W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第08話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:03:04

一介の護衛官に過ぎないアレックス・ディノが、友好国への使者として派遣された理由
は、彼の本当の名、アスラン・ザラによるところが大きい。追放処分を受けたとはいえ、
未だ彼を英雄視するプラント市民は多く、その影響力は高かった。
 故にアレックスが、オーブ宰相であるウナト・エマ・セイランに呼び出されたときも、
薄々ではあるが話の内容に気付いていた。
「先のザフトによる事件以来、日に日にファントムペインとブルーコスモスの勢力は拡大
している。大西洋連邦など、瞬きするうちに皆が皆、主義者どもになってしまったよ」
 アスランを来客用ソファにかけさせ、自身も彼の前に座るウナトの顔には疲れの色があ
った。ウナトは大西洋連邦とも繋がりの深い政治家であったのだが、そんな彼すらも今回
の一件は寝耳に水だった。
「連中はヘブンズベースを落とした勢いでプラントに宣戦布告をするだろう」
「いきなり開戦、ですか?」
「そういう連中なのだ、ブルーコスモスというのは。奴らにあるのは一方的な主義主張だ
けだ。ジョゼフ・コープランドが生きていた頃は、彼が良く押さえつけていたのだが……」
 惜しい男を亡くした、とウナトは感じていた。選挙当初は彼の公約などから「理想ばか
りの青二才」と酷評していたが、振り返ってみれば歴代の大統領の中でもなかなかに良く
できた男だった。
 そう考えると、ウナトはこれからアレックスに頼む用事が、不要にも思えてきた。個人
的な感情が仮にでも優先されるならば、彼は現在のプラントに良い感情を持っていない。
しかし、個人の感情と国の対応は別であろう。国の上に立つものが個人的な感情で動き、
結果国を滅ぼした例は、歴史を振り返ればいくらでもある。
「では用件に移るが……君に我がオーブの使者として、プラントに行ってもらいたい」
「プラントに?」
 予想していたことだが、実際に口にされると、アレックスは自分が多少困惑しているこ
とに気付いた。
「これはまだ国民には発表していないのだが……大西洋連邦から、プラントとの戦争に対
するに当たって、各国へ連邦との同盟を締結するように呼びかけが……いや、呼びかけで
はないな、脅しがされているのだ」
「同盟とは、どういうものなんです?」
「旧連合加盟国は元より、非加盟の中立国にも共にプラントを倒すために協力をしろ、と
いう内容だよ。物資、軍事、両方でな」
「そんな!」
 戦争をするから同盟を結べなど、いつの時代の話だとアレックスは思った。これが何か
の災害の際の復興支援だとでも言われれば、まだ納得も行くが……

「断れば敵対国と見なし攻撃も辞さない構えだ」
「オーブは、その同盟を結ぶと!?」
「相手はものの数週間で連合を壊滅に追い込んだ連中だ。逆らえばどうなるかなど、君に
も判るだろう?」
 声を荒げるアレックスに、ウナトは窘めるように言った。アレックスの気持ちは良く分
かる、しかし、怒ればどうにかなる問題はないのだ。
「だがこちらも中立国として、ある程度の節度は守りたい。その為にも君にはプラントの
デュランダル議長に、オーブの現状を説明して欲しい。君は幸い彼とも面識があるし、そ
の、なんだ……」
「アレックスじゃない俺としての影響力、ですか?」
「……そうだ。オーブに亡命し、名も変えた君に事を頼むのは酷だと思っているのだが」
 そうはいっても国のためである。少しでも相手に対して影響力の強い人間を送らなけれ
ば意味がない。デュランダルと面識があるのは他に代表のカガリだが、この情勢下にカガ
リがプラントになどいけるわけがない。ウナトやユウナも論外だ。だが、それ以下の人間
が行っても相手にされない可能性がある。ウナトとしては苦渋の決断であった。
「カガリは、いえ、代表はなんと仰られているのですか?」
 アレックスは複雑な表情を浮かべながら、ここ最近ろくに会うこともままならない少女
のことを考えた。
「代表は、あくまでオーブは中立国としての立場を、オーブの理念を貫きたいと思ってお
いでだ。お父上の志を継ぎたいのだろうが……それでは国がな」
 志を継ぐ……その一言はアレックスの内にある、アスラン・ザラとしての部分を強く打
った。彼もまた、父親のことで悩んでいた。
「私程度がどこまで出来るか判りませんが……行かせていただきます」
「そうか……行ってくれるか」
 ウナトはアレックスに手を差し出した。国の宰相が一介の護衛官と握手など前例のない
ことかも知れないが、アスランはその手をガッシリと握った。

