W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第28話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:09:21

 ガルナハン基地陥落!
 予想だにしなかった報告が、ファントムペイン首脳部を震撼させた。
「馬鹿な、ザフトがガルナハンに兵を進めたというのか」
 報告を受けたホアキン中佐は愕然とし、そう呟いたきりしばらくは微動だに
しなかったという。
「あの天然の要塞とも言われた場所を攻略したのか……」
 誤報ではないのか? ファントムペインの誰もがそう思ったが、これは動か
しようのない事実であった。
 この大失態を前に、政略関係の実務を行っていたロード・ジブリールも顔色
を変え、秘書官を通じて事態の確認を行わせるほどだった。
「この世に難攻不落の要塞などあるものか。敵がこちらより頭が良く、上手く
動いた。それだけのことだ」
 動揺するファントムペイン内部で、唯一冷静だったのはネオ・ロアノーク大
佐である。ザフトがガルナハンを狙ってきたのは予想外だったが、落とされて
しまったものは仕方がない。騒ぐより先にすることがあるはずだ。
「ネオ、ステラたち負けちゃうの?」
 慌ただしい雰囲気を敏感に感じ取っているのか、施設内を行くネオに、寄り
添うように付いてきているステラ・ルーシェがそのような質問をしてきた。
「いや、既に負けている。負け続けている……」
 遠征作戦の失敗以降、ファントムペインにめぼしい戦果はなく、軍事的勝利
はまるでない。インド洋に続き、ガルナハンまで失ったという事実は対外的に
もザフト有利を示す結果になったのではないだろうか?
 ネオは、現在の不利な状況を考え陰鬱になるが、不安そうに見つめるステラ
を見て、口元だけ柔らかい笑みを浮かべた。
「心配するな。局地的には負けてるが、要するに最終的に勝ってれば良いんだ
よ。次辺りの会議で、そのことが話し合われるだろう」
 ステラの頭に手を置き撫でながら、ネオは言う。そう、まだ大局が決して分
けではない。このままザフトが勢いづいて勝ちに乗じていくか、ファントムペ
インが巻き返すかは判らない。
 恐らく、今年中にまた大規模な会戦が行われることになるだろう。ファント
ムペインには後がなく、これ以上負けるわけにはいかない。逆にザフトはここ
で大勝を収めて、一気に戦況を傾けたいはずだ。
「場所はスエズ辺りか……まったく、この戦いはいつになったら終わるのやら
……ん?」
 ネオは目の前の廊下を足早に横切ってゆく男を見て、仮面越しに眼を細めた。
「どうしたの、ネオ?」
 そんなネオを、不思議そうにステラが見る。
「知り合いに似た顔だと思ったんだが……気のせいだろう」
 だが、その男がこんな場所にいるわけがない。ネオはそう思い、ステラと共
に再び歩き出した。そして、自分の執務室につく頃には、もう忘れてしまって
いた。

