Zion-Seed_51_第13話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 18:04:14

第06話 『歌姫』
1.

 アルテミスを出たアークエンジェルは、L3からデブリベルトへの宙域で、護衛の戦艦“オルテュギア”と接触した。
「地球軍第8艦隊所属、オルテュギア艦長のメリオル・ピスティス大尉です」
 連絡艇から降りてきた女性は、眼鏡をかけ知的な雰囲気を漂わせていた。艦長というより秘書のイメージが良く合うだろう。
 出迎えに出たナタルも敬礼で挨拶をすると、すぐさま今後の予定について話し合う。
「我々が護衛を行なえるのは低軌道上までです。その後はアラスカ本部へ直接降下してもらいます」
「お願いします」
「避難民はこちらのシャトルで直接オーブへ帰します」
「了解しました。……ピスティス大尉、これが避難民の名簿です」
 名簿を受け取り、一通り目を通すと、メリオルはある名前に顔をしかめた。
「どうかなさいましたか?」
「……いえ、何でもありません」
 その名前こそ『キラ・ヤマト』の名であった。

2.

「キラが降りられない!?」
 思わず叫んだサイは、トールと共にムウに詰め寄った。
「いや、まあ……だからな」
「どういうことですか大尉!!」
 事の発端は、避難民をオルテュギアへ移す際に起こった。次々と連絡艇へ乗る避難民をよそに、キラだけはアークエンジェル
へ残るよう命令されたのだ。
「お前ら落ち着けって……要するに、キラは志願兵なんだよ」
 ムウが曰くには、非常時であっても民間人が戦闘行為を行なえば、それは犯罪となってしまう。それが機密であるMSならば
尚更だ。そこで、それを回避する為の処置として、キラを志願兵として入隊したことにしたのだ。
「それじゃあ、キラをこれからも戦わせるってことですか!?」
「いや、除隊許可証があれば直ぐにでもやめられるんだが……」
 頭をかきながら申し訳なさそうに続ける。
「いや、キラの場合はストライクに乗っちまってるからな」
 連合軍の技術の粋を集めて造られたXナンバーにキラは乗ったのだ。ムウ達では独断で許可証を出す事は出来なかった。
「そんな!」
「とにかく、アラスカ本部にはハルバートン提督が居るから、坊主はそこまでこの艦に乗ってもらう事になる」
 ややこしい処置だが、仕方ないといえば仕方ないのだろう。
「すまんな……まぁ、ちょっと遠回りになるだけで必ずオーブに帰すからな!」
 そう言うとムウは立ち去ってしまった。
 しばしの静寂の後、サイ達は互いの顔を見回す。
「サイ、乗らないの?」
 フレイが連絡艇へ乗ろうと急かすが、サイは首を振った。
「悪いフレイ。俺達は残るよ」
 信じられない言葉にフレイは「え」と聞き返す。
「キラは俺の友達だからな」
「残してくわけにはいかないって」
 呆然とサイ達の言葉を聞いていると、連絡艇の搭乗員が声をかけた。
「おい、そこの。乗らんのか、出すぞ!」
「待ってください、彼女も乗ります!」
「ちょっと! サ、サイ!?」
 サイはフレイの肩をぐっと掴み、しばしその顔を見つけた。
「大丈夫。無事にオーブで会えるから」
「またね、フレイ!」
 取り残される不安感がフレイを襲った。去ってしまったサイ達にオロオロとしながら悩んでいると、背後から連絡艇の搭乗員
の急かす声が聞えてくる。その声に急かされるようにフレイは思わず、
「ア、アタシは残ります!」
 と言ってしまった。

3.

