Sin-Jule-IF_101氏_第06話

Last-modified: 2022-08-17 (水) 16:59:30

「まったく迷惑極まりない話だ」

 

 ようやく現れた標的を追わんとするときに下った命令は、意気の高まったジュール隊
に脱力と苛立ちを与えるものだった。
 DSSD――深宇宙探査開発機構が開発した新型MSのテスト起動を行うのに、是非
ともザフトの力を借りたいとのことだ。ミネルバの航行できない今、地球圏内で自由に
動ける部隊はジュール隊しかない。

 

「でも、何故ザフトに」
「もう連合に断られちゃったんだろ? で、うちが二番手」

 

 シホが口にした疑問をディアッカが茶化す。直後に睨まれディアッカは肩を竦めた。
 シンは思案する。OSの改善が行われた今、MSの操縦という点においては既にどち
らにおいても優位性は存在しない。即ち連合に手が回っていないのは、DSSDには都
合の悪いものがあるからに相違ない。

 

「断ることは可能だ。あくまでも任意であって強制というわけではないからな」
「行きましょう」

 

 イザークの口ぶりは拒否の意思を多分に含んでいたが、シンは構わず断言する。

 

「ほう? そう言う理由を聞かせてもらおうか」

 

 言ってから機嫌を損ねるかと思ったシンだったが、イザークは逆にその答えに興味を
示していた。困惑して他の二人に目をやれば、ディアッカもシホも似たような視線をシ
ンに送っている。彼らもシンが任務の履行を阻害する依頼を受けた理由が気になったら
しい。

 

「連合に依頼しなかった理由があると思うからです。例えば、知られたくないことがあ
るとか」
「知られたくないことだと?」
「あくまでも俺の勘ですけど、その新型に連合が興味を持つような機能があるとか」
「ふむ。お前たちはどう思う?」

 

 イザークは視線を残りの二人に移した。連合にとって有益な何かがあるならば、ザフ
トにとっても同じように有益なはずだ。シンと似た感想を抱いていたシホは是を唱え、
むしろ民間の新型MSに興味のあるディアッカも同じ答えを示す。
 隊長はしばし考え――、一つの結論を口にした。

 

 

 当日、シンは早くも言い出したことを後悔した。
 DSSDは中立の民間組織だ。危険を孕んだMSテストとはいえ、そこに多くの軍人
を送り込むわけには行かない。シンは架空の企業からの派遣という形でたった一人でD
SSDに赴くことになった。

 

「言い出しっぺが行くのは当然でしょう」
「貴様はインパルスの時もテストパイロットをやったのだろう?」
「心配するなよ。インパルスは大事に預かっててやるって」

 

 特に最後のが危ない。そういえば以前にもブラストシルエットに興味深々だった。部
隊に帰ってきたらインパルスはブラストに完全に固定されているのではないか。そんな
妄想が一瞬浮かび、シンはひとり苦笑いした。
 とはいえ、命懸けの戦闘の日々に比べて格段に気楽な任務なのは変わりない。気難し
い上司もいなければ、どこかズレた日本舞踊を踊る先輩もいない。思考を転じてみれば
静かに過ごすのにもってこいの環境が提供されたようなものだ。相手が民間機ならば、
軍のMSのテストよりも遥かに楽だろう。

 

「DSSD惑星探査MS開発部門、セレーネ・マクグリフよ。協力、感謝するわ」
「同じくソル・リューネ・ランジュです。勉強させてもらいます」
「あ、……ジュール隊、シン・アスカです」

 

 シンは一歩遅れて挨拶に応じる。出迎えに現れた二人は、思っていたよりもかなり若
い。シンは偏見は持っていないつもりだったが、ステレオタイプな老人か、もしくは気
難しい中高年の技術者の姿を想像していただけに呆気に取られた。コーディネーターな
らば、若くして高度な技術を使いこなす人間も珍しくはない。事実、セレーネもソルも
整った容貌の持ち主だ。
 少ない言葉の中に引っかかりを感じ、その場でそれを口にする。

 

「勉強?」
「ええ、ソルは401、今回テストに使うMSのテストパイロットなの」
「でも機体の強度を測るとなると、さすがに一人じゃ負担が大きいらしくて」

 

