grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_第17話

Last-modified: 2010-02-03 (水) 23:19:48

「はい、せいれーつ!!」
空に浮かぶなのはの掛け声に、被弾や破片による擦り傷と瓦礫の埃を浴びた新人達が集まった。
まさに疲労困憊。スバルとティアナ、キャロやエリオは息を切らし、イザークとディアッカは額に浮いた汗を拭い去っている。
「さて、これから早朝訓練のラスト一本。皆まだ頑張れる?」
六人は気合いを入れ直すように大きく「はい」と返事した。
「じゃあ、シュートイベーションをやるよ? レイジングハート」『All right, アクセルシューター』
嬉しそうな笑みと同時に、なのはの足元で桜色の環状魔法陣が現れる。
そして、周囲の空間に作りだされた数多くの桜弾。
「私の攻撃を5分間、被弾無しで逃げ切るか、私にクリーンヒットを入れればクリア。誰か一人でも被弾したら最初からやり直しだからね」
焦りを浮かばせる教え子を見つめ、なのはは言った。
「さぁ、頑張っていこう!」

 

PHASE17 「ファーストアラート 後編」始まります

 

「このボロボロ状態でなのはさんの攻撃を5分間捌き切る自信ある?」
「ない!」
最初にきっぱりと答えたスバルを皮切りに、
「同じくです」「無理だな」「無茶言うなよ」「ありません」
残りの面々も否定した。
故に答えは1つ。
「じゃあ、なんとか一発いれよう」
今ある、残りの力を一気にぶつけることだ。
今考えられる最善の作戦を念話で伝え、ティアナはデバイスを持つ手に力を込める。
そして――
「よぉーし、それじゃあ全力で頑張ろー!」
「頑張りましょう! スバルさん」
「……ふん」
スバルの掛け声にエリオが応え、イザークは鼻を鳴らす。
――始まりだ。

 

「準備オーケーだね。じゃあ、いくよ!」
レイジングハートが振り下ろされ幾多の弾丸が放たれる。
「全員、回避! 散開!」
ティアナの掛け声に合わせ、全員が一斉にその場から四散する。
直後。
アスファルトが粉塵を巻き散らして割れ爆ぜた。
「さてと……」
立ち込める爆煙に視界を制限されたなのはだが、動じるわけはない。
煙の中から突っ込んで来ようとしたイザークを弾幕で牽制し、
「そろそろ来るかな」
呟きと同時、なのはの背後にウイングロードが現れる。
見上げた背後。駆け降りて来んとするスバルの姿。
そして正面。廃ビルの中から挟み込むように、ティアナが射撃体制に入っていた。
「アクセル!」
『Snipe Shot』
瞬時に、なのははアクセルシューターで迎撃へ。
桜弾がティアナとスバルに直進し――2人を通り抜けた。
魔力弾が命中する直前、2人の姿が唐突に消え去ったのだ。
「シルエット……やるね、ティアナ」
即座に理解したなのはだが、ティアナの作りだした時間/なのはの意識が一瞬逸れた瞬間を狙い、なのはの真下から伸びるウイングロードに導かれ、スバルが猛進していた。
「うりゃあああ」
右手にはめられたナックルのスピナーが回転し始め、巻き込まれた空気が唸りをあげた。
必倒を叶える、スピードを上乗せした渾身の一撃だ。
スバルは右手を振りかぶり――だが、振り抜かない。否、振り抜けない。
とっさの急減速=緊急停止。
瞬間。
「わわ!」
頭上からの急襲。スバルの目の前を、なのはのアクセルシューターが翔け抜けていた。
「うん、いい反応」
かろうじてだが、回避してみせたスバルに対して言葉が漏れる。
並の反射神経では、今の攻撃は避けられない。素質は充分だ。
「教え甲斐があるね」
経験の少なさと技術の疎さはあるが、問題はない。
これから少しずつそこも伸ばしていけば良いのだから。
「でも、甘くしちゃあいけないし――」
なのはから再び距離を取ろうとするスバル。そしてスバルよりも少し先で、彼女の空を駆ける道を創り出すウイングロード。
これほど予測射撃のしやすいターゲットは、狙う側とすれば当てやすいだろう。

 

