Zion-Seed_51_第二部第13話

Last-modified: 2008-09-17 (水) 23:28:56

 戦闘の後始末が行なわれている中、ガルマを乗せたレセップスが再びオノゴロ島に入港した。タラップから
降りるガルマを迎えたのはギナである。2人は握手をして今回の作戦の成功を祝った。

「噂に聞く貴殿の力、見させてもらったぞ」
「私は演説をしていただけだよ、ギナ」
「それは違うな。最後通告から今日に至るまで、貴殿は最善の策を考え、部隊を動かした。それは貴殿にしか
出来ないだろう」

 親しげに振舞う両者だが、ギナだけは裏でジオン側の思惑を推測していた。今回の一件、ジオンはオーブを
助けた形となるのだろうが、政治的に見れば狙いはオーブの乗っ取りである。特にカガリを有すればオーブの
政治・軍事の権限を握る事が出来る。

「それで地上攻撃軍の総司令官殿は、今後オーブにどのような要求をするのかな?」
「要求? そんな求める気はないな」
「冗談はよせ。貴殿が何の見返りもなくオーブに手を出すとは思わんぞ」

 カガリを有してオーブの実権を握るのはギナも考えた事があった。だからこそ彼は、ガルマに直接会って、
その真意を見極めたかったのである。

「誤解だ。私はカガリの友人として、彼女の助けになりたかっただけだ」
「……ふぅん、今はそういう事にしておこう」

 ガルマの言いようからは、ウソを言っている雰囲気はない。しかし、本当にそれだけでオーブを救おうとは
しないだろう。ジオンは連合諸国との交渉の真っ最中だが、仮に戦争が続行された場合、オーブは太平洋方面
に進出する絶好の橋頭堡となる。

「しかし、よくもあのカガリの首を縦に降らせたものだ。あの娘の我が侭ぶりは、ウズミ譲りといえる」
「確かにな。だが私には優秀な参謀がいてね。彼女の反論を、彼がことごとく論破した。終始納得のいかない
顔をしていたが、他に選択肢がないと分かると頷いてくれたよ」

 ――なるほど、マ・クベか……。
 ガルマ自身に他意は無くても周囲の人間はどうか。彼の参謀、策士マ・クベは地球の文化に興味を持っている
と聞く。あの南極会議で代表団の長となった彼は、連合側に対し、他の要求は多少譲歩しても地球の領土だけ
は一歩も引かなかった。つまりはオーブの大地を手に入れようとしているのかもしれない。

(今は父上と会談していた筈。父上が奴の考えに気づかない事はないか……ならば)

 ギナは値踏みするように視線を向ける。カガリを使ってオーブを手に入れる事が出来るのならその逆も然り。
ガルマを取り込み、ジオン公国を内側から支配する事も出来よう。つまりはガルマが気軽に会える立場の者で、
ガルマやマ・クベに臆する事のなく動けるサハク派の美しい女性を使い、ハニートラップを仕掛けるのだ。
 真っ先に思いついたのが自分の直属であるアストレイ3人娘だが――

(いや、あやつらでは何の役にも立たぬ……)

 そう考えて首を振った。前にジュリをジャンク屋組合に潜入させたが、大した情報も得られず戻ってきた。
アサギとマユラでは、そのミーハーな性格上、任務を忘れてしまいそうだ。他にも何人かの候補者がいるが、
何れもガルマとは釣り合わない。そうなれば該当すべき人物は1人だけ……。

「確か貴殿には姉がいたな」
「あぁ……尤も、今は死んだも同然だが……」
「私にも双子の姉ミナがいる。姉は今アメノミハシラだ。機会があれば足を運んではどうか」

 少し演技を交えながら、ギナは己の分身をガルマに紹介するのだった。
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――――第2部 第13話
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「ほ、本当に成功したんだな。なんか信じられないや……」

