W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第64話

Last-modified: 2008-03-28 (金) 18:23:49

「人形相手に威勢よくしたってカッコもつかないけどなぁ!」

 

 ビームサイズの一撃がビルゴへと叩き込まれる。ビルゴはプラネイトディフ
ェンサーを展開し、これを受け止めた。
 デュオ・マックスウェルが操るデスサイズは敵の思わぬ反応に意外さを憶え
るが、すぐにカトルのサンドロックが後背からヒートショーテルの斬撃を浴び
せかけた。

 

「デュオ、このビルゴⅡは戦術運用されています」
「戦術運用?」
「はい、高度な戦術プログラムを組み込んで、僕たちの攻撃に対処している。
プリベンターのパイロットたちが苦戦するわけです」
「はっ、ゼクス以外にそんな小細工を考えつく奴がいるとはな」

 

 見れば、ビルゴを指揮、統率しているヴァイエイトのカスタム機を中心に、
ビルゴが結集しつつある。

 

「各個撃破を防ぐために防御を固めたか。良い判断だ」

 

 トロワはビルゴから距離を取り、戦局の再確認を行う。密集状態からの一転
集中砲火を喰らえば、如何にガンダムといえども耐えきることは出来ないから
だ。

 

「だが、俺の機体はまとめて倒すのが得意だ」

 

 ヘビーアームズの全身に設置されたミサイルが、全弾発射された。
 無論、ミサイルの爆発力ではプラネイトディファンサーを展開するビルゴⅡ
を破壊するには至らないが、そこにガンダムナタクが両腕の巨竜を伸ばしなが
ら突っ込んできた。

 

「モビルドールをこれ以上使わせるわけにはいかん!」

 

 迫り来る圧倒的な力を前に、ディアッカは砲撃の壁を作って迎え撃った。し
かし、五飛はそれをものともせずに突っ込んでくる。

 

「こいつら、何者なんだ!」

 

 いきなり、ビルゴをも圧倒するモビルスーツの登場に、ディアッカは恐れ慄
いていた。イザークは、ロッシェとの戦闘でこちらの援護に回ることが出来な
いし、頼みの綱である援軍が到着するのにはまだ時間が掛かる。

 

「全機撤退準備! これ以上の戦闘は……!?」

 

 突然、ディアッカの頭を激しい痛みが襲った。
 撤退? 何を馬鹿な。倒す、そう、敵を倒すのだ。
 何を犠牲にしてでも、確実に敵を倒し、勝利する。

 

「やめ、ろ……」

 

 その為のゼロシステム。それ故のモビルスーツ。
 抗うのなら、パイロットにどれほどの価値があるのか。

 

「俺は、こんな」

 

 必要なのは、感情や感覚ではない。まして、人が持つ信念や正義感などでも
ない。
 ディアッカ・エルスマンが、壊れていく。
 彼も、そして彼の仲間も気付かぬうちに、彼の命は削られていく。

 
 

           第64話「砕けた剣」

 
 
 
 

 ガンダムチームの参戦は、ハワードにとって決して無くてはならないもので
はなかった。
 無論、戦力が増加することに対して単純な喜びもあるが、彼らの役目とは本
来は別にあるのだ。

 

「あいつらには、出入り口を作って貰う必要があったのさ。この世界と、あち
らの世界を繋ぐな」

 

 ハワードがこの世界に来て、始めに行ったのは帰る方法の模索であった。彼
は技術者であり、何か魔法のじみた力が働いて自分たちがこの世界に召喚され
たなどとは一度も考えたことがなかった。
 そこには何かしらの理由と根拠があるべきであり、ハワードはブルムを使っ
てこの世界からの脱出法を探す内に、一つの空間の歪みを発見した。その歪み
自体が何であるかの解明こそ出来てはいないが、この歪みにある僅かな亀裂が、
恐らくトンネルなのだ。こちらとあちらを繋ぐ、次元の出入り口。

 

「問題は、こちら側からその出入り口を広げることが出来なかったことだ」

 