「うあああ……ティア援護ぉぉ!」
ウイングロードを幾重にも伸ばした影響で、魔力を消耗したスバルは、背後から迫る桜弾を振り切れない。
「馬鹿! 危ないでしょ。待ってなさい」
ティアナは、スバルの背後にぴたりと付けた魔力弾に狙いをつけた。
魔力弾を精製。桜弾を相殺できるだけの魔力を込める。
狙い良し。視界も良好。
そしてトリガーを引かれたデバイスは、
「え……」
パスッと間の抜けた音を立てみせた。
「不発!? こんな時に」
連日の訓練で酷使され続けたデバイスだ。それも、メーカー製造ではない、自己製造の簡易式。寿命が近いのだろう。
即座に廃莢。
装填。
狙いを付ける。
しかし、
「大丈夫か?」
「ありがとうイザーク」
「気にするな」
イザークによって、スバルへの脅威は無くなっていた。
(「貴様のデバイスは飾りか?」)
(「違うわよ!」)
容赦のない念話に怒鳴り返し、ティアナは魔力弾を形成。
イザークへと向かっていた桜弾を撃ち落とした。

 

 
「次は……」
なのはは教え子達を見下ろしながら、次の行動を考える。
スバルを狙うことでティアナの居場所は把握できた。イザークをエリオとキャロの直援から外すことができた。
しかし、ディアッカの所在がわからない。ミッション開始の爆発以降姿を隠し、ただの一度も攻撃を仕掛けてこないからだ。
新人達の中で最も長い射程。
どこから狙われているか――全景、360度。ビルの屋上、窓、路地裏、物陰……。
なのはは見渡すが、ディアッカの姿は見つからない。
「何処に……」
ふと、なのはは視界を区切るウイングロードが気になった。
スバルが空を駆けられない皆のために残した足場。しかし、狙撃を狙うならばなのはの周囲に張り巡らせるべきではない。
--と、そこまで考えていたなのは目掛けて、イザークとスバルが走り出していた。
思考を中断。右手を上げ、伸ばした人差し指を中心に作り出すのは6つの弾丸。それは、どこまでも狙い人を追いかける狩犬/アクセルシューター。
放つ。
炸裂音。
目の前で駆逐された。
「……上かぁ」
僅かに、視界が暗くなっていた。
頭上。陽光に包まれて降下してくる一つの影/したり顔のディアッカ(砲撃手)。
「いくぜぇ!」
自然落下に身を任せつつ、足元では環状魔法陣を展開。そして両手には超高インパルス長射程狙撃ライフルを保持している。
「ようやく出てきたね」
「そりゃあ、全力全開で撃ちたいですからね」
微笑み合いながら、楽しそうに2人は防御/砲撃の体制へ。
「いくよ。レイジングハート」『OK. Protection EX』
「グゥウウウレイトォ」『無茶しすぎよ、まったく』
ぶつかり合う桜と黄の魔法。
大気による減衰のない、零距離での一撃。
ディアッカは今放てる最高出力の砲撃魔法を繰り出すが、なのはの左手/防御魔法を破れない。
「予想はできてたけど、固すぎだぜ」
「まだまだだね、ディアッカくん」
笑みを向けながら、なのはは左右に目を配る。彼女が見えるのは青と白の彗星。なのはを挟み込む形で迫るイザークとスバルの姿だ。
アクセルシューターで牽制しようとするが、ティアナに全てを落とされる。
やむなく、なのははバリアを自壊。その衝撃波でディアッカを吹き飛ばすと、猛進してきたイザークとスバルの攻撃を、二人がぶつからないように受け流す。
そして上昇/離脱。
バランスを崩す二人にレイジングハートで狙いを定め、一息。
「これで」
「ミッションクリアだな」
唐突に、どこか嬉しそうな言葉が、一つの薬莢と共に落ちてきた。
それは、僅か前と同じシチュエーション。
ただ違うのは、連結し直された二つの砲身/対装甲散弾砲。
詰められた間合い/両者の距離役2メートル。砲身を含むと1メートルを切っている。

 

「いくぜ!」『まったく……』
砲身の先端に黄色の輝きが溢れだし――
「レイジングハート!」『OK.』
なのはは後翔しながら魔力を練り上げ、プロテクションを展開し――
黄と桜の魔力は――
 

 

 
――ぶつからなかった。
目を見開くなのはの眼前。
ディアッカの砲身から出たものは、間の抜けた音と黄の魔力塵。
「エリオ、今!」
ティアナの叫び声がなのはの耳に。
瞬間。風を突き破る音が近づいていた。
 

 

時間を僅かに巻き戻そう。

 

