W-DESTINY_第17話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:59:30

「それでは、頼みます」
「はっ!お任せください!」

アスランの激励に、ガルナハンへの派遣部隊の隊長は、敬礼しながら返答を返す。
シンは、アスランの背後で、それを見守りながら、コニールの事を思っていた。
出来る事なら、自分が行きたいくらいだが、それが不可能な事くらいは、わかっている。何よりも自分はアスランの護衛こそが最優先すべき事であった。結果的には、その方がコニールを始め、シンが守りたいと思える人達を救う事になると信じていた。
派遣部隊の出向を見送ると、アスランは予定が空き、シンにも自由時間がやってきた。

「それでは、出掛けてきますけど」
「ああ、ゆっくりとして来い」

出掛ける事をアスランに告げると、部屋に戻り私服に着替えて、レイとルナマリアとの待ち合わせの場所へと向かう。
2人には、シンがアスランの護衛のために遅れる事を告げ、先に行かせたのだ。
シンは基地を出ると、大きく息を吸った。思えば、こうして軍人としてでは無く、完全なプライベートで行動するのは随分と久しぶりな気がする。
カーペンタリアでもガルナハンでも出来なかった事だ。そして地球に降りて唯一の自由時間を思い出して赤面する。オーブでアスランを殴った事を思い出したのだ。

「そう言や、まだ謝ってなかった」

アスランは気にしていないだろうが、思い出した以上、黙っておくのも気が引けた。
だが、今から戻ってもアスランを驚かすだけだろうから、帰ってから謝ると決めると、街への道へと進む。
そして、歩きながら街並みを眺める。ディオキアは元々観光都市のため、基地を一歩離れると美しい海岸沿いにきれいな建物が並び、シンの心を軽くした。
今回、ディオキアでは、かなり多目の休暇が与えられる事になっていた。シンにはアスランの護衛があるが、新型に乗り換えるレイやルナに比べると、時間に余裕がある。最初はMS戦の訓練に割こうと思っていたが、最近のゼクスとの訓練でインパルスの性能を限界点まで引き出せるようになり、今はインパルスのパワーアップ、もしくは新型への乗換えが必要だと言われている状態になっていた。
だからと言って訓練が無駄というわけでは無いが、今は休養すべきと言われている。

「今の内に休んでおけか……」

ゼクスに言われた言葉を思い出す。その言葉が、如何に次の戦いが激しいものになるかを感じさせていた。
そして、気を取り直し、休暇を楽しむためにレイたちとの待ち合わせ場所へと急いだ。

「そっちは、いたか?」

スティングはアウルを見つけると、慌てて尋ねるが、アウルは呆れたように否定する。

「ダメ。何処に行ったんだか」

スティングたちは、外出を拒否するマユを留守番に残して買い物に出かけていた。
マユを1人残すのは気が引けたし、子供が1人で残っていると、もし強盗の類が侵入したらと気が気ではなかった。なぜなら、いくらエクステンデットの彼等でも休暇中に惨殺死体の製作現場で寝起きはしたくない。血の染み込んだ壁など真っ平だった。
だが、マユと一緒に残ると言っても、アウルは絶対に嫌がるし、ステラはマユが暴れる危険があるので却下。スティングだけは一目置かれているが、買い物に行く以上は彼が中心にならないと、他の2人では何を買ってくるか知れたものでは無い。
結局は何も起こらない事を祈りながら出掛けたのだが、ステラが迷子になるという事件が起き、スティングを悩ませていた。

「少し目を離した隙に……」
「少しって、買い物に夢中だったぞ」

呟くスティングにアウルが冷たく突っ込みを入れる。アウルは、今回の休暇は料理は外食では無く、自分で作ろうと本を買い、調理器具や材料を買いあさるスティングに呆れていた。

「いいじゃ無えか!無駄な金を使わなくって!」
「そんなこと言ったって、他に金を使う機会なんて無いじゃん。つーか道具から揃えてたら余計に使っちゃうだろ」
「やってみたかったんだよ!それよりもステラを探すぞ!」
「へ~い」

アウルは軽く返事をしながら、スティングにそんな願望があったことに驚いていた。
彼等は幼少の頃から戦闘関係以外は学ぶ機会が無かった。生活と言えば戦闘訓練をやって、支給された服を着て、出された食事を黙って食べて……言わば、ずっと軍人の生活をしてきたのだ。
ただ、普通の軍人との違いは、全くの自由が無く、僅かに入ってくる外の生活に憧れを抱く。
アウル達も、そして途中で死んでいった者たちも外に出れたら、やりたい希望が幾つもあった。
それにしても、まさかスティングの希望が料理をしたいというのは盲点だった。

「ステラじゃなくスティングだもんな……」
「何か言ったか?」
「いいや何も」

アウルは苦笑しながら歩く、紅一点のステラは浮かれて迷子に、1番男くさいスティングが料理、そこまで考えて、もう1人の女の子を思い出す。マユは料理なんかするのだろうか?

