Seed-NANOHA_547氏_第26話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 18:16:04

 シャワーを浴び終わったマユは、特に行く当てもなくデュナメイスの通路を歩いていた。ふと辺りを見回すと、自分がいる場所が、医務室の近くだと気づく。医務室の前まで行き、そ~っと扉を開いて中を覗く。
(……キラ君、まだ寝てる?)
 医務室のベット寝ているキラの側まで、静かに歩み寄るマユ。キラの寝顔を見下ろしながら、改めて考える。
(この人が、お父さんとお母さんの仇なんだよね……)
 眼下で寝息をたてるキラは、無防備そのものである。
(今なら……わたしにでも殺せるかな?)
 その辺にある物を使って、喉や心臓を串刺しにするか、首でも絞めてみるか。
(……ここにいるのがわたしじゃなくて、お兄ちゃんだったら、どうするのかな?)
 おそらく、あの根が優しい兄は、キラを殺したりはしないだろう。そのような結末を選ぶとは思えない。
(わたしも……なのかな?)
 例えば、この場でキラを殺したとしよう。当然、ラクスやカガリ、アンディやアスランなどは、キラを殺した自分を恨む事だろう。
(そんな風になっちゃうのは嫌だなぁ……)
 つまりは、そういう事なだけなのかもしれない。
(結局……、自分が嫌われたり恨まれたりしたくないだけなのかも)
 マユが自己嫌悪に思わずため息を漏らしていると、不意に下の方から呼びかけられる。

 

「マユちゃん?」
「え?……ひ、ひゃあぁぁっ!?」
 いつの間にか目を覚ましていたキラに呼ばれて、マユは驚き飛び退いてしまう。
「そ、そんなに驚かなくても……」
「あ~、びっくりしたぁ……。キラ君、起きてるなら起きてるっ言いってよ!」
「ご、ごめん」
 理不尽なものを感じなくもないが、マユの剣幕に圧されてキラは思わず謝ってしまう。
「――で、マユちゃん。僕に何か用?」
「え? え~と……」
 キラに用件を訊ねられたマユは、返答に詰まってしまう。元々、何か用があったわけではない。ましてや、「殺してみようか」と、考えていたなどと言えるはずも――
(……言ったら……どうなるのかな?)
 まるで悪魔に誘われるかのように、マユは言葉を発していた。
「……キラ君が無防備に寝てるもんだから、『襲ってみようかな』って、考えてたの」
 キラは目を見開いてしばし呆然とした後で、真剣な面持ちで口を開く。
「その……僕にはラクスがいて……そ、それにマユちゃんには、まだちょっと早いと思うんだ」
「…………ぷっ」
 あたふたと焦りながら的外れな返答をするキラに、マユは吹き出してしまう。たしかに、自分の言い方も悪かったかもしれないが、それでもキラの勘違い全開の返答は、マユのツボに嵌ったようだ。
 盛大に笑い続けるマユを見て、キラは困惑しながらも声を掛ける。
「ま、マユちゃん?」
「――ご、ごめん。今のは冗談だよ」
 マユはお腹を押さえて笑いを堪えながら、何とかキラに返事を返した。
「だ、だよね。変だと思ったんだ」
 キラは後頭部をかいて苦笑する。
(きっと、あんな夢を見た後だから……おかしな事、考えちゃったんだ……)
 今ならはっきりと分かる。目の前にいる、少々ズレたところのある男は――たしかに、両親の仇になるのだろうが――いなくなっても構わない人物などではないと。

 

