Seed-NANOHA_547氏_第14話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 18:01:51

 アスランは目的の部屋の前まで来ると、そのドアの横にあるインターホンを鳴らした。
『――誰かしら?』
 応じたのは部屋の主であるタリア・グラディス。
「アスラン・ザラです。私をお呼びとの事ですが……」
『ああ、来てくれたのね。入って頂戴』
 部屋のドアが横にスライドして開いた。
「失礼します」
 アスランはその中へ入って行く。

 

 律儀に敬礼するアスランの姿を見て、タリアは苦笑する。
「そんなに畏まらなくてもいいわよ。貴方もフェイスで、私達は同格なんだから」
「はあ……すいません」
 このようなやり取りの中にも、アスラン・ザラという人間の実直さが滲み出ていると、タリアは感じていた。
 しかし、最後まで油断ができない人物でもあるというのが、彼女の正直な感想だった。先の大戦末期にザフトを脱走した経緯を持つ人物相手では、彼女のアスランに対する拭いきれない不信感も仕方のない事ではあった。
 だが、そんな彼女の心配は杞憂に終わりそうな知らせが、先程通達されたばかりだからだ。
「それで、私に用とは何でしょうか?」
 アスランの問いに対して、タリアは率直に答えた。
「実は、プラントとオーブが同盟を結ぶ事に決まったの」
「は?」
 アスランは思わず呆けた声を上げてしまう。
「正式な調印は後日になるでしょうけど……全く、どうなっているのかしらね?」
「あの……それは、本当なのでしょうか?」
 先日、噂話程度には聞かされていたとはいえ――信じ難い知らせに、アスランはなおも確認した。
「驚いた事に、事実よ。だけど、話はそれだけじゃないの」
「と、言いますと?」
「あのラクス・クラインがオーブに亡命していて、オーブからの親善大使としてプラント本国に戻って来るそうよ」
「ラクスが!?」
 アスランは堪らず驚きの声を上げてしまった。オーブとプラントの同盟。つい先日までのオーブの動向からは考えられない展開である。挙句に、ラクスがオーブの親善大使になっているとは、アスランの予想の範疇を超えていた。
 だが、さらに彼を驚かせる事態をタリアは告げる。
「それと、『オーブから一隻の戦艦が戦力として提供されたので、ミネルバはその艦と合流後は行動を共にせよ』との通達もあったわ」
「は……はあ。ですが一隻というのは……?」
 アスランの疑問はもっともだった。高速艦であり、艦載MS隊も少数精鋭のミネルバである。並の戦艦一隻程度では、足手まといになりかねない。まして、ザフト軍内ではなく、ナチュラルの軍人が主体のオーブ軍からの戦力ではなおさらの事である。
「私も最初はそう思ったのだけど……その戦艦はAA級だそうよ」
「えっ?」
「しかも、クルーの大半が、あの不沈艦アークエンジェルの元クルーで構成されているそうなの」
「なっ!?」
 艦長室に入ってから何度目になるか分からない驚きの声を上げてしまうアスラン。
「本国からの命令だから従うしかないにしても……突拍子も無い話が多すぎるわ。そこで……個人的に貴方に確認しておきたいのよ。ここまでの話が真実であるかどうか。貴方になら分かるんじゃないかしら?」
 タリアの推し量るような視線を受けて、アスランは顔を背けてしまう。
(だが……ここで有耶無耶にしても、もう余り意味はないのかもな)
 ラクスが公的に――オーブからの親善大使としてとはいえ――プラントに迎えられる。それは、ラクスの所在を隠す意味合いが無くなるという事でもある。
(俺に対する罠の可能性は……無いか)
 アスランがオーブを離れてから、かなりの日数が経っている。彼からラクスやオーブの情報を得ようとするにしては、時期が遅過ぎるのである。
 アスランはタリアに自分の知っている範囲での事を教える事にした。
「……ラクス・クラインがオーブに渡っていたのは事実です。アークエンジェルの乗員だった者がオーブに亡命していた事も。ただ、オーブがAA級の戦艦を建造していたという話は……少なくとも、私は聞かされていませんでした」
「そう……分かったわ。ありがとう」
「いえ」
「彼の艦との合流タイミングは、まだ先になると思うけど、その時は貴方に橋渡し役を頼む事になると思うわ。お願いできるかしら?」
「ええ。それはお任せください」
「それにしても……貴方としては吉報だったんじゃない? オーブと戦わなくて済むんですから」
「それは……まあ」
「私もこれで余計な心配事が一つ減ったしね」
 タリアは今度は意味ありげな視線をアスランへ向ける。
 しかし、アスランも先程までのように動揺を表に出すような事はしなかった。
「お話はこれで終わりでしょうか?」
「え……ええ。わざわざ悪かったわね」
「いえ。では、失礼します」
 アスランは艦長室を後にした。

