grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_第16話

Last-modified: 2010-01-03 (日) 21:46:00

「遅れたか?」
そんな言葉を思わず漏らしながら、アスラン・ザラは隊舎正面から海へと続く両側2車線道路を進んでいた。
目の前、六課隊舎近郊沿岸部に設置された訓練スペースには、すでに教導隊制服姿の一人の女性/管理局のエース・オブ・エース、高町なのはだけが佇んでいる=今此処にいるべきイザークら新人達がいない。
紺青の波が生んだ潮の香りの中、アスランは腕時計を一瞥。しかし、なのはに呼ばれた時間より5分は早い数字を知らされる。
「高町1等空尉!」
「アスランくん、呼ぶときは名前でいいよー。それと、そんなに畏まらなくていいからね」
「すまない……気をつけた方が良いな」
思わず口ごもるアスランを見て、なのはは微笑んだ。
「けど、はやてちゃんの言ってたとおりだね。アスラン君って」
「何を聞いたんですか」
「ひみつ。あ、みんな戻ってきた」
困惑するアスランをおいてなのはが見つめる先――無人の道路を新人達が横並びに走って来るところだった。
遠目からでも目に付く、彼らの額に浮かぶ汗。聞こえるリズムの良い足音。
ちょうどウォーミングアップを終えたところだとアスランは思い当たる。
「ウォーミングアップ終わりました」
「うん。お疲れ様」
ティアナの言葉になのはは頷くと、6人が整列するのを待って、なのははデバイスを渡し始めた。
「みんなのデバイスなんだけど、ここにデータ記録用のチップを入れたから、ちょっとだけ大切に扱ってね」
ティアナやスバル達の新しいデバイスを調整中の技術者が依頼した、新人達のデータ収集。
より良き術者のパートナーを生み出すために、チップ搭載は必要なことだった。
なのははデバイスを渡し終えると、アスランへと視線を向ける。そして首肯。
自己紹介を促され、アスランは新人達に一歩踏み出した。
「メカニック兼機動六課通信士のアスラン・ザラです。俺は、今此処にはいないシャーリー達と皆のデバイスを改良したり、調整したりするから、訓練を見せて貰いに来るつもりだ。それとデバイスについての相談とかがあったら、遠慮なく言ってくれてかまわない……かな」
 

 

PHASE16 「ファーストアラート 前編」始まります

 

「じゃあ、さっそく訓練に入ろうか」
なのはの見つめる先――そこにあるのは、穏やかな蒼海ただ1つ。
「えっ……ここで、ですか?」
ティアナは困惑した。他の5人もまた首をかしげてみせる。
彼らは陸戦魔導師だ。しかし、なのはは海を目の前にして訓練をしようと言ったのだ。遠泳をするならそれなりの用意をさせるはずだが、そんな様子は露と感じることはできない。
そこで、なのははどこか誇らしげな笑みを面食らう教え子達に見せると、
「お願い。アスランくん」言った。
「わかった 」
頷くアスランは、右手で宙をなでてコンソールを呼び出して、小気味よくキーを速打。
「ステージセット。機動六課自慢の訓練スペース。なのはさん完全監修の陸専用空間シュミレーターだ」
アスランが言い終わると同時に、海上にされた訓練スペースが光に包まれる。
そして、光が消えると共に現れていたのは、疑似空間によって作られた廃棄都市だった。

 

「ヴィータ、ここに居たのか」
「シグナム」
6課隊舎屋上。訓練スペースを見渡せるこの場所で、シグナムとヴィータは新人達を見下ろしていた。
「新人達は早速やっているようだな」
「ああ」
「お前は参加しないのか?」
「6人ともまだヨチヨチ歩きのひよっこだ。あたしが教導を手伝うのは、もうちょっと先だな」
「そうか」
「それに、自分の訓練もしたいしさ。同じ分隊だからな、あたしは空でなのはを守ってやらなきゃいけねぇ」
「頼むぞ」
ヴィータの決意の根幹を知っているシグナムは、それだけを言った。
なのはとの捜査任務中に起きたアンノウンとの交戦。その時、誰よりも側にいたくせになのはを守ることができなかったことへの後悔。守護騎士であるヴィータにとって、なのははヴォルケンリッターの主ではない。だが、なのははヴィータにとって傷ついて欲しくない数少ない人間の一人だ――故にヴィータの心に刻まれた、大切な仲間を2度と傷つけさせたくないという想い。
ヴィータの強く握られた小さな拳を、シグナムは目に留める――。