 ああ、とシンは頷く。合点がいった。要するに、乗り手に大きな負荷を与えるレベル
のテストを行うということだ。テストパイロットが一人ではもしもの事態が発生した場
合に対応ができない可能性がある。MSに慣れた強靭な軍人が控えているのならば、心
強いことこの上ないだろう。
 口ぶりから判断すると、シンではなくソルの方が補欠なのだろうか。操縦技術を期待
されていると思えば、悪くない心地だった。

 

「いいですけど、壊れても文句は言わないでくださいよ」

 

 

 シンはMSドッグまでの道すがらザフトになぜ協力を要請したのか尋ねる。

 

「DSSDは地球連合ともプラントとも相互協力関係にある、だけじゃ不十分ね」
「こっちで実験をするなら連合に協力してもらった方がよっぽど安全ですよね」
「あら? じゃあ君は危険なのかしら?」
「え?」

 

 思わず目をぱっちりと見開いたシンに、セレーネは「冗談よ」と軽く笑って流す。
 途中の強化ガラス張りの渡り廊下から外を見れば、赤と白を基調としたMSが何機か
並んでいる。宇宙服をアレンジしたかのような奇抜な装甲は、シンの記憶にはないもの
だった。

 

「連合ともザフトとも違う……」
「ええ。シビリアンアストレイと呼ばれる機体よ。DSSDの最大戦力ね」
「もしかして俺が乗るのってあれですか?」
「いえ、あれはもう完成品。もとはオーブの機体だったのを譲ってもらったらしいわ」

 

 シンはオーブという単語に思わず身を固める。幸いセレーネは気に留めていないよう
だった。現在のオーブがプラントの敵であるからだろう。
 数分後、着いた目的地でシンは言葉を失う。
 ライトアップされた全身を覆う純白の装甲の上に、血管のような黒いラインが全身を
走っている。背負った巨大な“円”は、御伽噺にでも出てきそうな神や天使を連想させ
た。そこにあった機体はMSというにはあまりにも美しく、また異形だった。

 

「GX-401FW “スターゲイザー”」

 

 シンは口の中でセレーネが呼んだその名を反芻する。星を見上げる者の名は、その機
体にぴったりだと思えた。小さく身震いするシンに、セレーネがさらに声をかける。

 

「さっきの質問に答えましょうか。この子には、他のMSと絶対的に違う点があるの」

 

 DSSDは連合やプラントから技術、資金の提供を受ける代わりに、開発成果を両者
に報告する義務をもっている。その中で、MSに搭載できる学習型AIの開発に、連合
は大きな興味をもっていた。そのAIユニットに唯一対応できるのが、目の前のスター
ゲイザーである。
 この学習型AIに無数の戦闘データを蓄積させれば、最強の殺戮マシーンとなるだろ
う。ザフトに協力を求めたのは、AIは対象を知覚する次世代のドラグーンシステムに
端を発するためだ。すでに存在する機構ならば、奪われる心配もない。
 いわば、これは子供の教育だ。シン・アスカに課せられた任は極めて重い。
 亡き妹の面影が、脳裏を掠めていた。

 

 

 DSSDの白いパイロットスーツに身を包み、シンはスターゲイザーのコクピットに
乗り込んだ。真っ先に目に付いたのは複座型のシートだった。ザフトのMSにも無い訳
ではなかったが、実装されている機体は少ない。そろそろ骨董品になりつつある廃れゆ
くある機構を目にし、シンは目を丸くした。
 そういえば、とセレーネの言葉を思い出す。防衛戦力はオーブの機体を譲り受け、改
良したものだと彼女は言っていた。MSからしてそうなのだから、内蔵するものに古臭
ささえ漂っているのは仕方がないのかもしれない。

 

「どうしました?」
「あ、複座って珍しいなって」

 

 背後からかかった声はソルのものだった。彼もまた同じパイロットスーツを身に着け
ていた。シンの疑問に対し、ソルは簡単に説明をする。スターゲイザーにはメイン操縦
者だけではなく、AIとのコミュニケーションやサポートに回る役が必要になる。シン
がメイン操縦を果たし、その中からソルが必要なデータを取捨しAIに学ばせるという
形式になるとのことだ。

 

「俺はあまり気にしなくていいってことかな」
「それでも、いいデータは出してもらわないと困りますけどね」

 

 シンがほっとした口調で言うと、ソルが苦笑しながら釘を刺す。戦闘に実用的な荒っ
ぽさはあまり求められていない。あくまでも丁寧な操縦をしてもらわねば、学習させる
内容がなくなってしまう。
 シンも軽く笑みを浮かべると、複座の前の席につく。搭載されているOSはコーディ
ネーター用のそれと全く変わりはないようだ。遅れてソルも後部座席に座る。