ディアッカがなのはと激突したことを確認したキャロは、詠娼を始めていた。
「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に駆け抜ける力を」
それは、一時的にエリオの能力を引き上げる魔法の言葉。
『acceleration』
ケリュケイオンから桃色の光が伸び、その力を若き槍騎士/エリオのストラーダに宿らせる。
「あの、かなり加速がついちゃうけど、気をつけて」
「大丈夫、スピードだけが取り得だから!」
キャロの心配を、エリオは微笑で受け止めた。
「絶対にこれで決めるよ」
強化されたストラーダから炎熱が噴き出され、突撃態勢へ。
エリオは見据える。中空に浮かぶなのはの姿を。
そして翔ける。最後の役割を託された者として。より速く。より鋭く。
「絶対に――届かせる」
ティアナの指示のもと、この最後の一撃のためにミッションが始まってから、エリオは残る魔力すべてを温存していた。
『最後はあんたに任せたわよ』
まだ知り合って間もないというのに、締めを任せられた期待には応えたい。
「行くよ、アスラーダ!」
『Speerschneiden』
そして、エリオは吶喊したのだった。

 

ミッドチルダ北部、ベルカ自治領「聖王教会」大聖堂。

 

その場所は、中央にテーブルがおかれた少し大きな書斎とも呼べる場所だった。
窓から降り注ぐ陽光。その、どこかほっとさせられる光を感じながら、八神はやては椅子に腰掛けた。
「ごめんな、すっかりご無沙汰してもうて…。」
長らく会えなかったことを、自分の正面/窓に背を向けて座るカリムへはやては詫びる。
「気にしないで」
返答は穏やかなものだった。
「部隊の方は順調みたいね」
「カリムのお陰や」
互いに微笑みながら、二人は紅茶の注がれたティーカップを口に運ぶ。
一口。
「そういうことにしとくと、色々お願いもしやすいかな……」
ぽつりと呟かれた言葉に、
「……なんや、今日の会って話そうは、お願い方面か?」
はやては持っていたティーカップをテーブルへ。
カリムの顔からは、笑みが消えていた。あるのは、聖王教会騎士カリムの真剣な表情のみ。
談笑から一転。
不意に、部屋に差し込む陽光が無くなった。
カーテンが閉じられて薄暗くなった室内に、空間モニターとパネルが現れる。
パネルの上でカリムの両手が動き、モニターに球形の自動機械が写された。
「これ……ガジェット? 新型?」
はやてにとって初めて見る機体。
「今までのⅠ型以外に、新しいのが二種類。戦闘性能はまだ不明だけど……」
カリムの言葉に合わせて、モニターに映る球形のガジェットが拡大された。
「航空型かガジェットⅡ型。こっちのガジェットⅢ型は、他の二つと比べたら、わりと大型ね」
Ⅲ型の隣にⅠ型を並べて比較すると、一回りも二回りもⅢ型が大きい。
「大きさもそうやけど、この装甲形状やったら砲撃で抜き辛いやろな――」
球形故の傾斜装甲。AMFを突破できたとしても、着弾時の運動エネルギーは分散させられ、特に射撃型にとっては戦い難い相手となるだろう。
新しい敵の情報に、これからのことを思い、はやては思考にふける。
だが、カリムの今日の目的は、そのようなことではなかった。
「まだ正式には発表してないわ。監査役のクロノ提督にはさわりだけお伝えしたんだけど……」
モニターの映像が再び切り替わる。
「これは?」
映されたのは、何かの装置を思わせる、八角形の銀色の立方体。
「それが、今日の本題。一昨日付けで、ミッドチルダに運びこまれた不審貨物」
「レリック……やね?」
「その可能性が高いわ。Ⅱ型とⅢ型が発見されたのも昨日からだし……」
ガジェットの特性を考えればたどり着ける答えだった。
「ガジェットたちが、レリックを見付けるまでの予想時間は?」
「調査では、早ければ今日明日」
「そやけど……おかしいな。レリックが出てくるのが、ちょい早いような……」考え込むはやて。
はやて達六課と聖王教会の予想では、レリックが見つかるのはもう少し後だと想定していたのだ。予想では後一週間か二週間。
その予想に基づいて、新人達に今日新しいデバイスを渡すことを、はやては隊長二人と技術者達に指示していたのだった。
「騎士団もすぐに動ける隊もなくて……だから、会って話たかったの。これをどう判断すべきか……どう動くべきか……」
カリムの表情に、陰が射す。
「レリック事件もこのあと起こる事件も、対処を失敗するわけには……いかないもの」
記した予言へ万全の体制で事に臨もうと考えていたが故に、己の見通しの甘さが口惜しいのだろうか。
一息/はやてはパネルを操作し、カーテンを明けた。
「まあ、何が起きても大丈夫」
薄闇を取り払い、この場所を暖かな陽光で満たすために。
「まぁ、何が起きても大丈夫。カリムが力を貸してくれたお陰で、部隊はもう、いつでも動かせる。即戦力の隊長達はもちろん、新人フォワードたちも実戦可能。予想外の緊急事態にもちゃんと対応できる下地ができてる。そやから、大丈夫」
新しいデバイスを新人達に今日渡す/ぶっつけ本番になる可能性を心の中で留め置き、はやては力強く頷いた。

