番外編
PHASE―? 聖夜
#1
俺がミーアの護衛になって数週間、季節はすっかり冬真っ盛りになっていた。とは言っても、雪が降る訳じゃないし、取り立てて寒くも無い。プラントだからかな?
そんなある日、俺とミーアは議長に呼ばれる羽目になった。
「やぁ、ミーア。それにシン。よく来てくれたね。」
「いえ、ご命令とあれば…その、特別指令というのは?」
そう、議長のメッセージは、
『ミーア、シン。君達にどうしても受けてもらいたい仕事が有るのだ。休暇中のところ済まないが、来てもらえないかね?』
………というものだ。
「うむ。明日は何の日か知っているかね?」
「クリスマス…ですか?」
答えたのはミーアだ。それを聞いた議長が笑みを浮かべる。
「馬鹿!?議長がそんな事で呼ぶ訳無いだろ!!」
「えー?だってそれ以外思いつかないもの。」
唇を尖らせ、不貞腐れた様にミーアがそう呟く。
「いや、ミーアの言う通りだよ。明日はクリスマスだ。」
「え?えぇ!?」
「実はね…前大戦で家族を失った子供達に、細やかなプレゼントを…と思ってね。約束してしまったのだよ。『今年のクリスマスは、ラクス・クラインを連れて行く。』とね。」
「まぁ、そうだったのですか。」
成る程な、そういう事か。その護衛で俺も呼ばれたと。
すると、議長が真紅の衣装をミーアに手渡す。
「議長…これは?」
「クリスマスと言えばサンタだろう?ミーア、君にはプレゼントも配ってもらいたい。」
続いて、俺にも衣装が手渡される。ブラウン系のタイツだ。ついでに角付き。
「君はトナカイ役で。」
「ちょ!?何故にトナカイですか!!」
「サンタのソリを引くのはトナカイだろう?オーブの方は違うのかね?」
「そうじゃないですけど…!?って笑うなミーア!!」
「アハハハ♪……お、お腹痛い…や、やめてシン。に…似合わな過ぎるわ!!」
この時、議長に初めて殺意を抱いたのはまた別の話だ。
#2
議長の部屋から出た俺達は、明日の打ち合わせも兼ねミーアの部屋へと向かう事にした。
「はぁ……。」
「はい、もう泣かないの。男の子でしょ?」
「泣きたくもなるだろ。タイツだぞタイツ!!そりゃ、普段からそんな衣装着てるミーアには分からないだろうけど。」
物凄く睨まれた。っていうか気にするなら着るなよ!?
「この衣装…議長が…。」
「俺が悪かったよ。だからもう何も言うな。」
「まぁ、最近は慣れたから大丈夫なんだけどね♪」
「待てよオイ!?慣れちゃ駄目だ!!
それにしてもクリスマスか…」
思い出すのは、家族との思い出。マユとケーキのチョコレートを取り合って母さんに怒られたり、夜遅くまで起きて「サンタの正体を見破ってやる。」なんて意気込んでたら、サンタは結局父さんだった…なんてのもあったっけ?今はもう戻れない…俺の守れなかったもの。
「シン?どうしたのよ。さっきからボーっとして。」
「あ、悪い…何でもないよ。
そういやさ?ミーアの家はどうだったんだ?」
「どうって?」
「クリスマスだよ。いや、なんとなく気になってさ。」
唇に指を当て、考え込む。
「うーん、普通だったと思うわよ。私が居て、パパが居てママが居て…友達も呼んで普通に騒いでた気がする。あ、カラオケやった時なんて、私があんまりマイク離さなかったから、みんなにすっごく怒られた事もあるわ♪」
「そっか、やっぱ何処でも同じなんだな。」
楽しそうに話してるミーアだったが、ふと気付いた様に俺の顔を覗き込む。
「顔色悪いわよ?大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ大丈夫。」
「そんな感じに見えないわ。」
「随分と噛みつくな…んじゃ大丈夫じゃない。」