(怖いものが出てきそうだよな)

アウルは恐ろしい想像をして頭を振った。

「ここ……どこ?」
ステラは、公園の噴水の前で呆然としていた。街並に目を奪われながら歩いていたら綺麗な噴水が目に止まった。しばらくは噴水の美しさに目を奪われ、冷たい水を触って喜んでいたが、気付いた時にはスティングもアウルも見当たらずに途方にくれていた。
勘に頼って、最初に来た道を探すが、記憶にある風景は見当たらず、スティング達と連絡を取る手段も無かった。
しばらくの間、当ても無く彷徨っていると、元の噴水前に戻って来た。
呆然としてると、人にぶつかり倒れそうになる。

「ん!」

ステラは倒れないように踏ん張ろうとするが、後ろから誰かに抱きしめられたので、転倒を免れていた。

「ごめん、急いでたから!大丈夫?」
「ん?……―!」

ステラは振り向いてくと自分を支えてくれた人を見て息が詰まり、その人物から離れようと突き飛ばした。
その人物の瞳は、真紅、マユと同じ色だったからだ。

シンは、後ろから支えた女の子に、突き飛ばされて既視感を感じた。さらに突き飛ばした後に倒れた少女を見て、アーモリーワンでの出来事を思い出す。
ミネルバの進水式を前に、ヨウランと買い物に出かけた帰りに、今回と同じような事があった。
今の出来事はその時の状況と酷似していた。違いが有るとすれば、今回は胸を触ってない事だが……

「あれ?……もしかして、あの時の?」

シンは、その時の少女ではないかと疑問を思う。あの時は一瞬だったし、あの後ヨウランに突っ込まれ初めて触った女性の膨らみの感触が頭を占めた。だから、それを振り払うために忘れようと努力したため彼女の顔は憶えていない。もっとも胸の感触は憶えているが、確認のために触らせてくださいとも言えないし、本人かどうかの違いが分かるとも思えなかった。

「取り合えず、立てる?」

シンは少女を立たせようと手を差し出すが、少女は短くて小さな悲鳴を上げながら後ずさりをした。

「俺、悪い事した?…って、君にぶつかったか」

シンは怯える少女を見ながら頬を掻く。もう、レイとルナマリアとの待ち合わせ時間はすぐだったが、少女の事が気になる。この怯え方は異常だと思えるし、それが自分の所為なら尚更だ。

「ぶつかって、本当にゴメンね。怪我は無い?」

シンはしゃがみ込んで、頭を下げながら安否を尋ねる。見たところ怪我は無いようだが、自分は軍人だ。
故意では無いとは言え、一般人を怪我させるなど許せる事では無かった。

「……大丈夫…」
「そうか、良かった」

少女が初めて喋ってくれた。きれいな声だと思いながら、怪我が無いことへの安堵の笑みを浮かべる。

ステラは、マユと同じ眼をしている少年を、ジッと見ていた。彼はマユと違って怖くは無かった。
それどころか、凄く優しい笑顔をしている。

「どうかな? 立てる?」

少年が手を差し伸べてきたので、ステラはその手を掴みながら立ち上がった。

「ありがと」
「そんな、気にしないで……それより本当に痛いところ無い?」
「……うん」

ステラは、一通り身体を動かして返事を返す。痛いところは無かった。そして少年の眼を再び見つめ続けた。
シンは、ジッと見つめられて緊張していた。何となく、このまま良かった。さよなら。とは言えない雰囲気だった。

「え~と……ところで随分と怯えていたみたいだけど」

そこまで言って、自分が少女の名前を知らないことに気付く。

「そうだ。俺の名前はシン。君の名前は?」
「……名前……ステラ」
「そうか、ステラか」

シンは、この少女の精神が普通では無いと理解した。普通の子なら怒るか、気にしていないなら、この場を去るだろう。多分1人で出歩くのは問題のあるタイプの人間だ。
おそらく保護者と離れてしまったのだろう。ならば保護者を探すのが手っ取り早い。

「ステラは1人で、ここに来たの?」
「ううん……スティングとアウル……そしてマユ」
「え?」

シンはマユと言う名前に反応する。もっとも妹は死んでいるから、同じ名前の別人だと判断するが、それでも余計にステラを放っておけない気になった。

「え~と、その3人は、何処にいるのかな?」
「わからない……はぐれた」
「やっぱり」

予想通りの迷子だと分かり、どうするべきか悩み始める。

「マユと……同じ眼」
「え?」
「でも、あまり怖くない」

シンは、意味を考えた。自分の目が妹と同じ名前の子と同じで、怖くない。
だとすると、マユという名前の子は怖いのだろうか?

