Seed-NANOHA_547氏_第22話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 18:12:13

 マハムール基地の司令部では、今回のガルハナン攻略戦に向けて、ブリーフィングが行われようとしていた。ブリーフィングルームには作戦に参加する部隊のパイロット達が集まりつつあり、本来は十分な広さを持つ室内を少々圧迫しつつある。
「けど、現地協力員って……つまり、レジスタンス?」
「まあ、そういう事じゃない? だいぶ酷い状況らしいからね、ガルナハンの町は」
 シンの問い掛けに、ルナマリアは眉を顰めながら答える。
 今回の作戦には不可欠な要素があった。それは現地協力員の存在である。地球連合軍の占領下に置かれたガルハナンの住民達は、謂れのない支配に抵抗し、その一派がザフトに協力を申し出ていた。ガルハナンを陥とす攻略材料となりうる情報を彼らは持っているというのだ。 真正面から攻めたのでは、再び甚大な犠牲を出して敗走するだけなのだから、ザフトとしては渡りに船だった。

 

 ルナマリアと話をしながらブリーフィングルームに入ったシンは、ザフトとは雰囲気が異なる一角がある事に気づく。それはオーブ軍のMSパイロット達。その中にはキラもいた。
 シンは、そちらの方に歩いていくと、キラの前で立ち止まる。キラの方はといえば、どうしたらいいものかと、ただ戸惑っていた。
 キラを睨みつけながら、シンは言葉を吐く。
「……俺はザフトで、アンタは友軍の兵士だ。命令だから、今は一緒に戦ってやる。……こんな戦争、とっとと終わらせなくちゃ、マユとだって安心して暮らせないからな」
 様々な想いが混ざり合う中で、それがシンなりに出した取り敢えずの答えだった。
 マユとの平穏な暮らしの為に──また、その事を差し引いても、連合が吹っかけてきた今回の戦争をいち早く終わらせる事が、彼の望みだ。だからこそ、ザフトの一兵士として戦っているのだから。
「だけど! すべてが終わったら……アンタとはきっちりケリをつけさせてもらう。必ずな!」
 あくまでも、優先順位を考えた結果であり、キラとの因縁を有耶無耶にするつもりは毛頭ない。だが――後々どういった形でキラとの決着をつけたいのかは、シン自身にもまだ見えてはいなかった。
 シンの言葉を呆然とした顔で聞いていたキラは、やがて表情を和らげて「ありがとう」と、礼を言った。
「ふん! 別に、アンタの為に言ってるんじゃない……感謝される覚えなんか無いね!」
 シンはそう言い捨てると、部屋に並べられた椅子の最前列に座る。

 

 そして、そんな彼らからやや離れた所で、その様子を窺っていた者がいた。
(あの男がキラ・ヤマト……)
 レイ・ザ・バレル――彼もまたシンと同様、キラとの因縁を持つ者だった。
 彼は困惑していた。彼が最も信奉する人物は、すべてを承知しているはずだというのに。
(俺は……どうすればいい?)
 表情に表れることのない彼の動揺に、気づく者はいない。

 

「ちょ……ちょっと、シン! 今のって、いったい何の話? あの人、オーブの人だよね?」
 ルナマリアの目から見て、彼らの仲は険悪にしか見えなかった。少なくとも、シンの方は明らかに相手の事を快く思っていないらしい。
「別に……ルナには関係ないだろ!」
 シンは苛立ち混じりに答える。
「何よ! 怒らなくたっていいじゃない!」
「怒ってなんか――」
 部屋にアーサーとアスランが入ってきた。室内にいたパイロット達が一斉に起立して敬礼する。シンとルナマリアも言い合いを止めて、彼らに倣った。
(――ん?)
 シンは、アーサーとアスランの間を歩く一人の少女に気づいた。茶色のパサパサした髪を後でくくっている。ちょうど、マユと同じ年頃だろう。
(まさか……こんな子がレジスタンス?)
 妹と変わらぬ年齢の少女に驚き、シンは思わず呟いてしまう。
「……まだ子供じゃん」
 シンの言葉が聞こえたのか、少女はムッと口をひん曲げた。

 