 

 

ビルの上。訓練開始を前にブリーフィングに務めるティアナ達を、アスランは訓練システムの最終チェックをしながら見つめていた。
彼女たちは今、デバイスの特徴を含め、個人の得意不得意といった能力の最終確認をしているのだろう。
そんな中、自然と目がいってしまうのは、自分より若い2人の魔導師――エリオとキャロがティアナ達と連携がとれるのか、そんな懸念をアスランは感じていた。
「アスランくん、用意できた?」
ふと、アスランの足下に1つの影が落とされる。
「できてるぞ。……そういえば、あの6人で組んだら結構バランスのいいチームになれそうだな」
降下してくるなのはに訓練の設定内容が見えるよう、アスランはモニターの角度を傾けた。
「うん。それぞれがみんな違う方向に伸びていけそうだからね。そういえば、アスラン君ってイザークくん達と訓練校一緒だったんだよね」
「ああ」
「じゃあ、アスランくんのわかる範囲でみんなのことを教えてくれないかな?」
それが興味からではなく、これから指導していく上での問いかけだと気づき、アスランは数拍の思索を経て言った。
「そうだな……ディアッカは砲撃型かつ射撃型、それに距離を気にせずに前にも出てくるのは珍しいかも知れないな」
視線はなのはから外れ、眼下にいる4人へと向かう。
「スバルは一撃の爆発力は高いし、防御も強いほうだからフロントアタッカーの理想型。ティアナは中距離主体の味方を生かして戦える射撃型。射撃と幻術がもっと伸びたらいいセンターガードになるはずだ。イザーク……あいつの突破力と何事にもひるまない精神は、言うならストームバンガード(突撃前衛)みたいなものかな」
とつとつとした話し方。言葉の終わりと同時に行った頷きは、自分の言ったことが間違っていないと思ったからだろう。
「なるほどね。わたしが知ってるデータとあんまり変わらないってことは、昔から考え方がほとんど同じってことかぁ……なんだか伸ばしがいがすっごくありそう」
「たしかに――」
なのはの嬉しそうな言葉に首を縦に振ろうとして、アスランの意識がスバルに留まった。
気合いを入れるためなのか、力強く握った右拳を高々と上げている。
「そういえば、スターズの3人はある意味考え方がまとまってるな」
思い出したようにアスランは呟いた。
「なになに?」
「突撃思考っていうか、一撃必殺みたいな考え方だから……気をつけておいたほうがいいと思う」

 

