W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第26話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:08:52

 軍人とは民間人を守るために存在する。
 これは民主共和主義の軍隊における大原則であり、聞こえの良い建前だ。
 だが、少なくともシン・アスカという少年は民間人の生命を守るために軍人
になった。彼に軍人としての誇りがあるのだとすれば、この一点に尽きるのだ
ろう。
 しかし、もし仮にその民間人が過ちを犯したら?
 復讐という名の牙を剥き、怒り狂う獣となって暴れ回っていたら?
 シンはどのように感じ、どのようなことを思うのか。

 そしてそれは、みたくもない現実となってシンの前に突きつけられた。

「なんだよ、これ……」
 ジオグーンからコアスプレンダーに乗り換えて、急ぎガルナハンの町へと戻
ったシンが目にしたのは、とてもみていることの出来ない惨状だった。
 町の各所で、殺し合いがはじまっていた。
 ガルナハンの町に住む人々は、陥落した基地から逃げ延びてきたフォントム
ペインの兵士たちに銃火を放ったのだ。
 命からがら逃げてきた兵士に、無言で銃弾を撃ち込む。兵士たちもここが安
住の地などではないと理解していたし、すぐさま応戦を始めた。だが、数が違
いすぎた。
 ガルナハンの人々は、基地が陥落した最後の最後になって、ファントムペイ
ン、しいては旧連合に対し復讐を開始したのだ。それは十数年にも及ぶ長きに
渡って彼らの心に蓄積された強い怒りと、失った事への悲しみ、どうにも出来
なかった不満、それら怨念とも言うべき感情の集合体が、戦場から伝わる狂気
で活性化し、彼らを動かしたのだ。僅かに生き残ったファントムペインの兵士
は暴徒と化した民間人の狂乱に晒され、ガルナハンの町は集団私刑の場となっ
た。
 かつてこの地で虐待、虐殺、横暴の限りを尽くした士官は、生きたまま指を
切り落とされ、四肢を切断された挙げ句に、射殺された。
 子どもを狙って暴行を働いていた兵士たちは、木に吊され投石で身体を痛め
つけられた後、火あぶりにされ焼け死んだ。
 町中を走る回る車がある。その車にはロープが繋がっており、ロープには食
料強制徴収などを行っていた下士官が縛り付けられ、引きずり回されていた。
既に息はないはずだ。しかし、車は止まる気配を見せない。
 こうした状況に、ファントムペインの兵士たちはただ黙って殺されはしなか
った。彼らは手に持つ僅かな銃器を使い、必死で抵抗をした。仮にも彼らが持
つのは最新式の武器である。恐怖に支配されたこともあり、狂ったように、死
に物狂いで反撃を始めた彼らの前に、ガルナハンの人々も旧式の重火器を持ち
出して攻撃を始めた。それはかつて、僅か一日で抵抗を潰されたレジスタンス
の残したものだった。
「これは……なんだ。なんなんだよ!」
 シンの知らない、気付かないところで、どれほどの憎悪が巨大化していたの
か。いや、シンの来るずっと前から、この地はそういう場所だったのだ。
『シン、一旦ミネルバに帰還しろ。今、この町に降りるのは危険だ』
 ハイネから緊急通信が入った。彼もまた、セイバーで町の上空へと飛来した
のだ。

「だけど、こんな状態の町を!」
『俺達に他国の民間人をどうこうする権利なんて無い。それに、さっきまで戦
ってた兵士を守るっていうのか!?』
「それは……」
 歯がゆそうに叫ぶハイネ。彼だっていたたまれないのだ。こうなることを予
想できなかった自分自身も含め、彼は叫んでいた。
「でも、俺は……俺は!」
 シンは、群衆の中からコニールを探した。
 しかし、いない、どこにもいない。彼女の姿は、暴徒たる群衆の中には見受
けられない。
「いたっ、あそこだ!」
 狂乱から少し離れた位置に、コニールらしき人影があった。
 少女は地べたに蹲るように座っている。
 シンは、コアスプレンダーをその付近に着陸させ、コニールの元に急いだ。
「コニール!」
 シンは叫び、少女を抱き起こした。
「シン……か?」
 生きている! シンは、彼女を離すまいとしっかりと支える。
「大丈夫か?」
 その時、一段と大きい音が遠くで響いた。恐らく、誰かが手榴弾などの爆発
物を使ったのだろう。
「なんで、なんでこんなことになったんだよ! 町の人も、みんな、みんなど
うかしてる!」
 シンは、叫んだ。叫んだつもりだった。しかし、彼の口から出たのは、弱々
しい声だった。彼は恐怖していた。自分の信じていたものが、心にあった大事
なものが崩れ去る事への恐怖。
「私も、私の両親もずっと苦しんできた。虐げられ、嬲られ、それが十数年、
数十年の続いてきたんだ………私には止められなかった。ファントムペインに
その気持ちをぶつけないと、もう収まりがつかないんだよ。それは、その気持
ちはお前には分からない。絶対に分からないんだ!」
 それは違う。そんなことはない!
 叫ぼうとして、シンは息を呑んだ。手の平に、温かい感触があった。
 弾は、少女の身体を貫通していた。
 大地に落ちる赤い血は、彼女の生命の結晶のようだった。
 シンは少女を抱きしめたまま、けたたましい喧騒のなかで、一人、世界から
遠く遠く離れていくような、奇妙な感覚に襲われていた。地球も、プラントも、
シンには関係のない世界が寂しく回っていた。
 シンは、生まれたての子どものように、何もわからず、ただ立っていた。シ
ンは泣くことさえ許されていなかった。

