W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第62話

Last-modified: 2008-03-19 (水) 23:43:24

 キラ・ヤマトは、決して万能でもなければ全能でもない。
 彼は単に有能だったに過ぎない。そして、それが彼の悲劇の始まりだった。
 彼は望んでこうなったわけではない。
 戦いも、争いも、殺し合いも、彼は何一つ望んだことはなかった。彼は戦争
という一つの歯車に強制的に組み込まれ、友を守るために戦い、愛する者の願
いを叶えるために戦い、最終的に全てを失った。
 男は言った、君は世界にいてはいけない存在だと。
 少女は言った、あなたは戦って死ぬべきだと。
 それなのに、彼に言葉を投げかけた人だけが死んで、彼は生き残った。

 

 フレイ・アルスターについて話そう。
 彼女は、キラにとって特別な存在だった。彼は彼女に恋をして、偽りの優し
さに甘え、依存して――最後の最後に愛した。
 それなのに、彼女はキラの前からいなくなってしまった。
 フレイ・アルスターは、キラにとって特別な存在だった。それを、キラは永
久に失ってしまった。彼は、守ることが出来なかったのだ。
 命を奪った者の責任にすることは出来た。幾人もの人間がそのような論調で
彼を慰めたが、効果はなかった。彼が彼女を守れなかったのは事実で、動かし
ようのない真実なのだから。
 キラは、守ってやれねばならなかったのだ。自分が傷つけ、壊してしまった
少女を、守らなければいけなかったのだ。傷の舐め合いと言われても良い、彼
は、フレイと共にいるべきだった。
 愛した少女を失ったキラは、守るべき存在を喪失した少年は、まるで全てが
終わってしまったかのように活動を止めた。生きることは放棄しなかったが、
歩くことを止めたのだ。人として、生きていくことを。

 

 一人の少女が、彼が愛したのとは違う少女が、彼に手を差し伸べてきた。彼
の手を取り、共に歩こうと言った。
 その優しい言葉を、彼は拒絶した。それがどれほど少女を傷つけたのか、彼
は気付いていたが、気付かないフリをした。彼は残酷だった。それを知りなが
らも、少女は彼に尽くした。全てを失った少年に、自分の全てを捧げたのだ。
 そこにあったのは、何だったのだろうか。かつての少女とは違う傷の舐め合
いなのか、それとも、愛などという不確かで不明確な感情による関係だったの
か。当人たちですら、それは判らなかった。
 キラにとって、ラクスは大切な存在で、大事な人であった。
 けど、愛してはいない。好きではないと言えば嘘になるし、嫌いなわけでも
ない。ただ、愛していないのだ。
 ならばキラは、今も死んだ少女のことを愛しているのか? その疑問を、彼
自身が常に心の中に抱えていた。キラは思うのだ。
 今の自分に、彼女を守ることも出来なかった無力な存在に、彼女を愛する資
格などあるのかと。彼女だけではない、他の誰であっても、自分には人を愛し、
幸せになる資格などないのではないか――と。

 
 

           第62話「友情の証」

 
 
 
 

 思いがけない相手からの通信に、一番驚いたのはアスラン・ザラであろう。
彼は呆然と立ちつくしていたが、周囲の視線に気がついて我に返った。

 

「……プライベートな内容だと思うから、私室で受ける」

 

 呟くと、アスランは司令室を後にした。
 何故、キラがこのような場所に来るのか。まさか、仲間になりに来たという
わけでもあるまい。大体、彼と最後にあったのはもう随分前のことだが、彼は
廃人とはいかないまでも、既に生きるという行為に対して気力を無くしていた
はずだ。それがどうして、自分の前に現れる。

 

「俺が、あいつを立ちあがらせたとでも言うのか」

 

 冷や汗が流れていた。これから、彼とどんな話しをすればいいのか。
 彼もまた、ミーアと同じく自分を説得しに来たのか。
 それとも……

 

