grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_第15話

Last-modified: 2009-09-16 (水) 14:47:08

【新暦71年】

 

「くっそー! 貴様、これをはずせ」
 少年の叫び声――己を縛りつける水色のバインドを引きちぎろうとすると共に/だが彼は自由になれなかった。
 理由――術者がバインドを解除するつもりが無いのだから……否、少年がバインドブレイクを知らないが故かもしれない。つまり、その程度の――新米魔法使いですら解けるバインドに少年は捕らえられていたのだ。
 そして、術者である魔導師は、動くことなく少年の前に立っているだけだ。

 

 ここは、とある一室。それもただの住居ではなく、次元航空艦アースラに備え付けられたトレーニング施設。常日頃から何人かの魔導師が使うこの場所――だが今は、艦長の命によって貸し切られていた。 
「かかってこないのか?」
 魔導師は訊いた。暇そうに。
 彼がバインドで少年を拘束してから、早1時間が経過している/その間、少年は必死にその場から動こうと。魔導師は直立不動のままにすごしていた。
「そ れが今の現実だ。今の君は魔法を使えない。そして僕は使える。君の言ったコーディネーターという人種の素晴らしさは確かに否定できないな。僕もデータを見 て驚いたよ。圧倒的な身体能力、どこまでも伸びそうな知能……本当に羨ましすぎるよ。けど、これから君が向かう……すまない。君たちが向かう、だな。」
 魔導師は少年からずらした瞳/その先に映すのは、バインドに捕らわれていない者をも含めた4人の少年達だった。
「これから君たちが向かう世界は、コーディネーターだからなんて関係ない。それを心に留めて置いて「ふざけるな! ナチュラルになど」」
 断ち切る叫び/怨嗟の籠もった声だった。
 バインドに捕らえられながらも、少年は言葉(ちゅうこく)を否定する。それだけは絶対に認められない――そんな想いが、ほんのわずかに二人の距離を近づけていた。
「だが今の君は、君の世界で『ナチュラル』と定義されている僕に手も足も出せていないだろう?」
 やけにきっぱりとした、少年のどのような言葉をも断ち切るような言い方だった。
 少年の主張=わずかな動きは、新たにかけ直されたバインド(戒め)に止められる。それが、当然であると告げるように、バインドは少年をその場に縫い付けた。
「コーディネーターだから、なんていう考えは捨てた方がいい。イザーク・ジュール」
 そして、魔導師=アースラの艦長であるクロノ・ハラオウンは、嘲りでも、同情でもない、ただ真っ直ぐな視線とともに事実を告げていた。
「……ッ」
  イザークは言葉を返せない。クロノの距離は5メートルとないが、どんなに力を振り絞ったところで体は動かない。バインドを無理矢理契ろうとした影響で、バ インドに接する手首からは血がにじみ淡い水色を朱に染める。だが、変化はその程度でしかない。イザークは動くことがかなわず、クロノの眼差しを黙って受け るだけだった。

 

 それでも力強さが未だに残る双眸/言葉への断固なまでの否定をもって。
 クロノは息を吐く。あまりの頑固さに、あまりの「コーディーネター」への執着に、彼は1つの決意を固めるしかなかった。
「僕も暇じゃない。失礼させてもらう」
 バインドを解いてイザークから背を向ける。それがどういう行為をイザークにさせるかをわかりながら、クロノは出口へ向けて歩き出した。「……」言葉を紡ぎながら。
「ふざけるな!」
 予想の通りに足音が近づいてくる。息遣いが背にかかる。わずか一瞬で肉薄されたことに敬意を表しながら、クロノは大きく息を吐いた。
 1秒。
 クロノは殴られることも、吹っ飛ばされることもなかった。
 足音は止んでいる。聞こえるのは叫び声だけだった。
 振り返る。ほんの目と鼻の先。見えるのは、鎖に捕らわれ、怒りで歪んでしまった端正な顔/元は陶磁器のように白い顔を赤へと染めてしまったイザーク・ジュール。
 3度目となるバインドでの拘束/ディレイドバインド。
 だが、クロノはそれだけで終わらなかった。
『Start up』
 S2Uの起動/構える。現れた杖の先端をイザークの顔に向けて固定。
「これが現実なんだ」
 諭すような一言。
『Blaze cannon』
 それが、決着だった。

 
 

【新暦75年4月】

 