「それなら…って引っ掛かる訳無いでしょ!!」
「いや、引っ掛かる寸前だっただろうが。」
結局、こんな感じで打ち合わせなんか進まずに、ぶっつけ本番になってしまった。
#3
本番…というかクリスマスだな。議長の陰謀でトナカイと化した俺が、ラクスサンタの乗ったソリを引いて颯爽と登場。
戦災孤児の子達はラクスサンタに夢中で、俺には一切ノータッチだ。
「わーい♪ラクス様だー♪」
「はい♪押さないで下さいね♪プレゼントは皆さん全員にお渡ししますから♪」
それにしても、ラクス・クラインが必要だと言った議長の気持ちも分かるな。ラクスを見た瞬間の子供達の顔を見たら…。
「ふっ…君の出番は無さそうだね。」
「俺の出番なんか無い方が良いですよ。俺の出番が有れば、それだけミーアが危険に晒されますからね。」
「確かにそうだね。それにしても…始めは君が引き受けてくれるとは思わなかったよ。」
「半ば強制だった気がするのですが…。」
「はて…何の事かな?」
「あ…アンタって人は……。」
怒りに震えるこの拳を、どうやってこのワカメに喰らわせてやろうかと考えていると、議長がどこか自嘲する様な笑みを作った。
「シン…それにミーア。君達には本当に感謝しているよ。これまでの生活を捨ててまでラクスになってくれたミーアに、パイロットと護衛…それを引き受けてくれたシン…君達にね。
私の力はまだまだだ。ラクスに頼らなければ何も出来ないし、そのラクスを守る為には君が必要だ。全く…我ながら。」
「議長……。」
「いや、済まない。少し感傷に浸り過ぎてしまった。」
「……ミーアは俺が守り抜きます。絶対に。」
ミーアは子供達に囲まれて、幸せそうに笑っている。あぁ、絶対に守ってみせるさ。ミーアの命も、あの笑顔も。
「はい♪これで皆さんにプレゼントは回りましたね♪」
「本当…馬鹿みたいに笑いやがって。こっちの気も知らないで。」
「その割に…君も楽しそうに見えるのだが?」
議長が意地の悪い笑みを浮かべて俺に言う。
「き…気のせいですよ。」
「ふむ。ではそういう事にしておこうかね?」
「何ですか!?その引っ掛かる言い方は!?」
「ほら、歌が始まるぞ?」
ぬぅ…まぁ、みんな楽しそうだし、これで良いか。
#4
「静かなー♪この夜にー♪あなたをー………」
ラクス・クラインの詩。歌っているのはミーアだけど、綺麗な歌声だ。本物の方は聴いた事が無いけど、多分…遜色無いんじゃないかと思う。
さっきまで賑やかだった子供達も、今は目を閉じて聴き入っている。
「綺麗な歌声だ…そうは思わんかね?」
「え?あ…はい。何だか不思議ですね。落ち着くと言いますか心が鎮まると言いますか…。」
歌声だけじゃない。歌っているミーアは、何だか幻想的な美しさ(って言うのかな?)で、知らぬ間に見入っていた。
そして、気付くともう歌は終わっている。
歓声を上げる子供達に手を振りながら、深々と頭を下げる。
これで今日のイベントは終了だ。
「ラクス様ラクス様♪来年も来てくれるの?」
「皆さんが良い子にしていれば…またお伺いさせて頂くかもしれませんね♪」
「本当♪それなら、僕良い子になる♪」
「私もー♪」
「ふふ♪ちゃんと先生方の言うことを聞くのですよ?」
「はーい♪」
相変わらず子供に人気だな。
「シン…。」
「あ…何ですか?」
議長に外まで連れて行かれる。何の用だろう?
「君にミーアの正体を教えたのはね…?彼女の為なのだよ。」
「ミーアの為…ですか?」
「うむ、彼女はラクス・クラインという役割を必死で演じてくれている。それは良い。
だがね…彼女は必要以上に頑張り過ぎる。私はそれが不安でならないのだよ。」
「どういう事ですか?」
難しいな…何でだろう?