 私室へと戻ったアスランは、デスクの椅子に腰掛けた。通信機器の画面には、
既に懐かしさを感じるほど久しぶりの、キラの姿があった。

 

『アスラン……その、忙しいところゴメン』

 

 その穏やかで優しげな声に、アスランはどこか気が緩むのを感じた。

 

「いや、いいさ。俺とキラの仲じゃないか」

 

 昔は、何だって腹を割って話せる仲だった。キラとアスラン出会いは幼少期
の頃まで遡る。そう、6歳の頃だったか、月のコペルニクスで出会った二人は親
同士、特にアスランの母親がキラの育ての親であるヤマト夫妻と親しかったこ
ともあり仲良くなった。父も母も忙しかったザラ家において、アスランはよく
キラの家に遊びにいった。ヤマト夫人はザラ夫人に好意的で、アスランを預か
り、夕食などをご馳走することも多々あった。
 二人はただの幼馴染みから親友となり、友情を育んだ。それは、アスランが
コペルニクスからプラントへと移住する13歳の月日まで続いた。

 

 けど、そこから先は誰もが知っての通りだった。アスランがプラントへ移住
してから数年、地球とプラント間の関係悪化による数々の争いが生じ、遂に血
のバレンタインが起こった。アスランの母は、そこで命を落としたのだ。
 復讐心に焚き付けられてザフト軍へと志願したアスランは、アカデミーを首
席で卒業する秀才ぶりを発揮した。母を失った悲しみと、父との確執、それら
を全て忘れるために彼は軍人となった。そういう意味では、アスランはシン・
アスカと共通するものがある。
 軍人となったアスランは、精力的に活動をしていた。
 ナチュラルを倒すために、彼は戦う道を選んだのだ。
 戦いは、彼から多くのものを奪った。多くの仲間が、友が彼の前から姿を消
した。ラスティ・マッケンジーは彼の前で撃ち殺され、ミゲル・アイマンは彼
の前で斬り倒され、ニコル・マルフィは彼を守るために散っていった。
 地球軍の軍属となり、敵となったキラ。カガリとの出会いや、ラクスとの決
別。数え切れないほどの出来事が、彼を復讐心から解放し、「戦争を終わらせ
る」という新たな目的を与えた。キラやディアッカ、カガリらと協力して戦っ
た最後の戦い。復讐心を捨てきれなかった父親は、アスランの恩師によって銃
殺された。
 戦争は終わった。双方かけがえのないものを失いながらも、確かに終わった
のだ。

 
 

『アスラン、その……今からでも遅くないと思うんだ』

 

 長い回想は、キラの言葉によって打ち切られた。

 

『君がしようとしていることは、君がよく考えた上で実行したんだと僕は思う。
だけど、それが正しいとは、僕には思えないんだ。今からでも遅くない、撤回
はできない?』
「無理だな……それは」

 

 やはり、説得をしに来たのか。アスランは内心、嫌な気分に包まれていた。
どうも、自分はキラの頼みを断れない気がしたのだ。

 

『どうして? 後のことは、僕に任せて欲しい。カガリやフラガ少佐、いや、
フラガ代表には僕が話すし、ラクスだって協力してくれると思う。だから……
僕を信じてくれないか?』
「親友であるお前の言うことには、どんな人間よりも説得力があるな」
『だったら!』
「いや、でもダメだ。俺が立ったのは確かに俺の意思だが、俺には志を友にす
る仲間がいる。彼らのためにも、俺は戦わなくちゃいけないんだ」

 

 鋭い衝撃が身体を包んだかのように、キラの表情が険しくなった。彼は、ア
スランに説得が通用しないことなど百も承知の上でここまできたのだ。しかし、
ここで引き下がるわけにもいかない。

 

『考え直せ、アスラン。君は、本当に地球を壊すというのか?』
「壊すさ、あんなものがあるからプラントは常に破壊の魔の手に怯えていなけ
ればならないんだ。血のバレンタインにレクイエム、一体幾つの悲劇が起こり、
どれだけの流血が地球によって飲み干されなければならないんだ!」
『……アスラン』