 以前も話したことであるが、空間の歪みを拡大させ、彼らが帰るぐらいに大
きな穴を作るとなると、莫大なエネルギーが必要となる。ロッシェはありった
けの爆薬でも爆破させるかなどと言っていたが、その程度では不可能で、あの
時も言ったことだが、それこそウイングゼロのツインバスターライフル並の出
力が必要であったのだ。

 

「だから、彼らを呼んだ」

 

 ブルムに設置させたのは、空間の歪みを超えて電波を送り続ける送信装置。
ハワードはこの中に暗号文を混ぜて、送信し続けていたのだ。
 結果、A.C.世界にいるプリベンターたちがそれに気付き、恐らくレディ・ア
ン辺りが、ガンダムチームの出動を要請したのだろう。つまり、ハワードとし
ては彼らが来なければ、自分たちが帰ることが出来ないわけで、全てはその為
に呼んだのだ。

 

「まあ、ヒーローは後れてやってくるともいうしな」

 

 ロッシェ辺りが腹を立てそうだが、心強い味方が登場したことに変わりはな
い。彼らなら、アスラン・ザラと戦うにしても戦力としては十分すぎるほどだ。
 ハワードにとっては見慣れた、シンなどC.E.世界の人間は初めて見るガンダ
ムチームの活躍は目覚ましいものだった。今や、ディアッカの引き連れてきた
軍勢は壊滅の一途を辿っているようにも見える。
 ディアッカは限られた兵力でよく戦線を支えているが、遂にビルゴの数はガ
ンダムチームとアスクレプオス、レオンの七体よりも少なくなってしまった。
ディアッカはビルゴの三機を、自身の機体の前に展開させて強固な守りを固め
ると、ダブルビームキャノンの砲口をガンダムチームに向けた。
 これをみたヒイロ・ユイのウイングゼロがバスターライフルを発射し、ビル
ゴの守りを揺るがした。ディアッカは荒い息づかいをしながら、負けじとビー
ムキャノンで応戦するも、状況は明らかに不利だ。撤退したいが、そう簡単に
させてくれる相手にも思えない。イザークさえ来てくれれば、連携してこの場
を切り抜けることも可能なのだが、そのイザークは未だにロッシェと激しい一
騎打ちを繰り広げていたのだ。

 
 

 二機のビームサーベルが激しくぶつかり合う。
 イザークは長く続いているレオスとの戦いに、腹立たしさを憶え始めていた。
出力、機動力、防御力、攻撃力、あらゆる点においてメリクリウスはレオスを
上回っているはずなのに、どうして勝てないのか。
 この前の戦闘では後一歩の所まで追いつめたものが、今度は限りなく遠く感
じるのだ。

 

「奴め、俺の攻撃をひたすら受け流し、ダメージを最小限に抑えている」

 

 当たれば一撃で相手を粉砕するだけの威力がある攻撃を、ロッシェは尽く受
けきり、または受け流している。それはロッシェの格闘センスの高さを意味し
ているのだが、イザークの興奮の度合いが大きいことにも所以する。イザーク
もゼロシステムの影響下にあるわけだが、彼の場合、目の前の敵を倒すことに
集中し、尚かつ集中しすぎているためにシステムが入り込む余地がないのだ。
 仮に彼が、少し落ちつき冷静さを取り戻し、システムの力を存分に発揮して
いれば、ロッシェであろうと圧倒されていたに違いないのだが、イザークには
それが出来なかったのだ。

 

「同等以上の性能であるモビルスーツで戦いながら……くそっ!」

 

 ビームサーベルの出力を上げ、力の限り斬りかかるメリクリウス。レオスは
これと剣戟を繰り広げるのを避け、距離を取ってビームライフルによる銃撃を
行う。

 

「貴様ァ! ちょこまかちょこまかと動き回って、もっと堂々とぶつかり合
え!」

 

 イザークの叫びは、普通ならば何を馬鹿なと嘲笑に値するものであるが、ロ
ッシェもまたプライドの高い男であり、相手を非難するかのようなイザークの
物言いに不快感を滲ませる。

 

「この私が正々堂々としていないというのか! 言ってくれるな」

 