 

 何がどうなっているのか、アスランには分からない事だらけだった。
 だが、場合によってはオーブとの戦闘もあり得る事を悩んでいた彼にとって、タリアから知らされた事は、まさに吉報であった。同時に、カガリやラクスも想いは自分と同じなのだという事を示されたように感じた彼の心は、不思議な安堵感に満たされていた。

 

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「痛っ! ちょっと、痛いってば!」
「こら! 暴れないで、じっとしていろ!」
 マユは衛兵二人に腕を取られて押さえつけられていた。
 トランクが閉まりきっている以上、誰かに外から開けて貰うしかない。マユは狭い空間の中で、大声を上げ、そこら中を叩いた。
 車の近くを通りかかった衛兵が、その物音に気づいて中を調べようとトランクを開けた。
 こうしてマユと衛兵は鉢合わせる。その時に、逃げ出そうとしたのが非常に不味かった。コーディネイターとはいえ、マユは健康面の強化が主な目的の調整を受けただけだった。それでも、同年代のナチュラルを上回る身体能力を有していたが、訓練された正規の軍人を相手にできる程ではない。あっという間に捕らえられて、現在の状況に至っていた。

 

 その場に駆けつけたカガリは侵入者の姿に驚く。
「こ……子供!?」
 そして、カガリ以上に、彼女の後を追ってきたキラ達は驚いた。
「ま……マユちゃん!?」
「どうして、あなたがこんな所に!?」
 マユの方も二人の声に気づく。
「あ……キラ君、マリューさん」
 それを聞いたカガリもキラ達の方へ向く。
「知っている子か?」
「うん。この間話したと思うけど、なのはちゃんに保護されたのがこの子なんだ」
 キラの答えに、この少女への警戒心をいくらか解いたカガリが、衛兵に命じる。
「その子を放してやってくれ。後は私に任せてくれないか?」
「わかりました、アスハ代表」
 衛兵はマユの拘束を解く。
 自由になった腕を摩りながら、マユは目の前に立つ金髪の少女を見る。それは、オーブ国民なら誰もが知っている顔だった。
「カガリ様!?」
「ああ、そうだが?」
「私、マユ・アスカって言います。お願いです! 私もキラ君達と一緒に行かせてください!」
 頭を下げてカガリに懇願するマユ。
「だから……マユちゃんを連れて行くわけにはいかないのよ。分かって頂戴」
 マリューが宥める様に言うが、マユは耳を貸さない。
「お願いします、カガリ様!」

 

