Zion-Seed_51_第51話

Last-modified: 2008-03-03 (月) 02:41:00

 コズミック・イラ71年4月23日。L1宙域に向けて出撃したウィラード艦隊は、ジオン艦隊を視認できるあと
少しという距離まで艦隊を進めていた。乗艦“ベルヌーイ”の艦橋のスクリーンに小さな光で映し出されている
敵艦の様子を見て、ウィラードは眉をひそめた。

 

「隊長。いよいよですね」
「そうだな……」
「ユニウスセブンを地上に落とした野蛮人どもに我らの力を見せてやります」

 

 部下が家族をユニウスセブンで失っていたことを思い出す。彼だけではない。ザフトにはユニウスセブンに
家族が眠っていたものが数多くいるのだ。

 

「あせるなよ、艦長」
「大丈夫です。たとえ倍の戦力でも我らが負ける筈がありません」

 

 スクリーンの光点は約40程だ。ジオン軍の艦隊編成は一個艦隊が20隻と定めているので、二個艦隊が集結し
ていることになる。一方のザフトの戦力は31隻。これには新造のエターナル級も含まれる。
 この艦隊はザフトの部隊でも開戦初期からの兵士が多い。ウィラード隊を中心にクルーゼ隊やホーキンス隊
といった精鋭が揃っており、さらにジンを高機動型に改修したハイマニューバやビーム兵器を装備したゲイツ
を多数配備。如何に勇猛果敢なジオン軍といえど、この精鋭たちを突破するのは容易ではない。
 だからこそザフト上層部は勝利を確信していた。
 しかしウィラードだけは違った。長年軍務に就いていた彼の直感が危険を訴えていたのである。それが何な
のかは判らない。唯一判っているのはジオン艦隊は侮れないということだ。

 

「敵艦隊に動きあり!」

 

 ウィラードはスクリーンに目を向けると、愕然とせざるをえなかった。なぜなら旗艦である筈のグワランと
大型空母ドロワが十数隻のムサイ級を伴って前進を始めている。

 

「何のつもりだ?」

 

 頑丈な戦艦ならば理解できるが、空母を前面に出す意図が読めない。新手の戦術かと思考していると、再び
ザフト将兵を驚愕させる光景が映った。それはグワランとドロワが突如として爆発したのだ。2隻に続いて、
他の艦艇も次々に爆発する。まるで膨らんだ風船が破裂するように……。

 

「計られた……」

 

 ウィラードはその光景に呟いた。
 爆発した敵艦は精巧に作られたダミーバルーンだったのだ。これはL1の艦隊が囮だったことの証明である。
だが、それは問題ではなかった。ザフト側は囮の存在は予測できていたし、そのためにユウキ艦隊をヤキンに
残している。では何が問題なのか。
 ――それは相手がドズル艦隊ではないこと。
 囮となっているのがジオンの主力ともいえるドズル艦隊だったからこそ、ウィラードは自軍を動かしたのだ。
だが、これがドズル艦隊ではない場合、前提自体が間違っていたことになる。それは圧倒的火力を誇る戦艦に、
182機ものMSを搭載できる大型空母が、自分たちの目を盗んでヤキンに向かっている事実であった。

 

「て、偵察隊は何を見ていたぁー!!」

 

 隣にいる艦長は思わず腰を浮かせ、偵察の失態に叫んでいた。だが、彼らを攻めることはできない。L1に
集結していたのは紛れもなく宇宙攻撃軍だった。ドズルは艦艇を集めることで、意図的に自分たちの居場所を
ザフト側に教えたのである。そしてザフトが迎撃に出た直後に主力艦隊を動かしていた。

 

「敵戦力は一個艦隊ほどっ!」

 

 事実を受け止めたくないのか、クルーの一人が声を上げる。本来ならば喜ぶべき情報なのだが、その報告は
ウィラードにとって意味のないものだった。

 

「卑怯な奴らだ!」
「風船遊びとは、我々を馬鹿にしてるのか!!」
「隊長。奴らを血祭りにしましょう!」

 

