Zion-Seed_51_第34話

Last-modified: 2007-11-19 (月) 18:20:28

 ジブラルタル基地。
 この基地はザフト地上軍にとって大西洋連邦とユーラシア連邦の橋頭堡となる重要基地である。その規模は
連合に近いという理由からかなりのもので、MSだけでも400機を優に超える戦力を保持していた。大西洋に
面した湾岸部には無数の砲台群が配置。更には布陣している潜水艦隊の存在がジブラルタル基地を難攻不落の
永久要塞としていたのである。
 ジオンよりも早く地上へ展開していたザフトは、水中用MSという観点において一日の長があった。早期に
水中用MSを実験することができた為に、グーンやゾノといった高性能MSを開発できた。ジオンはゴックや
アッガイを地中海に投入したが、付け焼刃のMSでは対抗できなかった。
 そんな無敵を誇るジブラルタルにザフトは増援部隊を集結させた。

――――第34話

 砂漠の虎の敗北によって地上へ送られた増援部隊。その中にアスラン・ザラもいた。本来ならプラント本国
にいる筈だったが、親友であるキラ・ヤマトに会うという理由で地上に降りたのだ。
 そんな彼は、カーペンタリア基地に所属するマルコ・モラシムの部隊に身を寄せていた。
「少しは慣れたかな? 地球の重力に?」
「はい。始めは戸惑いましたが、今は」
「そうか。だが、人間慣れ始める頃が一番危険なのだ」
「……肝に免じます」
 地球の重力に慣れていない兵は赤服・緑服とわず厳しい訓練を施される。当初はパトリックの息子であると
同時に英雄であるアスランにその様な訓練は不要との声も上がったが、モラシムを始めとした現場指揮官から
異議が唱えられ、現在に至っている。アスランとしてはそれを厄介に思うことはなく、むしろ特別扱いになら
ないことが嬉しかった。
(地上に降りたのは正解だった。しかし、キラ……お前は今何処にいるんだ)
 アークエンジェルがユーラシア連邦に向かったのは確認できた。だがその後の行方が解らない。再びキラに
会いたいアスランとしては、一刻も早くその行方を調べたいのだが、ジオンがバナディーヤを占拠した報せに
よって、ザフト地上軍は緊張状態になっており、調べる暇が無かった。






 このような情勢下でカーペンタリアを出港したモラシム隊は、ジブラルタルへの輸送船団を護衛する任務に
就いていた。旗艦クストーを先頭に、3隻のボズゴロフ級潜水艦と10隻の輸送潜水艦が旧モロッコ沿岸を進む。
 すると、後1時間もすればジブラルタルに着くところで、オペレーターがSOSを受信したと言う。
「ミノフスキー粒子の影響で断片的なモノしか分かりませんが、反応はレセップス級のものです」
「モラシム隊長、助けましょう」
「アスラン・ザラ、少し落ち着け。敵は連合か? それともジオンか?」
「MSのようですが、データに無い機体です」
 現在確認されている水中用MSはゴックとアッガイのみ。違うとなると新型MSであるのは明白だ。
「新型となると、ことは慎重に動かねばなりません」
「待ってください。救援へ向かうべきです」
 味方の窮地にアスランは救助を進言するが、モラシムの副官ハンスは慎重論を言う。
「救援はジブラルタルから出るだろう。我々の任務は輸送船団の護衛だ」
「そんな悠長なことは……」
「アスラン、宇宙ではどうだったか知らんが、地上では命令無視は許されない」
「だが、見過ごすわけにもいかんぞ」
 2人のやり取りを見ていたモラシムは決断する。
「隊長!?」
「クストーだけ先行する。他の艦艇はこのままジブラルタルへ」
 それだけ告げるとモラシムは艦橋を出た。