 カガリはマ・クベの計らいで行なわれた凱旋パレードから行政府に戻ってきた。パレードで彼女は、国民の
歓呼の声に迎えられ、複雑な表情で手を振り、国民の声に応えていた。

「呆けている場合ではありません。貴女にはやっていただかねばならぬ事がありますゆえ」
「……な、なあ、本当にやらなくちゃいけないのか」

 行政府に足を踏み入れ、カガリが最初に行ったのは独裁者と名指しされたウズミと代表のホムラを拘束する
事であった。家族である父と叔父を拘束するのは、彼女にとって抵抗があったが、これが彼らを護る唯一の策
であるとマ・クベに言われ、自分を納得させるように命令を下した。

「ホムラ代表とウズミ前代表を逮捕し、軟禁しろ」

 それは親子の縁を完全に断つ命令だった。
 クーデター自体、彼女にしてみればそれはとても辛い行為であるが、オーブを救うには他に手がなかったの
である。あのままではオーブは連合と開戦し、本土は焦土と化していた。ジオンに助けを求めては理念に反し
てしまう。かといってオーブの戦力だけではどうにもならない。一番の選択は連合の主張を受け入れる事だが、
あのウズミがそれを認める筈がない。後は、カガリ自身が実権を握り、主張を受け入れる選択しかなかった。
彼女が実権を握る事で、ウズミ達の罪を軽くする事もできる。実質、ウズミが汚名を着るだけでオーブの理念
は護られ、国民も血を流さずにいられるのだ。
 しかし、そうであっても感情がカガリを苦しめた。猪突猛進の彼女にとってはあまりにも酷である。いくら
オーブを護る為とはいえ、ウズミを罰しなければならないのだ。

「……はぁ……」
「カガリ様。貴女はこれからのオーブを代表する身となります。弱気な態度は見せないほうがよろしいかと」
「そんなこと言ったって……」

 カガリはオーブの代表になる気などさらさらなかった。他にオーブを救う選択肢がなかったからこそ、彼女
はジオン側の策に乗ったのである。しかしいざ上に立ってみると、果して自分はやっていけるのだろうかと、
不安を抱くようになった。
 今回のクーデター自体は、レジスタンスの経験が生きたのか、カガリでも成功するに至った。それでも軍を
率いた一連の策略は、彼女に想像を絶する重圧を与えた。
 もしも作戦が失敗したら、クーデターに加わった人は唯ではすまない。これにはガルマ達も含まれる。また
オーブは戦力を浪費した状態で対連合戦へと突入。そのときオーブはどうなってしまうのだろう。そんな自分
の選択が最悪の事態に発展する重圧が、カガリの肩に圧し掛かり、クーデターは成功した瞬間、それらが疲労
となって彼女を襲った。そしてそれは彼女に疑問を抱かせる切っ掛けとなった。
 ――自分が為政者としての道を進むにはあまりにも早すぎるのではないか?
 ウズミは、カガリに帝王学と呼べるものを殆ど教えなかった。これはカガリを自分が御する過程で、彼女が
余計な知識を持っていては、扱いにくくなるというウズミの考えで教育が施されていた所為だ。そんな自分が
代表に就任するなど力不足ではないのだろうか。

「なあ、私は、本当に代表にならなきゃいけないのか?」
「当然です。貴女は現に、そう演説したではありませんか」

 マ・クベとしてはカガリが代表であったほうが都合がいい。彼女はガルマに好意を持っているゆえ、ジオン
側から何か要求をすれば受け入れる可能性が高いのだ。別に難題を突きつける必要は無く、簡単な要求でいい。
後はそれを足がかりにし、既成事実化して次々と要求を大きくしていく。彼女が客観ではなく感情を優先する
のを見抜いての考えである。
 それにカガリがガルマと結ばれれば、なお都合がいい。彼女をこちらに引き込めれば、マ・クベの悲願である
地球の文化の獲得が現実のものとなる。革命家は革命を成功させると世捨て人になると言われるが、今ここで
隠居したカガリとガルマが結ばれても、何のメリットもジオンにはない。その為にもカガリには代表になって
もらわなければならない。