「彼女があまりにも“ラクス”に成りきろうとするあまり、本来の“ミーア”が消えてしまうのではないか…とね。
ラクスが見つかれば、彼女がラクスになる必要は無い。だが、その時にミーア・キャンベルとして生きていけるのだろうか?それを考えるとね…。こんな道に引き込んでしまった手前、私には彼女を守る義務が有る。それこそ、彼女の命であり彼女の心を…。
だからこそ、身近に彼女を“ラクス”としてではなく、“ミーア”として接する事の出来る人間が欲しかったのだよ。」
そっか、それが俺の居る理由なんだな…。
#5
ミーアが孤児院から出てきた。やや名残惜しそうに手を振りながら俺達の元に来た。
「お待たせしました。」
「いや、今日はご苦労だったね。ミーア、シン。」
俺は何もしちゃいないんだけどな。でも、今日は此処に来て良かったな。
「シン…何ニヤニヤしてるの?」
「や…何でもないよ。」
「さて、もうすっかり暗くなってしまったね。今日は本当にありがとう。二人共。」
「いえいえ、ラクス様として当然の事ですわ。」
笑顔でそう答えるミーアに、議長は苦笑した。不思議そうに首を傾げるミーアの頭を軽く叩く。
「ミネルバの件、頼んだよ?ミーア。」
「はい、お任せ下さい♪」
「うむ、ミーアの事を頼むよ?シン。ただし、手を出したら銃殺刑だ。」
「しつこいですね…議長も。」
本当…掴めない人だな。議長って。まぁ、あんまり深く関わるとロクな目に遭わないだろうな。
俺とミーア。二人で夜道を歩いている。ミーアはサンタの衣装が余程気に入ったのか、まだ着たままだ。
「ふーんふーん♪」
「なぁ…まだ着てるのか?早く着替えた方が良いと思うぞ?」
「良いじゃない♪今日の私はサンタクロースなの♪」
やれやれ…言っても聞かないなこりゃ…。
「そういや、あの子達。ミーアを見てからいきなり凄い笑顔になってたな。本当に嬉しそうだったよ。」
「本当?私、実はいっぱいいっぱいであんまり良く覚えてないの…。」
舌を出して苦笑している。
「そうなのか?」
「うん、実はあがり症なのよ。ライヴの前とか、もう心臓がバクバクいって…大変なのよ。」
「ははは♪何か分かるかもしれないな。俺もカラオケで歌う前とか結構緊張するし。」
「カラオケとは違うわよ。」
「そうなのか?」
「当たり前でしょ?」
そう言った後、小さく肩を震わせる。もうすっかり暗いしな、冷え込んできたからか。
「ん?寒いか?」
「大丈夫大丈夫。寒さには強いのよ♪って…あ……」
俺が着てた上着を着せる。
「これで少しは大丈夫だろ?」
「う、うん…ありがとう…」
#6
「ミーア、顔赤いぞ?大丈夫か?」
「え…だ、大丈夫よ!!」
「そうか?まぁ、辛くなったら言えよ?」
「大丈夫。暖かいから…。それより、シン…今日は空いてる?」
「あぁ、何も予定は無いけど?」
「それなら、私の部屋で打ち上げでもしない?今日の反省会も兼ねて。」
長い髪を揺らしながら俺に振り向き、ウィンクしてそう言う。
「打ち上げか…面白そうだな♪」
二人でミーアの部屋に向かう。近くのスーパーで、適当な飲み物なり食べ物を買って。
「ねぇ、シン。あの時、議長と何話してたのー♪」
「うわっ!?酒臭っ!?酒なんか買ってないのにどうして!!!?」
頬を赤らめて、しつこく俺に抱きついてくるミーア。議長に殺されるから離れてくれ。
ビニール袋の中には、チョコレートの箱が入っている。……………まさかな?
“ウィスキーボンボン”…成る程、どうやらミーアは極度に酒に弱いようだ。そういえば、マユもそうだったな…。
「シンー聞いてるのー?」
「あぁー聞いてる聞いてる。」
「むぅー……聞いてないわよーそういうのはー」
「はいはい、分かった分かった。話すから離せ……ってもう寝てるし……。」
間抜けな寝顔で、ミーアは寝息を立てている。とりあえず、ベッドまで運んでそこに寝かせる。
「ったく…酒に弱いって自覚が無いな?こりゃ…」
「ん……。パパ…ママ……私………」
「……………。」
眠ったミーアの目尻に涙が…そっか、自分の意思で家族を切り捨てたんだったな…。ミーア、どんな気持ちだったんだろう?
「……そうだよな。やっぱ辛いんだよな。家族に会えないのって…でもな?きっといつか…会えるよ。お互い生きてるんだからさ?」
そう、きっと…いや、いつか必ず…会わせてやろう。だから守らないとな…。
それに…子供達にも約束したんだもんな。「来年も来る」って……。
―END