Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第27話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:39:06

 第二十七話「復活」

フリーダムとの死闘に勝利し、ミネルバに回収されたインパルスがMSデッキに運び込まれてくる。クレーンによって床に降ろされ、コックピットの中のシンにもその衝撃が伝わる。
多分運び終わったのだろう、シンはハッチを開く。
 
「……?」
 
外から大勢の声が聞こえてきた。
 
「歌……?」
 
それはプラントの国歌であった。
シンは感覚が鈍くなった体をゆっくりと動かして外に出る。
 
「!?」
 
そこにはミネルバのクルーの殆ど全員と言って良い位のメンバーが集っていた。
皆シンを迎えに来たのだ。
この合唱も、インパルスが運ばれてきて興奮を抑え切れなくなったハイネが歌い始めたものが徐々に広がって行って大合唱になったのだ。
 
「み、みんな……」
 
キョトンとするシンにクルー達が口々に賛辞を述べる。シンはインパルスから降りる。
 
「シンー!」
 
真っ先に駆け寄ってきたのはステラである。体当たりする様にシンに抱きついてきた。
しかし、フリーダムとの戦いで疲れ果てていたシンはその勢いに耐えられずに押し倒されてしまう。
 
「シン、良かった…良かったぁ!」
「…ただいま、ステラ」
 
シンは少し笑って押し倒されたままステラの頭を撫でた。シンの耳にその様子を囃し立てる声が聞こえてくる。指笛の音がやけに気持ちよく感じられた。
その心地よさをシンは目を閉じて堪能する。
 
思えば今回、自分一人の力ではフリーダムに勝つことなど出来なかっただろう。
ピンチを救ってくれたブリッジのチェンは、自分の迂闊な行動の尻拭いをしてくれた事に感謝しなければならないだろう。
そしてMSデッキの整備士達やそれを手伝った同僚のパイロット達は自分のわがままな要求に見事に応えてくれて、何度もパーツを届けて貰った。
他にもミネルバがアークエンジェルを引き付けていてくれたおかげで余計な邪魔が入らずにフリーダムとの一騎討ちに専念できた。
皆が自分をサポートしてくれたおかげでフリーダムを打ち倒す事が出来たのだ。

ここに来てようやくシンはフリーダムを倒したという実感を得る。
シンはこれまで感じたことの無い達成感を感じていた。
 
(……ねむ……)
 
ステラに押し倒されたまま、何時しかシンは眠りに落ちる。緊張が解け、安心感を得た事が疲労と重なり、シンを深い眠りに誘ったのだ。
この後シンには記憶が無い。今はただ本能が体を休めていた。

シンが眠る間にミネルバはジブラルタル基地へと入港していた。これまでの戦いで傷ついた船体の修理や、補給を受ける為である。
 
フリーダムを倒し、ミネルバに戻ってきてそのままMSデッキで眠ってしまったシンの記憶が次に繋がったのは自室のベッドの上だった。明かりの無い暗闇の中で天井を見つめる。
そこでシンはふと自分の手に何かが触れているのを感じる。
 
「ステラ……」
 
シンのベッドの脇でシンに手を添えて眠りこけているステラが居た。
シンが体を起こすと、ステラは寝ぼけ眼でシンが目を覚ました事に気付く。
 
「シン……」
「ずっと居てくれたんだ?」
「うん…でもゴメン、ステラ途中で寝ちゃった……」
「気にすることなんて無いよ。ステラが居てくれたおかげでぐっすり眠る事が出来たんだから」
「シン、優しい……」
 
笑顔を浮かべるステラを見て、シンは微笑ましい気持ちになった。この笑顔を見るためならどんなに辛い事でも頑張れる気がした。
シンにとって家族を失って以来初めて手に入れた大切な守りたい物、それがステラであった。
 