          第26話「ロッシェの回想」

 移動要塞メサイア。前大戦で、ヤキン、ボアズと宇宙における前線基地を失
ったザフトが新たなる軍事拠点の一つとして作り上げた存在だ。
 小惑星をくり抜いて作られたこの要塞は、攻撃、通信、補給、そして医療、
整備など戦闘に必要な設備は全て揃っており、収容艦艇数及び収容可能なモビ
ルスーツ数は地上基地のそれを上回る。
 まだ完成こそしていないが、いずれ完成すれば宇宙におけるザフト軍の中心
となることは間違い無しであり、ファントムペインは建設の阻止とは行かない
までも、内部構造など詳しい情報を欲していた。
 そして、その移動要塞内で、現在二つのモビルスーツが新たに開発され、動
き出そうとしていた。
「しかし、モビルスーツの開発を頼んだが、もう出来るとは思ってもいなかっ
たな」
 メサイアの視察を名目に、極秘裏に勧めているモビルスーツ開発の視察にも
来たデュランダルは、完成しつつある試作機をみて、そう感想を漏らした。認
めざるを得ないことだが、ハワードという老人はコーディネイターのどの技術
者よりも優れた頭脳を持っているようである。
「なに、機体設計自体はプラントにあるものを流用したに過ぎん。わしがやっ
たのは内部構造の改造だよ」
「それにしたって……ところで、一つ訊きたいことがあるのだがいいかね?」
「なんだ?」
「何故、二体あるんだ?」
 確かにデュランダルは空戦用の新しいモビルスーツ開発を頼んだが、まさか
二体も作るとは思ってもみなかった。しかも、どちらも似ても似つかぬ外見を
しており、唯一似ている部分があるとすれば、人型という点だろうか。
「ただ作るだけでは面白味がないんでな。コンセプト機ということで、謂わば
対極の考えで二つの機体の構想を練ったのさ」
「ほう、それではあの二機は、同じ空戦用でもタイプが違うと?」
「全然な。操縦法はともかくとしても、戦い方が違う」
 二人は歩き出し、試作機のうち一機目の前で立ち止まった。この機体は、外
面だけなら今現在ザフト軍の主力となっているザクに似てなくもない。
「この機体の名はグフ。機動力と、柔軟な運動性に優れた、接近戦専用の格闘
機だ」
「格闘機?」
「そう、こいつには長距離武器も中距離武器も存在しない。接近して、相手を
倒すことのみを考えた武装が施されておる」
 そして、こっちは……と、ハワードはデュランダルと共に二機目の機体の前
に移動する。
「この機体はバビ。グフとは違い、加速力を追求した爆撃型の機体となってい
る。武装は中距離、長距離専門の射撃装備のみで接近戦武器は存在しない」
「まさに対極的だな。片方は、格闘能力に優れ、もう片方は射撃能力に優れた
機体か……」
 デュランダルは知る由もなかったが、ハワードのこうした構想は彼のいた世
界で作られたある機体に由来している。旧知である悪党連中のことを思い出し、
ハワードは懐かしさに苦笑した。
「この二つの機体、説明を聞いた限りだと両極端のようにも思えるが、実際に
はどっちが強いんだい?」