 快晴だ。
 雲1つない蒼天を眺められるその日、機動6課隊舎の正面玄関前で立ち止まる2人の少女がいた。
 別に、まだ建てられて間もないことがうかがい知れる、新築感漂う白亜の建築物に見とれているわけではない。
「あぁー、緊張する」少し早口で紡がれた言葉。
「ティア大丈夫?」
「うっさい。大丈夫に決まってるでしょ」
 緊張すると言いながらの矛盾した言葉を使うのは、思春期17歳のティアナ・ランスター。いつものように素直じゃない。
 そして、
「だったら早く行こう。集合時間のこともあるんだから」
 ティアナの手をつかんで引っ張って行こうとするのが、我等が元気っ子のスバル・ナカジマだ。
 ティアナは子どもみたいに手を引っ張られる恥ずかしさに、スバルの手から逃れようと腕を振る/離れない。ぶんぶんと振ってみる/離れない。もっと強く/離れない。次第に馬鹿らしくなって諦めた。
「まだ緊張してるの? だったら深呼吸したらいいんじゃないかな。それとも、何か飲む?」
「深呼吸もしないし、何も飲まない。わかった?」
「じゃあ早くロビーにレッツ・ゴー」
「あんたって凄いわよね、そのマイペース。あたし達が配属された機動6課ってどういう場所かわかってるの?」
「なのはさんがいるんだよね」即答+満面の笑み。ついでに目が輝いている。
 間違ってはいない答えだった。
「そうじゃなくて!」
「へ?」
「ああ、もう!」
 湧き出た苛立ちとともに一喝。ティアナはスバルの腕を振り払う。
 そして、これから自分たちが所属する部隊が、どれだけ優秀な魔導師がいるのかを言い含めようとして、
「おい」
 自分の振り払った手=拳が何かにぶつかっていたことに気がついた。
振り返る。見えたのは自分と同じ陸士部隊制服の胸章だ。とっさに謝ろうとして、ふと気づく。頭上から降りてきた声に聞き覚えがあることに。
 嫌な予感を感じながら視線をゆっくりと上へ上へ。
 所用時間は数秒。声の主を思い出したのと同じタイミング。
 そこに見えたのは、端正な顔立ちとその両端を流れる白銀の髪――故に、顔を斜めに横切る傷痕が目を引く人物だった。
「……イザーク」
「久しぶりだな」
 淡々と再会の挨拶をするのは、みぞおちにたたき込まれた拳への皮肉だろう。
「久しぶり。悪かったわね、いきなりぶつけて」
「貴様が謝るとは、いったいどういう風の吹き回しだ?」
「何が言いたいわけ」
 さっそく発せられた挑発的な言葉に、自然とティアなの双眸が細くなる。
「それくらい自分の胸にきいたらどうだ?」
「あら、ご親切にどうも。そういえば、なんであんたがここにいるのよ」
 嫌そうな目/見事な三白眼。もちろんイザークに向けて。
「選ばれたのは将来性のある新人だ。この俺が呼ばれてもおかしくはあるまい」
 空気が張り詰め、
「性格に難ありだけどな」
 その中を軽快な笑い声が駆け抜けた。
「あー、ディアッカ久しぶり」
「どういうことだ、ディアッカ!」
「おひさし」イザークをスルー。
 まずは手をあげてスバルに返すと、
「もう少しましな再会でもしようぜ」
 残り2名に向けてディアッカは肩をすくめてみせる。
「そんなこと言ったって」
 ティアナは視線を上に/そうしなければ、近くに立つイザークの顔が見えないからだ。訓練校時代ではあまり変わらなかった身長差。そして2年の流れを経て差ができた結果――ちょっとだけ面白くない。
「ディアッカはだまっていろ」
 イザークは怒鳴る/心の中で舌打ちした。訓練校時代から魔法に関する能力はだいぶ上がった自負はある。それでも、2年の時が流れても自分の癇癪が治らないことへの腹立たしかった。

 