 宛がわれたディンからレセップス級を見たアスランは、その姿に絶句した。
 外から見ただけでも、十数におよぶ破損箇所が認められる。対空砲は全て潰され黒煙を出し、見るも無残な
姿に変貌していた。これがバルトフェルドの乗艦であったとは、言われなければ気づかないだろう。
 そんなレセップスをこのような姿にした張本人が水しぶきを上げて現れた。
「ジオンのMSか?!」
 機体構造そのものが今までにない形をしているが、モノアイである時点でそれがジオン製であると分かる。
MSは今まで見たことの無い巨大なアームを伸ばし、先端からビームを撃っていた。
「アスラン、オマエはレセップスをジブラルタルまで誘導しろ! MSは俺が相手をする」
 モラシムはザフトにしては珍しく集団戦法を積極的に採用していた。大抵のザフト兵士は個人プレイに走る
のだが、地球の海を体験したモラシムにとって、それは自殺行為でしかないと考えていた。
「全機、私に続け!」
 ハンスのグーン隊が後方から魚雷を発射する。しかしジオンのMSは軽々とかわしてしまった。見たところ
装甲は薄そうだが、機動性はゴックやアッガイを凌駕しているらしい。
 4機の敵MSが散開し、魚雷を放つ。それに合わせる様に、モラシム隊も散開した。
 戦闘に突入したモラシム達を他所に、アスランはレセップスを誘導すべく、ディンを飛ばした。






 ジブラルタルに入港したレセップスのハッチが開くと、包帯を巻いた女性と数人の緑服の兵士が現われた。
「俺はバルトフェルド隊のバーナード・ワイズマン。捕虜になったが、隊長の機転で何とか逃げ出すことが
できた。基地司令官に会わせてもらいたい」
「分かりました。しかし、これはどういうことです?」
 アスランが問うと、バーナードは支えていた女性を見た。
「詳しいことは彼女にしか知らされていない」
 その女性は長い黒髪をポニーテールにした中々の美人だ。しかし顔は青ざめており、所々に赤黒いものが
付着している。彼女は苦しそうにあえぎながら言葉を出した。
「私はアイシャという。バルトフェルドから言伝を頼まれた……ウッ、ゴホッ!」
 アイシャは崩れ落ち赤い血を吐き出す。バーナードが慌てて彼女を支えた。
「ジオン軍はジブラルタルを攻略する為に、恐ろしいMSを造った。ことはジブラルタルだけでなくカーペン
タリアにもかかわる。至急、司令官に……」
「しっかりしろ!」
「ジオンの拷問さえなければこんなことには……」
「何をしている! 早く司令官のところへ!!」
 バーナードが厳しい口調で言うが、ジブラルタル所属でないアスランには権限がない。どうしたらいいかと
悩んでいると、基地関係者が慌てて駆け寄り、彼らの要求を受け入れた。
 アイシャはストレッチャーに乗せられ運ばれていくと、アスランはその場に立ち尽くした。
(これで良かったのか?)
 違和感を感じる。それがなんなのか分からないがあまりにも出来すぎな展開に引っかかりを感じたのである。
 そんな感覚に頭を悩ませながらディンに乗り込むと、入港してきたクストーに帰還した。どうやらジオンに
は逃げられたらしい。アスランはモラシムに報告を済ませると、先程のやり取りおよび自身が感じた違和感に
ついて話した。
「彼らのIDは調べたのか?」
「いいえ。暇がなかったので……」
「何だとッ!!」
 アスランを睨みつけるようにして、モラシムは叫んだ。






