Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第25話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:38:41

第二十五話「氷の決戦」

その本国からの命令は運命であったのかもしれない。
北の凍りついた大地でミネルバとアークエンジェル、二つの艦が激突する。
 
現在アークエンジェルはザフトの部隊によってミネルバの方向へと誘導を掛けられていた。
一旦オーブへと帰還しようと目論んでいたアークエンジェルは何とか追撃を振り切ろうと躍起に
なって逃げ回っていた。それを庇いながら敵を退けるフリーダムの姿も確認されている。
 
出撃前のシンはコックピットの中で入念にフリーダムのデータを見つめていた。
情報に拠れば現在出撃しているアークエンジェルのMSはフリーダム一機のみ。ベルリンで
見かけられたムラサメの部隊はどういう訳か姿を現していない。
それはアークエンジェルの余裕なのかもしれないが、シンにとっては好都合であった。
こちらもどの道シン一人しか出られないのなら、自分とフリーダムの純粋な一騎討ちも同然で
ある。
因縁あるフリーダムとの決戦が、シンにとってこれ以上無い舞台に仕上がった事が気持ちを
奮い立たせた。
 
「いいな、シン。奴がシミュレーション通りの動きしかしないのなら、分はお前にある」
「当てが外れたらどうする?」
「お前は議長が選んだインパルスのパイロットだ、センスを発揮すれば勝機はある」
「よし……!」
 
シンの目つきが変わる。
MSデッキにはルナマリア以外のパイロットとステラも見送りに来ていた。
 
「シン、何処行く?」
「シンは敵をやっつけに行くのさ。ステラや俺達を守る為にな」
「ステラも行く!」
「駄目さ。シンは一人で倒したがっている」
「何で…?」
「さぁ…ステラにかっこいいとこ見せたいからだろ?」
 
ステラの不安をかき消すようにハイネが和ませる。
 
「シン、負けるなよ。ステラの為にも……」
 
出撃前で少し緊張気味のシンの下へカミーユもやってきて激励の言葉を掛ける。
フリーダムとの浅からぬ因縁がある事は何となく感付いていた。

「ああ…でも、結局カミーユのΖは間に合わなかったんだな……」
「済まない、マッドさんも言ってたけど、ミネルバの中だけじゃどうにもな……」
「いや…気にするなよ、俺がここでフリーダムを落として見せるからさ。カミーユの仇も討って
やるさ」
「気負うなよ?お前はステラのために生きて帰ってくればいいんだからな」
「俺はそんなに頼りないかよ?」
 
不貞腐れ顔でシンがカミーユの言葉に突っかかる。カミーユの方も、シンの腕を侮っている
わけではないが、フリーダム相手にシンが頑張りすぎてしまう事を懸念していた。
折角ステラを救出する事が出来たのだから、シンには絶対に生きていて欲しかった。
 
「よし、シン。最終確認だ、奴はコックピットは狙わない。それを逆手にとってやるんだ」
「了解」
「よし…俺達の研究の成果を見せてやれ」
「ああ!」
 
ミネルバに追撃隊からの報告が入る。予定地点に到達したミネルバはカタパルトハッチを解
放する。全ての準備が整い、インパルスはカタパルトへ向かう。
決戦の瞬間に向け、シンには全てがスローに見えた。長く感じられた発進準備を終え、シンは
その時を待つ。
 
鼓動が早くなる……
二年前、オーブでフリーダムを見た時からシンの全てが変わった。自分たちを戦火に巻き込
み家族を殺したも同然のアスハ家を恨みもしたし、そこで戦うフリーダムの姿に憎しみを抱い
たりもした。
その事がきっかけでプラントへと渡ってザフトとなったシンは一時復讐を力に変えて生きてき
ていた。
しかし、それから戦争が始まり、様々な体験を重ねてきた今、シンはただの怒り猛るだけの
兵士ではなくなっていた。
自ら目的意識を持ち、それに向かって進もうとする彼は確実に強くなっていた。
シンの目覚めは既に始まっているのだ。
 