 

「了解。あと、もう一つ」

 

 全身の黒いラインにプリズムが灯る。NJCを積んだ核エンジンを動かすのは初めて
のことだった。起動音が徐々に大きくなる。純白の鼓動にかき消されぬよう、シンは腹
に力をこめて声を絞り出す。

 

「年もあまり変わらないみたいだし、なるべく普通の話し方で頼む!」
「――わかった!」

 

 ソルもまた、シンに負けないように声を張り上げた。満足したように、シンはペダル
を踏み込む。
 応えるように、スターゲイザーは一歩一歩を踏みしめる。

 

 

 テストは何日かに渡って少しずつ進められた。
 指の一本一本の可動を細かく調べ、出力を上げては下げ、一つ活動をするたびに全身
に渡るエネルギーが阻害されていないかをチェックする。インパルスの時とは全く様子
が違い大人しい。シンもさすがに欠伸を漏らしそうになった。
 本日もまた、のんびりとしたテストが行われる。穏やかな時間を求めていた割に、慣
れてくるとありがたみなどどこ吹く風だ。自分の事ながら勝手なものだとシンは思う。

 

「退屈そうだね」
「ザフトの時とは全然違うからな」
「へえ、ザフトでもテストパイロットを?」
「ああ、あれはあれで身体にきたけど」

 

 シンはインパルスのテストのことを簡単に話す。パワーのチェックのために、量産機
を相手に立ち回った。稼働時間を測るため、ギリギリまで飛び回った。最高速を測る時
などは、過剰とも言えるのではないかというほどのGがのしかかった。慣れない内など
はベッドとシートの往復だった、と笑いながら語る。
 ソルはシンの話に耳を傾けながら、同時にデータの入力を行っていた。

 

「今日は他のMSのテストがあったりとかするのか?」
「いや、そんなものは無いはずだけど」

 

 前の座席のシンが突然言い出したことに、ソルは怪訝そうな声で答える。何故、と聞
くよりも先に疑問への解が目に付いた。

 

「MS反応がある。それも――」

 

 言葉が切れるよりも先に、上空から光が降り注いだ。周りを囲っていたシビリアンア
ストレイの何機かが被弾し、爆発を起こす。

 

「あれは、ダガー? でも何か違う!」

 

 黒い装甲のMSが次々と降下する。105ダガー、おぼろげな記憶の中から、シンは
機体の名前を引っ張り出す。教本の写真くらいでしか見たことはなかったが、少数しか
配備されなかったはずのMSだ。
 シビリアンアストレイが105ダガーの出現に身構える。それを牽制するように、機
体の足元に別の射撃が見舞われた。上空の機影が、さらに三つ。

 

『その機体、我々が頂く』

 

 

『本隊は地球連合軍第81独立機動軍所属部隊である。我々はこれより諸君のステーシ
ョンを接収する。尚、我々は無許可で諸君らを攻撃する権限が与えられている』

 

 突然のMS来襲の直後、動揺が走ろうとする司令部に冷徹な通信が割り込んだ。軍人
然とした感情を殺した声は、ほとんど技術者で占められた司令部の焦りさえも押し留め
る。冷静かつ迅速に返答を寄越せという意図を、合理化された頭脳は簡単に弾き出す。

 

「第81独立機動軍と言ったら、ファントムペインじゃないか」
「通信は? あの小僧の部隊がいるのだろう」
「駄目です! どこにも繋がりません!」

 

 情報を制限されているという事実によって、初めて動揺が生まれた。軍人が前もって
送られているとはいえ、それは年若い子供で自分のMSすらここにはない。シン・アス
カは保険としてすら機能しない。あんな子供ではなく、雷名轟くジュール隊の戦士なら
ば。唇を噛む思いが場に生じる。
 要求は実に簡単なものだった。スターゲイザーに積んだ学習型AIの譲渡と、以降プ
ラントに対する支援を断絶すること、この二つである。
 場は冷静になってはいたが、それですぐに意見が纏まる訳ではない。命には代えられ
ない、とする者もいればAIを戦争の道具として使わせるわけにはいかないと抗議する
者もいた。
 とはいえ、議論している暇はない。先に宣告した通り、彼らは攻撃する意思をもって
赴いているのだ。

 

