grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_短編1

Last-modified: 2008-06-01 (日) 23:04:34

「せやせや。今度皆で温泉に行くから連絡よろしゅうな」
「……温泉?」
 報告書を渡しにきたアスランは、突然のはやての言葉に首を傾げた。
 JS事件が解決してはや数カ月。
 これは、六課も以前のような落ち着きを取り戻しつつあった時の出来事である。

 

短編「旅行といえば……01」始まります
 

 

「ディアッカとハイネがセッティングしてくれたんよ。今週末から三日間」
「何かたくらんでそうな旅行だな」
 休みをとることに異存はないが、ディアッカだけでなく、ハイネの名前が入ることで旅行の胡散臭さは倍増する。
「アハハ……そやけど、旅行の企画はうちなんよ」
 苦笑いの後、はやてはアスランにファイルを差し出した。
――グゥレイトな……――
 表題を最後まで読むことなく、アスランはファイルに目を通し始めた。

 

――10分経過――

 

 小さなため息を一つすると、アスランは静かにファイルを閉じた。
「たしかに、内容は温泉宿で二泊三日を過ごすことになってるな。」
 ファイルに書かれていたものは実にまともなことであり、おいしい料理を楽しみ、温泉に入ろうというものであった。
「せやろ。最近みんな疲れが溜まってそうやからリフレッシュしたかってん」
「まあ、俺は賛成するが……」
 アスランはそこで僅かな逡巡をするが、思ったことを口にした。
「はやても何かたくらんでるんだろ」
―――パサッ
 はやての手から滑り落ちる報告書。
「うちはなんも知らんよ~」
 ごまかそうとするはやてだが、目は泳ぎ、乾いた笑い声。
 アスランは、再び小さなため息をついた。
 

 

 土曜日、隊舎前にて――
「みんなそろったな~」
 参加者一同の前で、はやてが元気よく言った。旅行参加者は、アスラン、イザーク、エリオ、ザフィーラ、ディアッカ、ニコル、ハイネの男子グループ七人とヴィータ、ヴィヴィオ、キャロ、シャマル、スバル、ティアナ、なのは、はやて、フェイト、リインフォースU+2161の女子グループ十人。合計数は十七人。主力隊員が一度に抜けるため、シグナムは二日目からの参加となっている。
「おはよう」といった挨拶が飛び交う中、
「これから、温泉宿に行く車の座席決めの抽選するよ~」
 はやてが小さな箱を参加者一同に向けた。箱には小さな穴があり、中にある折り畳まれた紙が何人かの目に止まる。
 旅行に行くにあたり、用意された乗用車は二台。リインはどこでも大丈夫ということで、それぞれ八人ずつが乗る「車」と「座席」をくじで決めることになったのだ。
 小さなざわめきを起こしつつ、各々がくじを引いていった。
 

 

(以降のくじは、執筆者が本当にくじで決めています)

 

【一号車】
アス「イザーク、次の交差点は右だ」
イザ「うるさいぞアスラン。俺に指図するな」
スバ「あの~交差点過ぎちゃいましたよ」
ヴィ-「イザーク何やってんだよ」
イザ「知るか!」
ディ「……おまえのせいなんだよ」
なの「とりあえず早くUターンしないと」

 

 運転手にイザーク、助手席にアスランというやや危ない一号車には、左から順に二列目はスバル、ヴィヴィオ、なのは。三列目にはディアッカ、シャマル、ヴィータという組み合わせになっている。
 アスランの気遣いが、イザークの癪に全て触るという悪循環になるが、怒鳴りあいにならないのはヴィヴィオのおかげだろう。
「ヴィヴィオ~楽しい?」
「うん。楽しい」
 なのはの膝に乗りながら楽しそうに外を、流れゆく景色を眺めているヴィヴィオは素晴らしい癒しの効果を持っていた。
「けんかはメッ」
 そんなヴィヴィオがイザークとアスランに注意をするため、二人は互いに睨み合った後に、前を向くしかないのだ。
 だが、過去に一度だけ……初めてヴィヴィオが二人を止めようとしたときは、イザークに怒鳴り返されて失敗している。
 ただその後に、ヴィヴィオの泣き声を聞き付けた白い悪魔――失礼、高町なのはがイザークを連れていき、ピンクの花火が上げられている。

 