目の前の信号が次々と青に変わっていく。発進OKのメイリンの声が聞こえた。
ついに決戦の時。
 
「シン=アスカ、インパルス行きます!」
 
今までスローだった刻がいつもの様に動き出す。
カタパルトの重圧を感じて、シンは決戦の空へ飛び立って行く。

時間はその少し前、追われるアークエンジェルは不思議な予感を抱いていた。先程まで激し
かったザフトの攻撃が急に緩くなったからだ。
 
「どういうこと……?見逃してくれるって事なのかしら?」
「どうでしょうかね、連中が諦めたとは思えませんが……」
 
ラミアスの疑問に冷静に答えたのはノイマンだ。
 
「このまますんなりと行かせてくれれば助かるんだけど…キラ君は?」
「警戒しつつ先行しています……待ってください!」
 
ミリアリアが突然声を上げる。事態に展開があったのだろう。
 
「キラから入電…前方にミネルバを確認したそうです!」
「ミネルバ…そういう事だったのね……!堪えどころよ、皆気を引き締めて!今度の相手は
今までの比ではないわよ!」
 
クルーの顔色が変わる。生半可な相手ではないことをこれまでの経験から知っていたからだ。
 
「艦長、そのミネルバから通信が入っています!」
「えっ!?」
 
虚を突かれた事態にラミアスは慌てる。
 
かつてミネルバがユニウスセブン破砕作戦によって地球に降り、オーブに入港していた頃、
ラミアスはオーブで整備士の仕事をしていた。その時のミネルバの整備に彼女は参加してい
て、その折にタリアと面識していたのだ。
故に、アークエンジェルの艦長がラミアスであるという事をタリアは知らなくても、ラミアスの方
はミネルバの艦長がタリアであるという事は知っていたのだ。
そのタリアからの通信にラミアスは内心動揺しながらも気丈に振舞う。
 
「……正面モニターに繋いで頂戴」
「はいっ」
 
正面の大画面モニターにタリアの顔が映し出される。タリアの方もラミアスの顔を確認している
筈である。
 
『こちらはミネルバ艦長タリア=グラディスです。
……やっぱりあなただったのね…マリア=ベルネスさん』
「知ってたの?」
『民間人の振りしてても分かったわよ…あなたも有名人ですものね、マリュー=ラミアスさん』
「……それで、御用は?」
 
タリアの言葉に乗せられないようにラミアスは冷静に訊ねる。

『こちらの要求は…貴艦の無条件降伏です』
「……!」
 
タリアの要求にマリューは眉を顰める。
しかし、同時にミネルバのブリッジでも動揺が走っていた。
本国からの命令はアークエンジェルの掃討である。それがここに来てタリアが無条件降伏
要求を言い渡したのだ。
アーサーに至っては口を大きく開けてしまっている。
 
『返事は即答でお願いします。もし、これが受け入れられない場合は我々が全力を以って
貴艦を排除します』
「……残念ですけど、その要求を受けるわけには行きません」
『ならば、ここで沈んでもらう事になりますが、よろしいですか?』
「それも出来ないわ…私達はここで立ち止まる訳には行かないのですから!」
『……了解しました』
 
タリアがそう言うとミネルバからの通信が途切れた。
 
「総員戦闘開始!ミネルバを突破してここからオーブへの進路を確保します!」
 
マリューが気合を込めて全クルーに通達する。
ミネルバとアークエンジェル、因縁がぶつかり合う。
 
 
「アークエンジェル…上手く逃げられるの……?…来た!」
 
フリーダムのコックピットの中で警戒を告げる電子音が鳴る。キラはヘルメットのバイザーを
下ろし、操縦桿を固く握り締めた。
これまでの雪山だらけの地形とは違う開かれた氷の大地、その彼方からやってくるミネルバ
から、最早見慣れたお馴染みのMSがフリーダムに向かって飛んでくる。
シンのインパルスだ。
 