「シン、何処行く?」
「ん?」
 
シンは起き上がり、制服を着た。
 
「飯だよ。寝たらお腹空いちゃったんだ。ステラも行く?」
「行くっ!」
 
二人は並んで食堂へ向かっていった。

 
「おっ、ヒーロー見参じゃないか!」
 
食堂に辿り着くと、シンの登場にその場が盛り上がる。まるでお祭りの様な雰囲気だ。
 
「おーい!シン、こっち来いよ!あ、こいつの飯、大盛りでな!」
 
ハイネがシンを手招きする。二人はハイネの席に近付いていくが、その途中にも皆がシンに話しかけてくる。これ程人気を集めた事が無かったシンは慣れない事に顔を赤らめた。
 
「シン、風邪?」
 
ステラが不思議そうにシンの顔を覗き込む。
 
「違うって」
 
シンは照れくさそうに答える。
 
「おう、やっと来たか。どうだ、ヒーローになった感想は?」
「どうもこうも…痒い感じ……」
「ははっ!そういうとこ、まだまだだな!」
「茶化さないでくれよ……あれっ?」
 
シンはハイネに違和感を感じた。
 
「ハイネ、松葉杖は…?」
「ん、気付いたか?」
「ああ、もう大丈夫なのか?」
「まぁな、もう直ぐギプスも外せる。大した役にも立たずに撃墜されちまったが、復活したらガンガン活躍してやるから楽しみにしてろよ」
「いや…無茶すんなよ、頼むから」
「お、シン!偉くなったもんだなぁ、隊長でフェイスでもある俺にそんな口が聞けるなんて!」
 
スープを口に運ぼうとしたシンにハイネがヘッドロックを掛ける。
 
「ちょ、ハイネ!」
「許さんぜ、俺はぁ?」
 
歯を見せてシンを揺さぶるとシンはスープを零してしまう。
 
「あーあ、制服汚しちまって…」
「だっ…誰のせいだと……!」
「お前が偉そうにするからいけないんだろ?」
「気を遣われるのが嫌だって言ったくせに…!」
 
シンはハイネには敵わないな、と思った。
ステラが零したスープを布巾で拭いてくれた。シンはそれに礼を述べる。

「シンか、もういいのか?」
「レイ!」
 
食べ終わった食器を抱えてレイがシンに話しかけてきた。
 
「ふっ、その様子だと良く眠れたようだな。ステラのおかげか?」
「な、何言ってんだよレイ!?」
 
シンが慌てふためく。
 
「レイ…お前そういうのキャラじゃないだろ……」
「シンを弄るのにはもってこいだからな。息抜きにさせてもらっている」
「……悪趣味だな」
 
レイの淡々とした答えにハイネは苦笑いをした。
 
「そうだ、レイ、お前にお礼言ってなかったな。ありがとうな、お前の研究のおかげでフリーダムを倒す事が出来た」
「あれはお前の実力だ。あの研究も最後には殆ど意味を成してなかった」
「いや、でも最初の方は凄い役に立っていたさ!ホント、ありがとうな!」
「……」
 
レイは無言のまま去って行ってしまった。
その様子にシンはキョトンとしてしまう。
 
「どうしたんだアイツ…何か気に障るようなこと言ったか…?」
「さぁな……?」
 
三人は微妙な空気になりながらも黙々と食事を続けた。
 
「そう言えばルナとカミーユは?」
「ルナマリアは相変わらず部屋に篭ってる。いい加減アイツにも立ち直ってもらわなくてはいけないんだがな……このままでは給料泥棒だ。除隊されてもおかしくないだろ」
「そっか……カミーユは?」
「アイツは今、マッドとジブラルタル基地の工廠施設に出向いている」
「施設に?」
「そ、Ζの修理に掛っきりだよ。ミネルバで出来る事にも限りがあるからな。
設備が充実しているジブラルタル基地の工廠施設の方が都合がいいだろ?」
「へぇ…Ζ直るのか……」
「あ、そうそう!それより聞けよ!修理と言えばな、セイバーの方ももう直ぐ直るらしいんだよ! それが俺の次の乗機になってな、いやぁ、これで俺も"G"のパイロットだぜ!そんでな………」
 
興奮して話すハイネであったが、シンにはアスランの死で苦しむルナマリアのことが気にかかっていた。

(ん…アスラン……?)
 
