Seed-NANOHA_547氏_第23話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 18:12:57

 デュナメイスに戻って来たキラは、艦長室に呼ばれていた。キラがカガリ達に訴えた件について、マリューとバルトフェルドが詳しい事情を本人から聞く為だった。
 キラからその望みを聞かされ、マリューは戸惑いながらも再度確認する。
「──でも、貴方は本当にそれでいいの?」
「はい。もう逃げるのは止めにしよう、って……そう決めたんです」
 どこか吹っ切れた表情で答えるキラ。
 そんな彼の眼を見て、バルトフェルドはふと思い返す。キラと初めて対峙した時も、彼は今のような眼をしていた。いや――今は、あの頃には無かった力強さも感じる。
「いいんじゃないか? 自棄になっているわけではなさそうだし、実際に戦うのは本人なんだからな」
 バルトフェルドの言葉を受けて、マリューはしばらく考え込むが、やがて顔を上げた。そもそも、本人がそれを望み、カガリ達も了承しているというのだから、仕方ないというのもあったが──
「分かりました。キラ君の意志を尊重します」
「ありがとうございます、マリューさん。バルトフェルドさんも」

 

 と──。
 その時、マリューの元に、チャンドラからの通信が入った。端末を操作して、それに応じる。
「──どうしたの?」
『アスラン君が乗艦許可を求めています。何でも、キラ君に呼ばれたらしいんですが……』
 マリューが確認するような視線をキラへ向けた。
「はい、僕が呼びました。アスランにも説明しておいた方が良いと思って。オーブでの事とか……なのはちゃんの事とか」
 キラの考えに、バルトフェルドも賛成する。
「それもそうだな。いざという時、ミネルバ側にも事情を知っている人間が一人はいた方が良いだろう」
 その対象として、アスランは彼らにとって、最も都合の良い人物だった。マリューにも異存は無く、チャンドラへと返信する。
「分かりました。アスラン君の乗艦を許可します」
『了解です』
 チャンドラとの通信を終えると、マリューは再び端末を操作しながら口を開いた。
「一応、マユちゃんも呼んでおきましょう」
 魔法や異世界に関して、自分達の中で最も詳しいのは彼女だから──と、付け加えて。

 

 そうして、三人はマユとアスランの到着を待った。

 

