Seed-NANOHA_547氏_第27話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 18:17:05

 黒色のスポーティーなオープンカー。ディオキア基地でシンがレンタルした物である。
 彼はマユと街へ出掛ける為に、午後から待ち合わせていた。久しぶりの都会然とした街で、妹との楽しい休日を過ごす予定だったのだが──シンの隣には、彼がよく見知っている姉妹の姿があった。ルナマリアから今日の予定を聞かれて答えたところ、彼女が「マユちゃんと一度会わせてよ?」と言い出したのだ。
(……絶対、ついて来る気だよなぁ)
 ジト目で隣の姉妹を見やるが、当人達は気づく素振りもなく雑談中である。どう見ても市街まで一緒に出掛ける気満々だった。

 

 シンが心中でホーク姉妹への愚痴をぼやいていると、やがて彼らのもとへマユが駆けてきた。
「遅くなってごめん、お兄ちゃん」
 かなり急いで来たのだろう。マユの息はかなり上がっていた。
「いいよ、別に。気にすんなって」
 すまなさそうにするマユに、優しく言葉を掛けるシン。
 だが、そんな彼の姿が、ルナマリアには納得いかなかった。
「あ~ら。シンってば、妹さんにはずいぶん優しいじゃない?」
「な、何でだよ? 別に普通だろ?」
「さっき、私達には『さっさとしないと置いてくぞ!』って、言ってたじゃない!」
「ルナ達が遅いからだろ!」
 シンとルナマリアの口論が白熱しかけたところで、マユがおずおずと口を開いた。
「あの~──」
 すっかり臨戦態勢に入りつつあったシンとルナマリアは、言い争いを止めて、マユの方を向いた。
「──えと……お兄ちゃん、この人達は?」
 マユは見覚えのない女性二人の事をシンに訊ねる。
「ああ……、この二人は──」
 マユにホーク姉妹を紹介しようとしたシンの前に、ルナマリアが出た。
「初めまして、マユちゃん。シンと同じ、ミネルバのMSパイロットをやってるルナマリア・ホークよ」
「妹のメイリン・ホーク。ミネルバのオペレーターをしてるの。よろしくね、マユちゃん」
 メイリンも姉に続いて、マユに自己紹介をする。
「あ……初めまして。マユ・アスカです。兄がいつもお世話になってます」
 そう言ってペコリと頭を下げるマユを見て、ルナマリアとメイリンは目を見合わせる。そして、シンとマユを見比べながら、ルナマリアが率直な感想を漏らした。
「……この娘、ホントにシンの妹?」
「どういう意味だよ!?」
 聞き捨てならずに声を荒げるシンをメイリンが宥める。
「まあまあ。せっかくのオフなんだから、いつまでもこんな事してないで、早く街に──ね、マユちゃん?」
 クスクスと笑い出しているマユをメイリンは訝る。シンとルナマリアも口論を止めてマユの方を見た。
 三人に視線が自分に向いている事に気づいて、マユが言った。
「お兄ちゃんとルナマリアさんって、仲が良いんですね」
「どこがだよ!」
「どこがよ!」
 そう反論する二人の叫び声は、ぴったり重なっていた。

 