 ロッシェもOZの騎士道精神を持つものとして、一騎打ちや真剣勝負には相応
の拘りがある。故に、オデルやブルム、そしてガンダムチームの協力も拒否し
て、イザークとの死闘を続けているのだ。それが非効率的なのは判っているの
だが、男と男、決着を付けたいのだ。

 

「ディアッカが苦戦しているようだし、もうこれ以上は戦ってもいられん。一
気に勝負を付けてやる!」

 

 メリクリウスはビームガンを連射し、レオスの動きを封じると、それを完全
に封じるためディフェンサーネットを放った。同じ手は通用しないであろうと
判っていたのに、イザークの中に生まれた焦りがそうさせてしまったのだ。

 

「今だ!」

 

 たった一度の勝機が、そこにあった。ロッシェは迫り来るプラネイトディフ
ァンサーを斬り裂き、または弾き飛ばしてメリクリウスへと急接近した。

 

「イザーク・ジュール! 貴様との因縁も、これまでだ!」

 

 レオスが、その背後にたなびくマントを破り取った。
 まるで闘牛士が獲物を覆い隠すように、メリクリウスの機体にマントが被せ
られていく。

 

「なっ――!?」

 

 ありえない小細工に、さすがのイザークも一瞬の驚きと、躊躇を憶えた。し
かし、彼の反応は早かった。
 ロッシェがマントに覆い隠されたメリクリウスに、出力を最大限まで上げた
ビームサーベルを突き出すのと、メリクリウスがマントごとビームサーベルを
振るい、レオスに斬撃を加えたのはほぼ同時であった。

 

 一枚のマントによって、互いに視界を奪われた者同士の攻防。
 勝敗を左右したのは、果たして何だったのか。運か、それとも実力か。
 条件は同じであった、いや、違う。レオスは相手と五分の戦いをするために、
あらゆる努力をした。プラネイトディフェンサーを突破し、機体がダメになる
かも知れない限界を無視し、メリクリウスに渾身の一撃を与えたのだ。
 それなのに……

 

「な、に――」

 

 左肩口から大きく、レオスの機体が薙がれた。ビームサーベルの斬撃が、斬
り裂いたのだ。コクピットにこそ届かなかった一撃は、それでもレオスを『撃
破』したというには十分すぎる一撃。
 一方で、レオスの突き出したビームサーベルも、メリクリウスへと突き刺さ
ってはいた。だが、イザークは咄嗟に大型の円形シールドでこれを防御したの
だ。レオスのビームサーベルは円形シールドを貫き、メリクリウスの胸部に突
き刺さりはしたものの、それは『浅い』と思われる攻撃であった。

 

「勝負あったな」

 

 未だ機体にビームサーベルが突き刺さったままだとはいえ、イザークは勝利
を確信していた。自分は今、レオスを、ロッシェ・ナトゥーノを倒したのだ。
レオスの渾身の一撃、機体出力の限界を駆使して繰り出された一撃は、確かに
強かった。メリクリウスとて、ガンダニュウム合金性のシールドがなければ恐
らくやられていただろう。
 結局、機体性能が物をいったのか。

 

「最後だな、ロッシェ・ナトゥーノ!」

 

 もう一撃、もう一撃を加えることが出来れば、自分の完全勝利だ。イザーク
は目を輝かせるが、彼は気付いていなかった。
 ロッシェが、まだ諦めてはいなかったということに。

 

「肉を切らせて、骨を断つ」

 

 呟きは、だが、ハッキリとした言葉になってイザークの耳に届いた。

 

「何っ!?」

 

 レオスの左腕が、ビームサーベルを持ったメリクリウスの右腕を掴んだ。機
体は当に限界を、既に損傷しているのに何故まだ動ける。動けば、 機体は爆発
するかも知れないのに。

 

「OZのモビルスーツを、舐めるなぁっ!」

 

 レオスのビームサーベルが、さらに出力を上げた。円形シールドに亀裂が走
る。貫かれた胸部の傷口が、広がっていく。
 メリクリウスの円形シールドが砕けるのと、レオスのビームサーベルが爆発
するのは、ほぼ同時であった。大した爆風ではなかったにしろ、二機が互いに、
吹き飛ばされるように後退したのは事実であった。