「ねえ、マユって子が怖くて、俺の眼がその子と似てるから俺を見て怯えたの?」

ステラは縦に首をふる。

「そうだったんだ……何で怖いのかな?嫌なことでもされた?」
「ん~……最初から怖かったけど……」

シンはステラに聞くマユの話を聞いて憤慨していた。
ステラの話によるとマユという少女は、自分勝手で暴力的で、しかも今朝なんか親切で起こそうとしたステラに暴力を振るったという。

「酷い子だな」

シンは同じ名前でも自分の妹とは大違いだと思う。妹のマユは素直で、兄の真似をして武術は習ったが基本的に人を傷つけるのは嫌いで、しかも朝は兄の自分を起こしてくれていた。

「でも……仲良くしたい」
「え?……そうなんだ」

シンは、ステラの優しさに心が温まる気がした。そして、上手く行けば良いと彼女を心から応援する。

「頑張ってね」
「うん♪だから特訓する」
「はい?」

シンは突然、手を握られ戸惑った。だが、ステラはしっかりと手を握り、真剣な目でシンの目を見つめ続ける。

「もしかして特訓って、俺の眼を見ること?」
「うん」

あっさり正解が得られた。
しかし、この状況は少し困る。ステラが嫌いというわけでは無いが、公園の噴水前で男女が手を握って正面から見詰め合っているのだ。正直照れる。
さらには横を通り過ぎる人達は、ジロジロとこっちを見ながら歩いている。シンは客観的に見て、今の自分が俗に言うバカップルと呼ばれる人種と間違われている事を悟っていた。

「そ、その……ステラ」
「ん?」

シンはステラに手を離すように言おうとしたが、ステラの目の見て次の言葉が出て来なかった。
ステラの目は怯えを含み、涙目になっているが、真剣な気持が伝わってきた。

(そんなにマユって女の子の事を……)

シンは抵抗する気力を無くしていた。

「こっちの方が綺麗だぞ」
「そうだな、ステラが行きそうだ」

スティングとアウルはステラを探していた。探し方は、ステラの進みそうな方向、見た目が綺麗な方へと向かいながらステラの姿を捜し求めた。

「ここは公園か……って、ステラ?」
「本当か?……って、何だ?」

アウルの指差す方向を見て、スティングは固まった。そこには噴水の前で手を握り見詰め合う一組の男女がいた。

「何処のバカップルだ。あれは?」
「あぁぁぁぁっ!」

スティングが呆れたように呟いたとき、すぐ隣から女性の悲鳴が聞こえた。
驚いて、そちらを見ると赤毛の少女がステラの方を震えながら指を差していた。

「ななななな何よ!あれ!?」
「落ち着けルナマリア」

レイはルナマリアを宥めながら、こちらを凝視している2人の男に気付いた。

「あ!ルナ!それにレイも」
「スティング、アウル!」
「な、何手ぇ繋いで歩いてんのよ!」

周りの通行人の好奇心に満ちた視線を浴びながら、バカップルがヒステリックに叫ぶ少女に近付いてくる。
レイは、居心地の悪さを感じながら、再び先程の2人を見る。おそらくスティングにアウルと呼ばれたシンの連れの少女の知り合いだろうと推測する。そのうちの1人、小柄な方が呟く。

「知り合いと思われたく無い」

背の高い方も縦に首をふりながら

「周り、みんな見てるぞ」

レイは初対面の人間と、これほど共感できるのは初めてだった。

「少し、離れるか?」
「賛成」
「気が合うな」

3人が、少し離れると、シンとステラは不審な表情を見せるが、ルナマリアが激しく詰問してきたので、それどころでは無くなった。

「ちょ~っとシン! どういう事!?」
「え!? 何怒ってるんだよ?」
「良いから答えなさい!」

痴情の縺れにしか見えない3人を無視して、残ったレイ、スティング、アウルの3人は自己紹介と隣で修羅場している仲間の紹介を始めていた。

「ザフトの方で?」
「一応は、ですから長くはここにいられません」
「それで、ステラに声かけたんだ」
「アウル!」
「いいじゃん別に、ステラをナンパするなんて面白れえ奴じゃん。しかも気が合ってるみたいだし」

