grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_短編クリスマス後編

Last-modified: 2008-12-26 (金) 00:17:13

 12月24日、午後11時過ぎ

 

 コツコツコツ……

 

 アスラン・ザラは階段を昇り続けていた。
 背後から響くパーティーの喧騒を背に、ただ黙々と、アスランは昇り続けていた。

 

 階段の終わり――ドアの扉を開けると、冬特有の突き刺すような冷気が、アスランに纏わり付いた。
「寒いな」
 その寒さに一瞬だけ怯むが、白い息を一つ吐くと、アスランは再び歩み始める。
 彼の目的地――そこにいるはずの人物に会うために……
 

 

「寒くないか」
 はやての肩に舞い降りていた雪を払ってやりながら、アスランは言った。自分が羽織ってきたコートを掛けることも忘れない。
「そんなことあらへんよ」
「……手が冷たすぎだ」
 アスランが触れたはやての手は、ついさっき払い落とした雪のように冷たくなっている。
「ばれてしもーたね」
 ふふ、と笑い、はやての口から白い息が漏れる。振り返るひょうしに髪が舞い、雪を再び宙に戻した。
「どうしてここがわかったん?」
「六課の施設の中で、此処が一番空に近いからな」
 アスランは空を見上げ、はやても釣られたようにその行動に倣う。
 彼らの視線は虚空に届く前に、大きく広がる雲に遮られる。だが、まるでその先にある何かが見えているかのように、二人はその顔を下げることはなかった。

 

 どれくらいすぎただろうか。
 ぽつり、とはやてが呟いた。
「寒くない?」
「大丈夫だ」
「アスランくんの手、冷たいよ」
 アスランの言葉は、いつの間にか握られていたはやての手によって否定される。いつ握られたかがわからないほど、アスランの手は冷え切っていた。そしてそれは、はやても同じ。
「ふふふ……」「ははは……」
 静寂の雪の世界に、小さな笑い声が響く。

 

「アスランくんは、リインフォースについて聞いてたんやね」
「昔、シグナムにヴォルケンリッターについて訊いたことがあったからな」
「そやからここがわかったんかぁ」
 はやては、制服のポケットから一枚のクリスマスカードを取り出した。宛先に記されたのは、今はもういないリインフォース。
 そんなはやての行為を見届けると、アスランは小さな箱を取り出した。それは、片手に乗るほどの大きさだった。
「俺は、直接リインフォースに会ったことはない。けど、彼女ははやてにとって大切な人だから、俺も何かできないかな、って考えてみたんだ。だから……」
 そう言いながらアスランが箱から取り出したのは、小さな苺のケーキ。
「おーきにな……アスランくん」
 箱に戻されたケーキを受け取ると、その小さな贈り物を、はやてはそっと抱きしめた。
「もしかして、アスランくんがケーキ作るなんて言いだしたんは……」
「……そういうことになるかな」
「そうなんや」
 思い返してみれば、ただのケーキ作りのために朝練を休めるはずはなかった。つまりそれは、スターズの、そしてライトニングのメンバー全員が知っていてのことだろう。
「すまない」
 アスランの双眸は惑い、最後には伏せられる。
「何で謝るん? 別に悪いことしたわけとちゃうやろ」
「そうだが……」
「そやから、気にせんでもええことや」
 ぽすっ、とはやてはグーパンチをアスランの胸に繰り出すと、
「わかった。気にしない」
 ようやく、アスランは頷いた。
 

 

 これ以上話すことがなくなり、静かになろうとした矢先、
「そういえばはやて、少し聞いてもいいか」
 アスランが、口を開いた。
「どないしたん?」
「……あれは、なんなんだ」
 彼が指差した先--そこには、小さな雪と同じ色のテーブルがある。
「あれは……言うよりも見たほうが早いかもしれへん。アスランくん、時間とかだいじょうぶなん?」
「ああ。今日と明日のシフトは休みだからな」
「そしたら、アスランくんの時間少し借りるな」
 こうして二人は、屋上の片隅へと歩きだしたのであった。
 