 当然の質問として、デュランダルは尋ねた。彼はこの時点では、どちらか強
いほうを量産化しようと考えていた。
「どっちもどっちだな。長所もあれば短所もある。グフが接近すればバビは手
も足も出ないし、接近する前に撃ち落とされればグフはバビに勝てない」
「となると……」
「より強いパイロットが乗っているほうが勝つ。それだけのことさ」
 戦略構想としては、バビが砲撃と爆撃で敵にダメージ与え、グフが接近して
敵を壊滅する。このような支援運用が望ましい。
 ファントムペインなら、ストライカーパックを変えるということで対処する
であろう局地戦における武装変化を、ハワードは機体ごと入れ替えるという方
法を採ってしまったのだ。確かにこれならば、戦闘効率はグンとアップするか
もしれない。
「後どれぐらいでこの機体は完成する?」
 はやる気持ちを抑えつつ、デュランダルはハワードに尋ねた。
「グフが80%、バビが60%といったところかな……バビは、可変機能と大気圏
内でも通用する大推力、加速力を得るために宇宙での運用が難しくなってしま
ったから、その辺りも考えんといかんしな。その後は、テストパイロットを使
って機体のテストを行って」
「やっと量産、ということか」
 そう長くなることもないはずだ。この機体を量産させて、地球圏に送り込む。
もはやこの戦争は勝ったも同然だ。ファントムペインなど、すぐにも壊滅させ
ることが出来るであろう。
(そして、私は戦争の勝利と共にあの計画を発表する)
 まさかこんなにも早く、自分の夢を果たすことが出来るとは思わなかった。
まだ誰にもいっていない、レイにもいっていないあの計画を。
(いや、違う)
 たった一人、話した男がいた。親友といっていい間柄だった。とても悲しい、
自分では変えることの出来ない、生まれながらに悲劇という名の運命を背負っ
ていた男だった。
「ところで、そのテストパイロットのことなんだが」
 デュランダルの回想は、ハワードの言葉で打ち切られた。
「なにか?」
「うん、なるべく戦闘経験豊富なものにして貰いたい。手練れでないと、扱い
にくいと思うのでな」
「分かった、ザフト軍のエースから選出しよう」
 デュランダルは無言で佇む二体のモビルスーツを見上げた。自身の夢、散っ
ていた親友、それを背負って生きる少年。それらを抱えるデュランダルは、何
としても勝てねばならないと、自分に再確認をした。

 その頃、ロッシェは官舎にある自室にいた。彼はハワードとデュランダルが
進めるモビルスーツ開発には、積極的に参加しようとはしなかった。彼は戦闘
面においては一流の男だったが、技術分野においてはさほど優れているわけで
はない。モビルスーツの整備や点検、応急処置などならともかく、一からモビ
ルスーツを作るなど、興味こそあれ手伝おうという気にはなれなかった。また、
変に手伝って足手まといになるのも、彼のプライドが許さなかった。
 だが、そうなるとロッシェは本格的に暇になった。

 以前は、絵画だの歌劇だのといったプラントの芸術鑑賞に凝っていたのだが、
やがてそれにも飽きが来たのか、日がな一日官舎で過ごす問い日々が続いてい
た。彼の唯一の『友人』であるミーア・キャンベルも、このところは忙しいら
しく顔を見ていない。
「ふぅ……」
 ロッシェはすることもなく、花瓶から一輪腹を取り出すと、片手で弄んでい
た。こんな時、彼は元の世界のことを良く思いだしていた。
 ホームシックなどではないにしろ、彼にだって望郷の念がないわけではない。
むしろ、いつまでもこの世界にいる気など更々無かった。彼は帰らねばならな
い、そして、あの世界には彼の帰りを待つ人がいるのだ。
「アリサは、元気にしているだろうか?」
 ロッシェの脳裏に、一人の女性の姿が浮かび上がる。アリサはいつもロッシ
ェの側にいた。彼に忠誠を誓い、彼に尽くし、彼のために敵地へとやってきた。
あの一件が終わった後も、それは変わることがなかった。
 アリサはロッシェを信頼し、ロッシェはアリサを信用していた。だが、そん
な彼女も、一度だけ、ロッシェに異を唱えたことがあった。
 それは、ロッシェがプリベンター入りを決めかねていたときである。そもそ
も彼がプリベンター所属となったのには、いくつかの経緯があった。元いた世
界での戦後、しばらくはMO-Ⅴに留まっていた彼だが、いつまでもここにいるわ
けは行かないとコロニーを後にした。
 しかし、彼の知らぬ間にOZは消滅し、彼が加盟していたロームフェラ財団は
解体されてしまっていたのだ。戦争を利用してのし上がった財団が解体された
とき、そこにあった莫大な資産のほとんどは、戦争被災への復興へと当てられ
た。なるほど、確かにそれは心温まる話だろう。だが、ロッシェは自身の家が
持っていた財産のほとんどを財団に管理させていたのだ。その為、戦争が終わ
ると、途端に彼は生活に苦しむこととなった。
 彼一人なら何とかなりそうなものだったが、彼にはアリサという連れがいた。
ロッシェは貴族として、また騎士として女性に不自由な生活をさせるわけには
いかないと、今後どのように暮らしていくかを考えた。幸い、ロッシェはモビ
ルスーツパイロットとしての能力も優れてはいるが、それ以外の分野でも多彩
な才能を持っていた。今すぐにもモデルとして活動できそうな端麗な容姿に、
芸術的教養の広さ。だが、それらは生憎と戦後すぐに使える代物ではなかった。
 そうしてロッシェが、色々と苦心しているとき、かつてOZで籍を同じくした
レディ・アンが声を掛けてきたのだ。
「プリベンダーは、政府の諜報機関だが、モビルスーツ戦力は一切持たない。
だが、現実にモビルスーツを隠し持つコロニーは多く、地球も同じ事だ。そこ
で、お前にモビルスーツのパイロット要員としてプリベンター入りをして貰い
たい」
 戦後、宇宙や地球ではガンダムによるモビルスーツ掃討作業が行われていた。
その支援行動の意味も兼ねて、ロッシェに声が掛かったのだ。
 彼の手元には、MO-Ⅴを後にする際に修理されたカスタムリーオーレオスがあ
った。確かにモビルスーツパイロットとして、再び活動することは出来るだろ
う。
 だが、それにアリサが反対したのだ。
「ロッシェ様は、何も武勇の人だけではありません。政府の裏の仕事に手を染
めるよりも、表舞台で活躍なさってください」

