W-Seed_運命の歌姫 -外伝- ◆1gwURfmbQU_第01話

Last-modified: 2008-08-01 (金) 21:14:16

「本当に、良いんですか?」

 

 かつて、戦争があった。

 

「次に積み込むのが最後の一機ですが……こいつは」

 

 C.E74年、ザフトの英雄アスラン・ザラは、己が野心と、亡き父の遺志を引き
継ぐ形で挙兵、全世界に対し宣戦布告を行った。

 

「ZGMF-X42S、何も大戦エース機まで」

 

 これに対し、時の地球、世界統一国家は徹底抗戦を表明。地球軍の英雄ムウ・
ラ・フラガは電撃的なクーデターで世界統一国家の主権と軍権を握り、世界統
一国家軍最高司令官として、アスラン・ザラの軍勢を迎え撃った。

 

「国防委員会と、最高評議会の決定よ。私たち軍人に、異議を唱える資格はな
いわ」

 

 史上最大の会戦、そして戦闘。
 多くの血が流れ、命が散った激闘の果てに、ムウ・ラ・フラガは戦場で帰ら
ぬ人となり、アスラン・ザラは敗北という名の二文字に倒れた。

 

「パイロットだって、自分の機体に愛着があるでしょうに。パイロットだけじ
ゃない、整備班のメカニックだって」

 

 根拠地たる移動衛星と共に、アスラン・ザラが爆死したことで全ての戦いは
終結した。地球とプラント、異なり価値観を持つ二つの国家が、相互理解のた
めに手を取り合い、共に歩き出したのだ。

 

「何度もいうけど、これは決定なのよ。全てのモビルスーツを破棄し、今後一
切所有も製造もしないってのは」

 

 二度と戦争という過ちは犯さない。誓い合う双方は、それを形とするべく一
つの法律、条約を作った。
 モビルスーツ製造・保有禁止法である。

 

「大戦が終わって一年、特務隊の活躍でほぼ全ての違法モビルスーツは鎮圧で
きた。だから、ザフトがモビルスーツを保有する理由はもう無い、もう無いの
よ」

 

 国家から個人レベルまで、ありとあらゆるモビルスーツの存在を否定したこ
とで、戦争の道具、兵器を無くすことで得ようとした平和。

 

「命令である以上、従わざるを得ませんか……道理ですが、パイロットは何故
我々に同行してこなかったんでしょうか? 彼の実績や戦果を考えれば、それ
ぐらいの融通は効きそうなものを」
「さぁ? それこそ、愛機との別れが辛かったからかも知れないわ。どちらに
しろ、私たちが関与する事じゃない」

 

 違法に所有、製造されたモビルスーツを武力によって駆逐したザフト軍は、
自軍が所有するモビルスーツの破棄を正式に表明。今、ザフト軍はハーネンフ
ース隊によって廃棄船団と共に宇宙の果てへと送られようとしていた。

 

「宇宙で爆発させても数が数だから、デブリの問題もあるし」

 

 廃棄船団内に並べられた機体の山を見て、シホはため息を付いた。彼女の機
体もまた、破棄されようとしているからだ。

 

「さて、そろそろ旗艦に戻りましょう。そんな悲観的になることもないわ。モ
ビルスーツなんて必要のない平和な世界、やっと訪れたんだから」

 

 本当にそうなのかという疑問、その疑問が心の中にあることを隠して、シホ
は廃棄船団を後にした。気持ちに区切りをつけるためにも、彼女は嘘つきにな
らねば行けなかった。

 
 

 宇宙にあるプラントにおいても、一応の四季は存在する。故に春は暖かくて、
夏は暑く、秋は涼やかで、冬は寒い。
 少女は白い息を両手に当てながら、自分が手袋をしてこなかったことを後悔
していた。普段は余り気にしないのだが、場所が場所だけに奇妙な寒気という
か、冷たさがあるのだ。

 

「それじゃあ、そろそろ行くね。別に、寒いから早く帰るって分けじゃないの
よ?」

 

 プラント首都アプリリウス、戦没者共同墓地。
 少女は、墓参りに訪れていた。

 

「急な任務が入って……内容はまだ知らされてないんだけど、少し長くなりそ
うなの」

 

 週に一度、必ず墓参りに訪れる。それは少女がこの一年、欠かしたことのな
い週間だった。

 