  第8話「志を継ぐもの 前編」

 オーブからの使者として、アレックスがプラントに向かったのは、L5宙域での会戦が
終了した翌日であった。途中通過したL5宙域付近では未だ戦闘後の後処理が終わってお
らず、漂うモビルスーツの残骸に、アレックスは初戦から凄まじい戦闘が繰り広げられ
ていたことを実感した。
「核も撃たれたというが……プラントが無事で良かった」
 追放されたとはいえ、祖国である。まだ家もあるし、友人もいる。居ないのは、そう、
家族だけだ。
「戦争はもう始まっている……議長はどう動く?」
 議長は、自分が会ったときの印象で言えば穏健派だ。兵器こそ否定はしなかったが、
戦いその物を肯定しているとも思えない。だが、国は彼の指図一つで動きはしない。恐
らく国民感情に押されて、徹底抗戦する羽目になるだろう。あまり戦争向きには思えな
いが大丈夫であろうか?
 アレックスはそんなことを考えていたが、彼は一つの大きな勘違いをしていた。デュ
ランダルという男は、決して穏健派でもなければ、主戦派でもない。彼の行動理念は、
彼が腹の底に抱える一大目標の実現であり、その為だけに最高評議会の議長の座に居座
っているのだ。故にデュランダルは、国民が主戦論を唱え、徹底抗戦を叫ぶなら、当然
そうする。彼が今まで穏健派と反戦を気取っていたのも、当時の世論の流れを読んだだ
けの話だ。
 つまり、アレックスは彼を買いかぶっていた。少なくとも、平和論者という意味では。
 そして、逆に政治家としての一面では、過小評価していたのである。

「ならば戦争をするにしても、上手い具合に落としどころなりを見つけて、また講和や停戦の
条約を……と行きたい所なんだが、相手が相手だからね」
「ブルーコスモスは、何か言ってきているのですか?」
「いや、ブルーコスモスもファントムペインも、プラントには何も言ってこないよ。彼らがし
てるのは地球でこの戦争の正当性を訴えることと、我々に対しての弾劾だけだね。まあ、彼ら
の目的は我々を滅ぼすことなのだから、当然と言えば当然か」
「滅ぼすなどと、そんなこと、本気で?」
「向こうはやる気のようだ。そして、不可能な話でもないだろう。我々が、何ら抵抗をしなけ
れば」
「…………」
「けれもど、我々とて死ねといわれて死ぬわけにも行かないし、大西洋連邦を手中に収めてい
るとはいえ、地球が全てブルーコスモスに染まったわけでもないだろう?」
 確かに、旧連合加盟国はともかく、非加盟国についてはこの時期、様々な対応を取っていた。
オーブのようにプラントに使者を送る国もあれば、強大すぎる敵に恐れを成して早々に条約を
締結した国もある。ただ唯一の例外としては、ユーラシア西側地域や、南アメリカ合衆国等の
旧連合の抑圧や支配を嫌った地域では、未だ続く混乱も相成ってか、明確な答えを定められな
いでいた。
「私はそういった国々を支援して、出来ればプラント側に引き込みたいのだ」
「引き込む?」
「そうだ、仮にブルーコスモスやファントムペインの連中に世界征服でもされたら、プラント
としては堪ったものじゃない。だから少しでも味方が欲しいのさ」
 そう難しい話ではないとデュランダルは思っている。国がダメでも、そこに住む人を動かす
ことは、恐らく出来る。特にユーラシア西側地域ならば、政治的お題目や、主義・主張などよ
り、肉やパンをくれる者のほうがよっぽどありがたいはずだ。
「つけ込むようだが……悪くない。となると、ガルナハン辺りが有効か?」
「議長?」
「あぁ、いや、こちらの話だ」
 思わず漏れた呟きをデュランダルが隠したとき、議長室に通信が入った。動揺する市民を、
一時的にも宥める放送の準備が出来た、ということだった。
「アレックス、君もここで見ると良い。政治家としてさして人気もない私の、無様な宣伝方
法を」
「これは……ラクス!?」
 そのテレビ映像に映る少女は、ラクス・クライン。ただし、偽物である。