一拍。
二拍。
無言の停滞を経て、
「あはは……それは大変かな。厳しくしておいたほうが良さそうだね」
小さい頃の自分を思い出したなのはは、乾いた笑いでしか返すことができなかった。
一拍。
二拍。
三拍。
たっぷり一呼吸の間をもって、なのはは言った。
「それじゃあ、訓練を始めようか」
「そうだな」
あえて今さっきのことを掘り下げる必要はない、と悟ったアスランの両手がキーを打つ/それに、眼下の6人には充分時間を与えたはずだ。
起動/展開されたモニターに刻まれていくプログラム。
訓練システムには、何一つ問題はない。
「よしっと。みんな聞こえる?」
なのはが6人に話しかけていた。
新人達に掛けるおだやかな口調。
「じゃあ、さっそくターゲットを出していこうか。まずは軽く12体から」
「はい!」
そして返されたのは、やや緊張をはらんだ言葉。
最近では滅多に聞かなくなったイザークの焦り声も聞こえ、自然とアスランの頬が緩む。
昔は自分もああして緊張したこともあったな――などと思い出しつつ、眼前のモニターを設定画面へと切り替える。
(「なのは、ガジェットは動作レベルD。攻撃制度Eってところか?」)
まずはガジェットがどういうものかを知ることが第一だ。そんな理由で投げかけたアスランの言葉だが、
(「違うよ。動作レベルはCで攻撃制度はDだからね」)
(「なに!?」)
(「大丈夫だよ。みんなそれだけの力はあるから」)
あっさりと、なのはに却下される。
(「……わかった」)
新人達の教導方針はなのはが考えることであり、あくまでもアスランはサポート要員だ。
(「じゃあ、よろしくね。アスランくん」)
なのははアスランに微笑むと、新人達へ訓練の内容と6課の戦う相手になるガジェットについて話し始める。
「私たちの仕事は捜索指定ロストロギアの保守管理。その目的のために私たちの戦う相手になるのは――これ」
(みんなはだいじょうぶだろうか)
「自律行動型の魔導機械。これは近づくと攻撃してくるし、攻撃は結構するどいよ」
(といっても、今はみんなの方が俺よりも強いか……)
ガジェットをイザーク達の前に出現させつつ、アスランの口からはため息が漏れた。
今のアスランが知っているイザーク達の力は、今の彼らの力というわけでは無い。
「では第一回模擬戦訓練。ミッション・目的は、逃走するターゲット12体を破壊または捕獲15分以内に」
走ればすぐにたどり着けるなのはの場所が、どこか遠くにあるような気持ちに襲われてアスランは頭を振る。ぐるぐると悩み始めようとする思考にブレーキをかけて、
――今は自分でやると決めたことをやるしかないのだから――。
「それじゃあ、ミッションスタート」
なのはの言葉に合わせるように、アスランはガジェットを起動させた。

 

 

新人達の初訓練が始まったのと同じ頃。
必要最小限の明かりしかない会議室の中に、機動6課部隊長のはやてとライトニング分隊隊長のフェイトはいた。
モニターを背に立つ2人。その正面には、管理局執行部の面々が腰を下ろしていた。
今彼らがそこ――時空管理局ミッドチルダ地上本部の中央議事センターにいるのは、第一級捜索対象であるロストロギア"レリック"の危険性について、説明を受けるという表だった理由によるものだ。
互いに、管理局上層部へのご機嫌伺いだとか、充実すぎる後ろ盾を持ったことなど関係なく機動6課に横やりをいれてやりたいだとかをわざわざ正直に言う者はいない。
資料をお偉方に配り終え、はやてが口を開く。
「創作指定遺失物、ロストロギアについては、皆さんよくご存じのことと思います。様々な世界で生じたオーバーテクノロジーの内、消滅した世界や古代文明を歴史に持つ世界において発見される危険度の高い古代遺産。特に大規模な災害や事件を引き起こす可能性のあるロストロギアは正しい管理を行わなければなりませんが、盗掘や密輸による流通ルートも存在するのも確かです」
次々と切り替わっていくモニター/映し出される数々の惨事。
いつまでも同じ/執行部側の表情(ポーカーフェイス)
彼らははやての言葉に耳を傾け、黙々と資料に目を通している。
「さて、我々機動6課が設立されたのには、1つの理由があります。第一種創作指定ロストロギア。通称レリック」
モニターにレリックが映されたのを待っていたかのように、今度はフェイトが話し始めた。
「外観はただの宝石ですが、古代文明時代に何らかの目的で作成された超高エネルギー結晶体であることが判明しています。レリックは過去に4度発見され、そのうち3度は周辺を巻き込む大規模な災害を起こしています」
突如、モニターの画像が火炎の朱に染まった。
地上を走るのは、炎へと飛び込む陸士部隊。
空を埋めるのは、繚乱と舞い、風で飛沫のように飛び散る火の粉達。
ミッドチルダ北部臨海第八空港が劫火に包まれた時の映像だ。
「く……」
執行部の者達の中から漏れる声/ざわめき。
細める双眸。歪む口元。
ここにきて、初めて執行部の者達の表情が変わっていた。
災害の規模とは対称に、奇跡的に人的被害が無かった事件だったとはいえ、死亡者を出さずに済んだのは、彼らの目の前にいるはやてやフェイトのおかげでもある。
初動の遅さと応援部隊の手配の不備は、後にマスメディア等によって当然責められ、ここにいる者達の中にはその辛酸を舐めた者もいるのだった。
「そして、後者2件ではこのような拠点が発見されています。極めて高度な魔力エネルギー研究施設です。発見されたのはいずれも未開の世界。こういった施設の建築は認めてられていない地区で、災害発生直後にまるで足跡を消すように破棄されています。悪意ある……少なくとも人々の平穏を守る気のない何者かがレリックを収集し、運用しようとしている……広域次元犯罪の可能性が高いのです。そして、その何者かが使用していると思われる魔導機械がこちら。通称ガジェットドローン。レリックを始め、特定のロストロギアを創作し、それを回収しようとする自立行動型の自動機械です」
フェイトの言葉と共に映し出されたのは、カプセル形の機械――通称ガジェットドローンⅠ型と呼ばれるものだった。
再びはやてが話し出す。
「このガジェットには自律判断が可能なAIが搭載されています。Ⅰ型についてですが、このタイプは機体正面の黄色いセンサー状のパーツが射撃装置になっており、この装置から熱線で攻撃してきます。装甲はそれほど厚くありませんが、問題は単機でAMFの展開が可能となっていることです」
そして、モニターがガジェットⅠ型のデータから、実際の魔導師とⅠ型との戦闘映像へと切り替わる。
魔導師は典型的なミッドチルダ式の魔法を使っていた。手にしているデバイスも、各陸士部隊に支給されているものだ。
魔導師はガジェットの熱線を交わし、スナイプショットで反撃。
しかし、魔導師の作り出した弾丸はガジェットに到達する前に、まるでそこに何かの境界線があるように波紋を作って消えていった。
「今のように、ガジェットドローンには並の射撃魔法では効果がありません」
熱線で撃たれた魔導師がうずくまるところで映像は消され、はやては目の前に座る者達に一歩踏み出した。
「射撃魔法で対処できる多重弾殻射撃はAAランクの技です。また、役職柄実弾銃を持つ人もいますが、あまり多くはいません」ぶれることの無い、真っ直ぐな眼差し。
「現状の陸士部隊の編成状況では、近いうちに対処ができなくなると予想されます」
はっきりと宣言された言葉に、会議場は沈黙に包まれた。