「前にオーブを救いたいと貴女は仰った。それは今現在のオーブですか。違うでしょう。これから先もオーブ
は続くのです。その道しるべを貴女に作っていただかねばなりますまい」

 だが、マ・クベの策略に気付いている者もいる。

「確かに、クベ殿の言い分は分かりますが、現実問題としてそれは難しいのではありませんかな?」

 1人がコトー・サハク――

「これはこれは、反乱ぐ……解放軍の指導者たるカガリ様が新代表とならず、一体誰がなるというのです」
「クベ殿、我々もカガリ様には代表になってほしい気持ちは同じです。相次ぐ問題に国民は不安になっている」

 そしてもう1人がウナト・ロマ・セイランであった。

「だからこそ、象徴となるべきカガリ様が代表となるべきでは?」

 クーデター時は両陣営の重鎮であった2人が、マ・クベの狙いに気付かないはずがないのだ。特にウナトは、
ウズミの間違いを指摘できず、暴走を止められなかったウズミ政権の二の舞は断固阻止すべく、カガリに対し
ても物怖じせずに反論していた。

「しかし、国政に関わった事のない者が代表になるのでは、国民の不安は更に大きくなる」
「カガリ様は、軍事面では力をお見せになりました。あのクーデター計画を見たときは鳥肌が立ちましたから」
「…………」
「ですが、それが政治でも発揮するとは私は思えません」

 2人の反論にマ・クベも些か押されていたが、そこは策士と言われた男である。次の一手で反論を封殺する。

「ではオーブの代表は誰にすべきと考えるのです?」

 オーブに新政権を作る以上、代表は決定しなければならない。まさか「自分が」と言い出すほど器量の低い
2人ではあるまい。そうなればカガリ以外に該当者はいない。
 重鎮の2人でもマ・クベの問いには答えられまい、そう思われたが、2人はまさかの答えを返した。

「一先ず、コトー様です」
「……結局、権力を得たいというわけですか」
「そうではありません。一先ず、といった筈ですよ」

 ウナトは含みのある言い方をした。

「正式な代表にはカガリ様になってもらいます。しかし、カガリ様には学がない」

 カガリには代表就任を内定した状態のまま政治を学んでもらう。その間はコトーが臨時の代表として国家を
運営させる。そしてカガリが学ぶべきものを学び終えたら、改めて代表になってもらう、それが二人の出した
解答だった。
 コトーの提案にマ・クベは唸ってしまった。

「だがそれでは、国民がサハクに不信を抱くのでは?」

 指導者たるカガリを差し置き、コトーが代表になれば、カガリはサハク家に利用されたという疑念を国民が
抱く事になる。しかし……、

「もしクーデターの主犯がサハクなら、ジオン公国は協力してくれなかったでしょう」
「むっ……!」
「サハク家はジオン公国との繋がりはありませんからな」

 ジオンがカガリに協力したのは、彼女がガルマの友人だった事と長い間ガルマの下に保護されていたからだ。
そうでなければ、わざわざ太平洋までくりだして、オーブを助けようとはガルマも思わない。
 マ・クベは思わぬ展開に、頭で描いていた計算が狂った。カガリが代表になるのはいいが、それを先延ばし
にするとなると、彼女は何時代表になるのかが分からなくなる。帝王学を全て学ぶには年単位の時間が必要だ。
5年、10年……。その間にジオンがどうなっているかは分からない。もしかしたらジオン軍は地上から撤退
しているかもしれない。いや、それ以前にガルマはニューヤークの娘と結ばれてしまう。それでは遅すぎる。
 マ・クベは打開策を練ろうと必死に頭を働かせるが、空気の読めない人物の一言で無駄骨に終わる。