「でも、大丈夫よね。貴女には、彼がいるんだから。きっと今頃、向こうで仲
良くイチャイチャ楽しんでるんでしょう?」

 

 暖かい笑みを少女は浮かべている。一年かけて取り戻すことが出来た、彼女
の笑顔。

 

「そうなんでしょう、メイリン――」

 

 少女、ルナマリア・ホークは、彼女の前から永遠に消えた妹の名を、静かに
呟いた。

 
 

 ラウ・ギルバート財団、財団本部ビル代表執務室。

 

「ギルのデーターベースに俺以外のアクセス形跡がある……?」

 

 一体、誰が。何のために。
 少年から青年へと成長した一人の男が呟く。

 

「アクセス権を持っているのは俺だけだ。なら、これはハッキング」

 

 秘匿ファイル、研究データ、それは開けてはいけないブラックボックス。
 養父が残し、彼が管理する絶対不可侵領域。
 それを、何者かが閲覧した。

 

「アクセス元の逆探知は出来るか……」

 

 コンソールを操作しながら、青年レイ・ザ・バレルは違法なる侵入者の正体
を探りはじめ、探り当てた。
 そして、その身体が硬直した。

 

「コロニーメンデル――!」

 

 それは、彼が生まれ、彼が壊した、彼の生地だった。







 
 

 プラントセクティリウス市『セクティリウスツー』

 

 ここは今、戦場となっていた。

 

「敵の接近を許すな! 弾幕を張って前進を阻め!」

 

 ナスカ級、ローラシア級双方の艦艇から放たれるビームとミサイルの嵐が、
迫り来る『敵機』へと降り注いでいく。

 

「ダメです、敵の前進止まりません!」

 

 漆黒の宇宙を、同じく漆黒の色を放つ機体が飛んでいる。ビームを避け、ミ
サイルを撃ち落とし、艦艇による防衛ラインを突破する。
 後退だ! 後退をしろ! と、誰かが叫んだ。しかし、全てが遅すぎる。後
退するよりも、反転するよりも早く、敵のビーム攻撃が艦体を貫いていく。

 

「ナスカ級一隻、ローラシア級二隻の撃沈を確認」
「市民に退去命令を、シェルター船の発進準備をさせろ!」

 

 ビーム砲の閃光が、次々に艦艇を蹴散らしていく。
 一隻、艦艇が敵機の前に壁として立ち塞がった。己のみを犠牲にしてでも、
敵機を止めようと考えたのだ。

 

「……………………」

 

 だが、それも無駄だった。あろうことか敵機はそのまま艦艇に突貫し、これ
を貫いたのだ。
 そして、そのまま真っ直ぐとプラントへと迫る。

 

「司令官、このままでは……」

 

 守備隊司令部で、副司令官が青ざめた顔をしている。艦隊による防衛ライン
は、ほぼ突破されつつある。敵がプラント内部に侵入するのも、最早時間の問
題だろう。

 

「総員退去命令を! 今ならまだ」
「し、しかし、それは」

 

 決断力のない司令官が焦りながら喋っていると、司令部の扉が突然開いた。
 振り返る司令官と副官だが、入ってきた姿を見てその表情が一変する。

 

「あ、あなたが、どうしてここに」

 

 入ってきた男は、哀れむような、そしてどこか余裕のある笑みを浮かべなが
ら、二人の軍人を見つめていた。

 

「残念な知らせがある。ここセクティリウスツーは、破棄されることになった。
そして、これもまた残念な話だが、君たちはここで死んでもらう」

 

 冷厳に、そして冷徹に言い放たれた言葉に、軍人たちは驚きと動揺が隠せな
くなった。

 

「バカな、我らがどれほどあなた方に協力してきたと――」

 

 副官が抗議の声を上げるが、それは最後まで叫ばれることがなかった。入っ
てきた男が左腕を向けた瞬間、副官の首から上が吹き飛んだのだ。
 恐怖で、司令官は腰を抜かして失禁をしている。

 

「まだ、こちらの存在を世界に知られるわけにはいかないんでね。機密保持、
つまりはそういうことだ」

 

 男はスクリーンに映し出される外の光景を見る。今まさに、全ての艦艇が敵
機に倒されようとしている。

 

「一歩、遅かったな。遅かりし者よ、今はまだ君を殺すときではないようだ」

 