シンはフリーダムと戦っていた時の事を思い出す。
 
《僕はアスランを殺してなんか居ない!アークエンジェルに居るんだ!》
 
フリーダムのパイロットが言った事が気に掛かる。シンはこの事をルナマリアに伝えるかどうか考えていた。
 
(確証は無いけど…あいつの言っていた事も…なぁ……?)
「おい、聞いてんのかよ?」
「えっ?」
「何だよ、聞いて無かったのかよ?ま、フリーダム落としてグフの仇を討ってくれたからいいけどさ……もうちょっと俺の話にも関心持てよ」
「ご、ごめん。でも…結局アークエンジェルはどうなったんだ?」
「ん……まぁ、それがな……」
 
ハイネは表情を落として俯く。どうやらまだ終わっていないらしい。
 
「撃沈の確認は出来ていない。いや…それどころかどうも逃げられちまったみたいなんだ」
「逃げた……」
「ああ。後続は出たんだが、付近の海域では撃沈の証拠を掴む事が出来なかったらしい……だから、そう考えると……」
「まだアークエンジェルは存在している……」
「そういう事だ」
 
悔しさ半分と安心が半分の一番複雑な気持ちになる。もし、キラの言っていた事が真実であるならば撃沈されなくて良かったし、嘘をつかれていたならばはらわたが煮えくり返る気持ちである。
しかし、ルナマリアの事を考えるとキラの言葉は本当であって欲しい。
反面、そうであった場合はやっぱり悔しい。以前に彼にアスランを拉致されていた事になるからだ。
 
(なら、ルナには話しておくか……?)
 
シンはそう思った。
今の不安定なルナマリアがそれを聞いてどのような行動に出るのかは分からないが、彼女をこのままにしておく事もできない。士官学校時代からの付き合いでもある。
シンにしても、ルナマリアには立ち直ってもらいたいと思うのが本音である。
アスランの生存、それをルナマリアに伝えておこうと思った。

一方、ジブラルタル基地の工廠施設では、カミーユとマッドが居た。
 
「ジブラルタルの工廠とは言え、この短期間でよくここまで修復できたなぁ……」
 
完全に組み上がってはいないが、殆ど修復を終えたΖガンダムを見上げてマッドは感嘆の声を出す。
いくら設備が充実しているとは言え、異世界のMSをこれ程簡単に修理できてしまった事に自分の事ながら関心してしまった。しかし、それでもかなりの苦労を強いられた。
 
「これも俺の才能か?我ながら恐ろしい才能だぜ……!」
「え……?」
「な~んつってな!いや、お前さんが手伝ってくれたお陰だよ。いくら俺でもデータベースの雀の涙ほどの情報だけでここまで出来るとは思わねぇよ」
「いえ、マッドさんは凄いですよ。僕は専門的な事はそんなに詳しくは無いですから」
「いや、お前さんは結構才能あると思うぜ?素人ならこんなスムーズに行きゃしねぇ。半畜のヨウランやヴィーノも見習って欲しいもんだぜ」
「言い過ぎですよ」
 
確かにカミーユにはそっちの才能も持っていたのかもしれない。このΖガンダムも、元々はアナハイムのΖ計画のプロトタイプに、カミーユが遊びでガンダムMk-Ⅱのムーバブルフレームにリックディアスのガンダリウムγとフライングアーマーを付け足したアイディアを採用して完成されたものなのだ。
しっかりとした知識と経験を身に付ければ、もしかしたらパイロットよりも技術職の方が適正は高かったのかもしれない。
しかし、今はそんな仮定は意味は無く、カミーユはMSパイロットである。
 
「さて…後はコックピットだがよ……?」
「どうします?あの時は組み込むって言ってましたけど、Ζのは特別ですからね……」
「そうだな……ちと面倒だが、ベースはΖのコックピットのまんまで、このサザビーって奴の部品を組み込むってのはどうだ?」
「そうですね……難しいかもしれないですけど、それが確実だと思います」
「データベースを見てて思ったんだが、こいつには色々と面白そうなもんが乗っかってっからよ、そいつもついでに組み込んじゃおうぜ!」
「大変ですよ?」
「分かってるよ。…だがな、こうも興味引く物がてんこ盛りだとよ、技術屋としての血が滾るんだよ!」
「そ…そうですか……」

