W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第47話

Last-modified: 2008-01-18 (金) 22:52:15

「生体CPUリンケージ良好」
 ハンニバル級地上戦艦ボナパルト。ファントムペインのホアキン大佐の旗艦
であるこの艦は現在ベルリンからほんの10㎞程度離れた距離にあり、モビルス
ーツや戦車と共に陣形を構築している。
「非常要員待機、GFAS-X1デストロイ、プラットホーム開放」
 ボナパルトの後部ハッチが開閉し、巨大な機動兵器が姿を現した。通常のモ
ビルスーツの十倍か、それ以上の大きさが確実にある。
「いよいよだな……」
 艦橋のメインスクリーンにて、デストロイの出撃を見つめるホアキン。彼は、
まさか自分がデストロイを初めて戦場で使用する栄誉を賜れるとは思っていな
かったのだ。
「閣下、デストロイの発進準備、整いました」
 副官の報告にホアキンは仰々しく頷いて見せた。
 ネオがベルリンに逃げ込む可能性が高いと判断されたとき、ジブリールは迷
わず完成したばかりのデストロイを戦場に投入することを決断した。鉄壁の城
塞都市であるベルリンを早期に攻略するには、これしかないと考えたのだ。
「よし、デストロイ発進だ! 高エネルギー砲アウフプラールドライツェーン
にて防御壁を破壊、都市に進入せよ!」
 デストロイのパイロットたる生体CPUは、既に自我を失っている。ボナパルト
からの指示に応え、命令通りに動くことしかできない。
 出撃したデストロイは、真っ直ぐとベルリンに向かって突き進んだ。本来な
ら数機のモビルスーツが後に続くはずなのだが、デストロイの強力な火器の巻
き添えになる可能性があると、単機での出撃となったのだ。巨体に似合わぬ大
推力を見せ、デストロイはベルリンの壁をその射程圏内に捕らえた。
「……………………」
 生体CPUは無言で引き金を引いた。高エネルギー砲アウフプラールドライツ
ェーンは、背部フライトユニットに連装二基、計四門装備される長射程高出力
ビーム砲である。デストロイに装備された兵器の中で最大級の大きさと、最上
級の攻撃力、破壊力を持っている。
 怒濤の勢いで撃ち放たれた砲火は、光の柱となってベルリンの壁に直撃した。
防御壁はラミネート加工こそされていないが、数十発のビームやミサイルにも
耐えうるだけの防御力を持っている。
 そんな事実は、毛ほどの役にも立たなかった。
 ベルリンの壁は防御壁として無意味であり、高エネルギー砲の直撃を受けた
と同時に巨大な風穴が開いた。鉄壁が破れたのだ。続けざまに横薙ぎの一発が
放たれ、ベルリンの壁は今度こそ崩壊した。津波によって決壊する堤防のよう
な勢いがあった。
「壁の破壊を確認、これより内部に突入する」
 デストロイは、自ら開けた巨大な穴を進入路として、遂にベルリン市街へと
突入を果たした。

 
 
 

        第47話「ベルリンは燃えているか」

 
 
 

 何が起こったのか?
 言うまでもない敵が攻めてきたのだ。
 どうやって?
 見れば分かるだろう、あの巨大兵器、あれを使ったのだ。
 そんな馬鹿な! 
 馬鹿なものか、これは現実だ。ベルリンの壁は破られ、敵の侵入を許した。

 