 十分後、セクティリウスツーは壊滅し、宇宙から消滅する。

 
 
 

         運命の歌姫 -外伝- 第一話

 

           「英雄の再来」

 
 

 骨董品じみた、旧式の宇宙用シャトルに乗っていると、窓から見える星々が、
嘘みたいに美しく見える。誰もが、戦争という愚かしい行いで荒廃し疲弊しき
った、この宇宙でさえ。
 C.E76年。組織名から取って、インフィニットジャスティスの乱と呼ばれる
戦いから一年と少し、世界は静かに再生の時を迎えている。しかし、一度壊れ
た物を再生させるのは容易ではなくC.E70年代のはじめに連続して起こった戦
争によってに頭打ちになった生産力は、高度資本主義と民主主義を急速に衰退
させ、貧富の格差は一部の特権階級が数十億の貧困民を奴隷として使役する、
歪な社会を作り出していた。富める者は、地球という星の残り少ない土地と恵
みを独占し、貧しい人々は、永遠に続く飢えと労働の煉獄を生きる。いくらか
は軽減されてきたとはいえ、こうした状況がすぐに覆るわけでもない。

 

 これが、シン・アスカが生きる世界の現在。

 

 モビルスーツ製造・保有禁止法について話そう。
 誰が思いついたのかは知らないけど、戦争によって傷ついた世界と、その戦
争を二度繰り返さないことを誓って作られた、夢のような話を。
 一言で言ってしまえば、この法律は世界中にあるモビルスーツを破棄し、今
後一体も製造させないためのものだ。国家の軍事レベルから、ジャンク屋等の
民間が所有するレベルまで、モビルスーツは根こそぎ排除する。地球とプラン
トが共に協力し、五年はかかるとされていた計画を、僅か一年の間に完了させ
てしまった。

 

 …………まったく夢のような話だ。

 

 もっとも、モビルスーツをただ手放すだけの輩ばかりではないから、違法モ
ビルスーツを取り締まるために地球もプラントも武力を行使する必要があった。
その為、ザフト軍から特務隊フェイスが選ばれ、彼らのみ例外的にモビルスー
ツへの搭乗と、モビルスーツによる戦闘行為が許された。つまり、モビルスー
ツを排除するために、モビルスーツを持ち出したのだ。多くの矛盾をはらみつ
つも、特務隊は多大な戦果を上げ、この世界からモビルスーツを消滅させた。

 

 ……………まったく夢のような話じゃないか。

 

 多くの幸運な人々はこの計画を、世界を救う唯一つの方法だと信じていた。
それぐらい地球もプラントも、そこの住む人々の心も疲弊し、荒廃しきってい
た。もちろんシンだって信じていたと思う。戦争が存在しない、平和な世界を。

 

『お客様にお知らせいたします。当機は間もなく、メンデルコロニー第二宇宙
港へと着艦いたします。お客様におかれましては、速やかにシートベルトの着
用をお願いいたします』

 
 

 シンがザフト軍宇宙艦隊司令部司令長官室を訪れたのは、二日ほど前の話に
なる。ザフト軍宇宙艦隊司令部は、ザフト軍に存在する宇宙観他を統括し、指
揮するために設立された軍組織だ。艦隊と所属する全ての部隊に対する命令権
と、指揮権を有し、前線における権限だけで言えば統合作戦本部をも上回ると
言われている。
 司令長官室は、恰幅の良い体つきをした白服の軍人がおり、シンが来たのを
見ると椅子から腰を上げた。他に人はいない。少し、妙だった。

 

「久しぶりだなシン・アスカ。元気でやっているかね?」

 

 現在の宇宙艦隊司令長官の名は、ウィラードという。ザフトの宿将として名
高い一級の前線指揮官だったこの男は、大戦時の奮闘と奮戦が評価され、制服
組の№2にまで上り詰めていた。納得のいく人事だと思う者もいれば、士官学
校も出ていない叩き上げの分際でと憤る者もいる。シンはどちらかといえば、
前者の意見を支持している。

 

「えぇ、最近は特にこれといった任務もないので暇をしていますけど……見て
の通り元気です」

 

