X-Seed_双星の軌跡_第02話_2

Last-modified: 2007-11-11 (日) 16:52:32

 第二話 『また戦いがしたいのか』中編

 四人の乗ったバギーは市街から離れ、郊外の軍事工廠へと向かう。入り口のゲートでオル
バがIDカードを示すと、彼等は何ら見咎められることなく基地の施設内に侵入した。
「まったく、どんな手品を使ったんだか」
 呆れたように呟くスティングに、どこか暗質の笑みでオルバは答えた。
「もちろん悪いコトだよ――おっと、到着だ」
 工廠の片隅にある巨大な格納庫、その裏手にオルバは車を停める。
「ここからは、君たちの仕事だ。僕がついていっても、足手まといだからね」
「弱っちいからなぁ、オルバは。いいから、後は僕たちにまかしとけって」
 けらけらと笑うアウル。だがその両手はまるで別の生き物のように動き、二丁のサブマシ
ンガンに弾倉を装填する。
 その機械音に反応したのか、今まで助手席で大人しくしていたステラがオルバを振り向い
た。
「ねえオルバ、この任務うまくいったら、また頭なでてくれる?」
「ん? ああ、もちろんだとも。だから頑張るんだよ、ステラ」
 金色の頭をポンポンと叩きながら、オルバはステラの耳もとに優しく囁きかけた。
「うん、頑張るよ」
 嬉しそうに頷いたステラは、手にした大振りの戦闘ナイフを鞘から抜く。研ぎ澄まされた刃に
映し出された童女のような表情が、瞬時に鋭く引き締められる。スイッチが切り替わったのだ。
「ったく、お前ら鉄火場の前に和んでんじゃねえぞ」
 一人黙々とアサルトライフル――折り畳み式のストックを備えた騎銃(カービン)型――の動
作確認をしていたスティングがぼやく。
「帰りのバスとの合流地点と時間は、予定通りなんだな」
「現時点でスケジュールの変更はない。もっともこれから先は水物だからね。周波数のパター
ンはブラボーの23だ」
「了解」
 短く答えると、スティングは時間を確認する。
「行くぞ、アウル、ステラ」
「なーに仕切ってんだか。張り切りすぎはカッコ悪いっての」
「行ってくるね、オルバ」
 まるで今からちょっとピクニックに行ってくる、と言わんばかりの気安さで、三人はバギーから
降りた。そのまま一見無造作な、だが訓練された足取りで格納庫の裏口を目指す。
 それを確認するとオルバはバギーを発車させ、殺戮の舞台を後にする。

 最初の爆音がアーモリーワンの空気を震わせたのは、それから正確に三分後だった。ちょ
うどオルバが、工廠のゲートを出た時である。
 振り返ったオルバの目に映ったのは、内側からの砲撃で吹き飛んだ格納庫、そして炎の中
から悠然と現れた三機のMSだった。
 ディアクティブモードの鉄灰色だった装甲がフェイズシフトを起こし、揺らめくように色づく。一
機は緑、一機は青、そして最後の一機は黒に染まった。
「OK、ここまではみんな合格だよ」
 楽しそうに笑うとオルバは、突然の返事に騒然となる周囲を尻目に基地から離れる。
 彼にもまだ、別の任務が残されていた。

  ○   ●   ○   ●

 食事は、実にすばらしいものだった。
 昼ということもあって、軽めのコースを注文したのだが、軽めとは言ってもそこはイタリア。パ
スタを含めた十分以上にボリュームのあるメニューだった。
 自慢の魚介類を中心にした料理はすばらしく、スタッフのサービスも水準以上、一杯ずつ飲
んだグラスワインも満足のいく味で――何よりもタダというのが最高だった。
「いやあ、あのイカパスタは実にうまかったなあ」
「私は、シタビラメの白ワイン蒸しがおいしかったあ」
「……人の金だと思って真っ昼間からガツガツ飲み食いしやがって」
 すっかり軽くなった財布を懐にしまいながら、シンはヨウランとメイリンを恨めしそうに睨む。
「ちょっとシン、戸は建てられぬ人の口を、わざわざ塞いで上げるのよ。わたしたちは」
「そうそう、釘代ぐらいは惜しむなよな」
 あまりの言い草に、シンは脳内で辛辣な反撃の台詞を組み立て――
 その時だった。プラントの人造の大地がぐらりと揺れたのは。
「地震?」
 思わず口走った後、シンは自分でそれを打ち消した。ここは、地球ではないのだ。
 ふと見ると、空の一角が赤く染まっているのに気づく。
「あれって、基地の方角だよなあ?」
 ぽつりと呟くヨウラン。道行く人々も足を止め、空を不安そうに見上げている。