 真剣に訴えるマユの眼差し。その真紅の瞳に、カガリは見覚えがあった。
「……カガリ? どうしたの?」
 呆然とするカガリを不審に思い、キラが声をかけるが、彼女の耳には届いていない。
 カガリは先日乗っていたザフト艦ミネルバの艦内での事を思い返していた。
(あの時、アイツもこの子と同じ紅い眼をいていた)
 そして、その少年の名前はたしか――
「――シン・アスカ」
 カガリは我知らず思い浮かんだ名を口にした。
「えっ? なんで、お兄ちゃんの名前をカガリ様が?」
「――!? じゃあ……本当にあいつの妹なのか?……すまないが、二年前の事を詳しく話してくれないか?」
「――!……はい」
 今でも辛い家族との別れの記憶をマユは覚えている限り詳細に話した。
 その内容は、シン本人やデュランダル議長からカガリが聞かされた話と符合していた。
「話は分かった……すまなかったな。辛い事を思い出させてしまって」
「あ……いえ、大丈夫です」
「ところで、どうしてキラ達と一緒に行きたいんだ? デュナメイスは戦艦だ。戦場に出る艦なんだぞ?」
「それは……放っておけない友達がいるんです。その子は、異世界で一人ぼっちだった私の傍にいてくれて……でも、今度はその子がこの世界で一人ぼっちで……だから、私は行かなくちゃいけないんです」
 なのはがオーブから離れたのは確かな以上、オーブの外へ出た方がなのはに会える可能性が少しでも上がると、マユは訴えた。
「戦場に出れば、死んでしまう可能性だってあるんだぞ?」
「覚悟はできてます」
 マユの決意に満ちた瞳。その意志は揺ぎ無いものにカガリは思えた。
「いいだろう。さっき辛い過去を思い出させてしまった詫び代わりだ。デュナメイスへの乗艦を許可しよう」
「――!! ありがとうございます!!」
 マユは精一杯頭を下げた。
 カガリの決定にキラとマリューは唖然としている。

 

「ただし、一つ条件がある」
「えっ……何ですか?」
「シンを救ってやってほしい。あいつの眼は真っ直ぐだけど、危なっかしかった。だから、過去に囚われて間違った方向に進まないように助けてやってほしい」
 マユにはカガリの言っている事が分からなかった。死んでしまった兄をどうやって救えというのだろうか。
 そんなマユの心中を見透かしたように、カガリは続けた。
「お前の兄――シン・アスカは生きている。生きてミネルバというザフトの艦でMSのパイロットをやっているんだ」
「えっ……ほ、本当ですか!? お兄ちゃんが……お兄ちゃんが生きてるって――」
「ああ。先日、私自身があいつと会った。間違いない」
「お兄ちゃんが……生きてる……」
 繰り返し呟いてみるものの、実感が湧かない。
「良かったね、マユちゃん」
「キラ君……はい、ありがとうございます」
 微妙な反応をするマユをカガリが訝る。
「なんだ、嬉しくないのか?」
「いえ……もちろん、嬉しいです」
「仕方ないわ。今まで死んでいると思っていたお兄さんが、いきなり生きてるって知っても、マユちゃんだって戸惑うでしょ?」
 マリューが助け舟を出し、カガリへの疑問も口にする。
「でも、どうして彼女をデュナメイスに? お兄さんと会うのは、情勢が落ち着いてからでも遅くないでしょ? わざわざ危険な戦艦に乗せなくても……」
「シンが一般人ならな。不吉な事かもしれないが、彼はMSのパイロットなんだ。誰かに撃たれてしまう可能性だってある。そうなった時、この子は一生後悔する事になる」
「あ……」
 マリューにも経験がある、親しい人との戦場での別れ。
 マユはカガリが示唆する可能性に顔を青くしている。
「それに、シン自身の為にも、早くこの子と再会した方がいいと、私は思うんだ」
 直に接したカガリにしか分からないシンが持つ危うさが、彼女にそう考えさせていた。
 カガリの想いを理解したキラは、自分からもマリューに頼む。
「マリューさん。いえ、ラミアス艦長。僕からもお願いします」
「キラ君……分かりました。マユちゃんの乗艦を許可します」
 三人に押し切られる形ではあるが、マリューはマユの乗艦を認めた。
 マユは嬉しそうに勢いよく頭を下げて礼を言う。
「――!! ありがとうございます!」

 

 そして、翌日。
 準備を終えたデュナメイスはオーブを出航する。
 時を同じくして、ラクス・クラインもまたプラントを目指して宇宙へと上がった。