 

 

「うわーッ! これが」
「これってもしかして」
「へぇー。凄いじゃない」
訓練後、六課技術開発室に集められた6人は、無意識的に机の上に置かれた4つのデバイスに関心を奪われていた。
ペンダント、カード、腕時計、腕輪。どれもが使用者の能力特性に合わせて作られたもの/オリジナルだ。
「設計主任がシャーリー。協力は、隊長二人とレイジングハート、それから俺達技術班で完成させた」
自信を持って何度も頷くアスラン=それだけの高い性能を秘めているのだろう。
「ストラーダとケリュケイオンは、変化なしかぁー」
「うーん、そうなのかな」
エリオとキャロの嘆息。今までとの違いがわからずに、少し落ち込んだ声音になる。
だが、
「違いま~す。変化無しは、外見だけですよ」
即座に否定された。
「リインさん」
開発室奥から姿を見せたリインフォースⅡ。彼女はエリオの頭の上に降り立つと、楽しそうに話しだす。
「二人はちゃんとしたデバイス経験が無かったですから、感触に慣れてもらうために、基礎フレームと最低限の機能だけで渡してたです。それをアスランさん達技術スタッフが頑張ってバージョンアップさせたのです」
「あれで最低限……なんですか」
自然と落ち込んでいたエリオの顔が引き攣ったのは必然だろう。シャーリーの設計思想を踏襲することにしたアスランは、短所を補うことより長所を伸ばすことに重きを置いている。つまり、完成されたデバイスが自然と何らかの特化型になるのは当たり前。それ故の反応だった。
「みんなが扱うことになる4機は、六課の前線メンバーとメカニックスタッフが技術と経験の粋を集めて完成させた最新型。部隊の目的に合わせて……そして、4人の 個性に合わせて作られた文句無しに最高の機体です。この子達は皆生まれたばかりですが、色んな人の思いや願いが込められてて、いーっぱい時間をかけてよう やく完成したですよ」
リインフォースⅡの言葉に応え、浮かび上がったデバイスが、小動物のようにそれぞれの手に飛び込んでいった。
「只の道具や武器と思わないで大切に。だけど、性能の限界までおもいっきり全開まで使ってあげて欲しいです。きっとこの子達もそれを望んでいるのです」

 

一方で、
「イザークとディアッカのデバイスについてなんだが……」
アスランが両手に載せた2つのデバイス。見た目は今までと何ら少しの変化はない。
だが、そんなことをディアッカとイザークは気にしない。待機状態だからこそ、変化は目に見えないのだ。起動したあかつきには、大幅なバージョンアップをされた有様が、
「何か期待してるところで言いにくいんだが、二人のデバイスに新しい武装を追加したわけじゃないからな……」
なかった。
--否、
「ただ、OSは改良したし新しいシステムも搭載してみたから今までとは少し変わるかな。バリアジャケットがちょっと変わったりとかは、説明するよりも、実際に使ってみたほうがわかりやすいと思う」
追加機能はある。
それでも、アスランの言葉は二人の青年には届かない。
ディアッカはデバイスの宝石をポケットに突っ込む/肩を落としての落胆/羨ましそうにティアナ達へと声をかける。
イザークは無言のままにデュエルを腰ベルトにぶら下げる/落胆が面に出ないように眼を閉じて腕を組む。気が抜けた様子は手にとるようにわかるが、敢えて誰も指摘しない/いろいろ五月蝿いから。

 