 俄かに活気付く艦橋とは裏腹に、ウィラードは爆発を続ける艦艇を見ていた。そしてある物体に目が止まる。
それはバルーンに隠れていた直径が30メートルほどの“岩塊”であった。その岩塊にはロケットブースターが
取り付いており、ブースターに火が入るとゆっくり動き出した。

 

「全艦、迎撃体勢っ!!」

 

 十数個の巨大な岩塊は、ウィラード艦隊めがけて突進していく。スピードが上昇するにつれ、大きさと重量
を武器として強化していく。
 各艦艇は迫り来る岩塊にビームを浴びせるが、加速を増した岩塊に狙いを定めることができない。やがて、
迎撃が不可能と判断した艦は次々と回避行動に移り始めるが、密集していた艦隊が即座に動けるはずもなく、
一部の艦艇同士が衝突を起こす始末。
 結局、まともな回避行動も取れぬまま岩塊は艦隊と衝突した。

 
 

――――第51話

 
 
 
 

 第二艦隊旗艦“ティベ”に送られてくる報告にキリング中将はジッと耳を傾けていた。

 

「敵の損害は三割といったところです」
「10隻か。上出来だな」

 

 キリングが使用したのは衛星ミサイルである。原理は極めてシンプルなもので、宇宙空間をただよう岩塊に
ロケットブースター数基と誘導装置を装着、目標にぶつけるというもの。直撃させることができればアガメム
ノン級すら撃沈できる代物だ。安価なのでソロモン防衛にも用いられている。

 

「これで敵艦の数は20。我らと互角です」
「別の艦隊は見えんな?」
「はっ。どうやら相手は艦隊を分けたようです」

 

 本当は敵の全戦力を引き付けたかった。そうすればドズル中将とコンスコン少将にかかる負担が軽くなる。
 キリングが立てた作戦は、ウィラードが推測したとおり、第二艦隊を囮に敵戦力を引き付け本命である第一、
第三艦隊がヤキンに攻撃するものだった。だが、一個艦隊では囮として機能しないと見たキリングが、ダミー
による艦隊の偽装と衛星ミサイルによる攻撃を提案した。
 キリングの知略によって放たれた衛星ミサイルはウィラード艦隊に降り注ぎ、陣形は崩壊しつつあったが、
これにウィラードは直ちに激を飛ばし、崩壊しかけた陣形を何とか保とうとしている。

 

「早い立て直しだ」

 

 スクリーンに映し出されている敵艦隊の様子にキリングは感心した。

 

「指揮官はウィラードか……」

 

 キリングは即座に敵指揮官の正体を見破った。これだけの艦隊運用を行えるには老練な経験が必要だ。今の
ザフトにそんな能力を持った人間は一人しかいない。

 

「全艦に打電。これより我らは後退する」
「追撃は行わないのですか?」
「できれば戦闘は避けたい。ここからは何の策も考えていないからな」
「なっ!?」
「心配することはない。策は向こうが勝手に考えてくれるよ」

 

 この発言に副官が驚くが、キリングは終始淡々としていた。

 

「やっこさんが軍人ならな」

 

 そう言ってキリングは艦隊を後退させる。優勢な敵が自分たちを追撃するどころか、逆に急速後退を開始し
たので、ウィラードとしては驚かずにいられなかった。追撃を受け、かなりの損害が出ることを覚悟したのに、
肩透かしを喰らったのだ。

 

「なぜ奴らは攻めてこんのだ?」

 

 何かの策ではないかと幕僚達は疑心暗鬼になってしまう。軍人として常識に富んだウィラードは熟考のすえ、
敵の退却は罠だとの結論に達し、反撃を断念した。
 この判断には反対する幕僚も多かった。敵に一太刀も浴びせず後退するなど我慢ならない。しかし、

 

「落ち着くのだ。もはや我らの使命は敵の主力がヤキンに近づいていることを味方に伝えることだ」

 

 それもウィラードの説得により落ち着きを取り戻す。敵の主力――ドズル艦隊がヤキンに向かっているのは
確実だ。目の前の艦隊を追うのは時間の浪費、愚の骨頂である。

 

「追撃はしない。それよりもヤキンまで後退する」

 

