X-Seed◆EDNw4MHoHg氏 第21話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:54:23

第21話「君と取引をしにきたのだよ」

アーサーから連合の研究所跡の調査を命じられたシンとガロードは、眼前に広がる地獄絵図を見て愕然としていた。

「ここで一体何が起きたんだ…」
「俺が知るかよ…ただロクでもないことなのは確かだろうけどな」

薄暗い通路には既に電気は通っておらず、中は真っ暗であったが、ライトをつけないと何も見えない。
だが、足元には年端のいかない子供達や研究員の死体や研究資料と思しき書類、割れたガラスが所狭しと広がっている。
中でも子供の遺体の中には背中や頭部を銃撃されたものや背中の刺し傷が死因になっていると思しき物があることから、
何らかの事情で内部の人間に殺されたであろうことがわかり、
血の跡の量が繰り広げられたであろう殺戮劇の凄惨さを物語っている。
通路沿いに並ぶ巨大な試験管には子供の体がそのまま納められているものもあり、
その体にはいくつもの管がつながれていた。

「おいシン、これ…」
「ああ、こりゃ人体実験の跡だ…」

シンの中に怒りが湧き上がってくる。
これが本当に人間のやったことなのだとは信じられなかった。いや正確には信じたくなかった。
どうして人間が同じ人間に対してこんな惨いことができるのか、誰がこんなことをさせたのか。
そして家族の亡骸が横たわる映像がシンの中にフラッシュバックする。
理不尽に撒き散らされる一方的な理屈と暴力、それにより傷付けられる力持たぬ人々。
ここにはシンがフリーダムとキラ・ヤマトに並んで憎むものの象徴が勢揃いしているかのようであった。

一方のガロードが想起したのは、ニュータイプであるティファを捕らえて研究をしていたオルタネイティブ社と、
遠い北国で出会った人工ニュータイプの少年カリス・ノーティラスといたノモア市長であった。
どちらも人間が持っているであろう能力を調査研究するものであると同時に、
人を人と思わぬ非道な人間がバックについている点で共通するものがあった。

とはいえ、この研究所は2人の手に負えるものではなかったため、
アークエンジェルに報告し、調査隊を回してもらうこととなった。
「つーかさあ、俺達一体いつになったらアークエンジェルに攻撃仕掛けるんだ?」
「知るかよ、ってかお前がこっぴどくやられたからじゃねえか」

連合軍第81独立機動部隊、通称ファントムペインの旗艦JPジョーンズでは連合軍の
エクステンデットであるスティング・オークレー、アウル・ニーダ、ステラ・ルーシェが待機していた。
ただ、実質的なロゴスの私兵である彼らはインド洋沖での敗戦以降、
ザフト軍の部隊と幾度か交戦することはあっても、アークエンジェルと交戦したことはなかった。
それというのも、アークエンジェルのバリアントで抉り取られたアビスガンダムの修理が遅々として進まず、
ザフトの精鋭部隊であるアークエンジェルへの攻撃を仕掛けることができなかったからである。
もともと、ザフトの開発した新型MSであるアビスを強奪したところで、その予備の修理パーツが十分にあるわけではない。
受けた損傷が大きければ、相応に修理に手間取ってしまうことはやむを得ないことであった。

「おい、聞いたか?ロドニアのラボがザフトの連中に押さえられたらしい」

艦のクルー達がひそひそと囁いている声が聞こえてくる。
のほほんとしているステラとは対象的に、声を聞いた途端にアウルとスティングの表情が一変する。

「ロドニアのラボ?何、それ?」
「そりゃ俺達がいた研究所だろ」

比較的落ち着いているステラとスティングだが、それとは異なりアウルが柄にもなく慌てふためいている。
「お前らそんな落ち着いてる場合かよ!?あそこには…あの場所には母さんが…!?」

その瞬間、アウルのブロックワードが発動してしまう。
通常の人間を遥かに越える能力を持った彼らを縛り付けるための鎖、それがブロックワードである。
ブロックワードを聞いたエクステンデットは途端に正気を失ってしまう。
アウルは自分自身でブロックワードを発動させてしまったのであった。