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 キラは、アスランに連れられて、ザフトの保養施設を訪れていた。案内されたテラスからは黒海を一望できる。
 彼らを出迎えてくれたのは、長身長髪で気品漂う男性だった。
「よく来てくれたね、キラ・ヤマト君。私が、現プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルだ」
「は、初めまして。キラ・ヤマトです」
 デュランダルが差し出す手をぎこちなく握り返すキラ。そんな彼に、デュランダルは微笑みかける。
「そんなに構える必要は無いさ。どうか楽にしてくれたまえ」
「す、すみません」
 デュランダルの気遣いに、キラは少しだけ肩の力が抜ける。こういった場での作法の心得がないキラは安堵していた。キラは席を勧められて、椅子へと腰掛ける。その様子は、彼の隣に座るアスランと比べて、遠慮がちだった。
「こうして見ていると、まるで普通の学生のようだね。とても歴戦のパイロットには見えないよ」
 苦笑しながら、デュランダルはキラに対する率直な感想を漏らす。
「は、はぁ……」
「おっと……、これは失礼。だが、とても見えなかったものでね。君がスーパーコーディネイターだとは」
「──!?」
 デュランダルの言葉に身を強ばらせるキラ。それは、隣で彼らの会話を訝しげに聞いていたアスランも同様だった。
「私の本業は遺伝子科学者だからね。スーパーコーディネイターの事を知っていても、おかしくはないだろ?」
「…………」
 すまし顔で言いのけるデュランダル。無言のままのキラに変わって、アスランが警戒しながら聞き返す。
「……なぜ、それがキラだと知っているのでしょうか?」
 デュランダルは含み笑いの後に答えた。
「ラウ・ル・クルーゼ。彼とは個人的に親しかったんだ。キラ君の事も、彼から聞いていた」
「な!?」
 アスランにとっては元上官。キラにとっては、呪いの言葉を残していった相手。
 だが、キラはクルーゼの名を耳にした事で、かえって冷静になる。
「……貴方の目的はなんですか?」
「ん?」
 キラの問い掛けに、首を傾げるデュランダル。
「僕を拘束するにしては、やり方が回りくど過ぎます。何か目的があるんでしょう?」
「ふむ……」
 デュランダルはしばしの間、何やら思案した後で、口を開いた。
「その前に一つ、私から聞いておきたい事がある。最高のコーディネイター……。君は、君自身の事をどういった存在だと思っているんだね?」
 キラは迷いの無い瞳で即答する。
「僕は、どこもみんなと変わらない。ただの一人の人間です」
 一瞬の間を置いて。笑い出すデュランダルに、キラとアスランは困惑した。
「……いや、すまない。だが、それは君が優れた才能を持つ者だからこそ言えるのではないかね?」
「才能や資質だけで何でもできるわけじゃないですよ。少なくとも、僕がどんなに学んでも、貴方の様な政治化にはなれませんよ。……性格的に向いていませんから」
 苦笑して言うキラ。隣で聞いていたアスランは 「なるほど」と、思った。たしかに、政治家となったキラなど想像できない。

 

 デュランダルはカップの茶を口にして一息入れると、キラを見据えて言った。
「君になら、私の願いを託せそうだ」
「願い、ですか?」
 頷くデュランダル。アスランの方へ視線を移しながら言う。
「おそらく、アスラン君も知っているのだそう? ラウがクローンだったと」
「……はい」
 デュランダルの言葉を、アスランは肯定した。
「レイ・ザ・バレルは、ラウと同様、アル・ダ・フラガのクローンだ。それも、ラウより後に造られた為、レイに残された寿命はあと四~五年ほどしかない」
「え!?」
「そんな……」
 驚きの声を上げる、キラとアスラン。キラはマハムール基地での事を思い出していた。あのブリーフィングで、レイと初めて対面した時の違和感の正体は、こういう事だったのだと理解する。
「事実だよ。私の願いというのは……どうかレイの事を導いてやってほしい」
「……導く?」 
 疑問符を浮かべるキラに、デュランダルは言葉を続ける。
「レイは、自分がクローンである事に囚われすぎている。寿命の問題は、現在の医学ではどうする事もできないが……、せめて彼の心だけでも救ってやってほしい」
 デュランダルはそこまで言うと、キラに頭を下げた。
 キラは想いを巡らせる。二年前、ラウ・ル・クルーゼの言葉に何一つまともな反論ができなかった自分。だが、現在の自分になら――。
「……分かりました。救うだなんて大それた事はできないかもしれませんが、僕なりに彼と接してみようと思います」
「よろしく頼む」
 願いを聞き入れるキラと、より深く願うデュランダル。
 この時、アスランはデュランダルという人間に改めて敬意を持った。プラント最高評議会議長という地位にありながら、レイの為だけに頭を下げる事ができる彼に。

 

 扉を叩く音に、三人の視線がテラスの入り口に向かう。
「何かね?」
 デュランダルの問いに、扉の向こう側にいると思わしき兵士が答える。
「ラクス・クライン嬢をお連れしました」
「ああ。こちらへどうぞ、ラクス嬢」
 デュランダルがそう言うと、入り口の扉が開き、ラクスがテラスへと出て来た。
「――キラ!? それに、アスランも!?」
 ラクスはこの場にキラとアスランがいるなどとは全く予想していなかったらしく、目を見開いて驚いている。
 それを目にしたデュランダルは、満足げな笑みを浮かべる。
「私からのささやかな労いです。……アスラン君。君には他にも話があるんだが、良いかな?」
 そう言いながら立ち上がるデュランダル。アスランも 「はい」と答え、立ち上がる。
「私達はこれで失礼させて頂きますが、貴女方はゆっくり過ごしていって下さい」
「……お心遣い、感謝いたします、デュランダル議長」
「すみません、ありがとうございます」
 礼を言うラクスとキラ。
 デュランダルはラクスに対して一礼してから、アスランと共にテラスを後にした。