「着席」
 アーサーが声を掛け、シン達は座った。
「さあ、いよいよだぞぉ。ではこれより、ガルナハン・ローエングリンゲート突破作戦の詳細を説明する」
 ローエングリンとは、地球連合軍の陽電子砲の名称だ。デュナメイスにも同名の兵器が搭載されているし、ミネルバのタンホイザーも原理は同じである。
「だが、知っての通り、この目標は難敵である。以前にもラドル隊が突破を試みたが、あー……結果は失敗に終わっている」
 この場にいるラドル隊の面々を気にしてか、アーサーは少し言い淀みながらも話を続けた。
「そこで今回は……アスラン――」
「え?」
 ふいに名前を呼ばれ、やや驚くアスラン。
「――代わろう。どうぞ、あとは君から」
「あ、はい」
 アスランは戸惑いながらも説明を始める。部屋の照明が落とされ、大型モニターに俯瞰図が投影された。ポインターが、一本しかない渓谷を示す。
「ガルナハン・ローエングリンゲートと呼ばれる渓谷の状況だ。この断崖の向こうに町があり、そのさらに奥に火力プラントがある。こちら側からこの町にアプローチ可能なラインは、ここのみ――」
 次に、町の手前に一際高く聳える岩山の上を指し示す。
「――が、敵の陽電子砲台はこの高台に設置されており、渓谷全体をカバーしていて、どこへ行こうが敵射程内に入り、隠れられる場所はない」
 アスランの淀みない説明を聞きながら、アーサーは感心したように頷いていた。
「超長距離射撃で敵の砲台、もしくはその下の壁面を狙おうとしても、ここにはMSの他にも陽電子リフレクターを装備したMAが配備されており、有効打撃は望めない」
 アスランはシン達の方を見る。
「君達は、オーブ沖で同様の装備のMAと遭遇したということだが?」
「……はい」
 シンがぶっきらぼうに答えると、アスランは少し微笑んだ。
「そこで、今回の作戦だが――」
「そのMAをぶっ飛ばして、砲台をぶっ壊し、ガルナハンに入ればいいんでしょ?」
 シンは、アスランを遮るように、挑発的な言い方をする。
 彼の両隣に座っているルナマリアとレイが、深いため息をついた。
「それはそうだが……俺達は今、どうしたらそうできるかを話してるんだぞ、シン」
 アスランが呆れた様子で言う。
「やれますよ。やる気になれば」
「じゃ、やってくれるか?」
 アスランは人の悪い笑みを浮かべながら続けた。
「俺達は後方で待っていればいいんだな? 突破できたら知らせてもらおうか」
「えっ?……あ、いや……それは……」
 てっきり叱責されるものと思っていたシンは、予想外のアスランの言い様に、しどろもどろになってしまう。
 隣にいるルナマリアが噴き出すのを聞いて、シンは思わず彼女を睨みつけた。

 

 アスランは涼しげな顔で、説明を再開する。
「――という馬鹿な話は置いといて……ミス・コニールからの情報によると――」
 目標の砲台付近に抜ける坑道があり、インパルスの分離形態ならばギリギリ通れるくらいの広さだった。主力部隊が正面から仕掛けて敵を引きつけている間に、坑道を抜けたインパルスが砲台を破壊する――以上が、今回の作戦の大まかな概要である。
 アスランが一通りの説明を終えると、部屋の照明が点灯した。
「――というわけで、ミス・コニール」
「あっ、はい」
 馬鹿にしたような表情でシンを見ていた少女は、アスランに呼ばれて慌てて返事をする。
「彼がそのパイロットだ。データを渡してやってくれ」
「ええっ!? こいつが!?」
「そうだ」
 コニールは不満げにじろじろとシンを見る。一方、シンも年下の少女にこいつ呼ばわりされて、腹を立てていた。
「……何だよ?」
 シンは、ぶすっとした態度で応じる。
 だが、コニールはシンを無視して、アスランに訴えた。
「この作戦が成功するかどうかは、そのパイロットに懸かってるんだろう? 大丈夫なのか? こんな奴で」
「何ぃッ!?」
 シンは思わず声を荒げる。両隣のルナマリアとレイが、またもや深いため息をつく。
「ミス・コニール……」
 アスランはコニールを宥めようとするが、彼女はなおも訴え続けた。
「隊長はアンタなんだろ!? じゃ、アンタがやった方がいいんじゃないのか?……失敗したら町のみんなだって、今度こそマジ終わりなんだから!」
「何だとォ、こいつッ!」
 シンはついに立ち上がり、コニールに詰め寄ろうとする。
「シン! ミス・コニールも! 止めろ!」
 両者を諌めようと、アスランもつい声を荒げてしまった。
 そこへ、アーサーのどこかのどかな調子の声が割り込む。
「ああ、なるほど。アスランかぁ……いや、それは考えてなかったなあ……あ、でも――」
 彼はしきりに頭をひねっており、かなり真剣に悩んでいるようだった。
 そんな彼を見たアスランは、疲労感を覚えながらも諌言する。
「副長まで……止めてください――シン、座れ!」
 アスランに命じられて、シンはふてくされながら席に戻った。
 それを確認すると、アスランは表情を和らげてコニールに話しかける。
「……彼ならやれますよ。大丈夫です。だからデータを」
 コニールはしばらく躊躇っていたが、やがて意を決したのか、アスランにデータディスクを預けた。