 

「これは!?」
 アスランとはやてが足を止めたのは、屋上の入口からやや死角になるところ。そこには小さなテーブルが据えられ、幾つかの小さな箱が置かれていた。
「これは、スターズやライトニング、シャマル達が用意してくれたものや」
 それは、手袋だったり、クッキーだったり……はやての家族として共にクリスマスを祝うことのできないリインフォースへの贈り物。
「ここやったら、リインフォースからもよく見えるやろうしな」
 その中から幾つかを取り上げると、はやてはアスランに振り返る。
「けどまさか、リインフォースに会ったこともない新人のみんなが、プレゼントを用意してくれるとは思わへんかったわぁ」
「俺だけじゃなかったんだな……」
「そうやで。例えばこれは、エリオとキャロがくれたマフラーやし。これはイザークくんからのお守りや。―それからこれはスバルとティアナがくれた写真立て。――それで、これはシホからのクッキー。――これはディアッカくんから。――――あと、後これは……これはな……」
 それから先は、言葉として紡がれることはなかった。
 はやての視線はアスランではなく、自身の腕の中へと落とされる。俯かれ、重力に従った髪がはやての表情を覆い隠していた。
「はやて……」
 自然とアスランは、小さい時に母親からされたように、小さく震えるはやての頭を優しく撫でていた。
 それがきっかけになったのか、はやてはアスランの胸の中へと倒れ込む。
「ほんま、不意打ちやったわ……。最初は断ろうとしたんやけど、『家族の大切さがわからないわけじゃない』って言われたら、わたしはみんなに断ることなんてできへん……。それに、みんなの経歴知ってるわたしが、あんなこと言わせるべきやなかった」
 アスランの胸に顔を押し付けたまま、はやてが顔を上げることはなかった。
 そしてアスランは、そんなはやての顔を見ようとは思わなかった。掛けるべき言葉を捜すこともしなかった。
 たとえ彼女の顔を見ても、言葉を捜しても、自分は何も言ってやることはできない。だから――――――

 

 アスランは無言のまま、はやてを抱きしめた。
 それは、彼がどうしようもないときに、彼女がよくそうしてくれた行為だった。
 はやての耳が左胸に当たるように抱きしめる。
 アスランは、身を貫く寒さも、感覚が無くなって久しい己の手も、気にはならなかった。

 

 どれくらいの時間が流れたのだろう。
 うっすらと雪が積もったアスランとはやての体を、身を切るような風が駆け抜けて行った。

 

 それが引き金になったのか、はやてはようやく閉ざされた口を開く。
「ごめんなアスランくん。すっかり冷え切ってもうたね」
「もう、いいのか」
「だいじょうぶや」
 はやては落としたプレゼントを元に戻し、いつもの笑みをアスランに向ける。
「そろそろ戻ろか」
 それから、思い出したようにうっすらと頬を朱で染めると、ありがとうの言葉を残して彼女は歩き始めた。

 

 一拍。
 プレゼントに向かって何かを囁くと、はやて追うべく、アスランもまた歩き始めた。

 

 ザクザク ザクザク

 

「はやて、明日は時間が取れないか」
「ん? 昼からやったら大丈夫やけど、どうしたん?」

 

 ザク ザクザクザク

 

「はやてのクリスマスプレゼントを買ってなかったからな」
「買ってくれるん?」
「ああ。なんでも、というわけにはいかないけどな」
「そやなー何にしよ。あかん、欲しいのがいっぱいや……」

 

 キィ

 

「はやて、欲しいもの全部は無理だからな」
「さすがに欲しいの全部は頼まへんよ」

 

 ガチャン

 

 そこで声は途絶えた。

 

 二人の話し声は重厚な扉に遮られ、訪れるのは静寂。

 

 アスランとはやてが居なくなり、屋上にはもう誰もいない。
 今ここにあるのは、少しずつ厚みを増す白の絨毯と

 

 冷たい雪から護られるように、紅の光に包まれたプレゼント達だけだった。