 

 グッと歯を噛みしめるキラ。

 

「キラ、お前は説得に来たらしいが、そのシャトルは何だ? お前は、話し合
いに武器を持ってくるのか?」
『出来れば、使いたくはないよ。僕は、君とは戦いたくない』

 

 それは、親友としての気持ちであり、

 

「そうだな。出来れば俺も、お前とは戦いたくない」

 

 これは、戦士としての意見だ。

 

『それなら!』

 

 僅かな希望を胸に、キラは叫ぶ。しかし――

 

「だが俺はっ! 敢えてお前とお前と戦う! 何故かと訊くか? お前を倒せ
ば、世界は名実共に俺が最強だと、アスラン・ザラこそ最強の英雄であると認
めるからだ!」

 

 唖然として、キラはアスランを見た。アスランは本気だ。本気で自分と、戦
う覚悟を示している。

 

「まあ、戦いを回避する方法もあるにはある。どうだキラ、俺達の仲間になら
ないか? お前の実力なら副司令官の席を用意できるぞ」
『アスラン……君は、正気じゃない』
「何を馬鹿な、俺はいたって平静だ」

 

 しばらく無言で、二人は画面越しに冷たい火花をまき散らした。最早、話し
合いを続けても要領は得ないだろう。

 

「キラ、俺を止めたければ実力を持ってかかってこい!」

 
 

 アスランがジャスティスで出撃する旨を伝えたとき、二人の人間がそれぞれ
別の理由で反対した。一人はサトーで、司令官自ら一騎打ちを行うなど常道に
外れており、危険だというのだ。

 

「危険? 何が危険なんだ。サトー、お前は俺がキラに負けるとでも言いたい
のか?」

 

 この一言で、サトーは完全に口を封じざるを得なかった。確かに、一年以上
もの間、野に下っていた人物に、未だ現役のエースであるアスランが後れを取
るとも思いづらい。
 だが、それとは別にメイリンがこの出撃に異を唱えた。

 

「アスランさん、あの人はあなたの親友なんでしょう? なのに、どうして?
 戦うだなんて」

 

 そんなのはおかしい、というのがメイリンの意見であるが、最近アスランは
メイリンのこの手の意見を鬱陶しく感じ始めていた。

 

「俺が望んで、あいつも望んでいるからだ。メイリン、君は黙って言われたと
おりにすればいい。俺とキラの戦いを、全世界に向けて流すんだ」
「そんな……そんなの、あたし嫌です!」

 

 強い口調で拒絶するメイリンだが、アスランは何とその胸ぐらを掴み上げた。

 

「やるんだ! 君が今、どうしてこの場所にいるか、その意味をよく考えろ!」

 

 乱暴に離すと、アスランは出撃するために格納庫へと向かった。メイリンは、
小さな恐怖に怯えながら、その後ろ姿を黙って見送ることしかできなかった。

 
 

 その頃、キラ・ヤマトはシャトルのコクピットからアカツキのコクピットへ
と移動していた。いつでも出撃することが出来る。

 

「やっぱり、こうなっちゃった……」

 

 来る前から、こうなるであろうことは判っていた。アスランは強固な意思を
持って事態に臨んでいる。キラが説得したところで、聞き入れるはずがなかっ
たのだ。

 

「アスラン、僕は君を止めなくちゃ行けない。僕は、地球が好きなんだ。地球
だけじゃない、プラントも、月も、僕はこの世界の全てが好きだ。だから、僕
は――」
 レーダーに反応がある。ウルカヌスから一機のモビルスーツが、アスラン・
ザラのジャスティスが出撃してきた。

 

「僕は、逃げない」

 

 キラ・ヤマト、アカツキが出撃した。

 
 

 嫌々ではあったが、メイリン・ホークは任された仕事を淡々とこなした。ウ
ルカヌスにある大型の通信機器を使って、眼前で行われようとしている戦闘を
全世界に向けて発進した。ご丁寧にも、サトーがこれは誰と誰の戦いであるか
を解説までしていた。

