、なのは自身はキラが乗っているムラサメの胸部付近に着地する。
「いくよ、レイジングハート!」
《Buster mode》
 レイジングハートが砲撃形態へ変化する。
「ディバイィン――」
 レイジングハートを軸に四つの環状魔法陣が展開され、その先端でまばゆく輝く光球がチャージされていく。
「バスターーーッ!!」
 肥大した光球は奔流となって一直線にゲイツへと向かっていく。なのはの主砲砲撃――ディバインバスターの圧倒的な威力は、ゲイツをその障壁ごと打ち抜き爆散させる。

 

 なのはは目の前で炎上する機体の残骸を注視する。なぜなら――魔力反応はいまだ健在だったからだ。
「――!!」
 燃え盛る炎の中から何かが浮かび上がる。それは、鈍く光る黒い水晶。
「あれは……あっ!」
 黒の水晶は凄まじい速さで飛び去ってしまう。あの速度では追跡は不可能だ。
「しまった……」
 あの水晶が今回の騒動の原因だとしたら、この場で確保するべきだったのだが――なのはは反応が遅れてしった。
「それにしても……これからどうしようか?」
《sorry my master》
 レイジングハートに呼びかけてみるが、打開策はないらしい。
 相変わらずアースラチームとは連絡が取れず、キラたちに魔法の事を見られてしまった。
 ――なのはは、ただ途方にくれるしかなかった。