XXXⅧスレ268 氏_X'mas Select

Last-modified: 2011-12-26 (月) 15:52:16
 

C.E.77 12月24日
ラクス・クライン、カガリ・ユラ・アスハ……
2人の姫によって統括された世界で、人々は平和を謳歌していた。
一歩外に出ればラクスの歌と、煌びやかなイルミネーションが聖なる夜を彩り、
家の中では皆ケーキを食しシャンパンを仰ぎながらクリスマスを満喫している。
大人達は子供の為にプレゼントを用意し、子供達はサンタクロースの来訪を信じて眠りに着く。
人々の笑いが耐えない街。夢と希望に満ちあふれる世界。
世界は今、平和そのものであった。

 
 
 

「……クソッ」

 

鳴り響く爆発音。掻き消される悲鳴。
瓦礫と化した民家の陰に身を隠した男が、舌打ちしながら自動小銃を構え直す。

 

「アラン!返事をしてアラン!」

 

彼の隣では、30歳前後の女性が抱きかかえた少年を揺さぶり、呼びかけ続けていた。
恐らく彼女の息子なのだろう……5~6歳ほどに見えるその少年は、
母の呼びかけには応えずぐったりとしている。

 

「アラン!アラン!!」
「君、それ以上揺さぶるんじゃない」
「でもっ!!」
「大丈夫、気絶しているだけだ」

 

狼狽する母親と思われる女性の肩を掴む事で落ち着かせた男は、少年の顔を覗き込みそう断言した。
その言葉に女性は少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 

「ほ、本当に?」
「ええ、私は一応その道の端くれですから」
「お医者様なんですか?」
「…俗に言う『国境なき医師団』って奴です」

 

現状では何の意味もない肩書ですがね、と男は肩を竦める。

 

「貴方達はこの村の?」
「はい…」
「そうですか…っ!?」

 

瞬間再び鳴り響いた爆発音に、男は咄嗟に女性を庇いながら身を屈める。
幸い、最悪の予想にあった衝撃は訪れなかった。

 

「大丈夫ですか?」
「は、はい」
「良かった」

 

眼下の女性の無事を確認し、男は微笑む。
しかしその表情とは裏腹に、彼の心境は最悪であった。

 

(どうする?)

 

今はまだ辛うじて無事ではあるが、何時此処が「奴ら」の破壊の対象になるか分からない。
一刻も早く此処から移動した方が良い。
だが自分1人なら物陰に隠れながら移動する事も可能だろうが、
この女性と気絶した子供を連れてとなると非常に難しくなってしまう。

 

(どちらにしても、見つかったら終わりだからな…)

 

瓦礫の隙間から顔を覗かせ、男は奴らの姿を確認する。

 

『ギャハハハ!!』
『死んじまえよナチュラル共!!』

 

彼の視線の先には下卑た台詞を外部スピーカーで垂れ流し、建物を蹂躙していくMSの姿があった。
ザクウォーリア、バビ、ガズウート、仕事柄MSに詳しい男は、
展開されている部隊の構成が一世代前のザフト軍主力MS達である事に気付く。

 

(やはり、元デュランダル派のコーディネーターか)

 
 

ラクス・クラインがプラント総議長となった際、彼女の政策の矛先となり
大幅な軍縮を強いられたザフト軍はかなりの数の兵士達を放出する必要があった。
その際、犠牲となった兵士の大多数がデュランダル派と軍内で噂されていた、
ラクス・クラインに不信感を抱く者達である。
碌な退職金も貰えないと分かっていた彼らは、報酬代わりに自身の乗るMSごとザフトから一斉脱走。
結果、活動拠点を監視の目の厳しい宇宙やオーブ領域ではなく、
戦争で疲弊し力を失った地球連合傘下の地域に集約した盗賊達が大量発生する形となったのだ。
今彼らが居るこの地域も中東の辺境にある小さな村で、
自衛の力も持っていなかった為盗賊たちに目をつけられてしまったのだ。

 

「まったく、最悪のクリスマスだな」

 

逃げられない以上、見つからないよう祈るしかないと悟った男は
瓦礫の壁にもたれ掛かり溜め息混じりに呟く。
死ぬかも知れないという恐怖がないわけではない。
しかしこういう仕事をしている以上、いつかはこういう経験をする事になるだろうと考えていたため、
思いの他落ち着いている。

 

「クリ、スマス?」
「えっ?…ああ」

 

すると隣に座る女性が、恐怖に声を震わせながらも不思議そうな声を上げた。
何を不思議がっているのかと首を傾げかけた男だったが、直ぐに合点がいき頷く。
オーブ生まれの自分と違い、この地域にはクリスマスという習慣がないのだ。

 

「クリスマスというのはプラントやオーブなどの地域に伝わる慣わしみたいなものでね。
 12月24日の夜、サンタクロースと呼ばれる人物が子供達にプレゼントを配りに来るんだ」
「プレゼント…」
「勿論迷信だがね。実際は子供が眠っている間に親などがプレゼントを枕元に置いておく、
 そういうお約束みたいな行事だよ」
「…そうですか」

 

男の話を聞き終えた女性は、膝元で眠る子供の頭を撫でる。

 

「もし本当にそのサンタクロースという人物が居たのなら……」
「居たのなら?」
「この子に『平和』をプレゼントしてほしい……そう願います」
「…………」

 

(平和、か)
1つ海を越えれば、簡単に手に入るであろう彼女の願い。
悲しげな表情を浮かべる女性に遣り切れない思いを感じながら、男は天を仰ぐ。

 
 

「……ん?」

 

その時、雲ひとつない青空の中、一点の小さなシミの様な物が男の目に入った。

 

「あれは……!」

 