そんな時、
「ごめんごめん、お待たせー。アスランくん、皆にデバイスの説明終わった?」
デバイス製作にも関わっていたスターズ分隊隊長、高町なのはが開発室に飛び込んできた。
「いや、肝心な箇所はこれからだ」アスランの意図したような微笑=メインディッシュがまだ残っていることの伝達。
「そっか。ならナイスタイミングだったね」花の咲いたような笑み--なのはは、気合いを入れるようにぎゅっと拳を握りしめ、デバイス達のデータをモニターに表示させる。
「じゃあ、これからわたしが説明するよ。まず、その子達はこの画面を見たら分かるけど、何段階かに分けて出力リミッターをかけてあるの」
キーボード上で弾む10の指/6つのパラメーター設定値が現れる。
エリオとキャロ――目を見開いたまま微動だにせず/手に持つデバイスの数値に唖然とした結果。
例:ストラーダのスピード値がやたらと飛び抜けている。
「一番最初……つまり、みんなが今使っている初心者段階だと、そんなにびっくりする程のパワーは出ないから、デバイスの扱いに慣れて欲しいな。出力はそんなに高くはないけど、今までよりも性能は上がっているから、扱いには気をつけてね。それで各自が今の出力を扱いきれるようになったら、わたし達隊長やシャーリー、それにアスランくんが解除していくから」
「一緒にレベルアップ出来るんだー」
どこか嬉しそうなスバル。数値の値よりも、デバイスと共に成長出来ることに感動。彼女らしいといえば彼女らしい反応だった。
ふと、ティアナは思い出す。
「出力リミッターと言うと、なのはさん達にもかかってますよね」
「ああ。私達はデバイスだけじゃなくて本人にもだけどね」
「どうしてそんな事をするんですか? わざわざ力を弱くするなんて」
「そうだよね」
エリオの問いかけ。それが最もだとばかりに、なのはは頷いた。
己の力を下げることは、敵に利をもたらすことだ。その事実を肯定しつつ、
「実は能力限定って言って、部隊毎に保有出来る魔道師ランク総計規模って決まってるの」
「「だから優秀な魔導師を集めるには、リミッターをかけてランクを下げることが多い(のよね)」」
訓練校での座学を思い出すティアナとイザーク。被ったことが気にくわなかったのか、睨み合い/やがてそっぽを向いた。
機動六課はオールスターとも言える部隊だが、事態はそこまで簡単なものでは無い。能力限定にしろ、出力制限にしろ、解除する為には部隊のトップであるはやての承認が必要だ。さらに、隊長であるはやての能力リミッターを解除するには、上司であるカリムや監査役のクロノの承認が必要となる。許可が下りることは滅多になく、優秀な魔道師を一部隊に結集できたとはいえ、管理局がそんな六課への枷を怠ることはなかったのだ。
「まあ、隊長達の話は心の片隅くらいでいいよ。今は、みんなのデバイスのこと」
なのはは笑顔で言い切った。リミッターのことは気にしていないと告げる笑み=そんなものなど関係なくわたしは空を翔けられるという自信の表れ。
「新型もみんなの訓練データを基準に調整しているから、いきなり使っても違和感はないはずだ」アスラン――ついさっきの話が無かったように、話題を提供。
「午後の訓練の時にでもテストして、微調整しようか」
「遠隔調整もできるから、手間はほとんどかからないはずだ」
「便利だよね最近は」

 

いつの間にか、なのはとアスランの談笑が始まっていた。
「あ、スバルのほうは、リボルバーナックルとのシンクロ機能も上手く設定出来てるからな」思い出したようにアスランが口を開く。
「持ち運びが楽になるように、収納と瞬間装着の機能も付けといたから」
「ありがとうございます」
スバルの顔に笑みが弾けた/喜色満面となってデバイスを受け取り、エリオとキャロも嬉しそうにデバイスについて互いに話し合う。

 

一方で、無表情のままデバイスを見つめる者がいた。
(なんか……あたしは場違いって感じよね)心の中で漏らした本音とため息。
衝撃故に忘れることのなかったデバイスの数値--そこらの武装隊隊員などが手に出来るものより、遥かに高い値を示している/個人個人の能力に合わせて作られたカスタム機だからこそ。遺失物管理課だからできることだろう。
(あたしに……できるの?)
だからティアナは考える。自分がそれに見合うだけの戦力になれるのだろうか。
宝の持ち腐れにならないだろうかと。
高性能のデバイスを手にした故のプレッシャー。
期待に沿える力となれるのか? という己の問い掛けに、答えを返せない。
訓練校で苦楽を共に乗り越えてきた相棒を使えなくなることも不安を煽りたて--
(……やめやめ)
思考を止めて、頭を切り替える。遺失物管理課である起動六課に転属する前に気づいていたことだ。
(そうよ……これだけ凄いデバイスを貰ったんだから)
「なーに難しい顔してんの?」突然の呼びかけ。
と同時にティアナの視界いっぱい=正面に現れたディアッカの顔/ティアナの考えていることを察したのか、獲物をいたぶる猫の笑み。
「うっさいわね」拒絶。思わず大きな声になっていた。
故にその声は部屋中に響き渡る。
「ティアナ、どうしたの?」なのはの対応。心配そうに駆け寄った。
じっと見つめられる視線/優しさの篭ったソレに、ティアナはそっぽを向いて言った。
「なんでも--」
なんでもありません、という否定。だが、全てを口にする前に--彼女が口を開いてすぐに、一定のビートを刻む音が鳴りはじめた。
ティアナと視線を合わせようとしていたなのはは即座に顔上げ、備え付けのモニターを注視。イザークとディアッカはそれが自然であるかのようにデバイスを握りしめる。