          第28話「過去への執着」

 レドニル・キサカ一佐は、前大戦時オーブ首長国連合で陸軍将校を務めてい
た男だった。『オーブの獅子』と呼ばれたカガリ・ユラ・アスハの父、ウズミ

ナラ・アスハからの信頼も厚く、オーブを代表する軍人に一人であった。
 そのはずだった。
 前大戦が終結してから、微妙に彼の人生は狂いはじめる。
 三隻同盟に所属し、最後の最後まで死力を尽くして戦った彼に待っていたの
は、戦後における事後処理という名の処分だった。というのも、中立国という
点を差し引いても、戦時中のオーブは数々の罪を犯している。
 そのもっともたる例が、現代表であるカガリ・ユラ・アスハの『他国のレジ
スタンス活動への加担』であり、キサカはその同行者として全責任を問われる
こととなった。しかしこれは決して、責任転嫁というわけでもない。現役のオ
ーブ軍人である彼が他国のレジスタンス活動、それも武力を伴うものに参加し
た事実は、オーブがレジスタンスに対し現役軍人の『軍事顧問』を派遣したと
も取られる行動であり、これはウズミがことさらに唱えていたオーブの理念の
一つ「他国の争いに介入しない」という項目を明らかに破る行為であり、実行
者であるキサカの責任は免れなかったのだ。
 キサカ当人としては、現代表であるカガリの立場を守るためならば仕方なし
と考え、処分を受け入れた。その結果、彼はオーブ軍情報部部長へと左遷され
た。この部署は、軍事的な情報収集・諜報活動を行うために設立された機関で
あるが、あらゆる軍事行動を良しとしないオーブにとっては、閑職もいいとこ
ろだった。
 それでもキサカは、ウズミの志を継ぎ、オーブの理念を守ったとの矜恃があ
った。後はカガリが代表として成長し、ウズミのようになればいい、そう思っ
ていた。
 だが、現実は彼に耐え難い事実を突きつけた。
 戦後のオーブにおいて代表となったのはカガリだったが、政治的指導権を握
ったのはセイラン家だった。セイラン家は、オーブの氏族の中でも末席とは言
わないが、それほど大きくない家名であり、当然五大氏族ではない。そんなセ
イランが実質的な政治権力を握ったのは、かつての五大氏族が前大戦時に名誉
ある自決(とキサカは考える)を敢行した結果である。
 キサカに言わせれば、セイランなど漁夫の利を得た成り上がりであり、そん
な連中にオーブの政治を壟断させるのは看過できないことだった。
「我々は国を守るのではなく、そこに住まう国民を守る。これからは、そう在
りたいものですな」
 これは宰相へ就任した際のウナト・ロマ・セイランの発言だが、この発言も
また、キサカの怒りを買わずにはいられなかった。ウナトの発言は、暗にオー
ブの英雄であるウズミのことを批判しているのだ。そしてそれは、ウナトの息
子であるユウナも同じことで、
「オーブは政治的にも軍事的にも数々の矛盾を抱えている。それを少しでも解
消していきたい」
 国防本部の長になったユウナの発言。かつてのオーブを信奉するキサカにと
って、このような否定的発言は許せるはずもなく、理解も出来なかった。キサ
カは彼らのような『悪しき考えを持った存在』が代表となったカガリに悪影響
を与えるのではないかと懸念したが、時を経ずしてそれは現実のもになった。
「父が犯してきたことをしっかりと受け止め、私は代表として前に進まねばな
らない」
 まるで亡き父親を犯罪人のように扱うカガリの物言いに驚愕したキサカは、
カガリと会ってそれを注意した。彼はまだ自分がウズミから任命されたカガリ
の教育係・世話係だった頃の感覚が抜けきっていなかった。
「キサカ、私は何も父上のことを貶めているのではない。今でも尊敬している
し、愛してもいる。だが、父上だって人間である以上、欠点もあった。それを
指摘したところで、父上を誹謗することにはならないはずだ」
 だが、それは今まで口にしてはいけない、暗黙の合意があった。ウズミは国
家的英雄であり、アスハ家が強い権力を持っていた頃には批判も批難も許され
ず、彼に対してマイナス感情を抱くことすら間違っているとされていたのだ。
「それに私は欠点を誇張しているわけでもないし、父上の美点を無視している
わけでもない」
 カガリは変わってしまった。キサカはそう痛感し、オーブ行政府から彼の官
舎に戻った。後に残ったのは、言い様のない怒りだった。カガリの『変貌』に
対しての怒りをセイランにぶつけることで幾分か気持ちは晴れるが、カガリ自
身が元に戻ってくれないことには何ら変わりはない。
 アスランがカガリの元を去って以降、彼女はよりいっそう政務に励むように
なったが、セイランの操り人形では何ら意味がないではないか。
 アスハ家に近い、アスハ派の人間であるキサカには、そのような考えしかで
きなかった。彼にとってはアスハが絶対なのであり、ウズミこそが全てにおい
て正しい存在であったのだ。
 このままではカガリは、オーブはダメになってしまう。そんな考えが、日に
日にキサカの中で大きくなっていった。この情勢下において進行は遅れている
が、ユウナとカガリの婚約の件もある。カガリがあのような男の妻になるなど、
考えただけでもおぞましく、またそうなってしまえば、オーブはセイランに奪
われてしまう。