「ところで、キラ君。身体の具合はどう?」
「ん? そうだな……」
 疲労感も頭痛も、今はもう感じない。
「うん。大丈夫みたいだ」
「だったら、お願いがあるんだけど……」
 言いよどむマユに、キラは促すように訊ねる。
「また、シミュレーターで相手して欲しいな。上陸許可もまだ下りてないし、やる事なくって」
 マユとしては、先程の夢や、それに影響されてしまった自分を払拭したいのが本音だが、キラには黙っておいた。
「わかった。じゃあ、今から行こうか?」
「うん。今度こそ勝つからね」
 シミュレーターの模擬戦ではあるが、マユはキラと――無論、キラは上手く手加減してはいるが――それなりに戦える程度にまで、MSの操縦技術を習得しつつあった。
 それは、本当に彼女自身の資質によるものだけなのだろうか?――当然ながら、現状でそういった疑問を持つ者は、誰もいなかった。

 

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 シン達は、保養施設のテラスでデュランダル議長直々の出迎えを受けていた。
 ふと、シンはデュランダルの向こうに、見知った人物がいる事に気づく。
(あれ? レイと艦長も来てたんだ……)
「やあ。久し振りだね、アスラン」
 デュランダルはそう言いながら、敬礼するシン達の方へ歩み出る。彼は、まずアスランに手を差し出した。
 アスランは敬礼していた手を下ろして、差し出された手を握り返した。
「はい、議長」
 次に、デュランダルはシンとルナマリアに目を向ける。
「それから、君達はミネルバのパイロットだね?」
「は! ルナマリア・ホークであります!」
「シ……シン・アスカです!」
 ルナマリアが普段の彼女らしいはきはきした調子で名乗ったのに対し、シンは緊張からかたどたどしくなってしまう。
 デュランダルはシンの名前に反応を示した。
「ああ……君の功績は聞いているよ。受勲の申請も来ていたね……結果は早晩手元に届くだろう」
「あ……ありがとうございます!」
 シンはプラント最高評議会議長からの直々の賞賛に胸を熱くする。

 

 用意されていたテーブルの席についてからも、デュランダルからの賞賛は続いた。
「例のローエングリンゲートでも素晴らしい活躍だったそうだね、君は」
「いえ、そんな」
「アーモリーワンでの発進が初陣だったというのに、大したものだ」
 議長が自分の働きを評価してくれている事に、シンはすっかり舞い上がっていた。普段なら本人の前では言えないような事も、するりと喉から出てくる。
「あれはザラ隊長の作戦が凄かったんです。俺――いえ、自分はただそれに従っただけで……」
(し……シンが他人を褒めてる)
 ルナマリアはアスラン越しにシンを見ていて驚いていた。彼女が知る限り、シンが他人を褒めているところなど、見たことが無かったからだ。
(まあ、これだけ褒められたら、舞い上がっちゃうのも無理ないわよね)
 かく言う彼女自身も、すっかり気分を良くしていた。
「この街が解放されたのも、君達があそこを陥としてくれたおかげだ。いや、本当によくやってくれた」
「ありがとうございます!」
 ルナマリアは喜色満面の顔で、勢いよく頭を下げた。

 