 それ以来、ヴィヴィオが二人を止める役を引き受けるようになったのだ。
 こうして一人の少女? のおかげによって、スバルの持ち込んだ大量のお菓子を摘みつつ、時にテンションの上がるイザークを遊びながら穏やかな時を過ごす一号車であった。

 

なの「ヴィヴィオ~、皆で仲良くお風呂に入ろうね」
ディ「皆で!」
なの「頭冷やそうか?」
ヴィ「いや、叩き潰す」
シャ「リンカーコアを引き抜けばおもしろそうですね」
アスイザ(……あほう)

 

【二号車】
ティ「なんでハイネ元教官も同行してるんですか」
ハイ「気にすんなよ。それと、教官って呼ばれるのは痒いからやめてくれ」
フェ「かわいい女の子に言われて嬉しくないの? ハイネ」
ハイ「彼氏持ちの奴に言われてもな」
ティ「なっ! イザークはそんなんじゃないわよ」
はや「ハイネはイザークなんて言うとらんで~」

 

 フェイトによる安全運転の二号車は、助手席にティアナ、左から順に二列目はハイネ、エリオ、キャロ。三列目はザフィーラ、ニコル、はやて。リインフォースU+2161は、はやての肩に腰を下ろしている。
 執務官を目指すティアナは、隣になった機会を生かすべくフェイトに質問したいことがあったのだが、ハイネとはやてにからかわれる始末。助け舟を出すこともなくニコルとリインフォースU+2161、ザフィーラは静かにそれを眺め、エリオとキャロは楽しそうに今日の旅行のことを話していた。
「いい加減白状したらいいんじゃねーか、ティアナ」
「しつこい!」
 必死に否定するティアナで遊ぶハイネ。新しいおもちゃを見つけた子供のような満面の笑みを浮かべている。
(なんであたしがこんな目にあわないといけないのよ)
 一方のティアナといえば、ワナワナと今にも暴れだしそうな拳を押さえながらシカトを決め込んでいた。違う車に乗ったスバル達を恨めしく思うが、それはそれ。どうしようもない。
 だが、シカトだけでは諦めないのがハイネ・ヴェステンフルスという男である。ディアッカと同じ属性ではあるが、より長く人生を過ごしているぶんディアッカよりもタチが悪いことをティアナは失念していた。

 

 ハイネはニヤリと笑うと、手持ちのかばんの中から少し厚めのノートのようなものを取り出した。
「さて、イザーク達の子供時代の写真を見たい奴はいるか」
 某猫型ロボットのするように高々と上げられたアルバム。
 そして、ハイネの広げたアルバムを見た一同(フェイト、エリオ、キャロ、はやて、リインフォースU+2161)の感想は、
「うわぁ~イザーク(さん)がかわいい」
同じだった。
 それに気をよくしたハイネは、満足そうにページをめくっていく。
「このイザークってやんちゃそうで可愛い~」
頬をうっすらと朱に染めるフェイト。運転中であるが、ついつい後ろを見てしまう。
「イザークさんの泣き顔もありますよ~」
子供の時とはいえ、上官の意外な側面を知ったエリオとキャロ。
 皆がかじりつくようにアルバムに見入っていた。

 

「けど、イザークくんは何着ても大丈夫やな」
「はやては見たことなかったっけ」
 とある写真を見ていたはやてはしみじみと呟き、意外だとばかりにフェイトが口を挟む。
「いやな、見たことはあるんやけど……小さい頃とはいってもワンピースが似合うからなぁ」
 はやてが見ている写真は、エザリアが息子が寝ている時にこっそり着替えさせて撮ったもの――あどけない寝顔をさらしながら、瞳と同じアイスブルーのワンピース姿のイザークであった。
 お人形のようなその姿に、鼻から血を流したザフィーラははやてに昏倒させられ、思わず赤くなったエリオはキャロに睨まれる。もちろんこの反応は、イザークを見て、である。

 

 とここで、ハイネがティアナに声をかけた。
「ティアナは見たくないのか~」
「興味ありません」
 ひたすら、不自然な程に前だけを見続けているティアナだが、身体は小刻みに震えている。
 何故そうなっているかをわかっている上で、ハイネは声をかけたのだ。

 

 べつに、ティアナはアルバムを見たくないわけではない。いや、むしろ全力で見たいと思っっている。特にワンピース姿のイザークを……
 だが、訓練校時代に一度だけイザークの子供時代の写真を見せてもらったことがあるからこそ、その時の反応――心臓を握り潰されそうになり、体中の血を一気に頭に集めたかのように顔を真っ赤になった状態を皆に見せるわけにはいかなかったのだ。