 そうした中で、キサカはキラ・ヤマトの下を尋ねた。カガリの義弟であり、
かつて同じ戦場で戦った同志。彼ならば、義姉であるカガリに対して、何か影
響のある発言をしてくれるのではないか?
 期待を胸にキラと会ったキサカだが、これもまた当てが外れた。ラクスに案
内され、気の抜けた表情で安楽椅子に腰掛けるキラと話したキサカだったが、
キラは聴いているのか聴いていないのか、キサカの熱弁に対し相づちすら打と
うとしなかった。先の大戦で精神的に病んでしまったとは聞いていたが、ろく
に会話も出来ないほどとは思っていなかった。
 キサカはオーブの現状について訴え、カガリが良くない方向に変わりつつあ
ることを危険視する発言をした。何事か考えるようにしていたキラだが、カガ
リのことについてだけは触れた。
「オーブの件は、政治家でもない僕には何も言う権利はありません。それはカ
ガリも同じことで、義姉ではあっても彼女はこの国の代表者です。同じく、僕
なんかが言えることは何もない」
 ただ……と、キラは付け加えた。
「変わらないことが美徳というわけでもないはずです。理念や志を受け継ぐの
は確かに大事なことかもしれない。でも、全てが全て、子どもが親の考えに賛
同し、真似をするということもないはずですよ」
 キラの脳裏に、過去の記憶が蘇る。
 彼女は、コーディネイターである自分に罵声を浴びせ、罵り、批難した。キ
ラが守ることの出来なかった彼女の父親は、ナチュラル原理主義者であったと
いう。

(いや、それとこれとは話が別だ……彼女はコーディネイターとか関係なしに、
守れなかった僕に怒りをぶつけていたんだ)
 傷つけてしまった人であり、互いの傷をなめあった関係。
 だが、彼女はもう……
「僕に言えることは、それだけです」
 キラはそういうとそれきり口を閉ざした。ラクスがすまなそうにキサカを玄
関まで送った。
 キラの意見は一理あるものではあったが、キサカにとってありがたみも何も
ないものであった。アスハ家による君主制ともとれる政治形態に身を埋めてき
たキサカにとって、変革など許されるはずがない。彼は、現在の自分の地位無
き地位に絶望しながらも、何かできることはないかと必死で考えいてた。
 全てはオーブの、今は亡きウズミのために。

 そして、そんな時だった。ザフトに復隊したはずのアスラン・ザラから、何
重にも偽装された通信文が届いたのは。

「これは……」
 アスラン・ザラ。キサカにとって、その存在は何とも言えぬ、複雑なものだ
った。カガリの良き理解者であり、護衛官。オーブにいた頃の彼はそのような
男だった。カガリと恋愛じみたことをしているようではあったが、その点には
目を瞑っていた。それはキサカから見て、アスランが悪い青年ではなく、むし
ろ好印象を憶えたからであるが、彼は今回の戦争に際して、ザフトに復隊した。
 即ちオーブを裏切ったのであり、カガリの元から一方的に去ったのだ。
 キサカはそんな『裏切り者』に対して怒りを覚えずにはいられなかったが、
そんな彼から通信が来たことには驚きを隠せず、また意外であった。
 何故、自分なのか? 彼が極秘裏に通信を送るならば、やはり親密な関係に
あったカガリに対してであろう。どうして大して交流があったわけでもない自
分に……キサカはそう思いながら通信文を読み、さらに驚愕することになる。
 そこには次のようなことが書かれていた。
 まずはじめに、アスラン・ザラが個人的な望郷の念、祖国愛からザフトに復
隊したというのは間違いであり、全てはオーブの、カガリのためにザフトに戻
ったと言うことが書かれていた。ザフトに身を置くことで、オーブへの戦火を
避け、オーブに危険が及ばないように出来れば、ただ、それだけを思っている
のだという。プラントやザフトの思惑がどうであれ、自分の心はオーブと共に
あることを忘れないで欲しい、とのことだった。
 そしてその次に、オーブを守るためには、どうしてもザフト有利に事を運ぶ
必要があるとも書かれていた。現在、ファントムペインはオーブに対して強い
圧力を掛けており、件の同盟条約など結ばされれば、オーブの理念、あの気高
き『オーブの獅子』ウズミ・ナラ・アスハが唱えた志を破ることとなり、これ
は看過できることではない。ならば、オーブとは友好関係にあるザフトに当面
勝たせることで、オーブへの干渉を少なくすることは出来ないか? というこ
とである。その具体的な方法に、アスランはファントムペイン内部への進入、
つまり諜報活動を上げていた。敵の情報を得てこそ、ザフトのためにもオーブ
のためにもなる、電子文書にてアスランはそう熱弁していた。
 キサカはこのアスランのある意味で情熱的な訴えに心を動かされつつあり、
また、アスランを裏切り者などと非難していた自分を恥じた。あの青年は、
オーブのことを、カガリのことを第一に考えてくれていたのだ。
「そうだ、私にだって出来ることはある」
 キサカはそういいながら自分を奮い立たせた。自分は行動者だ。オーブのた
めに動く必要がある。そして、アスランはそのことを自分に教えてくれた。キ
サカに、もう迷いはなかった。