 戦後、シンは自らの所属を特務隊に移した。出来うる限り前線で戦い続ける
ことに対し、周囲は反対こそしなかったが、賛成もしなかった。
 シンの所属する特務隊は、前述の通り違法モビルスーツを排除するために再
組織された特別部隊だ。従来のプラント最高評議会議長の直属部隊という姿は
態を潜め、ザフトの一部隊として活動をしている。しかし、この部隊は実質的
にザフトにおける最後の前線部隊であり、ザフトでも指折りの士官とパイロッ
トしか所属できないトップチームだった。事、違法モビルスーツの捜査におい
てはザフト軍統合作戦本部や、国防委員会をも凌ぐ発言権と行動権を持ってい
る、いや、持っていたと表現するべきか。

 

「特務隊も、違法モビルスーツをあらかた掃除して、武装解除をされてしまっ
たそうだな……三日前だったか? ハーネンフース隊が、残りのモビルスーツ
も処理したそうだ」

 

 その中には、シンの愛機をはじめとした大戦時のエース機が多数含まれてい
る。量産機の内、何機かは戦争博物館などに保存されているのだが、それだっ
て微々たる数だ。エース機こそ保存するべきだという意見もあったらしいが、
その強すぎる力こそ真っ先に破棄するべきという意見の方が多かった。
 愛機と呼ぶぐらいだから、機体に対する愛着はシンにだってある。特に、彼
の機体は特別製で、思い出深いものでもある。けど、だからといって愛着を理
由にモビルスーツを、戦争の道具を保持したいと思うほどシンの中に機体に対
する執着心はなかった。
 平和な世界に、モビルスーツなど必要ないのだから。

 

「戦争は終わったんです。戦後処理も、そろそろ終わったと言っても良い頃合
いだと思います」

 

 多くの人々の命と、流された大量の血。これらを飲み干し、世界はようやく
の安定と安寧を取り戻した。

 

「……貴官がそのような認識を持っているのだとすれば、今日の知らせは残念
なものとなるな」
「どういうことですか?」
「セクティリウス市での事件について、貴官はどこまで知っている?」

 

 問われて、シンは一瞬言葉に詰まった。

 

「公式発表以上のことは、まだなにも」

 

 プラントセクティリウス市は、基礎物理学、理論物理学、素粒子物理学、高
次元物理学、数学など主に研究しているプラントの一都市である。C.E71年次
の世界大戦に使用されたニュートロンジャマーを開発した男、最高評議会銀に
して高名な物理学者オーソン・ホワイトがかつて代表を務めていた。
 大戦時は序盤における功績から多大な支持を受けていたセクティリウス市だ
が、戦争が激化すると共にその立場は逆転。ユーリ・マルフィがニュートロン
ジャマーキャンセラーを開発し、その発明が無意味となり、戦後は所謂エネル
ギー問題の原因となったことから、今では満足な評価すら与えられていない不
遇の地である。代表だったオーソン・ホワイトにしても、大戦後の選挙で再選
こそ果たしたがかつてのような支持を得られず、結局政界から身を引いた。一
説では、ギルバート・デュランダルという遺伝子学者の登場で、世間が遺伝子
学に多大な関心を持ったことが物理学者としての彼の立場を危うくしたといわ
れている。
 そのセクティリウス市であるが、都市を構成するプラントの一つが、先日破
壊された。原因は、不明。公式発表ではプラントを防衛する守備艦隊が全滅し、
プラントは徹底的に破壊された。内部の事故ではない、外部からの攻撃を受け
たのだ。

 

「セクティリウス、襲われたのはセクティリウスツーだが、防衛に当たってい
た艦艇数は十二隻、内四隻が戦艦だった」

 

 攻撃を受けた段階で、守備艦隊は近隣のプラントへ救援を求めた。その要請
は決して遅くはなかったし、要請を受けた艦隊の行動も素早かった。

 

「にもかかわらず、艦隊が来援したときには時既に遅し、守備艦隊は全滅し、
セクティリウスツーは壊滅していた。貴官なら、これがどういう意味か判るだ
ろう」
「……ザフト軍広報局の発表では、モビルスーツによる襲撃の可能性は低いと
言っていましたが」
「対外的には、そのような発表をせざるを得ない。国防委員会としても、つい
先日全てのモビルスーツを破棄したと発表したばかりで、対面も気になるのだ
ろうて。だが、対外的にはそれで済んでも」

 

 実状的には、そうも言っていられなくなった。守備艦隊を一掃し、短時間の
間にコロニーを破壊できるだけの「機動力」と「攻撃力」を持った兵器、敵が
大艦隊でないのだとすれば、それはもう攻撃型モビルスーツでしかない。