 と、懐の軍用通信機が、けたたましく鳴り響いた。
「エマージェンシーコール!? それも司令部じゃなくて、ミネルバから直接だ!」
 赤く明滅する通信機を取り出し、シンは唸り声を上げる。
「こっちもだ!」
「わたしも!」
 視線を交し、無言で頷き合う三人。
「急ぐぞ!」
「でも足はどうする!?」
「親から貰ったのが二本もあるだろ!」
「走るのかよ!?」
「二人とも、バカ言ってないでアレがあるでしょ!」
 メイリンが指差した先には、路上駐車された瀟洒なデザインのスポーツカーがあった。
「……緊急事態だな?」
「……緊急事態だ」
 まずはヨウランが車に取り付く。十秒でドアロックを解除し、二十秒で電動式エンジンを始動
させた。
 入れ替わりにシンが運転席に乗り込み、ハンドルを握る。
「ど、泥棒!!」
 泡を喰って駆け寄ってくるオーナーらしき青年に、後席のメイリンがIDカードを突きつけた。
「ザフトの者です!! 非常事態につき、この車両は徴収します!! 市民の協力と理解に感
謝します!! なお、保障については最寄りの軍当局まで申し出を――――」
 よく通る声をドップラー効果で歪ませながら、車はロケットスタートする。

 アーモリーワン全域に避難警報が発令されたのは、その一分後だった。

  ○   ●   ○   ●

「さて、時間だな。そろそろ行こう諸君――華々しくな」
 シャギアの言葉に、ガーティ・ルーの艦橋はにわかに活気づいた。頷いたリーが、具体的な
指示を出す。
「機関始動。MS隊発進用意。主砲およびミサイル発射管全門開け、砲雷撃戦準備」
「了解、機関出力安定、高加速準備よし」
「イザワ機、ハラダ機、カタパルトへ」
「パッシブ・アクティブ両測的とも準備よし。主砲、一番から六番までチャージ完了」
「ミサイル発射管、コリントス装填」
 最後にざっとブリッジを眺め回すと、リーは微かに乾いた唇を舌で湿した。
「主砲照準、左舷前方ナスカ級に合わせ。全門斉射と同時にミラージュコロイド解除、機関最
大」
 一拍おいて、おもむろに声を張り上げるリー。
「撃てェーッ!!」

 その情景を、天頂方向に設置した架空の視点から見下ろすとこうなる。
 何も無い――少なくとも周囲からはそう思われていた空間から、突如として六条の閃光が
迸った。
 光条はその全てが、付近を遊弋していた一隻のナスカ級高速戦艦に吸い込まれる。一瞬
の後、爆発四散したナスカ級は、奇怪な前衛芸術のオブジェと成り果てた。
 続いて空間が揺らぎ、揺らめき、ガーティ・ルーの姿が現れる。そのまま特務艦は、奇襲に
泡を喰ったザフト艦へと最大戦速で突撃する。
「MS発進後、回答20! 主砲照準インディゴ、ナスカ級! 回避パターンはチャーリーの3
だ!」
 矢継ぎ早に命令を下すリー。
 左右の艦首に集中配備された連装二基十二門の225センチ高収束火線砲ゴットフリートが
火を噴き、垂直発射式のランチャーが対艦ミサイルコリントスを雨霰と打ち上げる。
 その合間をぬってハッチが開放され、二機のMSが躍り出た。GAT-02L2ダガーL、地球
連合各国で正式採用されている主力MSだ。
 原型となったGAT01-A1ダガー(105ダガーの通称の方が有名)と同じく、ストライカーパ
ックの換装による高い汎用性を有しており、現に一機はドッペルホルン連装無反動砲を装備し
ていた。
「いけると思うが」
 無言で戦況の推移を見守っていたシャギアが、何気ない口調で言った。リーは硬い表情のま
ま頷く。
「敵が混乱から立ち直るまでに、コロニーへ接近します」
「よろしい!」
 シャギアは両手を打ち合わせた。
「急ぎたまえ、一刻も早く。戦争という演劇の筋立ては実に気紛れだ。彼等が台詞を忘れている
うちに、我々の芝居を続けよう。」