「三度目…もとい、四度目の正直だ!今度こそ落とさせてもらう!」
 
気合漲るシン。
それを迎え撃つキラ。
両者の力はこの短期間で互角になりつつあった。

MSデッキでは、カミーユ、ハイネ、そしてレイがメカニック達の手伝いをしていた。今回の決戦
に挑むに当って、インパルスの要望は全て受け入れるつもりで臨んでいたからだ。
普段は広く感じられるMSデッキも、何組かのインパルスの予備パーツやライフル、シールドが
所狭しと並んでいる。
そんな中で乗機が無いからといってサボっているわけには行かない。シン一人だけに任せて
は置けないのだ。
 
「さて、シンは本当にあのフリーダムに勝てると思うか?」
 
当然の疑問をハイネはレイにぶつける。いくら予備パーツを揃えようとも、相手は今も最強を
誇るフリーダムである。
 
「さあな…一応対策はいくつか立ててあるが、それがシンの勝利に結びつく可能性は限りなく
低い」
「なっ!?お前……出撃前の会話は何だったんだよ!」
「これから死地に向かおうとする人間にネガティブな事を言えると思うか?激励しなければなら
ぬ場面だっただろう」
「そうだがよ……」
「大丈夫だハイネ。シンの気合は十分だ」
「何?」
 
突然発するカミーユの言葉にハイネは意表を突かれた。いや、そんなものではなかったかも
しれない。
カミーユの言葉は意味が通じない。出撃前の会話から気合の充実を知っていようが、それが
フリーダムに勝てる保障に繋がらないのだ。
それの何が大丈夫なのか、ハイネは頭を捻るばかりである。
 
「どうしてそう思う?」
「そりゃあ、気合が入っている方が勝つさ。その意味でシンは相手に負けていない」
「負けてない?」
「ん……」
 
カミーユは話していてハイネの顔つきが変わってきていることに気付いた。自然と口にする
言葉が観念的になりすぎていて、ニュータイプの事を話していないハイネにはカミーユの言葉
はチンプンカンプンだったであろう。
慌ててカミーユは取り繕うように話し始める。
 
「いや…この戦い、俺達はアークエンジェルとフリーダムの討伐が目的だけど、相手は逃げる
事が目的だろ?だから、フリーダムは先ず母艦の離脱を考えなきゃいけないはずだ」
「それが?」
「シンにとって因縁持ちのフリーダムが相手だ。嫌でもテンションが上がるシンに比べて、
ネガティブな目的のために戦うフリーダムのパイロットの気合は劣っているかな…って事なん
だけど……」
「成る程な……分からない話じゃないけど、カミーユ、お前はフリーダムを甘く見ているな?」
「どういうことだ?」
「相手は筋金入りの化け物だって事さ。気合でひっくり返せるほど楽な戦いじゃないぜ……」

ハイネは視線を落とす。初めてフリーダムと戦った時の事を思い出していた。
ダーダネルス海峡での戦いで、ミネルバでの初陣となるハイネはフリーダムと遭遇していた。
その時、ハイネは何も出来ずにあっさりと戦線離脱させられたのだ。
そして、その時の傷は未だ癒えておらず、療養生活を送るという屈辱的な生活を強いられて
いる。フリーダムの姿を思い浮かべると、その時の傷が再び痛み出してきた気がした。
 
「ハイネ……」
「すまんな、けどよ…俺は確かにアイツが怖かったんだよ……隠し事が出来ないお前だけに
言うがよ」
 
MSデッキには小さなモニターでシンの戦いを観戦出来るようになっていた。その小さな画面の
中で、シンは素晴らしい戦いを見せている。
 
「シン…アイツ……」
「大丈夫だハイネ…シンが負けるはずが無いさ、ステラが待っているんだから……」

最初のミサイルの雨を凌いだミネルバとアークエンジェルは対峙する。それはまるでお互いを
ライバルとして認め合っているようだった。
 
 
「今の所狙い通り!」
 
フリーダムと交戦中のシンは戦いを有利に進めていた。レイとの研究の成果が出ていたのだ。
回避運動のクセを見抜かれたような、そんな狙い済まされたインパルスの動きを見てキラは
考えていた。
 