 

「アスラン……」

 

 メイリンは、先ほどのアスランに言いようのない恐怖を憶えていた。いや、
さっきのことだけじゃない。コペルニクスを撃つと言ったときも、問答無用で
地球を撃ったときも、メイリンの知らないアスランがそこには居た。今まで彼
女が見てきた、格好いい英雄の姿など、どこにもいなかった。
 アスランは、かつてハイネ・ヴェステンフルスを殺した。これは計画に感づ
き始めていたハイネが邪魔になったからで、仕方がないことだった。

 

 しかし、キラ・ヤマトはどうだ? 彼はアスランの幼馴染みで、親友ではな
いか。それなのに、殺し合いをするというのか。
 アスランの冷酷で非情な一面は、メイリンに強いショックを与えていた。
 そんなメイリンによって送られた映像は、地球各国は勿論、様々な場所で、
色々な人間が見ることとなった。
 世界統一国家軍パナマ基地では、今まさに宇宙に上がろうとしていたムウ・
ラ・フラガが。オーブ首長国連邦では、帰還したカガリ・ユラ・アスハとユウ
ナ・ロマ・セイランが。宇宙において地球衛星軌道で待機するイアン・リーが。
ミネルバではタリア・グラディス、アーサー・トラインを始めとした士官たち
が。プリベンター巡洋艦では、ロッシェ・ナトゥーノとオデル・バーネット、
ハワードたちが。ミネルバへと戻る宇宙艇の中で、シン・アスカとスウェン・
カル・バヤンが。
 そして……ラクス・クラインがそれを見つめていた。

 
 
 

「キラ、俺はもう一度、お前と戦ってみたかった」

 

 アスランは、戦士としての個人的な感情で口を開いた。かつて戦ったとき、
彼は遂にキラを倒すことが出来なかった。周囲は撃破したなどと言ってはいた
が、あれは相打ちだ。倒してなどいない。

 

「黄金に輝くモビルスーツか。どんな機体であろうと、俺のジャスティスは、
俺のかかげた正義は倒せない!」

 

 戦いが、始まった。

 

 アスランのジャスティスが、キラのアカツキへと突っ込んだ。アスランはビ
ームライフルを連射させながら、相手との距離を詰めていく。
 しかし――

 

「回避行動を、取らない!?」

 

 アカツキはビームを回避せず、何と機体で受け止めた。ビームはアカツキの
機体に当たると弾かれ、四散していく。

 

「馬鹿な、ビーム兵器が効かないのか」

 

 驚くアスランであったが、今度はキラが動いた。アカツキのビームライフル
を速射し、ジャスティスを狙い撃つ。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちしながら、アスランは機体を動かしライフルを避けた。すぐさま撃ち
合いに持って行くが、驚いたことにアカツキはビーム攻撃のこと如くを弾き飛
ばしている。

 

「プラネイトディファンサー並の防御兵器だとでも言うのか!?」

 

 速射砲を放つジャスティスだが、何と速射砲が跳ね返された。寸前のところ
でアスランはこれを避け、体勢を立て直そうとするが……

 

「アスランッ!!!」

 

 瞬間、ビームサーベルを展開して、アカツキが斬りかかってきた。アスラン
も驚く素早さで行われた斬撃に、ジャスティスのビームライフルが破壊された。
アカツキは続けざまにビームライフルを連射するが、アスランはしっかりとシ
ールドを構えてこれに対応する。

 

「ビーム攻撃が直線的すぎる……やはり、キラは」

 

 今の攻撃こそ不意をつかれたが、キラは確実に以前よりも腕が落ちている。
一年以上もの間、モビルスーツに触れてこなかったのだ。錆び付いて当然であ
ろう。

 

「それを機体性能でカバーしようというわけか。なるほどな」

 