「おい、このバカ…クソ!」
「離せよお前、行かないと…早く行かないと…母さんが…死んじゃうじゃないか!?」
「!?!?!?」

アウルが発した「死」という言葉。それはステラにとってのブロックワードであった。
ただ、今回、ブロックワードを聞いたステラは今までと違っていた。

「死んじゃう…ステラ…守る…行かなきゃ…」

今までは「死」という言葉を聞くと、冷たく身を切り裂くような恐怖が押し寄せてきていた。
だが今回は違った。恐怖はある。だが、身動きが取れなくなるほどのものではない。
それよりも、己の中に湧き上がる、守らなければという気持ちがステラを突き動かしていた。
アークエンジェルと調査チームはロドニアの研究所跡に到着すると、すぐさま調査を開始した。
そして何時間かが過ぎた後、タリアに連れられて研究所跡に入ったアーサー、シンにテクスが戻ってくる。

「テクス、ここはいったい何だったんだ?やっぱり俺達の世界の人工ニュータイプと似たような奴なのか?」
「より強大な力を開発する、という点で違いはないな。
 だが、人間をいじくるという意味では私達の世界の方がまだマシだよ」

「ああ、私達の世界にいたカリスのような人工ニュータイプと言われる人間は、
 確かに強化手術を受けたり、薬物で反応速度等を上げる処置を受けているが、他は人間としての能力はさほど変わらない。
 だが、この世界で行なわれているのは人間自体の能力の強化、
 つまりは筋力等、身体能力そのものを高めた人間を作ろうとしていたようだ」
「それってこの世界のコーディネーターと何が違うんだ?あいつらは生まれる前に遺伝子を弄ってるって聞いたけど」

「その通りだガロード、ここで行なわれていたのはナチュラルをコーディネーター以上に強化するための実験だ。
 それもありとあらゆる薬物を使って、さらに幼少の頃から戦う術を刷り込んでいたようだ。
 これでは普通の生活などほとんどできない。シナップスシンドロームが可愛らしく見えてくるよ」

「酷えことしやがる…そうまでして一体何がしてえってんだよ」
ガロードは怒りのあまり、拳を握り締めて近くのコンテナを殴りつける。
大きな音が響き渡り、コンテナには衝撃によりへこみが生まれ、周囲の視線が一斉に集まってきた。
手の痛みを感じることはなく、ただ憤るのみであった。

「ナチュラルはコーディネーターを妬み恐れ、コーディネーターはナチュラルを無能だと嘲る。それがこの世界の構図らしい。
 私達の世界では住む場所が違うというだけで世界を滅ぼしてしまったというのに、
 この世界では住まう場所だけでなく、ある意味種族の違いで争っているようだ。全く何とも難しい世界だよ」
そう言ったテクスは悲しい目で遠くを眺めていた。
彼が戦後世界で見てきた地獄とはまた別の地獄がこの世界には存在しているからである。

その時、周囲に警報が鳴り響き、続いてアーサーのアナウンスが聞こえてきた。
「現在、こちらに接近してくるMSの反応をキャッチした。識別はガイア一機である。
 レイはアークエンジェルの護衛、ガロードとシンは至急迎撃に向かえ!
 なお敵機は本施設破壊のための特殊兵器を搭載している可能性があるので各員注意せよ!繰り返す…」

「油断するなよ」
「ああ、わかってるぜ、じゃあ行ってくらあ!」
ガロードが駆け足でGXの下へ向かう。
周囲があわただしく動き出し、現場に緊張が走っている。
そんな中でガロードの視線の先にはGXの下で息を切らせているティファがいた。

「ティファ、どうしたんだ!早くアークエンジェルに戻らなきゃ危ないぜ」
「ガロード…あの人が来ます…ガイアのパイロットを殺さないで下さい。
 きっとあれに乗っているのは、ディオキアで会った…ステラさんです」
「え…ステラ?」

ガロードは一瞬耳を疑った。
どうしてディオキアでシンが助けた女性の名前がここで出てくるのかがさっぱりわからなかったのである。
だが、予知能力を持っているティファがこうまでして伝えに来るということは、
理屈はわからないが、真実なのであろうことはわかった。

「わかった、任しとけ!だからティファは早く避難してくれ」
「はい」

GXにGコンを差し込み、ガロードがシンに続いて出撃していく。
空に輝く太陽は沈み始めており、その空はまるでさきほどの研究所跡の床のごとく血の色に染まっているかのようであった。
しばらく進むとこちらの前方遠くにMA形態に変形したガイアの姿を確認することができた。

