grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_短編2

Last-modified: 2009-09-03 (木) 21:45:40

……み~んみ~んみ~ん…………み~んみ~んみ~ん…………
………み~んみ~んみ~ん……み~んみ~んみ~ん…み~……

 

 聞こえるのはエンドレスで繰り返される蝉の声。それもオールレンジからの一斉飽歌だ。

 

 クーラーのがんがん効いた部屋で聞くなら、夏を感じさせる風物詩と感じられただろう。だがここは、そんな場所ではない。都会に起きるヒートアイランド現象を超越した熱気が支配する砂漠。猛暑×騒音は、年齢性別関係なく人々の精神を、体力を破砕機のごとく削りだしていく。
 そんな、脳みそが溶けそうな砂漠の中心で、
「ああー……暑い。潜りたい」
 少女は、素直に吐き出した。
 彼女の視界/どこもかしこも蜃気楼のようにゆらめいて見えている。
 少し前に頭へぶっかけた水が今では生ぬるく、不快感はさらにアップだ。
 そして、茹だった頭で少女は考えた。なぜ自分の今来ている服が黒を基調としているのかを、だ。
 黒が熱を吸収しやすいことなど当たり前。なぜもっと違う色、たとえば・・・
(青系なら涼しく感じるンすけどねー)
 胸元に結ばれたリボン=己の髪と同じ水色に視線を落として少女は再び考える。
 色を変えたところであまり意味は無いかもしれない。それでも、ようは気持ちの持ちようだ。少女の頭上に広がる雲1つない蒼穹と同じように、大地が蒼に染まれば今より涼しく感じられるかもしれない――――たぶん。
 手っ取り早くするには今着ている修道服を脱いでしまえば――否。直射日光が無くならない以上意味はない。それよりも、まがいなりにも少女は今、シスターとしてここにいる。
(そんなことしたら、こいつがうるさいからなー)
 少女の向けた視線。その先には背筋をのばしたまま歩を進める青年が一人。その有様に、少女は考える。
 こいつは暑くないのだろうかと。
 時折吹き抜ける、砂塵を含んだ熱風をものともしない細身の体躯。そこに、どんな体力が隠されているのだろうかと。自分と違って、暑さをものともしない彼が憎らしい。
 そんな感情が伝わったのか、はてさて青年は振り向いた。
「午後になるともっと暑くなる。今からそんな様子でどうするつもりだ」
 巡礼者の先頭を歩む青年。頭にしている巻き布が邪魔なのか、同僚の様子に呆れているのか――おそらく後者だろう。イザーク・ジュールは渋い表情のまま呼びかける。
「しょうがないっすよー。それよりも、これから暑くなるって・・・マジ?」
 そして呼びかけられた少女――セインは歩みを止めた。あきらかに不満そうな視線を巡礼者から気づかれないよう、イザークに送信。
 だが、
「砂漠ツノゼミが元気に鳴いているからな。去年と比べてもましな方だ。それよりもどういうつもりだ、貴様。巡礼信者の方々の中にはご高齢の方もいらっしゃるのにおまえとくれば!」
 返信は怒声――口調に苛立ちの響きさえ感じられる=イザークの火薬庫に火炎瓶を放り投げただけだった。
「しょうがないっすよー。この日差しと砂漠歩きは都会っ子にはきつうーござんす」
「そんなものすぐに慣れろ。だいたいなんだ! さっきから後ろをちらちらと覗いたりして」
「いやー。まあちょっと。……つーかですねー、文明科学の時代に何が哀しくて砂漠を歩いて聖地巡礼ツアーとかすんのさー。ヘリとか飛行機飛ばすとかサー」
 投げやりに言い終えて、自然とセインの頬から一筋の滴が大地に落ちた。
 背筋に感じたぞくりとする感覚は、本能のなす影響なのか。イザークへのブラックワードを言ってしまったことをセインは思い出していた。
Q.なぜ、今は執務官を主として活動する彼がここにいるのか。
A.民族文化大好き人間のイザークが巡礼に参加してみたいから今此処にいる。それも、わざわざ警護役に就くことを買って出てだ。

 

「たわけぇ! 信者の方々が巡礼しておかしいことがあるか。巡礼は自分の足で歩いてこそだ。それに、彼らの先導と護衛も俺たちの仕事。いったい、貴様はシスターとなったくせにどこまでだらけるつもりだ。……あいつか。そうか、ディアッカのせいか。あの不真面目さが貴様にも」
 セインは自身の聴力を制限し/それでも、イザークの咆吼は彼女の頭を揺らしていた。
「ああー。知ってます。わかってます。言ってみただけ」これ以上叫ばれると、余計に暑苦しい。そんな心情からの言葉。騒げるイザークをうらやましく思う。
「だいたいおまえは、シスターであるとどうじに修道騎士だろうが」
「あたしはまだ見習いですけど」
「そんなものは関係ない。見習いだろうが、端くれだろうが、信者の方々の邪魔をせず、かといって目を離さず無事に巡礼先に送り届けることが俺たちの使命だ」
「ああーもう。シスターシャッハみたいなこと言うっすね」
 セインにとって、耳にたこができるほど聞かされた言葉だった。しかめっ面で聞くことしかできないほどにだ。
 もともとイザークにすべての意識を向けている訳ではなかったが、
「シスターシャッハも苦労するはずだな。こんな聞き分けの悪い――」
 イザークの嘆息。そこには、どうしようもない奴と口の中で潰された言葉が混じっているようだった。
「どうせ、あたしはイザークのとこのまじめな副官よりもはるかに駄目ですよー」
「おい貴様、人の話をちゃんと聞いているのか?」
「むーりー。聞いてらんない」
「……ほう。だったら今此処で貴様の性根を」
 己のデバイスに伸びるイザークの右手。今が巡礼者の先導中だと言うことは、認識の水平線の遙か先だろう。
「ああ。イザークちょいストップ」
 だが、そんな気魄に満ちて語るイザークを、セインは手で制す。
「なんだ?」
「ちょっとあたしの荷物お願い」
「おいおまえ、どこへ行くつもりだ?」
 イザークの制止。だが、セインは止まることなく巡礼者の中を駆け抜ける。砂に足を取られることなくたどり着く先/彼女の瞳の中心に置かれた一人の老婦。片膝をつき、背負っていたであろうザックが、その一部を大地に沈めていた。
「真ん中奥の方のご婦人、具合悪そうだけど大丈夫?」
「ああ。いいえだいじょう・・」
 近づいてきたセインを安心させたかったのか気丈に答えようとする老婦。だが、立ち上がろうとして
――ボサッ
 よろめき、セインの腕に抱きかかえられていた。
「やっぱり。少し休む? それともあたしが背負ってってあげようか?」
「いや 平気だよ」