「ディアッカの言う通りじゃないのかな」
 スバルははっきりと口にする/ただ、イザークとティアナのやりとりを眺めつつ思ったこと――昔と変わっていない=ちょっぴり嬉しくなった。
「あー、とにかく」
 ディアッカは息を吐く/めんどくさそうに。懐かしい気持ちにもなるが、このままのやりとりが続くことを想像してうんざり=纏めにかかった。
「とりあえず、みんないろんなとこが成長してて良かったじゃないの」おそらく、浮かんだ言葉をそのままに。
「なんかあんたが言うと変に聞こえるわね」
「いつものことだ。いちいち気にしていたらやってられん」
「それもそうね」
「だからほっとけ」
「そうするわ」
 ついさっきまでのやりとりは遙か忘却の彼方。今度は奇妙に結託する2人だった。
「スバル、俺ってなんかしたか?」
「あはは……」
 ディアッカの問いに、スバルは苦笑いで答えることしかできなかった。
「けど、またあんた達と一緒にやるなんてね。世界は意外と狭いっていうかなんていうか」
 思い出したようなティアナの一言だった。それを肯定するようにスバルは何度も頷いてみせる。
「後、アスランもいるから5人一緒だな」
 つられて思い当たったのか、ディアッカが言った。
 訓練校時代でよく共にすごした6人のうち5人が同じ部隊に配属された。その因果にはあっけにとられるばかりだろう。
「アスラン……大丈夫なのかな」スバルの焦燥。
 思わず漏らしてしまった言葉だったが、ティアナは黙ってスバルの脛を蹴る。それでその話は終わりとばかりに視線を向けて釘を刺す。
 一拍。
 沈黙しそうになったところで、ディアッカが口を開く。
「けどさ、これからまた一緒に頑張らないといけないんだし、まじめに挨拶でもしない?」
 全員集合というわけにはいかなかったが、それでも訓練校時代によくつるんだメンバーがこんなにも集まったのだ。記念をこめての意味なのかもしれないその考えに残る3人は首を縦に振った。
「さて、それでは」自然と4人の立つ並びが円になる。
「陸士386部隊から転属したティアナ・ランスター2等陸士です」
「同じく、スバル・ナカジマ2等陸士」
「陸士104部隊から転属したイザーク・ジュール1等陸士だ」
「査察官補佐をしていたディアッカ・エルスマン1等陸士」
「「「「よろしくお願いします」」」」
 こうして、彼らは気持ちよく新しい部隊で――
「じゃないわよ!」叫んだのはティアナだった。
 部隊で……。
「前から思ってたんだけど、やっぱり納得いかないのよ。あんた達があたし達より階級が上なんて」
「って言われてもなー」
 ディアッカはぼやく。任務をこなしている内に階級が今の場所になっただけだ。思い当たる節といえば、イザークと共に一時実戦に赴いていたことだろうか。
 一方で、
「俺たちの方が優秀だったからじゃないのか?」
 イザークは当たり前のように言い切った。
 
 

 
 

「アスランくんは、あそこに行かへんの?」
「ちょっと入りづらいかな」
 隊舎2階の廊下。そこから正面玄関前を見下ろす2つの人影があった。
「どうせ、今日中に会うことになるんよ?」独特な口調=関西弁。いたずらっぽく告げる女性/未だ変わらない童顔に茶目っ気を含んだ笑みを浮かべる八神はやて。
「そうだな……」一瞬苦笑いを浮かべながらも、思考の海に沈む表情。藍色の髪を掻くが、肯定の後の言葉が見つからずに沈黙するアスラン・ザラ。
 彼らが何を見ていたかといえば、階下の新人達のやりとりであり、だからこそはやてはアスランに言ったのだった。あの輪に加わったらどうかと。
「あかんよ、今から辛気くさい顔なんてしたら」
「そんな顔をしてるのか? 俺は」
「うん、そんな顔してる」
「そう……なのか」
「これから始まるってときに辛気くさいのはナシや」視線を落とすアスランの手を握ってはやては言葉を紡ぐ。「そやから、がんばろな」
 そこへ、パタパタというどこか嬉しそうな足音が近づいてきた。
「はやてちゃーん」
 手を振ってやってくる高町なのはと、置いてきぼりにされたのか、なのはの後ろに続くフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
「あ、お着替え終了したんやな?」
 2人に気づいたはやては笑顔で出迎えた。
「うん」
「ちょっと時間かかっちゃったかな」
「時間ならまだまだ大丈夫やでフェイトちゃん。そういえば、3人で同じ制服姿は中学校以来のときやね。なんや懐かしい」
「一緒の部隊になることが無かったからね」数瞬、どこか遠くを見つめてフェイトは頷いた。
「まあ、なのはちゃんは飛んだり跳ねたりしやすい教導隊制服でいる時間の方が多くなるかもしれへんけど」
「事務仕事とか公式の場ではこっちってことで」
「そうなりそうやな」
 一段落する会話。それを待っていたかのように、フェイトは口にした。
「はやて、彼は?」
 向けられた眼差し――アスランへのもの。
「失礼しました。自分は、本局第4技術部から出向したアスラン・ザラです」
「私はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。長いから呼びやすい言い方で言いよ。それから、アスランくんのことはシャーリーから聞いてる。デバイスのこととかでもお世話になると思うし、これからよろしくね」にっこり微笑み、手をさしのべる。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
 フェイトの手を握り、アスランは小さく頭を下げた。
「フェイトちゃん、自分ばっかりずるいー」
「ごめん、なのは」
 ついで、なのはが手をさしのべた。
「わたしは高町なのはです」
 アスランもさっきと同じようになのはの手を握り、頭の中から引き出した言葉を――
「ああ、本局武装隊のエース・オブ・エース、航空戦技教導隊の若手ナンバーワンの高町なのは1等空尉。あの管理局の白い」
 ――悪魔。と言いかけて本能が警鈴を鳴らした。
 いつの間にか全方位から感じる殺気/威圧感。握った手から背中へと駆け抜けた悪寒。とっさにアスランは考えた。
「……小悪魔ですね」
「あはは、そんなに悪い子じゃないよ」
 笑顔で返されながら、アスランは悟っていた。もしかすれば、今この瞬間に違う未来があったことを。
「……よろしくおねがいします」アスラン――自然と一歩後ずさっていた。
「うん。こちらこそよろしくね」なのは――手を離し、小首をちょこんとかしげてみせた。
 
