grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_短編

Last-modified: 2008-02-19 (火) 01:30:06

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それは、世界が静寂という闇に包まれ始める時間

 

glow & grow 短編「贈り物」
(時系列:STS)

 

「ちょっと、風邪ひくわよ」
「これくらいで風邪などひかん」
木にもたれながら、独り、海を眺めていたイザーク・ジュール。そんな彼に、夜風に当たりに来たであろうティアナ・ランスターが声をかけた。
2人から漏れる白い吐息。
2月の半ばになるとはいえ、風は身を刺すように冷たく、手袋とマフラーはいまだ必需品。
そんなこたつが恋しい時に、6課の制服を身にまとうだけのイザークを、寒いのではないか思ってしまい、ティアナは心配になっていた。

 

だがその心配をよそに、イザークはティアナの問い掛けに答えた後も、振り向くことなく夜の海を見続ける。
まるで、何かを探すかのように、だ。いや、彼だけが見える誰かと大切な話をしているのかもしれない。
ティアナにわかることは、イザークが静かに海に目を向けている。ただ、それだけだった。

 

時間は刻々と過ぎていくが、いつまでたっても動く気配はない。
ティアナは、聞く耳持たないイザークに我慢の限界を迎えてしまい、前に回りこんで何かひとこと言おうと決意した。

 

・・・

 

だが、

 

・・・

 

それはできなかった。

 

イザークは、確かに夜の海に目を向けていた。
しかし、ミッドナイトブルーとなった瞳は、遠くに光る灯台でもなく、はたまた水面に映った隊舎の光を捉えるわけでもない。
ただただ瞳に映るのは、打ち寄せては飛沫をあげる波。
それがまるで、イザークの心の闇の中でずっとせき止められていた、彼の痛み、今まで堪えてきた涙の粒でもあるようで……思わずティアナを口ごもらせてしまう。
ティアナも、イザークがどういう人生を歩んできたか、知らないわけではない。
そして、訓練校時代から今までも、楽しいことと同じように、数多の辛い、悔やみきれないことがあった。
それを知っているからこそ、なのだ。
今は何もせず、何も言うべきでない。そう結論づけたティアナは、イザークのいつ終わるともしれない行為が終わるまで、近くのベンチに腰掛けて待つことにした。帰ってもよかったが、イザークが心配でそれは出来なかった。

 

「いつまでぼーっと座っている」
突然の声にティアナは顔を上げると、スカイブルーのガラスに映る自分を見つけた。
……えっ?
当たり前のことだが、こんな地上1?の場所にガラスが浮かんでいるわけはない。
つまり、ティアナが映っているものは、ガラスではない。
ここでようやく、イザークの顔が自分のすぐ前にあることにティアナは気付く。
時を同じくして、イザークもそのことに気付いた。

 

「なっ、なにしてんのよ!」
「いきなり顔を上げたのは貴様だ!」
「あんたがそんな近くにいるなんて、わかるわけないじゃない」
「俺が悪いだと!」
「当たり前じゃない」
これまでも幾度となく繰り返された不毛な言い争い。こうなると、先程までの暗い空気も薄れていく。

 

「それに、俺に何かあるのか?」
「あんたなんかに関係ないでしょ」
「なにをー!」
ティアナは、心配だったからとは何故か言いたくなかった。

 

やがて話すことが無くなり、ひと息つく二人。

 

「……で? 何してたのよ」
沈黙が訪れたため、ティアナは気になっていたことを口にした。こんな夜中に、どこかの金短髪馬鹿とは違い意味なく出歩くイザークではない……はずだ。そんな、憶測も入った問い掛けに返ってきた答えは、実に簡潔なものであった。
「母上と話していた」
「お母さんと?」
「話したというより、報告というのが近いがな。今まで、自分の気持ちを整理する余裕がなかったからな。整理しながら報告をしただけだ」
そう言いながら、再び海へと目を向ける。
ただ、その瞳に映るものは先ほどの飛沫をあげる波ではなく、子守唄のように穏やかな、さざ波であった。
そして、イザークは静かに瞼を下ろした。自らの闇の中で、心が静まったことを確認するために……

 

ティアナは少し前と今とのイザークの心境の変化に気が付いていた。ただ、イザークが隊舎へと歩き始めたため、口にだすことはなかった。

 

------

 

イザーク達が生まれた場所は、此処ミッドチルダとは別次元にある世界「CE」。
そして、イザークの母親エザリア・ジュールは、アスラン・ディアッカ・ニコルの父親と同じ、CE世界で評議会の議員として活動していた。
だが、今では他の三人同様、行方が知れない。

 

CEの世界に存在する質量兵器「核」が使用されることを恐れていたエザリア達は、権力の乱用ともとれる行為でミッドにイザーク達を送り出した。
そしてその数日後に、彼女達は消息を絶つ。
質量兵器「核」が使用された2月14日『血のバレンタイン』と呼ばれる日そのから……

 

管理局はそれ以降、CEへの次元移動を禁止。そして、CEの世界の情報がミッドに届くことは無くなっていった。

 