「インパルス…今までとは違う!こっちのパターンを見切られているの!?」
 
キラの狙いはアークエンジェルの脱出である。
無益な戦闘が嫌いなキラにしてみれば、その時間を稼ぐだけで十分であったが、このまま続け
ていれば例えアークエンジェルが脱出できたとしても自分が離脱し損ねる可能性が浮上してき
た。
ほとんどインパルスに対して攻撃していなかったキラは腹を括ってついに本格的に仕掛ける。
 
「それなら、動けなくさせてもらうまでだ!」
 
フリーダムはビームライフルを連射する。それは正確にインパルスの四肢を狙っていた。
 
「来たっ!」
 
心理的に考えれば、ある程度有利に戦いを進めていたシンに対して、そろそろフリーダムの
パイロットが焦れてくるであろう事は予測できる事だった。その瞬間が今で、シンは見事に
インパルスを操り、ビームをかわしていく。

「その位分かってる!これから!」
 
しかし、予想外だったのはその後だった。フリーダムは更にバラエーナとレールガンを放つ。
 
「まだ来る……!けどなぁ!」
 
予想外の連続攻撃には流石にシンは対応しきれない。しかし、シンの瞳は輝きを増す。
こういうのを直感というのだろうか、とんでもない方法でやり過ごそうと思っていた。
 
「フェイズシフト削ったって動けるんだよ!」
 
シンは敢えてレールガンに突っ込み、ビームのバラエーナをやり過ごした。
コックピットに衝撃が伝わり、エネルギーが急激に減ったがそんな事はお構いなしだった。
 
「近くにミネルバがある!デュートリオンビームがある限り、核エンジンなんて関係ないんだ
よ!」
 
「レールガンに自分から当たりに行ってビームをかわしたのか!?MSが持ってもパイロットが
持たないんじゃないか!?」
 
捨て身にも取れるシンの戦法にキラは驚愕する。シンの動きはスマートなキラの動きとは
対照的であった。
恐らく二人は対照的なセンスを持ったパイロット達なのだろう。シンが考えつくアイディアは
キラには考えつかず、キラが思いつくアイディアはシンには思いつかないだろう。
しかし、そんなちぐはぐな二人の戦いだからこそ、激しい勝負が繰り広げられる。
 
「こちらも仕掛ける!」
 
本格的に戦いが始まった事を感じたシンはシールドを構えさせ、ビームライフルを連射する。
フリーダムはそれをいつもの如くひらりとかわす。
そんな余裕を見せ付けるフリーダムの動きに、シンは屈辱感を覚える。
 
「ちっ!当たらないなら接近戦だ!近くに寄れば当たる!」
 
ビームライフルによる攻撃が無意味な事と知ったシンはそれを投げ捨てさせ、ビームサーベル
を構える。射撃に重点を置いたフリーダムには撃ち合いよりも接近戦の方が戦う上で有利に
運べると判断していたからだ。
試合ではないので、相手の嫌がることはどんどんやる。それが研究中にレイに言われた言葉
だった。
 
「また近づこうとして!?デストロイの時も何でこいつは!」
 
デストロイと戦った折に、しつこく接近戦を仕掛けようとするインパルスを見ていたキラは苛付く。
シンの強引な間合いの詰め方をキラは苦手としていたからだ。
華麗に戦うキラとしては、シンの泥臭い戦いは相性が悪いと感じたのだろう。

「突撃っ!かわせるか!?」
 
「簡単に近付けると思わないで!」
 
仕掛けるインパルスと逃げるフリーダム。本来の力量差ならば、立場は全く逆のはずである
が、目的の違いからこのような形になっている。
カミーユがハイネに告げたとおり、モチベーションの差が両者の立場を逆転させていたのだ。
 
「機動性でも劣る…!?小賢しいな!」
 
「諦めが悪い!?」
 
しかし、いくら立場が逆転しようとも、操縦技術や性能の差までもが逆転するわけではない。
シンはしつこく喰らいついていかなければならないのだ。
急旋回からの加速でインパルスを引き離しにかかるキラだったが、シンはそれにワンテンポ
遅れようとも泥臭くフリーダムに追いすがる。引き離されてフリーダム得意の遠距離の射撃戦
に持ち込まれたら勝負が決まってしまうからだ。
 