 

 廊下をある程度歩いた所で、デュランダルが口を開く。
「さて、アスラン君も休暇中だというのに、今日はすまなかったね。後はゆっくり休んでくれ」
「は? 何かお話があったのでは……」
 訝るアスランに、デュランダルは悪戯っぽく言った。
「あのまま君もあそこに残すわけにはいかないだろう? それとも、その方が良かったかね?」
 アスランは言われて、ようやくデュランダルの意図に気づいた。たしかに、あのまま自分もテラスに残るのは野暮というものだろう。どうも、彼はこういった事に関して不得手だった。

 

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 シン達は買い物の合間にオープンカフェで小休止をしていた。車はというと、ショッピングモールの入口付近にあったパーキングに預けてある。
「じゃあ、シン。私達はまだ買いたい物があるから、二時間後くらいに、ここの下にあった噴水広場で合流ね」
 そう言って立ち上がるルナマリア。メイリンとマユも続いて立ち上がる。どうやら、マユもホーク姉妹と一緒に行く気の様だ。
「へ? 何でだよ? 俺も一緒に行くよ」
 自分一人がわざわざ別行動をして、再び合流しなければならない意味が分からず、シンは不満の声を上げる。
「……もう! アンタって、そういうとこ、気が利かないわよね」
「はぁ?」
 ルナマリアが呆れた調子で言うが、それでもシンには訳が分からない。
「あのねぇ……。女には女の買い物があるの! それともアンタ、まさか下着売場とかにまでついて来る気?」
「な!?」
 自身が予期していなかった展開に、慌てるシン。もちろん、女性下着売場なんて頼まれてもついて行きたくない。
 ふとマユと視線が合うと、彼女は顔を赤くして目を逸らした。
「だ、だったら最初からそう言えばいいだろ!」
「そこが『気が利かない』って、言ってるんじゃない」
 お決まりの口論に発展しそうな兆しを感じ取ったメイリンが、シンを宥める。
「まあまあ。シンも落ち着いて」
 少しシンの耳元に近寄ってから、小声で付け加えた。
(これ以上言い争っても、兄としての株を下げるだけだと思うよ?)
「うっ……」
 それだけは避けたいシン。おとなしく引き下がる事にする。
「分かったよ……。二時間後に、迎えに来たらいいんだな?」
 シンは渋々と女性陣の意向に了承する。
「そういう事」
 ルナマリアが満足げに頷く。
「お兄ちゃん、ごめんね。また後でね」
「マユは気にすんなって。俺も、適当に時間潰してくるからさ」
 申し訳なさそうにするマユに、シンは柔らかい笑みを浮かべて答えた。

 

 マユ達と別れたシンは表通りを歩いていた。
「時間を潰すって言ってもなぁ」
 ディオキアに訪れたのは初めてで、何か目当てがあるわけでもない。かといって、知らない土地をやみくもに散策するには、二時間は少し短い気もする。
「何か無いかな」
 時間潰しの当てを探すシンの意識は、通りに並び建つ建物の看板などに注意がいっていた。

 

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 ザフト軍ディオキア基地の敷地を区切るフェンス。その一角には、二人の少年が乗る車が停まっていた。
 運転席に乗る少年――スティングは、アクセルを踏み込み、車を発進させる。
 彼らは自分たちの部隊――ファントムペインが追っているザフト艦が、ディオキアに入ったという情報の真偽を、直接確認しに来たのだった。
「……で? 結局、俺らってまだあの艦追うの?」
 もう一人の少年――アウルが後部シートにのぞけったまま訊ねると、運転中のスティングは正面を向いたまま答える。
「ま、ネオはその気だろうな」
「ふ~ん……。なんか、めんどくせ~の」
 アウルは、ネオやスティングほど、あのザフト艦に執着していない。元が気ままな性格のアウルは、そういった拘りがかっこ悪いとさえ思っていた。
 そんなアウルをバックミラー越しに覗き、スティングは冷徹な口調で言う。
「俺達にとって重要なのは、この戦争の行く末とかじゃない。ようは、『殺るか、殺られるか』だけだからな」
「まあね」
 アウルは頭を起こすと、肩をすくめた。
「なのに……、ここんとこずっと黒星だろ? アイツらに関しては」
 スティングの言葉に、アウルはムッとして言い返す。
「負けてはないぜ?」
 物事に拘りを持たない彼も、こと勝ち負けに関してだけは敏感だった。
「勝てなきゃ負けなんだよ、俺達は。殺れなきゃな。……分かってんだろ?」
「……うん」
 彼らにとって勝ち負けが重要なのは、それが彼らに与えられた唯一の存在意義だからだ。彼らはコーディネイターに勝つ為に造られたのだから。
「この間の戦闘、向こうの増援に来たのって、アークエンジェル級だったんだって?」
 前回のインド洋海戦の時、アウルは終始水の中に潜っていた為、ザフトの増援に現れた艦を見ていなかった。
「ああ。オーブの艦らしいぜ。ガルハナンも、そいつとあのミネルバって艦に陥とされたってよ」
 難攻不落の要塞と思われていたガルハナンすら陥落せしめた二隻の艦。
「守ってた奴らが間抜けだったんだろ? それに……例え、相手が強くたって――」
「――ああ。俺達、ファントムペインに負けは許されねえ」
 スティングはきっぱりと言い切った。それが、彼らの生きる術だからだ。