その日、ミーア・キャンベルの『ラクス・クラインとしてのお仕事』は、先の戦闘で動
揺し、激発するかも知れない市民を宥めるためのテレビ放送だった。
「要するに~、ラクス様っぽく、戦争はいけませーんって言えば良いんでしょ?」
 広報官から手渡された文面を暗記しながらミーアは言う。ラクスが文書片手に放送など
ありないと言うことで、彼女は基本的に自分の喋る内容を暗記していた。時にはカメラの
前に文面を提示してもらうこともあったが、流石に手慣れてきたこともあり、紙にして三
枚程度の内容なら彼女は優に暗記できるようになった。もっとも、たまにど忘れして、ア
ドリブを効かせることもあるが。
「――最高評議会は事態の収拾を図るため日夜努力を……開戦してからなに言ってんのよ」
 ミーアは政治のことは極力知らないフリをしている。元々興味もなかったし、ラクスを
「演じる」だけならば、それは不要だった。不要のはずなのだ。
(あたしは、ただラクス様を演じるだけじゃダメだと思うようになっている……?)
 少し前までの自分なら考えられないことであった。与えられた役割を、精一杯こなす、
それだけで十分だと思っていた。
(ダメ、ダメよ、変わったら、ラクス・クラインでいられなくなる)
 地位に執着するという意味では、デュランダルよりもミーアのほうが切実だった。

『――最高評議会は最悪の事態を避けるために日夜努力をしています。皆さん、どうぞお
気をしずめてください。私たちは前の戦争で、戦争の愚かさというものを学んだはずです。
かつて私たちは多くの血を流しました。流さねば、戦争は終わらなかったのです。C.E73年
11月……世界はまた戦争に突入しようとしています。しかし、これだけは皆様にも理解し
て欲しいのです。戦争が生み出すのは、悲しみだけしかないと言うことを。最高評議会を、
デュランダル議長を信じて、皆さん、私と共に平和を祈ってください』
 多少のアレンジは入っていたが、ミーアの扮するラクス・クラインの効果は一時的であ
るが高ぶるプラント市民の気持ちを抑えることに成功した。
 しかし、その放送を、自室で見ていたロッシェの反応は冷ややかだった。
「ミーア、この画面に映る貴女は、本当に貴女なのか?」
 ロッシェの目には、市民に訴えかけるミーアがかなり無理をしているように見えた。今
この画面に存在するのは、ミーアではない。しかし、彼女が成り代わっているラクスでも
ない。居るのは、他者の主張を、自己の意見として訴える、ただの人形だ。
「これが、こんなものが、貴女の役割……?」
 主義も主張も、意思すらもない。ロッシェに言わせれば、ミーアはデュランダル議長の
良い宣伝道具だった。

「笑ってくれて構わんよ……私には、こんな小賢しい手しか思いつかなかった」
「偽物、ですか」
 アレックスは画面に映る姿を見つめる。似ているなんてものじゃない、多少体つきに差
違はあるようだが、瓜二つだった。
「ラクス・クライン、前大戦を終結に導いたプラントの歌姫。彼女が持つ影響力は、私な
どよりずっと上なのだ。昔から、王子様やお姫様の訴えには、人は耳を傾けるものだから
ね。下手な政治家が何かを言うより、ずっといい」
 群衆心理を利用した浅ましい手段だとはデュランダルは重々承知している。しているが、
自己の地位を堅牢なものにするためには、これが一番有効だったのだ。
「このことを、本当のラクスは? オーブにいる彼女は知っているのですか?」
「あぁ、勿論知っているとも」
「えっ!?」
 アレックスは、ラクスがこの事実を知っていることに驚いた。彼女は、自分にそんなこ
とを一言も言わなかった。
「当然だろう。姿形や名だけではない、存在その物を利用させてもらうのだ。隠したって
どうせバレることだし、ダメ元で本人にお願いしたのさ」
「それで、ラクスはなんと?」
「嫌がると思っていたんだが……まあ、実際快く思っていたかどうかは定かではないが、
了承してくれたよ」
「そんな……馬鹿な」
「私も驚いたよ。無理な相談だと思っていたしね。でも、ラクスはそれを認めた」
 当時、デュランダルの命を受けラクスと面会した使者に対し、ラクスはこう言ったとい
う。
「戦後、私は勝者としての責任を放棄して、オーブへやって参りました。そんな無責任な
私の存在を、今一度必要となさるのであればどうぞご自由にお使い下さい。私自身は、こ
こを離れられないのですから」
 離れられないと言うよりは、離れる気がなかっただけなのだが、こうしたラクスの了承
も得て、デュランダルはミーア・キャンベルを、正式にラクス・クラインとして世に出す
ことが出来たのだ。

