Seed-NANOHA_547氏_第09話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 17:57:11

 オーブ連合首長国行政府内のとある一室。ウナト・ロマ・セイランの執務部屋。
 ウナトは、若年のカガリを補佐する地位にあり、オーブの政に関して最も――代表であるカガリよりも実質的な裁量を持つ者である。
 執務机に座るウナトは、己の息子がいきなり持ちかけてきた提案に耳を疑った。
「……ユウナよ、お前は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「僕は本気ですよ、父上」
「何を馬鹿な事を……わざわざ国を危険に晒してどうする?」
「これはオーブに巡ってきたチャンスなのです。我々は、大西洋連邦や〝彼ら〟の顔色を常に窺ってきた。オーブは誇り高き一国家だというのに」
 ユウナの顔が忌々しさに歪む。
「国を守る為とはいえ、国土を焼いた国に屈せねばならない屈辱。僕だけじゃない。民衆だって――」
 その時、大きな音が――ドン、と――部屋中に響き、ユウナの言葉を遮る。ウナトが机に拳を振り下ろしたのだ。
「そのような事、お前に言われるまでも無いっ! 誰が好き好んで大西洋連邦の言い成りになど!」
「……ならばこそ、オーブはこの機を逃すわけにはいきません。それに、僕だってただ感情に身を任せているわけじゃないですよ」
「何?」
「世界は変革の時を迎えています。歴史の闇に潜んで社会を制してきた者達は駆逐されていく」
「……例の〝一族〟の事を言っておるのか? あらゆる情報を制し、影からこの世界を統べてきた一族。はっ! そのような与太話を信じているのか、お前は?」
 ある筋よりもたらされた情報。〝一族〟という存在。もっとも――つい最近になって、内部分裂により滅びたらしいが。
「戦争を裏からコントロールして利益を得る死の商人だって実在するじゃないですか?」
「だからこそ、彼らを敵に回すわけにはいかんのだ」
 苦々しさを多分に含んだ顔でウナトが言う。
「なんたって、大国をも恫喝できる民間団体ですからね」
「下手をすれば世界の全てを敵に回す事になる……お前も分かっておろうが!」
 苛立ちを隠さずに叫ぶ父親に、ユウナはしたり顔で応える。
「でも、こちらにもジョーカーが手に入りました。世界を動かすだけの力を秘めた民間人がね」
「ラクス・クラインの事か? あんな小娘で〝彼ら〟に対抗できるわけがなかろう!」
 鼻で笑うウナト。しかし、ユウナは引き下がらない。
「とにかく、一度彼女達に会ってみて下さい。そうすれば、父上の考えも変わるものと思います」
「……いいだろう。それで、お前の気が済むのならばな」

 

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 大気圏突入後、アスラン・ザラは乗機であるZGMF-X23SセイバーをMA形態に変形させて、オーブへと向かっていた。
(俺がザフトに復隊したと知ったら、カガリはどう思うだろうな……)
 彼はある種の後ろめたさを胸に、機体を急がせる。
 アスランはプラントへ赴き、最高評議会議長であるギルバート・デュランダルに共感し、友人らに叱咤され――彼は再び〝撃つ側〟となる事を選んだのだった。
 一人一人の平和を願う想いが、必ずや世界を救うと信じて。

 