 ビームサーベルを引き抜くアスラン。敵機の鏡面装甲とも言うべき装甲は確
かに驚異だが、恐らくあれは放たれるビームのみに有効な防御兵器だと思われ
る。ビームサーベルのように接地面から熱量で焼き切る兵器ならば、通用する
はずだ。
 キラの乗るアカツキはビームライフルとビームサーベルの二つしか武装がな
い。威力自体は、アスランの乗るジャスティスと大差ない高威力を誇ってはい
るものの、全体的な武装数では多彩な武器を装備するジャスティスの足下にも
及ばないだろう。

 

「キラ、今のお前では俺には勝てない!」

 

 バッセル・ビームブーメランを投げ放つジャスティス。ビームの刃がアカツ
キへと迫るが、キラはシールドで防御する。

 

「ぐっ、このっ」

 

 衝撃に顔を歪ませるキラだが、すぐさまビームライフルで応戦する。速射性
に優れたビームの光条がジャスティスを襲う。

 

「無駄だ!」
 撃たれるビームを、ジャスティスはサーベルの斬撃で弾き飛ばした。それは
神業ともいうべき神技であったが、アスランにいわせればキラにだってこの程
度のことは出来る、いや、出来たはずなのだ。
 先ほど、牽制に使ったビームブーメランを、キラは弾き返すのではなく防御
を徹底した。機体の防御力に自信があるのだといえばそれまでだが、アスラン
が思うにキラには自信がなかったのだ。攻撃を弾き返すだけの、自分の技量に
対して。

 

「キラ、かつてのお前は確かに強かった。だが、この一年の間に、俺とお前に
は差が付きすぎた!」

 

 フォルティス・ビーム砲を速射し、アカツキの動きを封じるジャスティス。

 

「お前がオーブで堕落した生活を送っている間に、俺は強くなった! 新たな
仲間を得て、志をかかげ、前に歩み続けてきたんだ!」

 

 アスランは、もう一刀のビームブーメランを投げ放ち、アカツキの左脚部を
切断した。

 

「その俺が、お前なんかに負けるものか!」

 

 機体を加速させ、ビームサーベルの一閃でアカツキに斬撃を加える。しかし、
キラは寸前でこれを避け、指針距離からビームライフルでの銃撃を加えようと
した。

 

「遅すぎるっ!」

 

 即座に二刀目のビームサーベルを引き抜いたジャスティスは、アカツキのビ
ームライフルを弾き飛ばした。
 バルカン砲を乱射し、ジャスティスを牽制するアカツキだが、撃ち尽くすほ
どに弾を浴びせかけても、ジャスティスのPS装甲にはまるで歯が立たない。そ
んなこと、キラだって判っているはずだ。

 

「情けないぞキラ、お前はこんなにも弱くなったのか……」

 

 敢えてバルカン砲を機体に受け続けるアスラン。その小賢しさを一蹴したく
なる気持ちに駆られたが、彼には判る。キラは、これでも必死なのだ。

 
 

「そこまでして、俺を止めたいか」

 

 ジャスティスは、サジットゥス20mm近接防御用機関砲、ケルフス旋回砲塔機
関砲、フォルクリス機関砲、機体に装備された全ての機関砲の狙点をアカツキ
へと固定し、全弾発射を行った。ビーム射撃では、アカツキの装甲に弾かれる
だけだからだ。
 アカツキのバルカン砲などとは比べものにならない実体弾の嵐が、アカツキ
の機体を衝撃で揺らした。

 

「まだ、こんな程度では……!」

 

 完全に撃ち負けていることを実感しながらも、キラはシールドを前面に押し
出し、防御の姿勢を崩さない。これ以上押されると、一気に持っていかれる。

 

「僕は勝つ、死んでも勝たなくちゃいけないんだ!」

 

 キラは叫ぶと砲撃の合間を縫って、アカツキのシールドを投擲した。アカツ
キのシールドは下部が対装甲ナイフのように鋭利に尖っており、このような使
い方も出来るのだ。

 

「それがどうした!」

 