『何バカなことを言ってるんだ君はッ!』

 

 ざわめきを打ち消したのは、スターゲイザーのコクピットからの通信だった。何やら
言い合いをしているらしい。大人しいソルが激昂するなど珍しいことだったので、司令
部の人間は思わず通信の声に耳を傾ける。

 

「あいつらに従って、みんなを無事に返してくれる保障なんてないだろ!」
「だからって反抗なんてしたら皆が危険じゃないか!」
「何もしない方が危険だ! あいつらはもう、一度引き金を引いたッ!」

 

 そこまで叫び、息を切らせ、シンは声のトーンを落とす。

 

「……俺の家族は、アスハが何もしなかったせいで死んだ」

 

 理解してしまったソルは言葉を失う。シンは、黙ってペダルを踏み込んだ。

 

 

 元々戦闘用ではないスターゲイザーには武装が搭載されていない。頼ることができる
のは操縦の技術と、MS本来のパワーだけだ。
 純白の鉄拳が漆黒の装甲を粉砕する。スターゲイザーは仮にもNJCを搭載した核エ
ンジン機だ。敵も味方も忘れ、その場に立つ全ての機体がスターゲイザーの行動に驚き、
注視した。一歩遅れて漆黒のスローターダガーから射撃が飛ぶが、白いMSはそれを回
避し、次の鉄拳を叩き込む。
 エールストライカーが火を噴いた。上昇する敵に対しシンは舌を打つ。シンの知る限
り、スターゲイザーには空中に対する装備は無い。

 

「そのライフルを拾って!」

 

 シンは瞬時に背後の声に従う。機体の足元には形を留めたビームガンがあった。最初
に撃墜されたシビリアンアストレイのものだ。それを拾い、スローターダガーに向けて
射撃する。狙いは過たず機体を捉えるが、収束された光は吸い込まれるように掻き消え
た。

 

「ビームが効かない!? それなら!」

 

 すっかり忘れていたと思っていた教本の内容だったが、緊急時には頭の回転は早まる
らしい。ラミネート装甲の特徴を瞬時に思い出し、狙いを巨大な主翼に換え撃ち抜く。
翼をもぎ取られた漆黒のMSは重力に逆らえず落下し、その衝撃に機能を奪われた。

 

「助かったよ、ソル」
「もうやっちゃったものは仕方ないからね。それよりあと三機だ」
「わかってる」

 

 スターゲイザーに向け、極太のビームが次々に撃ち込まれた。出せる限りの全速力で
避わすが、その射撃は正確に機体の、それも駆動系を捉えていた。脚を狙う攻撃のリズ
ムに慣れると、意識がそちらに向く。
 重装甲のMSがビームサーベルを構え、振り下ろす。紙一重で回避したが、その青い
MSは着膨れたような図体に似合わない速度で追撃した。大まかな形状は変わっていた
が、その機体のシルエットには見覚えがあった。GAT-X102 デュエル。かつて
イザークが駆っていた機体として名高い機体だ。すると後ろの射撃はバスターだろうか。
 敵は後方支援と前線での白兵戦に役割を分担している。どちらかの攻撃を崩せば、こ
の連携を挫くことができる。いつもの対イザーク、ディアッカを変則的にしたようなも
のだ。勝機が無いわけではない。
 回避に専念し、隙を伺う。先の二機の連携があまりにも見事だったためか、三機目の
存在をシンはおろかサポートに徹していたソルさえも失念していた。
 不意に左腕にアンカーランチャーが打ち込まれ、回避の動きを止める。機動力が制限
され、デュエルのビームサーベルがビームガンを持つ片腕を斬り落とした。

 

 

 平衡を崩したスターゲイザーは仰向けに倒れこんだ。黒と青のMS二機は、容赦なく
武装を向けたまま近付く。何せ一度歯向かった身だ。こちらが降伏の意思を伝えようと
止めを刺されるのは確実だろう。相手は無法者のファントムペイン、対するこちらは彼
らの憎むコーディネーター、撃たれる理由が満載だ。
 コクピットにはアラートを示す警報音が響いていた。まるで泣き声みたいだ、とシン
は他人事のようにぼんやりと考える。

 

「そういえば、ちっちゃい頃のマユもそうだったっけ」
「シン?」

 

 ソルがシート越しに怪訝そうな表情を向ける。突然訳の分からないことを言うとは、
シンは諦めてしまったのだろうか。ソルからしてみれば、シンは赤服を纏うエリート軍
人だ。案外打たれ弱いのかもしれない。先走ったことに対する怒りと失望とが急に湧き、
ソルは拳を握り締めた。