 混乱はあった。収まりようのない混乱であったが、敵が攻めてきたという事
実が彼らの行動を決定していた。ザフト軍兵士は指揮所や格納庫など、自分が
行かねばならない場所に駆けつけていた。
「敵は拠点攻略用と思われる大型機動兵器を投入してきた」
「ベルリン市街に入られた以上、部隊を展開して敵を迎え撃つと言うことはも
う出来ない」
「何とか、敵を市街に追い出すことは出来ないのか。あれだけの巨体、市街で
倒すにしても爆発の余波が」
 ベルリンにおけるザフトの司令部はホテルだが、戦闘時は市街に停泊してい
るコンプトン級大型陸上戦艦ユーレンベックの艦橋が全軍の司令部として機能
する。既に艦橋には司令官他、高給指揮官が揃っており口早に対策会議が行わ
れていた。
「モビルスーツ及び戦闘車両は出せるだけ出せ。市街戦になるがやむを得ん。
まずはあのデカブツを市街から追い出すのだ!」
 司令官の命令が飛び、バビを中心とした空戦隊と、バクゥを中心とした陸戦
隊が出撃したが、とても秩序ある行動をとれていなかった。デストロイへの恐
怖がパイロットの心を支配していたのだ。
 不安は焦りとなり、パイロットたちはほとんど暴発に近い形でデストロイへ
の攻撃を開始した。バビとバクゥのミサイルランチャーが発射され、実に数百
発のミサイルがその巨大な機体に撃ち込まれた。
「やったか!?」
 着弾したミサイルは次々と爆発し、各機のパイロットたちは勝利を確信した。
これだけの集中砲火を一度に喰らえば、一溜まりもないはずだ。
「ば、馬鹿な! 無傷だと!?」
 バビに乗るパイロットが一人、驚愕の声を上げる。爆煙が晴れたそこには、
攻撃を仕掛ける前と何ら変わりないデストロイの姿があった。敵は実体弾の通
用しない装甲を有しているのだ。
「各機ビーム攻撃に切り替えろ! 敵大型機を包囲し、四方八方からビームを
浴びせかけるんだ」
 バビ隊を指揮する隊長は、実体弾が通用しないと分かると、すぐさまビーム
兵器による攻撃を指示した。バビ隊は各機モビルスーツ形態へと変形し、胸部
に内蔵されたアルドール複相ビーム砲の標準をデストロイへと向ける。
「狙点固定!」
 ビームによる一斉射撃、直撃さえすればデストロイにも効果はあっただろう。
だが、デストロイは決して敵の攻撃に対し無抵抗ではなかった。包囲砲撃せん
とデストロイを囲んだバビに対し、フライトユニット内蔵された二十門のビー
ム砲、熱プラズマ複合砲ネフェルテム503で砲撃したのだ。全方位に乱れ飛ぶ
プラズマ砲は、回避行動を取る敵機を薙ぎ払い、バビ隊はものの数秒で全滅し
た。

 
 

「こ、後退しろ! 攻撃しつつ後退!」
 その有様を見せつけられたバクゥ隊の隊長は、全機に後退を命じた。デスト
ロイの正面に展開していた各機は砲撃しながら後退を始めるが、デストロイは
そんな彼らにミサイルランチャーを叩き込んだ。
 次々と吹き飛ばされていくバクゥ。とても相手にならない。自分より小さな
存在を、文字通り駆逐していく様は圧倒的であり、言い様のない恐怖感を他者
に与えていた。
 ユーレンベックの艦橋に置いても同じことで、距離はあるが肉眼でもハッキ
リと確認できるデストロイの姿に声も出なかった。
「三連装ビーム主砲標準!」
 司令官の声が、艦橋要員を現実へと引き戻した。
「閣下、旗艦で砲撃なさるのですか!?」
「当然だ。モビルスーツの攻撃をものともしない以上、戦艦による攻撃で倒す
しか方法はない」
 この距離ならば、間違いなく敵機に直撃させることが出来る。幸い的は大き
く、ビルの多い市街地では回避行動が取りにくい。まず、外すなどということ
にはならないはずだ。
「しかし、攻撃に失敗すれば敵の反撃に遭う恐れが!」
「ここで奴を止められるのはこの艦のみだ! 最早一時の猶予も許されん!」
 砲手に主砲発射を指示する司令官。砲手は緊張で汗まみれになった手で、身
長に標準を合わせた。
「撃て!」