 オーブ領空間近まで来た所で、アスランは通信回線を開いた。
「オーブ・コントロール、こちら貴国へ接近中のザフト軍モビルスーツ。入港中のザフト艦ミネルバとの合流の為、入国を希望する。許可されたし」
 しかし、返信がこない。不審に思いながらも、アスランはもう一度呼び掛けてみる。
「オーブ・コントロール?……聞こえるか、オーブ・コントロール?」
 だが、やはり返事は返ってこない。
(……Nジャマーの影響か?)
 ザフト機に乗っている以上、このまま許可無くオーブ領空内に入ってしまうと、領空侵犯になってしまう。
(参ったな……ん?)
 その時、アスランは自機に接近してくる機体に気づく。それらは、たしかオーブの最新鋭MSだったはずだ。
(これは……ムラサメか?)
 アスランは眉をひそめた。
 二機のムラサメが真っ直ぐこちらに向かって来ている。
(……演習でもしているのか?)
 アスランがそう考えていると、ムラサメ側から通信が入る。
『警告する。ここより先はオーブ領空内となる。速やかに転進されたし』
「ちょ……ちょっと待ってくれ! いきなりどういう事だ!?」
『我々は接近中のザフト機を追い返すように指示されている。そちらが転進されない場合は、オーブ国防本部からの撃墜許可も出ている』
「なっ……なんだと!?」
 アスランには訳が分からなかった。
『オーブは世界安全保障条約機構に加盟する事になった。そうなれば、プラントは敵性国家となる。我が軍はまだザフトと交戦状態ではないが、入国など認められるはずもない』
「――!? そ……そんな」
 理由は分かったが、それはアスランにとって信じられないもの――信じたくないものだった。
「な……なら、ミネルバは? 貴国に入港中のザフト艦は!?」
『それも我々が教えるわけにはいかない。貴官も軍人ならば分かるだろう?……これ以上、この空域に留まるのならば、迎撃せざるを得ないが?』
「くっ……了解した」
 仕方なく、アスランは機体を転進させた。
 行政府に連絡を取って直接カガリと話す事も考えたが、彼女の立場を考慮するとそれも憚られた。
(くそっ!……どうする?)
 これからの行動を決める為の情報が彼には少な過ぎた。
(……ここから一番近いのは……カーペンタリアか)
 機体の補給の問題もある。残されたエネルギーで辿り着けそうなザフトの基地は、オーブから最も近くに位置するカーペンタリア基地ぐらいだった。
(もしかしたら、ミネルバもオーブを出て、あそこに向かったのかもしれないしな)
 そんな希望的観測を胸に、カーペンタリア基地のある西南西へと機首を向けるアスランだった。

 

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 オーブ行政府、代表であるカガリの執務室。ウナトはそこでの対面に戸惑っていた。
(な……何だ、これは?)
 ラクス・クラインとは二年前に一度だけ会ったきりだった。その当時は、このような小娘一人に熱狂しているらしいプラント市民の事が理解できなかった。 
 しかし、今ならそれも頷ける。目の前の少女が纏う魅力。その視線と言葉に吸い込まれそうになる。
「――しかし、貴女は本当にそれでよろしいのかな?」
「はい。わたくしは、かつて放棄したわたくし自身の責務を果たしに戻るだけですから――」

 

 少し離れてその会話を見ていたユウナは思わずほくそ笑んでいた ラクスがウナトに語った提案は、先程ユウナ自身がウナトに語ったものと内容的にはほぼ変わらない。にも関わらず、ウナトはラクスの言葉に傾斜しつつある。
 ラクスの持つカリスマ性をユウナは見抜いていた。たとえ全く同じ事を言ったとしても――ラクスが語った方が、他の者のそれ以上に正当性が増して聞こえるのだ。
(まったく、政治家としては妬ましい限りの天分だけどね。これを利用しない手はない)
 ユウナにとっては、ウナトの説得は、彼をラクスに会わせた時点でほぼ終わっているようなものだった。

 

 そして、ウナトにとってもう一つ信じられない事。
「代表も……宜しいのですか? これも結局はオーブの理念に背く事になりますが?」
「守るべきなのは、理念ではなく、民達の想いだからな」
 このカガリの変わりようもウナトにとっては驚きだった。カガリはウズミが掲げた理念を異常なほど盲信していた。理詰めで諭せるようなものなら、自分がとっくに説き伏せている。だが、カガリは頑なに理念に拘っていた。
 しかし──たった今、カガリ自身がその理念を否定したのだ。ユウナの話を信じるならば、このカガリの変わり様もラクス・クラインによるものらしい。
(なるほど。たしかに人々を導く指導者の器なのかもしれん)
 そして、ウナトは――彼自身もまたラクス・クラインに魅せられている事も実感していた。
(……そうか、そういう事か。我が息子ながら小賢しい)
 ウナトはこの対面に仕組まれた意図に気づいた。

 

「代表。一つお聞きかせ願いたい。オーブの民の為に、必要とあらばいかなる犠牲をも厭わない覚悟が、貴女にはおありか?」
「……国民が望まぬ事以外なら。だからこそ彼女にも協力してもらっている」
 ウナトの問いに、ラクスを示しながら答えるカガリ。
 その返答だけで満足したわけではない。実際にそういった選択を迫られた時、おそらくカガリは甘さを見せ苦渋するだろうと思う。現に、カガリは友人関係にあるラクスに対する後ろ暗さがある様だった。
 だが、綺麗事だけでは政治は成り立たない事ぐらいはカガリにも分かっているらしい。以前よりは、割り切った決断ができるようになっているふうに見える。
 国民の為に、縋り続けてきた理念を曲げる事ができる現在のカガリになら、自分が尽力する甲斐がある。
「いいでしょう。このウナト・ロマ・セイラン、オーブ宰相としてアスハ代表のお力になりましょう」
 ウナトの言葉に、カガリは胸が熱くなった。思えば、ウナトからこのような言葉をかけられたのは今回が初めてだった。
(今、初めて私は代表として認められたのか)
 カガリの心中に憤りなどは無い。以前の自分が相手では、それも仕方のない事だと思ったからだ。
「私は未熟で至らない事だらけだ。ウナトやユウナ達の支え無しでは満足に立つ事もできない。だから、また私が間違えそうな時は正してほしい──今度は、私もちゃんと話を聞くから」
 そう言ってから、カガリはウナトへと右手を差し出す。
「分かりました。厳しくいかせて頂きます」
 にやりと笑ってウナトもカガリの手を取る。その握手は、代表と宰相の間でようやく結ばれた主従の絆だった。