 

赤ランプが点滅/急かすように。
鳴り響くアラート/煽るように。
「このアラートって」
「一級警戒態勢じゃない」
スバルとティアナも気がついた/浮かび上がる初出動の可能性。
エリオとキャリオの見開かれた瞳もそれに続く。
「グリフィスくん」なのはの言葉/促すように。
「はい。教会本部から出動要請です」
待っていたとばかりに、モニターに映されたグリフィスが答え始める。
「教会騎士団で追っていたレリックらしきものが見つかったようです。場所はエイリム山岳丘陵地区。対象は、リニアレールで移動中」
「移動中!?」
「映像、出します」
浮かび上がるライブ映像--列車に寄生するように触手を伸ばす浮遊ロボット複数。
画面越しに伝わる情報--確認された、およそ30体のガジェットⅠ型。
「これって」なのは--唖然とする面々の中で、グリフィスに詳細なデータを求めていた。
「はい。リニアレール内部に侵入したガジェットのせいで、車両の制御が奪われたようです。それと、侵入したガジェットⅠ型約30体だけではなく、大型や飛行型の未確認タイプも現れる可能性があります」
グリフィスは事実を一つ一つ告げていく。と同時に、モニター両端に別の映像が現れる。
「こちらフェイト。現在、高速を移動中。近くのパーキングエリアから現場に向かいます」
「こちらはやて。これから急いでそっちに戻るけど、30分くらいは掛かりそうやな」
決意の込められた2人の面持ち。新人一同、これが機動六課初任務であることを胸に留めた。
「いきなりハードな初出動……なのはちゃん、フェイトちゃん、行けるか」はやての言葉/全幅の信頼。
「わたしはいつでも」自信を持って「わたしも大丈夫」頷く2人。
「スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、イザーク、ディアッカ。みんなも行けるか?」はやての言葉/鼓舞するような励ましで。
「「「「はい」」」」「りょーかい」「当たり前だ」
新人達も心を決める。
「よっしゃ、いい挨拶や。まず、グリフィスくんは隊舎での指揮。リインは現場官制。なのはちゃんとフェイトちゃんは現場指揮」
自分を見つめる眼差しに、はやては頷き、
「ほんなら、機動六課フォワード部隊、出動」
命令を下す。

 

 

バババババババババババババババ……
吠えるメインローターで空を切り裂き、JF704式輸送ヘリコプターは飛んでいた。
隊舎を離れ、早十数分。
現場へと向かうヘリの中で、それぞれのデバイスを見つめるフォワード達に、リインフォースⅡはミッション内容を話しだす。
「私達はエイリム山岳丘陵地区のリニアレールを追っています。今回の任務は2つ。リニアレール内部に取り付いたガジェットを逃走させずに破壊すること。そして、レリックを安全に確保することです」
モニターが浮かび、電車の構造と幾つかの光点が印される。
「そこでライトニング分隊、エリオとキャロ、ディアッカはリニアレール後方から。スターズ分隊、スバルとティアナ、イザークは前方から中央に向かうです。レリックは7両目の重要貨物室にあるので、そこを目指してガジェットを倒しながら進んでくださいです~」
車両の前後方に3つずつの計6光が明滅。そこからピンクと黄の矢印が列車の中央、重要貨物専用車両に伸びていく。
「隊長二人はどうするつもりですか?」
「わたしとフェイト隊長は、いつ新しい敵がきても大丈夫なように空にいるよ。どうしても危ないときは、わたしやフェイト隊長、リインがフォローするから、みんなは全力で前にいる敵と向き合ったらいいよ」

 