 
 

 これがファントムペインによる、しかもデストロイを使った侵攻作戦だとネ
オが気付いたのは、彼の滞在するホテルから離れた場所で、激しい戦闘が行わ
れ初めてからだった。
「デストロイをもう実戦に投入してきたのか……だが、パイロットは一体?」
 起動させるには、エクステンデットを利用した生体CPUが必要不可欠である。
ネオが脱走した後に、パイロットを用意していたのだろうか。
 疑問はあるが、それよりも今はまずデストロイを止めることを考えなくては
いけない。
「だが、どうする。ザフトでさえ歯が立たないデストロイを、俺が止められる
のか?」
 答えのでない自問自答をし、ネオは身支度を調えた。そして、自分がステラ
のことを忘れていたことに思い立った。
「ステラ!」
 隣のベッドで寝ていたはずの少女にネオは声を掛けるが、その姿が見あたら
ない。
「ステラ、どこだステラ!」
 ふいに、背中から誰かに抱きつかれた。余り重さは感じない、柔らかさのあ
る体。
「ネオ……」
 ステラだった。彼女が、ネオを背中から抱きしめていた。姿は見えないが、
彼女の存在を感じたことで、ネオは安堵の溜息をつく。
「ステラ、俺は行かなくちゃ行けない。お前は、どこか近くのシェルターに避
難するんだ」

 
 

「どうして?」
「どうしてって、危険だからさ」
 不思議そうな声に、ネオは焦ったように言い返す。何かがおかしい。
「危険なら、ネオも一緒に行こうよ」
「俺はダメだ。俺はモビルスーツで出撃する」
 やはりおかしい。普段のステラ、いや、戦闘時のステラとはまるでテンショ
ンが違う。この緊迫した状況を彼女だって理解できているはずだ。それなのに、
まるでいつもと変わらない口調と感情で喋っている。
「ネオ、ステラはね……今まで誰にも守られたことがなかったの」
「ステラ……?」
「怖いのも痛いのも嫌なのに、誰も助けてくれない、守ってくれないってずっ
と思ってた」
 外では戦闘が行われている。こんな会話を悠長にしている時間はないはずだ。
しかし、ネオは動けなかった。まるでこのホテルの一室が、ここにいるネオと
ステラの時間だけが止まったかのような静寂が、そこにはあった。
「ネオはステラには優しいけど、ステラに戦えと命じる人で、守ってくれる人
じゃなかった。でもね、それが間違いだって気付いたの」
「間違い?」
 事実、ステラの言うとおりだとネオは思った。彼はステラやスティング、ア
ウルの境遇を不憫に思い、同情こそ禁じ得なかったが、指揮官として常に彼ら
を戦場に送り込んでいた。その結果、アウルが死に、スティングが死んだ。間
違いなどであるものか、自分はそういう男なのだ。
「あそこからスティングたちと一緒に逃げ出して、私は初めて自由になれた気
がした。それからネオは、ここに来る間ずっと私を守ってくれた」
「それは……」
 結果的にそうなった、生き残ったのがネオとステラだけだったから。
「ディオキアで、一人の男の子にあったの」
「男の子?」
「その子は、ステラに言った。どんなに小さくても、力があるから自分は人を
守るって……その子はね、ステラのことも守ってくれるって言ったんだよ?」
 偽善といわれてもいい、手の届く範囲だけでも良い。力があるなら、俺はそ
れを守るために使いたい。
「ステラにも、力がある」
「ステラ? 何を言ってるんだ」
「今度は、ステラがネオを守るから」
 まさか、ステラは……!
 ネオがある考えに思い至ったとき、背中に衝撃が走った。衝撃は痛みとなり、
ネオの意識を混濁させる。
「ステ、ラ……」
 彼女は、出撃するつもりだ。出撃して、デストロイと戦うつもりなのだ。行
かせてはいけない、止めなくてはならない。なのに、体に力が入らない、声が
出ない!
「絶対にこのホテルには近づかせない……だから、ネオはここにいて」
 ステラは駆け足で部屋の扉に向かうと、意識を失って床に倒れたネオにそっ
と振り返る。
「ネオ……大好き」