 

 

「うりゃあああああああ」
ガジェットドローンが放たれて早10分。
鉄灰に染まる廃墟の只中に白のはちまきをたなびかせ、スバルは逃げるガジェットを猛追していた。
気合いを言葉に/魔力を両足に乗せてスバルは跳躍。そのまま固まるように逃げるガジェットに魔力弾を放つが、青の光弾は目標をかすめることもできずに地面とぶつかり土煙を巻き起こすだけ。
「なにこれ、速ッ!」
ガジェットⅠ型の速さはスバルの全力疾走と同じ程度は出ているだろう。そして浮遊での移動故に、動きは鋭さを増し、直射弾では狙いにくい。
「駄目だ。ふわふわ避けられて全然当たらない」
待ち構えていたエリオの魔力斬撃もまた、ガジェットは避けてみせた。

 

『こら! 前衛3人、分散しすぎ。ちょっとは後ろのこと考えて』
「……いきなりの連携は難しいだろうな」
ティアナの念話を傍受していたアスランは、ぽつりと呟いた。
ミッションが始まっておよそ10分。
新人達は、ガジェットに1度もダメージを与えてはいなかった。
(「知り合ってすぐだからね」)なのはも念話で同意する。
(「今日は互いの力を知ることが第一ってことか?」)
(「まあ、そうだね。けど、ミッションはもちろんクリアして貰うつもりだけど」)
(「となると、後は個人の力が成功の鍵になる……か」)
アスランの視線の先ではちょうど、AMFでウイングロードを消されたスバルがビルの中に突っ込んで行くところだった。
『スバル、大丈夫?』
『ッつう……なんとか』
『AMFを全開にされると魔力弾だけじゃなくて、移動系魔法の発動も難しくなるからね』
初めて体験するAMFに今まで通りの自分たちの戦い方が封じられ、望むように戦えない6人の有り様。
しかし、彼らがこのままガジェットに一撃すら与えられないなどと、アスランは思ってはいなかった。
その程度ならこの部隊に選ばれるはずがない。そして何より、少なくとも自分のよく知る4人が、このくらいで諦めないことをアスランは信じて疑わなかった。
ビルに突っ込んで行ったスバルが再び走り出す。
(「デバイスのデータ取れそう?」)
(「いいのが取れてるな。これなら6機共良い子に仕上がるはずだ。レイジングハートもよろしく頼む」)
『All, right.』
なのはの言葉を聞きながら、アスランはモニタリングしている6人の戦いを、じっと見つめていた。