 司令室で待っていたヨアヒム・ラドルは、警備兵に囲まれて入室してきた隊員を見て急いで腰を浮かした。
なぜなら脱出した兵達の中にバルトフェルドの恋人の名が有ったからだ。彼女の名はバルトフェルドの部下か
親しい友人しか知らない。
「ラドルだ。アイシャ、一体何があった」
「それは……」
 ラドルはその友人の一人だった。そのため、重傷である彼女を気遣うように駆け寄った。しかしアイシャは
俯きながら弱々しい声で答える。ラドルは上半身ごと顔を彼女に近づけた。
「それはこういうことです、ラドル閣下……あんた等は私達の捕虜だ!」
 声を合図に、隊員達は警備兵のライフルを奪い去り、ラドル他幹部達に銃口を突きつけた。
「き、貴様! アイシャではないな!!」
「お初にお目にかかる、ラドル閣下。私はジオン海兵隊のシーマ・ガラハウ少佐。残念だったねえ」
 アイシャ改めシーマは不敵に笑った。まるで獲物を追い詰めた蛇のような目だ。
「こうもうまくいくとは思わなかったよ。IDカードまで偽造して来たのに、調べもしないなんてねえ……」
 全てはガルマの策略だった。執務室まで入り込んだカガリを見たガルマは、同じ事がジブラルタル基地にも
通用しないかと考えたのだ。
 実行に移されたこの作戦はアフリカ方面軍に所属するコーディネイター――ハーフ、クォーター含む――を
作戦の中核とした。何しろ敵陣のど真ん中に入り込むのだ。普通のナチュラルでは荷が重い。しかし特殊訓練
を受けていないものが大半だったこともあり、シーマが陣頭指揮を執ることになるのだった。そして案の定、
強い同胞愛を持つコーディネイターは策にはまったのである。
「これも“軍隊ゴッコ”のザフトならではなのかい?」
「ふざけおって……」
 ラドルは己の失敗に腹を立てながらも、シーマを前にして強気の姿勢でいた。
「この基地から無事に出られると思ったか? 人質をとったつもりだろうが、我らコーディネイターを貴様らと
同一視するなよ。貴様らの命を護る盾などないのだぞ!」
「人質……? 勘違いすんじゃないよ」
 シーマはバーナード――バーニィに視線で合図をする。彼は座っていた通信士を退かして機械を操作すると、
室内マイクをオンにした。スピーカーからは救援を求める声が流れ出す。
『こちら第27監視哨! ガウ攻撃空母の編隊がジブラルタルへ接近中! 繰り返す! ガウの編隊が……』
『退けっ! ダブデ級陸上戦艦が接近中! 至急、救援を……ザザッ……』
 次の瞬間、爆発音が鳴り、少し遅れて砲撃音がこだまして通信が途絶えた。
「何ということだ……」
「ご理解が早くて嬉しいかぎりさ」
 シーマは満足そうに言う。
「解ったろ? あんた等は人質なんかじゃなく、ただの捕虜さね」






 ガウ攻撃空母10機とドタイ50機、そして護衛のドップ80機という編隊は、ジブラルタル南東から基地上空に
絨毯爆撃を開始した。“ヘラクレスの柱を折るのでは”と称される爆撃の初めの犠牲は飛行場だ。
 ここは基地防空隊が待機しており、小型VTOL戦闘機インフェトゥス150機が配置されていた。これらが
迎撃に加わればジオン空軍戦力を引かすことができただろう。しかし、待機していた150機は1機も飛び立つ
ことなく消滅した。戦闘機の大半を滑走路にむき出しの状態で待機させていたことが仇となった。
 なぜこんな馬鹿なことをしたのか。それはザフトのMS至上主義の所為である。地球進行の際、主力戦闘機
として開発されたインフェトゥスは艦載機としても運用するため収納性を高められていた。機体を前後に折り
たたむことでスペースの確保したのである。しかし、収納性を優先させていたため、火力・航続距離共に低く、
地球連合の戦闘機にも劣っていることが露呈してしまう。さらにザフトの航空兵器がディン主体に変化すると、
格納庫はディンが優先して置かれるようになった。戦争初期ではインフェトゥスを置く場所も確保できたが、
二線級扱いになり、ディンと置き換えられていく。このツケが今回ったのである。
 空の怪物と恐れられるガウの奇襲は成功を収めた。これと同時に胴体部のハッチが開かれると30機のMSが
一斉に降下を始めた。対空砲火の餌食となった機体もあるが、全体の9割強が降下に成功する。
 ザクは施設を攻撃、グフは敵MSを迎撃する。ザフトも必死の抵抗を見せるも、大半が散発的なものだった。
 このときザフトは、司令部が制圧されたことにより、指揮系統に混乱が生じていた。ザフトは各隊員の知的
レベルの高さに基づく判断力を生かし柔軟に戦うため階級が存在しない。しかし、幾ら知的レベルが高くても
正しい情報が入ってこない現状では、統一した動きを全体が取ることなど不可能だった。
 そんな中でモラシムは冷静さを失わずいた。浮き足だつ部下を落ち着かせると、ジブラルタル脱出を図る。
 飛行場は酷い有様だが、軍港にはまだ爆撃が行われていない。だが、ガウが反転してくる可能性があった。
停泊中を狙われれば、如何にモラシムといえど打つ手がない。
「輸送船団にも知らせろ! カーペンタリアに戻るとな!」
 何とか動き始めるクストー以下3隻。ジブラルタル所属の潜水艦も湾口を目指す。しかしクストーの前方に
いた潜水艦に水しぶきが上がる。湾口で待ち伏せていた敵が魚雷を放ったのだ。
「隊長、敵MSです! ゴック12機、それから……」
 モニターを見つめたオペレーターは口をつぐむ。
「どうした?!」
「……先程と同じ新型MSが24機」
 モラシムは一瞬だけ凍りつく。それでも気迫で立ち直ると、MSに出撃命令を出した。