 
 
 
 

 ユーレンベックから発射された二基の三連装ビーム砲は、直線上の光として
ベルリン市街を突き抜け、デストロイへと向かった。
 直撃する、ユーレンベックの艦橋にいた誰もがそう思った、まさにその時。
フライトユニットから展開された陽電子リフレクタービームシールドが、ビー
ム砲を完全に弾き飛ばした。
「そんな!」
 副官が悲鳴を上げた。信じられない化け物に、自分たちは出会ってしまった
のではないか。
「て、敵機動兵器に異変!」
 オペレーターの叫びに、体を硬直させていた司令官が動いた。
「どうした、何が起こっている」
「これは……まさか」
 オペレーターが信じられないと言いたげに声を震わし、声帯の奥から声を絞
り出して、叫んだ。
「変形しています!!!」
 オペレーターの言葉に、司令官を含めた全員がメインスクリーンを凝視した。
そして、司令官が消え入るような声で呟いた。
「巨人…………」
 モビルアーマーモードのままでも、デストロイがユーレンベックや他のモビ
ルスーツを破壊することは十分に可能だった。高エネルギー砲ならば、周囲の
障害物をなぎ倒し、ユーレンベックを破壊することが出来たはずだ。
 それがわざわざモビルスーツ形態へと変形したのは、パイロットの気まぐれ
だったとしか言い様がない。重度の洗脳を施され、自分で考えることを忘れて
しまったはずの生体CPUが。
「そんな、そんな攻撃で……」
 デストロイのコクピットで、パイロットが呟くように言葉を紡いでいる。決
して小さくはないその呟きには、表現しがたい感情が練り込まれていた。
「俺を、俺が……」
 モビルスーツ形態になったからといって、デストロイの攻撃力が落ちるわけ
ではない。確かに高エネルギー砲は使えないが、それに変わる強力な兵器があ
った。
「やられるものかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 胸部の三連装大口径ビーム砲にして、デストロイモビルスーツ形態時の主砲、
1580mm複列位相エネルギー砲スーパースキュラが火を噴いた。爆光が轟き、三
条のビームがユーレンベックに向かって伸びる。
 回避など、出来るはずがなかった。
 スーパースキュラは、巨大なコンプトン級の船体を引き裂いた。爆発が巻き
起こり、数秒前まで戦艦だったはずの残骸が出来上がった。
 ベルリンにおけるザフト司令部は壊滅した。残されたのは、指揮官を失った
モビルスーツと、兵士たちだけである。モビルスーツは無謀にも未だ戦意を失
って折らず、次々とデストロイに向かっていく。
「雑魚がぁっ!」
 両手の指に装備された五連装スプリットビームガンで群がるモビルスーツを
撃ち落とすデストロイ。バビ、そしてグフが圧倒的な火力の前に撃ち減らされ
ていく。デストロイが行っているのは最早拠点攻略などではない。それ以外の
言葉では表現しようがない、純粋な破壊活動そのものだった。

 
 
 
 