瞳の奥に炎を上げているような血走った目でマッドが身震いする。何日も悪戦苦闘して疲れているせいか、妙なハイテンションになっていた。
そして、おもむろにサザビーのコックピットに入り込んでコンソールパネルを立ち上げた。
 
「見てみろや、この"サイコフレーム"とかって代物!何の為にこんなもん乗っけてんのか知らねぇが、フレーム材質に練りこまれてるミクロサイズのコンピューターチップだなんて鼻血ものだぜ!こんなの、今のザフト…いや、どこの勢力だって考えらんねぇ代物だ!
それに、このコントロールレバーだって面白ぇ!こいつも移植すんぞ!」
「わ…分かりましたからそんなにコックピットの中で暴れないで下さいよ!」
「うるせぇ!何か…燃・え・て・き・たぁ~!」
(駄目だこの人……完全に逝ってる……)
 
一人無尽蔵に燃えるマッドの様子に、脇で困惑するカミーユは溜息をついた。
ここまではっちゃけてしまうと、それを抑えるだけで余計な怪我を被ってしまいかねない。
カミーユは黙っているしかなかった。
 
「んお?」
 
その時、マッドの肘が不意にスイッチを押し、一部のモニターが生き返る。
そして……
 
「うおっ!?何だぁ、こりゃあ!?」
 
突然驚愕の声を上げるマッド。その様子に驚いてカミーユがコックピットの中に顔を入れる。
 
「どうしたんですか、マッドさん!」
「こいつぁ……」
「え…これは!」
 
いくつかのモニターはまだ映っていないが、復旧したモニターには不鮮明ながらも相対する
MSの姿が映し出された。
 
「戦闘記録…か?残ってたのかよ」
「これ…やっぱりあの人が……」
「ん?」
「は……ガンダム!」
 
生き返った一部のモニターに一瞬映ったMSの残像。その頭部を見てカミーユが声をを上げる。

「がんだむ……?お前のΖと同じ奴か?」
「いえ、違いますけど、僕の世界ではインパルスみたいなヘッドタイプのMSはガンダムって
呼ばれてるんです」
「へぇ……で、やっぱり知らねぇんだろ?」
「そりゃあ、勿論です。知ってたらこのサザビーだって知ってるはずです」
 
そこに映ったのは紛れもなくガンダムだった。特徴的なΖガンダムの頭部とは違い、正統派のそのルックスは、ガンダムであると認識するには十分であった。
 
「……成る程な。違う世界でもMSには何となく似てるところもあるもんだな?」
「僕も最初は驚きましたけど……」
「うむ……」
 
何となく歯切れの悪い会話。二人とも見辛い映像に見入っていた。
 
「……スゲェな、こいつら……。お前さんもスゲェとは思ったけど、こいつ等のやってる事も同じ位スゲェぜ……」
「僕なんかよりもずっとか上ですよ、この動きは……」
「そうなんか?お前さんの世界には五万とこんな奴等がひしめき合ってんのか?」
「まさか……こんな動きができるのはほんの一握りだけですよ。そして、この二人はその中でもトップクラスの実力です」
「パイロット知ってんのか!?」
「あ…いえ、もしかしたらの話です……」
 
危うく認めそうになってしまった。
もしも、サザビーに乗っていた人物がカミーユの思っている通りの人物なら、どう考えても自分の居た時代よりも先の時代の物であろうMSに乗って戦っている事が許せなかった。
それは即ち、最終決戦での自分の言葉を無視された事に繋がるからだ。
カミーユはその人物に世界の未来を託した。それ故に、何故未だにMSに乗り続けるのか、それを決して認めたくなかった。
 
(でも…ガンダムのパイロットは多分アムロさん……)
 
尋常ではない動きを見せる白いMS。その動きは、カミーユの知る限りサザビーに乗っていたかもしれない人物の永遠のライバルである男しかいない。
そのことから総合的に考えると、やはりサザビーのパイロットの推測は同じ結果に行き着いてしまう。
カミーユはこれ以上考えるのを止めた。

