Seed-NANOHA_547氏_第29話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 18:19:04

「――いやッ! ダメ! これはダメっ!」
 ネオがメンテナンスルームの前を通ると、少女の騒ぐ声が聞こえてきた。何事かと思い、彼は室内へと入る。
「あっちいって! 触んないでッ!」
 円形のベッドの上で、興奮して暴れているステラを、研究員達が必死になって宥めていた。
「ああ、分かった、分かった。もう触らないから」
「ごめんごめん、奪ったりはしないよ」
 残り二つのベッドでは、スティングが呆れたように肩を竦め、アウルが面白がるような表情で、ステラと研究員達の攻防を眺めていた。
 いまいち状況が把握できないネオは研究員に尋ねる。
「どうした?」
「――あ……。ネオっ!」
 研究員達が答えるよりも早く、ステラが助けを求めるかのように、ネオの名を呼んだ。
「寝かせる前に、足の傷を診てておこうと思って、あのハンカチを取った途端、怒り出しまして……」
 研究員の一人に側で耳打ちされ、ネオはステラが握り締めている物に気づく。それは薄汚れたハンカチだった。縋るような目で見上げてくるステラに、ネオは優しく微笑みかける。
「なんだ。びっくりさせてごめんよ、ステラ。大丈夫、誰も奪りゃしないよ」
「……ホントに?」
 ネオは懐疑的な彼女の髪を撫でながら、強く頷いた。
「ああ。ステラの大事なものを誰が取ったりするものか。だから、安心してお休み」
 彼の言葉にようやく納得したのか、ステラはホッとした表情を見せ、おとなしくベッドに横たわった。

 

 ステラの足の傷を処置してから、彼女達が寝かせられているベッドのカバーが降りる。やがて彼女達が眠りについた事を確認すると、ネオは嘆息した。
「……もう少し上手くやれないもんかねぇ?」
「すみません。ですが、大佐のようには中々……」
 研究員が申し訳なさそうに言う。
「それにしても――」
 ネオはステラを見ながら、彼女が横たわっているベッドのカバーに右手を置いた。ステラは先程のハンカチを握り締めたままだ。
「――あれだけ騒ぐって事は、よっぽど何かあったってころだろう?」
 大方の事に無関心なステラが、あんなちっぽけなハンカチに執着を見せるのは初めての事だった。彼女に大きく影響を与える何かが起こった事は間違いなさそうである。
「そうですね。ちょっと強く印象づけられてるようですが……。ま、何とか消えるでしょう」
 計器を操作していた研究員が事務的な返答をした。彼らに比べて、自分はステラ達に少々情を移し過ぎているのだろうと、ネオは思った。
 だが今回の事で、兵器としての能力のみを要求されている彼女達にとって、半端な同情は仇にしかならないと、思い知らされる。
「街になんぞ出しちまったからなぁ。いろいろなんだろうが……メンテナンスは入念に頼むな」
 そう研究員に言い残すと、ネオはメンテナンスルームを後にした。

 

 ネオの『メンテナンスは入念に』という言葉通り、いつもよりも多くの時間を割いて、ステラ達の調整は行われた。その成果か、調整を終えたステラは――
「なに、これ……?」
 自分がなぜ、このように汚れた布切れを持っているのか、彼女には分からなかった。しばしの間、その布切れを見つめていたステラだったが、やがて興味をなくすと、布切れを放り出してベッドから下りた。
(ん……?)
 一瞬、どこからか優しい声が聞こえたような気がした。声の主を求めるように、辺りを見回すステラ。だが、居るのは自分と同じように、眠りから覚めたばかりのスティングとアウル。あとは、いつものドクター達だけである。きょとんとした様子で彼女は首を傾げる。しかし、しばらくすると、彼女はその声の事も忘れてしまうのだった。

 