 

 アスランはシンに歩み寄ると、ディスクを差し出す。
「シン、坑道のデータだ」
 しかし、シンは意固地に下を向いて、ディスクを受け取ろうとしない。
「……シン?」
 訝るアスランの声に、シンは拗ねた調子で答えた。
「そいつの言う通り、アンタがやればいいだろ! 失敗したらマジ終わりとか言って……。自分の方が上手くやれるって、アンタだってどうせ本当はそう思ってんだろ!?」
「シン!! 甘ったれた事を言うな!!」
 アスランの怒鳴り声が室内に響く。
「あいにく俺は、お前の心情とやらに配慮して、無理と思える作戦でもやらせてやろうと思うほど馬鹿じゃない。無理だと思えば初めから自分でやるさ」
 彼の皮肉にシンは何か言い返そうとするが――
「……だが、お前なら出来ると思った。だからこの作戦を採った」
 シンは小さく息をのんだ。自分は信頼されているというのか?――アスランの言葉に揺さぶられる。
「それを……あれだけデカい口を叩いておきながら、今度は尻込みか!?」
 どのみち、こうまで挑発されてしまっては、シンとしては後に退けなくなっていた。
 アスランの手から荒々しくディスクをひったくる。
「分かりましたよ! やってやるさ!」

 

 その後は何事もなくブリーフィングは終了し、各部隊のパイロット達は部屋を出て行く。
 シンも部屋を出ようとしていたのだが、入り口まできた所で視線に気づく。コニールが険しい表情で彼を睨みつけているように見えた。
「……何だよ。まだ何か言い足りないのか?」
「シン!――」
 喧嘩腰でコニールに当たるシンをアスランが諌めようとする。
 しかし、それより先にコニールが口を開いた。
「前に……ザフトが砲台を攻めた後、町は大変だったんだ。それと同時に、町でも抵抗運動が起きたから――」
 シンはハッとして、思いつめた表情で語るコニールを見つめる。
「――地球軍に逆らった人達は、滅茶苦茶酷い目に遭わされた! 殺された人だってたくさんいる! 今度だって、失敗すればどんなことになるか判らない……だから、絶対やっつけて欲しいんだ! あの砲台! 今度こそ!」
 彼女は顔を上げ、縋るようにシンを見て叫んだ。その目には涙が光っている。
「だからっ……頼んだぞ!」
 涙の止まらぬ彼女の小さく震える肩に、アスランがそっと手を置き、連れて行く。
 シンは彼女の背中を見つめながら、手にするディスクの重さをひしひしと感じていた。連合側の人間に見つかれば、ただではすまないだろうに――町の人達の思いを背負い、たった一人で彼女はやってきたのだ。
 失敗するわけにはいかない。『お前なら出来る』と、アスランも言っていた。
(成功させてみせるさ……必ず!)

 

=========================

 

「流石ですね」
「え?」
 コニールと共にエレベーターを待っていたアスランは、ルナマリアに声を掛けられて振り返った。
「シンって扱いにくいでしょう? 私達、アカデミーからずっと一緒ですけど、いっつもあんな調子で。あの子、教官や上官とぶつかってばっかり」
 彼女の目から見たシンは、本当に子供みたいだったのだ。
「なのに、ちゃんと乗せて、言う事聞かせて……凄いです!」
 まるで奇跡でも起こしたかのような彼女の口振りに、アスランは苦笑する。
「そんなんじゃないよ。扱うとか……下手くそなんだろ、色々と。……悪い奴じゃない」
「あ……はあ……」
 ルナマリアは驚いた。アスランがシンの事をこうまでよく見ているとは思っていなかったからだ。

 