「来るぜ、シン」
「わかってる。ここは確実に仕留める、だろ」
「それもあるが、単機で、しかもこのタイミングで来たってことは何かあるかもしんねえ、
 情報も聞き出せるかもしんねえし、できればパイロットは殺さずに生け捕りにするぞ」
「そんなの無茶だろ!?」
「…フリーダムならメインカメラとマニュピレーター破壊して生け捕りなんて簡単だろうけどな」
「………わかったよ、やりゃあいいんだろ、やりゃあ!ちくしょーめ!」

渋々納得したシンを見てガロードはホッと息をつく。
これでシンがいきなりガイアのコックピットに直撃を当てることはしないであろう。
あとは自分がいかにしてガイアの動きを止めるかであった。

上空のインパルスとGXの姿を確認したステラはガイアの背部にあるビームキャノンで2機を狙う。
だが2機はそれを難なく回避してライフルを発射する。
ライフルの弾が地面に激突して大きな爆発が生じるが、ガイアには命中していない。
ガイアはなおも森の中に隠れて地上から2機を狙い撃ちするが、それもあっさりと回避される。

「ガロード、接近戦を仕掛けるぞ!このままじゃ埒が明かない」
「わかった、フォローは任せろ」

そう言ってシンはインパルスにサーベルを構えさせてガイアに突っ込んでいく。
それに対するガイアもMS形態となりサーベルを引き抜いた。
ガイアはインパルスの振り下ろしたサーベルをシールドで受け止めると、空いている手にしたサーベルで逆に斬りつける。
それをインパルスは後ろに下がって回避するが、ガイアはさらにインパルスをなぎ払おうとサーベルを振りぬく。
シンはガイアと戦闘をするのは4回目であったが、
ガイアから放たれる今までにない気迫に押されるような形でとっさに上空へと逃れる。
サーベルが空振りとなったところに、上空からGXのビームマシンガンが放たれるが、ガイアはそれをシールドで防ぐと
瞬時にMS形態に変形して大地を駆け抜け、放たれるビームを回避する。
陸戦を最も得意とするガイアの性能をくまなく発揮して2機を翻弄するステラは再び背部のビームキャノンを放つ。
それをインパルスは機体の高度を少し下げることで回避するが、
ガイアはそれを狙ったかのように背中のビームブレードを起動させて突っ込んでいく。

だが、この攻撃は真上からに対してあまりに無防備であった。
「今だ、喰らいやがれえええ!」
ガロードは今のGXの代名詞とも言うべきディバイダーを腰にマウントしてマシンガンをビームソードに持ち替えて、
ディバイダーを持っていた方の手にもビームソードを構えると、ガイアの真上から突っ込んで行き、
ビームブレードとビームキャノンを一気に斬りおとした。

その衝撃に思わずガイアがバランスを崩す。
それを立て直すため僅かな隙が生まれるが、フリーダムを倒すべく、
日々、ガロードとレイを相手にした特訓を重ねてきたシンにとってはその僅かな隙だけでも十分であった。
「うおおおおおお!」
瞬時にガイアの懐に潜り込み、インパルスが手にしたサーベルが一筋の光を描き、ガイアのコックピットを切り裂いた。

たまらず吹き飛んで動かなくなったガイアを確認すると、シンはガイアのコックピットの中が見えていることに気付く。
するとなぜだかシンの胸の中に何か猛烈に嫌な予感が湧き上がってくる。
シンはそれをかき消すためにカメラに映る画像をアップにしていくが、やがて愕然とする。
頭部から赤い血が流れているものの、サラサラとした金色の髪、
ルナマリアより確実に大きい胸、思わず唾液を飲み込むほどなまめかしいの首筋…

「ステ・・ラ?」
そう、ディオキアで出会い、そしてシンが家族を失って以来、
友人以外で初めて出来た、自分が守ると誓った相手、ステラ・ルーシェがそこにいたのである。
それを見ているガロードの表情も苦々しいものであった。
ティファからどうしてステラがガイアに乗っているのかを聞いていなかったので、
ステラがどうしてガイアに乗っていたのかはわからないが、
ステラに惹かれていることは明らかであったシンのことを思うと、ガロードはいたたまれなかったのである。