 

 

「こちとら射撃型。無効化されて、はいそうですか――って下がってたんじゃ生き残れないのよ」
ティアナの断言と共に、アンカーガンのカートリッジが全弾ロードされた。
ミッション開始から15分。
ティアナを除く5人は、すでに各々でガジェットの撃破に成功していた。このまま10も過ぎれば、ガジェットを全機撃破してもらえるだろう。
だが、ティアナはそんな未来を否定する。
自分より年下のエリオやキャロはできて自分はできない――そんな結果を、ティアナは黙って受け入れるつもりは毛頭無かった。
「スバル、上から仕留めるからそのまま追ってて」
(「おう!」)
今なお逃走を続けるガジェットに狙いをつけ、ティアナは相棒/デバイスに魔力を集め始る。
作り出すのは魔力弾。今の自分が放てる最高の一矢のために、全力を傾ける。
「攻撃用の弾体を無効化フィールドで消される膜状バリアでくるむ。フィールドを突き抜けるまでの間だけ外殻が保てば本命の弾はターケッドに届く」
全身全霊をもって行うのは、フィールド系防御を突き抜ける多重弾殻射撃/AAランクスキルであり、射撃型魔導師の最初の奥義。
「固まれ、固まれ、固まれ、固まれ」
歯を食いしばりながらも、ティアナは己を限界へと連れて行く。
己が凡人だと自覚しているが故に、今まで徹底的に鍛え上げた射撃魔法。
前衛陣のような見た目の派手さを追求せず、精密な射撃能力と器用さを求めた魔法技術の結晶が、
「ヴァリアブル・シュート」
ティアナの叫びと同時に放たれた。

 

 

機動6課隊舎サンルーム。
昼間には隊長であるはやてが6課発足の挨拶をしたこの場所だが、隊員達が休憩できるようにソファーや自動販売機、観葉植物が備え付けられている。
時刻は午後9時を回ったところ。
月明かりだけに照らされた静寂が腰を据えた空間だが、小さな寝息が響いていた。
その主は、ソファーに沈んでいるなのはのトレーニングを終えた新人6人。
スバルとイザーク/ソファーの背に腕をかけたまま。
ティアナとキャロ/互いに寄り添いながら。
ディアッカとエリオ/ソファーの前に置かれたテーブルに突っ伏しながら。
皆が眠りに落ちていた。
着替える余力も無かったのか、訓練着のままで眠る6人。
「……熟睡してるな」
ふらりと、寝息の他に小さな呟き声が混じり込んだ。
月光に浮かぶのは、6課の制服と翡翠の瞳。
それは、どこかから持ち出した毛布を6人に掛ける、アスランの言葉だった。
「まあ、仕方ないか」
初日からの、なのはによるハードトレーニング。
最初のミッションであるガジェットの全機撃破を達成できたとはいえ、彼らが消耗しなかった訳がない。
多重弾殻射撃を行ったティアナの消耗もさることながら――
『みんな凄いね。それじゃあ10分休憩したらもう一回同じことをするよ』
ミッションを終えた新人達を待っていたのは、なのはの嬉しそうな笑みと容赦の無い言葉。
1度成功したとはいえ、同じような攻撃が今度は成功するとは限らない。
『もちろん数は少し増やしちゃうから頑張ってね』
そして、追撃だ。
「これが、高町なのはが白い悪魔って呼ばれる理由なのかもな」
女や子どもであっても、誰であれ容赦はしない。
教導隊にいたときも、今と変わらなかったんじゃないかという考えにアスランはたどり着く。
皆が訓練メニューを終えた時に見せる嬉しそうな笑みと、楽しげに告げる次の訓練メニュー。
訓練を終えた者は、そんななのはに悪魔を見いだしたのだろう。
「さてと――」
アスランは毛布を6人に掛け終える。
そして、突っ伏した者を支えているテーブルに桃の缶詰を置いた。
缶切りを使う必要がないように、プルタブを引けば開けることのできるタイプだ。
そして、爪楊枝を人数分置くとそこで一息をつく。
「ううう……お腹空いたよ、ギン姉―」
とそこで、まるでアスランの行動を待っていたかのようにスバルが呟いた。
疲れ切った表情で――けれどそこには、1つの事をやりきったという達成感が潜んでいた。
眠りに沈む他の5人も同じように、どこか達成感を含んだ気持ちの良い疲労を含んだ寝顔をアスランに見せている。
と、
「こないなとこで何してるんや、アスランくん?」
アスランの背後から言葉が投げかけられた。
彼が振り向いた先にいるのは、ミッドチルダ地上本部の中央議事センターからようやく解放されたはやてだった。
「ああ、イザーク達がロビーで潰れてたからな」
アスランの視線を追って瞳を動かしたはやては、
「なのはちゃん、さっそくハードトレーニングしてんなあ」事の顛末にたどり着く。
「けど、みんな凄かったな。ティアナは二重弾殻魔法が使えるし、キャロは無機物操作と組み合わせた召喚を無機物操作と組み合わせた召喚をやってみせたし」
「つまり、ガジェットを想定した模擬戦もさっそくやったってこと?」
「あ……すまない、どんなことをしたかを話してなくて」
「別に謝ることとちゃうよ。けど、アスランくんの話聞いたら新人達はちゃんと戦えていけそうやな」
「それは絶対だな」