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 南太平洋上空を大洋州連合の方に向かって飛行中の小型旅客機が一機。その機体の横っ腹にはオーブ連合首長国の国章が描かれている。周囲にはムラサメが三機、護衛として随伴していた。
 旅客機の機内では、シートに座っているカガリが憂欝そうな表情を浮かべながら、窓越しに外を眺めている。
 カガリと向かい合って座っているユウナが、彼女に声を掛けた。
「……ずいぶんと晴れない表情だね?」
 思考の海に埋没していたカガリは、ユウナの言葉で我に返る。
「あ……ああ。いや、何でもない」
 取り繕うように答えるカガリに、ユウナは嘆息した。
「また、弟君の事でも考えてたのかい?」
「…………」
 図星だった。カガリは答えずに、視線を落とす。
「デュランダル議長は承認して下さったんだし、問題は無いだろ? まあ、僕としては演出面を考えると残念ではあるけどさ」
「ユウナ!」
 相手の些か不謹慎な物言いに、カガリはつい声を荒げてしまう。
 しかし、ユウナは気に掛けた様子もなく口を開く。
「『守りたいものを全力で守る為』って、本人も言ってたじゃないか。デュナメイスや彼自身の生還率も多少は上がるわけだし、カガリにとっては歓迎すべき事じゃないか?」
「それはそうだけど……」
 カガリもキラ本人の口から聞かされたその意志に納得はしていた。だが、それでも今さらながらに後ろ暗さを感じてしまう。
「アイツはお人好しで良い奴で……本当は戦争になんか向いてないんだ……」
「──カガリ。それはずるいんじゃないかな?」
「えっ?」
 カガリは驚き、ユウナの顔を見る。彼の表情は滅多に見せない真剣なものだった。
「君は国家元首として、自国の兵である彼を戦地に送り出したんだ。それを今になってそんな言葉を口にするだなんて、彼に対しても失礼だよ」
「…………」
 カガリには返す言葉もなかった。たしかに、今さら姉としてキラの事を心配するのは、ある意味卑怯とも言えるだろう。
「彼は彼の意志で、彼の戦いをしてる。それに応える為にも、僕達は僕達の戦いで結果を出さなくちゃならない。戦闘だけが戦いじゃないからね」
「……そうだな。すまない、ユウナ」
「いや。僕に謝られてもね……。まあ、取り敢えずは、大洋州連合との正式調印をきっちり済ませようよ?」
「ああ、そうだな」
 カガリは頷いた。
 それにしても──と、ユウナを見やる。まさか、この男を腹心として頼る事になるとは、ついこの間までは考えてもいなかった。
「ん? 僕の顔なんか見つめて……もしかして、僕に惚れちゃったとか?」
 茶化すようにユウナは言う。赤くなって反論するカガリを、彼は想像していたのだが──
「ああ。これからも頼らせてもらうよ」
 微笑んで答えるカガリ。その視線は吸い込まれそうになるくらい、どこまでも真っすぐだった。
 ユウナは毒気を抜かれて、逆に顔を赤らめてしまう。
(まったく……これだからかなわないだよなぁ)
 カガリの持つ魅力は、彼女の本質であり、天性のものだった。カリスマ性とは少し異なるが、自然と人心をひきつけるそれは、ある意味では父のウズミ・ナラ・アスハをも超え、オーブの民衆から慕われる要因となっている。
 もっとも、それは単純な人柄の話であり、相手の打算などが絡んでくるとまた違ってはくるが。
「──どうしたんだ、ユウナ? ニヤニヤして……なんか気持ち悪いぞ?」
 カガリは半眼でユウナを見ている。
「いや、何でもないよ」
 ユウナは右手をひらひらさせて答えた。

 

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 アスランは唖然としていた。オーブにいたラクスが襲撃されていた事にも驚かされたが、それ以上に――まさか、魔法などというものが現実に存在するとは到底思えなかったからだ。
 デュナメイスの艦長室にマリュー、バルトフェルド、キラ──そしてマユを含めた五人が集まっていた。
 この場になぜマユまで一緒にいるのか、最初は不思議に思っていたアスランだったが、異世界や魔法の事も含めたオーブでの経緯を聞かされて納得する。
「──そんな事が……いや。だが……」
 信じられないといった様子のアスラン。だが、キラ達にこのような嘘をつく理由があるとも思えない。
「まあ、いきなりこんな事を言われても、信じられるわけないよなぁ」
「いえ、疑っているわけではないんですが……」
 バルトフェルドの言う通り、信じ難いのも本音だった。
「とりあえず、頭の隅に覚えておいてくれればいいわ。ああなったMSには私達の兵器では手も足も出ないから、絶対にまともには戦ったりしないで」
 マリューの忠告を受けても、アスランはいまいちピンとこない。
「そんなに凄いんですか?」
「僕は直接戦ったんだけど、ビームはライフルもサーベルも通じなかった。なのはちゃんの話だと、実弾兵器でも結果は変わらないみたいだしね」
 キラが実体験を交えて説明する。
「しかし……例えば陽電子砲なら――」
「無理だな。魔法の力で飛んでいるせいなのか、動きも桁違いになるようだしな……大砲も当てられないのでは、意味が無い」
 アスランが挙げたのは、この世界において携帯可能な兵器の中で、現在最も高い火力を誇る陽電子砲。それは、バルトフェルドによって、即座に否定されてしまう。オーブでキラが戦ったゲイツの事を思うと、取り回しの悪い巨砲などに当たってくれるとは思えなかったからだ。
 アスランは眩暈を覚えた。相手の動きを何とかして捉えられる武器では、障壁を抜いて直撃させるだけの威力が無い。障壁を破れる可能性が残されている高火力兵器はあるものの、今度は相手に当てる事が適わない。そのようなMSを、いったいどのようにして破壊しろというのか。先程のマリューの忠告を彼は本当の意味で理解した。
「だから、もしもの時はアスランにも協力してほしいんだ。今はまだ、ミネルバの人達に説明するわけにはいかないから」
「説明したところで、信じてはもらえんだろうしな」
 キラとバルトフェルドの意見には同意できるが、自分の力が何の役に立つのかと、アスランは思う。
「しかし、協力といっても……」
「ミネルバとそのMS隊を抑えてくれればいいわ」
 マリューの願いは、フェイスの権限を使えば何とかなるだろう。
「後は一定以上の距離を保ったまま足止めをして──」
「なのはちゃんが来てくれるのを待つしかない」
 バルトフェルドの言う通り、そのような規格外の相手では、その場でできるのは、足止めぐらいのものだろう。そして、キラの言葉通り、その魔導師の少女とやらが来てくれるのを待つしかないようだ。
 だが、アスランには一つの懸念があった。