シンはインパルスをガイアの下にやり、ステラをコックピットから連れ出してインパルスに戻る。
「お、おいシン!・・・・ガイアは俺が何とかする。早くステラをテクスの所に連れて行ってやれ」
「・・・すまない」
シンはそう言ってインパルスをアークエンジェルの泊まっている方へ向けた。
アークエンジェルの中ではトラブルになることが予想されていたが、
ティファから事情を聞いていたテクスがタリアに話をつけてあったため、
特に大きな混乱が起こることなくステラは拘束を受けながらも医務室で治療を受けることとなった。
だが、一瞬目を覚ましたステラは、たまらず駆け寄ったシンのことを覚えておらず、
「誰だ、お前は」
という一言はシンを酷く傷付けることになった。

なおアスラン、ルナマリア、そしてチャンドラはこのドタバタの最中に戻ってきたため、
即時に報告が出来なかったのは言うまでもない。

シンは、艦長室でタリアからガロードと共に事情を聞かれることになったが、シン自身が最も混乱していた。
正確には目の前で起きた事象を何一つ信じることができなかったのだが。
しかし、シンは艦長室に報告に来たテクスからステラの正体を聞かされて、
さらなる絶望のどん底に叩き落されることとなった。

「私も全力を尽くす。だが、研究所から引き上げたデータだけでどこまでできるかはわからん。
 圧倒的に治療をするためのデータが足りないんだ…酷なようだが、最悪の事態も覚悟しておいてくれ」

テクスの言葉にシンはその場で膝から崩れ落ちた。
自分が守ると約束した相手が、今、自分の目の前で生命の危機に瀕している。
そして自分はその状況をただ見守ることしかできないのである。
シンは完全に自分の無力さに打ちひしがれていた。

その後、投薬を受けて眠るステラの横にシンは居続けていた。
手にはディオキアでステラからもらった貝殻が入った瓶が握られている。
ステラが次に目を覚ました時、これを見せて、少しでも記憶が、
自分と出会った記憶が戻ることに一縷の望みを掛けていたのである。

しばらくしてステラがうっすらと目を開ける。
「ステラ!」
シンがステラの枕元に駆け寄る。
「…シン?」
「ステラ…俺のこと覚えてる?シンだよ、シン・アスカ!あとステラにもらったこれ」
「うん、シン、ステラ守るって…」
力なくシンにステラが答えるが、その言葉は咳により遮られる。
この時ステラにはシンと過ごした時の記憶が一時的に戻っていた。
だが、その目には生命力を感じさせるものはなく、頬はこけている。目元も心なしか黒ずんでいるようであった。
それからあっという間に3日が経過した。
テクスの全身全霊を込めた治療も功を奏することはなく、ステラの容態は日々悪化の途をたどっている。
やはり、エクステンデットに関する情報が決定的に足りなかったのである。
その間、シンはほとんどつきっきりでステラの傍におり、医学的知識など皆無に等しいシンにもステラの衰弱は明らかであった。

その日も眠りについたステラを確認すると、ひとまずシャワーを浴びるべく部屋に戻ることにした。
このとき、彼の中に、ガロードのある言葉が蘇る。ティファには予知能力みたいなものがある、というものである。
シンはそれを思い出すとティファの部屋をノックして入る。
室内でキャンバスの前に座りながらティファはシンの方を見ているが、その表情は暗く、俯いていた。
「ティファ…テクス先生の治療でステラは助からないんだな」
未来が見えてしまうからこそ悲痛な気持ちで胸が張り裂けそうになり、
それがティファの表情に出てしまっている。結局シンは答えを聞くことなく、ティファの部屋を去った。

シンは俯いたままティファの部屋を出ると、そこにはガロード、そしてレイがいた。
「用意は出来てるぜ、お前も早く支度しろ、シン」
「お前との付き合いは長いからな。何を考えているかなどはお見通しだ」

ガロードはティファから、予知の内容を聞いていなかったが、
テクスが呟いていた、連合の施設ならどうにかなったかもしれん、
という言葉を聞いて、シンが今後、どうするかはなんとなく想像がついていた。

レイも、ガロードと似たような理由で勘付いてはいたし、友人であるシンに手を貸したかった。が、それと同時に、
作られた命である自分とよく似た存在であるステラをこのまま死なせることがどうしてもできなかった。
他人の都合で人生を大きく左右されることの悲しみ、苦しみがわかるからこそ、
レイはステラが少しでも長く生きられるための方法に手を貸さないではいられないのである。
先に発せられた、ステラの本国への移送命令に背くという重大な軍規違反になることを厭わないほど、
ステラのことをレイも放って置くことができなかった。
その後、シンとレイはステラを医務室から連れ出すことになり、
ガロードはカタパルトを開くためにブリッジに向かった。