--了解。という新人達の言葉に、なのはは嬉しそうに頷き……ふと、気づく。
床に落とされた視線。
握りしめられた両の拳。
何かの不安を抱えていそうなキャロの姿。
「大丈夫、キャロ?」
そして、
「は、はい。大丈夫です」
なのはにとっては予想通りの答えをキャロは言った。相手に心配をかけまいとする--それと、不安がる己に言い聞かせるような言葉を使って。
フェイトちゃんがいたら安心させられるだろうな--ふと漏れた心の呟きに、なのはは自然と苦笑いを浮かべていた。
事実を語るなら、なのははこの新人達を教え、導くことに不安がないわけではない。
今度の教え子達は、なのはより年上の者は1人もおらず、新人時代でもあり、思春期まっただ中の者達ばかり。
そしてもう一つは、新人達の過去の経歴だろうか。皆が皆、中々お目にかかれないモノを持っている。
問題は多い。しかし逆をいえば、それだけ頑張ろうという気持ちも沸き上がる。だからこそ、教え子の不安は取り除いてみせるとなのはは思う。
『育てるよ。あの子達が自分の道を戦っていけるように、ね』親友に告げた想いを胸に。
隊長としての高町なのはではなく、教官としての高町なのはへ。
教え子の悩みは自分の悩み。
初めての実戦であろうキャロの緊張をほぐそうと、なのはは場を和ませるような軽口を考える--思いついた。
だが、なのはが口を開くよりも先に言葉を紡ぐ者が一人。
「大丈夫か?」
キャロの隣に座っていたディアッカ・エルスマン。
「はい」
しかし、キャロの自分に言い聞かせるような答え方は変わらない。
ディアッカと交わらない視線は、ギュッと握った両手に落とされたままだった。
自分は大丈夫--そう思えば、不安に怯える自分がいなくなるかのように。
自分は大丈夫--そう思えば、偽りの自信が自分の心を守ってくれるかのように。
キャロは小さな声で、「大丈夫です」と言葉を紡ぎ続ける。
故に、ディアッカの問い掛けは終わらない。
「マジで?」
「はい」
椅子から立ち上がると、ディアッカはキャロの正面にしゃがみ込む。
「嘘つくなよ」
「はい」
2つのアメジストが、少女の表情を調べるように丹念に動く。
「ほんとに大丈夫か?」
「はい」
「信じちまうぜ」
「はい」
「お兄ちゃんって呼んでくれること」

 

「は……え?」
沈黙。唐突な言葉だった。
ディアッカを除く皆が固まった。
言葉の意味。それが軽口なのか本気なのか--
「えっと、ディアッカさん?」 「そうじゃなくて、『お・に・い・ちゃ・ん』」A.知れたこと。
緊張とディアッカの奇言にキャロの頭はまともに回らない。対するディアッカは来たるべき未来へ、ロリコンと変態と紳士の混じった紫の瞳を輝かせていた。
「お……」
「お!?」
「お--「この馬鹿者がァ!」--?」
口にだそうとしたところで、キャロの視界からディアッカの期待に満ちた顔が消えていた。
怒声/鈍い音。
右ストレート/ぐへっ。
振りぬいた/衝突。ヘリの床にキスをする。
それは、一瞬の出来事だった。
キャロの前に立ちはだかる常識人、イザーク・ジュール。
青筋を額に遠慮なく浮かばせ、イザークはディアッカを見下した。
「いい加減にしろ」
ブリーフィングを終え、イザークは現地に着くまでの間、静かに集中しようとしていたのだ。
目を閉じて心の水面を無波の状態へ。
ディアッカの声/波紋が起こる。気にするな。
「おにいちゃん」/拳大の石が落ちてくる。落ち着け。
それ以降/水面が泡立った。
「冗談も時と場所を選べ」
「いや、けどなー。こうなんていか気分が乗らないか? おにいちゃん頑張って! って言われたら」
キャロに話し掛けていたころの真剣さは地平の彼方へ飛んでいき、全ての言葉が軽くなる。
「あんた、何ちゃっかり『頑張って』も追加してるのよ」
「だから、気分だよ。兄は妹を守るもんだろ」
「……わけわかんない」
「だったら、ティアナも想像してみろよ。エリオが『ティアナおねーちゃん頑張って』っていうのをさー」
「ばっかじゃないの? そんなの--」
呆れたようにティアナはディアッカから視線をそらし、偶然エリオが目に入る。
『ティアナおねーちゃん頑張って』
なぜか瞳をうるうるさせて、仔犬がクゥーンと鳴くようなエリオが脳内再生された。
胸がキュンとくる。
「……ぃぃ」
硬直数秒。はっとなる。
視界に割り込むディアッカの顔/ニヤニヤ。
「なによ」
「なーんにも」
含みある笑みをディアッカは隠さない。
「な、なんでもないから」
「はいはい」
「……おい」
だが、そんな彼に呼びかける者はいる。
「なんだよ、イザークも--」
声の主、イザークにもディアッカはティアナと同じことを言おうとして、
「ねえねえ、そろそろ悪ふざけはやめて欲しいな。お・に・い・ちゃ・ん」
停止。とんでもない妹ボイスがした。まごうことなき、弱々しさと甘えたさが溶け合った甘美な音色。