 

「守備艦隊はいくつかの戦闘データを撃沈寸前に送っている。技術局が解析し
ているが、まだ時間が掛かる」
「では、俺、いえ小官が呼ばれたのは――」

 

 シンは冷や汗が流れるのを感じていた。インフィニットジャスティスの乱が
終結してから一年、世界は平和と安息を取り戻したはずだった。

 

 はずだったのに……

 

「特務隊フェイス所属、シン・アスカに命じる。貴官はセクティリウス襲撃事
件にモビルスーツが関与しているかを調査し、敵の正体を突き止めよ」

 
 

 これが二日前の話だ。
 シンとしては、まずは情報収集と整理から始めるつもりだった。

 

「昨今、宇宙を騒がす連続コロニー襲撃事件。セクティリウス市に続き、セプ
テンベル市をも襲われたのは誠に遺憾な事実です。ですが、だからこメンデル
コロニーが、この宇宙最高の医療施設が必要なのです!」

 

 メンデル再興記念式典において、マイクを持った男が木幡かだかに叫んでい
る。そう、僅か一日間を置いただけで、襲撃されたプラントがまた一つ増えた。
シンは予定を大幅に変更して、次に狙われる可能性が高いプラントまたはコロ
ニーの算出を行った。それがここ、メンデルコロニーである。
 メンデルコロニー、プラント再興計画の一環として復活し、生まれ変わった
コロニーの一つである。このコロニーは戦争以前に起こったトラブルによって
放棄されていたもので、その再生には戦災復興費が当たられない。だからプラ
ントはこのコロニーを再建するために、プラント・地球問わずスポンサーを募
った。軍事施設ならまだしも、医療福祉施設を再建するという事業に対して、
世界に関心は強く、今日こうして再興記念式典が開かれる運びとなった。
 話題性、重要性から見てもメンデルコロニーはテロの標的としては十分すぎ
るほどだろう。何せ、今日行われている式典には地球・プラントの名士をはじ
め、このコロニーの再生に尽力した政治家、企業人が数多く集まっている。人
質にでも取られれば、厄介なことこの上ない。
 その為、統合作戦本部からも部隊が派遣されており、宇宙艦隊司令部も艦隊
を派遣して周辺の警備をしている。警備というよりは、防衛だが。シンも先ほ
ど統合作戦本部から派遣されてきたメンデル軍管区の司令官と顔を合わせたが、
彼は年若く出世したシンが気にくわないのか、はたまた特務隊が宇宙艦隊司令
部の所属だから対抗意識があるのか、シンに非協力的だった。

 

「そちらにも任務があるのだから行動の制限こそ付けはしないが、あまりうろ
ちょろして我々の邪魔だけはしないで貰いたい。まあ、貴官など、いてもいな
くても変わらないがな」

 

 このような言い回しであしらわれたシンであるが、行動の許可を貰えただけ
でも十分だろう。どうもザフトの統合作戦本部と宇宙艦隊司令部は仲が悪く、
下手をすれば反発意識からメンデルから追い出される可能性もあったのだ。

 

「けど、俺には詳しい警備状況などの情報はくれなかった」

 

 管轄が違うと言われればそれまでだが、同じザフト軍なのだからもう少し協
力し合っても良いのではないか、こんな風に考えるのは、シンがまだ青臭い証
拠なのだろうか。

 

『続きまして、オーブ首長国連合代表にして、世界統一国家理事、カガリ・ユ
ラ・アスハ氏から祝辞の言葉を頂きたいと思います』

 

 へぇ、とシンは心の中で呟いた。
 各国の名士が来ているとは聞いていたが、まさかアスハが来ているとは思わ
なかった。最後に会ったのは、それこそ数年前、ミネルバで会ったきりなのだ
が、今のシンには当時ほどアスハに対する憎しみもない。むしろ、そういえば
そんな奴もいたと、時折思い出す程度だ。何故ならシンの心は、既にオーブか
ら飛び立ち、広く広がる世界を飛び回っているのだから。

 

「ん、あれは」

 

 当たり障りのない、聞こえの良さそうなカガリのスピーチを聴き流しながら、
シンは式典会場内に目をやる。すると、見知った顔が会場から出ようとしてい
るのが見受けられたのだ。