アウル達は未だに手を握ったままの2人を見る。

「シンはそんな器用な人間では無いはずだが」

レイは、シンの事だからステラという少女を引っかけたとは思っていなかった。
おそらくは何か原因があって一緒にいる。もしくはステラの方からシンに声を掛けたと判断していた。
だからこそ、正直にザフトの軍人だと話したのだ。もし彼等が、この街の住民でステラがシンを本気で好きになっていたら、やがて離れ離れになる事を言っておかなくてはならない。

「おそらくステラが何かしたんだと思います」
「え?」
「その……ステラは少し」
「少しじゃ無く、すっげぇ馬鹿だから」

アウルが呆れた様に説明する。アウルは自分達が同じ孤児院で育った者同士で、2年前の大戦後に何でも屋を始めて復興作業関係の運送や雑用をやって暮らしていたと嘘を付く。
そして今回のブレイク・ザ・ワールド事件で更に忙しくなったが、ようやく落ち着いたので長期休暇を皆で取り、ここに来たという事を伝えた。
その中で、ステラは馬鹿だから足を引っ張る事もあるという事も伝える。
これは、休暇をとるために作った仮の身分のため、細部に渡って取り決めがされており、レイでさえ嘘に気付かなかった。

「そんな少女なのか……だったら、どうやって仲良くなったのか、ますます分からんな」
「なあ、そんな事より、何時までこうしてるんだ?」
「そうですね……周りの視線が集まっているし」
「そんな硬い言葉使わなくっても良いって、スティングもな」

スティングは笑いながら頷く。レイも同意し、別の場所に移動する事を提案する。

「だが、問題はだ」
「あの3人に声を掛けるのは……」
「ジャンケンでもしよっか?」

カトル達3人は、プラントを出航するデュランダルと護衛をするデュオを見送りに来ていた。

「正直に言って良いか?」

トロワは、ザフトの軍服に身を纏ったデュオを見ながら、呆れたように呟く。

「言いたい事は、その態度で分かるって! 俺だって似合わねえって思うさ」
「そ、そんな事はありませんよ。その……意外と似合って……」
「無理すんな!余計に空しくなんだろうが」

デュオはフォローしようとするカトルを遮ると盛大な溜息を付く。

「なあ、議長さんよ、これ着ないとダメなのかよ?」
「流石に、私服の少年を側に置くというのもね。不自然だろ」
「そうだけどさ……だいたい何で緑なんだよ。ゼクスだって赤じゃ無えか?」
「そうは言ってもね。君は実際の年齢より若く見えるし、そんな人間が赤を着ていたら、どんな人間かと思われるだろう?」
「そうですよデュオ、目立つのは厳禁です」
「まあ、ゼクスの様に説得力を持たせれば誤魔化しも効くがね。良ければ次の戦いに参加するかね?」

ゼクスの場合は、皆の前に出る前に、プラント防衛線で誰もが知る活躍を見せたため、赤服を着てミネルバの隊長を勤めても、変に邪推する者は現れなかった。
多少怪しくても戦時中のため、優秀な人材は必要なのだ。デュランダルの保障があれば、それで事足りる。
だがデュオの場合、そうは行かない。いくらデュランダルが信頼出来ると言っても、その外見から誰も信用しないだろう。だから他に紛れ込みやすい一般兵の軍服になっていた。
それが嫌ならゼクスの様に、周りを納得させるしかない。さらに、その実力もある。
しかし、デュオは赤服を着るために、そんなマネはしたくなかった。

「デスサイズは使えねえんだろ。俺はこの世界のMSはイヤだね。重すぎる」

デュオは何も好き嫌いで言っている訳では無かった。この世界のMSに慣れると、デスサイズに乗り換えた時、上手く扱えなくなる可能性がある。それほど自分たちのMSと、この世界のMSは違うのだ。

「だったら、我慢してくれ。それに悲観するほど似合ってないとは思わんよ」
「そうだな。悪くは無い」
「お?」

デュオは、カトルなら兎も角、五飛がそんな事を言うのを意外に思った。

「……断って良かった」

だが、次の台詞を聞いて、思わず吹き出す。五飛が着たら自分より似合わないであろう。

「何が可笑しい?」
「悪い悪い!……まあ、兎に角言ってくらぁ!」

それぞれの励ましを受けながら、デュオはデュランダルと一緒にシャトルに乗り込んだ。

「へぇ~、マユって妹がいたんだ」

シンの説明にアウルは驚いたように聞き返す。アウルにとってマユという名は嫌な女に直結する。

「ああ、そうなんだよ。それでステラは仲良くしたいって言うから」

シンは、あの後喫茶店に入り、皆に何故手を握り見詰め合っていたかの説明をしていた。

「それで特訓ね」

各自は一斉にシンの腕にしがみ付いたままのステラを見る。
ステラは相変わらずシンの目を見詰めているが、目は涙ぐみ潤んでいる。それは恐怖の緊張から揺れているのだが、知らない人間が見れば、随分と色っぽく見える。