 こうしたベルリンの映像は、ヘブンズベースにいるジブリールの元にも送ら
れた。彼は圧倒的強さを見せつけるデストロイの性能に満足するも、一都市が
壊滅する有様を見て少々やり過ぎではないかと思い始めた。
「ホアキン大佐に連絡を取って、攻撃を少し加減させろ。あれでは、ネオの死
体すら確認できなくなるぞ」
 命令はすぐにボナパルトへと送られ、ホアキンはそのもっともな命令を実行
するため指示を与えた。すると、デストロイの生体CPUに指示を送っていたは
ずの士官が、青い顔をしてホアキンのほうに振り向いた。
「どうした? 命令は実行したのか」
「で、出来ません」
「出来ないだと? 確かにザフトは憎い敵だが、このままではベルリンが消滅
してしまう。気持ちはわかるが、デストロイの攻撃を……」
「ち、違います! そういう意味ではありません」
 狂信的な反コーディネイター思想を持つホアキンに言われたのが心外だった
のか、士官は多少大きな声で反論する。
「では、どうしたというのだ?」
 ホアキンはその反応に、嫌な予感を憶えた。そして、嫌な予感というのは大
体によって当たるものだ。
「GFAS-X1デストロイの生体CPUが、こちらの指示を受け付けません。完全に暴
走状態に入りました!」
「なっ、そんな馬鹿な、馬鹿なことがあるか!」
「だから、出撃前に適正が悪いと言ったんです。それを無理矢理強行するから」
 言い訳以外の何物でもなかったが、ホアキンが適正値に達していないエクス
テンデットのパイロットを、生体CPUとして搭乗させたのは事実であった。
「何か止める方法はないのか!?」
 暴走状態に入ったときのことなど、ホアキンは考えもしなかった。故に対応
策など思いつくわけがない。
「無理です、撃破されるか、エネルギーが切れて活動不能にならないと」
 士官とホアキンは、モニターに表示されるデストロイのエネルギーゲージに
目をやった。まだ十分に残されている。
「デストロイのエネルギーが切れるのを待っていては、ベルリンの街が……」
 ホアキンは、自分の顔も青ざめていくのを感じていた。彼は殺戮的で冷酷な
指揮官ではあったが、破壊願望の持ち主ではなかった。第一、彼が命じられた
のはベルリンの攻略であって完全破壊ではない。
「こちらからデストロイの自爆装置を、遠隔操作することは出来ないのか?」
「無理です、そんな機能ついてません」
「何故付けなかった! このような事態になる可能性もあったのだろう!」
 叫んで解決するなら、いくらでもホアキンは叫んだであろう。もはや彼には、
ベルリンが破壊される光景を黙って見続けるしかないのだ。精々自分たちがと
ばっちりを食らわないようにと、警戒態勢を取りながら。

 
 
 

 ベルリン市街では、残されたザフト軍が必死の抵抗を続けていた。数十台の
六輪連結装甲車が集結し、デストロイに向かって大口径リニアガンで砲撃を開
始する。モビルスーツを超越した黒き巨人の歩みは、そんな攻撃では止まらな
かった。デストロイの巨大な足が、装甲車を踏みつぶしていく。巨大な質量を
その車体に受けて、一秒も耐えられずに潰されていく車両たち。
 街を壊して歩く、そんな表現が相応しいデストロイにバビ隊が何度目か分か
らない攻撃をしかけた。今度は長距離からの攻撃で、反撃ですぐにやられない
ように動きが徹底されていた。
「ほぅら、そこっ!」
 デストロイから、200mmエネルギー砲ツォーンMk2が発射される。まるで怪獣
の光線だ。頭部を可動させ、バビ隊を撃ち落としていく。するとその間隙を縫
うようにグフ隊が接近戦を仕掛けてくる。テンペストと呼ばれるビームソード
を抜き放ち、斬り込んできたのだ。
「チッ、カトンボが」
 75mm自動近接防御システムイーゲルシュテルンを起動した。四基の対空防御
機関砲は、懐に入り込もうとするグフ隊を蜂の巣に変えた。
 どのようなモビルスーツ、モビルアーマーを持ってしてもデストロイを止め
ることは出来ない。それでもザフト軍兵士たちは逃げなかった。ここで逃げれ
ばベルリンは壊滅してしまうとの思いが彼らをその場に止めたのだ。機動兵器
に乗るパイロットは攻撃を続け、乗らない兵士たちは負傷者と市民の救助に当
たっている。
 もう大丈夫、そういって女の子を抱きかかえた兵士がその瞬間に起こった爆
発で消し飛ばされる。逃げまどう市民の集団が爆風に吹き飛ばされ、高温に耐
えきれず焼け死んでいく。
 人であろうと建造物であろうと、そこにあるものは全て破壊対象であると言
わんばかりの攻撃であった。
 そんな中、ザフト軍機の残骸を駆け抜ける一機のモビルアーマーが居た。黒
い四足獣の姿をもしたそれは、ステラ・ルーシェが搭乗するガイアである。ス
テラはネオを気絶させた後ホテルを抜け出すと、ガイアが保管されている場所
へと急ぎ、ガイアを再びザフトから奪ってきたのだ。
「大きい……」
 初めて見るデストロイの姿に、ステラは圧倒された。ネオはこんな機体と戦
おうとしていたのか、そんなの無茶だ。
 ステラは唇を噛みしめる。既に多くのザフト軍機がやられている。自分が勝
てるという保証などありはしない。
「怖い、怖いよ……」
 コクピットでステラは叫ぶ。怖いという感情、恐怖とは彼女が常に感じる感
情である。
「でも、ステラがやらなきゃ、守らなきゃ」
 ガイアのビーム突撃砲の標準を、デストロイに合わせる。巨人に立ち向かう
一頭の狼、ガイアは勇猛果敢にデストロイに攻撃を放った。
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 ビーム突撃砲が発射された。

