Zion-Seed_51_第00話

Last-modified: 2007-12-12 (水) 19:59:47

 ジョージ・グレンによってコーディネイターの存在が明らかにされて間もない頃。当時の、ブルーコスモス
穏健派にいたジオン・ズム・ダイクンはその存在に懸念を示す。なぜなら、新しい種、それも人工的に造られた
種の誕生は、新たな差別を生むと考えていたからである。
 事実、コーディネイター達はナチュラルに対して優越感を持ち、ナチュラルを見下す考えを持つ者が増えて
いった。その一方でダイクンはジョージの言葉にある『新人類』の存在には肯定的であった。
 しかし、ジョージの語ったその理念は、コーディネイター達の中でコーディネイター自身が選ばれた新人類・新種族であるとする選民思想に取って代わられてしまう。
 そんな中ダイクンは新人類である『ニュータイプ』の存在を証明するため、月の裏側、L2宙域のコロニーへ移り住む。この際、側近のデギン・ソド・ザビほか、大多数の穏健派がダイクンと供に宇宙に上がった。
 コロニーでダイクンは、連合の支配から独立しコロニー国家の可能性を示したコントリズムを提唱し人々の
支持を集めていく。そしてC.E.0051年9月14日、L2コロニー群は独立を宣言し『ジオン共和国』を樹立した。
 この事態に国連理事国はジオンに対し経済制裁を行う。また治安維持の為の国連宇宙軍を設立したのである。
これに対してジオンも国防軍を発足、武力衝突も辞さない構えであった。
 やがて共和国内部ではダイクンとデギンとの確執が表面化する。議会内部もダイクン派とザビ派に別れ対立し双方は互いに流血のテロを日常的に繰りかえすようになった。その最中のC.E.0061年、ダイクンが急死する。
一説には、ザビ家の謀殺説も浮上しているが真相は不明である。後継人としてデギンが首相に選ばれた。
 デギンは実権を握ると反対派を一掃し、C.E.0061年8月15日共和制を廃止。公王制への移行を宣言する。
 権力を手中に収めたザビ家は武力による地球からの独立を目指し軍備を拡張する。


 そして……
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――――プロローグ
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<C.E.0070年1月3日  月  エンデュミオン・クレーター>


「そこだっ!!」


 ガンバレルからの一撃がガトル型航宙戦闘機の機関部に直撃する。


「これで3機!」


 撃墜した敵機を見ながらムウ・ラ・フラガ少尉はつぶやいた。


「ったく! 一体何機いるんだ。ジオンの奴ら……」


 異変は、この日ジオン公国が国連理事国に対して宣戦を布告した時から始まった。この時国連はL2に宇宙軍第5艦隊を駐留していた事によって事態を楽観視していた。ところが、その第5艦隊が一切の連絡を絶った。
ジオンによって攻撃を受けたにしても、援軍の要請はおろか連絡ひとつよこさないのは異常である。
 この事態に、月面にあるエンデュミオン基地は警戒態勢を布いた。エンデュミオン基地は地球にとって重要な資源供給基地であると同時に宇宙における最大規模の軍事施設でもあるからだ。
 その最中、ジオンはエンデュミオン基地に奇襲をかけたのである。


「クリムゾン1! 星勘定する暇があったら、手を動かせ」
「分かってますよウインターズ大隊長!!」


 ジオンの戦闘機部隊を撃破したこの部隊は国連宇宙軍の戦闘機型MA(モビルアーマー)『メビウス・ゼロ』の実働部隊である。この部隊は僅か三個小隊であるが、このメビウス・ゼロは宇宙軍のMAであるメビウスの機体周囲に樽状攻撃モジュール「有線式ガンバレル」を搭載した機体で、オールレンジ攻撃を可能としていた。
しかしこのシステムを扱うには高い空間認識能力を持つ者に限られていた。つまりこの部隊は、その適性を持つパイロットを集めた特殊部隊なのである。
 彼らは、その能力もあってか軍の内部でも腕利きであり、次々とガトルを撃墜していく。ムウ・ラ・フラガはそんな部隊の2番機、クリムゾン小隊隊長であった。


「戦闘機はあらかた落したが……何だ!?」


 レーダーに新たな機影が映る。肉眼で確認するとそれは人型の機動兵器であった。


「これは人型? まさかMS(モビルスーツ)!?」


 モビルスーツとは脚付きの作業用機械として広く一般にも知られているものである。ムウはプラントがこの
MSを戦闘用に改良したとの話を聞いたことがあったが、ジオンがMSを運用している話は初耳だった。
 MSの姿を確認したムウは、目を見開き戸惑いの表情を浮かべる。


『落ち着け。相手が誰であろうと俺たちがやる事は変わらん! 全機散開してMSを掃討する!!』


 大隊長の言葉により幾分か落ち着きを取り戻した各隊員は周囲を確認する。見ると友軍であるメビウスが
ジオンのMSによって次々と落されている。


「ちっ! 好き勝手させるかっ!!」


 ムウはガンバレルを展開させると近くにいた敵機をオールレンジ攻撃で撃破する。


「1機撃墜!」


 MSはMAには無い四肢を備えたことで汎用性が高く、能動的質量移動による自動姿勢制御が可能となった
物で、機動性にも優れており、格闘戦においては無類の強さを発揮するのである。ただし高機動を要した一撃
離脱戦法になるとMAに一日の長があった。


『良し!! ……その……調子だ!!』
「……?」


 ムウは無線に違和感を感じながらも次の敵に狙いを定めた。
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 MSを相手にメビウス・ゼロ部隊は奮闘を続ける。ムウも合計4機のMSを撃墜した。
 そんな獅子奮迅の活躍をする彼らの前に、明らかに動きの違うMS部隊が現れる。青、黒、そして赤の塗装がされたMSである。