 翌日、国防本部へと赴いたキサカは、ファントムペイン内部への諜報活動を
行うための許可を取り付けた。これに対して国防本部の長であるユウナは、彼
の熱弁する情報戦の重要性を理解し、その要望を受け入れた。ユウナにしても、
ファントムペインの情報は欲しいところであり、政治情報だけに偏るのはよく
ないと考えたからである。むろん、キサカの要望の裏に、アスランの影がある
ことなど知る由もなかった。
 そしてキサカは、東アジア共和国軍経由でファントムペイン入りを果たした。
東アジア共和国は必ずしもファントムペイント共通の認識を持ってはいなかっ
たが、その武力の前に屈服したのだと言われている。兎にも角にも、キサカは
自分のやるべきことを見出し、それを果たすことが出来る喜びを憶えていた。
ここで入手した情報は、無論オーブに送ることとなるが、それと同時にアスラ
ンにも送らねばならない。どうやったのかは知らないが、アスランは彼が乗艦
するミネルバに厳重に、そして何重にも偽装を施された秘密の回線を作ってお
り、そこに情報を送信することが出来た。欠点として、傍受の危険性からアス
ラン側から何か情報を発信するということが出来ないことであるが、キサカと
しては大して気にはならなかった。
 だが、キサカは気付いていなかった。アスラン・ザラの目的と、その本質を。

「アスランさん、例の回線にさっそく受信がありましたよ」
 ガルナハン攻略戦から明けて二日、メイリン・ホークがアスランの士官室へ
と訪れていた。フェイスであるアスランは、他のパイロットなどとは違い個室
を与えられているのだ。
「そうか……意外に早かったな」
 キサカが動いてくれるかどうかは、一種の賭ではあったものの、アスランは
失敗するとは思っていなかった。彼は旧体制、アスハ派の軍人であり、現在セ
イラン家が主導権を握っているオーブの現状に満足していない。むしろ、不満
を持っているはずだ。そこにことさら、ウズミの名や、カガリのこと、オーブ
の理念などを強調すれば、きっと動くはずである。そして、それは早くも現実
のこととなった。
「これで彼が俺にファントムペインの情報を送ってくれる。それと同時に、オ
ーブの情報もな」
 アスランは難点であったファントムペインの内部情報の収集を、このような
形で実現可能にしてしまったのだ。あまりに上手く事が進んでいるので、思わ
ず笑い出したくなってしまう。
「…………」
 そんなアスランを、メイリンは複雑な表情で見つめていた。アスランに請わ
れ、外部と秘密裏に情報のやり取りが出来る回線を構築したのは彼女である。
その手際の良さは、アスランも驚くほどであったが、アスランは彼女に、自身
の計画の全てを話してはいない。
 時期が来れば話す、アスランはメイリンにそう言っているが、メイリンには
不安があった。アスランは何か、とんでもないことをしようとしているのでは
ないか?
 だが、メイリンはこの事を誰にも話さなかった。英雄であるアスランの裏の
顔を知ることへの興味と、アスランと秘密を共有しているという、彼に好意を
示す女性たちへの優越感、そんな感情が彼女の口を硬くしていた。何よりも、
情報面においてアスランがメイリンを頼りにしているという事実も大きかった。
姉のルナマリアのようにパイロットとして輝かしく活躍できるわけでもないメ
イリンにとって、情報は唯一の武器であり、得意分野でもあった。そして、そ
れを頼ってくれる人がいる。嬉しくてしかたがなかったのだ。
 アスランはそんなメイリンの心を明確に洞察していた。色恋沙汰に関しての
女性心理には疎すぎるといわれる彼であるが、ことが謀略の範疇となると途端
に頭が冴えるらしい。彼はメイリンには全てを話す日が来るであろうとは思っ
ているが、彼女が必ずしも自分に賛同しないかもしれないと考えていた。まだ、
16歳の少女なのだ。国とか世界とか、そういうことを考えるには若すぎる。そ
れに、そんな年端もいかない少女を巻き込んでいいものかとも、アスランは考
えていた。

 しかしこの時、こうしたアスランの暗躍を感づきはじめた人間が、ミネルバ
内部にいた。そして、ゆっくりとではあるが、アスランに近づきつつあった。