戦闘記録の映像は、何発目かの相対する白いMSの拳が迫ってきた所で途切れた。
マッドは大きく息を吐き、コックピットの中から出る。
 
「ふぅ…スゲェもん見た……何か知んねぇが、どっと疲れちまったぜ……」
「僕もです……」
 
マッドとは違う意味でカミーユは疲れていた。認めたくない想いが必死に葛藤を繰り返した結果だった。
 
「戦闘記録見るだけでこんなに疲れるもんだとは思わなかったな……」
「……やりましょう」
「ん?いや、けどよ……お前さん、顔色悪ぃぞ?」
「大丈夫です。早く済ませましょう」
「大丈夫なら……けど、無理だったら言えよ?パイロットに無理させて寝込まれたら、後で叱られんのは俺なんだからな?」
「はい」
 
平静を装ってはいたが、カミーユは内心で苛立っていた。しかし、それを早く忘れようと、今は作業に精を出す。汗を流せば、苛立ちも流れると思った。
そうして、Ζガンダムの改修作業の最終段階に二人は取り掛かった。
 
その頃、世界中ではデュランダルの演説に立ち上がった民衆がロゴスの屋敷を襲撃していた。
その襲撃により、大半のロゴスメンバーが逮捕される事となった……
 
 

数日後、シンはルナマリアの部屋を訪れていた。フリーダムのパイロットが言っていたアスランの事を伝える為だ。
 
「……何よ、笑いに来たの?」
「アスランの事で話がある」
「今更!」
 
ルナマリアはシンから目線を外す。
 
「いいから聞けよ、もしかしたらアスランは生きているかも知れないんだぞ?」
「えっ!?」
 
僅かな希望が残っているかもしれない事にルナマリアは期待してしまう。
興奮が抑えきれずにシンに掴み掛かる。
 
「ど、どういう事なの!?」
「お、落ち着けよ、本当かどうか分からないんだけどフリーダムのパイロットが言ってたんだ」
「何て言ってたの!?」
「アスランはアークエンジェルに居るって……でも俺、アイツの言う事が信じられないから無視してたけど…」
「アーク…エンジェルに……?」
 
ルナマリアは急いで部屋を出ようとしたが、シンが腕を掴んでそれを制した。
 
「放してよ!」
「どこ行くって言うんだよ!?」
「アスランの所に決まってるじゃない!アークエンジェルよ!」
「当てが無いだろ!?」
「アスランはきっと捕まってるのよ!そうでなきゃ戻ってくるはずだもの!」
「冷静になれって!まだ本当かどうか分からないって言っただろ!?」
「それを確かめに行くって言ってるのよ!」
 
暴れるルナマリアと格闘するシン。
そこにメイリンが通りかかる。
 
「お姉ちゃん、シン!?何してるの!?」
「メイリン!ルナを押さえるのを手伝ってくれ!アークエンジェルに行くって聞かないんだ!」
「えっ、どういうこと!?」
 
ルナマリアは観念したのか、二人掛で押さえつけてやっと静かになる。
シンはメイリンに事情を説明した。

「お姉ちゃん、いくらなんでも無茶だよ……。撃沈してないとは言え、何処に行ったのか分かんないんだよ?」
「……世界中捜せば見つかるかもしれないでしょ……?」
「それこそ無茶だよ…第一、軍の仕事はどうするの?」
「……辞めるわ。それであたしはアークエンジェルに行く!」
「ど…どうしてそうなるの!?お姉ちゃんおかしいよ!」
「おかしくないわよ!あたしはそう決めたの!」
「足も無いのに!」
「歩いて行くわよ!」
 