そのシミはどんどん大きくなっていき、人型のシルエットへと変わっていく。
そして彼がその全容を把握できるようになるまで、そうは時間が掛からなかった。

 

「モビルスーツ…だと!?」

 

村へと降り立ったそのMSは男が見たことの無い外見をしていた。
否、今まで見たどのMSより異様な姿をしていた。
ムラサメ等と同じV字アンテナと顔に血涙のような装飾が施された頭部、
翼の様な巨大なバックパックを持つ胴体はまだ分かる。
異様なのは、四肢の大きさとカラーリングが全くの非対称なのだ。
まず左腕が付け根の部分から緑色になっており、
肩にはザクファントムの物と思わしきシールドが装備されている。
かと思えば、青で装飾された右腕と右足は完全にグフイグナイテットの物であり、
恐らく正式な四肢は左足だけなのだろう。
突如空から降りてきた継ぎ接ぎだらけのMSに、町を襲っていた盗賊達の動きが止まる。

 

『なんだぁ?てめぇ!』

 

広域通信のまま、謎のMSに向かって怒鳴り散らす盗賊。
その反応を見る限り、あのMSは盗賊の仲間ではない。

 

「な、何がおこってるんです?」
「分からない」

 

2人が瓦礫の影から固唾を呑んで見守る中、謎のMSが行動を起こした。
右腕からグフの武装であるスレイヤーウィップを引き出した謎のMSがザクウォーリアに肉迫。
反応が遅れたザクの右腕にウィップを絡め、ビーム突撃銃ごと破壊する。
更に左肩のシールドを前面に構え突撃。
大型バックパックの推進力を最大限に利用したショルダータックルにより、
ザクのコックピットが無残に潰された。

 

『な、てめぇ!!』

 

そこでようやく事態に気付いたバビが上空からミサイルランチャーを発射する。
対する謎のMSは動かなくなったザクをシールド代わりにして、バビに接近。
一定距離近づいた時点でザクの腰部にウィップを絡めると、そのままバビに向かって投げつけた。
避け切れなかったバビとザクの残骸が激突、そのまま空中で四散する。

 

『バカ…な』

 

残るガズウートを操るパイロットが驚きの声を上げる中、
謎のMSがゆっくりとガズウートの前に降り立つ。

 

『まだやるかい?』

 

謎のMSから放たれる降伏勧告。

 

『……分かった。降伏する』

 

ガズウートで抵抗しても勝ち目などない。そう判断した盗賊は降伏宣言をし、機体から這い出る。

 

『ああ、それがいい』

 

村から走り去っていく盗賊の姿を確認した謎のMSが展開したウィップを収納し、村が静けさに包まれる。
謎のMSが登場し、僅か3分程の出来事であった。

 
 

「な、何なんだあいつは?」

 

静寂が戻った村の中で、その一部始終を見ていた男が呆然と呟く。
その隣に居る女性も、信じられない物を見た表情で謎のMSを見つめている。
そんな中、謎のMSのコックピットハッチが開いた。
そこから現れたパイロットの姿に、男は再び呟く。

 

「……子供?」

 

癖のある黒髪に赤い瞳を持ち、パイロットスーツではなく中東の民族衣装の様な服に
身を包んだそのパイロットの顔立ちはまだ幼い。
もっとも、コーディネーターならばとっくに成人している年齢だろうから、おかしくはないのだろうが。

 

「…………」

 

コックピットから出てきたそのパイロットは、大きなバックを背に持ち真っ直ぐに2人の下に向かって来る。
どうやら最初からこちらの存在に気付いていたらしい。

 

「……一応隠れていなさい」

 

まさか第2の盗賊という訳ではないだろうが、念のために女性に自動小銃を持たせた男は瓦礫から姿を現す。
そして両手を挙げながらそのパイロットに近づき、口を開く。

 

「盗賊、じゃないよな?」
「ああ」

 

見た目よりもずっと落ち着いた声を持つそのパイロットは、チラリの瓦礫の方に視線を向けた。

 

「あの人達に怪我は?」
「子供が気絶しているが、命に別状はない。せいぜいかすり傷ぐらいだ」
「そうか……あんた、この村の?」
「いや、ボランティアで医療活動を行っている」
「国境なき医師団か、なら丁度いい」

 

そう言うとパイロットは背にもった巨大なバックを押し付けてきた。

 

「中に医療器具と薬、飲料水が入ってる。後もう少しすれば救助隊が到着するはずだ……それじゃ」
「お、おい!」

 

そのままパイロット踵を返した為、慌てて男が呼び止めた。

 

「誰なんだお前は?もう行っちまうのか!?」
「…………」

 

助けてくれたのは嬉しい。行っている行動は正義だ。
しかし戦闘を止めるだけ止め、この惨状を放って行くなど、『何処かの英雄』と同じではないか!?
言外にそう含めながら叫んだ男に対し、パイロットはゆっくりと振り向き応える。

 

「俺は戦う事しかできない」
「何!?」
「あんたは人を助ける事ができる。だから、自分にできる事をしてくれ」
「……お前」
「俺は、俺にできる事をするだけだから」

 

次の戦場に向かうのだろう。
そう言い残したパイロットは、二度と振り返ることなくMSに乗り込んでいく。

 

「あの……」

 

その後姿を見つめる男の横に、何時の間にか女性が立っていた。

 

「お子さんは?」
「大丈夫です」
「そうか…」

 

飛び去っていく謎のMS。

 

「そう言えば……」
「はい?」
「クリスマスには、もう1つの意味があった」
「もう1つ?」
「まだ人類が宇宙に進出するかしないかの時代の話だが」
「…………」

 

「クリスマスとは、聖人の誕生日だったらしい」

 
 

C.E.77 12月24日
世界は今、平和そのものであった。