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「生きてると思う? お母さん」
普通なら『きっとお母さんは生きてるよ』といった趣旨の前向きな、励ましの言葉を使うべきなのかもしれない。
けれどイザークには、そんな前向きな言葉を言ったとしても何の意味もない。励ましの言葉は時として、大きな負担になる。
ティアナ自身、兄を亡くした時にそれを嫌というほど思い知らされた。
そして、何の根拠も無く『生きている』とはどうしても言えない。
そういった思いが篭るティアナの言葉に、イザークはぽつりと呟く。
「そんなこと、俺にはわからん」
不安はある。だからといって、諦めているわけではない。わからなければ自分で調べればいい。捜せばいい。『1+1=2』のような考え方だが、それがイザークの執務官を目指した理由の根幹であった。
そして、来月には執務官になるための試験が行われ、イザークは初めてこの試験を受ける。ちなみに、ティアナはまだ自信が持てていないため、今回は見送ることにしていた。

 

「なれるといいわね。執務官に」
「なってみせるさ」
自信に溢れたイザークの言葉。言葉だけでなく、その瞳、仕草からも、抑え切れない自信が溢れ出していた。
その姿は、見ていて気持ちがいいものだった。
……って、何ずっとイザークのこと見てんのよアタシは。
ティアナはようやくここで、隊舎に入ってから今まで、イザークのことをずっと見ていたことに気づく。
そしてそれを自覚すると、頬が、顔全体がほんのりと朱を帯び始めてしまった。心を落ち着けようとするが、暴れ馬となった心臓はいうことを聞かない。
「風邪か?」
「……違うわよ」
「それにだ、こんな時間まですることがあるのか」
母親への報告をしていたイザークは、明日が何の日かを忘れてしまっいた。
そして、ティアナが正直に答えるわけもなかった。

 

「訓練してたのよ」
「その格好でか」
呆れながら見たティアナの服装は、ジャンパーに手袋、さらにはマフラーの完全防寒仕様。
だがその程度で諦めるティアナではない。
「訓練室でよ」
「今はアスランが使っているはずだ」
……なんで今日に限って使ってるのよ。あのハツカネズミ!
ごまかそうとしたが、逆に墓穴を掘る結果となってしまった。

 

もう、言い訳はできない。
ティアナは覚悟を決めた。

 

強引に、女子寮へと連れて来られたイザーク。逃れようとすればできたかもしれないが、ティアナから沸き上がる気迫がそれをさせない。
そして、
「ちょっと待ってて」
ティアナはそう一言残すと、自室へと姿を消した。

 

「これは?」
数分後、イザークの手に持たされたものは、黒い長方形の箱。じっとそれを見続けるイザークに、ティアナは呆れながらも答えた。
「チョコよ、チョコ。これを作ってたのよ」
「俺は甘いのが苦手だ」
「貰っておいて普通そんなこと言う? まあいいわ。安心して、それビターだから」
渋い顔をしていたイザークだが、その言葉を聞いた途端僅かではあるが口角を上げる。
「そうか、手間をかけさせたな」
珍しい、イザークの感謝の言葉。
そもそも、イザークは誰かに直接感謝の言葉を口で伝えることが少ない。だが、その言葉を言うときは、相手の目を必ず見ている。
そして、このチョコの件に関しても、それが変わることはなかった。
「ぎ、義理よ義理。それに……ほらっ! これだったら、夜とか簡単にエネルギー補給できるでしょ」
面と向かって感謝されたティアナは、恥ずかしくなり、ついそう答えてしまった。
「作ってくれたことに、かわりはないだろう?」
「そうだけど……」
ティアナが口ごもる。

 

そんなティアナをよそに、チョコの入った箱をイザークは開け始めた。
「ちょ、ちょっと!」
「何かまずいことでもあるのか?」
イザークが見ることは、まずくはない。だが、他の誰かに見られるとまずいのだ。
ティアナはすばやく左右を確認。念には念をいれて魔力反応も調べるが、夜中を過ぎた廊下には誰もいない。
「笑わないでよ」
ティアナは、仕方なく頷いた。

 

箱の中からとり出されたものは、
「俺?」
手のひらサイズのイザーク。さらには、これまたチョコで作られたデュエルもその手に握られている。
「おい」
「なによ」
「これは……義理なんだよな?」
イザークは、苦笑しつつも尋ねた。このチョコを見ればどんなに鈍くても、アスランでさえもわかるであろう。
「いいから貰えばいいのよ」
半ば自棄になったティアナはそっぽを向いて答える。

 

だが、イザークは首を横に振ると、自分の形をしたチョコをティアナの手に載せた。
「えっ」
「流石に、自分を食べるわけにもな。だからティアナが持っていろ」
たしかに、チョコとはいえ自分を食べるのには抵抗があるのだろう。そして、イザークは言葉を続ける。
「そのかわり、こっちのほうを貰っておく」
やや照れながらそう言うと、イザークは箱の中からさらにもう一つのチョコを取り出した。

 

それは、二丁の銃を構える、ツインテールの少女の形をしていた。

 

……なんであれがあるのよ。絶対入れてなかったのに。
それは、作ってみたはいいが箱に入れる前に、恥ずかしくなって机の上に置いておいたはずだった。だが、イザークが持つチョコは紛れも無いティアナが作ったものである。

 

恥ずかしさのあまり、力無く座り込んでしまうティアナ。

 

そんな彼女に頬を僅かに朱に染めながらも、
「これは貰ってもいいんだよな」
イザークは尋ねた。
その問い掛けに、ティアナはもう頷くほかなかった

 

その日から、イザークの机の上に小さな居候が加わったことは、言うまでもない。

 

そして、緑の髪をした少年がティアナに追い掛けられたのは、また別のお話