 

「馬鹿な、この俺が、メリクリウスが!」

 

 浅いはずだった胸部の傷は、いつの間にか深くなった。これ以上の戦闘が危
険であることを、イザークは悟らざるを得ない。

 

「だが、損傷度ではあちらの方が上のはずだ。せめて、奴だけでも」

 

 半壊といっていい状態のレオスを仕留めるため、イザークはビームサーベル
を構えて突撃の構えを見せた。
 しかし、それは出来なかった。メリクリウスを始めとした、全ての機体に鳴
り響いた、ディアッカ・エルスマンの悲鳴が全ての思考をかき消したのだ。

 
 

「頭が痛い……痛い!」

 

 叫び声を上げ、嗚咽のような悲鳴を上げるヴァイエイトのパイロット、ディ
アッカ・エルスマンの声に、さすがのガンダムチームも呆気にとられてしまっ
ている。一体何事が起きたのか、それに気付いたのはオデル・バーネットだけ
であった。

 

「まさか、ゼロシステムの――!」

 

 オデルは機体を加速させ、ヴァイエイトへと近づいていく。そして、無理矢
理回線を繋いで通信を送りつける。

 

「その機体のパイロット! お前にその機体は、ゼロシステムは無理だ。早く
降りるんだ!」

 

 システムの暴走。オデルも見たことはなかったが、話ならば聴いたことはあ
る。そもそも、ゼロシステムとは限られたパイロットしか扱うことの出来ない
システムなのだ。必要とされるのは特殊な能力でも、特別な才能でもなく、強
靱な精神力。例えば、ヒイロ・ユイが持っているかのような。
 ディアッカは今まで、コーディネイターとして彼が持つ処理能力の高さでゼ
ロシステムを操ってきた。出来ると思った、出来るはずだった。しかし、肉体
よりも先に精神力が限界を超えた。処理能力の限界を、超えてしまったのだ。

 

「嫌だ、俺は、もう……戦いたく、ない」

 

 身体が、寒い。冷たくなっていく。決定的な拒絶感が、嘔吐感が身体を支配
する。抵抗力が、どんどん奪われていく。頭が割れる、心が壊れる、肉体が崩
れる。
 気付いたとき、ディアッカはヴァイエイトのコクピットから出ていた。自ら
進んで出たのではない、『ヴァイエイトによって放り出された』のだ。

 

「ヴァイ、エイト……?」

 

 機体から、システムから解放されたディアッカは、自身を追い出した機体を
見た。何が、起こった。どうして、ヴァイエイトは勝手に動いている?
 目の前に起こる異常事態に、ガンダムチームのデュオが反応した。

 

「おい、あれなんかやべぇぞ!」

 

 冷たい影と、死の予感を感じ取ったのか、デュオが機体を飛ばした。ヴァイ
エイトを倒すためではない。放り出されたパイロットを救うためだ。
 けど、遅かった。デュオが到達する直前、ヴァイエイトは振り上げた手の平
で、不要となったパイロットを弾き飛ばした。加減も、自制もせずに。
 ディアッカは声を発することが出来なかった。発する間もなく、彼は弾き飛
ばされた。衝撃が身体を襲い、意識が急速に遠のいていく。彼が予想だにしな
かった結末。誰もが驚きの並に圧倒される中、ディアッカは深淵の宇宙の彼方
へと、消えてしまった。

 

「どういうことだよこれは。一体、この機体は――!」

 

 叫ぶデュオの機体に向かって、距離を取ったヴァイエイトが砲撃を仕掛けて
きた。咄嗟にアクティブクロークで防御するデスサイズだが、ダブルビームキ
ャノンの衝撃はさすがに大きい。
 一連の流れを見ていたカトルが、オデルに何が起こったのかを尋ねてきた。

 

『私にも判らない。だが、恐らくあの機体にはゼロシステムが搭載されていた
はずだ。それが関係しているのでは?』
「しかし、ゼロシステムがパイロットを排除するなんて、そんな」

 

 いや、違う。カトルはひとりでに動き出したヴァイエイトを見て、ある可能
性に思い至った。

 