「だが、それももう限界だろう。彼女の力を持ってしても、戦争は避けられない。先ほど
も言ったが、核を撃たれたのだからね。アレは決定的だった」
 そして、ザフト軍は必ずしも敵の進行を難なく追い返したわけではない。これが向かい
来る敵をあっさり倒し、月に追い返してやったというのなら、プラントの市民はザフトの
強さを誇り、それで満足したかも知れない。しかし、現実にザフトの痛手も大きく、戦死
者も出た。そこに核ミサイルだ。これで戦うなと叫ぶのは、よっぽどの平和主義者だろう。
「しかし、しかし、それでも! プラントがこのまま報復に出れば、世界はまた!」
 それでもアレックスは、戦争を否定したかった。アレックスより以前の彼が、それを否
定しようと必死だった。
「アレックス……」
 デュランダルは、そんなアレックスに声をかけようとするが、
「俺は、俺は、アスラン・ザラです」
 アレックス・ディノは、この瞬間アスラン・ザラへと変わった。
「二年前、どうしようもないまでに戦争を拡大させ、愚かとしか言いようのない憎悪を世
界中に撒き散らした、あのパトリックの息子です」
 アスランとなった彼に驚きながらも、デュランダルは彼の言葉を聞き続ける。
「父の言葉が正しいと信じ、戦場を駈け、敵の命を奪い、友と殺し合い、間違いと気付い
ても何一つ止められず、全てを失って……」
「アスラン……」
「議長、戦争はなにも生み出しはしません。奪うばかりです。あのテロリストたちだって、
戦争が産んだです!」
「ユニウス・セブンのことかい? 彼らのことを君が気に病むことはない、彼らは自分た
ちの行動を正当化するための大儀を、亡きザラ議長の言葉に求めたに過ぎない」
「けど、大義名分になるような言葉を叫んだのは、父なんです! 俺の父が!」
 アスランはテロリストたちがどういった連中なのかは知らない。この平和な時代を再び
動乱に陥れたのは彼らだという見方も出来る。だが、彼らは、父の意思を、アスラン・ザ
ラの父親、パトリック・ザラの意志を継いで戦っているのだ。大義名分として利用してい
るにしても、振りかざしているのだとしても、彼らの気迫と、彼らの叫びには、アスラン
の胸に突き刺さるものがあった。
(そう、彼らには志があるんだ。父が掲げた、あのどうしようもない志が)
 自分が逃げた父から、自分が判ってやろうともしなかった父から、彼らは志を継いだと
いうのか? じゃあ、パトリック・ザラの呪縛から逃れるためにオーブへと亡命し、アレ
ックス・ディノという偽りの名で暮らすことを選んだ自分はなんだ? 息子の自分が放棄
したものを、受け継いだ戦士たちがいるというのに!
「…………アスラン、少し良いかな? 見せたいものがある」
 暫くして、アスランが落ち着きを取り戻したと感じたデュランダルは、アスランをとあ
る場所に連れて行った。