 その頃、シャアのファルメルは、サイコミュを装備したザクのテストをする為、デブリベルト宙域に留まっていた。
「ララァ、調子はどうか?」
『順調です少佐』
 ララァの乗るザクはデブリを避けながら動いていた。本来、シャアの任務はサイコミュの起動テストであった。しかしヘリオ
ポリスでのMS開発をある有名な情報屋から得た為、近くにいたファルメルが向かう事になったのだ。
「搭乗のたびに腕が上がりますなぁ」
「ああ、さすがだ」
「ニュータイプというやつですか? 私にはよくわかりませんが」
「ところでドレン。捕虜にしたザフト兵はまだ目を覚まさないのか?」
「はい。現在は保安部のコーディ1名、ナチュラル2名を監視につけております」
 困ったように言うとドレンは、はぁと溜め息を吐く。
「いっそ死んでくれた方がいいのですがな」
「そんな事を言うなドレン……」
 現在ジオン内部では、ザフト兵の捕虜をとる事に難色を示している。言うまでもなく捕虜虐待が原因だ。各指揮官はその対応
に追われおり、シャアもそれは同様だった。
「とにかく虐待だけは起きないよう注意しろ」
「了解です少佐殿」
 その時、モニターに閃光が映った。紛れもなく何かが爆発したその光は、ララァがテストを行なっている場所であった。
 慌しくなる艦橋で、シャアは冷静にララァへ通信を送る。
「何があったララァ」
『少佐……申し訳ございません……ザフトのMSを発見したので撃破しました』
「スレンダー!」

「こちらでも確認しました。少尉の機体は無事です」
 起動テストを撮影していたスレンダーは、そうシャアに返答した。
 しかし、ララァは苦しんでいた。始めて人を殺したのだ。今までは代わりをデニムが行っていたが、彼女は遂にその手を汚し
てしまったのである。死亡したパイロットの感情をダイレクトに感じ取ってしまったララァは少し錯乱していた。
「スン少尉、返事をしてください! スン少尉!」
「だ、大丈夫です……それより伍長……アレを……」
 ――アレ? 何の事だ……MSか?
 ララァの指摘と前後して、目の前のモニターに映っていたのはMSなどではなく一隻の救命ポッドであった。

4.

 ファルメルの格納庫にはスレンダーが曳航してきた救命ポッドが横たわっている。シャアとドレンは視線を交して溜息を付い
ていた。なぜならこの救命ポッドはザフト製だからだ。十中八九、中にいるのはコーディネイターだろう。頭痛の種が増えるわ
けだ。兵士の一人がポッドを操作し、「開けます」と言った。
 ハッチがかすかな音を立てて解放され、待機していた兵が銃を構える。しかし――
<ハロ・ハロ……>
 間抜けな声を発しながら漂い出たのは、ピンク色の球状の物体だった。パタパタと耳が羽ばたくように動き、つぶらな目がふ
たつ光っている。どうやらペット用のロボットらしい。何者が出てくるかと身構えていた一同は完全に毒気を抜かれてしまった。
「ありがとう、ご苦労様です」
 ハッチの中から、愛らしい声と共に彼女は出てきた。やわらかなピンク色の髪と長いスカートの裾をなびかせて、ハッチから
出てきたのは少女と言っていい年齢の女の子だった。その姿に、屈強なジオン兵達はどう対応していいかわからない。
「あら……あらあら?」
 慣性のままに漂っている少女の体を、シャアが掴んで床に引っ張っている。
「ありがとうございます」
「……あ、ああ」
 戸惑うシャアだったが、ふと、その少女の顔が疑問符を浮かべた。
「あら?」
 その目は、シャアの軍服に向けられている。
「あらあら……まあ、これはザフトのお船ではありませんねの?」
 一拍おいて、ドレンが深々と溜息をついた。

5.

「私はラクス・クラインですわ。これは友達のハロです」
 少女はシャア達の前に、ピンクのロボットを差し出して紹介する。<ハロ・ハロ・ラクス>と間抜けな声を発するロボットを
見てドレンが頭を抱える。
「ラクス・クライン……たしか、プラントの歌姫にして最高評議会議長のご令嬢の名前の筈だが」
 シャアの呟きに、ラクスが嬉しそうに手を打ちあわせた。
「その通りです。良くご存知ですのね」
 あっさり答えたラクスに状況が理解できていないのか2人が肩を落とす。
「……そんな方が、どうしてこんな所に?」
 気をとりなおしてドレンが尋ねる。
「ええ、私、ユニウス7の追悼慰霊の事前調査に来ておりまして……。そうしましたら、連邦軍の艦と出会ってしまいまして。
臨検するとおっしゃるので、お受けしたのですが連邦の方々には、わたくしどもの船の目的がどうやらお気に障ったようで……」
 そこまで言って彼女のその柔らかな眉が悲しげに寄せられた。
「それで……わたくしは周りの者達に、ポットで脱出させられたのですが……あの後どうなったのでしょう。連邦軍の方々がお
気を鎮めて下さっていれば良いのですが……」