 アスランは二刀のビームサーベルでこれを受けきるが、眼前にいたはずのア
カツキが居ない。キラはその僅かな時間を使って弾き飛ばされたビームライフ
ルを回収していたのだ。

 

「アスラン、君はどうして戦うんだ!」

 

 ビームライフルを速射しながら、アスランに向かって叫ぶキラ。

 

「言ったはずだ! 俺は地球を破壊する、排除すると。その目的のために戦っ
ている!」

 

 シールド防御を徹底しながらも速射砲での応戦を欠かさないジャスティス。

 

「本当にそれが君の本心なのか? 君は、君は誰よりも平和を愛し、戦争の終
結を願っていたじゃないか!」

 

 ビームサーベルを引き抜き、ジャスティスへと斬りかかるアカツキ。ジャス
ティスはこれもまたシールドで受けきる。

 

「前大戦の時はそうだった……確かに俺は、前大戦の時は戦争を終わらせるた
めに、あれ以上の流血を回避するために必死だった」

 

 機体出力を上げ、徐々にではあるがシールドでビームサーベルの斬撃を押し
返すアスラン。

 

「そして、戦争は終わった。母の死で始まった戦争は、父の死を持って終わっ
た。そのはずだった……なのに!」

 

 ジャスティスの機体に力が込められ、アカツキは遂に斬撃を弾き飛ばされた。
キラは唇を噛みしめながら、すかさず二撃目を振り下ろした。

 

「世界は何も、何も変わらなかった! 変わらなかったんだ!」

 

 振り下ろされた二撃目が直撃する瞬間、アスランもまたジャスティスのシー
ルドを投擲して、触れる前に弾いた。さらに、ビームサーベルを引き抜き、ア
カツキへと斬りかかる。

 

「俺達が掴み取った、勝ち取った平和はどこに消えた? どうして世界はまた、
戦争を始めてるんだ!」

 

 沢山の人が死んだ。母も、父も、友人も……数えきれる人々が、あの戦争で
血と涙を流し、命を散らしていった。
 それでもまだ、この宇宙は欲しているのか。流血を飲み足りないと、飲み干
したいと思っているのか。

 

「だから、だから立ちあがったっていうのか!」

 

 迫り来る斬撃を避け続けるキラ。不思議と、動きが良くなってきている。ア
スランが興奮のため攻撃が乱雑になってきているのか、それともキラがかつて
の勘を取り戻しつつあるのか、それは定かではない。

 

「そうだ! 俺は手に入れた力で、世界を壊す。誰かが、誰かがやらなければ
いけないことなんだ。でなきゃ、世界は一生変わらない。永遠と終わらぬ戦い
を続けるだけだ!」

 

 近距離で放たれるアカツキのビームを斬撃で弾き、距離を詰めるジャスティ
ス。仮にジャスティスが射撃を得意とするモビルスーツならば、装甲面の問題
でキラもまだ楽に戦えたはずだ。しかし、ジャスティスはあくまで接近戦に特
化した機体だった。

 

「俺を邪魔するものは、誰だって倒す。お前だろうがカガリだろうが、目の前
に立ち塞がるのならそれは壁だ。斬り裂いてでも、前に進む!」

 

 二刀流を駆使するジャスティスの剣戟を前に、アカツキは遂にビームライフ
ルを失った。引き裂かれるように銃身が切断されていく。

 

「アスランどうしてだ、どうしてそんなことが平然と言えるんだ。カガリは君
を!」
「ラクスの気持ちを知っていながら、それを突き放し続けたお前に非難される
言われない!」
「なにをっ!」

 

 この戦い、誰もがアスランの圧勝で終わるであろうと思っていた。一部では
キラの勝利を信じるものもいたが、それは気持ちの問題であって、現実とは相
容れない。だが、いざ戦闘が開始されると、アスランが始終圧倒しているにも
かかわらず未だに決着が付かない。アスランは、意外な苦戦の中にいた。勿論、
相手が親友であるが故に攻めづらい一面もあるのかも知れないが、繰り出され
る一撃、一撃は常に必殺であり、キラはそれに対応できているのだ。