 その後、現在の戦況の話となっていく。
「ともかく今は、世界中が実に複雑な状態でね……」
 嘆息するデュランダルに向かって、タリアが訊ねる。
「宇宙(そら)の方は今、どうなってますの? 月の地球軍などは?」
「相変わらずだよ。時折、小規模な戦闘はあるが……まあ、それざけだ」
 それを聞いたシンは少し安心した。少なくとも、今すぐプラントに危機が及ぶような事はない様だ。
 隣を見ると、ルナマリアも安堵しているようだ。彼女達のように本国に家族がいる者にとっては、何よりの報せだろう。
「そして地上は地上で、何がどうなっているのか、さっぱり分からん。この辺りの都市のように、連合に抵抗し、我々に助けを求めてくる地域もあるし……いったい何をやっているのかね? 我々は……」
 デュランダルはそう言って肩を竦めた。
 今回の開戦の発端は、ユニウスセブンの落下が原因だったはずだ。コーディネイターを許せないと、撃ってきたナチュラル。それに撃ち返すコーディネイター。乱暴な言い方をするなら、前大戦と同様の図式だったのだ。
 しかし、現状はそう単純ではなくなっている。ナチュラル同士でも殺し合い、コーディネイターに助けを求める地域さえあった。このディオキアの街や、先日のガルハナンにしても同じだ。
「停戦、終戦に向けての動きはありませんの?」
 タリアの問い掛けに、デュランダルは苦笑する。
「残念ながらね……。連合側は何一つ譲歩しようとしない。戦争などしていたくはないが……それではこちらとしても、どうにもできんさ」
 デュランダルは辟易とした表情でそう言った後、シン達に微笑みかけた。
「いや……軍人の君達にする話ではないかもしれんがね……。戦いを終わらせる――戦わない道を選ぶという事は、戦うと決めるより、はるかに難しいものさ。やはり……」
 デュランダルの語りから、地球連合の不条理さに怒りをたぎらせていたシンは、思わず口を開いてしまった。
「でも……!」
「ん?」
 デュランダルがシンの方を向いた。彼だけではなく、その場にいる者すべての視線を受けて、シンは我に返る。途端、自分が相手にしているのが誰であるかを思い出し、慌てて頭を下げる。
「あ……すいません!」
 だが、デュランダルは微笑んでシンを促した。
「いや、構わんよ。思う事があったのなら、遠慮なく言ってくれたまえ。実際、前線で戦う君達の意見は貴重だ。私もそれを聞きたくて、君達に来てもらったようなものだし。さあ」
 シンはタリアの方を見るが、彼女は咎めるような事はせず、微笑んで頷いた。シンは意を決して、思いを言葉にする。
「……確かに、戦わないようにする事は大切だと思います。でも――」
 思い返されるのは二年前。無力だった自分。無為に殺された両親。左腕を失った妹。
「敵の脅威がある時は仕方ありません! 戦うべき時には戦わないと……何一つ……自分たちすら守れません」
 シンは憤りを込めて、デュランダルに対して訴え続けた。
「普通に、平和に暮らしてる人達は、守られるべきです!」
 タリアやルナマリアは意外なものを見る目で、シンを見ていた。彼がこのような思いを抱いていたなどと、彼女達は思っていなかったからだ。
 感情の勢いに乗せて言葉を発していたシンは、ここでそのトーンを落としてしまう。
「そう思って、今まで戦ってきました……。ですけど……」
 先日のガルハナンで目にした、守られるべきはずだった者の狂気。それは、シンの心に暗い影を落としていた。
 ふと、彼はアスランを見やると、視線が合った。思わず、彼に助けを求めるような眼をしてしまう。
 アスランは、そんなシンに応えるかのように語り出した。
「私は以前、言われた事があります。『殺されたから殺して、殺したから殺されて……それで本当に最後は平和になるのか』と。私はその時、答える事ができませんでした。そして今も……『なる筈がない』とだけは、はっきりと分かっているのに……その為にどうすればいいのか答えを見つけられないまま、また戦場にいます」
 その言葉に、シンはハッとする。一度聞かされたはずなのに――アスランもまた、自分と同様に悩み答えを探しているのだと、今さらながらに気づく。
 デュランダルは、アスランの言葉に感心したように頷いた。
「そうだね……何故こうも我々は戦い続けるのか?……実は問題はそこなのだ」

 