 

「俺も昔から背が低かったけど、そんな俺よりもっとちっちゃくて」

 

 通信機が敵機からの声を伝える。機体を明け渡すならばこの場での射殺はしないと勧
告していたが、シンはまるで聞いていないようだった。スターゲイザーがゆっくりと起
き上がる。
 体中のプリズムが、一度消えた。デュエルに似た機体が、銃を収める。

 

「――だから、俺は護りたいって思ったんだ!」

 

 純白の装甲に再び輝きが奔る。
 眼が翡翠よりも鮮やかに光り、身体に宿した「光り輝ける運び手」が目覚める――。

 

 輝く光輪が伸び、左腕に突き刺さったアンカーランチャーを切断した。敵らは状況の
変化を返答と受け取り、次に銃を構えた。ビームライフルショーティーが、リトラクタ
ブルビームガンが、複合バヨネット装備型ビームライフルが一斉に襲い掛かる。
 殺意の嵐は純粋なまでに白い機体には届かなかった。貫くと思われたその攻撃は寸前
で方向を変え、スターゲイザーを取り巻くように周囲を飛び回った。
 ソルは瞬時に装備の特性を見抜いたシンの芸当に舌を巻く。ビームの指向性を変える
など、ぶっつけ本番でやれることではない。

 

 直後、そこに新たな機影が乱入した。白のグフイグナイテッドはスレイヤーウィップ
を薙ぐように二機の間に走らせ、後方に下がった二機とスターゲイザーの間に割り込む。
 次に降り立ったのは青紫のブレイズザクウォーリアだ。

 

『こちらはジュール隊、イザーク・ジュールだ。お前たちの行動は軍人として恥ずべき
もののはず。速やかにこの場から撤収せよッ!』
 


 

 闖入者の出現の後、真っ先に動いたのは黒いMS――ストライクノワールだった。腰
のビームライフルショーティー抜き、グフに向け連射する。グフは空を舞い光弾を避け、
スレイヤーウィップを振るった。叩き込まれると思われた変幻自在の一撃だが、それが
切り裂いたのは空気だけだ。
 怯まず、四連装ビームガンが漆黒の翼を追った。威力に乏しい代わりに連射性能に優
れたそれは、徐々にストライクノワールに迫っていく。

 

「させないよッ」

 

 攻撃が届く寸前、重装甲のブルデュエルが斬り込んだ。盾で攻撃を受けるが、ストラ
イクノワールへの追撃は阻害された。
 かつての愛機の姿を見、イザークは僅かに呆けるが、笑った。

 

「アサルトシュラウドの猿真似か」
「コーディネーターのハリボテとは違う!」

 

 グフとブルデュエルが斬り結ぶ。
 それと時を同じくして、距離を置いた狙撃地点には黒いガナーザクファントムが降下
していた。スターゲイザーへの砲撃を止めさせるには、砲撃手を直接撃つしかない。標
的を確認した後、ザクファントムは構えていたビームトマホークを盾に仕舞った。この
機体を相手にするのならば、近接武器の使用は野暮というものだ。

 

「ザフトの犬、嗅ぎ付けてやがったか」
「グゥレイト! 連合も趣味がいいじゃないか」

 

 相手の皮肉っぽい語調に対し、ディアッカの声は喜色に富んでいた。

(連合はこのMSの有用性を買っていたらしい。武装を大型化したために全体像も膨れ上がっており、橙の仮面に顔を隠してはいたが見紛うはずはない)

ヴェルデバスターの複合バヨネット装備型ビームライフルとザクのオルトロスが、同時に銃口を向け合った。

 

 ストライクノワールを駆るスウェン・カル・バヤンは上空を飛びながらも戦闘の状況
を観察していた。ザフトの乱入は予期せぬことだったが、問題としては大きくない。要
はDSSDの新型を奪えばいいだけの話だ。
 次に、これまでの状況から判断できる標的の性能を整理する。最大の特徴として、標
的にはビームの類は効果を為さない。アンカーを切断したことから、光の輪には視覚的
効果だけでなく攻撃力も備わっていると見ていい。空に対する追撃はないことから、大
気圏での飛行機能は無いか、あるいは使えない。そして、最初のアンカーは装甲に突き
刺さった。PS装甲やTP装甲は持っていない。
 スローターダガーの部隊を討ち取るほどの腕を持っているが、標的はAIだ。機体を
大破さえさせなければ問題は無い。背中の輪と残った腕を落とせばほぼ無力化できる。
 鋼鉄のマントを翻し、漆黒は純白へと向かった。