「それにしても、同じマユでも随分と違うんだな」
「シンの妹は、どんな子だったんだ?」

アウルが質問した瞬間、レイとルナマリアの顔が強張る。

「ちょっ!」「その質問は!」「聞きたいか!?」

二人の声を遮るような大声をシンが上げる。その目は生き生きとしていた。

「マユはな!それは素直で、可愛くて、優しくて、本当に良い子だったんだ。おまけに家って両親が共働きだったから、メシは弁当とかだったんだけど、マユはまだ小さいのに料理を頑張って覚えて、俺が美味しいって褒めると本当に嬉しそうな顔で……」

シンはマユの素晴らしさを熱弁し始める。最初はアウルも興味を持って聞いていたが、いい加減に鬱陶しくなってきた。

「なあ、もう良いよ」

アウルは止めるが、シンは聞く耳持たずで喋り続ける。唖然とするアウルにレイが溜息を付きながら忠告する。

「手遅れだ。シンに妹の話をさせた時点でこうなる」
「後、1時間は喋り続けるわよ。料理が得意、お菓子作りが得意、成績優秀、かなり美化されてるとは思うけど」
「もしかして、悪い事したかな?」
「「した」」
「ゴメン……まあ、うちのマユとは大違いだと分かったけどさ」
「何で、こうも違うのかねぇ」

スティングも呆れながら呟く。シンの話を多少美化されていると判断しても、自分たちの知るマユとは、似ても似つかない少女だ。

「うちのマユは、絶対に料理なんかしねえだろうな」
「やった方が怖えよ。何作るか……つーか、どんな材料を使うか考えるだけでも嫌だね」
「そんなに酷いのか?」
「「悪魔だね」」

ルナマリアは、お替りしたコーヒーを飲みながら時計を見る。

「そろそろ、終わりかな?」
「そうだな」

ルナマリアとレイは、そろそろシンの気が済むだろうと判断する。ちなみにスティングとアウルは疲れきった表情をしていた。

「そんな天使みたいな女の子だったんだよ!……それなのに!」

シンは泣きながらテーブルに顔を伏せる。

「何時もこうなのか?」
「何時もだ」
「なんか、大変だな」
「大丈夫よ。普段はその話題に行かないように気を付けてるから」

4人が呆れる中、1人だけ涙ぐんでる人間がいた。

「シン……かわいそう」
「ステラ?」
「シン、元気だす。ステラ、シンの分まで、マユと仲良くする」
「ありがとう!」

シンはステラの手を両手で掴む。そして正面から見詰めながら礼を言った。
シンは嬉しかった。自分が妹の話をすると、何故かみんな呆れるのだ。
だが、ステラは違った。自分の気持を理解し、一緒に悲しんでくれる。そして別のマユとは言え、亡くなったマユの代わりに仲良くなると宣言したのだ。

「え?……あれ?」

再び見詰め合いモードに入った2人を見てルナマリアは戸惑う。

「なるほど。シンに好かれるには、マユの話を聞いて耐えれる女性で無いとダメという事か」

レイは冷静に分析する。

「つーかさ、アイツってシスコンっぽいから、守ってあげたくなるタイプが好きなのかな?」
「それも、あるかもな」

戸惑うルナマリアを尻目にアウルとレイは2人を観察していた。そこにスティングが割り込む。

「ところで、俺達はそろそろ帰らないといけないんだが」
「もう?」
「あのガキを何時までも1人には出来んだろ」
「それもそうか」
「そうなのぉ、残念ねぇ~」

ルナマリアの目に輝きが戻る。彼等3人は悪くないが、今は危険人物である事に違いは無い。
一刻も早くシンとステラを引き離すべきだと判断していた。

ステラ達は帰路につく事になり、喫茶店を出たが、シンとステラは名残惜しそうに見詰め合っていた。

「シン……」
「ステラ……」
「いい加減にしなさい!」
「そんなこと言ったって、まだ特訓が」
「どう見ても特訓に見えない。だいたいステラはシンの眼を見て、まだ怖いの?」
「ん?……言われてみれば……怖くない」