 

 セインは老婦の肩に手を置きながら、目に見える映像を切り替えた。
「ちょっとまずいっすかねー」
 サーモグラフィーで見える老婦の体温を把握し、肩にまわしていた手/親指をこっそりと腕の内側へ滑らして脈拍を計る。
「次の休憩所までもう少しだ。セイン、このご婦人を背負ってやれ。それと水分補給も必要だ」
 いつのまにか、先導を他の者に任せたイザークがやって来ていた。
「もちろんそうするつもりっすよ」
 口がへの字に変わる。だがその不満を首を振って、汗と一緒に振り払う。自分のことよりも優先すべきことを先にしなければならないからだ。
「そういえばセイン。おまえが見ていたのは……」
「ああ、ほらあたしの目って一般人よりズーム効くし」
「だったら先に言え」
 小声/すまなさそうに=詫びようとする響きが混じっていた。
「こういうの説明するのめんどくさいんだもん。怒ったこと気にしてるんすかー?」
「……ああ。俺もまだまだってことか」
「いひひひ。最近、イザークが成長したっていうディアッカの言葉は本当だったわけっすね」笑って言った。揶揄するように。
そして、何か言われる前に次の言葉を紡ぐ。
「イザーク、あたしの荷物返して」
「お前の荷物は俺が持っていてやる」
「いやー平気、胸のとこで抱えるから」
「……勝手にしろ」少し憮然とした風貌に。
 荷物を渡すとイザークは定位置=先頭へと戻っていった。

 

「それじゃあ」
 老婦が水筒をザックに戻し終えたことを見計らってセインは切り出した。
「おばあちゃんは背中に」
 腰を下ろそうとして、ふと気づく。自分の荷物の上に載せられていた数枚の冷却シートを。
(こういうのは、言っておいて欲しいんすけどねー)
 気づかなかったらどうするつもりなのかと呆れながら、女性に話しかける。
「ちょっと首に冷却シート貼ってもいいですか?」
「すみません。本当にご迷惑をおかけしまして」
「気にしなくていいから」
 謝罪を微笑で受け止めつつ、シートを貼り付ける。紙くずはポケットに突っ込んで完了。
(「おい」)
 まるで、そのタイミングを待っていたかのように声が届いた。
(「ん?」)
(「本当に荷物を持たなくて大丈夫か?」)
(「大丈夫っすよ。持つっていう気持ちで充分」)
 冷却シートのことは口にしない。言ったところで、イザークが素直に認めるはずもない。だからセインは言ってやる。
(「それから、今のあたしはすぐに動けないから、何か起きたらお願いしますよー? 管理局期待の騎士さま」)
 一呼吸の間。皮肉かそのまま受け取ったのか。
(「……いいだろう。貴様の助けが無くても、俺一人でどうにでもしてやるさ」)
 そこで、会話は途切れた。

 

 先導を任せていた者に話しかけるイザークに向けて、
(りょーかい)セインは口の中で呟いた。
 他の修道騎士を数に入れない宣言は、自分への自信の表れだろう。傲慢ともとれるが、この地方に現れる魔法生物程度なら、イザークは難なく倒せることくらいは知っている。
「すまないね」
 ふいに、背中から投げかけられた声に、セインははっとした。
「いいいんだよ。せっかく来たんだから元気に聖地に着かなきゃさ」
「ありがとね。それと、あの先頭の人にも後でお礼をしないとね。冷却シートをありがとうって」
 何でもないように老婦が告げた言葉/だが聞き流すことはなかった。
「よく気づいたね。おばあちゃんって、昔凄い人だったとか?」
「それは秘密だよ。秘密は女を美しくするからね」含みのある笑顔で。
「言うっすね」だからセインも満面の笑みで返していた。
「けど、あいつ……イザークって言うんだけど、素直じゃないからなぁ」
「それは損な性格だねえ」
「だからいろいろとあたしは大変なんすよー」
「聞こえているぞ」叱責――前方からセインに突き刺さる。
「地獄耳」セイン――今度は小声で。
 だが、
「だから聞こえている!」
 今度もまた言葉は返ってきた。 

 

 それ以降――休憩地点に着くまでも、セインが老婦にイザークの話をしようとするたびに、イザークの怒鳴り声が邪魔するのだった。

 

 これは、1人の騎士とシスターのとても暑い夏の日の物語