ブリッジの扉がプシュウという音を立てて開き、ガロードがブリッジに入ると、そこではノイマンが番をしていた。
「何だガロード、インパルスを発進させるつもりか?」
「…悪いけどカタパルトはどうしても開けてもらうぜ」

いまやアークエンジェルの中ではステラの容態のことは一大関心事であり、
ノイマンもさりげなく事情をガロードやテクスから事情を聞いていたので、
幾らかはガロードが何故ブリッジに来たのかは察しがついていた。

「・・・……あ、腹が痛え、昨日食った牡蠣でノロウイルスに感染したかもしれん。
 というわけでガロード、今から俺、ちょっと医務室行って来るからブリッジの番よろしく」

そう言ってノイマンはブリッジを去っていった。

「ったくヘタクソな演技しやがって…サンキュ」
そういいながらガロードはあっという間にカタパルトを開ける操作を終えた。
正確に言えば、既にカタパルトを開ける準備はしてあったのであるが。

一方、格納庫では、カタパルトが開きインパルスが発進しようとしている。
そして準備を終えたインパルスのレイから通信が入る。

「お前は帰ってくるのだろう?」
「当たり前だ!俺はフリーダムを…キラ・ヤマトを倒さなきゃならないからな」
「それだけ聞ければ十分だ」

レイはシンの意思を確認して通信を切る。
世界の破滅を願った自分の分身であるラウとは違って、随分と自分はお人好しだな、とレイは自嘲していた。
もっとも、レイにしてみれば、シンがきちんと自分の目的を忘れていないことが確認できれば十分であったので、
これ以上とやかく言うともりはなかったのだが。
(願わくば、シンからこれ以上、大切な物が奪われないことを…)

連合へステラを返還するので、ステラから名前を聞いていた「ネオ・ロアノーク」が迎えに来るように、
との通信を入れて待つこと数十分、インパルスのレーダーに敵機の反応が映る。
「ステラ、もうすぐだからね、ステラの言ってたネオが迎えに来てくれるよ」
シンが衰弱のあまり既に意識があまりないステラに囁く。
やがて見覚えがある紫色のウィンダムがインパルスの近くにやって来て、
その中から長身で金色の髪をした、そして何より怪しげな仮面を被った男が降りて来た。
「ネオ・ロアノークだな?」
「ああ、その通りだ、ステラを返してもらいに来た。大丈夫だ、きっとステラは助かる」

だが、シンにはこれだけは言っておかなければならないことがあった。
「条件がある」
「条件?」
「ステラをもう2度と戦わせたりしないでくれ。ステラは望んで戦争をするような子じゃない。
 だから約束してくれ。戦いとか戦争とかと関係ない、
 人の優しさに触れられる、どこか平和で温もりのある所にステラを返すって約束してくれ」

もう2度とステラに会えなくなるかもしれないが、シンにしてみれば何よりもステラが
これ以上無理やり戦わされることになることが耐えられなかった。
それに約束が履行される保障などどこにもない。
だが、シンはそれにすがるしか他に手はなかったのである。

「……あぁ、約束、するよ」

ネオはそう言ってステラを連れて去って行った。
アークエンジェルへ戻る途中、帰ったらどうなるかを不安に思うこともあったが、
ステラがこれで助かるのなら、と自分を納得させた。
自分の行いが軍規に大きく違反する重大なものであること、それが自分の嫌悪する極めて身勝手な理屈も自覚はしていたが、
この時のシンは、自分が責任を取ることでステラが助かれば構わないと思っていた。
(銃殺かな、やっぱ…)

アークエンジェルに戻りインパルスを降りるとそこには何十人もの兵士が待ち構えていた。
改めて自分の行いの重大さを認識していると、何やら周囲の様子がおかしい。
逮捕されるはずなのに、誰も自分のことを逮捕しないのである。
不思議に思っていると、奥からタリア、レイ、ガロード、ノイマンを連れて黒髪の男がやってくる。
それはプラントの代表、最高評議会議長ギルバート・デュランダル、その人であった。
目の前に起きていることに明らかに対応していないシンが思わず口を開いた。
「ぎ、議長!どうしてここに?」
「いやなに、君と取引をしにきたのだよ」