Seed-NANOHA_547氏_第13話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 18:01:03

 マユが目覚めたのは、異世界を航行する艦の中だった。瀕死の状態だった彼女は、その艦の医療班によって命を救われた。
 容態が落ち着いてから、彼女は自身が置かれている状況についての説明を受けた。次元世界の事。魔法の事。時空管理局の事。普通なら、魔法文化を持たない世界の住人である彼女には受け入れがたい様々な事柄を聞かされても、彼女は否定しなかった――というよりは、どうでもよかったのだ。
 そんな事よりも、彼女の心を占めていたのは、彼女の日常が失われた瞬間の事だった。住んでいた国が戦火に巻き込まれ、国外へ避難する為に家族と港に向かう途中、彼女は衝撃に襲われた。爆風にその身を翻弄されながら悟ったのは、彼女と彼女のすぐ傍にいる家族が間違いなく死ぬという事だった。そして、マユが最後に目にしたのは――青い翼を広げたMSだった。
 見知らぬ部屋のベットで目が覚めた時、彼女は自分に起った出来事は全て夢だったのだと思った。だが、肘から先を失った彼女の左腕が、嫌でも彼女に現実を突きつけた。
 そして、マユは時空管理局本局の医療施設へと移される。コーディネイターとしての肉体の強さと魔法の恩恵を受けた医療技術によって、彼女の身体は順調に回復していった。失われてしまった左腕も、代わりとなる義手を製作中である。しかし、彼女の心は空虚なままだった。何もかもが──生きている事さえもどうでもよく、無気力な時間を過ごしていた。

 

 そしてある日――
 病室のドアが開き人が入ってくるが、マユはやはりそれにも無関心だった。
「マユちゃん、紹介するわね。この子があなたを助けてくれたのよ」
「初めまして。私、高町なのはっていうの。よろしくね」
 僅かに反応する彼女。話に聞いていた――自分を助けてくれた人物である少女には確認したい事があったからだ。
「……本当……ユい……ったの?」
「えっ?」
 マユのか細い声が聞き取れず、なのはは聞き返す。
「……本当に、マユ以外には誰もいなかったの?」
「……うん。私がマユちゃんを見つけた時は、マユちゃんしかいなかったんだ」
 なのはが自分の世界で魔力流の不自然な歪みを察知して向かった林道に、マユは全身傷だらけで倒れていた。そこで急いで管理局に連絡を取り、彼女を保護してもらったのだ。その時の林道には、マユ以外はたしかに誰もいなかった。
「……どうして?」
「えっ?」
 マユからの質問の意図が読めず、なのはは聞き返す。
「どうして、ほっといてくれなかったの?……あのまま死なせてくれたら良かったのに……」
「だめだよ、そんな事言ったら――」
 マユの自暴自棄な考えをなのはは否定しようとするが、マユの言葉は止まらない。
「お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも……みんな死んじゃって……マユは一人ぼっちで……あなたにマユの気持ちなんか分からない」
「たしかに、私には分からないかもしれないけど……それでも、マユちゃんが死んじゃっても良かっただなんて、私は思わない」
 マユの言葉が――それ以上に、何の感情も映さないマユの表情が悲しくて、なのはは自身の素直な想いを口にする。
「……もういい。出てって……みんな、出てってよ!」
 しかし、マユがなのはに示したのは拒絶だった。
「マユちゃん……」
 ――と、肩に置かれた手になのはが振り返ると、シャマルが首を横に振った。
「なのはちゃん、一先ず彼女の言う通りにしましょ?」
「……分かりました、シャマルさん」
 仕方なくシャマルと一緒に退出しようとしたなのはは、ある一つの決心を持ってマユの方に振り返る。
「マユちゃん、また来るね」

 

 それから、なのはは毎日時間を見つけては、度々マユの所に顔を出した。学校での事や管理局の仕事での事を話したり、彼女の友人達を連れてきたりもした。
 だが、マユは、そんななのはを――なのはに対する自分の感情を持て余していたのだった。そして、ついにマユはなのはに尋ねてしまう。
「……なんで、マユに構うの?」
「一人ぼっちの時は誰かに傍にいてほしいって、私も少しだけど、分かるから」
 なのはの答えに、マユはイラだった。
「……同情のつもり? マユには何にもないからって……そうやって良い事してる気になって……そんな自分に浸っているだけじゃない!!」
 しかし、なのはは顔を横に振る。
「違うよ。私がマユちゃんと友達になりたいな、って思ったから……同情なんかじゃなくて、私からのお願いというか、単なる私の我侭というか……まあ、マユちゃんが良ければなんだけど」
 そう言って苦笑するなのはの事を、マユは理解できなかった。
(なんで? マユ、さんざん酷い事ばかり言ってるのに……なんでそんなふうに言えるの!?)
 だから、半ば意固地になって強がってしまう。
「別に、友達なんか……いらない……」