 彼はテーブルに肘を着き、顔の前で両手を組むと、語りを続ける。
「君達は知っているかね? 昔から戦争を産業として考え、争いを作り上げてきた者達がいる事を」
 シン達は衝撃を受けた。戦争を産業として見た事など、今まで一度もなかったからだ。
「議長……そんなお話……」
 タリアがそっと窘めるが、デュランダルは僅かに笑みを見せるだけで、話を止めはしなかった。
「戦争になれば様々な者が破壊され、次々に新しい兵器が生産され売られていく。これを産業として捉えるならば、これほど回転が良く莫大な利益を生むものは、他には無いのだよ」
 そう語るデュランダルの声と表情に、苦さが加わっていく。
「あれは敵だと……撃たれたから許せないと……。人類の歴史には、そうやって常に敵を作り、戦争を生み出してきた者達がいるのだよ。自分達の利益の為に……ね」
 デュランダルはやり切れなさそうに嘆息する。
 シンは、あまりにも次元の違う内容に呆然としていた。自分達の利益の為に戦争を起こし、人の命を糧に巨額の富を得る――完全に理解できる範疇を超えていた。そのような理由に比べれば、『コーディネイターだから』という理由の方が、良し悪しはともかく人間味がある。
「今回のこの戦争の裏にも、間違いなく彼ら――ロゴスがいるだろう。彼らこそが、あのブルーコスモスの母体でもあるのだからね」
「そんな……」
「ロゴス……」
 デュランダルが語る戦争の裏事情を理解し、シンは黙り込んでしまう。
 アスランはロゴスという存在に、戸惑いを感じていた。この戦いの連鎖が、本当にそんな実体を掴めない者達の所為だとしたら、自分達は一体どうすれば良いのだろうか、と。
「……だから、難しいのはそこなのだ。彼らに踊らされている限り、プラントと地球は、これからも戦い続けていくだろう……。できる事なら、それを何とかしたいのだがね、私も。だが、それこそが……何より本当に難しいのだよ……」
 デュランダルは深く息をついて、沈みゆく夕日に目を細めた。

 

 デュランダルとの謁見が終わり、彼の勧めもあって、シン達はこの施設で一泊させてもらえる事となった。ザフト所有の宿舎とはいえ、ディオキアの最高級ホテルに引けをとらない施設である。
 そのような所に泊まれる事を、ルナマリアは喜び、シンと顔を見合わせるが――。
「ん? シン、どうしたの? 嬉しくないの?」
「あ、いや……もちろん、嬉しいよ」
 訝るルナマリアを、シンは心中で恨んだ。デュランダルの目を気にするが、彼はアスランと話していて、こちらの会話は聞かれていないようである。
 シンはこの謁見が終わった後、港に戻ってマユに会いに行こうと考えていた。だが、せっかくの議長の厚意を無下にするわけにもいかないし、豪華ホテル級の部屋での一泊にはそれなりに興味もあった。
 デュランダルに敬礼をし、退席して行くシン達。
 しかし、アスランだけは、その場に残った。
「実は、折り入って頼みたい事があるのだがね」
「私に……でしょうか?」
 頷くデュランダルは意味ありげな笑みを浮かべる。
「デュナメイスには『彼』が乗っているそうだね?」
 そう言われてアスランに思いつく人物は、バルトフェルドと──。

 

「……キラ・ヤマトの事でしょうか?」
 デュランダルが言っている人物の事を、アスランはキラの事だと思った。
 どうやら正解だったらしく、彼はそれまで浮かべていた笑みをさらに深めると、テラスの手摺りの方へと歩いていく。
「ヤキンのフリーダム。そのパイロットだった、キラ・ヤマト。ぜひ一度、会ったみたいのだかね」
 対するアスランは身構えてしまう。『プラント最高評議会議長が、いわくつきのフリーダムのパイロットに会いたい』というのは、彼にとって決して穏やかに受け取れるものではない。
 しかし、デュランダルは、そんなアスランの心配を察してか、振り返って苦笑した。
「勘違いしないでくれたまえ。今さら、前大戦での事を蒸し返す気は無いさ。……正直に言えば、その事で君やラクス嬢を敵に回したくなどないからね」
「あ……い、いえ! その様な事は……」
 慌てて否定するアスラン。一歩間違えれば、全てが彼にとって悪い方向へ転がりかねない会話なのだから、無理もない。
「まあ、私も個人的に彼に興味があるのは確かだが……。ラクス嬢に彼と会わせてさし上げたいのだよ。恋仲なのだろう? 彼女達は」
「え……ええ。まあ、そうなんですが……」
 突然、アスランの予期せぬ方向へ話が変わり、彼は対応が追いつかない。
 デュランダルは戸惑うアスランを見て、わざとらしく言った。
「ああ、すまない。ラクス嬢の元婚約者だったね、君は。私が至らないばかりに、不愉快な思いをさせてしまった」
 デュランダルは、アーモリーワン強奪事件の際に、既にアスランとカガリの仲を看破している。加えて、アスランの性格を考えた上での発言だった。彼は一度に多くの問題を正確に判断できない傾向がある。こと、戦闘・戦況においては、的確な判断を下せるにも関わらずにである。
 時間をかけて自らの意図を説明するよりも、手間のかからない手段をデュランダルは選んだのだ。彼の思惑通り、アスランが最初に抱いた警戒心は、綺麗さっぱり吹き飛んでいた。
「い、いえ。もう、昔の事ですから……。分かりました。そういう事でしたら、お引き受けします」
「うむ。ありがとう、アスラン君。よろしく頼むよ」
「はい。では、私はこれで」
 アスランは敬礼をしてから、テラスを後にした。