   

 
 

「わかってたことだけど、すごいねー」スバルの感嘆。
「まだまだ新築ってところだからな」イザークの同意。
 6課隊舎のロビー。そこに置かれたソファーに腰掛ける4人の新人達。
 各々はすでに6課制服に袖を通し終え、これから後に行われる隊長挨拶までの時間を過ごしていた。
 テーブルの上に置かれた4つの紙コップ。空になった1つを残し、他は一口も口をつけられた形跡はない。
「お前ら緊張しすぎ。せっかく入れたんだから飲んだらどうなんだ?」
「けど、飲み過ぎて隊長挨拶の時にトイレに行きたくなったら嫌だから」
「あんたは凄いはね、いつもと変わってないし」
 ティアナはちらっと周囲を見渡した/視界に入る人、人、人。その誰もがこれからの機動6課の一員として働くのだ。性別関係なく――気になったといえば、今此処にいる4人と同い年くらいの隊員が見あたらないことだろうか。
ティアナの手は自然と紙コップに伸び、その中身を揺らす/なんだか落ち着かない。
「褒めるな。つけあがる」
 イザークも同じだ。ティアナほどではないとはいえ、その視線は絶えずロビー全体を移動している。ようやく紙コップに手を伸ばし、すっかりぬるくなったコーヒーを喉へと流し込む。それで、一息つけたのか、イザークは立ち上がった。
「どこか行くの」
「ゴミを捨ててくるだけだ」
 じっと座っていることが嫌になったのか、それ以上の返事を待つことなく、身を翻して歩き出す。
 とそこで、
「きゃッ」
 その動作を咄嗟に避けられなかった少女がイザークにぶつかった。
「す、すいません」
「いや、気にするな。大丈夫か?」
 ぶつかった拍子に倒れそうになった少女を片腕で支えながら、イザークは彼女の身を案じていた。
「なんかむかつくわね」ぼそりとティアナが呟いた。
 腕を組みながら、ディアッカは答える。
「俺たち以外なら結構まともにしてるぞ、イザークは」
「だからよ」自然と下がる口角。
 ティアナの視線の先/頭を下げる少女と気にするなと告げているイザーク。そこに、「大丈夫、キャロ?」赤毛の少年が追加される。
「だいじょうぶ、エリオくん」キャロと呼ばれた少女は、少年――エリオに笑顔で答えていた。
「ていうか、こんなちっさい奴もいたのかよ」
「あたし達と同じフォーワード陣だったりして」
 どうみてもエリオとキャロの年齢は10歳ほど。実力で選ばれたとはいえ、そのことに思わず本心が出てしまったディアッカと、いつもティアナ達に迷惑をかけるからお姉さんらしくしてみたいなーと思ったスバル。
 それに返されたのは、
「はいそうです。皆さんと同じフォワードです」「わたしとエリオ君はライトニング分隊に所属することになっています」真っ直ぐな眼差しとそこに込められた2人の意気込みだった。
「冗談はよせ。こんな子どもが」細まる双眸――急速に不機嫌になっていくイザーク。今聞いた言葉を疑うように/後方支援や事務処理などを主するロングアーチではなく、危険と隣り合わせの前衛部隊に所属することを決めた2人を止めなかった誰かへの不満。
「わかってたはずだろ。今の俺たち管理局は、そんな奴の力を借りなきゃなんねーほど人が足りてねーんだから」
「だが……」
「聞けよ、イザーク。ここにいる――それも、前衛部隊に選ばれたってことはそれだけの実力を持ってるってことだろ。それに、嫌々やらせられてるわけでもなさそうだしな」
 イザークは視線を落とす。そこに映る小さな体。2人の瞳に込められた純粋で――故に真っ直ぐすぎる力。
「たしかにイザークさんの言う通り僕とキャロは子どもです」
「けど今は、どうしても機動6課でやりたいことがあるんです」
どうすれば説得できるかを考えていない、真っ向からぶつけてくる言葉。
6