「逃げるばかりで仕掛けてこない……?馬鹿にしてんのか!」
 
「アークエンジェルは……?まだミネルバに捕まってる!?」
 
この瞬間、モチベーションの差が初めて顕著になる。テンションを上げ続けるシンとは逆に
アークエンジェルを気にするキラに隙が生まれる。
これまで自分に匹敵するパイロットに殆ど出会ったことの無いキラは未だシンの実力を心の
何処かで侮っていた。
この戦いに懸けるシンはそんなキラの一瞬の集中力の欠如を見逃さない。
 
「この一瞬!ここしかない!」
 
インパルスがフリーダムとの間合いを一瞬にして接近戦レンジまで詰める。キラがそれに
気付いた時、既にインパルスは目前に迫っていた。
 
「しまった!?近付かれて……!」
 
シンは接近の加速で得た慣性を利用してビームサーベルを振り下ろす。フリーダムはそれを
シールドで受け止める。
 
「ここからが本番だ!覚悟しろ!」
『くっ!』
 
意気揚々とするシンであったが、調子に乗っている隙にキラに意表を突かれてしまう。
フリーダムはインパルスのビームサーベルを力任せにシールドで弾き、ビームサーベルを
構える。接近戦であろうともインパルスをいなすだけの自信があったからだ。
 
「なっ…こいつ、このっ!」

出力の違いからか、あっさり得意の接近戦でいなされてしまったシンは頭に血が昇ってしまう。
ビームサーベルを弾かれたインパルスはまわし蹴りを放つ。
 
「この程度!」
 
しかし、超反応でフリーダムはインパルスの足をビームサーベルで切り飛ばした。

 
「これで終わりだと思わないでよね!」
 
生意気なシンの声が聞こえたキラは少しだけカチンときた。子供のような声の持ち主に邪魔さ
れているかと思うと、戦いを止める事を目的にしてきた自分としては腹立たしい気持ちになる。
 
「子供の我侭に付き合っていられるかぁ!」
 
フリーダムは続けて腕を切ろうとビームサーベルを振り下ろす。しかし、インパルスはそれを
シールドで何とか防いだ。
 
『防いだ!?』
「誰が子供だ!?子供はあんただろ!」
 
聞こえたキラの声に反応して、シンは思いっきり大声でキラに怒鳴ってやった。
その声に、キラの耳は一瞬遠くなる。予想外に大きな声だった。
 
「その声が子供だってのに……!」
 
声の大きさに怯んだフリーダムを、インパルスはチェーンガンの弾幕を浴びせて引き離す。
 
「ふぅ、危機一髪!ミネルバ、レッグフライヤー射出と同時にデュートリオンビーム!」
 
インパルスは更にフリーダムから距離を取る。フリーダムの方もそれを無理に追い掛ける事
はしなかった。
 
「よし……!」
 
それを確認したシンはインパルスに背中を向けさせて急いでミネルバに向かわせる。
インパルスは脚部パーツを切り離し、スペアのレッグフライヤーとドッキングしてデュートリオン
ビームでエネルギーを回復させる。
フリーダムとの第二ラウンドの開始である。
 