「ドライゼ艦長。シュタイナー大尉から入電。“封鎖に失敗、敵の迎撃あり”です」
 指揮系統が崩壊したジブラルタル基地において唯一まともに機能していたモラシム隊に攻勢を仕掛けたのは
スエズ基地のドライゼ隊だった。旗艦のユーコン級潜水艦“U-801”艦長のドライゼ少佐は潜望鏡から目を
離すと敵に賞賛を送った。
「素早い判断だな。“砂漠の虎”以外にも、まともな指揮官がいたか」
「もしかしたら“紅海の鯱”かもしれませんね」
 “紅海の鯱”とは、まさにマルコ・モラシムのことを指している。
「確かにその可能性はあるな」
「しかしハイゴックの前では“紅海の鯱”も手も足も出ないはずです」
 ドライゼは新型MSのハイゴック1個大隊をぶつけていた。ツィマッド社が開発したハイゴックは統合整備
計画でゴックを改修した時期主力MSである。ゴック程の装甲はないが、下手をすれば陸戦用MSよりも高い
運動性と機動性を持った水陸両用MSだ。
 更には特殊部隊“サイクロプス”を中心としたベテランが搭乗している。さすがのモラシムでも分が悪い相手
と思われていた。
「果たして、そう旨くいくかどうか……」
 ドライゼは不安を感じ取り、頭の帽子を被り直した。

「全機、油断するな。どうやらさっきの奴のようだ、注意しろよ!」
 ハーディ・シュタイナー大尉はサイクロプス隊の隊長だ。叩き上げの職業軍人で、それゆえに煙たがられる
ことも多いが、ジオン軍でも有数の指揮官と言えた。
「へへへ、思い知らせてやるとするか」
「♪~♪♪~!」
「またテーマ曲かよ」
 ザフト艦から出撃したMSがハーディ達に迫る。モラシムとハンスのゾノ、その後ろにグーンが続いた。
 サイクロプス隊はそろって魚雷をモラシム隊に向けて放つ。モラシム隊はそれを軽くかわして見せた。だが、
回避行動を行なっている間にサイクロプス隊のハイゴックが急接近する。
「全機散開!」
 ハーディの意図に気づいたモラシムは素早く指示を出した。ハンス達も即座に対応するが、遅れたグーンが
ハイゴックのアイアンネイルに切り裂かれてしまう。
「やはり接近戦か……」
 グーンは対MS戦闘を想定せずに造られた機体だ。その為、接近されれば攻撃方法が無い。
 鈍重なゴックなら近づかせることもさせなかったが、ハイゴックにはいとも簡単に接近を許してしまった。
「ハイゴックならばゾノに負けんぞ!」
 先手を取ったことでモラシム隊の連携が崩すことに成功した。
 サイクロプス隊の4機が目標としたのはモラシムのゾノだ。先の海戦で、モラシムの動きの良さに着目した
ハーディは最優先目標としていた。
 1機を相手に4機で仕掛ける。些か卑怯な行為ではあるが、相手はコーディネイターだ。ベテランぞろいの
サイクロプスでも慎重を喫したかった。
「目標を確認! 攻撃します!」
 アンディ・ストロース少尉とガブリエル・ラミレス・ガルシア軍曹が左右から挟み打つ。しかし――
「その攻撃は見切っているわ!」
 モラシムは限界まで引きつけてハイゴックを往なした。そして回避と同時にフォノンメーザー砲を発射する。
ガルシアは何とか回避したが、アンディには命中してしまう。
「うわぁぁぁ!!」
「アンディィィッ!!!」
「ク、クソがッ! やりやがったな!」
 モラシムの腕はハーディの想像をはるかに上回っていた。確かにハイゴックならば、ゾノが相手でも優位に
立ち回れただろう。しかしハーディは知らなかった。このゾノに乗っていたのが“紅海の鯱”であることに、
「ミハエル! ガルシア! フォーメーションを組みなおすぞ!!」
 ミハイル・カミンスキー中尉がアイアンネイルの先端からビームカノンを発射した。
 その隙にガルシアが距離を取る。
「いい腕だ! だが、あまり俺を甘く見るなよ!」
 爆発四散するハイゴックを確認し、モラシムは残りの機体を睨んだ。