『どう……他のMSとは違うらしい……クリムゾン小隊! 青と赤い奴をやれるか? 俺は黒いMSをやる』
「了解……ケイン、ラッセル、着いてこい!」


 ウィンターズの命令に答えたムウだったが、先程と同じ違和感を感じていた。


(嫌な予感がする)


 そしてその予感は当たってしまう。


『隊……おかし……ッ!』
『何だ……ロックが……ッ!!』


 友軍の放つミサイルがあさっての方向に飛んでいく。自分の機体も同様に、敵機をロックオンできないのだ。


「やっぱり無線が変だ……センサーにレーダーもおかしい!!」


 センサーやレーダー、通信システムに異常が起きた要素。これこそが、ジオン公国が地球に対する切り札の
ひとつ『ミノフスキー粒子』であった。ミノフスキー粒子とは、ジオン在住の物理学者ミノフスキー博士が
発見したもので、電波障害やセンサー類を無効化してしまう粒子である。
 ジオン軍総帥であるギレン・ザビはこの粒子を利用し、現代の戦闘を第2次大戦におけるドッグファイトに
まで退化させてしまったのである。またこの粒子によってジオン軍は、先のL2に駐留していた第5艦隊を
壊滅させて通信を遮断、月基地への奇襲を成功させていた。
 今までセンサーやレーダーに頼っていた国連軍は、正に目と耳を失ったも同然であった。
 次々と友軍が撃墜されていく。15機いたメビウス・ゼロ部隊も、新手のMSの前に次々と撃ち落されていく。


『ダメだぁぁ!!』
『フラガ隊長!? うあ……ッ!!』


 ケイン機が被弾し月面に墜落、それに気をとられたラッセル機も青いMSに撃ち落されてしまう。
 残ったのは大隊長のウインターズが3機の黒いMSと接戦を繰り広げているがそれも時間の問題だ。


「ケイン……ラッセル……」


 ムウは部下の死に怒りで身を震わせた。彼らを助けるどころか援護ひとつすることができない自分自身にだ。


「クソッ! また後ろをっ!!」


 ムウが相手をしている青いMSと赤いMSの性能は他のMSと比べ明らかに違っていた。特に赤いMSの
機動力はムウの乗るメビウスと互角に近かった。おかげで高機動戦闘ができない。2対1の上、ゼロの旋回
性能はMSに比べ劣るムウは、終始後ろを取られていた。


「うぉりゃあああぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ムウはガンバレルを展開すると、そのスラスターを使い機体を旋回させ、強引にインメルマイターンを行う。
そのGに耐えながらムウはついに赤いMSのバックを取る。 


「もらったああぁぁぁっ!!」 


 絶好のポジションを得たムウは逸る気持ちを抑えながらオールレンジ攻撃を行なう。しかし――


「ウソだろっ!?」


 ムウの攻撃はギリギリの所で避けられてしまった。


「何だよあの反射神経はっ!? 後ろに目でもついてるのか!? ……まさか!!」


 ――パイロットはコーディネイターか?


 余計な考えをしたその一瞬を相手は見逃さなかった。
 赤いMSは機体を反転させると、ムウ目掛けてマシンガンを放った。


『…………ッ!!』


 無線からの雑音が聞こえる――


「え……?」


 そして次の瞬間ムウが目にしたものは――


「ウインターズ隊長……」


 恩師であるウインターズのメビウスが爆散する光景。
 大隊長はムウの盾となり散ったのである。呆然とするムウ。しかし敵は待ってはくれない。


(ここまでか……)


 ケインとラッセルが死にウインターズも死んだ。他の小隊も全滅。迫りくるMSを前にムウは、もはや抵抗
する気力を失いつつあった。しかし彼はウインターズからの無線を思い出す。


『ムウッ! 余所見をするんじゃないっ!!』


 ミノフスキー粒子によって無線は使えない。あの瞬間に流れたのは紛れも無く雑音である。それでもムウは
聞こえるはずのないウインターズの声を確かに聞いた。


「クソッ!!」


 ムウは正気を取り戻すと展開していたガンバレルを元に戻す。そしてスロットルを全開にした。
 ガンバレルのスラスターと本体のブースターを限界まで引き出し戦闘宙域の離脱を試みる。


(あの赤いMS……大隊長の仇は討たせてもらう)


 その加速力にジオンのMSは付いて行くことができず赤いMSもその後を追うことは無かった。
 これがムウ・ラ・フラガと『赤い彗星』と呼ばれる男の出会いであった。
 こうしてジオンの月攻略作戦は終了した。
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 ジオンは、月面におけるプトレマイオス基地とエンデュミオン基地を目標とした奇襲攻撃によって駐留して
いた第3、第4艦隊を殲滅、月面はジオンの勢力下におかれる事になる。
 これはジオンの宣戦布告から、わずか8時間後の出来事であった。
 一方の国連軍は、施設破壊のためレアメタルの混じった氷を融解するために設置していたサイクロプスを
暴走させる暇もなく撤退することになるのである。この際、月面での会議に参加する筈だった代表者と国連総長
以下、国連首脳陣を乗せたシャトルが撃墜され全員が死亡してしまう。翌日、理事国代表の大西洋連邦は徹底
抗戦を表明。崩壊した国連に代わる国際組織として『地球連合』設立を宣言した。
 また、エンデュミオン・クレーターでの戦いから無事に生き残る事のできたフラガ少尉はMS4機、戦闘機
7機撃墜という功績を認められ大尉に昇進。そしてそれはプロバガンダのために使われ、彼は『エンデュミオン
の鷹』の名で呼ばれることになるのだった。