 

 

 ストライクノワールがフラガラッハを抜く。空からの攻撃を阻まんとするのはブレイ
ズザクウォーリアだ。
 突進に対してファイアビーのミサイルが雨あられと次々に飛んだ。ビームでない攻撃
はPS装甲に対しての効果はないが、命中すれば相手の勢いを削ぐ。ストライクノワー
ルはスラスターの加減で緩急をつけ、ワイヤーを地面に撃ち付けて巻き取る力を推進力
とし、ミサイルの隙間を次々に通り抜けていく。

 

 敵は標的だけを狙っている。スターゲイザーを背に、シホはザクの武器を持ち替えた。

 

 すれ違いざまにビームトマホークとフラガラッハが交差する。ストライクノワールが
再び地に脚を着いた時には、ザクの大型の盾の半分は切り取られていた。咄嗟の防御が
なければ機体ごと両断されていた。シホは背を冷たくする。イザークと切り結んでいる
相手やディアッカと戦っているであろう狙撃手に比べ、この黒い機体の乗り手は頭一つ
飛び抜けている。
 相手を既存のストライクと同等とするならば機体の差はないが、技量の差がある。な
らば勝てないことを認めてしまうのか。
 イザークの部下である以上、負けは許されない。シホはザクのペダルを踏み込む。

 

「ジュール隊を舐めるなッ!」

 

 背を向けたままのストライクノワールに斬りかかる。
 走るザクの歩みは二歩で停止した。ビームの刃は敵に届かずに空を斬り、腕がだらり
と力なく垂れる。何が起こったのか分からないのは当のシホだ。入念にチェックをして
いるザクにエラーが発生するはずはないし、背を向けたままの敵は何かしたようにも思
えなかった。
 背中から射出されたアンカーが、ザクのモノアイに深々と突き刺さっていた。
 ノワールストライカーのレールガンが背面のザクを襲う。盾を破壊され、攻撃の見え
なくなったシホに防御の手段はなかった。アンカーランチャーが巻き取られると供に、
引きずられるようにザクウォーリアの巨体がストライクノワールに引き寄せられていく。

 

「シホさんッ!」

 

 飛び交う光の制御に手間取っていたシンが割り込む。光はアンカーを断線し、ストラ
イクノワールに襲い掛かる。スターゲイザーの制御する光輪は縦横無尽に軌跡を描き、
空中に回避するストライクノワールを追い詰める。
 スウェンは表情を崩さずに白いMSを睨んだ。ビームを取り込んで武器とするスター
ゲイザーの武器は厄介この上ない。予測のできない攻撃としてドラグーンへの対応策も
学んでいるが、効率的な動きをとるそれとは全くの別のものだ。光は触手のように伸び、
触れた相手を寸断する。
 回避に徹してはいつか討たれる。スウェンは蠢く光の嵐に踏み込んだ。

 

 

 ヴォワチュール・リュミエールが生み出す収束されたエネルギーは、確実にストライ
クノワールを追い詰めていた。運動を続けるエネルギーの制御は決して容易なものでは
ないが、狙いは敵機を捉えている。
 それでも決定打を与えられないのは、ひとえに操縦技術によるものだ。シンもそれは
理解している。

 

「こいつ、本当に型落ち機なのかよッ!」

 

 理解しているからこそ、叫ばずにはいられなかった。目の前の敵は強い。グフはおろ
か、インパルスよりも速く思える程だ。実際の速度などは分からないが、目の前のパイ
ロットには隙や無駄がない。
 周囲で立ち尽くしていたシビリアンアストレイを下がらせ、受け取ったビームガンを
攻撃に交える。曲線的な攻撃に直線を交えても、命中率に大きな差は出なかった。近付
くフラガラッハを避けながら、シンは小さく舌打ちをした。近接戦闘に回られると、ス
ターゲイザーには有効な手管がない。

 