 

「キラ、まだ続けるつもりなのか。判っただろう、今のお前じゃどうしたって
俺には勝てない」

 

 それでも、戦闘自体はアスランが有利であるからして、アスランは尚も親友
に情けを掛けた。

 

「わざわざ俺に殺されることもない、投降しろ。それが嫌なら、地球に逃げ帰
れ」

 

 アスランとしてはかなり譲渡しての意見であったが、キラはそれを受け入れ
はしない。

 

「断る……決めたんだ、僕は君と戦うことを」

 

 キラは機体の両手を広げて、ジャスティスの前に立ちはだかった。アカツキ
の背後、遠くに青く輝く星が浮かんでいる。

 

「アスラン、僕は逃げない。僕の後ろには地球がある。あの青く輝く、彼女が
待つ、僕の帰るべき場所が」

 

 キラの全身に精気がみなぎっていく。やがてそれは覇気へと変わり、モビル
スーツから発せられる言いようのない威圧感へと変化していく。

 

「こんな僕でも、必要としてくれる人が、愛してくれる人がまだ居るんだ。そ
れなのに、僕がその気持ちに答えてやらないでどうするんだっ!」

 

 威圧感に押され、アスランはジャスティスの武装、MS支援空中機動飛翔体フ
ァトゥム-00を切り離した。遠隔操作されたファトゥムは、速射砲を放ちなが
らアカツキへと迫る。

 

「僕は勝つ、僕は勝つんだ。勝って彼女の、ラクスの元に帰るんだ!」

 
 

 約束はしていない、出来なかった。死ぬつもりでここに来た、死ぬ場所を求
めてここに来た。だけど、それじゃあダメだ。最後の最後まで自分を信じ、愛
してくれた少女の気持ちに、応えなければいけないんだ。

 

「だから、僕は!」

 

 迫り来るファトゥムに対し、アカツキの機体が沈んだ。そして頭上を通過す
るその底部に、ビームサーベルの一本を突き刺した。

 

「何っ!?」

 

 アスランの目の前で、ファトゥムが爆発した。アカツキはビームサーベルを
一本失ったが、アスランは支援機体を失った。まさか、キラにここまで損害を
与えられるとは思っても見なかった。

 

「アスラン・ザラ、勝負だ!」

 

 最後のビームサーベルを右手に持ち、構えを取るアカツキ。
 それを見て、アスランも覚悟を決めた。ジャスティスの持つ二刀のビームサ
ーベルを、柄の部分から連結させる。

 

「良いだろう、キラ・ヤマト!」

 

 双頭刃形態アンビデクストラス・ハルバード、ジャスティスが持つ、最強の
刃。
 二機が同時に飛び出した。
 この一撃で決まる。誰もがそう直感していた。一撃を確実に与えた方が、こ
の戦いの勝者となる。

 

 深遠なる宇宙で、二人の英雄と、二つの機体が、激突した。

 

 キラ・ヤマトの乗るアカツキが、アスラン・ザラの乗るジャスティスの前に、
斬り裂かれた。機関部に近い位置、致命傷だった。対するアスランの機体も、
全くの無傷ではなかった。サーベルを持たぬ左腕が、斬撃によって切断された。
 けれども、決着は誰の目にも明らかだった。キラの渾身の一撃は、ジャステ
ィスの片腕を奪うに留まった。アスランは腕一本を犠牲にすることで、キラを
退けたのだ。
 アカツキの機体から火花が飛び散った。

 

「キラ、もう気が済んだだろう。諦めて、その機体を降りろ」

 

 アスランは額に汗を滲ませながら、敗北した親友に言葉を掛けた。

 

「お前はよくやったよ、だけど俺のほうが強かった。それだけのことだ」

 

 返答がない。まさか、コクピットで気絶でもしているのか?