 

「なんだ……?」
 あらかた機動兵器を粉砕したデストロイのコクピットで、生体CPUが呟いた。
死角からの攻撃を受けたのだ。モニターを見ると、黒いモビルアーマーが一機、
砲撃を行っている。

 
 

「まだ雑魚がいたのか……」
 生体CPUは、無駄な攻撃を続ける機体を破壊するため機体の方向を変え、ビー
ムを発射しようとした。
「うっ……!?」
 その時、激しい痛みが彼の頭を襲った。ヘルメット越しに両手で押さえるが、
痛みはまるで治まらない。何故か、あの機体を攻撃してはいけない、そんな考
えが頭に響き渡る。
「頭が、割れる」
 自分は何か大事なことを忘れてしまっているのではないか。違う、暴れ回り、
破壊しつくするのが自分の役目だ。あの黒い機体もまた、俺に破壊されるべき
なんだ。
 デストロイの動きが鈍っていることを、ステラは戦士としての洞察力で見抜
いた。チャンスは、今しかない。
「そんなに大きくたって!」
 グリフォンビームブレイドを展開し、ガイアが駆けた。狙うのはデストロイ
の脚部、如何なる巨体もそれを支えるものがなければ立っていることは出来な
い!
「斬り裂けっ!」
 飛び込み様に一閃、グリフォンビームブレイドがデストロイの脚部を斬り裂
いた。着地し、すぐに反転して再度攻撃を加える。二度同じ箇所を正確に斬り
裂き、切断する。
 デストロイは片足を破壊された。突然のことに、スラスターで制御すること
も叶わなかった。バランスを大きく崩した機体は、仰向けで倒れ込んでいく。
「やった……」
 建造物を巻き込みながら、デストロイはベルリンの街に倒れた。ステラが倒
したのだ。
「でも、まだ終わってない」
 ガイアをモビルスーツに変形させ、ステラはビームサーベルを抜き放つ。こ
れで直接、コクピットを貫く。そうすれば、完全にデストロイを倒したことに
なる。
「これで、これで終わりにするの!」
 叫ぶステラは、倒れたデストロイ向かって駆けだした。手にビームサーベル
を構え、パイロットの息の根を止めるために。
『……ッ』
 その声がステラの耳に入ったのは、偶然だった。近くにいる機体が接触する
ことでおきる接触通信。戦場では良くあることであり、ステラもまたそれを気
にしたことがなかった。味方のもであろうと敵のものであろうと、そんな者に
気を取られていたら死ぬだけだと知っていたから。
「えっ……」
 しかし、ステラはスピーカー越しに漏れ伝わるその声に耳を傾けた。
『俺は……ったいに……』
 途切れ途切れ、だがハッキリとした声がステラの耳に伝わってくる。この声、
聞き覚えがある。そう、この声は……
「スティング?」
 既に死んだはずの仲間の声だった。