 純白のMSが繰り出す緑や赤の光の帯を、黒い翼のMSが舞うように避わす。その光
景は、さながら絵画のように鮮やかなコントラストを醸し出していた。司令部の人間、
戦闘地帯から離れていく者たち、また停滞したMSの中で戦いを見守る者、未だ切り結
ぶ戦士を除いた全ての人間が状況を忘れる。
 シン・アスカは知らない。かつてスウェン・カル・バヤンが反コーディネイターのテ
ロ行為に巻き込まれ家族を失ったことを。
 スウェン・カル・バヤンは知らない。シン・アスカがある一人のコーディネーターの
戦いに巻き込まれ、同じ悲しみを負ったことを。
 同胞と称するものに家族を奪われながら、今は彼ら自身が異物と戦っている。
 スターゲイザーの純真な頭脳はシンの戦いぶりを観察し、曇り無き眼は相対する敵の
静か過ぎるほどの殺意を捉え、感知する。

 

 ――You Should not fight.

 

 後部座席のソルは息を呑んだ。入力した覚えの無い文字列が画面に並ぶ。単語にして
たった四つ、子供が言葉を覚えたばかりのようにたどたどしい。学習型AIが自我を持
つのは技術的にもまだ先の話のはずだ。有り得ないことを目の当たりにし、ソルの瞼は
震える。シンに異常を伝えたくとも、集中を乱させるわけにもいかなかった。
 シンの指や足の動きよりも遥かに速く、動作情報が消化されていく。シンが驚き手を
止めるも、スターゲイザーは止まらなかった。
 ヴォワチュール・リュミエールの繰り出すエネルギーが増大し、無数の光がストライ
クノワールを飲み込み、貫いていく。

 

 

 スターゲイザーのテストは、その後は驚くほど何もなく順調に進んでいった。負傷者
こそあるものの、幸いにして死者は一人としていない。DSSDの中には生命を省みな
いものだったと批判的な声もあったが、言う通りにして助かったという保障もない。そ
のため、シンの判断は概ね正しかったと判断されている。
 その日もソルは自室で首を何度もかしげながらディスプレイと向き合っていた。ファ
ントムペインの襲撃以降、スターゲイザーから言葉らしい言葉の一切は発せられたこと
はない。四語だけの言葉をセレーネをはじめとする技術者たちに相談もしてみたが、有
り得ないと簡単に判断されて終わった。
 あれは幻だったのだろうか、ソルは結論付けることができないでいる。

 

「今日もデータ入力だけか?」
「仕方ないだろ。誰のせいで怪我なんてしたんだ」
「……悪かったな。荒っぽい操縦で」

 

 ソルの部屋に訪れたのはテストの終わったシンだった。
 戦闘後のソルはMSのシートに座ることを止められていた。原因は先の襲撃だ。一方
のシンがピンピンしているあたり、やはり鍛え方が違うと言うことらしい。本来ならば
最も近い場所で教育に携われたのに、とソルは口を尖らせていた。複座型の後部座席は
今ではすっかり空きシートになってしまっている。

 

「セレーネさん、どこにいるかわかるか? MSのことで相談があったんだけど」
「あれ、司令部にいなかった?」

 

 ソルは意外そうな声色で質問を返した。ソルの記憶にある限りでは、セレーネは他の
研究を抱えている時でさえ、必ず機体テストに立ち会っている。テストもほぼ終わろう
としているとはいえ、放任するとは考えにくい。
 特に思い当たる場所もなく、ソルはシンの話の方に興味を移した。
 
「ところで、MSの相談って?」
「ああ、ヴォワチュール・リュミエールって他のMSにも搭載できないかって」

 

 シンの言葉を聞き、ソルは顔を曇らせた。学習型AIとは別物とはいえ、DSSDの
技術を戦争に使われるのには抵抗がある。VLシステムはあくまでも名の示す通り運び
手であって、戦場を駆ける脚ではない。
 それをシンに告げようとしたところで、次の来訪者が部屋を訪ねてきた。現れたのは
捜していた当のセレーネだ。

 

「シン君はこっちにいたのね。ちょうどよかったわ」
「え、俺、ですか?」
「そう。あなたに会いたいって人がいるのよ。来てくれる?」

 

 シンに断る理由はない。わざわざ呼び出すと言えば隊長だろうか、と思いながらもソ
ルに一言だけ告げ、セレーネの後に着いて部屋を出た。

 

 

「無理ね」

 

 道すがら、シンはヴォワチュール・リュミエールを他のMSでも使えないかとセレー
ネに尋ねてみた。結果は短く断言されたとおりである。セレーネは肩を落とすシンに向
け、簡単に言葉を付け加える。