 

 アスランを見送っていたデュランダル。ふと、アスランと入れ違いにやって来る人影に気づく。
「おや……。レイ、どうしたんだね?」
「ギル……」
 レイの表情は強ばっていた。デュランダルには、それが怯えている様にも見えた。
「……キラ・ヤマトの事だね?」
 デュランダルの言葉に、レイは身を硬くした。彼は縋るような目で、デュランダルを見つめる。
 レイはデュランダルの真意を知るのが怖かった。
「キラ・ヤマト……。レイ。君が君である為に、避けてはならない相手だよ、彼は」
 俯いてしまうレイ。
(人の夢、人の未来――その素晴らしき結果、キラ・ヤマト。だが、俺は……)
 キラ・ヤマトという、夢のたった一人を創る資金の為に、作られた存在――己の死すら金で買えると思い上がった愚か者、アル・ダ・フラガの出来損ないのクローン。顔も知らない男の欲望によって創られ、その遺伝子とともに、すでに残り少ない寿命をも受け継いだ自分。
(父も、母もない。俺は、俺を創った奴の夢など知らない。人より早く老化し、もう、そう遠くなく死に至るこの身が、科学の進歩の素晴らしい結果だとも思えない)
 夢の果てに創られたというのに、夢を持つだけの時間すらない自分。レイは今にも泣き出してしまいそうな顔で、デュランダルを見上げる。
「ギル……俺は……」
 そんなレイに、デュランダルは優しく微笑みかける。
「レイ。以前にも、私は言ったね?『君もラウだ』と」
 ぎこちなく頷くレイ。
「だけどね、レイ。君は――」
 デュランダルはレイに何かを言い掛けるが、言葉を止め、小さく息をつく。
「……君は、君がラウ・ル・クルーゼである事を乗り越えなければならない」
「乗り……越える……?」
 レイはデュランダルの言葉を反芻する。しかし、彼の求める答えは、未だ闇の中だった。

 