「そうだね。僕もそう思うよ」
 ──と、二人の会話に割り入ってくる声。
「キラ……お前、大丈夫なのか?」
「うん。打撲だけだから、二~三日すれば腫れも引く、って」
「いや、怪我の事じゃなくてだな……」
 アスランはシンとの問題について尋ねたのだが、キラの返答は食い違っていた。だが、こういう少しずれた所がキラらしいとも、アスランは思う。
 言い淀むアスランを見て、流石にキラも彼の言いたい事を察した。
「それは……僕が決める事でもないから……。でも、とりあえずは一緒に戦ってくれるってさ」
 苦笑いしながらのキラの返答に、アスランは少し驚く。たしかに、シンとは話をしたが、これ程すぐに変化が出るとは思っていなかったからだ。
「そうか……あいつがな」
 シンの真っすぐな性格は危うさでもあるというのが、アスランが彼に待つ印象だった。銃を手にする者として、シンの心は純真過ぎるのだ。だからこそ、彼には間違ってほしくない──かつての自分のようにはなってほしくない。これがアスランの願いだった。
「それでね、アスラン。ちょっと話しておきたい事があるんだけど、時間とれないかな?」
「あ、ああ。そうだな……」
 アスランは少し思案した。マハムール基地を出立するまでに、少しぐらいの時間なら取れるだろう。それに、彼の方もキラとゆっくり話す時間がほしいと思っていた所である。シンとの事以外にも、キラが再び戦場に出ている事についても。この二年間、後悔ばかりしていたキラを見てきたアスランとしては、彼の事が気掛かりだったのだ。
「それじゃ、後でデュナメイスの方に行く」
「うん、分かった。待ってるよ」
 アスランは頷くと、エレベーターの扉を閉めた。

 

 アスラン達が乗るエレベーターを見送ったキラは、一人の少女のジロジロと自分を見る視線に戸惑う。
「えと……な、何かな?」
「あ……失礼しました。私はミネルバ隊所属、ルナマリア・ホークです」
 ルナマリアは姿勢を正すと、敬礼して名乗る。
「……キラさん──でしたっけ? オーブの方みたいですけど、アスランさんの御友人なんですか?」
「うん。アスランとは幼馴染みなんだ」
「──という事は、キラさんもコーディネイター?」
「そうだけど……」
 キラが答えると、ルナマリアは大いに納得した様子で頷いた。
「じゃあ、あの青いムラサメは、キラさんだったんですね?」
 一機だけ特出した違う動きの良さを見せる青いムラサメをルナマリアも目にしていた。当然、その戦い方も。
「そ、そうだよ」
 質問しながら迫り寄るルナマリアから逃げるように、キラは顔を引きつらせながら、少しばかり後退る。
 しかし、彼女の質問はまだ続いた。
「では、キラさんがフリーダムのパイロットだった、っていうのは? みんな、そう噂してるんですよねぇ。あんな戦い方する人、他にはいないはずですから」
 ヤキン戦役終盤に現われた、鬼神のような強さのMS。単機で艦隊さえ圧倒したというフリーダム。
 アスランのジャスティスとは違い、そのパイロットの詳細は公にされていなかった。唯一特徴的だったのは、敵の戦闘力だけを奪いさる、その奇抜な戦い方。エースクラスすら遥かに凌駕する技量がなければ、実戦で行う事など不可能な絶技だ。
 それだけに、先日の戦闘で青いムラサメの見せた戦い様は、ミネルバクルーの間に件の噂話を立たせるには十分な要因となった。
 ルナマリアの期待を込めた眼差しに観念するかのように、キラは頷いた。
「凄いですよね。どうやったら、あんな風に戦えるんですか?」
 ルナマリアは技術的な意味合いで聞いたのだが、その言葉にキラは俯いてしまう。
「それは──僕が無知で傲慢で……卑怯だったからだよ……」
「──えっ!?」
 予想外の返答を受けてルナマリアが戸惑っていると、彼女の後ろから声がした。
「そのぐらいにしておけ、ルナマリア。あまり質問ばかりしては、相手も困るだろう」
 ルナマリアが振り返ると、見慣れた金色の長髪の少年がいた。

 

 会話に交ざってきたのは、キラの見知らぬ少年だった。
「君は?」
「ミネルバ隊所属、レイ・ザ・バレルです」
「僕は──」
 自分も自己紹介しようとしたキラをレイは遮る。
「キラ・ヤマト──よく知っていますよ、貴方の事は」
 そう。彼は知っていた。キラ・ヤマトという存在が、どういったものなのかを。
「そ、そう?」
 キラの戸惑いを含んだ返答に、レイは表情にこそ出さないものの、微かに落胆した。
「……分かるかとも思ったんだがな」
「え?」
 レイの声が小さくて聞き取れなかったので、キラは聞き返す。
「いえ、何でもありません。我々はミネルバに戻らねばなりませんので、これで失礼します。――行くぞ、ルナマリア」
「えっ? ちょ……ちょっと待ってよ、レイ」
 敬礼してから通路の向こうへと歩き出すレイ。ルナマリアは、そんな彼の後を慌てて追いかける。
 去っていく二人の少年少女を見送りながら、キラはふと奇妙な感覚に気づく。
(あのレイって子……どこかで会った事があるような気もする)
 しかし、それが何時何処であったか、キラには思い出せなかった。