 

 次の日から、なのはは顔を見せなくなった。
(やっぱり、あの子もマユの事なんてどうでもいいんだ)
 マユ自身は気づいていなかったが、頻りに気をかけてくれるなのはの事を彼女は受け入れていた。
 家族を失い、知らない世界で一人ぼっち――そんな彼女に構ってくれる同年代の女の子の事を。
 だからこそ、裏切られたような思いも強かった。

 

 マユの所になのはが来なくなってから一週間ほどたったある日の午後――
 トイレから部屋へと戻る途中、一生懸命に千羽鶴を折る子供達を見かけた。なんとなく、そちらの方を注視していたマユは、その千羽鶴が誰の為に折られているのかを知って驚く。
 そこへ、マユの様子を見に来たシャマルが通りかかった。
「あら? マユちゃん、ここにいたのね」
 マユはその声に振り返ると、静かに尋ねる。
「……あの子に何かあったの?」
「あの子、って――」
 マユが誰の事を言っているのか分かりかねたシャマルだが、すぐ側で千羽鶴を折る子供達に気づくと、表情を曇らせる。
「実は……なのはちゃん、大怪我しちゃって入院してるの」
「──!?」
「でも、大丈夫。管理局の医療技術は凄いから。だから……きっと、なのはちゃんもすぐ元気になるわ」
「本当?」
「ええ。だから、安心して」
 マユにとって、なのはという存在は、どうでもいい単なる赤の他人などではなくなっていた。少なくとも、なのはの怪我とその安否を聞かされて、素直に良かったと思えるまでになっていた。

 

 折り鶴を折り続ける子供達を見ながら、マユはシャマルに訊く。
「あの子、人気があるんですね?」
 広めの共有スペースにいる二十人程の子供達。その全員が、なのはの為に鶴を折っている。そんな光景が、なのはの慕われ様を物語っていた。
「この子達は、事件に巻き込まれたのをなのはちゃん達が保護した子ばかりなの。だから、なのはちゃん達の事を慕っていたり、憧れていたりする子も多いのよ」
 そう説明されて、マユはある事に気づく。
「マユと一緒……もしかして、この子たちにも――」
「ええ。みんな、身寄りがなくて、この施設で生活しているの」
 マユにとって、それは衝撃的な事だった。同時に、恥ずかしさも込み上げてくる。いきなり家族を失う事になったマユは、他の誰よりも不幸な悲劇の少女のつもりでいた。
 しかし、この場にいるのは、彼女と似た境遇の子達ばかりなのだ。シャマルの話を聞く分には、マユよりも遥かに酷い状況に巻き込まれていた子もいるらしい。だが、どの子も、彼女のように自暴自棄になどなっていない。中には、彼女より遥かに幼い子もいるというのに。
 それなのに、マユは命の恩人であるなのはに、酷く当たってばかりだった事に気づく。
「……あの子の……なのはちゃんのお見舞いに行ってもいいですか?」
 マユはシャマルにおずおずと尋ねる。
「いいわ。連れて行ってあげる」

 

 病室のドアがノックされ、なのはがそれに応えると、見知った顔の二人が入って来る。
「シャマルさんと……マユちゃん!?」
 マユがここに来るなどと思っていなかったなのはは驚いた。
 また、そんななのはの視線を受けて、マユは気まずくなって俯いてしまう。
「あら、珍しいわね? 誰も付き添ってないなんて」
 室内を見渡してからシャマルが疑問を口にすると、なのはが自分で断ったのだと説明する。
「フェイトちゃんは執務官の試験を控えた大事な時ですし、ユーノ君やヴィータちゃんも自分の仕事があるでしょうから、何時までも甘えているわけにはいかないですから」
「そう」
 タイミング的には丁度よかったのかもしれないと、シャマルは思った。マユがなのはと話しをするなら、二人きりの方が話しやすいだろうからだ。
「あ、私はお花の水を換えてきますね」
 シャマルは花瓶を手に部屋を出て行き、室内はなのはとマユの二人きりになる。

 

「来てくれて、ありがとう」
 笑顔で見舞いに来てくれたお礼を言うなのは。
 マユは気まずさを拭えないながらも、なのはに容態を尋ねる。
「あ……うん……身体、もう大丈夫なの?」
「うん。全然へ――っ痛!」
 なのはは両手でガッツポーズしながら笑ってみせようとしたのだが、左腕に走った痛みがそれを許さなかった。
「だ、大丈夫!?」
「ま、まあ、こうやって無理をしなきゃね」
 慌てて心配するマユに、なのはは苦笑いを浮かべて答えた。
 そんな彼女に、マユは意を決して切り出す。
「あの……その……マユの事、助けてくれて、ありがとう。……それから今まで……なのはちゃんに酷い事ばかり言って……ごめんなさい!」
 マユは大きく頭を下げた。
 だが、返ってきたのは意外な一言。
「……なんだか嬉しいな」
「え?」
「初めてだよね? 私の事、名前で呼んでくれたの」
 マユは、言われて初めて気づいた。今まで、目の前の女の子の名前すら呼んでいなかった事を。
「あ……ごめんな──」
「ストップ! マユちゃん、さっきから謝ってばっかりだよ?」
「……そうだね。ごめ──」
 言いかけるが、マユは右手で口を押さえて堪える。
 その様子が可笑しくて、なのはは吹き出してしまう。
 そんななのはに釣られて、マユも笑い出してしまった。