 

「キラ、おい、聴いてるのかキラ。その機体はもう――」
「アスラン……」

 

 弱々しい、キラの声がジャスティスのコクピットに響き渡った。

 

「アスラン、どんな形にしろ前の戦争は終わったんだ。これは、一つの時代が
終わったことを意味しているんだと思う」

 

 穏やかな声だった。どこか息が荒いのは、キラが負傷しているからかも知れ
ない。

 

「そして、戦争が終わった後は、死んだ人じゃなくて、残された人の問題なん
だ。僕や君のような戦士だったり、カガリのような政治家であったり……」
「キラ、お前、何を言ってるんだ」
「なまじ僕たちには、戦士として完璧な力が備わりすぎていた。英雄なんて言
われ、それでも真剣に戦い抜いてきたから、自分一人の才覚で世界が変えられ
ると信じてしまう。でも、それは君だけのことじゃない。僕だって、誰だって
そうなんだ」

 
 

 キラにしてみても、アスランを倒すことで世界を変えようと、ここに来たの
だから。

 

「君は優しい考えを持っていた。そんな君だから、また戦争を始めてしまった
世界に対し追い込まれたんだろう。だけど、僕たちは時に自分自身と戦い、厳
しくても心の中で決断しなくちゃいけないんだ。例えそれが、前の戦争で得た
平和を否定することになっても」

 

 また戦争が始まったのは確かに悲しいが、これは事実であり、現実なのだ。

 

「受け入れるんだ、時代を。前大戦が終わったとき、僕たちは必要のない戦士
として表舞台から姿を消すべきだった。アスラン、君も優しかったアスランに、
戻るべきだったんだ……」

 

「キラ、もういい。もう脱出しろ。仲間になれなどと言わない、ちゃんと俺が
地球へ、ラクスの元へ送り返してやる。だから脱出してくれ、その機体は爆発
するぞ!」

 

 キラは亀裂が走り、今にも爆発しそうな機体を上昇させた。爆発の余波に、
アスランを巻き込みたくなかったからだ。

 

「何かが切欠になって、元の冷静な君に戻すことが出来れば良いんだけど……
残念ながら、僕にはその力が無いみたいだ」

 

 何かが、切欠になって。

 

「キラァッ!」

 

 追いかけようと、追いかけて親友をコクピットから引きずり出して保護しよ
うとしたとき、アスランの機体が押さえ込まれた。いつの間に出撃したのか、
サトーのブラックリーオーがガッチリとジャスティスを抑えている。

 

「離せ、キラが、キラが!」

 

 取り乱し、叫ぶアスランに対しサトーは冷厳な声を投げかける。

 

「あなたは勝った、あなたは勝者になるんだ。そして、今見せている弱さを
捨て、あなたは修羅になれねばならない!」

 

 ビクリとアスランはその言葉に身を震わせた。
 彼は恐怖に、親友を永遠に失うかも知れないという恐怖に顔を歪ませながら、
モニターに移るアカツキの姿を見る。
 キラはアカツキのコクピットで傷つき、血を吐いていた。ヘルメットを外し、
荒い息を吐いている。

 

「ラクス、ごめん……君の元へは、帰れそうもない」

 

 キラは涙を流していた。ラクスの元へ帰ることが出来ないことに泣いている
のか、それとも迫り来る死の恐怖に怯えているのか。
 キラは、どこからか取り出した少女向けの口紅を右手に持っていた。

 

「フレイ、もし僕が、君と同じ場所に行けるなら」

 

 愛そうとした少女と、愛した少女。キラは最後に、後者を選んだ。

 

「僕と、もう一度――」

 

 アカツキが爆発した。黄金の装甲をまき散らし、その機体が崩壊していく。
パイロットである少年、キラ・ヤマト。戦争に巻き込まれる形で自身が望まぬ
兵士となり、戦士となった少年。友を失い、愛する人を失い、それでも最後に
はもう一度前に進もうと決意した少年の生涯が、ここに幕を閉じた。彼が最後
に思い出したのは、彼が愛した少女の姿だった。

 

                                つづく