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 マリューとバルトフェルド、馬場一尉は、ディオキア基地のブリーフィングルームに招かれていた。ミネルバ側からは、艦長のタリアに、アーサーとアスランが同席している。
「地球軍に増援……ですか?」
 タリアはマリューに対して頷くと、地図パネルを見ながら口を開く。
「ジブラルタルを狙うつもりか、こちらへ来るかはまだ分からないわ。でも、この時期の増援なら、巻き返しと見るのが常道でしょう。スエズへの陸路は立て直したいでしょうし。司令部も同意見よ」
「なるほどねぇ……。スエズの戦力――部隊の規模は?」
 バルトフェルドの問いに、タリアは苦い顔になる。
「増援を合わせると、かなりの数になるかと……。おまけに、例の部隊までいるようですし……」
 彼女の隣で聞いていたアスランとアーサーがハッとした表情になった。
「あの……例の強奪機体を使っている!?」
 アーサーが尋ねると、タリアは険しい表情で頷いた。
 一方、「例の部隊」と言われても分からないデュナメイス側の三人は、顔を見合わせて首を傾げる。
「艦長」
 そんな彼らの反応に気づいたアスランが、タリアに目配せした。
「? ……ああ、そうだったわね」
 マリュー達の様子を見て、アスランの視線の意味を理解したタリアは、しばし思案する。だが、アーモリーワンでの強奪事件は公式にも発表されているし、デュナメイス側の人間に伏せる事でもないと判断した。
「強奪したザフトの機体を使っている地球軍の部隊がいるんです」
 タリアの言葉に、思い出したかのようにバルトフェルドが尋ねる。
「ああ、もしかして、アーモリーワンで強奪されたセカンドシリーズの事か?」
「ええ、そうです」
 タリアの答えを補足するように、アスランが語る。
「私も交戦しましたが、かなりの腕でした。並のコーディネイターよりも遥かに」
 味方としても敵としても、アスランの実力をマリューはよく知っている。そんな彼がこうまで評するのだから、かなりの強敵という事になる。
「アスラン君がそこまで言うって事は、よほど手強い相手なのね?」
 マリューの問いにアスランは頷いた。
 タリアは不安を断ち切るかのように、強い口調で告げる。
「ともかく、本艦は出撃。最前衛――マルマラ海の入口、ダーダネルス海峡へ向かい、守備につきます。発進は○九・○○」
「はい!」
「ハッ!」
 アスランとアーサーが了解を示した。タリアは、マリュー達にも確認する。
「貴女方も。宜しいかしら?」
「ええ、分かりました」
 マリューが頷いて答える。元より、デュナメイスに与えられた任務は、ミネルバの僚艦として協力する事なのだから、彼女達にも依存は無かった。

 

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 エーゲ海を進む空母艦隊。はるか上空からそれを見送る少女の心境は苦いものだった。
(あの部隊も戦争しに行くのかな……)
 この世界の至る所で戦火が上がっている事は、なのはもニュースなどで見知っている。彼女個人の感想といえば、地球連合の理不尽な要求に対して、プラントは真摯に対応しているとは思っていた。
 しかし、それでも開戦は免れず、現在に至っている。
 ――前回の大戦からたったの二年程しか経っていないというのに、この世界はそんなに戦争がしたいのだろうか?
(違う。きっと本当は、誰もそんな事、望んでなんかない……)
 なのはがこれまで触れ合ってきた人々。彼らは皆、ささやかながらも平和な暮らしを望んでいた。収まりを見せずに広がり続ける戦火を嘆いていた。
 しかし、なのはは知っている。平和を求めて必死に抗っている者達がいる事を。平和の歌を歌うラクスをディオキアで見た。反連合国を纏めようとしているオーブ、その若き代表の事はニュースで度々目にする。彼女達だけでなく、キラやマリューにバルトフェルド達も、きっと頑張っているに違いない。そして、そういった人々は彼らだけではとどまらないはずだ。
(だから……私は、私にできる事を頑張ろう)
 彼らの守ろうとしているものが壊されないように。

 

 なのはは辺りを見回しながら魔力反応を探るが、ダーククリスタルの反応は掴めない。
「レイジングハート、どう?」
《Sorry,master. (この付近には間違いないのですが、目標の位置を特定しきれません)》
 主に応えられず、申し訳なさそうにするレイジングハート。だが、発動していないダーククリスタルの魔力反応を正確に捉える事は困難だった。
「ううん、仕方ないよ。それに……できれば発動してくれない方が、被害も出なくてすむしね」
 探索は困難になるが、その程度の代償で被害が出ずにすむのなら、なのはにとっては安いものだった。
「さ。地道に頑張って、必ず探し出そ?」
《All right》
 なのはとレイジングハートは、この海域での探索を続行する。

 

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 J.P.ジョーンズのブリッジ。ネオは頭を悩ませていた。
 スエズに送られてきた増援部隊。ファントムペインの権限もあり、その中から優先して、機体や人員を割いてもらいはしたが――それでも、ミネルバとデュナメイスの二隻を落とすには心許ない。
(まあ、かといって、「できません」って言うわけにもいかんしなぁ……)
 ネオが腕を組んで唸っていると、彼の隣に立っている艦長が問い掛けてきた。
「しかし、宜しいのですか? あのような事を許してしまって……」
「ん? ――ああ……」
 艦長が何について言っているのか分からず、ネオは疑問符を浮かべるが、すぐに思い至る。増援部隊の部隊長が進言してきた内容についての事だと。功に走っての事かどうかは知らないが、彼は先鋒隊の任を申し出てきたのだ。
 ネオは軽い口調で返事をする。
「いいんじゃないの? 本人達がヤル気なんだしさ」
 死に急ぐ馬鹿に構っていられるほどの余裕は、ネオ達にもなかった。ファントムペインとして、いい加減に結果を出さないと、自分達の立場も危うい。特にエクステンデッドの三人は、その存在価値すら問われてしまう。
 勝たなくてはいけないのだ、自分たちは。相手が誰であろうと。その為に、使えるものはきっちり使う。
「少しでも戦力を削ってくれれば、こっちも楽になるしな」
 先鋒隊との戦闘で疲弊したところに、自分達の主力を相手の横っ腹にぶつける。そういった算段もあって、ネオは増援部隊の部隊長に、その戦力の半分と先陣を切る役目を与えたのだった。
「まあ、お手並み拝見といこうじゃないの……。――と、俺もそろそろ出てくる。艦の指揮は任せるぞ」
 そう言い残して、ネオはブリッジを後にした。