 

いつまでも振り向いてこないティアナに、ハイネは新たな手を考えた。

 

「この写真、イザークさんがキスされてる」
「えっ!」
 突然の爆弾発言に思わず振り返ってしまうティアナ。
 そして、意地悪そうな目をしている三人の人物と目が合ってしまう。

 

 これはティアナのプライドのために補足するが、彼女はハイネ、はやて、ニコルが言ったのであれば振り返らなかったであろう。
 だが、声を出したのはエリオ。彼はいきなりハイネが見せた写真――エザリアが息子にキスする写真を見て思わず言ってしまったのだ。そう――エリオの言葉だからこそ、ティアナは振り返ったのだ。

 

「どないしたんや~ティアナ」
「どうしたんですか? ティアナさん」
「どうしたんだ。ティアナ」
 言葉とは裏腹に、待ってましたといわんばかりの笑顔の三人。そして、見せ付けるようにエリオに見せていた写真を掲げる。
 申し訳なさそうな顔をするエリオを視界に捉えながら、ティアナは己を呪った。
 今まで考えていたことを振り払い、ティアナは部屋を後にした。
 これはティアナのプライドのために補足するが、彼女はハイネ、はやて、ニコルが言ったのであれば振り返らなかったであろう。
 だが、声を出したのはエリオ。彼はいきなりハイネが見せた写真――エザリアが息子にキスする写真を見て思わず言ってしまったのだ。そう――エリオの言葉だからこそ、ティアナは振り返ったのだ。

 

「どないしたんや~ティアナ」
「どうしたんですか? ティアナさん」
「どうしたんだ。ティアナ」
 言葉とは裏腹に、待ってましたといわんばかりの笑顔の三人。そして、見せ付けるようにエリオに見せていた写真を掲げる。
申し訳なさそうな顔をするエリオを視界に捉えながら、ティアナは己を呪った。

 

――――――
【温泉宿】

 

ディアッカとハイネが予約を入れた宿は、豊かな自然に囲まれた――それゆえに、近くに崖のある場所に建っていた。他の客は見当たらず、二人がどうやって見つけたのかがわからない程の場所である。

 

 客室に通された女子グループAは、窓から望める大自然と小さくなったクラナガンの町並みを楽しんでいた。
「疲れた~」
 行程途中で精神的に擦り減ったティアナは、このまま寝てしまいとばかりに畳の上に突っ伏した。
「お疲れさん」
「八神部隊長のせいでもあるんですが」
「それやったら皆でお風呂に行こか」
 ティアナは批難の言葉を出すが、はやてはそれを右から左に受け流す。そして、キャロとスバルが準備に取り掛かった。
呆れることだが、はやてはいつもこうだとティアナはわかっている。
「わたしはしばらく寝ておくので、ごゆっくり」
「あはは……晩御飯までまだ時間あるからティアナも入ったらええよ」
 はやてもまた、彼女に今は何を言っても変わらないことを知っている。一言その言葉だけを残すと、彼女は静かに部屋を後にした。

 

 誰もいなくなった部屋。

 

 途端に、取り残されたような寂寥感が心の奥底から湧きだしてくる。
 廊下からは何の音もせず、部屋はただ静かな場所となる。
 まるで、この場所が世界から切り離されたような錯覚を受けるティアナ。

 

 仲間に囲まれているからこそ、いつまでも今のままでいられるのか――と不安になる。失うことへの抵抗感が、静かに首を持ち上げる。
 そして、スッと脳裏を通り過ぎる銀髪の青年。
(あいつといつまでも一緒じゃないのよね)
 スバル達と同じ訓練校からの付き合いだが、六課解散後はおそらく離れるだろう。死別ではないが、会う機会はないかもしれない。
(らしくないわね。こんな考え……って! なんであんな奴のことなんか考えてんのよ)
 今までの考えを忘れようとブンブンと首を振るが――思い立ったように動きを止めた。
(けど、解散したら皆と別れるかもしれないってのは変わらない)

 