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 アスランは港――デュナメイスが接舷している場所に来ていた。しばらく持っていると、艦のメインゲートから、目当ての人物が姿を現した。
(……来たか。──って!?)
 呼び出してもらっていたキラが降りて来るのは当然だ。アスランが驚いたのは、キラの後ろにマユがついて来ていたからである。
 キラとマユ。二人の因縁を知っているだけに、現在の二人の関係は微妙なものになっていると思っているからだ。前回、デュナメイスを訪れた時はバルトフェルド達も一緒だったのだが、キラとマユの二人だけというのは、アスランにとって意外なものだった。
「お待たせ、アスラン」
「アスランさん、こんにちは」
「あ、ああ。こんにちは、マユちゃん」
 アスランはつい怪訝な視線をマユに向けてしまうが、彼女はそれを受け取り違ってしまう。
「あ……お話の邪魔でしたら、向こうに行ってましょうか?」
「い、いや。別に聞かれて困る話ではないんだが……まあ、いてくれて構わないよ」
 マユの気遣いをアスランは制した。
「で、アスラン。話って?」
 キラに促されて、アスランは彼に用件を伝える。
「実は、議長がお前とお会いしたいと仰ってるんだ」
「デュランダル議長が?」
 プラントの最高評議会議長が、自分に何の用があるというのだろうか?──キラは疑問に思った。思いつく理由はあるにはあるが、それはとても穏やかなものではないし、今さらな気もする。自分を捕らえる機会なら、これまでいくらでもあったはずだ。
「ああ。まあ、それは方便で、実際はラクスを気遣ってらっしゃるようだ」
「ラクスを?」
 アスランはこくりと頷く。
「議長と一緒に、彼女もここに来ているそうだ。で……どうする?」
 今を逃せば、次にラクスと会える機会が、いつになるか分からない。ましてや、自分は戦場にいるのだ――これが最後の機会である可能性も決してゼロではない。キラにとっては考えるまでもなかった。
「わかった。だったら行くよ」
「そうか。じゃあ、明日の朝、迎えに来るから、予定は空けておいてくれ」
 そう言って立ち去ろうとするアスランを、マユは呼び止める。
「あ……アスランさん」
「ん?」
 振り返るアスランに、マユはなかなか言いたい事を言い出せない。キラはそんなマユの頭に手を置いて、代わりにアスランへ言う。
「シン君と会わせてあげられないかな?」
「ああ……――」
 アスランはしばし思案する。議長が泊まっている施設内に、他国の者であるマユを入れるには手続きが必要だが、自分が同伴して、施設の入り口付近でシンと会わせるくらいなら問題は無いだろう。
 少し屈んで、マユに微笑みかけるアスラン。
「俺が戻る先にシンもいるから、一緒に来るかい?」
「は、はい。ありがとうございます!」
 マユは表情を満面の笑みで染めて礼を言った。

 

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 ディオキア市街地にあるホテルの一室。なのははベットの上で仰向けになって寝ていた。夕食と入浴はすませており、あとは寝るだけといった状態である。昼間に見たザフト基地の方で行われた慰問コンサートの事を、なのはは思い出していた。
 買い出しの後にレストランで昼食をとっていた時、店員から慰問コンサートが行われる事を教えてもらった。その舞台の主役がラクスだと知って驚いたが、せっかくなので見に行く事にしたのだ。幸い、観賞するにあたってチケット等は不要だったので、街と基地とを隔てるフェンス越しではあるが、なのはもディオキアの街の人々と一緒に観る事ができた──とはいっても、数千人もの人々がフェンス際に集まった為、なのはにはラクスの姿までは見えなかったが、それでも彼女の歌だけは聴く事ができた。
 ラクスの歌はとても優しい感じがして、なのはの心にも染み渡った。あれなら、戦争で亡くなった人々やその遺族にも安らぎを与えられるだろう。
「ラクスさんの歌、凄く良かったね?」
《Yes》
 なのはに答えるレイジングハート。普段、プライベートな会話はあまりしないレイジングハートだが、異世界で孤立してしまっている主を気遣って、なるべく返事をするようにしていた。
 もちろん、なのはの方もそんな愛機の思いやりを感じ取っている。自身が置かれている状況を考えると、些か不謹慎だと思わなくもないが、愛機との何気ない会話が増える事が、なのはは嬉しかった。
「それにしても……あの反応、何だったんだろう?」
 慰問コンサートを見終わってディオキアの街を発とうとした時に、一瞬だけではあるが、ダーククリスタルとは異なる魔力反応を感じたのだ。レイジングハートも察知しているので、決して気のせい等ではない。そこで、付近を探索してみたのだが、夜になっても成果は挙がらなかった。
「……明日も探索してみて何も見つからないようだったら、こっちの方は切り上げよう」
《All light》
 この街での探索に時間を割いてしまえばしまう程、今度はダーククリスタルの捕捉が困難になってしまう。なのはとレイジングハートが定めたタイムリミットは、自分達の探査能力を考慮した上でギリギリのものだった。