「オデルさん、もしかしてあの機体には、モビルドールシステムが搭載されて
いるのですか?」
『恐らく。かつて弟が姉妹機であるメリクリスと交戦した際、モビルドールシ
ステムが採用されていたと聞きました』

 

 だから、ひとりでに、パイロットがいなくても動いているのか。

 

「そうか……そういうことか」

 

 通常、ゼロシステムとはパイロットがいなければ何ら意味を成さないシステ
ムである。ウイングゼロにしろ、エピオンにしろ、有人機である以上は機体を
動かすのはあくまで人間だ。システムによって度々精神を破壊されてはいるも
のの、これがなくては動きようがないのだ。
 だがもし、パイロットが必要ないとすれば?

 

「システムが、パイロットを不要と判断した……」

 

 ヴァイエイト・シュイヴァンには、ゼロやエピオンにはないモビルドールシ
ステムがあった。ヴァイエイトに搭載されたゼロシステムは、精神負荷に耐え
きれなくなったパイロットによる戦闘継続を無理と判断したのだろう。
 そして、排除した。このままパイロットに操縦させるよりも、モビルドール
システムの方が効率がいいと判断したのだ。

 

「デュオ、その機体を破壊して! そいつは危険すぎる!」

 

 叫ぶカトルには、明らかな動揺があった。ゼロシステムとモビルドールシス
テムを併せ持つモビルスーツ、今まで考えたこともなかった、考える必要もな
かった組み合わせが誕生した。いってしまえば、ヴァイエイトやメリクリウス
は、パイロットを限界以上に酷使し、仮に破壊してしまったとしても、モビル
ドールシステムに切り替えることで戦い続けることが出来るのだ。
 これが驚異でなかったら、何が驚異だというのか。

 

「言われなくなったって、そのつもりだぁっ!」

 

 ビームサイズを振りかざし、ヴァイエイトに突撃を敢行するデスサイズであ
るが、その眼前をビームの雨が遮った。

 

「何!?」
『デュオ、上だ!』

 

 ヒイロの声が一歩後れていれば、デスサイズはビームライフルの嵐に直撃さ
れていただろう。彼が慌てて距離を取りながらモニターで確認すると、彼らの
頭上に新たな機影が出現していた。

 

「ビルゴⅡが、三十機だと!」

 

 その三十機のビルゴの中心に、別の機体が佇んでいる。赤い装甲が特徴的な
それは、ガンダムチーム以外の者なら誰でも知っている。

 

「アスラン・ザラ!?」

 

 オデルが愕然とした声を出した。何と、敵の総大将自ら援軍を率いて現れた
のだ。
 ジャスティスの周りに浮かぶビルゴ部隊が、メガビーム砲を構えた。

 

「いかん、みんな散れ!」

 

 一斉砲撃が行われた。オデルはもちろんのこと、ガンダムチームまでも怒濤
の攻撃に一瞬は逃げまどう羽目になった。威力だけならビルゴの攻撃力はガン
ダムにも引けを取らないのだ。
 しかも、こんなにも火力を集中させられれば――

 
 

 アスランが出撃したのは、特別な理由があったからではない。そもそも彼の
機体はまだ、強化改造が終了しておらず、その状態で出撃するのは無理でこそ
無かったが無茶でもあった。自分が行くというサトーの進言を却下したのは、
偏に自分の目でミネルバの最後を、メイリン・ホークの死を確認したかったか
らであろう。
 十機連れて出撃したイザークたちが意外なほどに苦戦していると言うことを
知ったアスランは、三倍の兵力を持って出撃した。たかだかザフトの小艦隊を
駆逐するのにビルゴⅡ三十機は多いかとも思ったのだが、今となってはこれが
正解だったようだ。

 

「まさか、あんな機体が五機もいたとはな」

 

 どこかに隠れていたのか、それとも現れたのか。
 いずれにせよ、ここで戦闘を続けるのは不味いはずだ。

 

「全機、撤退するぞ」

 

 その声に、損傷していたメリクリウスが合流をしてきた。

 

「イザーク、ディアッカはどうした?」

 