 

だが、キャロではない。スバルとティアナも首を横に振る。
「おにーちゃん、こっち向いて欲しいな」2度目。完璧だ。
しかし、ディアッカは何故か心から喜ぶことができなかった。
たしかに、つま先から頭へと抜けていくこそばゆさは感じられた。だが、なぜか自然と頬が緩んだりはしなかった。何かが足りない。そして何かが付与されている。
「お兄ちゃん……言うこと聞いてくれないと、SLBぶち込んじゃうよ」3度目。なぜかヤンデレっぽい。
ディアッカは1つの結論にたどり着く。そもそも、結論など1つしかない。だが、それを口にすることはできない。現実を認めたくないが故に。
「おかしいな。どうしてディアッカくんは嬉しそうにならないのかな」
声の主が、己の背後に立つ、満面の笑みを浮かべた高町なのは隊長だということは……。
(「ディアッカくんが変なことをしたのは、キャロの緊張をほぐそうとしたわけだし……安心していいよ」)
耳から頭へ。唐突に切り替わる音声。
何を安心していいというのだろうか--予想しえる答えにディアッカは蓋をする。
(「だから今さっきのことは、このお仕事が終わったら話を聞かせて欲しいな」)
(「イエス・サー」)
そしてディアッカは半ば条件反射的に答え、肩を落としたのだった。

 

「まったく。悪ふざけは駄目だよ、ディアッカくん」
優しい口調で言いながら、なのははちらりとキャロを見る。いつもとなんら変わらないディアッカの姿のおかげか、ついさっきよりは、わずかに固さが取れている。
それでも、彼女の張り詰めた心の弦は見てとれた。
後もう少しといったところだろか--。
しかし、天は彼女達に多くの時間を残してはいなかった。
ヘリの中で響く、今日2度目の警報音。
「なのはさん、空からも来ましたぜ。航空型が」
次いで、事実がヘリパイロットのヴァイスの口から告げられた。
「うん、わかった」今やるべきことを最優先に。
なのはは頷いて、メインハッチへと歩きだし--言った。
「じゃあ、わたしは先に出てくるけど、みんなも頑張ってずばっとやっつけちゃおう」
「はい!」即答は5人。
「はい!」
なのはは皆よりも一拍遅れたキャロに近づき、
「キャロ、大丈夫。そんなに緊張しなくても」
不安を閉じ込める頬に手を沿えて、優しく告げた。
「離れてても通信で繋がってる。一人じゃないからピンチの時は助け合えるし、キャロの魔法は皆を守ってあげられる優しくて強い力なんだから、ね」
はっとするキャロに笑顔で頷き、なのはは新人達一人一人の顔を見ながら口にした。
「この任務は、この仲間で一緒に戦う初めての実戦。それも新デバイスでのぶっつけ本番だね」
初めての実戦--その言葉に、緊張を帯びる12の瞳。
「だけど、わたしが列車のガジェットを任せるのは、今までの訓練を見てきて、皆なら大丈夫だからって思ったから。演習通りにやったら絶対成功できるって確信してるの。」
それらは、やがて驚きに。
「全力全開で一気に行くよ!」
「「「「「「はい」」」」」」
そして12の瞳は決意に染まる。

 

機動6課、初任務がこれから始まるのだ。

 

ランプドアが解放され、最初に出撃するなのはが空に近づいた。
「わたしも頑張らないとね」
『Yes, my master.』
小声で呟き、なのはは開かれたランプドアから空へと飛び出した。
空を抑えることが彼女の役目。
大切な教え子達のために、一つの敵も列車に近づかせる訳にはいかないのだ。

 

大地から遥か上。自分を包む大気の風を感じながら、
「レイジングハート、セーット――アップ」
なのはは桜の光に包まれた。