 

「ただ……ミネルバに一人、俺の制止を聞かずに突っ込んでいってしまいそうな奴がいる」
「それって……もしかして、お兄ちゃんの事ですか?」
 アスランはマユの手前、シンの名を直接出す事を遠慮していたのだが、その気遣った相手によって台無しにされる。
 それでも、アスランは少しばつが悪そうに答える。
「うっ……まあ、そうなんだが……」
「あのぉ……その事だったら……」
「ん? どうしたんだ? マユ」
 言い淀むマユをバルトフェルドが訝った。
「わたし……お兄ちゃんには喋っちゃいました……全部」
 マユの言葉に、一同は呆然となる。その場の空気に居たたまれなくなって、マユはつい謝ってしまう。
「その……ごめんなさい! 一応、『誰にも言わないで』とは約束したんですけど……」
「いや……まあ、マユが謝る必要はないが……」
 バルトフェルドがフォローを入れる。マユの場合、自分が体験した過去を実の兄に語っただけに過ぎないのだから、と。
「俺としてはやりやすくなって、助かるけどな」
 アスランが肩をすくめながら言う。ちゃんとした理由も言えない状態で、シンを抑えきれるかといえば、正直あまり自信は無い。フェイス権限を使った上官命令として従わせる事もできるが、人間関係的には好ましくない手段であり、アスランも気が進まなかった。
「アスランさん。……お兄ちゃんって、そんなに好き勝手やってるんですか?」
 おずおずと尋ねるマユに、アスランは苦笑する。
「まあ、多少は手を焼かされる事もあるが……真っすぐで良い奴だよ、アイツは。ただ、ちょっと不器用なだけさ」
「はい。その……ありがとうございます」
 アスランの言い様や、先日のデュナメイスでの一件もあって、マユは兄に対して粗暴な一面を抱きつつあった。それだけに、アスランのシンに対する好意的な評価が嬉しかった。
「だけど――俺が今言った事は、シンには伝えないでほしい。……調子に乗られては、堪らないからな」
 真顔でマユに口止めするアスラン。
 マユは、くすっと笑うと、「分かりました」と言った。

 

「それはそうと……なのはちゃんに関する事を知っている人間を一度整理しておいた方が良さそうね」
 マリューの提案に、一同は頷く。いざという時に、事情を把握している人間同士が協力し合える方が良いに決まっているからだ。
「ここにいる人達を除けば──ラクスとシン君。母さんとマルキオ導士。それに、カガリとユウナさんぐらいかな……?」
 他の者達も、キラが挙げた人物達以外には思い当たらないようだった。孤児院の子供達も、なのはが魔法を使うところを見ているが、まだ幼い為、数には入れていない。
 ここで、アスランだけは引っ掛かる点があった。
「ちょっと待ってくれ。……ユウナ・ロマも知っているのか?」
 アスランはユウナの政に対するシビアさを知っていた。そのような秘密を握れば、彼はオーブの利益の為に喜んで利用するだろう。それ故の懸念だった。
「うん。だけど、ユウナさんの事はカガリも信頼しているみたいだし、ユウナさん自身もなのはちゃんと約束してたしね」
「……そうか」
 キラへと返事をするアスランの心境は、やや複雑なものだった。
(……嫉妬いているんだろうな、俺は)
 アスランは、このような時にまで恋慕から嫉妬してしまう自分自身を、人知れず自嘲した。
(――ん?)
 ふと、時刻を気にすると、既にかなりの時が経ってしまっている事に、アスランは気づく。
「――と。そろそろ、ミネルバに戻らないと……出立予定時刻まで、もう余り時間が無い」
「そのようね。とりあえず、アスラン君には事情を説明できたわけだし……今は私達がやらなくてはいけない事に、気持ちを切り替えましょうか」
 マリューの言葉で、この場での話は切り上げられた。