 

「……」
 イザークは息を吐く。ガラス張りの窓からは、雲1つない青空が見ることができた。
「俺にこの人事に関する権限はない」
 もう一度視線を下に。4つの瞳へ言葉を下ろす。
「俺を納得させたかったら行動で示してみせろ」
 力を望むことを、その力を使うことを否定できるはずがない。イザーク自身もまた、力のない己を呪い、力を欲した時があったから。魔法を使える/強くなることへの貪欲な想い。
 使える力を無駄にすることなど、できるのか――できはしない。必要だから。
 今いる世界は、能力ある者は何歳であれ前に立つ場所。子どもであれ老人であれ、必要だから。それを止めることのない世界。それが少なくとも此処、ミッドチルダでの常識だ。プラントとは違う。
 ただ……それでも心の中でわき上がる苛立ち。きっかけ――脳裏を過ぎった、自分より2つ下の少年。
 もう二度とあんなことがあって欲しくない。
 故に、長い沈黙を経て口を開く。
「ディアッカ!」親友(とも)への呼びかけ。
 応える「なにか用?」ディアッカ――にやりと笑みを含んだ表情で。
「わかっているよな?」
 交わる視線。わずか数瞬。
「……まかせとけって」
「ふん。当たり前だ」
 約束だ。
「えっと、イザークさん?」
 話が終わるのを待っていたエリオは口を開く。
「エリオとキャロは自分でできることを精一杯頑張ったらいいってことじゃないかな」スバルの微笑みと、
「……そういうことだ」イザークの肯定が答えだった。
 

 

「さてと、フォワード陣が揃ったってことだし自己紹介といこうぜ。コールサインとか含めてのな」
「そうね、ちゃんとした名前も知りたいし」
「じゃあ、僕からいきます」
「自分は、エリオ・モンディアル3等陸士です。コールサインはライトニング03」
「わたしは、キャロル・ルシエ3等陸士です。コールサインはライトニング04。それと」
 宙に舞う視線。やがて、目的のものを見つけたのか
「フリード」呼びかける。もちろん宙にむけて。
 つられてエリオを除く4人が宙に視線をむけて、
「へー。すごいわね」
「竜使いか」
 キャロの相棒でもある使役竜フリードの存在に気がついた。
「これがわたしのお友達、フリードリヒです」
 キャロの肩に舞い降りてキューと鳴く姿は、どこか癒しを感じさせてしまうほどだった。
「そんじゃあ、おれも。ディアッカ・エルスマン1等陸士だ。コールサインはライトニング05。お前らと一緒の分隊だ」
「はい、よろしくおねがいします」「お世話になります」
 エリオとキャロが頭を下げる。2人には、ディアッカが頼りになる兄貴みたいな存在に見えるのだろう。
(「なんか、かわいそうよね」)(「まったくだな」)
 イザークとティアナの容赦ない言葉/ディアッカと話す2人の嬉しそうな顔を見てそう思ったのだろう。
「2人はどんなタイプなんだ? ちなみに俺は射撃と砲撃タイプだな」
「僕はどちらかといえば前衛タイプです」
「わたしは補助魔法が中心です」
「ってことは、前衛が多いのか。分隊長のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンと副隊長のシグナムも前衛だったしな」
 ただ、ディアッカがエリオ達の頼れる兄貴みたいな存在になることは、必ずしもマイナスじゃないんじゃないかとスバルは思う/大好きなギン姉のことを考えながら。
 やがて、時間は流れ、
「けど、どうしてこういう配置になったんでしょうか?」
 口に出したのは、エリオだった。今までの経験を6人で話しながら、エリオは思い当たる。なぜ、ディアッカとイザークを分けたのかを。
 たしかに、この中で対人を含めた実戦経験をもつ者がその2人だと聞いたとはいえ、思ってしまう。