 シャアとドレンは、士官室の一室にラクスを案内させると互いに頭を抱えた。
「面倒な話になったな……」
「いかがなさいます少佐」
 相手は最高評議会議長のご令嬢、このままソロモンへ帰還すれば人質となり、外交カードとして利用されるだろう。
「唯でさえ捕虜がおりますからなぁ」
「だからといって放り出す訳にもいくまい」
「監視はどうします?」
 シャアはしばし考えると、思いついた様にドレンに告げた。
「ララァに任せようと思う」
「スン少尉に? しかし、少尉はナチュラルですぞ」
「相手は民間人だ。訓練を受けていないのなら問題ない。女性同士、なにより年が近い……」
「そうまで言うのでしたら……」
 ドレンは渋々ながらも、シャアの決定に同意した。

6.

 シャア達が悩んでいる頃、デブリベルトに近づく艦艇があった。ヴェサリウスである。
 一度はプラントへ戻ったヴェサリウスは、すぐに出撃を命じられた。プラント最高評議会議長の娘、ラクス・クラインが行方
不明になったからだ。ラクスの捜索にいくつもの部隊が派遣され、ヴェサリウスもその中の一つであった。
「あまり硬くなるなアスラン」
「いえ……しかし自分で宜しかったのですか?」
「ああ、隊長が戻られる間だけだ」
 ヴェサリウスの艦橋では艦長のアデスと、その補佐役としてアスランがシートに座っていた。本来なら隊長であるクルーゼが
座るはずの席だが、彼は本国に留まっている。ヘリオポリスの件でクルーゼは更迭されたのだが、その事を知らないクルーゼ隊
はアデスを隊長代理とし、今だクルーゼ隊として動いていた。
「しかし、隊長の査問がここまで長くなるとはな……」
「やはりニコルの事で……」
 ニコル・アマルフィがMIAになった事は隊全体に只ならぬ影響を与えていた。特にイザークは自身の不甲斐無さに腹を立て、
ディアッカと共に打倒“赤い彗星”を誓い、シミュレーションに躍起になっている。他のクルーにもそれは伝わり、結果として
隊の結束を高めることとなった。アスランを除いて……。
「自分を責めるなアスラン。彼のことは隊全体の責任だ」
「……はい……」
 アスランは艦で唯一人、動揺を隠しきれなかった。ニコルの事もあるが、それ以外に親友キラ・ヤマトの存在、そして婚約者
のラクス・クラインが行方不明になった事が上げられる。このために、パトリックはクルーゼが更迭された事をヴェサリウスに
知らせなかった。息子がさらに落ち込むのが目に見えたからである。
「艦長。デブリベルト一帯のミノフスキー濃度が異常に高まっています」
 部下の報告にアデスは顎に手をやり考え込んだ。ミノフスキー粒子は、トレノフ・Y・ミノフスキー博士によって発表された
ミノフスキー物理学仮説であったが、従来の物理学の全てを覆す新説は当時の学会には到底容認できるものではなかった。発表
当時、宇宙世紀に復活したエーテル理論だと揶揄され、またその前提となるミノフスキー粒子自体が発見される前であったこと、
ミノフスキー博士は学会を追放された。それでも博士は諦めきれず、プラントの学会にこの仮説を持ち込んだのだが、コーディ
ネイターに発見できないものがある筈がない、ナチュラルはやはり愚かだと一笑されるに終わっている。これがきっかけで博士
はプラントに良い感情を持っていない。
 結局の所、彼を受け入れたのはジオンだけであった。おかげでミノフスキー物理学を独占でき、ザフトや連合に比べはるかに
優位な位置に立てたのである。ザフト、連合共に何とか粒子濃度を確認する事は出来ていたが、現状で自由にミノフスキー粒子
を散布できるのはジオン艦のみなのである。
「艦長、まさかシャアのムサイ級では……」
「可能性としてありうるな」
 アスランは考えたくはなかった。もしシャアがラクスの乗る視察船を襲ったとしたら、無事ですむはずがないのだから。