「議長、ここはザフトの……?」
「まあ、いいから黙って着いてきてくれ」
 アプリリウスにある、ザフトの兵器開発区画へと連れてこられたアスランは、その空間
に、懐かしさを感じながらも、このような場所に自分を連れてきたデュランダルに困惑も
していた。
 そして、二人はその場所へと着いた。
「これは……まさか!」
 アスランはそこにある機体に驚愕を覚えた。それは彼のよく知る機体だった。フェイズ
シフトダウンをしているとはいえ、その姿形を忘れるわけがない。
「ZGMF-X09Aジャスティス。前大戦で君の搭乗機だったものだ」
「何故、これが……」
「戦後、フリーダム共々ザフトに返還された際、そのまま残して置いた物だ。ユニウス条
約前の戦中に作られた機体だから、ニュートロンジャマーキャンセラーも特に問題になら
なかった……もっとも、ユニウス条約は、既に破棄されてしまったがね」
 デュランダルの言葉を聞いているのか、アスランは呆然とジャスティスを見つめている。
前大戦で「父から託された機体」が、目の前にある。
(託された? 託された機体でザフトを裏切り、父親を見限ったのは誰だ?)
 アスランの心の中で、腹黒いものが渦巻いてゆく。
(お前は父親を見捨てた。父親が話を聞かないから、狂ってしまったと決めつけて、あろ
う事か敵対した。父親を倒すために)
 それはすぐに彼の心を満たす。
(それに比べて父親はどうだ? 彼は最後まで、お前に見捨てられようとも自分の信念を
貫いた。お前が最後に、父親の最期を看取った時、父親はお前になんと言った?)
 満たされ、尚も溢れるものは、次第に彼の身体を蝕む。
(彼はお前に、死に行く最後の力を振り絞って、願いを託した。しかし、お前はそれすら
も聞かなかった。その結果がこれだ)
 アスラン・ザラを蝕み尽くそうとしている黒いものは、彼のもう一つの部分を浸食する。
(父親の意思は、他の戦士たちが受け継ぎ、志を、信念を絶やさんと、今も戦っている。
お前は、そんなお前は、アスラン・ザラは、何をしている?)
 アレックス・ディノが、蝕まれる。

「アスラン」
「えっ――」
 アスランは、自分が汗を掻いていることに気付いた。
「どうしたね? まさか、機体が残ってることがショックだったのかい?」
 予想外とも言うべきアスランの動揺に、デュランダルは困惑気味に彼を見ていた。
「い、いえ、そういうわけでは……」
「そうか? ならいいのだが……」
 二人は暫くジッと、その場に立ち、ジャスティスを見つめていた。アスランはかつての
愛機に、時折目を逸らしたくなる衝動に駆られ、デュランダルはそんなアスランを横目で
見ていた。
「アスラン、もう一度ジャスティスに乗る気はないか?」
「え?」
「私は、君にこの機体を託したい」
 託す……かつて、ジャスティスを託され、裏切った自分に。
「私に、ザフトに戻れと、復隊しろと仰るのですか?」
「有り体に言えば、そういうことになるのかな」
「…………」
「先ほども言ったことだが、今のプラントには味方が少ない。それなのにザフトは未だ先
の事件の影響を抜けきれないでいる。君は前大戦を生き抜き、また、パトリック・ザラの
過ちを知る男だ。もう一度ザフトのために、君が今できることをしてみないか?」
「俺が今、できること?」
 違う、とアスランは感じていた。俺に今、できることをするんじゃない、俺が今、しな
ければいけないことは――
「すぐに答えを出してくれとはいわん、難しいことだ。しかし、私は、いやプラントは、
君の力を必要としている」
 デュランダルとしては、この時期自分の手駒を少しでも増やしたいという思惑があった。
ラクスという虚像を利用しても、開戦と言うことになれば、もうさしたる効果も得られな
いだろう。ならば次は武力の時代だ。兵力が、武器が、兵士が物を言う。始めはFAITH
に所属するハイネ・ヴェステンフルスに目を付けた。だが、ハイネはなかなかの人格者で、
手駒とするには手に余るように思えたのだ。
 そこにアスランがやってきた。デュランダルにとって彼の持つ影響力と、戦士としての
実力は無視できないものがあった。駒は強く、扱いやすいものが望ましい。その点アスラ
ンは精神面の『脆さ』も含めて、打って付けだった。後は如何に引き込むかである。アス
ランとて自分を拾ってくれたオーブにいくらかの恩義は感じているはずだ。代表であるカ
ガリ・ユラ・アスハとの関係もある。
(そうだ、彼らと面会させる機会を作れば……)
 ザフトには確か、アスランの友人が何人か居たはずだ。彼らは良い揺さぶりになるだろ
う。デュランダルは、心の中で獲物を着実に手に入れる方法を考えなら、ほくそ笑んだ。

 アスランはこの時、デュランダルの思惑を全て看破してはいなかった。しかし、デュラ
ンダルの思惑とは裏腹に、アスランはあることを決断していた。
 この日、C.E73年11月3日。アスラン・ザラは、もう一人の自分、アレックス・ディノと
いう存在を、捨てた。