「ウナトの言うとおりだ。それで行こう!」

 そう、カガリである。自分の身の程を知った彼女は、ウナトの案に同意したのだ。当の代表候補が、それで
いいと言っているのだから反対しようがない。

「コトーは最初からクーデターに加わってくれた。五大氏族の1人だし、代表の資格はある。十分にやってい
けるだろ!」
「カガリ様も同意なされました。ではその様な手筈で……」
「クベ殿、よろしくお願いしますぞ」

 結局、マ・クベの当初の目論見は失敗してしまった。だが、唯で転ばないのがマ・クベだった。治安維持を
名目に、ジオン軍のオーブへの残留を提案したのである。また、カーペンタリアが動く可能性もある。戦力を
低下したオーブでは支えられないかもしれない。等を理由に挙げたのである。実際は、ガルマとカガリの仲を
進展させる為の時間稼ぎなのだが、2人の関係が友人以上になるかは誰にも分からない。
 だが一つだけ分かる事があった。それは、これから帝王学を学ぶにあたって、その膨大な知識量から後悔の
渦に飲み込まれるカガリの姿である。
 そして解答期限になる48時間を過ぎると、オーブは連合の要求を受け入れると同時に、新政権を発表した。
 代表はコトー・サハク。五大氏族はアスハ家とサハク家を除いて一新され、セイラン家のような実力のある
氏族が選ばれた。政治体制にも若干の改革が実行された。五大氏族以外にも代表の選挙権を与えたのである。
これにより中級・下級氏族の力が若干向上する形となった。さらに代表の権限を弱め、議会の承認無しに政策
を実行することは出来なくした。
 国民の大半は新政権を支持する一方で、カガリの名が無い事に不安が広がった。しかしそれもカガリ自身の
声で考えを述べると、次第に沈静化していくのだった。
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 オーブ連合首長国代表ホムラ・ナラ・アスハが、反乱軍主導者カガリ・ユラ・アスハに降伏した。この事態を
知った連合国および他の中立国首脳は誰もが愕然とした。それも当然だろう。決起から僅か半日を経過しての
クーデターの成功は驚愕の一言であり、一部の指導者は見事な手並みに賞賛すら送ったという。
 しかし、反対に悪態を吐いていた者もいた。言わずと知れたブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルである。
彼は一連の報告を受けると、目の前にあったデスクをスクラップにした。

「くそっ! やられた!!」

 カガリがサハクと仕組んだ一連の行動は普段の彼女とは思えない行いであり、一見すれば今までの我が侭な
振る舞いは演技だったのかとアズラエルに思わせるほどのものだった。尤も、彼は直に灰色の脳細胞を働かせ、
この完璧なまでの政権奪取がジオンの書いた脚本であろうと予測したが……。

「してやられたよ。これで我が軍が攻め込む大義名分がなくなったわけだ」
「それはまだ分かりません。必ずしも新政権が我らの勧告に従うかは……」
「相手はあのロンド姉弟だよ。あの二人にスキはない。それにジオンもいるし、ヘタな事は出来ないさ」

 アズラエルならば、その権力を最大限に使い、強引にオーブを攻める事は出来る。しかし、裏でジオン軍が
動いていたのはクーデターを見るかぎり明白である。これは、カガリが長い間ガルマの下に身を寄せていた、
というナタル・バジルールの報告書からも読み取れた。
 もしも今オーブを攻めればどうなるのか。答えは簡単だ。ジオンとの戦争は確実に再開されてしまうだろう。
圧倒的物量を持つ連合軍ではあるが、それらの戦力を一斉に宇宙に上げることはできない。マスドライバーを
複数使用しても、1週間はかかる。更に宇宙戦闘の訓練も設けなければならないのだから、実質は1~2ヶ月
は必要なのだ。
 そしてマスドライバーは現状ビクトリア基地にしかない。パナマ基地が再建できても艦隊再建には最低でも
3ヶ月の時間は欲しい。つまりは3ヶ月後以降でなければ、連合は優位な形で戦争を迎えられないのである。