メイリンの言葉にルナマリアは我を忘れたように声を張り上げる。
それを脇で聞いていたシンが会話に割り込んでくる。
 
「ルナ、戦争が終わってからでもいいじゃないか?もうすぐ終わるんだからさ…」
「だからあんたには関係ないでしょ!」
「お姉ちゃん!」
 
その時メイリンの平手打ちがルナマリアの頬を叩く。その鈍い痛覚にルナマリアは呆然とした。
 
「……」
「あ……ゴメン、お姉ちゃん……」
 
メイリンは打った手を摩りながら謝罪する。
 
「でも…シンだって心配してくれてるのにそんなの無いよ……」
「……」
 
メイリンはその場から走り去っていってしまう。
残されたシンもルナマリアも空気を重く感じていた。
 
「ねぇ…シン……あたし、どうしてメイリンに叩かれたのかしら……?」
 
手でメイリンに叩かれた頬を押さえてルナマリアがシンに訊ねる。
 
「分かんないかよ?ルナの事、一番心配してくれてるからだろ?」
「メイリンが…あたしの事を心配……?」
「そうさ…ルナはメイリンにとってかけがえの無いお姉さんだろ?だからルナに元気出して貰おうと…頑張って欲しくて叩いたんじゃないか」
「……」
 
姉のはずの自分が妹に心配されている事にルナマリアは情けなくなった。
本当は自分の方がしっかりしなければならないのに、妹のメイリンに不安を与えてしまっていた事を悔やんでいた。
加えて、シンの立場を考えると自分が駄々を捏ねていた事に気付いた。
シンにはもう肉親となる人間は存在しないのである。自分にはメイリンという妹の存在がある
が、シンにも居た筈の妹は既にこの世には居ない。

「あたし……」
 
ルナマリアはその場で泣き出してしまう。慰めるようにシンがルナマリアの肩に手を置く。
 
「気負うなよ、アークエンジェルだって沈んだわけじゃないんだ。フリーダムは落としたけど、あの馬鹿元首が乗っている限り、奴等、懲りもせずにどっかの戦場にやって来る筈だ。
その時に確かめればいいじゃないか?当ても無く捜すより建設的だと思うぜ。
皆にも呼び掛けてみるからさ、もうアークエンジェルに行くなんて事言うなよ?」
「…うん……」
 
ルナマリアは涙声でシンに返事を返す。あの時、ルナマリアはこんな風にシンに慰めて欲しかったのだろう。
少しだけルナマリアはシンに笑顔を見せた。
 
「これからはもっと戦いが厳しくなるだろうからな、ルナにも手伝って貰わなくちゃ」
「あたしも戦っていいの?アスラン追いかけるために辞めるって言ったのよ?」
「当然だろ?こっちは猫の手も借りたいほどなんだから」
「ねこぉ!?」
 
シンの言葉にルナマリアは俯いていた顔を上げる。
 
「あたしが猫だって言うの!?」
「い、言ってないだろ?幻聴でも聞こえたんじゃない?」
 
シンは笑って誤魔化すが、ルナマリアは引き下がらない。
余程癇に障ったのだろう。
 
「言ったわよ、確かに!」
「そんなにむきになるなよ、大した事じゃあるまいし」
「気にするわよ!あたしだってね、赤服なのよ!プライドあるんだから!」
「あれ?そうだっけ、忘れてた」
「……見れば分かるでしょ……!」
 
怒りに打ち震えるルナマリア。シンは身の危険を察知し、足早にその場を退散しようとする。
しかし、その前に肩を掴まれ、シンは体を硬直させてしまう。
 
(言い過ぎたぁ……!?)
 
シンは自らの不覚を認め、覚悟を決めた。毛穴から気持ちの悪い汗が滲み出て来る。

ルナマリアは以前マッドに言われた事を思い出す。
シンは化ける…その言葉の意味を今理解した。
ステラを救出した事で、これ程までに前向きに変わったシンに少しだけ申し訳ない気持ちになる。ステラを憎んだことは間違いだったのだ。
妹を亡くしたシンにとって、ステラの存在は自分のメイリンに当る存在と同じ位大切なものなんだろうと理解した。
ルナマリアはそんなシンを見て、自分も変わる事を望んだ。
 
(アスランを助け出せれば、あたしも……!)
 
その日、食堂に姿を見せたシンの顔には、目の周りに大きな青あざが出来ていた。その詳細を気にして何人かがシンに訊ねたが、その真相を決して話そうとはしなかったと言う……