 ヴァイエイトは確認できているものの、ディアッカからの通信がない。それ
を疑問に思ったアスランであるが、イザークはポツリと、事実だけを呟いた。

 

『……死んだよ』
「なに?」
『あいつは死んだ。今のヴァイエイトは、モビルドールだ』

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ、信じられない物を見るかのようにヴァイエイトの機
体に目を向けたアスランだが、

 

「そうか、死んだのか……」

 

 すぐに表情を戻して、イザークの言葉を反復した
 ならば尚更、この宙域に留まっている理由はない。

 

「撤退する、ウルカヌスへ帰還するぞ!」

 

 ビルゴ隊と共に撤退を始めたアスランであったが、それをガンダムチームが
見逃すわけもなかった。咄嗟に動いたのは二機であり、ヒイロのウイングゼロ
と、五飛のナタクがそれぞれ攻撃を仕掛けようとしたのだ。

 

「逃がすものかぁっ!」

 

 新たに現れた機体と共にビルゴを撃滅しようと駆けたナタクに対し、アスラ
ンはビルゴによる集中砲火を浴びせかけた。メガビーム砲の容赦ない火砲が、
ナタクの勢いを殺した。
 ならばと、バスターライフルによる長距離攻撃を仕掛けようとしたヒイロで
あるが、アスランは最初にイザークとディアッカが引き連れてきたビルゴⅡで、
まだ活動できる機体を盾に使った。バスターライフルの射線軸に、投げ捨てる
ように置いたのだ。

 

「チッ!」

 

 放たれたバスターライフルはビルゴを吹き飛ばしはしたが、アスランたちは
その隙に離脱を果たしてしまった。追って追いつけないことはないと思うが、
深追いは禁物だ。今は、ハワードたちと合流を計るべきであろう。

 

「敵の指揮官は、意外に出来るな」

 

 たかだが人形に遅れは取るまいと思っていた彼らであるが、相手はその人形
の動かし方をよく分かっている。あれがただのビルゴであるのなら、三十機だ
ろうが五十機だろうが、この場で壊滅できたはずなのだから。

 
 

「久しぶりだな、お前ら」

 

 ハワードが、ガンダムチームと、代表としてカトルと握手を交わした。

 

「まさか、本当に来てくれるとは思わなかったぞ」
「僕たちも、来られるとは思っていませんでした。異世界だなんて、ここに来
た今でも、驚きを隠せません」

 

 最初、機体の修理を終えたカトルたちは、ハワードに続いて行方不明になっ
てしまったロッシェやオデルの捜索から開始していた。彼らが向かった宙域に
プリベンターの巡洋艦と共に赴いたのだ。熟練のパイロットである二人ですら
不覚を取った可能性があるとして、五機全員が揃っての行動であったが、ここ
でカトルが一部の空間から発せられる微弱な電波を察知したのだ。
 そして、電波に含まれる暗号文を解析した結果、それがハワードによって送
られてきたものであると知ったカトルたちは、すぐに異世界へと向かう手筈を
整えた。といっても、最大出力でウイングゼロのツインバスターライフルを発
射し、空間の歪みを広げただけなのであるが。

 

「お前さん方の機体が完全修理を終えて、出撃したのはいつの話だ?」
「えっ、それは――」

 

 説明するカトルに、ハワードの表情が少し変わった。

 

「なるほど、時間の流れはこちらが若干速いようだな」
「時差、ですか?」
「簡単に言えばそうだが、まあ、我々が浦島太郎になることはない、というこ
とだな」

 

 時間の流れが果てしなく平行であったのならば、ガンダムチームはもっと早
くに到着していなければおかしいのだ。プリベンターの資金と技術を使えば、
機体の修理もそう難しいことではなく、ハワードらがいた何ヶ月もかかるはず
がない。ウイングゼロはほぼ完全に壊れていたとはいえ、それでもかかり過ぎ
なのだ。

 

「まあ、何はともあれ、援軍感謝する」

 

 窮地を救ってくれたことへの礼を告げるが、デュオが口を挟んだ。

 