 

「レイ――?」

 
 

 メンデルコロニーは、L4宙域に存在するプラント所属の医療ホスピタルコロ
ニーの総称だ。C.E30年代に他のコロニーとともに建造が開始され、完成後は高
度遺伝生殖医療研究所としてコーディネイターの誕生と量産を主な産業として
急速成長を遂げていった。
 また、研究施設としての一面も強いこのコロニーは、より先進的、遺伝子レ
ベルの高いコーディネイターを生み出す研究もおこなわれており、「禁断の聖
域」、「遺伝子研究のメッカ」などとも最盛期には呼ばれていた。
「そして、開戦前のC.E68年……研究所内で起こったバイオハザード、レベル4
以上の感染ウィルスの蔓延によってメンデルは多数の死者を出し、放棄された
というのが公式記録に残されたここの情報だ」
 レイは誰に向けたわけでもない言葉をつぶやきながら、目の前にあるコンソ
ールを操っている。パーティを抜け出した彼は、古い記憶を頼りにメンデル内
部へと潜入していた。

 

「多少の差異はあっても、昔と変わらない点も多いか」

 

 消したくても、消せない記憶というものはある。特にそれが、疎ましい記憶
ならば尚更だ。レイは自嘲の笑みを浮かべながら、コンソールを操作して目的
の情報を引き出そうとしている。

 

「やはり、公式の改修設計図にはないブロックがあるな。秘密区画、かなりの
広さだが一体何を……」

 

 先日メンデルから行われた、ギルバート・デュランダルの残したデータベー
スへのハッキング。どの情報を閲覧、または収集したのかまでは突き止められ
なかったが、メンデル内部のコンピュータならばその痕跡が残されているはず
だ。
 亡き養父には失礼だが、デュランダルの残した研究データにはあまり合法的
でないものも含まれる。それを利用して何か善からぬことをたくらむ者がいる
とすれば、レイとしてはギルの名誉を守るためにもこれを阻止しなくてはなら
ない。
 だからこそ、彼は二度と戻るまいと決めたこの場所に、メンデルへと帰って
きたのだ。

 

「遺伝子データの最適化実験? まさか、これは――」

 

 映し出されたデータにレイが目を見開いた時、背後の扉が開き、数人の兵士
がなだれ込んできた。そして、兵士たちに続いて将官級の衣服に身を包んだ男
が入ってくる。

 

「穀物庫を食い荒らすネズミが居ると聞いて来てみれば、なるほど君か」

 

 レイと男は初対面である。
 だが、互いに互いの事をよく知っていた。

 

「砂漠の虎……お前が、何故ここに」

 

 現れた意外な男、『砂漠の虎』ことアンドリュー・バルトフェルドの姿にレ
イは若干の困惑を覚える。レイが彼の事を知っていたのは、彼が元ザフト軍人
だからであるが、前大戦を含め数年間行方知れずだったはずだ。それがなぜ、
このような場所にいるのか。

 

「君は確か、今は亡きギルバート・デュランダル氏の被保護者だったな。なる
ほど、我々が彼のデータを利用し始めたことに気づいて探りを入れ始めたわけ
だ」
「何を企んでいる。この遺伝子研究データはまさか」

 

 鋭い瞳で『敵』を見据えるレイであるが、砂漠の虎は一向に動じた様子がな
い。

 

「君が我々を敵だと思っているのなら、残念ながら答えられないな。まあ、亡
きデュランダル氏も我々に研究データを利用されることを誇りに感じるさ」
「黙れ! ギルの研究を、貴様らに好き勝手利用させはしない!」

 

 レイは短銃を引き抜くと、恐るべき速さで砂漠の虎の眉間を打ち抜こうとし
たが……

 

「なっ!」

 

 鈍い音とともに、レイの拳銃が弾き飛ばされた。レイをも超える速度とスピ
ード、レイは彼の拳銃を撃ち落ちした相手を見る。

 

「スウェン・カル・バヤン――!」

 

 なぜ、この男がここにいる。

 

「まだ抵抗するのなら、次は心臓を撃ち抜く」

 

 だが、今確かなのは彼がレイの拳銃を撃ち落とし、今もなお銃口をこちらに
向けていることである。
 レイは、両手を上にあげた。

 