 

「ステラは……アイツはよく分かってないんだろうな」
 アウルは、自分達と同じ立場の少女の事を思い浮かべる。彼女はおそらく何も知らないし、何も考えていないはずだと、彼は思った。
「……さあな。でも、やる事は俺達と一緒だ」
 嘆息して答えるスティング。彼は、余計な事を考えなくてすむステラの事を、ある意味で羨ましくも思っていた。
「さっさと、ステラを拾って帰らねえとな。……アイツ、ちゃんと待ってんだろうな?」
 スティングは眉を顰めて言った。ステラは途中の海辺に待たせてあるのだが、勝手にどこかに行ってないかと、危惧する。
「アイツ、海が好きみたいだし、放っておいたら一日中でも眺めてそうだから、大丈夫だろ」
「……だといいんだけどな」
 楽観的なアウルに対して、なぜかスティングは嫌な予感が拭いきれなかった。

 

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 なのははディオキアの市街地を歩き回っていた。昼夜問わず、このような市街地で飛行していては、たちまち人目に留まってしまう。覚えたての光学迷彩の魔法も、長時間の維持はできないので、探索中には使えない。また、失敗時における範囲対象内への影響を考えると、結界魔法に挑戦するわけにもいかない。
 結局、なのはに取れる探索方法は、地道に足を使う事しかなかった。
 はた目には普通に歩いている様に見えるが、なのはの魔力を使ってレイジングハートの魔力感知能力を最大限にまで引き上げている。また、なのはは自身の知覚をレイジングハートのセンサーと直結させていた。
(う~ん、見つからないなぁ)
 昨日、感知した魔力反応の正体をできる事なら突き止めたいのだが、探索に割ける時間的猶予は残り少ない。
 レイジングハートが正確な残り時間を念話で知らせる。
《Master.(残り時間の猶予が一時間を切りました。それ以上はダーククリスタルの捕捉が不可能になります)》
『一時間か……。分かった。それまで、もうちょっと頑張ろう』
《All light》
 愛機とそのようなやり取りをしつつ、左側の建物沿いに角を曲がった時だった。
「――あっ!?」
「――!?――っと」
 なのはは人とぶつかって弾かれてしまうが、誰かに左腕を掴まれた事で転倒を免れる。見ると、自分よりいくらか年上の少年が助けてくれたようだ。なのはは慌ててお礼を言う。
「す、すみません」
「あ……いや。こっちもよそ見してたし……。大丈夫か?」
「はい。お陰様で」
 にこやかに答えるなのは。
「そっか。じゃあ、気をつけろよ……って、俺もあまり人の事は言えないけどな」
「まあ、お互い、『今度からは気をつけましょう』と、いう事で」
「そうだな」
 顔を見合わせて笑い合った後で、なのはは少年と別れた。
『いけない、いけない。ちょっと、探索に没頭し過ぎてたね』
《Soory,Master》
 事前に警告できなかった事を謝罪するレイジングハート。しかし、なのはは首を横に振って否定する。
『今のは私の不注意だよ』
 それにしても――と、なのはは思い返す。
(さっきの人。フェイトちゃんやマユちゃんと同じ、紅い眼だったなぁ)
 先程の少年の眼が、なのはには強く印象に残っていた。
『さあ。探索を続けよっか? 今度は油断せずにね』
《All light》