ステラは、シンの眼を見ながら、はっきりと言った。

「だったら、もう」

ルナマリアは、それを聞いて安心したが、更なる爆弾を落とされる。

「でも、何かドキドキする」
「あえ?」
「シンとは、もっと一緒にいたい♪」
「ちょっと!」
「だったら今日は諦めて、また今度会えば良いじゃねえか」

何か言いかけたルナマリアの言葉をアウルが遮る。

「今日しか会えないってわけでも無いんだろ?」
「そうか、え~と」

シンは今後の予定を思い出す。1ヶ月はディオキアに滞在するが、もうすぐデュランダルが降りてくるし、アスランの護衛でジブラルタル基地にも行かなくてはならない。

「こちらから連絡する方法はあるかな?」
「……いや、それが俺たちが泊まっている場所って、電話とか無いんだ」

アウルは咄嗟に嘘を付く。実際にコテージには電話は無いが、通信手段はあった。
だが、それはザフトの軍人に教えても良い類の物では無かった。

「そうか、泊まっている場所を教えてもらう訳には」
「言ったろ、難しいガキがいるってさ。他人を連れてきたら機嫌が悪くなるんだよ」
「そうか……う~ん」

シンは改めて予定を思い出し、1週間後なら急用が入らない限りは、大丈夫だと予測する。

「じゃあ、ちょうど1週間後の9日だったら?それなら昼から空いてるはずだけど」
「うん♪」
「でも、急な任務が入る可能性があるから、遅刻したら帰っても良いからね」
「だいじょうぶ、待ってる」
「ええと……」

シンは救いを求める様にアウルとスティングを見る。

「僕が付き添うから」

アウルが苦笑しながら伝えると、シンは安心して微笑む。
シンとしては、ステラと会いたいが任務があれば疎かには出来ないし、そうなった時、ステラを連れて帰る判断をアウルがしてくれるなら助かる。

「ゴメンな」
「良いって」

笑いながら約束を取り付ける2人を見ながら、ルナマリアは固まっていた。

「なんで……こうなったの?」

ルナマリアは、以前メイリンにシンを狙っているのは他にいないから安心だと言っていたが、思わぬところでライバルが現れたことに危機感を募らせていた。

「じゃあね、シン、それにレイとルナ」
「またね~」
「それじゃあ」

ステラ達は挨拶しながら去っていくのを見送ると、ルナマリアはシンに問いただす。

「ね、ねえ、シンはステラのこと、どう思ってるの?」
「どうって、マユって子と仲良くなれば良いと思ってるけど」
「そ、そうか、そうだよね……つまり妹が出来たみたいな気持?」

ルナマリアはイエスという返事を期待しながら問う。

「ああ、そんな感じかな?……良くわかんないけど、ステラには幸せになって欲しい」
「び、微妙な返事ね」
「何が?」
「何でもない」

ルナマリアは溜息を付きながら、気を取り直すことにする。ライバルが現れたと言っても、まだ自分の方が一緒にいた時間は長いし、これからだって、一緒に居られるはずだ。
そのためにも楽しい時間を共有し、そして戦いに生き延びる事を決意する。

「さあ、ステラたちも帰って2人になったけど、もう少しゆっくりしようか」
「いや待て、2人ってレイがいるぞ」

ルナマリアはステラの事が気になりすぎてレイのことを失念していた。

「あ!……ご、ごめん」
「気にするな、俺は気にしない。別に、シンとステラが上手く行けば良いなど、思ってないぞ」
「やっぱり怒ってるぅ!」
「さあ、行くぞシン」
「お、おう」
「機嫌直してよレイ!」
「夕食はルナマリアが出してくれるそうだ」
「わ、わかった!今日はお姉さんが奢ります!」

何時もの3人に戻ると、本日の休暇の残り時間を楽しむために、街を歩き出した。

スティングは買い物を終えてコテージに帰ると、玄関前で深呼吸をする。

「さてと……何事もなかったろうな」
「見たところ異変は無いし、血臭も無し」

アウルも様子を伺いながら、返答する。そしてドアを開けると室内に入る。

「良し、平穏な我が家だな」
「何がよ?」

スティングが室内を見渡しながら、ホッと溜息を付くと不安の原因、マユが部屋から出てくる。

「何だ……寝てなかったのか?」
「……お腹減った」

マユが腹部を押さえながら呟く。

「は?昨日のパンが残ってたろ?」

スティングは朝から出かけたが、昨日買ったパンをマユの分は残していた。

「……何処?」
「冷蔵庫の中」

スティングが答えると、マユは黙ってキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。
そして発見したパンを出すと、テーブルに座り食べ始めようとする。

「ちょっと待て!これから晩飯にするぞ」

しかし、それをスティングが遮る。

「……なに買ってきたの?」
「おう、美味そうな貝が売ってたからボンゴレ作ろうかと思ってな」
「へ?……スティングって料理出来るの?」
「出来るさ……やった事は無えが」