「降伏する。捕虜の扱いはどうなっている?」
「安心しろ、我らが総大将は非常に寛大な人だ。君が忠誠を誓うなら、すぐに
仲間に加えて下さるさ」
「お前がトップではないのか?」

 

 あるいは砂漠の虎を手懐けている人間がいるということか。政治家か、それ
とも別の誰か、権力者の類が上にいるのだろう。レイとしては、その正体を突
き止める必要があった。

 
 

 裏でこのような騒動が行われる中、シン・アスカもまたパーティ会場を抜け
出して軍管区へと向かっていた。特務隊の存在が形骸化しつつある昨今とはい
え、その特権は生きている。だが……

 

「地図ぐらいもらっておくんだったな」

 

 あろうことかシンは道に迷いつつあった。これは何もシンだけの責任という
わけではなく、メンデル内部の警備隊長や周辺を防衛する守備艦隊指揮官が部
外者であるシンに対し、詳細なデータを渡さなかったのも理由の一つである。
 もっとも、情けないことこの上ないに変わりはないが。

 

「さて、どうするか」

 

 シンは別に軍管区にたどり着けなくてもいいと思っている。というのも、シ
ンは今回の命令を受けた直後から、どうにもきな臭いものを感じていたのだ。

 

「統合作戦本部も宇宙艦隊司令部も何か隠してる。このコロニーには、何かが
ある」

 

 そもそも、プラントが襲われているのだ。いくらモビルスーツが絡んでいる
可能性があるからと言って、普通なら特務隊などではなくザフト全軍を挙げて
の捜査が開始されても不思議はないのである。それをしないということは、何
か理由があるのだ。
 例えば、ザフト軍上層部が今回の事件の主犯を既に突き止めていたとする。
しかし、何らかの理由で公表が出来ず、もしくは確証が持てないためにシンに
極秘捜査を命じた。こういう考えはどうだろうか?

 

「いや、それだと特務隊を動かす理由にならない。国防事務局の直轄特殊部隊
を動かすはずだ」

 

 直轄特殊部隊とは、ザフト軍の公式組織図に明記されない非公然部隊の総称
である。主に表沙汰にできない非正規作戦を行う部隊で、隠密行動や極秘任務
などを担当する。要人の誘拐や暗殺、後方撹乱などテロリズムに富んだ行動を
得意とし、特務隊は真逆の存在であった。だが、その性格からザフト軍内部に
も存在を疑う者がいるほどの秘密集団であり、広報局と広告代理店が組んで一
芝居打った架空の存在であると主張するものまでいるが、ちゃんと実在はして
いる。故にシンは、何故彼らを動かさないのかと考えているのだ。

 

「まてよ……動かさないんじゃなくて、動かせないんだとすればどうだ」

 

 さすがに今回の事件の主犯が特殊部隊だとは思わないが、そう、逆の発想を
してみるとどうだ。統合作戦本部及び宇宙艦隊司令部はテロリストの正体は知
らない。知らないが、「何故テロリストが現れ、プラント及びコロニーを襲撃
しているのか」この理由が分かっているのではないか。このテロ行為が無差別
的なものでないとすれば、行為の果てには確固たる理由がある。狙われるだけ
の理由と、襲われるだけの理由が。それを公表できないから、公の捜査もでき
ないでいる。こう考えれば、一応の筋は通る。

 

「俺に捜査を先行させ、犯人を突き止めたところで特殊部隊を送り込んで犯人
を抹殺する。上層部の狙いはこれか?」

 

 だとすれば、とんだ茶番である。シンは上層部が隠している後ろ暗い部分を
守るために行動していることになる。だが疑問なのは、テロリストは何を狙い、
プラントは何を守ろうとしているのかであるが……

 

「襲撃された各プラントには共通点がある。一見、無関係なように見えて、何
かしらの共通点が」

 

 一体、何だ。どんな繋がりがあるというのか。各プラントは主産業も違えば、
研究している内容も違う。なら人か? 人と人同士の繋がりならば、確かに無
数に存在するだろう。それこそ個人レベルまで。例えば、同じ政治思想を持つ
政治家や市民が多くいるとか……

 

「政治、思想?」

 

 引っかかるものがあった。
 もしかすると、今回の事件は――!

 

「敵が、来る」

 

 シンは確信を持って、今度こそ軍管区を目指して駆けだした。
 全てが、遅すぎたと知りながら。

                                つづく

 
 

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