 

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「熱紋確認! 一時の方向! 数、三十!」
 チャンドラが上げる報告に、クルーの間を緊張が奔る。だが、ここは防衛ラインとして想定していた海域でもあった。
「グラディス艦長の予想通り、といったところか」
「ええ。流石だわ」
 バルトフェルドが上げる賛美の声に、マリューも同意する。
「MSです!――機種特定! ザムザザー三機を含む、ダガーとウィンダムの混成部隊! その後方、新たに熱紋反応!――空母、三!」
 次に上がった敵部隊の編成内容に、マリューは訝った。
「……え? それだけ?」
「はい! 今のところ、他に機影は見当たりません!」
 チャンドラに確認するが、編成内容に間違いはないようだ。
「どう思います?」
 マリューに問われたバルトフェルドは、顎に手をやってしばし考え込む。
 まず、ミネルバとデュナメイスの二隻を同時に相手にするにしては、敵部隊の数が少ない。だが、相手も勝算無しに挑んで来るはすがない。また、報告にあったカオス、アビス、ガイアの三機がいる部隊がいないのも気になる。
 そういったところから導き出される推測をバルトフェルドは告げた。
「……どこかに別働隊がいるだろうな。例の三機も含めて、おそらくそっちが本命だ」
「私もそう思います。たぶん、グラディス艦長も」
 見ると、ミネルバは、インパルスとセイバーの二機しか出していなかった。敵の伏兵と長期戦を見越して、戦力を温存しているのだろう。
「索敵、警戒を厳に! 戦闘が進めば、必ず敵の主力が出てくるわ」
「了解!」
 マリューに答えたチャンドラは、熱紋センサーを始めとするレーダー群に、目を光らせた。

 

 デュナメイスから次々と発進していくムラサメ隊。キラの機体を除く九機のムラサメが、三機一個小隊に分かれた。
 その中のアルファ隊の小隊長も兼ねている馬場一尉が、声を張って指揮を執る。
「アルファ隊、ベータ隊は私と来い! ガンマ隊はデュナメイスの守備! ヤマト二尉はミネルバ隊の援護を!」
『了解ッ!』
 馬場の指示に、キラや他のムラサメのパイロット達が了承を示した。部下達からの小気味良い返事に、馬場は満足する。
「良し! では、行くぞ!!」

 

 キラは単機、セイバーとインパルスが抑えている空域へと向かう。たった二機で十倍近くの敵機を相手取ろうといる彼らに合流する為だ。
 二機に近づくと、キラは通信を入れる。
『ん? どうした、キラ?』
 サブモニターに通信に応じたアスランの顔が映し出される。
「僕もこっちを手伝うよ。……シン君も宜しく」
『……別に構わないけど、邪魔だけはすんなよ!』
『おい、シン!』
 悪態をつくシンに対して、アスランは窘めるが、キラの方はさして気にしていなかった。シンの反応は予測していたし――彼の自分に対する態度は、当たり前だとも思っているからだ。
「いいよ、アスラン。それより……来るよ」
 ウィンダムやジェットストライカー装備のダガーが、キラ達の射程内に迫ってきていた。
 それは同時に、相手の射程内に入ろうとしている事でもあった。

 

「そんなものにッ――」
 フォースインパルスを巧みに操り、敵の放つビームを回避しながら、シンはお返しとばかりにビームライフルを撃つ。
「――当たるかよ!」
 ダガーを落としたシンは、機体を反転させ、今度はウィンダムを撃ち落とした。
 シンが見回すと、アスランとキラも、敵機を二機三機と落としていっている。
 アスランは当然として、キラもMSパイロットとしての腕は確かだった。気に食わない奴――そもそも、シンにとって、キラを憎む理由は十二分にある――だが、その技能だけは認めざるをえない。
「ふん! 俺だって!」
 負けん気を出したシンは、インパルスにビームサーベルを引き抜かせると、正面にいた二機の敵機を切り落とした。

 

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 海岸沿い。カモフラージュされた岩肌の下に潜むMS群。その傍らから先鋒隊の戦い振りを見つめていたネオは溜息を漏らす。
「やっぱ強いねぇ、アイツら」
 先鋒隊もよくやってはいるが、それでも相手の方が総合的に上手だ。特に、向こうのエース級だろう三機は、手がつけられないといった感じである。
 宇宙ではエグザスであしらえたインパルスでさえ、一対一でまともに戦って勝てる自身がネオにも無かった。
 ザムザザーも、既に一機が落とされてしまっている。陽電子リフレクターを備えたMAを全て失えば、敵艦が持つ陽電子砲の餌食となってしまう。
 先鋒隊が敵を引きつけている間に、真横から奇襲を掛けて混戦状態にしてしまえば、その危険性は大幅に薄れるのだが――。
「もう少し陸側にまで引きつけてほしかったが……。こりゃ、持ちそうにないな」
 戦線は沖合いから海岸よりにまで移行しつつある。これなら、陸戦用機体であるガイアも十分に運用できるだろう。
「仕方ない。俺達も出るぞ!」