マユは黙ってパンに噛り付く。期待はしてないらしい。

「クソッ!舐めた態度取って後悔すんなよ!」

スティングは買ってきた道具を並べ、料理の本を開く。

「さてと……まずは砂抜きをして……アウル、砂抜きって何だ?」
「知るかよ」
「ステラも知らない」
「……まあ、気にしないでおくか」
「待て!」

アウルがスティングを詰っていると、マユはパンを齧りながらスティングが買ってきた貝を見る。

「これ、砂抜き済みのやつだよ。ただ、一応塩水に2時間ほど漬けて、その後、1時間ほど塩抜きしたが良いけど」

マユの言葉にスティングとアウルは意外そうな眼でマユを見詰める。

「なあ、マユ……まさかとは思うが、テメエ料理出来んのか?」
「へ?……ん~と、出来るみたい……多分、昔やってた」

マユは悩みながら返事を返す。自分の記憶に自信が無いのだ。

「マジかよ?」
「意外すぎる」
「憶えてるんだから仕方ないじゃない」

マユは睨みながら、スティングが買ってきた道具の中から、底の広い容器を取り出し塩水を作ると、貝を放り込みむとスティングのジャケットを奪う。

「これで良いや」
「何すんだ?」
「蓋」

そう言うとスティングのジャケットを容器に被せる。

「な!何すんだ!?濡れるだろうが!」
「暗くしないと砂吐かないのよ」
「だからって、俺の上着を!」
「砂抜きも知らなかったくせに、逆らうな」
「スティングの負けだな」
「アウル!テメエまで!」
「そんな事言ったってさ……つーかさ、3時間もメシ食えねえの?」
「それは……」

スティングは言葉に詰まり、マユを見る。どうやら、現在の主導権は彼女にあるらしい。

「ん? ジャリジャリしたパスタ食べたいなら、止めないけど」
「それは嫌だぞ」
「と、取り合えず、先に風呂にするか?」
「腹減ったんだけど……マユ」
「……ほれ」

アウルの言いたい事を察したマユはパンをアウルに差し出す。

「サンキュ……って、素直だな?」
「ん?……良い夢見たから機嫌が良いのよ♪」
「へぇ~、どんな夢?」
「うん、今日はMSだった。そんでビームサーベルでバッサリ♪」
「は?」

マユは夢の内容を思い出しながら嬉しそうに話す。もっともアウルたちはマユが殺される夢を見て喜ぶ趣味がある事は知らないため、話が通じなかった。

その後は、マユの指示に従いながらスティングが調理し、予想より上出来な料理が出来上がった。

「……美味しい♪」
「貝殻取ってるから食いやすいな」
「本には、そんな事書いてなかったけどな……マユが考えたのか?」
「え?……え~と……」

マユは再び頭を悩ます。マユは最初に貝を炒めて、汁と一緒にボールに移し、アウルとステラに殻を外させたのだ。その後フライパンでガーリックオイルを作り、そして、茹で上がったパスタを入れる直前に貝と汁を入れた。
しかし、本にはガーリックオイルの中に貝を入れ、殻が開いたらパスタを入れろと書いてある。

「ん~~……そうだ。思い出した。お兄ちゃんが殻が付いてると面倒臭いって言うから……それに、その本のやり方だったら、殻が開く前にパスタが茹で上がったり、貝に火が通り過ぎたり……」

だが、スティングもアウルも途中から話を聞いていなかった。マユに兄が居たという事を聞き、それが引っ掛かっていた。
今日出合った少年の妹は、目の前にいる少女とは別人だと思っていた。何故なら少年の話す妹の特徴と目の前にいるマユは余りにも掛け離れている。
しかし、目の前のマユが料理が出来るなど、予想もしていなかった。しかも兄のために面倒な作業をするなど、普段の態度からは想像も出来ない。
そして何よりも、その外見の特徴。ステラが特訓と称して見つめ続けた少年と同じ真紅の瞳。
2人は、そっとステラを見る。彼女は、気付いた様子もなく、美味しそうにパスタを食べている。

「ん?……どうかした?」

マユが怪訝そうに問いかけると2人は慌てて誤魔化そうと勤める。

「いや、テメエが料理するなんて意外すぎて」
「そうそう、何かマユが料理って言ったら、敵をどう倒すかって事かと思うし」
「……アンタ等から料理しよっか♪」
「「そう、それ!」」
「ウルサイ!人が優しくしてたら付け上がって!」
「落ち着けって!」
「でも、メシは美味いよ。マジでさ」
「うぇ?みんな、どうしたの?」
「マユが料理上手いって褒めてんの」
「ウソだ!」
「でも、ほんとに、おいしい♪」
「アンタは黙って食べてろ!」