 

「時に、ユウナよ」
「はい、何でしょうか?」
「この父を見縊ったな?」
 ユウナは、ウナトの眼光に射ぬかれるような錯覚を覚える──どうやら自分の目論みは感づかれていたらしい。
「いえ、そのように事は──」
「私が賛同したのは、代表と──お前に対してだ」
「……は? 僕に……ですか?」
 ウナトは決してラクス・クラインの言葉に当てられたからではなく、あくまでもカガリの意志に賛同したのだと言いたい事は分かるが──
(『僕に』っていうのは?)
「この二年、お前を私の後継とするべく仕込んできた。そのお前が感じたのだろう? 年老いた私には感じ取れなかった時代の流れを」
「父上……」
「混迷する情勢の中、オーブが変わっていかなければならないのならば、代表やお前のような若い力が不可欠となる。より良き未来へと導いてみせよ、このオーブを!」
 やはり、まだまだ父には適わないと思った。だが、その父が政治家としての自分を認めてくれているのだ──正直、嬉しかった。
「必ずや!」
 父に。カガリに。自分自身に。そしてオーブに住む民衆に──ユウナは改めて誓った。

 

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 オーブ行政府内、大会議室 通常の予定より遅れて、首長や閣僚達の入り交じった閣議が始まった。閣議の開始早々、カガリは発言の為に立ち上がると周りを一瞥してから口を開いた。
「オーブはプラントと同盟を結ぶ」
 カガリの発言に閣僚達一同はざわめく。
「今さら何を──」
「大西洋連邦との同盟は?──」
「ザフトの艦を見捨てた我らとプラントが?──」
「そのような事を言い出して、貴女はまた国を焼く気ですか?──」
 予想通りの否定的な反応。カガリはそれらの反論意見に対して一つ一つ答える前に、楔を打つ事にした。
「なお、この件は既に宰相であるウナト・ロマの賛同を得ている」
 カガリの言葉に、今度は唖然とする一同。そして、信じられないといった様子でウナトの方を見る。
 その疑惑の視線にウナトは答える。
「突然の方針転換の案に、皆様方の驚きは当然の事と思う。だが、聞いて頂きたい──」
 今後、オーブが取っていく方針。その新たな案をカガリとウナトが説明していく。その最中、カガリはウナトと自分との間にある政治家としての力量差を改めて感じていた。先の大戦での実戦経験から軍事関連でこそ他の閣僚達を説き伏せられるが、政治・経済面ではウナトの足元にも及ばない。
 しかし、今は己の未熟を恥じている場合ではない。まずは、この場にいる閣僚一同の賛同を得ない事には、何一つ始まらないのだから。

 

「――他に質問のある方は?」
 ウナトの問いかけに答える者はいない。ただ、カガリとウナトを除いた室内の誰もが戸惑いの色を隠せないでいた。
「皆も戸惑いの事とは思うが、事は一刻を争う。閣議はここで一度小休止として、五時間後に再開する。それまでの間に各々方の意志を決めて頂きたい」
 カガリの言葉で、閣議は中断された。それぞれがざわめきながら大会議室を後にする。
 残った者はカガリとウナトのみとなった。
「……皆が賛同してくれるといいんだが」
「いえ、代表。皆を賛同させる為に私がいるのです」
 ウナトが言わんとしている事――政治の裏部分。カガリは未だに慣れそうもないが、時にはそういった裏工作も必要であり、今はそういった時だった。
「すまない、ウナト。よろしく頼む」
「お任せください。では、失礼いたします」
 そう言って部屋から退室するウナト。
「さて、私も行かないとな」
 アスハ派の人間相手なら、カガリ自身が正面から呼び掛ければ、説得に応じてくれる可能性が十分にある。そういった人物達のもとへとカガリは急いだ。