 

 歩み寄るきっかけさえあれば、同い年の女の子同士、仲良くなるのにさして時間はかからなかった。
 その後、マユはなのはを通じて、彼女の周りの友人や仲間とも話すようになっていく。特に同い年のフェイト・T・テスタロッサや八神はやてとは馬が合うようだった。

 

「──ん……うーん……」
 マユが目を覚ますと、そこは暗く狭い場所──彼女が自分で入った車のトランクの中だった。
(……眠っちゃったのか……それに、夢を見てた)
 二年前の事。悲しい別れと新たな出会い。
『一人ぼっちの時は誰かに傍にいてほしいって、私も少しだけど、分かるから』 
 あの時、なのははマユの傍にいてくれた。
 そして、今度はなのはがこの世界で一人ぼっちになろうとしていた。
(だから……今度は私がなのはちゃんの傍にいてあげなくちゃ!)
 マユは改めて決意すると、トランクから出ようとするのだが――
(――嘘っ!? 開かない!?)
 閉める時に内側から開けられるようにと、隙間に物をつっかえていたのだが、トランクは閉まりきってしまっていた。
(……どうしよう?)
 マユは途方に暮れてしまった。

 

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 モルゲンレーテの戦艦ドックでは、マリューを初めとする元アークエンジェルのクルー達が、技術主任であるエリカ・シモンズからデュナメイスについてのレクチャーを受け終わったところだった。
 デュナメイスはAA級一番艦アークエンジェルをベースに、各種スペックの底上げと効率化を実現している。
 少人数でも運行可能なオートメーション化。大気圏内での使用を考慮し、環境への影響を抑え改良された陽電子砲。潜航用のバラストタンクや魚雷等の追加による、潜水航行能力。ブースター不要の単体での大気圏突破能力――などといった機能の付加・改善も成されていた。
「それにしても、オーブがこんなものを造っていただなんて……」
「機密事項だったから、たとえ貴女達であっても教えるわけにはいかなかったのよ」
 マリューとエリカは集団よりやや離れた所で雑談をしていた。
「まぁ、それは仕方ないけど……キラ君の方は、どうなってるの?」
「OSの書き替えも終わって、彼専用のカラーリングにもしたけど……結局、機体の限界が変わるわけじゃないし、フリーダムと比べるとどうしてもね」
 と言って、エリカは嘆息した。
 キラが搭乗するムラサメは、彼に合わせてOSをコーディネイター用に変更し、機体の色も赤い部分を青に塗り替えてある。
「前は機体のアドバンテージが大きかったものね。もちろん、あのフリーダムを完全に使いこなしていたキラ君の技量も凄かったんでしょうけど……」
「彼はムラサメの事を『扱いやすくてバランスも良い機体』だと言ってくれてるけど、パイロット技量に応えてあげられる機体を用意できないのは、技術屋として口惜しいわ」
 その時、彼女達のすぐ側にあるドアが開き、二人の男女が入ってきた。
「キラ君。それに……カガリさん!?」
 マリューはその場に現われた意外な人物に驚く。キラは分かるとして、カガリは代表として多忙で、このような所に顔を見せる余裕などないと思っていたからだ。
「あらあら……カガリ、こんな所で油を売ってていいの?」
「少しだけだが、時間が取れたんだ。それに、この艦にはオーブの──いや、世界の行く末が掛かっているんだ。だから、この視察は代表としても必要な事だ」
 茶化しながらきくエリカに、カガリは胸を張って答える。
「なるほどね。これは失言でした、アスハ代表」
「止してくれ。こんな所でまで堅苦しいのは──」
 カガリの言葉を遮るかのように、警報が鳴り出した。
「どうした……いったい何事だ!?」
「あ、カガリ様!」
 カガリに気づいた衛兵がやって来る。
「侵入者のようです」
「なっ……警備の者は何をやっていた!?」
 警備態勢に不甲斐無さを感じ、カガリが怒鳴った。
「面目ありません。ですが、侵入者自体は捕縛しています」
「分かった。私も行く。そこへ案内してくれ」
「分かりました。では、私について来てください」
 衛兵に先導されて、カガリとキラ、マリューの三人が、その捕らえた侵入者とやらの所へ向かった。