Sin-Jule-IF_101氏_第36話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:45:55

「成長したもんじゃないの」
「何が言いたい」

 

 ディアッカの茶化すような物言いに、イザークは穏やかな返答で返す。議長自らが寄
越した新型機とくれば、功名心の強いイザークが欲しがりそうなものだ。だというのに、
若き隊長殿はシンに渡ったことに対しやっかみを見せず、むしろ喜んでいる素振りさえ
見せている。

 

「てっきり新型機は俺のだ、とか言い出すもんかと思ったぜ。……それとも、プラント
に戻ったっていうラクス・クラインが気がかりで呆けてた?」

 

 少しうろたえながら「ふざけるな!」と一喝し、イザークは咳払いをする。

 

「……確かに、デスティニーには惹かれるものはあるがな」

 

 肩を竦めながら、ディアッカはそうだろう、と頷く。従来のものを越える新しい核動
力、遠近なんでもござれの万能性、どれをとっても陣頭を往くに相応しい性能だ。たと
えイザークでなくても欲しいとディアッカは考える。展開すればMSの身長並みの高エ
ネルギービーム砲は、ぶっ放せばさぞかし気分爽快なものだろう。
 イザークはそれ以上は答えず、含み笑いを返答とする。

 

 デスティニーはまさにシンのための機体だ。
 インパルスの三種の個性を一つに纏め上げただけではない。巨大な翼に仕込まれた戦
闘型のヴォワチュール・リュミエールは、シンがDSSDに協力してこそ入手すること
ができた代物だ。その事実を無下に扱って割り込むほどイザークは無粋ではない。シン
の功績を考えれば、彼がそれを扱うのは当然のことだ。

 

 ブルデュエルを降りるつもりも今の彼にはなかった。デュエルに相応しい乗り手とな
ると誓いを立ててから、まだ日も浅い。ベルリンでの戦いにおいては多くの敵を落とし
たが、それで十分とは思えなかった。
 デュエルの名が示す意味は“決闘”だ。自身が決闘をする騎士のように誇り高く在る
かと問えば、今の自分では満足にYESと答えられないような気がした。誓いをあっさ
り破るようでは、これまでに立てた数々の誓いさえも薄っぺらくなる。かつて残した傷
をあえて消さなかった時の悔しさが下らないことに成り下がるのは、それこそ我慢がな
らない。
 デュランダルが演説で口にした“コーディネーターの誇り”は、多くのザフトの兵た
ちに自身の在り方を見直させた。イザークもまた、その例外ではない。

 

「行くぞディアッカ。デスティニーを交えるとなれば、新しい戦術を考えねばならん」

 

 シホとシンをブリーフィングルームに呼び出さんと、イザークは一歩を踏み出す。
 そこで思いついたように、一言だけ付け足した。

 

「チームとして、弱い方から補強していくのは当然のことだろう?」

 

 確かにシンは強くなったが、まだ負けてやるつもりも全く無かった。

 
 
 
 
 

 常にメディアを介した、穏やかにして凄絶な引き摺り合いの結末は単純だ。
 地球連合の総司令部ヘブンズベース、糾弾され、国を追われたロゴスの構成員たちが
篭るこの地が、それを端的に表していた。
 篭城戦に入ったロゴスとそれに与する派に対し、プラント率いる反ロゴス派の国々の
戦力が取り囲む。長期に渡る戦いになるかと思われたが、陣頭のザフトは始めから短期
の決戦を望んだのだった。
 事実、戦いを急がねばならない理由があった。
 時間が経てば、情報は沈静化する。ロゴスという諸悪の根源には、多くの人間が反感
を覚えている。そのため地域によっては暴動まで起き、結果として報道されたロゴスメ
ンバーはヘブンズベースに逃げおおせた。しかし、一方ではロゴスによる利益というも
のも存在している。そこに目を向けられれば、プラントが攻め込む理由は弱くなってし
まう。世界の主導を握らんとするクライン派が多数を占めるプラントとしては、それは
歓迎できない事態だった。
 
 シンは前線基地で待機していた。
 ヘブンズベースの戦いは、今後がどうなるのかを決定付けるものになる。うまく相手
を打ち負かせば、それは戦争の終結に直結することになるだろう。長く続く悪夢が終わ
ると思えば、否が応にも血は踊った。感情が血管を伝ったかのように全身を駆け、巡る
圧力が限界にまで高まる。出撃の許しさえ出れば、今にでも新たな翼で飛び出してしま
いそうだった。
 シンはデスティニーに魅了されていた。
 本来ならば一機で出たところで何かが為せるはずもないが、今ならばなんでもできる
ような錯覚さえある。
 通常、人型だろうとMSの操縦にはギャップが伴う。いくら自身の指に力を込めても
武器を握るMSの手は設定された握力しか持たないし、強く地を蹴り出そうとしてもそ
の限界を越える跳躍はできない。腕を引き千切られても痛くも痒くもないが、内部の人
間がやられれば他がどんなに無事でも一瞬で終わる。
 デスティニーというMSは、そういった限界をシンに感じさせなかった。単純に出力
を伸ばしただけではない。動作そのものが滑らかで、同時に俊敏だ。
 浮き立つ心を抱えたシンに、キラが声をかけた。

