XXXⅤスレ989 氏_逆襲日記_Fortune or Doom―シン・アスカと宇宙の虎―

Last-modified: 2011-11-15 (火) 14:45:30
 

Fortune or Doom
―シン・アスカと宇宙の虎―

 
 

『――貴方、あの人達を見捨てるんですか? それとも、裏切るんですか?』

 

 発した本人とその相手にしか聞こえない問いに答えが返って来たのは、
聞き手の長い長い言葉探しの後、彷徨っていた目がひたりと定まった時だった。

 

『疲れたんだ。気がついてくれる、と思ったんだけどな。』

 

 ようやくのそれは、やはり二人にしか聞こえないものだった。

 

『そうですね。疲れました。とても。でも、これからもっともっと疲れますよ。』

 
 

 あの時のその言葉はいい加減、期限切れになっても良いはずだ。というよりもなって欲しい。
何であんな事を言ってしまったんだろう。いや、確かにそう思ったのだけど何となくとしか言いようが無い。

 

現在、自分が所属している船艦は、シルエットシステムの運用は廃され、その分搭載MS数を増やし、
黄色と黒に塗られたミネルバ級3番艦”バステト”
 ――初見で思わず、虎が猫に守られるんですか? とか、
搭載MSが全部ガイアなのにイヌ繋がりでアヌビスじゃないんですか?
等と言ってしまったのはしょうがない。
女神繋がりと聞いて納得したが、その後ガイアがイヌ科かネコ科かで
部隊が大荒れに荒れたのは勘弁して欲しかった。
結局、直に関係のあるMSパイロット4人+自分:艦長の5:1でイヌ科と決まったんだっけ。

 

 そこまで考えて今は関係ないと軽く頭を振る。早くこの艦内から見つけ出して捕獲しないと。
引続き荒々しい足音を立てながら、艦内を走ってるも同然に歩き回るがまったく見つからない。
20分程探したところでふと、一番最初に確認した部屋の前に戻っていることに気がついた。
念のためと思ってドアを半強制的に開け、中へ入ろうとしたところで重たい衝撃に思わず半歩下がる。
そして衝撃の正体はというと、ころんと床に転がっていた。
「あっあー……」
 時間が止まるとはこういうことか。まだ床に転がっている方は、キリリと表情を引き締め口を開く。

 

「いやぁ、若いって良いね。元気な足音だった。さすが”若”だな。」
「確かにここでは一番若いけど。そんなことより”旦那”、
 仕事放り出して、かくれんぼ鬼ごっこをしていた理由は?」
「や、気分転換に新しいブレンドを開発しようと思ってね! 今度は中々の自信作だぞ。」
 と緩い笑顔で、出来上がったらご馳走するぞー と言われて、
艦内を動き回らされて疲れた体に一息ですか、ご親切に有難うございます。
なんて気持ちになる訳がなかった。

 

「こっ……のっ……ドラ猫があああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 すでに恒例となった怒鳴り声と、何故か破砕音が艦内に轟いた。

 
 

 ――砂漠の虎アンドリュー・バルトフェルト
 キラ・ヤマトやアスラン・ザラと比べて霞みがちだが、間違いなく彼は功労者であり、
アカデミーの教科書にも載る程の存在でもある。
2度の大戦を生き抜き、歌姫を助け続けたZAFTの英雄の一人。
メサイア攻防戦後、ザラ派、デュランダル派、その他”問題のある人材”を一手に引き受け、
彼女の負担を軽減させた忠臣。その為、歌姫から新造艦と白服を贈られた。
そして迷惑が掛からないよう、
中央から離れた場所で任務についている――

 

 というのが一般に広まっている認識だ。
 だが、バステト艦内では今、昼休の為に混雑中の食堂で繰広げられていることの方が認識されている。

 

 即ち……
 正座をして縮こまる体格のいい隻眼の白服。
 その前に仁王立ちしている明かに年下の赤服。
 その周りでニヤニヤ見物する多数の緑服。
 これがこの部隊でお馴染みの光景だった。

 

「殆ど無いも同然の書類仕事をエスケープかよ。俺があんたを探してた20分で終了するだろ。」
「優秀な連中の数少ない仕事を奪っちゃいけない。能力向上の機会が無くなってしまうじゃないか。」
「能力向上の機会を得た連中が終わらせた上で、後はあんたがサインするだけで終わる簡単なお仕事です。」
 その後も続く説教に冷やかしの視線を向けつつ、食堂に居合わせた連中は話題を弾ませる。
中には賭けをしていた者もいるようで、 ところどころで悲鳴や歓声が立つ。
 パイロットの4人も遅めの食事をだらだらと取りながら二人を見ている。
「今日は20分か。最初は丸々1日掛かってたのになぁ。その気になれば逃走も防げるんじゃないか?」
「どうだろうな。旦那もあれ楽しんでるしどうしようもないだろ。」
「そういや、何か壊れた音したがアレは何だ?」
「旦那の個室のドアがお亡くなりになった音。」
「あーあ。ところでいつも思うんだが、アイツどう見ても女房役っつーより、オカン役にしか見えんよな?」
 ボフォーッ
「うっわっ!? 汚ねぇ!!」
「おっおかっおかんっっ! 最年少がおかんとかぶふゅ笑わせっなっぐぷ」
「おまっ……笑いすぎ……ぷぷ……ひとまわっっちがのにオカン……うぷぷ」
「俺、何か異様に納得したわ」

 

 そんなこんなのうちに、説教は終わり赤服の副官は白服の艦長に手を貸して立たせる。
やれやれと埃を払い、バルトフェルトは彼へ 視線を移す。
ブリーフケースを抱えた彼は、初めて合った時からあまり変わらない。
顔の輪郭がすっきりして、体格が引き締まり、 目がいくらか鋭くなったぐらいだろうか。
年を取らないと噂の日系だと聞いた気もするなと思いながら、ところでと声を掛けた。
「黒服の話、考えてくれたかな?」
 何年か前から続く話題に、聞いた途端に眉を跳ね上げ渋い表情に変えた彼は長い溜息をついた。
「いい加減、諦めろ。大体、何でここで昇進の話が出るんだ。」
 確かにここにいるということは、出世できないも同然だ。
何しろ危険分子の吹溜りで飼殺しの場で、姥……いや、爺捨て場なのだから。
あの連中は身内に甘いところがあるので、初めて聞いた時はやっぱりと思っただけだ。
しかし、この場合の身内とは自分なので、彼にとってはとばっちりかもしれない。
だが黒服相当の実力があるのも事実。
確かにいい加減決めるべきだ。バルトフェルトはよし、分かったと一つ頷いて手を叩き
食堂にいた乗員の注目を集める。

 

「ここにいる連中だけでいいから聞いてくれ!」
 よく通る声が食堂に響いて、静かになったのを確認して続ける。
「シン・アスカは黒服になるべきだと思う奴は手を挙げろ!」
「は……」
 ザッと挙がった手は食堂にいる人員のほぼ全員、中には両手を挙げている者もいた。
皆が皆、人の悪い笑顔だ。
「多数決で決まりだ。そういうわけで、お前は明日から黒服な。ようやく数年越しの問題が片付いた。」
「はぁ?!」
「いっそ、リバーシブルにして俺の居ない時は白服とか面白そうだな。」
 にやりと笑ってシンの肩を叩いてその場から離れると、
彼は同僚たちにあっという間に囲まれ見えなくなってしまった。

 

『よろしく、共犯者』