「このままここを突破出来ると思うなよ!」
 
「え…まだやるのか!?」

てっきりキラはインパルスがミネルバに戻るのかと思った。しかし、結果は損傷を直してエネル
ギーを回復させる時間を与えただけに過ぎなかった。
 
「今度こそ、あんたの最後だ!」
 
「このままじゃ……」
 
呆れるキラにシンは再び挑みかかる。
 
 
その頃ミネルバのMSデッキではクルーが慌ただしく駆け回っていた。
シンからの要請が何時あっても良いようにマッドが指示を出す。
 
「分かってんな、スペアを優先的に回せ!ブラストとソードの準備も怠るなよ!」
 
カタパルト付近にはインパルスのパーツが所狭しと並んでいる。全てを使い切るつもりで臨ん
でいた。
 
「親方、シールドとライフルの要請です!」
「聞く前に出せ!」
 
一刻を争う作業にマッドも怒鳴り声を上げる。ヴィーノは急いでカタパルトから予備を発進させ
る。
 
「勝てよ…エース!」
 
マッドは祈るように呟く。
 
「シンの要請に応えてパーツの供給と言ったって、結構大変なんだな!」
 
一人カタパルトの先を眺めていたマッドの後ろからハイネが話しかける。
その声にマッドは振り返った。
 
「当たり前ですぜ、隊長さん!全てが順番どおりに行くとは限りませんからね!」
「一気に二つ以上注文があるとテンパるな。やっぱ俺はパイロットの方が向いてるぜ」
「そりゃあそうでしょう!隊長さんはそっちに才能を振り分けてあるんですから。それで我々の
仕事も平然とこなされても、我々が路頭に迷います!」
「だが、レイのような例外もいるもんだよな……」
 
ハイネが視線を移すと、レイが黙々と作業しているのが目に入った。その手つきは何となく
こなれている様にも見える。

「あれは特別ですよ、士官学校はかなり成績良かったみたいですからね。満遍なく才能を
持っている証拠です」
「マッド、それは暗に俺に才能が無いっていってんのか?」
「とんでもない、レイは才能はあっても隊を纏める力はありません。ハイネ隊長だけですよ、
このミネルバのパイロットを纏められるのは」
「…ま、お世辞として受け取っておこうか」
「本気ですよ」
 
アークエンジェルに対しているミネルバは常に揺れている。しかし、その中でもインパルスも
援護しなければならないミネルバのMSデッキは、一瞬も気が抜けない状況であった。
少しでも手を抜いてシンからの要請に間に合わなければ、それはシンの敗北を意味し、作戦
の失敗、更には最悪シンの戦死に繋がってしまう。
それは避けなければならない。
カミーユはその中で、必死に作業を続けていた。
 
「ヨウラン!ライフルの予備はもう無いのか!?」
「ありますよ!ありますけどね、先にレッグを運んでください!」
「チェストは!?」
「先にレッグです!チェストはもう用意されてます!」
「済まない!」
 
言って直ぐにレッグフライヤーの下へ向かう。
すると、そこへ向かうまでに誰かの手が服の裾を引っ張っているのに気付いた。
 
「ん…ステラ!?」
「カミーユ、ステラもやる!」
 
振り向くと、メイリンとの相部屋に戻したはずのステラが居た。顔にはやる気に満ちた強さが
滲み出ていた。
 
「どうして…君はこんな所に来なくていい!」
「駄目、シンが戦っているもの!ステラも一緒に皆と!」
 
ステラには、今シンが必死になって戦っている事が分かるのだろう。その表情にはそれが
顕著に現れているようにカミーユには感じられた。

「あんれ、ステラ!何してんのこんな所で!?」
 
カミーユを手伝いに戻ってきたヨウランがステラの存在に気付いて驚きの声を上げる。
 
「カミーユさん、何でこんなとこにステラがいるんです?」
「いや、何か手伝うって……」
「えぇ!?無理無理!女の子にはデッキ仕事は出来ないよ!」
「できる!」
「無理だね!」
 
ステラの強情な表情に釣られて、ヨウランの方も強情になる。
 
「ヨウラン、やらせてやってくれないか?俺が面倒見るから……」
「えっ…でも、足手纏いになるだけですよ?」
「シンを思う気持ちは本当だ。ステラにも手伝わせてやってくれ」
「ん…まぁ、そういう事なら……」
 
ヨウランはカミーユの言葉を聞いて気付く。ステラはシンの事だけを想って行動しているのだろ
うと。そして、その事を少しだけ羨ましく思った。
 
「シンの幸せ者め……」
「え?」
「カミーユさん、言い出したからには貴方がしっかりステラの面倒を見てくださいね!
俺達デッキ班がしっかりしなきゃシンが負けちまうんですから!」
「ああ、ありがとう!」
 
ヨウランは不貞腐れた様子で次の作業に取り掛かった。
 
「よし、ステラ。きついかも知れないけど、シンの為だ、頑張るんだぞ!」
「うん!」
 
ステラは眉を吊り上げ、口を真一文字に結んでカミーユの言葉に返事をした。