 アリサの言いたいことはロッシェにも理解できたが、ロッシェは前向きにプ
リベンター入りを考えていた。やがて時が来れば、レオスも手放す日が来るの
だろう。その時まで、せめてこの世の中からモビルスーツが消える日が来るま
では、愛機と共にありたい。そう思ったのだ。
 結局、ロッシェは渋るアリサを説得し、プリベンター入りを果たした。
 その結果が、分けの分からない異世界に飛ばされるなどと、誰が思ったか。
「彼女の言うとおりにしていれば、こんなことにはならなかったかな」
 今頃アリサは、自分を心配しているのだろうか? この世界に来てから随分
立ったが、元の世界と時間軸が一緒とは限らない。もしかしたらこちらでの一
日が向こうでの十年かもしれないし、逆にこちらでの十年が向こうでの一日か
もしれない。
 考えただけで、おぞましいことだ。どちらにしろ、早く帰らなければ取り返
しの付かないことになる。
「アリサは……泣いているかもしれないな。彼女は涙もろい性格だった」
 虫のいい考えだろうか。彼女の意見を無視し、はねのけてプリベンターに入
ったのは他ならぬロッシェ自身だ。自業自得であるし、今頃アリサはロッシェ
のことなど忘れてしまっているかもしれない。
「……こう暇だと考えが憂鬱としてくる」
 ロッシェは首を振り、気持ちを落ち着かせる。何もすることがないから、こ
のような馬鹿なことを考えてしまうのだ。明日からでも、何かしなくてはなら
ない。ハワードの手伝いは無理だろうが、そう、今奴が行っているというウル
カヌスの探索や、元の世界に帰る方法を調べることなど、やるべき事はいくら
でもあるはずだ。
「どうせ宇宙では小競り合いしかしていないんだ。それぐらい自由は利くだろ
う」
 デュランダルに連絡して、さっさと了解を取り付ける。そう思って、通信機
器に手を伸ばしたロッシェだったが、ハワードが彼が今作業場としている要塞
にデュランダルが訪問してくると言った話を思い出した。そうなると今、デュ
ランダルに連絡を取るのは難しいだろう。
「やれやれ……なら明日に」
 その時、自室のインターホンが鳴った。来客が来たようだ。
 もっとも、この部屋に来る来客など僅か3人しかいないのだが。
 ロッシェは彼女を向かい入れるため、玄関へと向かった。
「ミーア、久しぶりだな?」
 扉を開け、彼女に声を掛けたロッシェは、突然のことに動揺した。別にそこ
にいたのがミーアではなかったとか、そういうことではない。そこにいたのは、
確かにミーアだし、数日ぶりにみる彼女だった。ロッシェが驚いたのは、彼女
が突然、ロッシェに抱きついて倒れ込んできたからだ。
「ロッシェ、どうしよう……どうしよう、アタシ」
 ミーアの身体は、声と共に震えていた。ロッシェはそんな彼女の身体をしっ
かりと支え、抱き上げた。
「ミーア、一体何があった? どうしたというんだ」
 小刻みに震える少女は、目に涙を溜めていた。
 そして、少女の口から出たのは、ロッシェにとっても衝撃的な内容だった。