 

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 左右に聳え連なる岩山。その間には吹き溜まりのような砂地。草木の一本すら無い渓谷を四隻の戦艦が進む。地上艦レセップス級デズモンドと中型地上艦バグリイが先行し、ミネルバとデュナメイスがその後尾に続く。
 作戦開始時刻の到来とともに、その開始ポイントへと進入する。そこはガルハナン基地の索敵範囲内ぎりぎりの位置だった。
『作戦開始』の打電がラドル司令官の乗るデズモンドから発進されると、各艦から次々とMSが出撃していく。
「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
 ミネルバから発進したシンは、インパルスのパーツたるチェストフライヤーとレッグフライヤー、オプションのフォースシルエットを従えて、主力部隊とは異なる針路を取った。
 手元のモニターに映し出されている地形図に目をやりながら、彼はコニールの言葉を思い返していた。
 ――〝ここに、本当に地元の人もあまり知らない坑道があるんだ。中はそんなに広くないから、もちろんMSなんか通れない。でも、これはちょうど砲台の下、すぐ側に抜けてて……今、出口は塞がっちゃっているけど、ちょっと爆破すれば抜けられる〟
 シンは、広がる岩壁の中に、細長い裂け目を見つける。
「……あれか!」
 それは注視していなければ見過ごしてしまうような、とても狭い穴だった。今回の作戦の成否が、この坑道を抜け切れるかどうかにかかっているといった重圧を自覚しながらも、シンは躊躇する事なくコアスプレンダーを岩壁の裂け目へと飛び込ませた。

 

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『エリアワンより接近する熱源あり。スクランブル。MS隊は直ちに発進せよ』
 連合のガルハナン基地内部に警報が鳴り響く。司令部の熱源探知モニターに映し出されている四つの大きな光点。
「識別、ザフト軍地上戦艦レセップス級一、ピートリー級一、それと……ミネルバとデュナメイスです!」
 熱紋解析を行っていたオペレーターの報告に、司令部全体に緊迫した空気が奔った。
 先日発表された、プラントとオーブの正式な同盟。そして、連合軍内部には既に広く知れ渡っている、二国の要とも言われている戦艦――ザフトの新造艦ミネルバと、不沈艦アークエンジェルを彷彿させるオーブの戦艦デュナメイス。
 しかし、基地司令官は、現在迫りつつある敵艦隊を問題にしていなかった。
「奴らめ。全く性懲りもなく! どのような艦を持ってこようが、結果は変わらん!」
 彼は基地の防衛に、絶対の自信を持っていた。
「ローエングリン起動! ゲルズゲー、及びザムザザー隊も発進させろ!」
 渓谷全体を睥睨する陽電子砲。その陽電子砲すら無効化するMA隊。これらがある限り、ガルハナン基地は難攻不落であると、司令官は誇っていた。
「司令。スエズからも増援を送るとの事ですが……」
「……『了解した』と、打電しておけ」
 司令官は増援など不要だと思っていたが、上層部の意向に逆らってまで拒否する意味もない。
「まあ、増援がここに着く頃には、全てが終わった後だろうがな」
 高笑いする彼は、自軍の勝利を微塵も疑っていなかった。