「宇宙艦隊はまだ再建できていません。この段階で戦端が開かれれば、アルテミスの陥落は間違いありません。
そうなれば制宙権を完全に奪われてしまう」

 宇宙で唯一といえる軍事要塞アルテミス。今までは、ジオンの宇宙における第一目標がザフトであった事が
幸いし、アルテミスへ直接的な攻勢を受けた事はなかったのだが、ザフトが脱落した今、アルテミスが真先に
狙われるのは道理といえる。如何に光波防御帯で守られているとはいえ、ジオン宇宙攻撃軍が総力を挙げれば
陥落は免れない。いや、補給路を断てば自滅するのだから、別に攻撃する必要すらないのだ。

「確かに、その通りです」
「オーブへの攻撃は中止するしかありませんね。全く忌々しい」

 それにしても一連の決起を成功させたガルマ・ザビの存在は侮れない。若いガルマが戦略面でアズラエルを
上回ったのだ。戦争が再開されたとき、連合は最初にガルマの率いる地上軍とぶつかる。相手が戦術面だけで
ないと分かった以上、慎重にいかなくてはならない。
 アズラエルは、録画したガルマの演説を、爪を噛みながら眺めていた。そのうち彼の表情が真剣なものへと
変わっていく。ガルマの言葉に分からない部分が出てきたのだ。

「彼は今のギレンのやり口に不満を持っているのか……?」

 内容を聞くかぎり、ガルマ自身は独裁体制に否定的のようだ。だが、それはジオンの現体制に当てはまる。

「……まあいいです。暫らくはオーブには手をつけない方向で」
「そうなりますと太平洋艦隊は如何しましょうか?」

 大儀がなくなった以上、攻勢に出るわけにはいかない。しかし、久々の出撃に士気が高まっていた将兵達に
後退を命じるとなれば、そのストレスは計り知れない。

「“撤退”と言いたいところですが、このままでは不満が残るだけでしょうね。そうですね……ギガフロートを
探させなさい。アレだけは何としてでも手に入れるんです」
「カーペンタリアはどうなさいます」
「当然攻めます。9・9作戦は予定通りに行ないますよ」
「では、アークエンジェルは如何しましょう」

 現在、アークエンジェルは大西洋連邦本土で休暇中だ。アズラエルは彼らを使い潰す予定であるが、アメと
ムチの使いようを間違えれば仕事に対するモチベーションが低くなってしまう。

「……参加させましょう」
「よろしいのですか?」
「ジブリール君が何か企んでるみたいですから」

 アズラエルが何を言いたいのか、理解したサザーランドはにやりと笑う。

「なるほど、毒をもって毒を制すると?」

 サザーランドの問いかけに、アズラエルは邪悪な笑みで答えるのだった。
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 ヤラファス島とオノゴロ島、オーブの要と言える両島で新たな体制を整え、苦しみながらも未来への階段を
昇ろうとしている頃、オーブ外れに位置するアカツキ島では、前代表ウズミがアスハの別宅に監禁されていた。
普段は別荘として使われる家だが、窓には鉄格子がはめ込まれ、見張りの兵も配備され、立ち入り禁止処置を
受けている。

「おのれ、私をこんな所に閉じ込めおって!」

 ウズミは、コトーの手によって首都オロファトから追放された。敗北したとはいえウズミの影響力は大きく、
信奉者も軍には数多くいる。彼らが彼のカリスマ性を利用し、民衆を先導する可能性がある事から、民衆から
離れ、監視を行ないやすいアカツキ島に護送されていた。またこの措置は、今のウズミにカガリを会わせたく
なかったウナトの意図も含まれている。
 この別宅に監禁されたウズミは、コトー達以外の人と接触する行為が禁止されており、自分を追い落とした
連中への呪詛を唱えるしかやることがなかった。
 そんな誰も来る筈のないこの場所に数人の客がやってきた。ごく自然に部屋の中へと入ってきた彼らを見た
ウズミは何事か問いただす。