 

「簡単に言えば戦力的なバランスとかそんなとこだろう」こともなげに、イザークは返す。そして、モニターを展開した。
大きさB3サイズほどのそれに映されたのは、管理局が広報用に流している映像などだった。
「スターズ分隊の隊長、高町なのはは砲撃が得意のオールラウンダー。ティアナは射撃型だから中衛。ヴィータと俺とスバルは前衛。それに……ヴィータとスバルの戦い方と俺の戦い方は違う――」
前衛――戦闘で、最も敵に近づいて戦わなければならないポジションだが、その戦い方は1つではない。
スバルはリボルバーナックル/ヴィータはラケーテンハンマーによる『打』の攻撃。そこへ、イザーク=デュエルによる『斬』の攻撃が加わることで戦い方の選択肢が増加する。
それに、前衛のカードが増えることで接近戦のバリエーションも増え、中衛は集中して己の役割をこなせるだろう。
「それに、あたしとティアは2人合わせてやっと一人前だしね」あははと笑うスバル。
「よ、け、い、なことをー」切り返して応えるティアナは、スバルの頬をびよーん引っ張った。多少の加減はしてるだろうが真横に、真下に伸びるほっぺた。
「ひたい、ひたいよフィアー」
「うっさい!」
「ティ、ティアナさん落ち着いてください」慌てたエリオの制止。それによって、ティアナはスバルから手を離したのだった。
「ま、自己紹介とかはこれくらいにしてそろそろ行くか。隊長挨拶が始まるだろうし」
 頬をさするスバルを見やりながら、ディアッカは言った。
 ようやく……これから始まるのだ。
 これ以上の面倒はごめん被りたいと思ったのだろうか、ディアッカは歩き出す。遅れてエリオとキャロが小走りに追いかけた。
 残される3人。
「もしかして、あたし達よりディアッカが頼られそうなんだけど……」
「そうだねー。なんだかディアッカが頼りになるお兄さんってみたいな感じだったし」
「それは、あまり良いことではないな」
「そのとおりね」
 彼らの言葉は、どこか哀愁を誘うような響きを含みながら、近くの6課隊員になる人々の耳に届いていた。

 

「機動六課課長。そしてこの本部隊舎の総部隊長、八神はやてです」
 六課全隊員が拍手で応える中、はやての隊長挨拶が始まった。
 隊員各々は部署や隊毎に整列している。新人でありフォワードの6人は、エリオとキャロを先頭に、ティアナとスバル、イザークとディアッカの順に整列していた。隊員達の正面には、フェイト、ヴォルケンリッターの面々といった隊長格とグリフィスが立っている。 
「平 和と法の守護者。時空管理局の部隊として事件に立ち向かい、人々を護っていく事が私たちの使命であり、成すべき事です。実績と実力に溢れた指揮官陣。 若く可能性に溢れたフォワード陣。それぞれ、優れた専門技術の持ち主のメカニックやバックヤードスタッフ。全員が一丸となって事件に立ち向かっていけると 信じています。まあ、長い挨拶は、嫌われるんで以上ここまで。機動六課課長及び部隊長八神はやてでした」
 終わりと共に、再び割れんばかりの拍手が響き渡っていた。

 

「そういえば、お互いの自己紹介はもう済んだ?」
 隊長挨拶後、新人達を集めたなのはが確認した。
「えっと……」
「はい。名前と経験とスキルの確認はしました」
「あと、部隊分けとコールサインもです」
 どもるスバルと、冷静に答えるティアナとエリオ。スバルを励ますように、イザークは軽く肩を叩いてやっていた。
「それじゃあ訓練に入りたいんだけど、いいかな?」
「「「「「「はい」」」」」」
「「「「「「はい」」」」」」