 アフリカ方面軍はモロッコ最北部のセウタに司令部を敷いていた。
 セウタはジブラルタル海峡に近い地中海沿岸に位置している。ジブラルタル海峡の幅は14~44km。そのため
艦砲射撃を行うには絶好の場所だった。ダブデ級陸上戦艦の主砲の力をいかんなく発揮している。
 兵達の士気も高く、奇襲の成功に誰もが沸きあがっていた。しかし、ガルマ・ザビ准将は興奮することもなく、
ただ戦況を見つめてばかりだ。
「湾口を押さえられなかったか」
 この一言だけでガルマの焦慮を理解するのには十分だろう。
 本作戦は第一に司令部の占拠、第二に制空権および制海権の確保が目標だった。その為にシーマを潜入させ、
無防備な滑走路に敷き詰められた戦闘機にはガウ隊を、沈降できない湾内の潜水艦にはユーコン隊を回した。
だが、先の二つは成功したものの、後の湾口封鎖には失敗してしまった。つまり、ジブラルタルの潜水艦隊は
健在というわけだ。
 ガルマは思考の海に入り込んだ。この後の作戦は揚陸艇を上陸させ、一気にジブラルタルを占領することに
なっている。しかし、ジブラルタル艦隊が揚陸艇を沈める可能性も出てきた。
「湾口を突破した艦隊は?」
「13隻ですが、これはジブラルタル艦隊ではありません」
「なに?」
「報告によると、入港したばかりの潜水艦だそうです。しかも大半が輸送艦だとか」
「となるとカーペンタリアの部隊か」
 言いながら前髪をこねる。
「ドライゼ少佐は“紅海の鯱”の可能性もあると言っています」
「ほぉ、その根拠は?」
「サイクロプス隊のアンディ・ストロース少尉が戦死したことからです」
 ガルマは目を見開く。サイクロプス隊の実力は彼も知っていた。
「奴らも手の内を見せなかった訳か」
 レセップスとの偽装戦闘の際、サイクロプス隊は手を抜いていた。敵も同様だったのだ。
「戦闘地域は?」
「湾口近海です」
 ガルマは広げられた海図に目を落とす。上陸地点と湾口では距離がある。上陸作戦の成功確率は高いだろう。
しかし、失敗する確率も低くはない。およそ2~3割の確率で、敵部隊の接近を許すことになる。上陸部隊が
殲滅されればジブラルタル攻略はもちろん、アフリカ方面軍には大打撃を負ってしまう。だからこそガルマは
慎重にならざるおえなかった。
「ハイゴックの調子はどうか?」
「3機の損害で、ゾノ2機、グーン5機を撃破しております」
「つまりこちらが有利なのだな」
 このことがガルマを決断させた。