「移送です」
「移送? 聞いていないぞ」

 不可思議に思いながらも、皮肉混じりに言葉を返す。

「ふん、いちいち知らせてはくれんか」
「ご案内します。お急ぎください」

 感情のこもらない声で言われ、不愉快に思うウズミだったが、部屋を出るとそんな思いは吹き飛んだ。そこ
には見張りの兵士が倒れていたのだ。それは居眠りをしているのではなく、完全に事切れている。
 彼らはウズミを屋敷の外まで連れ出すと、停めてあったトラックにウズミを乗せた。ウズミは彼らに恐怖を
感じなかった。間違いなく自分を救い出そうとすべく行動しているのだから当然といえよう。

「一体、何処の部隊のものだ?」
「詳細はこちらでご覧ください」

 そう言って男は、操作卓のスイッチを入れると、通信装置を作動させた。ウズミは男に促され、装置の前に
座ると、自分の記憶にあるチャンネルに繋げた。

『お久しぶりですね、ウズミ前代表』
「導師、ご機嫌うるわしくあられましょうか」

 モニターに映ったのは盲目の導師マルキオであった。その姿が映し出されると、ウズミは普段の姿とは想像
つかないほどの腰の低さを見せた。

『機嫌の良い理由はありませんね。私の孤児院があるオーブが、ジオンの手に落ちてしまったのですから。
御蔭でギガフロートも移動せざるを得ませんでした』
「お許しください。我が娘が裏切るとは思ってもみず……」
『謝る必要はありません。私もこの事態は予期していませんでした。貴方を罰する事はしませんよ』

 ホッとするウズミではあったが、マルキオの押し殺したような声に表情が凍る。

『しかし世間には責任という言葉があります。オーブを奪われた責任、貴方はどのようにしてとるのですか?』
「そ、それは……」
『死をもって償うのはいけません。それだけでは個人の自己満足で終わってしまいます……ですからちゃんと
目に見える形での責任をとってください。貴方の回りにいる同志達も力を貸してくれるでしょう。尤も、実行
するのは貴方自身の手で行ってもらいますが』

 ウズミは血の気の引いた顔で応える。

「わ、分かりました。このウズミ・ナラ・アスハ、導師への忠誠心を見せてごらんにいれましょう」

 数日後、オノゴロ島の地下で突如として大規模な爆発が発生、モルゲンレーテ社ビルが崩壊したのを始め、
工場などの重要施設の多くが倒壊した。同時に島各処で火災が発生し、3日間に渡って炎上が続いた。結果、
市街地の30%が焼失し、死者及び行方不明者は5000人を上回ってしまう。
 後に『ウズミの火遊び』と称されるこの事件は、オーブに甚大な被害を与えた。国家の経済を支えてる国営
企業が、突然機能しなくなったのだ。経済産業に大きな打撃である。さらに工場施設が破壊された事により、
クーデターで失った戦力の回復が出来ない事態に陥った。また国防本部の崩壊も免れず、オーブの国防機能は
完全に停止してしまった。
 モルゲンレーテ社にとってもその損害は洒落では済まされなかった。各種データはバックアップを取ってた
ので問題はないが、当日詰めていた社員は全員死亡、人的被害が凄まじいものになっていた。特に光学兵器の
第一人者であるアスカ夫妻の損失が大きく、モルゲンレーテ社は同分野において3年遅れを取ることになる。
 この事態を受けたコトーは、直にサハク家が管理するアメノミハシラへと技術者を避難させた。オノゴロ島
に代わり、アメノミハシラで兵器生産を行なわせるしか、現状を打開する策がなかったのである。
 またガルマは、事態に苦しんでいようカガリを安心させる為に、混乱が収まるまではジオン艦隊をオーブに
留ませる決意をする。それは決して恋愛という概念ではなく、純粋に友人を助けたい一心での決断だった。