 

「運用自体は可能よ。ただ、初速のきわめて遅い今のVLをあなたのMSに積んだとし
て、それは役に立つのかしら?」

 

 シンは考える。セレーネの言う通りだ。戦場での動きの鈍い機体がただの的でしかな
いことは、イザークとの訓練で嫌と言うほど身に染みている。
 ならば通常のブースターと一緒に積むならば仕様に耐え得るのではないか。そう思い、
次にそれを口にしてみる。下された結論は全く変化しなかった。二種類の推進力を同時
に発動させれば、それだけ消耗も速くなる。無限の動力を持っている訳ではないインパ
ルスに積んだところで、デュートリオンのチャージ数を多くするだけだろう。さらにミ
ネルバのような精密な照射のできない環境では、速度の高まったインパルスに効率的に
チャージできるとは考えにくい。バッテリーと言う制限がある限り、まともな運用は期
待できそうになかった。
 いい思い付きだと考えていたものが浅はかだったことを思い知らされ、シンはますま
す肩を落とす。その様子を見、セレーネは付け加えた。

 

「発想は悪くないわ。NJCの効いた機体なら戦力にできるでしょうね」

 

 セレーネの言葉が気遣いなのは明らかだった。だからこそ、余計に惨めに感じる。

 

「はあ……、ところで俺に会いたいって人は誰なんです?」

 

 何も考えずに付いて来たが、やけに廊下の照明が暗くなっているような印象をシンは
受ける。こんな印象の場所を、自分は知っている。どこだっただろうかと考えながら、
シンはぼやくように口にした。
 それが営倉だ、と思い当たるまでに時間はかからなかった。
 セレーネは若干頬を引き締め、言った。

 

「あなたと戦ったパイロットよ」

 

 

「………」
 DSSDのMSハンガーで、イザーク・ジュールは半壊したブルデュエルを前に思案
していた。
 完全に取り潰されたストライクノワールとは違い、ブルデュエル、ヴェルデバスター
の二機はまだ機体自体は修復可能な状態にあるらしい。もしも使うつもりがあるのなら
ば修復のおまけつきで引き渡してくれるという。もとは型落ちのMSとはいえ、グフや
ザクを相手に渡り合ったほどに強化された機体だ。興味がないと言えば嘘になる。
 グフに不満があるわけではない。むしろまだカスタマイズの余地があり、機体の性能
を引き出せる領域にある。
 さらに付け加えれば、デュエルには苦い思い出が付き纏っている。感情に任せて民間
の船を撃ち抜いてしまったことや幾度にも渡る敗北、親友と袂を分かち戦ったこと、本国で裁判
にかけられたことまで様々だ。思い返してみて、悪い思い出しかないのではないかと考
えて気分が悪くなった。
 ブルデュエルを選ぶ理由などないはずだった。
 だというのに、イザークはブルデュエルを前に思案している。

 

「よ、やっぱりここにいたのか」
「ディアッカか」

 

彼もまた、幾度となくヴェルデバスターのもとへ足を運んでいた。
興味を示していたシビリアンアストレイやスターゲイザーのもとへも訪れていたが、最後には決まってバスターの前に現れている。
気持ちが分からないでもないイザークは、その決まりきった行動に口を挟むことはしなかった。

 

「スペック、見たか?」
「ああ」
「すっげえよな」

 

2年もの間があったとはいえ、彼らの知りうる元の機体に比べ、それらの性能は大き
く変化していた。根っこである基本構造こそ変わっていないが、兵装、機動力、稼働時
間などは当時のそれとは比べようもないほど強化されている。時と供に進歩した技術の
力には、ただただ嘆息するしかない。
 一方で乗り手としての自分はどうなのだろうか。仮に強くなったデュエルに乗ったと
して、付き纏っている悪い思い出を払拭できるほどに戦えるのだろうか。
 ひしゃげたブルデュエルの無機質な瞳は答えない。当たり前の話だ。同じ姿をしてい
ても、かつてともに戦い抜いた愛機とは別の機体なのだから。

 

「俺は乗るぞ、こいつに」
「ああ?」

 

 急に宣言され、ディアッカは少し戸惑う。直後、愉快そうに唇の端を吊り上げた。
 考えは、同じだ。

 

「さっそく報告と手続きだ。ついて来い、ディアッカ!」

 

 颯爽と、かつ居丈高にイザークは歩を進めるのだった。

 
 

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