 

自信を持ったアスランの笑みに、はやては破顔する。
「それを聞いたら安心や。今日の話でお偉いさん達に6課の自慢話してきたからなあ。あたし達やったらこれから起きる事は解決できるって……ただ、お偉いさん達はそうでも言わんと動いてくれへんやろうからやけどな。ほんまは、あたし達だけやなくて周辺の地上部隊ともちゃんと連携がとれて、協力がないとしんどい戦いになる。地上部隊は縄張り意識が高すぎてほんまに――」
立て板に水。次から次へと出てくる言葉は、それだけのストレスがたまっていたということだろう。
「そう言えばはやて、お腹すいてないか」咳払い。
とっさにアスランは話をそらそうとするが、
「それがなぁ、あたしはお昼も食べられへんかってんよ」
はやての愚痴を閉じ込める心の栓は閉まらない。むしろ、穴を余計に広げただけだった。
「それは……災難だったな」
「ほんまにや。アスランくん食堂ってまだ開いてるやんな?」
「……たぶん」
白い目。「たぶんって、曖昧な返事やなあ」そして、呆れ顔。
「いや、訓練に付きあった後はずっと開発室に籠もってたから。それに、食堂がいつやってるかは把握してなかったから……」
「ってことは、アスランくんもご飯食べてへんの?」
「ちゃんと携帯食料をつまんだから大丈夫だ」
「あかんでアスランくん! それは食事と違う。ちゃんとしたご飯食べんと」
はやての一喝。アスランの鼻先に人差し指を突きつけ、
「アスランくんはわかってへん。食事っていうのは――」
いつのまにか、彼女の口から飛び出すのは仕事の愚痴では無くなっていた。
やにわに叱責モードへと変わるはやて/腰に手を当て、眉間に皺を寄せている。
「とりあえず、食堂に行かないか」
「とりあえずって、また煙に巻くつもりやろ」
「いや、そうじゃなくて」
「まあ、かまへんわ。食堂が開いてへんかったら、あたしがなんか作る。そやから行くよ、アスランくん」
後ろ襟をむんずと掴まれた以上、アスランは抵抗することができない。
まるで、ドナドナの仔牛のようにずるずると連れて行かれ/引きずられながら、アスランはとりあえず苦笑いを浮かべておくしかできなかった。
――今度会ったら、どう言ったら良いんだろうかと。
いつの間にか目を覚ましていたエリオとキャロへの言葉を考えながら、アスランは廊下の暗闇へと飲み込まれていった。