「それよりも、無知で無学な俺達にこの世界のことを教えて欲しいんだけど?」
「俺達はハワードたちを発見次第帰還するつもりだったが、どうやら複雑な事
情があるらしいな」

 

 先ほどのビルゴ部隊のことを思い出してか、トロワが溜息を付いた。だが、
ヒイロは全く興味を示していないようであった。

 

「少し仮眠を取る。話が済んだら教えてくれ」
「おい、ヒイロ。話、聞かないのかよ」

 

 デュオが声を掛けるが、ヒイロは首を横に振った。

 

「異世界の歴史に興味は無いし、関わるつもりもない」

 

 そういって、さっさと仮眠室に向かってしまった。

 

「どうしちまったんだ、あいつは」

 

 不思議がるデュオであるが、意外にも五飛がその理由を感じ取ったようであ
る。

 

「俺も話を聞くつもりはない。今後の予定が決まったら呼べ」

 

 五飛もまた、機体の整備をするために格納庫へと向かってしまった。その後
ろ姿を、やれやれといった感じにカトルが見送った。

 
 

 さて、何とかアスランの軍勢を退けることに成功したミネルバ隊であるが、
彼らの損害は決して小さいものではなかった。まず、ルナマリアによってミネ
ルバへと収容されたメイリン・ホークであるが、攻撃によって負傷をしていた
ため、即座に医務室送りとなった。何かをルナマリアに伝えたメイリンは、そ
のまま意識を失った。彼女と会話をしたルナマリアは、オデルを呼んで、何事
かを話した。オデルは少しだけ驚いたような表情をしたが「わかった」と言っ
て、プリベンター巡洋艦に戻っていた。
 そのプリベンター巡洋艦の格納庫では、一人の男が蹲っていた。そう、ロッ
シェ・ナトゥーノである。
 彼はオデルによって傷ついた機体と共に回収されたのだが、彼は敗北感に打
ちのめされていた。全力を出した、出し切ったと思った。なのに、メリクリウ
スを遂に倒すことは出来ず、レオスを失った。
 失った、というのは正確な表現ではない。正確には残骸とも言うべき機体は
収容してあるが、破損具合からして修理するのは不可能に近い。よくパイロッ
トが無傷で生還できたものだと、格納庫にやってきた五飛が感心したものだ。
ロッシェとしては感心されたところで慰めにもならない。負けたものは、負け
たのだから。

 

「私は、もう戦えない……」

 

 ガンダムチームも、さすがに予備のモビルスーツを持ってきてはいなかった。
このままでは、ロッシェはアスランを倒すどころか、イザークと戦うことすら
出来ない。

 

「くそぉ…………!」

 

 ダンッと床を拳で殴り付けるロッシェ。彼は今、この世界に来て初めての挫
折感を味わっているのだ。イザークにも勝てず、窮地はガンダムチームに救わ
れ、彼のプライドには大きな傷が出来ていた。
 実のところ、ウルカヌスへと帰還したイザークもまたもロッシェを倒せなか
ったことに歯がゆい思いをしていたのだが、それを知るロッシェではなかった。
 蹲るロッシェの前に、オデルが現れた。
 力をなくした表情で、ロッシェが顔を向ける。

 

「ロッシェ、話がある」
「なんだ、私に戦力外通告でもしに来たか」

 

 自嘲気味に言うロッシェであるが、オデルは首を横に振った。そして、やや
言いにくそうに事実を告げた。

 

「ウルカヌスから脱出してきたメイリン・ホークの情報によると、ミーア・キ
ャンベルは今、ウルカヌスにいるらしい」

 

 ロッシェの表情が変わった。彼は立ちあがり、真剣な表情でオデルを見た。

 

「確かか、それは」
「本人から言伝を預かってきたそうだ。お前に、自分がウルカヌスにいると伝
えて欲しいと」

 

 壊れて、残骸と化したレオスに、ロッシェは視線を向けた。
 剣は折れた。もう、彼には敵を倒すための武器も、人を守るための武器もな
くなってしまった。しかし…………

 

「彼女がウルカヌスにいるというのなら、助け出す。それが、騎士の使命だ」

 

 ロッシェは即座に、決断をした。

 

                                つづく