 
 
 
 

「ウソ、何で、スティングが……」
 ビームサーベルでコクピットを貫けば、ステラの勝ち。ネオを守ることも出
来て、ステラも彼の元に返ることが出来る。
 相手はベルリンの街を破壊し、そこにいたザフト軍と、民間人を虐殺した機
体のパイロットだ。何を躊躇う必要がある。
「どうして、そんな……」
 理屈じゃなかった。ステラにとって、スティングは仲間。ネオと同じ、いや、
付き合いの長さならそれ以上の、かけがえのない仲間。
 死んだと思っていたのに、生きていた。生きていて、くれた。
「スティング! スティング!」
 だからステラは必死で呼びかけた。殺したくない。アウルが死に、みんな死
んでしまった。その上スティングを殺すことは、出来なかった。
『ステラ……?』
「そう、そうだよ、ステラだよ!」
 ステラのことを分かってくれた。ステラは確信するが、続けられ言葉は非情
だった。
『ステラ……誰だったかなぁ』
「スティング?」
 声は確かにスティングなのに、口調は彼のものと全く違う。彼に施された激
しい洗脳は、彼の精神を蝕み、人格を破壊していた。
『俺の……俺の敵よぉっ!!!』
 スティングが叫んだ。デストロイから、両腕部飛行型ビーム砲シュトゥルム
ファウストが切り離された。この装備は、前腕ごと分離する事で飛行砲台機能
し、デストロイは倒れた態勢からも攻撃が可能なのだ。
「スティング!!!」
 ステラも叫んだ。しかし、声はスティングには届かなかった。切り離された
ビーム砲台がガイアを襲い、ガイアは四肢と頭部を吹き飛ばされた。
「う、あっ……」
 コクピットが無事だっただけでも奇跡だが、パイロットは無事とは言い難か
った。爆発と衝撃で傷つき、ステラは声を出すことも出来なかった。
 二基のビーム砲台が、機動兵器としての能力を全て失ったガイアに迫る。そ
れをデストロイのコクピットから見るスティングを、再び激しい頭痛が襲う。
「何なんだよ、これは!」
 あの機体のせいなのか、あの機体があるから、俺はこんなにも苦しまなくて
はいけないのか。
「さっさと消え失せやがれぇっ!!!」
 ビームを発射するつもりもないのか、砲台ごと機体を押しつぶそうと突っ込
んでくるシュトゥルムファウストに、ステラは死を覚悟した。
「……助けて」
 誰か、助けて。それはステラが初めて口にする言葉だった。誰にも守られた
ことがない、守られることが許されなかった少女の、最後の叫び。
「誰か……ネオ……いや」
 迫り来る死の恐怖にステラは叫んだ。

 
 

「助けて………………助けてぇっ!!!」
 激しい激突音。
 機械と機械がぶつかり合う音に、ステラは思わず目を閉じた。不思議と、痛
みがない。死とは、こういうものなのだろうか? ステラは、死とは痛みと苦
しみを伴うものだと思っていた。
「えっ?」
 開いた目に、まだコクピットが映っている。死んでいない。それどころか、
機体もまだ無事だった。
「どうして……」
 呟きながらモニターに目をやるステラは、見た。
 一機のモビルスーツが、ガイアを背にして立っている。長大な二刀の剣を両
手に持ち、ガイアを破壊するため突っ込んできたシュトゥルムファウストを受
け止めている。
「ガイアのパイロット、無事か!?」
 デスティニーインパルス、シン・アスカが到着したのだ。