 そう思い始めたその時、
「石鹸忘れた~」
ティアナの考えを突き破るようにスバルが部屋に飛び込んできた。いつも見ているとはいえ、その慌てぶりにティアナの頬は知らず知らず緩んでいく。
「ばっかじゃないの。ほら、これでしょ」
「ありがと」
 ――別れるとはいっても、今は楽しまなきゃね。
「ほら、さっさと行く。みんなもお風呂に行ってるんでしょ」
 ティアナはそう言いながら、バックから替えの下着を取り出し始めた。
「ティアも来るの」
「当たり前よ。はやてさんを放っておいたら何言われてるかわかんないしね」
 ――だから、今はこれでいい。
 今まで考えていたことを振り払い、ティアナは部屋を後にした。

 

【男子部屋】
〈動いたぜ、ディアッカ〉
〈了解!〉
 ハイネの念話にディアッカが応える。ちなみに現在のハイネといえば、お決まりのガラスコップを壁に当てて聞き耳を立てている。
 全員がいることを確認してからディアッカは口を開いた。
「風呂にいかねーか」
「あ、いいですね」
 真っ先に反応したのはエリオ。そして、ニコルも頷いた。
 だが、エリオはディアッカがどういう意味を含ませて言ったのかをわかっていない。ただ、純粋に移動で疲れた身体を癒したかったのだ。
「お前らはいかねーのか」
「それより貴様は何をたくらんでいる」
「……なにも」
「じゃあ聞くが、ハイネは何をしている」
 これは、質問ではなく確認といったほうが近いだろう。
「何……って盗聴だぜ」
 そして、予想通りの答えにイザークは呆れた。
「いいかイザーク。この盗聴のおかげで、萎びた裸を見る確率がぐんと下がる。覗く時には、相手の行動を把握する必要があるんだよ」
 熱弁をふるうハイネに、アスランはやってられないとばかりに腰を上げた。
「やるなら勝手にやってろ」
 吐き捨てるように言ったアスランだが、彼の肩をそっとディアッカが掴んだ。
「不参加はいいけど、それなら俺達に、はやてのあられのない姿を見られてもいいんだな?」
 その言葉に、アスランの動きが止まった。
「いつまでも紳士ぶるから童貞なんだよ」
 そして、ハイネのとどめの一撃。
 それによって、アスランの目つきが変わった。
「やってやるさ。なんだろうがな」
(一人目成功!)
 まずは全員を風呂に連れていかなければならない。残りは二人。
「ザフィーラもいくよな」
 ハイネが新たな標的に声をかける。
「我はヴォルケンリッターの守護獣。そのようなこと誰が」
「だから駄犬って言われるんだよ」
「なんだと!」
 とたんに、人間形態に変わるザフィーラ。
(二人目、成功)

 

 あまりのテンポの良さ。ディアッカは最後の標的、イザークに目を向けようとして……

 

          ……チャキ
首筋にデュエルを添えられる。
「いつまでくだらんことをやっている」
「ちょ、たんま」
「たんまもへちまもあるか!」
 ディアッカは、肌越しにデュエルの温度が下がっていくのを感じた。
「安心しろディアッカ。夕飯までに溶けるようにしておいてやる」
 そんな絶対絶命なディアッカに救いの手が差し延べられた。
「それくらいにしておけ」
 予想外の声――アスランの発言に皆の注目が集まった。
「おまえがこんな奴を助けるとはな。女風呂を覗こうとする変態が」
 ディアッカをほうり投げると、イザークはアスランに向かい合った。
「あんなことを言われたら引けないさ。それに……わかっていないな」
 不敵に笑うアスランに、イザークの双眸が細くなる。
「これは勝負みたいなものじゃないのか」
「はぁ?!」
「誰が覗きに成功するかのな。まさかイザークが……いつもニコルを臆病者呼ばわりするおまえが行かないなんてな」
「どういう意味だ」
 アスランの真意が掴めず混乱するイザーク。いや、彼だけじゃなくディアッカとハイネも混乱していた。
〈どうすんだよ。ハイネのせいでアスラン変なスイッツ入ったって〉
〈俺もこうなるとは思ってなかったさ〉
 どれ大きな地雷を踏んだんだ? と焦る二人をよそに、アスランはニヤリ、と笑った。
「イザーク、おまえは勝負から逃げたんだ。不戦敗だな」
――不戦敗――
 つまり、負け……

 

「誰が行かんと言ったぁ!」
 背後に闘志をたぎらせながらイザークが叫んだ。
 あまりの勢いに、思わず尻餅をつくエリオ。
(三人目、成功?)

 

結果はどうあれ、男達の戦いが始まったのだ。

 

ミッション、スタート