マユの気がそれたこと感じ取り2人は安心する。そしてステラがマユを笑顔で見詰めている事にも。
アウルもスティングも、今日出合ったシンの事をマユに知られるのを何故か躊躇っていた。

夕食も終わり、ステラが眠ったのを確認すると、アウルはマユを探した。
シンとの関係が気になっていたからだ。アウルはシンとは初めて会った気がしなかった。
アウルは記憶を消されているので確認は出来ないが、今まで初対面で、これだけ気が合う人間は居なかったと思う。そのため何処かで会った気がすると、ずっと思っていたが、出合った記憶は無い。
記憶を消されたとしても、向こうが覚えているはずだ。
だが1つだけ心当たりがある。

「インパルスのパイロット……」

直接、会ったことは無いが、自分がイメージしていたインパルスのパイロット像と合っているのだ。
その所為でマユとの関係が余計に気になる。
それで、マユから昔の話を聞きたいと思ったのだ。シンは2年前、オーブで妹を亡くしたと言っていたがマユの過去は知らなかった。それに実はセカンドネームも聞いていない。
家に居ないことを確認すると外へと出る。マユは昨夜も外に出て夜風に当たっていた。
そして、しばらく歩くと砂浜に、座り海を眺めているマユを見つけて声を掛ける。

「昨日も夜になって起きてたけど、昼間に寝すぎじゃ無え?」
「……夜の方が好きなの」

後ろから、いきなり声を掛けたのだがマユは、驚いた様子も無く返答する。もっともアウルは、マユがある程度離れている人間の心音が聴こえるほど聴力を強化されている事も聞いている。
さらに通常でも高い体温を持ち、そのため涼しい所を好むのも知っていた。

「確かに涼しいな、ここは……」
「何か用?」
「ああ、聞きたい事があるんだけど、お前って昔は何処にいたんだ?」
「え?……何で?」
「なんかさ、僕等と違って普通の事も知ってるから……僕等には戦いの記憶しか無いから」
「なんで?」

アウルは自分達がラボにいた時の記憶しか無いことを伝える。マユは知らなかったらしい。

「そうなんだ……昔の事ね」

マユはしばらく悩むと、自分の事を伝え始める。たどたどしく、それは昔を懐かしむと言うより、頑張って記憶を掘り起こしている様だとアウルは感じた。その中でマユの生まれがオーブである事、兄の名前が
シンである事を確認していた。その他にも昼間シンから聞いた話と一致する事が幾つか出てきた。
アウルは話を聞きながら確信していた。マユと昼間出合ったシン……もしかするとインパルスのパイロットは兄妹だという事を。
そして、同時に違和感を感じる。彼女は楽しそうな思い出を話すときも、淡々としている。それは事実の確認作業にしか見えなかった。
アウルは、それが気になりながらも、マユの気持を確認したかった。

「なあ、昔に戻りたいって思わねえのか?」

自分と違いマユには過去の記憶がある。昔を懐かしく、そして戻りたいとは思わないのか、アウルは気になって仕方が無かった。

「は?……なんで?」
「だって昔の方が幸せだったろ?」
「幸せ?……え~と、何それ?」

アウルは声に詰まった。彼女は本気で幸せと言う言葉の意味を聞いてきたのだ。

「それは……楽しいって気持や……」

それでもアウルは懸命に説明しようとするが、上手く伝えられない。そして、諦めて別の質問をする。

「……お前って、何やってるときが1番楽しいんだ?」
「それは戦ってる時に決まってるじゃない♪」
「そうか……」

アウルは改めて確信する。この少女は狂っていると。まっとうな精神構造は壊れてしまっているのだ。
だが、その気持は以前のように嫌悪感に満ちたものでは無かった。
シンに感じた友情めいたものの所為かもしれない。

「変なこと聞くね」
「悪かったよ……それより兄貴に会いたいか?」
「うん♪いま探してくれるように頼んでるんだ」
「そうなの?」
「うん♪早く会いたいなぁ~何処に居るんだろ」

アウルは、それを聞いてシンの事を話そうかどうか悩み始める。話した後、もし違っていたらマユはショックを受けるだろう。また本人だったとしても今度は逆にシンがショックを受けるに違いない。
だが、次の台詞に凍りつく。

「会ったら殺してやるんだぁ♪今から想像するだけで楽しくなってくる♪」
「……なんで?」
「ん?なにが?」
「いや……なんでも無えよ」

アウルは、これ以上マユとの会話をしたくは無かった。黙って背中を向け、コテージへと戻る。
そして戻りながら、今日の記憶を早く消してしまいたいと願っていた。