 高速艦であるエターナルに先行の指示を出し、ウィラード艦隊は砲火を交えることなく撤退していった。

 

「どういうことでしょう?」
「我らに策があると早合点したようだな。軍人というのは疑り深いものよ……」

 

 ティベでは参謀達が理解できないのをよそに、キリングは後退をやめさせると次の指示をだす。

 

「これより我が艦隊はヤキン・ドゥーエに向かう。ゆっくりでいいぞ。衛星ミサイルの補充もするからな」

 

 キリング・J・ダニカン。戦場において敵の心理を読む手腕こそ、ジオンの宿将と呼ばれる由縁であった。

 

               *     *     *

 

「キリングの親父め。上手くやりおったな!」

 

 ドズルは漆黒の宇宙に見えた光に豪快に笑った。無事にザフトの領域であるL5宙域へ主力艦隊を進められ
たドズルは、眼前に宇宙要塞ヤキン・ドゥーエを確認している。

 

「喜んでもいられません。釣られた魚は戻ってきますぞ」

 

 ラコックの助言にドズルは頷いた。

 

「コンスコンに前へ出るよう伝えろ!」

 

 ここからはスピード勝負になる。第二艦隊が囮として機能している間に主力艦隊がヤキンに取りつかなくて
はならない。MSとMAによって血路を開き、上陸部隊の道を作るのだ。
 自分達が現れることなどザフトは予想していない。今頃は混乱と動揺の坩堝にいるだろう。

 

「各部隊は所定の位置に就きました」
「……ザフトには悪いが、ミネバのためにも勝たせてもらう」

 

 薄く笑うと、オペレーターに命じて全艦艇に回線を繋げさせた。

 

「これより対艦戦闘を行う! 砲術手、腕は鈍ってないだろうな!」

 

 ドズルの激に各艦の砲術士官は震え上がった。元々のドズルは艦隊決戦思想の持ち主である。戦場の主役が
MSに以降したとはいえ、艦隊決戦で敗れるなどあってはならない。

 

「全艦、攻撃を開始!!」

 

 戦隊と航宙戦隊を分け、一糸乱れぬ艦隊機動を行うと各艦は強烈なメガ粒子砲を放った。
 この奇襲に近い形での攻撃に、ザフト側の対応は後手に回ることになる。ユウキは慌てて艦隊を動かすが、
ローラシア級とナスカ級を2隻ずつ失ってしまう。

 

「よし! 続けてMA隊を発進させろ!!」

 

 ドズルの命令を受け、艦隊後方の大型空母ドロワから第1MA大隊が発進しようとしていた。この大隊は、
新型MAビグロを配備した部隊である。
 MSの優位性が立証されたなかで新型MAを開発したのには理由がある。MSパイロットを希望する者は、
MS適正試験を受けなくてはいけないのだが、当然誰もがMSの適正を持つわけではない。試験に落ちた者は
戦車や航空機、もしくは歩兵部隊に廻される。そしてその中にはMAに秀でた才能を持つ者もいた。そのため
に強力なMAが開発されたのである。

 

「ケリィ。先鋒は任せたぞ」
「ああ、任されたぞガトー。ヤキンの海で会おう!」

 

 MAを扱えば右に出るものはいないと言われるケリィ・レズナー大尉は、戦友であるアナベル・ガトー少佐の
激励を受けてドロワより発艦。それに突撃艇ジッコが続く。

 

               *     *     *

 

 同じ頃、ザフトは艦隊の立て直しに四苦八苦していた。

 

「敵は旗艦を中心に紡錘陣で猪突してくる。我々は、危険だがナスカ級とローラシア級2隻編成で戦隊を作り、
ヤキン・ドゥーエの前に単横陣を形成する!!」

 

 ユウキは中央の防衛は特務部隊フェイスが勤め、ジオン艦が迫るにつれて左右の戦隊が挟撃するよう指示を
出した。本来なら戦力を集中したいが、それでは手薄な所が出来てしまう。

 

「我々のいる場所が最終防衛ラインだ。此処を抜かれればヤキンは丸裸にされる。皆も心してかかれ!」

 