 

「なんだよ、俺に何か用なのか?」
「うん、今じゃなきゃ、伝えられないかもしれない。そう思うから」

 

 シンはあからさまに不機嫌な態度をとる。醸し出す刺々しい空気に構わず、キラは一
歩だけシンに近付いた。
 ほんの一瞬だけシンはたじろぐ、それとほぼ同じくして、

 

「ごめん。他に何かできる訳じゃない。けど、僕がやったことに変わりはないから」

 

 キラは、深々と頭を下げた。
 直後、合図となる指令が響く。シンとキラは言葉を交わすでもなく、それぞれの機体
のシートへとついた。
 勝手なやつめ、と心の中で毒づきながらシンはデスティニーに命を吹き込む。

 

 どこか危うささえ纏っていた高揚感は、すっかり落ち着いてしまっていた。

 
 
 
 
 

 地を往くジュール隊の面々は、得意な陣形を崩さず敵と睨み合っていた。
 他の部隊と比べて、イザークやディアッカ、シホらは倍近くの敵と戦っている。デュ
エルもバスターも、連合の視点からすれば二度も奪われた呪われた機体だ。またもや自
分らに弓を引くとあっては、快く思わない者も数多くいることだろう。
 お守りを集めすぎたのが逆効果だったのだろうか。イザークは敵に囲まれながらも余
裕のある感想を抱く。
 小さく笑みを流し、飛び出した一機を切り裂いた。

 

 空を翔るバビやディンの射撃を、敵は次々に防いだ。ザムザザーのような格闘能力や
インパクトのあるデザインの威圧感はそれは持たない。機動性と汎用性に注目し、戦闘
機としての機能を特化させたそれは、ザフトにとって新たなる脅威だった。
 陽電子リフレクターはあらゆる射撃を通さず、デグチャレフの射撃は飛行MSの薄い
装甲を軽々と突き破る。格闘をしかけるにも、特化させたその推進力は尚速い。
 MAユークリッドが、徐々に制空権を握りつつあった。
 ユークリッドの部隊に慢心が生じ始めた時、編隊の一翼に爆発が起こる。敵が真っ先
に目に付けたのは、シャープな真紅の翼から生じる玉虫色の輝きだ。美しささえ伴う輝
きが光の放射を強くすると、次の瞬間には別の一機が破壊されていた。
 身の丈ほどもある巨大な剣を構え、デスティニーは雷鳴のごとく強烈に暴れる。機動
力を大きく伸ばしたMAであろうと、光り輝ける運び手の速度を越えることはない。
 不意打ちによる奇手はそう巧くは続かない。三機を落としたところで、味方さえもが
呆ける中、シンは近くにいた全ての味方に通信を繋ぐ。

 

『敵の陣形は崩した! こっちも体勢を立て直すんだ!』

 

 ストライクフリーダムは敵の本拠地へと直進していた。キラはコクピットの中で歯噛
みをする。例え覚悟をしようとも、ごく近くで人が死ぬのは嫌なのは変わらない。
 降伏を速やかに宣告させれば、戦いで散る命も極力減らせるはずだ。
 逸るフリーダムを、赤い閃光が掠めた。人並みはずれた反射神経か強化された機動力
がなければ、確実に撃墜されていた。一瞬だけ冷たさを感じ、新生したフリーダムに感
謝する。
 直後、目立つ黄金の装甲が、キラの視界に飛び込んだ。ビームサーベルの一撃を回避
し、逆に蹴りを叩き込んで距離をとる。

 

「金色の、MS?」

 

 驚きは一瞬だった。キラはビームライフルを敵の翼に向けて放つ。回避したところで
翼だけを奪うつもりだったが、敵は盾さえも構えない。
 防御をしていたのはキラの方だった。向きをを逆にしたビームを、ソリドゥス・フル
ゴールの光が阻む。

 

「ビームは、効かないのか……!」
『ビームシールドとは、面白いものを持っているなッ!』
「どいてくれッ! 僕はこの戦いを止めなくちゃいけないんだッ!」

 

 キラは焦るが、思考回路は問題なく働いた。ビームの指向性を曲げる仕組みならば、
対応はある程度は身に付いている。
 光の剣を抜き、ストライクフリーダムは“アカツキ”に斬りかかった。

 
 

前へ 戻る 次へ?