 その頃、アスランは1隻多くの脱出艦艇を護るため獅子奮迅の活躍を見せていた。
「なんて敵の数だ!」
 それでも次から次へと現れる下駄付きMSに手を焼いていた。彼は既に4機の下駄付きMSを落としていた。
味方のディンも必死になって応戦している。だが、いくらアスラン達でも護りきるには限界が近い。
「基地から増援は無いのか!?」
 満足な情報も得られぬアスランは基地飛行隊が壊滅したことを知らなかった。
「アスラン! 四時方向から敵機!」
「クッ!!」
 慌ててスロットルを引くとモニターの前をミサイルが通り過ぎた。見るとドップの編隊が10機向かってくる。
モラシム隊の腕を知ったジオン軍は部隊を集中させつつあったのだ。
「しまった!!」
 集中力を欠いたところを狙われ、潜水艦に爆弾が次々と投下される。アスランは阻止せんと立ち向かうが、
モラシムからの通信がそれを阻んだ。
「撤退とはどういうことです!」
「ジブラルタルはもうだめだ。生き残った艦艇だけで海峡を脱出する」
「まだ基地で戦っている者もいます!」
「だからこそだよアスラン。彼らがいる限り、ジオンも戦力を分散せざるえない。基地が抵抗している今しか
脱出の機会はないのだ」
「しかし……!」
「質問をしよう。今ジオンの上陸部隊がセウタから向かって進行中だが、我々はこいつを叩きに行くべきか?」
 アスランは答えに詰まった。
「答えはNOだ。そんな事をすれば艦隊防衛に穴があき、敵MSがなだれ込んでくるぞ」
 モラシムはたった1機で3機の新型機を相手取っている。ハンスらも苦戦しつつであるが持ちこたえていた。
「コーディネイターと言えど万能ではない。それを自覚しろ、アスラン」
「クッ……」
 無力感の中でアスランはクストーに帰還した。そしてIDカードを確認しなかったことを死ぬほど後悔する。
なぜなら、この日ジブラルタルを脱出できたのは20隻にも満たない艦艇だけだったのだから。






 モラシム隊が逃げる時間を稼いでいるかのようにジブラルタル基地は抵抗を続ける。それでも揚陸艇が着き、
ジオンの制圧部隊がなだれ込むと、抵抗は徐々に薄れ、降伏するも者も出始めた。
 そして数時間後、難攻不落といわれたジブラルタルは陥落する。捕虜の数は20000人を超えた。
「捕虜の扱いは徹底させろ。違反した者は銃殺刑だ!」
 ジブラルタル基地に降り立ったガルマの第一声である。
 些か厳しい処置だが、ここまでしなければ軍規は保たれない。それだけ公国のコーディネイターに根付いた
反プラント感情は深いものだった。
「しかし20000人以上か」
 捕虜の数を聞いたガルマは呆れた。ただでさえバナディーヤ占領の折に5000の捕虜を得ていた。今度はその
4倍である。ガルマは、この数を知ったマ・クベはどんな顔をするだろう、と思い描いた。
 一先ず基地司令部に足を運ぶと、作戦の立役者であるシーマが敬礼を持って迎えた。
「よくやってくれた。ジブラルタルを落とせたのは貴官のおかげだ」
「お褒めいただき光栄です」
 謙遜することなくシーマは頭を下げる。
「それよりもガルマ様。連合軍がオデッサに向け進行中です。軍勢は既にウクライナ国境に達しています。
増援を送るべきかと……」
「無茶を言うな。動かせる部隊などないだろう」
「私の隊なら直にでも動けますが」
 なにやら思惑のある返答に、ガルマの好奇心が疼いた。
「シーマ。何を考えている」
「ガルマ様のために働きたい。それだけです」
「……なるほど、暴れ足りないわけか」
 シーマは本心を付かれるとニヤリと笑った。
「ここにいるコーディ達もストレスを抱えてますゆえ、連れて行っても構いませんか?」
 この言葉にバーニィが驚いた顔をするが、二人はそれに気づかない。
「いいだろう。好きにしろ」
「ハッ!」
 シーマは見事な敬礼をしてみせると、コーディネイター兵と共に出て行った。
 ガルマはそれを見送ると副官のダロダにいくつかの指示を出す。
「ダロダ。基地の通信施設は使えるか?」
「施設事態の損害は皆無ですので可能かと……」
「よし。では、オデッサのマ・クベ中将に戦勝の報を知らせてやれ。連合にも傍受できるようにな」
 こうしてジブラルタル陥落の知らせは世界を駆け巡るのだった。