 ナスカ級はムサイ級を上回る火力を誇るが、ユウキにとって砲撃戦は不得手。もはやザフトはMS戦に勝機
を見出すしかなかった。
 そんな時、敵艦隊からMAが接近しているとの報が知らされる。

 

「MA? ジオンめ、何を考えている」

 

 ユウキは相手が旧時代のMAなら楽に戦えると判断して、一応の迎撃体勢を取らせた。パイロット達もMA
如きが今更と呆れかえった。誰もがMAでMSに勝てる筈がないと……。
 だが、それは非常に甘い考えだった。とてつもない速さで迫り来るビグロを視認すると、不用意にも正面に
立ったジンやシグーはメガ粒子砲を浴びせられ撃破される。ザフト軍は相手が尋常でないと悟り、慌てて対応
しようとするが、加速のついたビグロを捉えられない。仮に捉えたとしても厚い装甲によって銃弾が弾かれて
しまう。そして注意がビグロばかりに移ると、後に続くジッコがミサイルの雨を降らせた。

 

「ええい、MA風情が舐めやがってえ!」
「クソッ! 誰かコースト隊を呼べ!!」
「いやそれよりもゲイツを!!」

 

 ジンやシグーでは歯が立たない事態にハイマニューバやゲイツを求む声が出てくる。だが、ハイマニューバ
を配備した部隊は、殆どがウィラード艦隊に廻しており、ユウキ艦隊にはコースト隊しか存在しない。一方の
ゲイツも先行量産機が30機しか配備されておらず、フェイスや一部のエースにのみしか与えられていなかった。

 

「よ~し。一気に押し込め!!」

 

 MAによる強襲が成功すると、それに続けとばかりに第三艦隊がなだれ込んだ。第三艦隊はコンスコン少将
自慢の機動部隊だ。パイロットは何れも精鋭揃いで、中でも12機のゲルググの活躍は凄まじい。それもその筈、
ゲルググに乗っているのは、コンスコンの子飼いのコーディネイターなのだ。

 

「フィーア! コンマ2秒タイミングが遅れてるわよ!」
「しっかりしなよ。唯でさえドジなんだから!」
「ううう……すみません」

 

 そんな言い合いをするツェーン小隊は、既にジン、シグー合わせて4機を撃破していた。

 

「畜生、お前らコーディネイターだな!?」

 

 それが同胞であることに気付いたザフト兵は、容赦なく牙を向く彼女達に困惑しつつも、突撃銃を撃ち返す。
しかし、彼女達の操るゲルググはいとも簡単に回避してみせる。

 

「何故だ! 何故、同胞を裏切った!!」
「生憎だけど、あんた達を同胞だと思ったことは一度だってないよ!」

 

 コンスコンは、幼い頃に捨てられたコーディネイターを引き取り、今日までパイロットとしての教育を受け
させていた。コーディネイターが集団戦法を取るとなると、戦術に乏しいザフトにとっては堪らない。

 

「ごめんなさい。足長おじさんのために逝ってください!」

 

 そう言ってライフルで牽制射撃を行うと、最後は無常にもビームサーベルによって両断されてしまった。

 

               *     *     *

 

 ジオンの機動部隊の攻撃で陣形をズタズタにされたユウキ艦隊は、これ以上戦線を維持することができない
と判断し、要塞司令部に増援要請を行なった。

 

「今すぐに第1から第5までの防空隊を送れ!」

 

 パトリックはユウキの要請に苦い顔をしながらも、戦力の出し惜しみは愚作と考えた。

 

「奴らは本当にドズル艦隊なのだな?」
「そのようです。どのように艦隊を偽装したかは不明ですが」
「くっ。姑息な真似を……」

 

 パトリックは歯ぎしりしながら、敵の策略に踊らされたことを悔しがった。

 

「ウィラードが戻るまでの時間は?」
「エターナル級でも2時間は必要です」

 

 2時間――戦場においては永遠にも近い時間である。

 

「何としてでも持たせろ! ウィラードが戻れば押し返せる!!」

 

 そしてスクリーンに映る戦闘映像を睨みながら、パトリックは何か打開策はないかと模索し始めた。